2020年8月 1日 (土)

遠近法

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2020年7月31日 (金)

蝉の脱殻

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2020年7月28日 (火)

「ある探偵事件」寺田寅彦

  数年前に「ボーヤ」と名づけた白毛の雄猫が病死してから以来しばらくわが家の縁側に猫というものの姿を見ない月日が流れた。先年、犬養内閣が成立したとおなじ日に一羽のローラーカナリヤが迷い込んで来たのを捕えて飼っているうち、ある朝ちょっとの不注意で逃がしてしまった。そのおなじ日の夕方帰宅して見ると茶の間の真中に一匹の真白な小猫が坐り込んですましてお化粧をしていた。家人に聞いてみると、どこからともなく入り込んで来て、そうして、すっかりわがもの顔に家中を歩き廻っているそうである。それが不思議なことには死んだボーヤの小さい時とほとんどそっくりでただ尻尾が長くてその尻尾に雉毛の紋様があるだけの相違である。どこかの飼猫の子が捨てられたか迷って来たかであるに相違ないが、とにかくそのままに居着いてしまって「白」と命名された。珍しく鷹揚な猫で、ある日犬に追われて近所の家の塀と塀との間に遁げ込んだまま、一日そこにしゃがんでいたのを、やっと捜し出して連れて来たこともあった。スマラグド色の眼と石竹色の唇をもつこの雄猫の風貌にはどこかエキゾチックな趣がある。

 死んだ白猫の母は宅の飼猫で白に雉毛の斑点を多分にもっていたが、ことによると前の白猫と今度の「白」とは父親がおなじであるか、ことによると「白」が「ボーヤ」の子であるかもしれないと思われた。それについて思い当るのは、一と頃ときどき宅へ忍び込んで来る猫の中に一匹のアンゴラ種らしい立派な白猫があった、それが、もしかすると「白」の父親か祖父ではないかと思われるのであった。

 つい近ごろになってある新聞にいろいろなペットの話が連載されているうちに知名の某家の猫のことが出ていて、その三匹の猫の写真が掲載されていた。そのうちの一匹がどうも前述のいわゆるアンゴラに似ているように思われた。これだけでは何も問題にはならないが、しかしその某家と同姓の家が宅から二、三町のところにあるから、そこで一つの問題が成立ったのである。その問題は型式的〔フォーマル〕には刑事探偵が偶たまには出くわす問題とおなじようなものかと思われた。


 問題を分析するとつぎのようになる。

 問題。(一)宅の近所のA家は新聞所載のA家と同一か。(二)同一ならばその家の猫Bと、宅の庭で見かけた猫Cと同一か。(三)そうだとすれば宅の白猫DはそのB=C猫の血族か。


 これに対して与えられた事実与件データは(1)Aという名前の一致。ただし近所のA家に西洋猫がいるかどうかは不明。(2)新聞の写真のB猫とC猫との肖似。ただし記憶だけで他に実証なし。(3)BCとDとの幾分の肖似。(4)新聞記事によると、B猫が不良で夜遊び昼遊びをして困るという飼主夫人の証言。これだけである。この(1)(2)(3)(4)いずれも当面の問題に対しては実に貧弱なデータで、これだけからなんらの確からしい結論も導き出せないことは科学者を待たずとも明白なことである。しかし、われわれの「人情」と「いわゆる常識」はこの(1)(2)(3)(4)から(一)(二)(三)を肯定しようとする強い誘惑を醸成する。

 その後、出入りの魚屋の証言によって近所のA家にもやはり白い洋種の猫がいるという一つの新しい有力なデータを加えることは出来た。しかし、東京中で西洋猫を飼っているA姓の人が何人あるか不明であるから(一)の問題はやはり不明である。ただ、近所のA家の猫と宅の猫との血族関係に関しては幾分のプロバビリチが出来ていた訳である。


 下手の探偵小説には(1)(2)(3)(4)だけから(一)(二)(三)を誘導するようなのがありはしないか。おなじような論理の錯誤から実際の刑事事件について無実の罪が成立する恐れが万一ありはしないか。そんなことを考えさせられるのであった。

 近ごろ、某大官が、十年前に、六百年昔の逆賊を弁護したことがあったために、現職を辞するのやむなきに立ち至ったという事件が新聞紙上を賑わした。なるほど、十年前の甲某が今日の甲某と同一人だということについては確実な証人が無数にある。従ってこの問題と上述の「猫の場合」とは全然何の関係もない別種類の事柄である。何の関係もないことであるにもかかわらず、ふとした錯覚で何かしら関係があるような気がしたのは、たしかに自分の頭の迷誤〔アベレーション〕である。それで、これも不思議な錯覚の一例として後日の参考のためについでに書添えておくこととする。

(昭和九年二月『大阪毎日新聞』)

2020年7月26日 (日)

「おやしらず」秋山清

おやしらず  秋山清


夜がしらしらにあけると 

ここは越後の国おやしらず。 

汽車は海にせまる山壁に息はきかけて走り 

人のいない崖下の海岸に 

しろい波がくだけている。 

あとからあとからとよせてきて 

くだけている。 

なんというさびしげな名前だろう、 

「親しらず」とは。 

がらす窓に 

ちいさな雨となってふる霧は 

日本海のそらと海とをおおい 

茫として沖がみえぬ。



秋山清 

19041988 大正-昭和時代の詩人。明治37420日生まれ。大正13年「詩戦行」を創刊,「弾道」「詩行動」などアナーキズム系の詩誌にかかわる。戦後,金子光晴らと「コスモス」を創刊した。昭和631114日死去。84歳。福岡県出身。日大中退。別名に局(つぼね)清。著作に詩集「象のはなし」「秋山清詩集」,評論集「日本の反逆思想」など。

2020年7月24日 (金)

『親切な機械』三島由紀夫

京大文学部学生が女子学生を殺害〜求婚を拒まれての兇行

「十四日午前二時四十五分ごろ京都市五條署綾小路巡査派出所前を血のしたたる匕首をもつて歩く青年を同派出所巡査が調べたところ、右は下京区室町通綾小路下る京大文学部史学科西洋史専攻第三学年猪口勉(二六)で、十三日夜一時半ごろ同区室町通松原上る京大文科一年山本徹子(二五)さんを殺害したことを自供、直ちに現場に急行したところ徹子さんが顔面、右耳下等を匕首で突かれ殺害されているのを発見した」昭和23年4月15日付『大阪新聞』社会面記事


事件の犯行理由は猪口が「しばしば求婚したがその都度拒まれて遂に殺意」という痴情のもつれである。


作者が京都に取材したのは24年春から初夏。銀閣寺道近くに住み事件両者の知る、京大生の下宿に2晩泊まって聞き取りしたらしい。


小説では京大生は猪口に対して、徹子殺害をそそのかし「親切な機械」として殺人を教唆している。


犯行現場も銀閣寺道周辺にされた。界隈はまだ森閑としていた地域である。

「このあたりは読書や頭休めの散歩に好適である。夜は閑かで梟の声や銀閣寺の池の方角からものに愕かされた水鳥の叫びを聴くのである」

木山について「大抵の人間を等しなみに馬鹿扱いにしていた」という、典型的な戦後派のニヒリストに描く。


木山は徹子のかつての恋人で、今は別の女子学生と肉体関係を持っている。徹子は好きでもない猪口と交際を始めるが、木山の下宿にも遊びにきて、「ねえ、……私を殺してよ」と迫ったりする。


具体的な「教唆」のシーンは小説にないが、木山はみずから「親切な機械」になって、猪口にこう語るのだ。


「『俺が』ともし俺が言い出すだろう。そのとき俺が要求する自由は、誰かしらんこの地上で俺と対応する人間の自由を抹殺するところに立っているんだ」


「木山勉」のモデルである山口健二はアナキスト運動家となり、過激な思想の「自立学校」を谷川雁たちと創設する。三島由紀夫が昭和24年の段階で、山口健二の資質に関心を示して、小説を書いたのは興味深い。

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