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2006年9月30日 (土)

絵文字

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2006年9月29日 (金)

モールス信号

A ・-
B -・・・
C -・-・
D -・・
E
F ・・-・
G --・
H ・・・・
I ・・
J ・---
K -・-
L ・-・・
M --
N -・
O ---
P ・--・
Q --・-
符 号信 号
R ・-・
S ・・・
T
U ・・-
V ・・・-
W ・--
X -・・-
Y -・--
Z --・・
1 ・----
2 ・・---
3 ・・・--
4 ・・・・-
5 ・・・・・
6 -・・・・
7 --・・・
8 ---・・
符 号信 号
9 ----・
0 -----
+ ・-・-・
- -・・・・-
* -・・-
/ -・・-・
= -・・・-
-・--・
-・--・-
・----・
・-・・-・
・----・
---・・・
--・・--
・-・-・-
? ・・--・・
訂正 ・・・・・・・・

モールス信号 (イロハ符号)
符 号信 号
・-
・-・-
-・・・
-・-・
-・・
・・-・・
・・-・
--・
・・・・
-・--・
・---
-・-
・-・・
--
-・
---
符 号信 号
---・
・--・
--・-
・-・
・・・
・・-
・-・・-
・・--
・-・・・
・・・-
・--
-・・-
-・--
--・・
----
-・---
符 号信 号
・-・--
--・--
-・-・-
-・-・・
-・・--
-・・・-
・・-・-
--・-・
・--・・
--・・-
-・・-・
・---・
---・-
・-・-・
゛  (濁音) ・・
゜ (半濁音) ・・--・
ー (長音) ・--・-

モールスの送信機は、機械式の継電器の接点を手動で開閉するものであった。

紙テープを事前にせん孔してそれにより接点を開閉する方式の自動送信機を1846年にベインが発明した。1866年からイギリスのチャールズ・ホイートストンが製作した自動送信機が広く使われた。

1837年にアルフレッド・ヴェイルが発明した、紙テープに電磁石で動かした針の圧力で刻むエンボッシング方式が最初に使われたが、紙の巻き取りなどで鮮明でなくなり判読に苦労するものであった。

1854年にトーマス・ジョンがインクで印を付ける方式を考案した。また、1860年代には、紙テープを動かして固定したペンに接触させたり離したりする方式に改良された。

符号化方式
国際モールス符号は短点(・)と長点(-)を組み合わせて、アルファベット・数字・記号を表現する。長点1つは短点3つ分の長さに相当し、各点の間は短点1つ分の間隔をあける。また、文字間隔は短点3つ分、語間隔は短点7つ分あけて区別する。

策定については、標準的な英文におけるアルファベットの出現頻度に応じて符号化されており、よく出現する文字ほど短い符号で表示される。例を挙げると、Eは(・)、Tは(-)とそれぞれ1符号と最短である。逆に使用頻度が少ないと思われるQは(--・-)、Jは(・---)と長い符号が制定されている。

これに対して、和文のモールス符号では出現頻度がまったく考慮されておらず、通信効率に劣ったものとなっている。和文モールス符号で(・)と(-)が意味するのはそれぞれ「ヘ」と「ム」である。

伝達が高速度であるモールス信号は、パソコンやデジタルな表現の文化の中で特殊な進化をしていくのだろう。

2006年9月27日 (水)

顔のない男の話

『怪人二十面相』
1936年(昭和11年)1月から12月にかけて『少年倶楽部』誌に『怪人二十面相』が連載された。
その後『少年探偵団』、『サーカスの怪人』など合計で31の作品に登場した。戦争の影響で二十面相のような「不謹慎な人物」を描く事ができなかった為、『大金塊』は少年探偵団ものでありながら二十面相は登場しない。『黄金の虎』、『まほうやしき』、『赤いカブトムシ』は二十面相のかわりに魔法博士が登場する少年探偵団もの)。最後に二十面相が載った作品は『少年』に1962年(昭和37年)1月から12月にかけて連載された『超人ニコラ』。
Shonentanteikabuto Photo

二十面相は「変装がとびきり上手」で、「どんなに明るい場所で、どんなに近寄ってながめても、少しも変装とはわからない、まるで違った人に見え」、「老人にも若者にも、学者にも無頼漢にも、イヤ女にさえも、まったくその人になりきってしまう」、「本人にすら本当の顔がわからない」大怪盗。「二十面相」という名前であるが実際には二十以上の顔を持つ。
『怪人二十面相』によれば、彼は盗賊でありながら「血を見るのがきらい」で、「人をきずつけたり殺したりする、残酷なふるまいは、一度もしたことが」ない。しかし、追い詰められると態度が変わるらしく、『怪奇四十面相』では拳銃を取り出して引き金を引いた(事前に弾を抜かれていたため、不発)という場面がある。だが、火事場に孤立した小林少年を我が身の危険も省みず救出に飛び込んだという場面もあり、守備範囲が広いのか、噂が捏造されているのか人物評は一定しない。

「一つのみょうなくせ」があり、「なにかこれという貴重な品物をねらいますと、かならず前もって、いつ何日(いつか)にはそれを頂戴に参上するという、予告状を送る」。

彼は「宝石だとか、美術品だとか、美しくてめずらしくて、非常に高価な品物を盗むばかりで、現金にはあまり興味を持たない」。現金は必要経費を稼ぎ出すために盗むだけで、彼の目的は盗んだ美術品で自分だけのための盗品美術館を作る事である。しかし後にはこの目的を忘れたのか、夜光人間、宇宙怪人、電人M、鉄人Qなどの奇妙なものに変装して世間と少年探偵団を驚かす事を目的とした愉快犯になった。

Photo_1
少年探偵団』では、アジトの床下にある小部屋で火薬に火を放ち爆死した。しかしその際二十面相の死体はあがらなかった。次の作『妖怪博士』で二十面相は復讐の為明智と少年探偵団の前に再びその姿を現す。『青銅の魔人』では、二十面相の乗ったモーターボートが爆発し、爆死(若しくは着ていた青銅魔人の着ぐるみごと川に沈み水死)した。『宇宙怪人』では、二十面相は潜航艇で逃げようとするが、明智に潜航艇の機械を壊されていた事を知ると、用意してあった爆弾で爆死した。『鉄塔の怪人』では、巨大カブトムシに扮した二十面相が塔の天辺から身を投げた。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』怪人二十面相(かいじんにじゅうめんそう)より

2006年9月25日 (月)

急がば回れ右

La_033

危険な道のりは、あわてずかんがえて進みませう。

2006年9月24日 (日)

次の景色

La_038

2006年9月23日 (土)

秋の空気

La_028 La_029おっととと

La_031 ひくひくひく

2006年9月22日 (金)

世界は「水」や「息」や「無限定なもの」たった一つの元素である。

世界は何らかの永遠の昔から存在するものによってできている。
「あるものは常にあり」「無からはなにも生まれない」ミレトスの三人の哲学者たちは言った。
「世界のおおもとの素材はわかった。しかしこの素材はどのようにして変化し、別のもになるのか」
アナクシメネスの水は如何にして石になるのか。

その「変化の問題」あるいは「生成の問題」、または「存在と生成の問題」に取り組んだのは、南イタリアにあったギリシア人植民地エレアに住んでいた紀元前500年ごろの哲学者たちだった。
「エレア学派」創設者パルメニデス(Parmenides, B.C.540-480)は、「無からはなにものも生じない」が、水とか空気などの何らかの元素が変化して別のものになることを否定した。
変化とは、いまあるものがなくなって、別のものになるということ。「あるものは常にある」から、なくなることはない。「いま、あるものがなくなって別のものになること(変化すること)」はないと考えた。

水は水であって、氷にはならないという。
人は存在するものについてだけ考えることができ、存在しないものについては考えることはできない。
「水が氷になる」という変化の過程を細かく分析すると、
変化の過程には、 水は別のもになって、もとの水は存在しなくなる。
氷は、はじめ存在しなかったが、存在するようになった 。
という二つのプロセスが含まれていることがわかる。
水の存在⇒水の非存在
氷の非存在⇒氷の存在

しかし「人間の理性は、存在するものについてだけ考えることができる」とパルメニデスは考えて、人は「存在しないものについては考えることはできない」。人は水のことを考えている限り、存在しなくなった水、つまり水の非存在を考えることはできないという。水が存在しないとは言えず、水は常に水として存在するとしか言えない。水の存在⇒水の非存在という変化の過程を考えることはできず、水は変化しないと結論される。同じく氷の非存在から氷の存在の過程も考えることはできない。存在するものについてしか考えないから、氷の非存在は考えることができず、氷の非存在⇒氷の存在という生成の過程は考えられない。
パルメニデスによれば、氷はあくまでも氷として存在し続けなければならない。


なぜなら思惟することと有ること(存在すること)とは同一であるから。
[生成・変化の否定]
ただ、有るものはある・・・なぜなら有らぬものが有るということは、言うことも考えることもできないから。有るものはある。有らぬものは有らぬ(ないものはない)。それはまったく有るか、まったく有らぬかのどちらかである。・・・思惟(no,hsij)と「それが有る」という思想(no,hma)とは同一である。


パルメニデスによれば、「水は常に水であって」、水が何か別のものになって、もとの水が存在しなくなるということは考えられない。なぜなら非存在は考えることができない。
そして彼は「あるものは常にある」という前提から、元素の変化を否定したばかりか、運動そのものも否定して、万物は一見すると生成消滅と運動を繰り返しているが、絶対の静止の状態にあるとしています。

「人間は存在するものについてだけ考えることができる」(存在と思惟の同一視)という前提からこのような結論を導き出し、物事を理性的に考える場合に従う思考の法則、つまり同一律と矛盾律という論理学の法則を厳格に適応していた。
同一律→「AはAである」
矛盾律→「AがAであると同時にB(非A)であることはできない」
この二つの法則を水にて適応してみると、水は常に水である(同一律)、そして水は、水以外のもの(非水)には決してならない(矛盾律)ということなる。

パルメニデスの主張は、「あるものはある」→探求の道(矛盾律・同一律) と、「変化や運動は見せかけ」→死すべきものたちの曖昧な考えとすることであった。
しかし自然は変化している。植物の種は変化して、芽を出して葉や花や木や森になるし、動物は子を孕むし死ねば、原形をとどめずに腐敗して元素に解体されるか蒸発する。生き物に永遠の貌は与えられていない。
パルメニデスも自然は変化することを知っていたが、それは死すべきものたちの「曖昧な考え」(臆見)と言っている。自然の変化は、目や耳や触覚などの私たちの感覚に由来するものだと言う。物を感知する人間の感覚をあまり信用せず、物事を考えるときに使う「理性」を信用していた。

「理性」=論理法則を使って永遠不変なものを捉える能力(客観的)
理性とは、感情を抜きにして(矛盾律と同一律を使って)何かを理論的に計算する能力で、何か恒常不変なもの・永遠不変なもの(存在)を捉える力。「三角形の内角の和は180度である」という数学上の真理は、時がたてば変わってしまうようなものではなく、いついかなる場合でも成り立つ。これは「感覚」では捉えることができず「理性」によってしか捉えることができない。

「感覚」=変化するものだけを捉える能力(主観的)
ところが「感覚」は目の前の自然界などの変化するものしか捉えるられない。目の前に見ているものは永遠に存在することは絶対にありえない。人には大きく分けて五つの感覚がある。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚。これらによる感覚の対象となる自然界は、変化するのが常である。
パルメニデスによると、人の五感は世界のまやかしの像を伝えているに過ぎないと言う。
人間は五感まかせにせず、理性を働かせて「理」が語りかけることに耳を傾けれればいい。

感覚の対象⇒生成変化・生成消滅
理性の対象⇒永遠不変な存在
矛盾律と同一律という理性の法則のフィルターを通過することができるものだけが存在する。そのフィルターを通ることのできない感覚的なものを死すべき人の錯覚とした。パルメニデスによれば、理の語ることだけが本当の意味で存在する。論理学の法則に合うものだけが存在する。理性に絶対的な信頼を寄せ、すべてを理性の立場から判断する考え方は、「合理主義」(rationalism)と呼ばれています。パルメニデスは、理性の要求(同一律と矛盾律)を厳格に守り、物事の変化を否定した点において、古代における合理主義の代表者の一人として引き合いに出される。

感覚の対象としての変わるもの 、一時的存在、理性の対象としての変わらないもの 、永遠の存在 。
西洋哲学の歴史は、感覚と理性という二つの項の対立の歴史。
目の前の現実を直視し、それを真理と認めるか、それとも目の前にない何か永遠不変なものを真理として認めるかという対立。自然の変化を否定する思想には、当然すぐ反対者が現れた。小アジアのエフェソスにいたヘラクレイトスという人物だった。
ディオニソス的 なるものとアポロン的 なるものとの対立する思考は、ニーチェによっても語られて、今も先端部では対立する思考となっている。

2006年9月21日 (木)

散歩すすんで二歩さがる

P1060691

大都市の人が昼夜逆転の生活をしているのは、まだ些細なことです。人間の内面が宇宙リズムから切り離されたことが、大きな問題です。

人が瞬間ごとに考えるのは、ある点で大きな宇宙の経過に矛盾しています。
人間をふたたび、そのようなリズムのなかにもたらす世界観を説いているとは考えないでください。人間は古いリズムから抜け出なくてはなりませ んでした。それが進歩です。今日、「自然に帰れ」と説教する予言者は、うしろにネジを巻いているのであって、人類を進歩させません。

2006年9月16日 (土)

建築と解体と行く世

9_016

2006年9月10日 (日)

巨大なピザ

Mo97

あれまあ、モスクワ市誕生859周年の式典に登場したのは巨大ピザ。

生地の上には、クレムリンやモスクワ川、環状道路などモスクワ市の市街中心部が正確に再現されている。

一体誰がこれを食べるんじゃろうか。

2006年9月 5日 (火)

東京夜景

Tokyost

Ootenight

Teikokuhotel

Tbsnight

ローラースケーターを奔らせて、夜の戸張から暁をめざす

都市の空気は寝静まらないようだ

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

オンライン状態

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。