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2007年1月31日 (水)

聖徳太子十七条憲法

訳文

一、調和する事を貴い目標とし。道理に逆らわない事を主義としなさい。人には皆仲間がいるが。道理に通じている人は少ない。それで天子や父に従わない者があり。たちまち隣り里へ立ち去る。しかし、天子が調和して臣下の仲が良いと。事を議論するに調和する。それで事の道理は自然にゆきわたる。何事も出来ないものは無い。

二、心から三宝を敬いなさい。三宝とは仏法僧のことです。人生、生老病死の間で最後に行き着くところは。どこの国でも究極の宗教です。どの時代でも、どんな人でも仏教を尊ばないものは無い。人間に悪人は少ない。良く教えれば宗教に従う。仏教に帰依しないで。何で曲がった心を正すことが出来ようか。

三、天子の命令を受けたら必ず恭しくしなさい。天子は天なり。臣下は地なり。天は地を覆って。四季が順調に経過し。万物の霊気がゆきわたる。地が天を覆うことを望めば。道理が破れる。それで天子の言葉に臣下は従う。天子が道理を行えば臣下はなびく。だから天子の命令を受けたら必ず注意深くしなさい。恭しくしなければ自然に破れます。

四、公家百官は。真心を持って行うを基本としなさい。民衆を治める基本は。必ず真心を持って行う事です。天子が真心を持って行わなければ臣下は調和することがない。臣下が真心を持って行わなければ必ず道徳に反する事がある。それで公家衆が真心を持って行う事あれば。公家の上下の行いが乱れる事が無い。百姓が真心を持って行う事あれば。国家も自然に治まります。

五、飲食を貪る事を絶ち、他の欲望を捨てて。訴訟をはっきりと区別しなさい。百姓の訴えは。一日に千件あります。一日でさえそうなのに。永年にわたり訴訟を治める者は。利益を得る事を常にしている。賄賂を貰っては裁きをゆるす。すなわち財産を有する者の訴訟は石を水に投げるように易しい。貧乏な者の訴訟は水を石に投げるように難しい。このように、貧乏な民衆は頼りにするものが無い。臣下の道徳もここに欠けている。

六、悪行を懲らしめて善行を勧めるは。昔からの良い手本です。これで人の善行が隠れる事が無い。悪行を見たら必ず正しなさい。へつらい欺く者は。国家を覆す鋭い器具です。人民をほろぼす鋭い釼です。またへつらい媚びる者は天子に臣下の過ちを良くつげる。臣下に逢うと天子の度をこすをそしる。この様な人は天子に忠誠が無く。民衆に対して慈しみの心が無い。これは大きく乱れる原因です。

七、公家は各々職掌に任命されている。道徳に背かない様にしなさい。賢く才知が有る人が任官する時に。天子を褒め称える声が沸き起こる。邪悪の者が官に任命されていると。禍や乱れがしばしば起こる。世の中に生きていて道理を知る者は少ない。強く心に思えば物事の道理に通じた者となる。事を行うに大事、小事の区別は無い。適任者を任命すれば必ず治まる。行う期間に至急ものんびりも無い。賢者にめぐり合うと自然にゆとりが有る。これにより国家は永久に続く。国家の最も重要な守り神が危うくなる事は無い。だから昔の聖王は。官のために賢者を求めた。人のために官を求めない。

八、公家百官は。朝早く出仕して遅く退出しなさい。公の事は念入りにしっかりやらなければならないから。仕事はその日に終わる事が難しい。それで遅く出仕して。速くやらなければ追いつかない。早く退出すれば必ず仕事は終らない。

九、言葉と心が一致して正しく行うことが基本です。仕事毎に誠実に行いなさい。善悪の裁きこそは。誠実である事が肝心です。公家衆ともに誠実であれば。何事も出来ないものは無い。公家衆に誠実さが無ければ。総ての仕事に失敗する。

十、いきどおりを絶ちいかりを捨て。人が従わないことを怒らない。人には皆それぞれの心が有ります。心は各人思いとらわれるところが有ります。彼は我では無く。我は彼では無い。我も必ずしも物事の道理に通じた者では無い。彼も必ずしも愚か者では無い。共に凡夫なばかりです。これが道理で無くて、どんな定めが出来ようか。お互いに道理に通じた者でもあり愚か者でもある。まるで金輪に端が無いように。それで彼が人を怒る事が有っても。顧みて我がしくじりが無いか心配しなさい。我一人が適任と考えても。皆に合わせて同じ様に用いなさい。

十一、手柄と過ちをはっきり見ぬいて。罰と賞をきちんと当て嵌めなさい。日頃は手柄でもないのに賞を与え。罪も無いのに罰している。仕事に就いている公家衆は。賞と罰を明瞭にしなさい。

十二、国司国造は。百姓を自分のために取り立ててはならない。国に二人の天子無し。民衆に二人の主君無し。国中の総ての民衆は。王を主君としている。赴任する役所の役人は。皆な王の臣下です。何で敢えて公と同時に自分の為に租税を割り当てて取り立てる必要がありますか。

十三、諸々の仕事に任命された役人は。共に職務として担当する役目をわきまえなさい。或る人は病気になり、或る人は遠國に使いとして派遣されて。仕事から除かれている事がある。そうであれば役目を知った日から。以前から承知していたように調和しなさい。一緒に告げ知らせられないからと。公の務めを妨げてはいけない。

十四、公家百官は嫉妬する事無用です。我れが人を嫉めば人も我れを嫉む。嫉妬の悩みはその限度が無い。だから知識が自分より勝っている人を喜ばない。才能が自分より優れた人を嫉妬する。それで五百年の後の。その時に賢者に遇ったり。千年後に一人の聖人に遇うのを待ってはいられない。聖人賢人を得られなければ。如何にして国を治めるか。

十五、私心を捨て公務に従うは。臣下としての道徳です。誰でも私心が有れば必ず後悔します。心残りに思う事有れば必ず心が一つでなくなる。心が一つでなければ私心が公務を妨げる事になる。無念な気持ちが起こると決りに従わず法を破る事になる。だから最初の条文に述べた。天子も臣下も仲良くするとは。このところの心を云ったものです。

十六、民衆を使役するに季節を選ぶは。昔からの良い手本です。冬の月は閑が有るので。民衆を使役しなさい。春から秋までは。農業、養蚕の時期です。民衆を使役してはいけない。農業をしなければ何を食べますか。養蚕をしなければ何を着ますか。

十七、事件を一人で決定してはいけない。必ず多数の者で良く議論しなさい。小事は簡単です。必ず多数の者でしてはいけない。大事を議論するときは。過ちが有ると疑う様にしなさい。多数の者と一緒に分別すれば。説明の言葉はそのまま道理を表わそう。

2007年1月21日 (日)

零からの想像する力

1950年代はSFの一大転換期であった。
それまで荒唐無稽なB級小説に過ぎなかったSFにリアリズムの概念が初めて導入された。
リアリスティックなSFの出現は、SF雑誌『アスタウンディング・サイエンスフィクション』(後の『アナログ』誌)の3代目編集長ジョン・W・キャンベルの影響が強い。 50年代以前のSFにありがちな荒唐無稽なSFが編集長である彼の元に送られてくると、キャンベルはそれらをこてんぱんに批判した。たとえば、宇宙人が地球人を食用の家畜として飼う話を読んだ時には、「食用にするなら地球人を育てるより牛を育てたほうがずっと効率的だ」と批判したり、宇宙人が地球人女性を性の奴隷として連れ去る話を読んだ時には「ちょっと美の感覚が違えば、人間の女でなくとも豚でもよかったはずだ」と批判した。このため、「準光速で走っている宇宙船が突然直角に曲がる」ような小説は無くなった。

一方、最新の物理学的、あるいは天文学的な知識に基づいた遠大かつ科学的な宇宙叙事詩も書かれた(映画『2001年宇宙の旅』の原型となった『前哨』など)。このように厳密な科学的知識に基づいたSFをハードSFと呼ぶ。アーサー・C・クラークやアイザック・アジモフ、より新しい作家ではジェイムズ・P・ホーガン、堀晃などがこの傾向の作品を書いている。

冷戦や核戦争による人類の滅亡が現実的な問題となってくると、そのような状況を反映した「終末もの」SFが書かれた。この時期に書かれた「終末もの」の代表作としてネビル・シュートの『渚にて』がある。この作品の世界では、核戦争が起こって北半球が死の灰に覆われてしまっている。人類は南半球で、次第に南下してくる死の灰におびえながら生活している。

しかしこの時期に書かれた破滅もののSFが真にリアリスティックなものであったかどうかに関して疑問の声もある。この頃書かれたSF小説は、世界が破滅するという絶望的な状況でありながら、主人公はなぜかそれなりに幸福な生活をして哲学者のように破滅を達観している。ブライアン・オールディスはこうした特徴を皮肉ってこれらの小説群を「心地よい破滅テーマ」と呼んだ(『十億年の宴』)。

1960年代には、イギリスを中心にニュー・ウェーブSFの流れが起きた。これは、対象を外宇宙から内宇宙へ、内省的・思弁的な方向に向けたもので、マイケル・ムアコックの主宰する『ニューワールズ』誌を中心に、J・G・バラード、ブライアン・オールディスなどが前衛的な作品を発表した。この流れはアメリカにも波及し、SFと他のジャンルとの中間的な作品や、SFの中で文学的実験を行おうとする作品も現れ、ニュー・ウェーブSFの登場を印象づけた。このムーブメントはフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』やハーラン・エリスン、ロバート・シルヴァーバーグなどに代表される。かれらに共通するのは、人間の社会や歴史、文明、文化に対する巨視的で批判的な視点であり、また、単なる科学の礼賛やその批判ではなく、SFを人間にかかわるあらゆる問題に対する文学的思索(スペキュレーション)の手段として利用していることである。
寓話性や哲学性を持った文学的価値も高いSFが増えてきたのも、この頃からである。
その極北的な作品として、トマス・M・ディッシュの『リスの檻』がある。この作品ではSF的ギミックも疑似科学もいっさいでてこない。主人公(実はディッシュ自身)は、ドアも窓もない部屋に閉じ込められている。(理由は説明されない)。あるのはタイプライター一台だけ。毎日新聞が届けられるが、なぜか次の日には消えてしまう(これまた理由は説明されない)。
この小説はその一台だけあるタイプライターに、主人公が暇潰しに書いた文章というスタイルを取っている。その為「暇だからちょっと物語を書いてみよう」といって、話を書き始めたかと思うと、「やっぱり飽きたのでやめる」といいだして突然話を中断したりする。
ディッシュはこの物語で、現代人の孤独を浮き彫りにしようとしたのだと言われているが、おそらくそれを読みとれた読者は多くなかったであろう。ディッシュのこの物語は、文学性を意識し過ぎるあまり、難しくなり過ぎていた。
既存のSFの枠を打ち壊して文学的であろうとしたニューウェーブはその目的ゆえついには娯楽の小説であるはずの大衆小説ですらなくなってしまい、最終的に読者を失って急速にしぼんでしまう。

1980年代にはアップルコンピュータ社のパーソナルコンピュータのポスターから啓示を受けて、ウィリアム・ギブスンが『ニューロマンサー』を書き、サイバーパンクの時代が幕を開ける。サイバーパンクではコンピュータの内部に構築されたサイバースペースが主な舞台となる。既にデビューしていたブルース・スターリングがこの分野の旗を振るようになった。この分野の作家には『重力の衰える時』のジョージ・アレック・エフィンジャーやルーディ・ラッカーが挙げられる。サイバーパンクの雰囲気を日本語に訳すために黒丸尚はルビを多用した独自の訳文を使った。

その後、主体となる技術をコンピュータから蒸気機関に移し替えたスチームパンクと呼ばれる作品も書かれるようになる。そこでは19世紀の蒸気機関車時代あるいはそれに似た世界を舞台に、極端に発達した蒸気機関による文明が描かれた。

やがてサイバーパンクは収束していき、ポストサイバーパンクの時代となる。ポスト・サイバーパンクではナノテクを扱ったニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』などが有名である。

現在の日本SFに連なる流れは、1954年に日本初のSF雑誌「星雲」が刊行されて創刊一号のみで頓挫した後、様々なSF叢書・シリーズが出されたがいずれもヒットにはいたらず、出版界では「SFと西部劇に手を出すとつぶれる」のジンクスが通念となった。1960年の前後に、SF同人誌「宇宙塵」の創刊、早川書房の発行する『SFマガジン』の創刊、第1回日本SF大会の開催が続き、ここから本格的に日本SFの歩みが始まる。『SFマガジン』で募集された早川SFコンテストから、小松左京、筒井康隆、半村良、光瀬龍、平井和正、豊田有恒などが次々とデビュー。早川書房が発行する雑誌・書籍以外でも、眉村卓、星新一、今日泊亜蘭などがSF作品を発表した。これらの作家は、海外SFの影響を受けながらも、それぞれに特徴ある作風で日本独自のSFを展開していった。また平井和正、豊田有恒、柴野拓美などは、SF漫画の原作やSFアニメの脚本やSF考証などを手がけ、小説に留まらない活躍をした。
日本SFの特徴として、矢野徹、野田昌宏、浅倉久志、伊藤典夫などの優れた翻訳家の存在が挙げられる。
優れた海外SFを紹介するだけでなく、どういうSFが面白いのかという点でSFファンのオピニオン・リーダーとしての役割を果たしていた。『SFマガジン』初代編集長の福島正実は、雑誌編集だけでなく、海外SFの翻訳や創作も手がけ、確固たる信念に基づいて日本SFの普及に努めた。そしてSFブームが始まる。
1970年に日本万国博覧会が大阪で開かれて、未来志向のSFに対する世間の関心も一挙に高まってくる。
小松左京の『日本沈没』がベストセラーになり映画化された。それまでのSFアニメに比べて本格的な『宇宙戦艦ヤマト』がTV放映されアニメブームを起こした。そこからSFはあらゆる産業へと拡大していった。
映画『スター・ウォーズ』の公開が強い影響を与え、SFの浸透と拡散が起るようになる。

1980年代にはビジュアル面でのSFは繁栄を示し、『風の谷のナウシカ』をはじめとするジブリ映画が公開される。
上井草のサンライズは『機動戦士ガンダム』以降も次々と、クオリティーの高いSFアニメを制作して話題作を生み出した。
一般にはアニメとは子供のものであるという認識、そして玩具市場のものでしかないという固定観念が強かった。だが『ガンダム』劇場公開を求めた、高年齢層のファンの署名活動もありターゲットは変革されていった。
下井草にあったSFイラスト集団のスタジオぬえも、サンライズや『超時空要塞マクロス』でSFアニメに参戦する。
日本SF大会DAICON III、DAICON IVにおいて優れたオープニングアニメでファンの注目を集めた集団がGAINAXを設立し、商業アニメに進出する。
日本SF作家クラブはメディアにとらわれないSFの賞である日本SF大賞を設けた。
1990年になると代杉並区はアニメ制作のハリウッド化して、輪出車の国産業売り上げを遥かに超えていった。

SFと現実の科学技術の関係については、科学的知見がSFのネタとなることが多いことは言うまでもないが、逆にSFが科学の発展の方向性を決定づける起爆剤となることもある。その典型的な例がロボットである。
手塚治虫の『鉄腕アトム』や『機動戦士ガンダム』などにあこがれて、ロボット工学の道を進んだ技術者は大勢おり、日本がその分野で世界の最先端にいるのはこれが原因と分析されることも多い。
「『2001年宇宙の旅』のHAL9000を実際に作ってみたい」という動機で、人工知能の研究を行っているケースは世界中に見られる。
テレビ、ロケット、パソコン、携帯電話なども、まずSFの世界に現われて、実現化するに至った発明物である。
ある意味ではSFが科学技術に影響を与えてその発展を促しているとも考えられる。

2007年1月 2日 (火)

【おでんくん】スペシャル情報

その村は東京タワーの袂にある、おでん屋台のおでん鍋の中。
すくいあげられたキャラクターはお皿に盛られて、お客に食べられてしまうのです。
しばらくするとかヌッシーの住む沼から、蘇っておでん村に戻ってくる。
ごくろうさま、なんて言われて、また村の仲間として温かく迎えられます。
美味しく食べられるのが喜びのおでんたちの不思議な世界な村の話

odenkun@dvd.3.jpg


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教育テレビ【放送日】2007年1月3日(水)23:0024:00

 おでん村より愛を込めての巻
 秘すれば乙女の巻
 怪盗カニコウモリ・リターンズの巻
 
 無意味ってなんですかの巻

クモの巣に捕まった蝶を助けたおでんくんに向かってニセおでんくんは「無意味」だと語りかけます。「あの蝶はクモに食べられる運命だった。君がその運命を変える権利なんてないのさ。」良いことをしたと思っているおでんくんは理解できません。そんなある日、ニセおでんくんが乗ったプロペラ飛行機が墜落しそうになり、おでんくんには解らないことが次々と起こります。 
 
 お母さんのココロの巻
 いとこんくんはなぜモテるの巻
 灼熱おでん村の巻
 あなたの心には誰がいますか?の巻

 
 予告http://www.odenkun.net/story/

※静岡県、岐阜県、三重県、愛知県、福井県、石川県、富山県では
1月 3日25:0026:00の放送です。
【再放送】教育テレビ 2007年1月8日(月)8:009:00NHK
http://www.odenkun.net/
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アニメ『おでんくん』の本放送はNHK教育『天才ビットくん』
(毎週禁曜日夕方6:20-7:00)のアニメコーナーだよ。

【おでんくんコンテ作業のページ】
http://koinu2005.seesaa.net/article/15279906.html
http://koinu2005.seesaa.net/article/8117111.html

2007年1月 1日 (月)

謹賀新年

009

2007.1.1.

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

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ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。