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2007年6月20日 (水)

誰も歴史を作らない、それを見る者もいない

「黄色くそれから瞬きひとつするあいだだけ黒くそれからまたもや黄色く。 つまりひろげた翼太陽と眼とのあいだに迅速な弓の形  顔の上に一瞬ビロードのような闇  一瞬手がひとつ  闇それから光  というよりむしろ想起(告知だろうか?)
下から上へすさまじい速度でわき出して行く触知できる闇の行なう記憶の呼びもどし すなわちつぎつぎに顎口鼻額は闇を感じとることができ しかもその闇の一握りの黒い土のような墓穴めいた湿っぽい臭いを嗅覚的に感じとることさえでき  同時にまた絹の裂けるような音つまり空気がこすれるのを聞きとり  あるいはことによるとそれは聞きとれたのでも近くされたのでもなく想像されただけかもしれぬ 
鳥 矢は的を攻め敵を打ってすでに姿を消し 矢羽根は唸りを発し 死をもたらす矢の射かけあいは交錯しあいシュウシュウと鋭い音をあげる円弧を描きだしてちょうどあの絵のようだがあの絵はどこで見たのだろうか? 
波額をたて棘をはやしたような黒っぽい藍色の海上でヴェネチア軍とジェノヴァ軍との海戦そして一艘のガリー船から別のガリー船へ羽根をつけた矢のアーチ形が暗い空に唸りをあげ  そのうちの一本は彼が件をかざし兵士たちを先導して突進していったとき彼の開いた口のなかに突きいり彼を貫き咽喉の奥で叫び声を抑えつけ サフラン色の背光に飾られた暗色の鳩」

クロード・シモン『ファルサロスの戦い』(白水社) 冒頭の書出しは絵画やカラーイラストの描写手法がとられている。この作家は映像による物語が世界へ浸透することを半世紀以前にすでに気ずいていた、それが文章による描写の方法を鍛え上げ実験的な方向性をめざしたことへ繋がった。

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《写真と映画がわれわれのおのおのが世界を把握する仕方を徹底的に変えて しまったことは確かである。…空間の中で[たとえば描かれる情景に対する視野・ 距離・動き]、あるいは、お望みの場合は、別の言語において[たとえば見る角度 およそのプラン、平均的、パノラマ的なプラン、旅行のプランなど]、ひとり ないし複数の話者が占める様々な位置を絶えず明確にすることによってのみ 私は小説を書くことができる》とクロード・シモンが語っていたのは印象的なことである。音楽においても映像や絵画描写の方法が、作曲へ応用されてもイイという時代なのだと思う。もしも「その方法を展開させてゆくという活用」の面白さを知っていれば、錬金術と均しい化学反応が期待される。

彼が知っている二軒は(いまは彼には、時々そこへ行ったのも彼の生涯の ファンタスチックなくらい遠い昔―というかむしろ別の人生、いわば先の世の 人生だったような気がし、なにか(場所も―当然おなじ場所だし―人間も― やはりおなじ人間たちだったが、そこで、その人間たちにまじって生きてきた ことを覚えてはいるものの)どことなく非現実的で、浮薄で、ちぐはぐなものと 思われたもので)閉まっていた。(クロード・シモン『アカシア』)
http://www3.azaq.net/bbs/820/koinu/index.html

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「誰も歴史を作らない、それを見る者もいない、ちょうど草が成長するのが 見えないように」でも彼女(あのひと)にはなにもないし、だれもいない、そしてだれもあのひとのことで泣きはしない(それに泣くひとがいない死がなんだろう?)たぶんあのひとの弟をのぞいて、あのもう一人の老人を、それにきっとあのひと自身だって自分のことで泣きはしないだろうし、つまり自分のことで泣くなんて許さないだろうし、考えもしないでしょう、そうするのが慎ましいとか、ふさわしいとか……
『たしかにあのひとはあなたにはなんでもない。』
『そうなの』とルイーズはいった。
『そうなの、彼女はすなおに繰返した。しかし前方の、彼には見ることのできない何かを見つめつづけていた。
『それでなにも』と彼女はいった(相変わらず木々や、牧場や、九月の静かな平野のかなたの、この彼には見ることができない何かを見つめながら)。
なにもない、あのひとは一度も結婚しなかった。たぶん一度も思ったことすらないの、自分にもできるとか、その権利があるとか――
十五歳年下の弟がいたから、この弟をあの人たちは育てた(あのひととすでに亡くなった姉とで)、そしてうまくいった
(一着の服を、最初に使われた服地の横糸まで擦り切れてしまうのにかかる時間のほぼ三倍ながく着られる一番いい方法をさんざ考えたおかげで)医学部の教授にすることができた、
やっと文字が読めるような、もしかしたらぜんぜん読めないかもしれないような父母をもったあの二人の女教師(せんせい)にしてみれば、きっとそれは一人の女がごくあたりまえに権利をもちたいと願うそんないっさいを諦めてでもやり甲斐のあることに見えたのにちがいない(クロード・シモン『草』より)

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