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2007年6月 9日 (土)

巨きな神の(神の?)指紋

Volumeat

 1

わたしは誰? 誰? 誰? だれなの?
そして ここ ここはどこ?
どこなの?

わたしは 旅から旅をして ここに来た
わたしの琺瑯質の眼には
たくさんの たくさんの物が映り
次から次へと 流れ そして流れた  
 (それは 例へば 
  長大な角ふり立てて北天を移動する
  水色の甲殻類の大集団)
 (金属の葉叢にひそむ骸骨蛾)
 (鳥籠に封じ込まれた土妖精[グノーム])
わたしの露はな胸郭の一隅に巣食ふ金色の蛆が
かすかな蠕動を繰り返し
誰かが わたしの最も軟質の部分に紅を差す
斜めに落ちかかる陽光のモアレ模様は
まるで熱湯かなにかのやうだ
わたしの 半分壊れた顔面……
しかし 仮に あらゆる部分をとり除かれても
それでも わたしは在る 在らざるを得ぬ
わたしの造り主の<彼>
<彼>が居るかぎりは……

わたしは誰? 誰? 誰? だれなの?
そして ここ ここはどこ?

動くべくして動かぬ木製の歯車の苦い笑ひは
宇宙の無限性(夢幻性?)へのわたし(彼?)なりの挑戦で
布目ある石膏の肌は今日 印刷文字で埋められ
わづかな空所も片端から金剛砂で磨き立てられる
石綿[アスベスト]製の脳の中心に嵌まつた白金の梟が二声叫び
すべてが ここでは古めかしく しかも新しい
見積書の向うにありありと透けて見える白い柩
遠心分離された人狼[ガルー]のスペクトル
端のはうから乾からびていく島宇宙大のパレットの
何といふ重さ
わたしの肋骨の内部に鈴なりに配置された非常警鐘
わたしの肝臓は 亜炭の飴玉
わたしの心臓も 睾丸もまた 亜炭の飴玉
そして 薄緑の皮膚をかぶせて秘匿された再々変換装置
わたしの上の上の天空を
またしても 金剛砂の嵐が軋音をたてて西へ渡つていく

 2

わたしは誰? 誰? 誰? だれなの?
そして ここ ここはどこ?
どこなの?

わたしたちは 脆く壊れやすい一生を授けられて
ここに集ふ
火の鎌 石の膝 金属性の大蜘蛛
飾りガラスで張りつめられた堂宇の内陣では
逆三角形の愛と夢とが 焼き菓子のやうに
ぼろぼろと崩れ 崩れては空気に融ける
真つ赤に灼けた青銅の円柱から
熱く乾いた風がひとしきり吹きつけ
 (千哩の距離を隔てて それぞれに首を吊つた
  詐欺師と熾天使
  ……木の鎖 粗布の上膊 泥の関節)

いま 人肌色の巨大な尾がするすると宙にのびて――
のびきつて――
想像力の水平線に
猛烈な勢ひで打下ろされる
あたかも 何者かへの
<復讐>ででもあるかのごとくに

 3

わたしは誰? 誰? 誰? だれなの?
そして ここ ここはどこ?
どこなの? どこなの?

遠い旅のあげくに
わたしは わたしたちは いま ここに立つ
木製のリブと真鍮製のリブとが危ふい連繋を
辛うじて保ち
声のない絶叫は大聖堂に満ち
仲間を求める白い手首が青い手首に向つて
蟹のやうに
ひたむきに這ひ寄つていく
わたしは誰? 誰? 誰? だれなの?
そして あなた
わたしを わたしたちを造つたあなた
創つて かく在らしめたあなた
あなたは誰?

誰も答へない 誰も――

空漠たる天の砂漠の一隅
磨き上げられた天河石板の碑の表面に
いつたんは押捺され
徐々に薄れていく巨きな巨きな神の(神の?)指紋

入沢康夫「旅するわたし――四谷シモン展に寄せて」より   

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