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2007年6月17日 (日)

一切の物語がない小説描写

『心変わり』 M.ビュトール/清水 徹:訳 ( 岩波文庫 ) 

都市あるいは街、風景あるいは光景という現象を言語によって記述することはどこまで可能で限界なのか。日常という出来事は一体何かという描写によって探究する試みである。
「あなた」にあたる二人称を用いることで、小説の中に引き込んだ人称による実験的手法は発表当時には非常に話題となった。
1950年から1960年代頃においてフランスでは、小説に極限までの手法の実験がなされるムーブメントがあった。ロブ=グリエ『消しゴム』M.ビュトール『時間割』ナタリー・サロトー『プラネタリウム』フリップ・ソレルス『ドラマ』などはアンチロマンと呼ばれて、物語性や心理描写を意識的に欠落させて独自の小説空間を示した。

ストリィは一つの筋が通っていても、順序バラバラで時間軸パズルのような作品。平行し逆行している筋、「過去」から流れてくるもの「未来」を流れるもの「現在」この3本の筋が、後半では交差し絡み合う。
「風景もまた空間に刻みこまれたテクストである。それは人間の実践の痕跡によって編まれ、人間の実践を包囲する、巨大な一冊の書物である」
ビュトールの作品は事物や出来事が名詞表現で引用と挿入されることがある。固有名詞にしても普通名詞にしても、そのあり方を現象単位として描写する。 対象との距離の相対化の試みであり、映像的な探究追求の手法を言葉の世界で構築展開させる。物体なり対象なりの現象が名詞表現を通して表出することは、小説の空間へ映画の方法を持込んだとも観れる。ヌーヴォー ロマンともいわれた文芸活動は、ゴダールやトリィフォーたちのヌーベルヴァーグ映画創作へも影響を及した。

「観察すること相手を対象化してこれを「読む」行為には、まず対象との距離が相手をものとして見る視線が大前提であるということだ。世界から疎外されていればいるだけ、従って世界を細密に読むことができる」

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   『消しゴム』アラン・ロブ=グリエ(河出書房新社) 

拳銃の一発と死との間へ流れる24時間を、倒錯した街を彷徨する視点で描く、スリラー小説とも形而上物語とも読めるヌーボーロマンの代表作。

事物や人存在を理想的な自由を夢見ることが出来ない堅牢で綿密な世界の構成分子として捉え、ロブ=グリエはそれをさらに細密に描写するという近代絵画が試みた空間への関与へ似ている。
小説は人の周囲の経験とはなるが、人が発見する客観的環境へ近接するために、心理学、形而上学、心理分析などを利用することはできない。視力以外の他の力を持たずに、都市の中を眼に見える地平だけで歩くという表現は古典的小説の描写への崩壊を意味する。
おそらく想像力や空想力のエントロピーが高揚していないと、『消しゴム』のような小説は読まれることはないと思う。幾とおりの読み方が可能であって、風変わりな推理小説あるいはそのパロディ、エディポスの神話を下敷きにした象徴寓話、主人公ワラス(エディポス酔っぱらい=スフィンクスの公式)の無意味な行為をとおして人存在の不条理の文学でもある。

「ここで問題になるのは、簡明で具体的で本質的な一事件、つまり一人の男の死である。
これは探偵的な性格を持つ事件だ。つまり犯人と探偵と被害者がいるわけだ。ある意味では彼等の役割は尊重さえされている。犯人は被害者に発砲し、探偵は疑問を解決し、被害者は死ぬ。
だが彼等を結び会わせる関係は、最後の章が終るまで、単純ではない。
何故なら本書は正しく拳銃の一発と死との間へ流れる24時間に流れる24時間の、弾丸が3、4メートル走るのに要した時間の---[余分の24時間]の---物語であるからだ。」

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『小説ドラマ』フィリップ・ソレルス(新潮社)    

知覚されることのない変貌のなかに凝固したひとつの世界全体が、地下の層域を作りだしている。のそれら層域をひとしく支配する沈黙は、あたかも広大なしかも覆いかくされた公式であるなのようだ。
同時にこの沈黙はあらゆる語法の完成をあらわすものであり、溶かし直され歪められたひとつの連続のなかに圧縮されている。そこではあらゆる言葉が消滅して死点になり終っている。全く音をたてない工場でのように、際限もなく喋りまくるアートミュージアムが変貌をとげるのだ。なんらのイメージも残さず掻き消された冒険の、根本的な生きた証しを残すだけのヴィジョンが組織化される。

言葉もなくひそかに彼等は生きている。細かいことではあるが好奇心を楚々るのをやめない。次々に生起する事象や情況や景色や合図などがつめこまれすぎている絵だと永遠に信じこむかも知れないからだ。

分ちがたく結びついた二羽の鳥が、同じ枝に住んでいる。一方はその木の実を食べて、もう一方は食べもせず眺めてすごしている。原因であると同時に結果であり、デッサンであると同時に色彩でもあると思えてくる、人生全体が収縮し風化しつつある薄っぺらな表面を占めているだけだと。そして彼が眼を閉じれば、同時に町が崩れ落ちる。自分が誰なのかを述べるべき声なき言葉、断切られた沈黙の円環の中で起ったのだ。何ひとつとして始まることも終ることもない場所で、その声なき声へ耳を傾けるのだ。

(小説『ドラマ』というのではないのが、テルケル派といわれたフィリップ・ソレルスらしい、一切の物語がないドラマである)

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