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2007年8月31日 (金)

映画館盗撮防止法とアメリカの要望

8月30日より「映画盗防止法」が施行される。これについては、すでに「著作権法の「非親告罪化」とアメリカ年次改革要望書」にこう触れた。

 前項「オリジナルとメディア」で映画館盗撮防止法をとりあげたが、実はこの映画館盗撮防止法、国内の映画館や映画会社からの要望ではなくて、アメリカの要望だったという。それを知ったのはニュースサイトGIGAZINEの「著作権の非親告罪化やP2Pによる共有の違法化は誰が言い始めたのか?

 

II-A-5. 映画の海賊版 海賊版DVD製造に利用される盗撮版の主要な供給源を断ち切るために、映画館内における撮影機器の使用を取り締まる効果的な盗撮禁止法を制定する。

(日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書 2006 12 月5日 (仮訳)20)

 この米国政府要望書は年次改革要望書と呼ばれている。この年次改革要望書によって日本政府のアメリカの要望を次々と成し遂げられていった。「主要な供給源」とは何を意味するのか。

そして、次の文章を考えて読んでもらいたい。

「映画の盗撮の防止に関する法律案」

http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g16601026.htm

2007年8月30日 (木)

NHKみんなのうた 『おしりかじり虫』

『ウゴウゴルーガ』(フジテレビ系)の「しかと」、『えいごリアン』(NHK)の「カプセル侍」、『びっくりマウス』(ソニー・コンピュータエンタテインメント)などを制作し、経済産業省認定「スーパークリエータ」の称号を持つうるまでるびが、原案・監督・作詞・作曲・アニメーションを担当して制作されたオリジナル楽曲である。共同作曲・編曲は、松前公高。唄は、ヴォイスチェンジャーが使用されているが、実際はうるま、でるび、松前公高、他計5名で担当している。キャラクターの振付は南流石。

Photo

おしりかじり虫 おしりかじり虫
かじってかじって かじってかじって かじってナンボ
かじってナンボの商売だ

おしりかじり虫 おしりかじり虫
おしりとおしりでおしりあい カバとカバとでかばいあい
おしりかじり虫 おしりかじり虫

ちぢんだおしりをかじり虫
「かじられちゃって 超いいかんじ」
おしりかじり虫 おしりかじり虫
つめたいおしりと かたいおしりと
へこんだおしりと しなびたおしり
巨大なおしりをかじり虫
「都会のおしりは苦かった・・・」

おしりかじったら おしりかじっても
おしりかじり虫 ララララ かじってる
おしりかじり虫 おしりかじるとき
おしりかじり虫 おしりかじりたい
おしりかじり虫 おしりかじり虫・・・・

YouTube - 【TV】 みんなのうた おしりかじり虫 2分20秒-
www.youtube.com/watch?v=Gs9cS0ZtMWw

世知辛い現代の日本を「お節介」によって元気にしようと奮闘する妖精おしりかじり虫が、老若男女あらゆる人々のおしりに次々かじりつき、笑顔にしていく様子が描かれる。都会の人のお尻は性に合わないらしく、スクランブル交差点の中央で倒れ寝込んでしまうが、滝行などを経て復活する。
『みんなのうた』で放送されたのは2分20秒のショート・バージョンで、他に3分30秒のディレクターズカット版がある。
おしりかじり虫 ~かじっちゃおう編~ 
http://www.youtube.com/watch?v=MXREcA7_7bk

おしりかじり虫
古代アッシリアを起源とする妖精で、大航海時代に黄金の国ジパングへ向け出発。17代目のチチ、ハハが日本に辿り着いた。チチ、ハハが大阪にいる時生まれたのが主人公の18代目おしりかじり虫である。4月1日生まれの8歳で、身長25cm。上下2本(計4本)の歯しか生えていないように見えるが、お尻にかじりつく瞬間は歯が増えている。虫歯は命取りになると恐れている。尊敬する人はクインシー・ジョーンズ。

かじりGALS
18代目おしりかじり虫と共に旅するバックダンサーで、静岡出身の両親をもつロサンゼルス生まれの4つ子姉妹。名前はアップル、チェリー、ピーチ、オレンジ。3月3日生まれの8歳で、身長23cm。尊敬する人はキャンディーズ。

http://www.nhk.or.jp/minna/

2007年8月28日 (火)

小島あやめ(こじま あやめ) プロフィール

1996年6月16日生まれ キリンプロ所属の子役タレント。血液型A型。A型 身長 130cm 体重 24kg
2002年、Piccolo(学習研究社)にてデビュー。2005年よりおはスタ(テレビ東京)のおはキッズとしてレギュラー出演中。
一部地域で限定放送されているACレモングループの「レモンガス」「アクアクララ」でのラップ調のCMが話題を呼んでいて「ラップ娘」と呼ばれている。「チッチキチッチッチィ〜」ってラップ調でアクアクララの宣伝する、いろんなバージョンがあっておかしく、めちゃ×2イケてるッ!で小島を使った同CMのパロディーを放映。また、インタビューを受けるたびに番組や出演者のラップをやることがある。
特技  ・ダンス(5年)一人芝居 台詞を言うこと・歌うこと・ものまね

キリンプロによる公式プロフィール http://www.kirinpro.co.jp/cgi/list/girls.cgi?id=1095&mode=show
   Abe642d

[テレビ番組]
すいか(2003年、日本テレビ)もとこ役
光とともに… ~自閉症児を抱えて~(2004年、日本テレビ)長嶋あやめ役
火消し屋小町(2004年、NHK)南夏子(幼少)役
週刊ポケモン放送局(2004年、テレビ東京)
Deep Love ~ホスト~(2005年、テレビ東京)ユキ役
月曜ミステリー劇場「弁護士二重丸承子」(2005年、TBS)
NNNニュースプラス1(2005年、日本テレビ)『芸能ニュースコーナー』
はねるのトびら(2005年、フジテレビ)『火曜日のエンジンfinallap』
金曜エンタテイメント「熱血シングル・ファザー〜新聞記者・新庄圭吾の事件ファイル」(2005年、フジテレビ)
相棒 Season 5 正月スペシャル(2007年、テレビ朝日)
めざましテレビ(2007年、フジテレビ)

[CM]
宅建協会“つながっているからハートマーク”篇(2002年)
ライオンごきげんよう「突然カズコさん」ルックおふろの洗剤篇(2002年)
丸大食品夏のギフト(2003年)
「住まいる」“イメージ篇”(2003年)
ACレモン レモンガス『DJキッズ&レモンガスマン母ちゃん篇』(2005年~)
ローランド「RMS音楽教室」(2005年)
アクアクララ「ラップ娘」(2006年~)

YouTube - 【アクアクララCM】ラップ娘(あやめちゃん篇) http://www.youtube.com/watch?v=J8Aase8QnVw

ウォーターサーバーが大好き☆ラップ娘★あやめのお家http://www.aquaclara.co.jp/ayame/rap_girl.html

2007年8月27日 (月)

見たい世界ではなく、目の前にある世界

プロレスラーたち全てが「試合に出るのは怖くない」とインタヴューで答えてるのに対してヒクソン・グレーシーは毎回「リングに上がるのは死ぬほど怖い」ことを認め、「この恐怖を自分に有利なように用いるのだ」と答えた。

「恐れがなければ勝つことはできない。恐れることで、試合に先立って自分を喚気することが出来るし、自分を見失しなわなくてすむ。試合は危険であり恐れるこは最大の防御である。恐れることで私は自分の持てる技の全て使い自分を守ろうとする。」

自分が見たい世界ではなく、目の前にある世界を受け入れよう。
思い込みは禁物、間違えを正さないことが問題である。自分が耐えられる限界、要は戦うときリターンマッチが可能かどうか、が大切。自分の意識でコントロールできないポジションを取らない。

恐れがなければ畏敬の念は生まれない。 自分自身を恐れることを知らなければ、当然の結果に行き当たることになる(ラリー・ウィリアムズ)

2007年8月26日 (日)

皆既月食を見よう

Eclipse_lune

夏休みも終わりに近づいた8月28日の宵、東の地平線から欠けた「満月」が昇ってきます。
これは月が地球の影にかくされる「月食」。やがて月は完全に隠されて「皆既月食」となります。前回日本で皆既月食が見られたのは2004年5月5日でしたが、全国で見られるのは2001年1月10日以来、実に6年半ぶりのことです。

皆既月食は、太陽からの光によってできた地球の影の中を月が通過するときに見られる現象です。つまり、太陽-地球-月が一直線にならんだ時に見られるものなので、つねに月は満月ということになります。「上弦の月の月食」とか「三日月の月食」というのは絶対におきません。

さて、地球の影には大きく2つの種類があります。1つは「本影」と呼ばれる影で、太陽からの光がまったく届かない部分。本影の部分から見ると、太陽は地球によって完全に隠されてしまっています。もう一つは「半影」と呼ばれる影で、本影の外側に大きく広がった部分。ここは太陽の光の一部が届く部分で、ここから見ると太陽の一部が地球からはみだして、部分日食の状態に見えるはずです。

地球の軌道と月の軌道はぴったり重なっているわけではないので、満月のたびに月食がおきるようなことはありません。また、本影と月の通り道も一定ではなく、ときには月の一部が本影をかすめたり(部分月食と)、月全体が本影にすっぽりつつまれたり(皆既月食)するのです。

皆既月食になると、月は地球の本影の中に入ってしまいますが、完全に暗くなってしまうわけではなく、わずかに赤味をおびて見えます。これは、地球の大気層を通過した赤い光が月面をわずかに照らすためです。
http://www.stargaze.co.jp/070828/gesshoku.html

2007年8月24日 (金)

ダイナマイトが百五十屯

カラスの野郎 どいていな
とんびの間抜けめ 気をつけろ
癪なこの世の カンシャク玉だ
ダイナマイトがヨ ダイナマイトが百五十屯
畜生 恋なンて ぶっとばせ

惚れても無駄さ あきらめな
どっこい涙は禁物さ
胸につまった カンシャク玉だ
ダイナマイトがヨ ダイナマイトが百五十屯
スカッと器用に咆えてみろ

命も賭けりゃ 意地も張る
男と男の約束だ
いくぜ兄弟 カンシャク玉だ
ダイナマイトがヨ ダイナマイトが百五十屯
カックン ショックだ ダムの月

Cdsol1132

マイトガイ小林旭の世界 http://www.nikkatsu.com/dig/DVDLINEUPS/dvd_line_HEROS01.html

ダイナマイトが百五十屯 試聴
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&lr=&q=%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%88%E3%81%8C%E7%99%BE%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%B1%AF+%E8%A9%A6%E8%81%B4&suggest=1&sa=X&oi=cjkrefinements&resnum=1&ct=result&cd=2

2007年8月22日 (水)

邦楽アーティストランキング

2007.8.20.邦楽アーティストというよりも、アイドル歌手の ランキングになっております。
1位~30位 (全395項目) 【投票総数:1136014票】 ▼
順位 票数    
1位 100762票
. ... 8.8%
モーニング娘。
2位 63757票
. ... 5.6%
KAT-TUN
3位 51542票
. ... 4.5%
中森明菜
4位 35965票
. ... 3.1%
渡辺美里
5位 35728票
. ... 3.1%
松室麻衣(元dream)
6位 34277票
. ... 3.0%
上戸 彩
7位 31629票
. ... 2.7%
Kinki Kids
8位 29665票
. ... 2.6%
山下智久
9位 26794票
. ... 2.3%
タッキー&翼
10位 24860票
. ... 2.1%
松平 健
11位 24130票
. ... 2.1%
本田美奈子.
12位 23349票
. ... 2.0%
夏川りみ
13位 22232票
. ... 1.9%
MARIA
14位 18960票
. ... 1.6%
愛内里菜
15位 18852票
. ... 1.6%
小田和正
16位 18740票
. ... 1.6%
後藤真希
17位 16857票
. ... 1.4%
浜田省吾
18位 16747票
. ... 1.4%
松田聖子
19位 16610票
. ... 1.4%
倉木麻衣
20位 16526票
. ... 1.4%
La'cryma Christi
21位 15939票
. ... 1.4%
プッチモニ
22位 15033票
. ... 1.3%
菊池桃子
23位 14831票
. ... 1.3%
Mr.Children
24位 14829票
. ... 1.3%
Whiteberry
25位 14808票
. ... 1.3%
aiko
26位 14094票
. ... 1.2%
THE STARCLUB
27位 13969票
. ... 1.2%
YUI
28位 13473票
. ... 1.1%
ZONE
29位 11638票
. ... 1.0%
徳永英明
30位 11448票
. ... 1.0%
ポルノグラフィティ



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2007年8月21日 (火)

観葉植物から電話がかかってくる!?

観葉植物から電話がかかってくる!?

お花や観葉植物には、しゃべりかけると育ちも良くなる。なんてことを聞いたことがあったが、これが現実化されそうな勢い。
「観葉植物の世話をする時間がなく枯らしてしまった」というのをよく聞いていて、そこからアイデアを得たというケイティーさんを始めとする、4人の米ニューヨーク大学(NYU)の大学院生たち。彼女たちは、お気に入りの観葉植物を長期間に渡って保持することができ、植物界の理解も深まるというデバイス「ボタニコールズ」(Botanicalls、植物や植物学という意味合いのボタニカルとコールを掛け合わせたと思われる)を作りあげた。

植物が携帯電話を通じて「水が足りない」などの状態を知らせ助けを求めることのできるシステムでは、湿度を感知するセンサーが土の部分に置かれ、過度に乾燥していたり湿度が高い場合、このセンサーから無線ネットワークを通じて携帯電話に連絡が届くようになっている。
 グループのメンバーであるレベッカ・ブレイさんは、使用している技術自体は新しいものではないとしながらも、植物が声でコミュニケーションし、個性を加えられることが斬新だとしている。

 「植物が電話をかけてきて、のどが乾いているからたくさん水が欲しいと訴える。彼らはとても礼儀正しくもある」と述べた。

Photo

水を与えた後にはお礼のメッセージが届くという。
驚くべきは、植物ごとの個性(生物学的特性)に合わせて、話し方や声の調子を変えたコールが実現されていること。たとえば、オリヅルランは早生植物なので、切っても容易に育てられ丈夫だ。そんなことで声も明るく、元気はつらつとしている。
スコティッシュモスという苔の一種は、遅い成長でとってもゆったりしているので、声もスコットランド訛りの英語で重々しい感じに仕上がっている。

各植物タイプに特定のコードが仕組んであり、植物中の湿気レベルをモニターし、現在のセンサー情報に基づいて水分量を感知し、水不足な場合は「喉が乾いてきたわ。水を忘れないで」等の電話がかかってくる(自分の植物にセンサーを埋め、IDをネットワークに登録する必要がある)。
「助けが必要な時だけ電話をかけてくるという人は嫌い」というNYUの4人は、お礼の電話のことも忘れてはいなかった。乾ききる前に余裕を持って知らせてあげ、水をやり終えると「嬉しかった~。ありがとう」という可愛らしい折り返しの電話もあるという。水分量の調節具合もちゃんと電話で教えてくれるので、多すぎたり、少なすぎるという心配も無用になる。もちろん自分から植物への電話も可能で、今現在の状態を聞くことができる。

「このプロジェクトは『植物の習慣と必要性に関して人々の理解を深める』という意味もあったし、この植物特性に基づく声を付けるのはとても重要なことだったの」というケイティーさんに、日本での発売予定を聞いてみた。「米国内での商品化もあと一歩。興味のある人がたくさんいるし、今現在、広く利用が可能になるよう努力をしている」とのこと。
携帯電話から自分の観葉植物と話しができ、植物からも電話がかかってくるという、このボタニコールズ。なんちゃって恋人コールとして、はっきりとした要求に応えてあげるのも悪くはないだろう。

2007年8月19日 (日)

世界株安

16日の東京市場は、大幅な株安とともに円高も進行、
国債市場にマネーが流入している。
同時にアジア各国の株式が大幅安に直面、
NZドルや豪ドルなどの高金利通貨も下落し、
これまでに構築されたポジションの大幅な巻き戻し現象が起きている。
MoneyMoneyMoney
背景にはサブプライムローン
(信用度の低い借り手向け住宅ローン)問題を起点にした
信用収縮懸念が一段と広がり、米系ファンドなどを中心に
換金できる商品を幅広く売却する動きがある。
市場では、米欧中銀が大量に資金を供給しても、
クレジット問題の根本的な解決に乗り出さない限り、
一段のスパイラル的な市場の動揺が広がりかねない
との不安心理が強まっている。

<アジア株は総崩れ>

16日の日経平均は一時、1万5859.46円まで売り込まれた。
後場になって下げ幅が拡大する場面があったのは
「アジア株が軒並み急落し、日本株にも海外勢の売りが目立ったため」
(国内証券)との声が出ている。

豪株式市場で一時、S&P/ASX指数が5%超の下落となったほか、
インドのSENSEX指数が4%超、
香港のH株指数も5%超の下げとなった。
ジャカルタの総合株価指数、バンコクのSET指数、
ニュージーランドのNZX50種指数なども軒並み売られ、
これまで高値を記録してきた上海総合指数も下落に転じ、
アジア株は総崩れとなった。

ある外資系証券の関係者は「米クレジット市場の動揺が収まっておらず、
米系ファンドは換金に応じるための資金調達ができにくくなっており、
換金できる商品は幅広く売っている。それが16日の市場で表面化した」
と指摘する。

<米系の換金売りで日経も大幅安> 

東京市場の急落も「海外勢の換金売りが、下げを主導した」
(国内証券)という。市場筋によると、一部自動車メーカーなど
海外勢の株式保有比率が高い銘柄の下げが大きくなっており、
海外勢の売りが影響していると言う。

準大手証券の関係者は「先物の取引が大きく膨らんでいる。
現物株を保有している海外ファンドが解約などに備えて
先物でヘッジしているほか、こうした売りに便乗する
短期筋の売りも出ている」と話している。

また、新日本製鉄<5401.T>など市況関連株など
主力株が軒並み売られたほか、
みずほフィナンシャルグループ<8411.T>など
銀行株にも引き続き売りが目立った。
「短期的に下げ過ぎとの見方から、ハイテク、非鉄の一角に
押し目買いが入ったものの、買いの勢いは続かなかった」
(大手証券エクイティ部)という。

<為替でもポジション圧縮の動き>

外為市場でも、高金利通貨を中心にアジア通貨が軒並み下落した。
高利回り通貨であるフィリピンペソは約1%下げて
1米ドル=46.68ペソと、2カ月ぶりの安値を付けた。

インドネシアルピアも約0.6%安の1米ドル=9480ルピアと、
2006年6月以来の低水準で推移。

下げが最もきついのは韓国ウォンで、約1.2%安の
1米ドル=943.3ウォンと、3月以来の水準まで下げている。
豪ドル、NZドルも対ドルで下落し
「これまで米系ファンドがポジションを積み上げてきた
通貨のロングが巻き戻されている」(邦銀関係者)との指摘が出ている。

<ドル/円が一時115円台、傷ついた日本の個人投資家>

ドル/円も一時、5カ月ぶりのドル安/円高水準となる
115.71円まで急落。
「この円高が株売りを招くスパイラルを作った」(国内証券)という。

ドル/円が116円前半まで下げたところでは、
いったん「個人投資家を中心としたドルの押し目買いが入った」
(大手証券)という。

だが、世界的な信用収縮のスパイラルの大波に、
日本の個人投資家も巻き込まれ、
115円後半まで下げる場面があった。

先の邦銀関係者は「これまで円高方向への防波堤役をしてきた個人投資家が、
今年初めて大きく傷ついた。
この結果、しばらく日本の個人投資家が市場で円売りを
大規模に出してこない可能性が出てきており、
円高リスクが急増している。110円までの円高が視野に入った」
と指摘する。

Money

<信用収縮でもてはやされる米短期債>

こうした信用収縮現象の結果、換金されたキャッシュは
グローバルには米短期国債や米短期証券に向かっている。
米2年国債利回りは、16日のアジア市場取引で
一時、4.25%を割り込み、
FF金利誘導目標を100bp以上下回った。

円債市場でも、2年利付国債利回りが一時、0.860%と
3カ月ぶりの水準に低下。5年利付国債利回りも
一時、1.160%まで低下した。

他方、短期市場ではTIBOR(東京銀行間取引レート)の
1週間物が0.62000%と15日の0.61636%から上昇。
7日の0.58909%と比較すると大幅に上昇した。

市場では「マーケット全体に広がっているクレジットに対する不信感が強く、
東京市場でも資金を出し渋る現象が出てきている」
(別の邦銀関係者)との声が出ていた。

また、無担保コール翌日物レートも誘導目標(0.50%)を
上回る水準で推移。日銀は午前9時20分の金融調節で、
13日以来となる即日実行の資金供給オペを実施、
4000億円を市場に供給した。
しかし、朝方から0.53%付近の取引が主体となっていた
翌日物は午後もレートが沈静化する気配がみられず、
午後も0.5%半ばまで取引レートが高止まりした。

先の邦銀関係者は「世界中のマーケットで信用収縮が起きている。
問題の確信は米クレジット市場にあり、
疑惑の持たれているクレジット物をFRB(米連邦準備理事会)が
買い取るようなことでもしなければ、
この市場の収縮は収まらないだろう。
15日と16日のマーケットを比べると、
16日のほうが格段に信用への懸念が強くなっている」と述べている。

2007年8月18日 (土)

アイドルグラビアbest20

1位 B.L.T. U-17 sizzle 3 
デイリーランキング:未登場、ウィークリーランキングで1回目の1位、マンスリーランキング:未登場
B.L.T. U-17 sizzle 3 【掲載タレント】;成海璃子;北乃きい;夏帆;岩田さゆり;大後寿々花;Berryz工房;大政絢;寺島咲;石橋杏奈;外岡えりか;AKB48
順位 登場
回数
タイトル 著者 価格
(税込)
現在
前回
1↑ 2 2 B.L.T. U-17 sizzle 3 1,200円
2初登場 - 1 X 矢吹春奈写真集 WatanabeTatsuo/[撮影]  3,150円
3↑ 5 3 にっこり 新垣結衣in恋するマドリ 鈴木さゆり/撮影  2,415円
4再登場 - 2 MIYABI 夏焼雅ファーストソロ写真集 木村智哉/撮影  2,800円
5↓ 3 2 感じるんです 浜田翔子写真集 小塚毅之/撮影  2,940円
6↑ 14 21 リア・ディゾン写真集 ハロリア! 飯塚昌太/撮影  980円
7→ 7 4 シネマガールズ DVD付き 980円
8再登場 - 36 Petite Amie リア・ディゾン写真集 1,470円
9→ 9 4 TG U-22 Talented Girls 22歳以下の女性タレントをクローズアップ! 1,575円
10初登場 - 1 FLAME写真集AQUA 石黒ミカコ/撮影 マイク岡田/撮影  2,940円
11再登場 - 6 a 浅田好未写真集 野村誠一/恋写  3,150円
12↑ 13 6 G(グラビア)ザ・テレビジョン 7 DVDつき 980円
13↓ 11 3 H1Oヘイセイ1ネンノオンナノコ 1,260円
14再登場 - 3 First STEP 北乃きい写真集 木村晴/撮影  2,940円
15↓ 8 7 制服放浪記 仲村みう写真集 今村敏彦/撮影  2,625円
16↓ 6 2 Sho→Boh 8 1,680円
17再登場 - 20 erika 沢尻エリカ写真集 橋本雅司 /撮影  2,940円
18再登場 - 7 鮎川穂乃果写真集十二歳 中村誠作/撮影  3,150円
19↓ 15 3 Cover Girl 熊田曜子写真集 鯨井康雄/撮影  3,150円
20再登場 - 11 G(グラビア)ザ・テレビジョン 6 DVDつき 980円
(セブンアンドワイ調べ  毎週月曜日更新)

アイコンの意味
↑ = 前回より順位が上がった本 初登場 = 初登場
→ = 前回と順位が同じ本 再登場 = 再登場
↓ = 前回より順位が下がった本
初登場は、初登場および過去1年間のランキングに登場していない本です。
再登場は、過去1年間のランキングに登場したことがあり、今回再登場した本です。

※登場回数は、各ランキングの中で過去1年間に登場した回数です。

Idol1 Idol2 Idol3

2007年8月17日 (金)

世界金融危機のおそれ

世界同時株安止まらず 東証 1週間で1000円下げ
 16日の日米欧やアジアの主要株式市場は、米住宅ローンの焦げ付き問題に端を発した株価の下落が止まらず、東京で平均株価が一時600円超下落、ニューヨークのダウ工業株30種平均が一時180ドル超値下がりするなど世界同時株安の流れが続いた。ロンドンの外国為替市場では一時、1ドル=113円台の円高ドル安水準までドル売りが加速。世界経済に動揺が広がった。
 16日午後の東京株式市場は、午前に引き続き米住宅ローン問題による信用収縮懸念が強く、日経平均株価(225種)は大幅続落。この1週間の下げ幅は1000円を超えた。終値は、前日比327円12銭安の1万6148円49銭。全銘柄の値動きを示す東証株価指数(TOPIX)も26.69ポイント安の1567・46と続落。出来高は約26億7600万株だった。
 午後の取引開始直後には、一時600円超も急落し、1万6000円を割り込んだ。ただ、取引終了にかけては割安感の出た銘柄を買い戻す動きも出て、下げ幅は300円台まで縮小、1万6100円台を回復した。 一方、16日の東京外国為替市場では、一時1ドル=115円台まで円高ドル安が進んだ。その後のロンドン市場では一時、113円台まで円が急伸した。 ロンドンのFT100種株価指数は午後1時現在、前日比215.3ポイント安の5894・〇と3.5%以上下落し、昨年9月以来の安値水準。アジア各地の株価も軒並み大幅安で取引を終えた。 2007年08月17日  西日本新聞

東京円急騰、日経平均は暴落…一時1万5500円割れ
 17日の東京外国為替市場は、米国の低所得者向け住宅融資(サブプライムローン)問題による信用リスク不安の影響が広がり円相場は急騰、一時、1ドル=112円78銭と昨年6月以来約1年2か月ぶりとなる1ドル=112円台まで上昇した。 欧米のヘッジファンドなどがリスクの高い投資を減らそうと、低金利の円を借りて高金利の外国通貨で運用する「円キャリー取引」を解消するため、円を買う動きを強めている。市場には「円高基調が当面続く」との見方が出ている。 午後1時現在、前日(午後5時)比3円13銭円高・ドル安の1ドル=112円92~94銭で取引されている。対ユーロでも午後1時現在、前日(同)比4円52銭円高・ユーロ安の1ユーロ=151円45銭前後で取引されている。    8月17日 読売新聞

NY株一時250ドル超下げ 円は急騰、英で113円台
 東京株式市場の大幅安を受け、16日の欧米株式市場でも下落が続いた。米国の低所得者向け住宅ローン(サブプライムローン)の焦げ付き問題は、世界経済を引っ張る米景気への不安へと拡大。米連邦準備制度理事会(FRB)は、短期金融市場に計170億ドル(約2兆円)の資金を供給したが、世界的な株安の連鎖が止まらない状況だ。一方、外国為替市場では円が急伸。ロンドンで一時、ほぼ1年ぶりの113円60銭をつけた。 16日の日経平均株価の終値は前日比327円12銭安の1万6148円49銭で、今年最安値を更新。一時は616円安まで下げ、約9カ月ぶりに1万6000円を割り込んだ。東京証券取引所第1部全体の値動きを示すTOPIX(東証株価指数)の終値は同26.69ポイント低い1567.46。出来高は26億7000万株。
 16日は、アジア各地の株式市場が軒並み日本以上に下落。欧州では英国が前日終値比4.1%安で引け、仏独でも同3~2%下げた。  ニューヨーク株式市場でもダウ工業株平均の下げ幅が一時250ドルを超え、正午(日本時間17日午前1時)現在は前日終値比173.39ドル安の1万2688.08ドル。ニューヨーク連銀は声明で、必要なら資金供給額を増やす姿勢を示した。  株安と同時に進んだ急速な円高は、海外株式市場の低迷で、低金利で調達した円を海外で運用する「円キャリー取引」を解消し、円を買い戻す動きが加速したためだ。東京市場では、円高で輸出企業の業績が悪化する懸念から、株式が売られる悪循環となった。  サブプライム問題で世界株安になった10日から16日までの5営業日間で、日経平均の下げ幅は計1022円。今年最高値をつけた7月9日から1カ月余りで2100円を超える下落になった。

 「日本の景気は堅調だが、株価が実体経済と離れ、金融不安で動いている」と大手証券のアナリスト。サブプライム問題の不安が解消しない限り、株価回復は難しいとの見方が出始めた。  だが、サブプライムの損失は世界に拡大し、影響を把握しにくい難点がある。住宅ローンを証券化し、世界中の投資家らに売っているためだ。  バーナンキFRB議長は、サブプライムの損失を最大1000億ドル(約11兆5000億円)と見積もったが、民間エコノミストは損失がさらに膨らむ可能性を指摘する。金融不安の高まりで米景気が悪化し、住宅ローンの不良債権化に拍車がかかる危険のあることが理由だ。

 米商務省が16日発表した7月の住宅着工件数は前月比6.1%減で、約10年ぶりの低水準。住宅市場の減速が続けば、住宅の価値を担保に自動車など高額商品を買ってきた人も苦しくなる。  株価や住宅価格の上昇が米国人の旺盛な個人消費を支え、対米輸出を通じて日本など他国も恩恵を受けてきた。だが、米個人消費は4~6月に伸びが減速するなど陰りがみえ、世界的な株安を助長している面もある。 2007年08月17日朝日新聞

                       
◇世界同時株安 サブプライムショック ◇ 

 Q どうして大混乱になったのか
 A 先週末に、サブプライムローン債権を証券化した金融商品に投資していた欧米の金融機関やヘッジファンドが相次いで損失を出したことがきっかけだ。他の金融機関も損失を抱えているのではないかという疑心暗鬼が広がり、信用不安に発展した

 Q 信用不安が広がるとどうなるのか
 A 金融機関は日々の資金を短期金融市場でやり取りしているが、資金を貸した銀行が損失を出して破綻(はたん)し回収できなくなるのではないかという不安心理が働き、資金の貸し手が極端に少なくなる『信用収縮』という状態に陥ってしまった。放っておくと、資金の奪い合いで、金利が暴騰したり、必要な資金を調達できなかった銀行が本当に破綻してしまい、金融システム全体が揺らぐ危険が出てきた

 Q 世界同時株安が起きた理由は
 A サブプライムローンの債権は小口に証券化され、いろいろな金融商品に組み込まれており、どんな企業に影響が出るか分からない。だから株式を売ってよりリスクの低い国債を買う動きが加速し、株安が広がった

 Q 日米欧の中央銀行が緊急で資金を供給した狙いは
 A 必要な資金は金融当局が責任を持って供給するという姿勢を示すことで、市場の不安心理を抑えることが目的だ。ECBは13日までに計2035億ユーロ(約32兆円)の資金を供給。FRBも計640億ドル(約7兆5000億円)を出した。その効果もあり、市場の不安は一応、収まり、株価も反発している

 Q 日銀はどうしたのか
 A 10日に1兆円、13日に6000億円を投入した。ECBやFBRに比べて額が小さいのは、欧米に比べて、日本の金融機関のサブプライムローンへの関与度合いが小さいこともあって、日本の金融市場では動揺が少なかったからだ

 Q 具体的にどうやって資金を供給したのか
 A 各国の中央銀行は、物価の安定や経済の安定成長のために独自の判断に基づく資金供給や資金吸収を日常的に行っている。中央銀行が、金融市場で手形や国債などを買ったり、売ったりすることで、市場に流通する資金量を調節することを『公開市場操作』という。売買によって『買いオペレーション』『売りオペレーション』と呼ばれている。今回は買いオペで供給した

 Q 日米欧の当局が協調するのは珍しいことなのか

 A 日米欧が協調して資金供給したのは、米中枢同時テロが発生した2001年9月以来のことだ」

 Q これでサブプライム問題は収まったのか

 A 市場の不安感は和らいでおり、日米欧の株価連鎖安にも一応の歯止めがかかった。エコノミストの中には、『世界経済は順調に拡大しており、市場が落ち着きを取り戻せば、株価も上昇していく』と見る向きも多い。ただ、小口に証券化されたサブプライムローンの影響が、どの程度の広がりがあるのかは、見極めができておらず、依然として不安は根強い。かりに欧米金融機関や年金基金が巨額の損失を出すような事態になれば、世界の金融市場が再び大混乱し、実体経済にも影響が波及する恐れもある

【関連記事】
世界同時株安の犯人は誰か?
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20060703/105582/

世界金融危機のおそれ
http://tanakanews.com/070806crisis.htm

日本人が知らない恐るべき真実
http://www.h3.dion.ne.jp/~b-free/shiranai-index-2.html

2007年8月16日 (木)

「おおニート」の歌

おおニートあなたの仕事は何?
私は仕事はしてないのよ
社会問題になってるのよ

※ニートランランラン~♪

おおニート年金払っているの?
私は年金払ってないのよ
支払うつもりもないのよ

おおニート将来どうするの?
うるせぇ今が楽しいから
全然考えてねぇよ馬鹿

おおニートどうして生きてるの?
うるせぇそんなこと聞くンじゃねーよ
自殺は止めよう生きてこそ

おいニートカーチャンが泣いてるぞ?
あぁごめんねカーチャンそのうちに
なんとかするから待っててよ

ニート - NEETとは、「Not in Employment, Education, or Training」の略。 イギリスで生まれた言葉で、働かず、学ばず、そして職業訓練も行なわない若者らを指す。

無学歴、無職歴、無実力のニートが年収500万円の正社員になる方法

「このゲームは、正攻法でやるかぎり、どう足掻いても、絶対にニートが勝つことができないように仕組まれた八百長ゲームである」ことに気づくことだと思う。
だから、正攻法はだめだ。明後日の方角から、とんでもない反則攻撃をして、八百長ゲームのルールを食い破って勝利を強奪するような戦略で行くべきだ。
具体的にいうと、まず、そもそも、正面玄関から企業に就職面接を受けにいくのはやめとくべきだと思う。
職歴が弱点なんだから、弱点を無効化するために、ダンピングもどきの反則技を使う。

ダンピングとは、不当にやすい価格で商品を販売することで、でたらめな価格破壊を引き起し、ライバルの会社があまりの安値に利益をだせなくなって、倒産したり市場から撤退したりして、独占を成立させてしまう手法。消費者がその会社の商品を買わざるを得ないような状況に追い込んでから、その商品価格をつり上げて不当に利益を得る手法だ。

就職においても、正確にはこれとは違うけど、似たような戦法が使える。
企業からみれば、ニートが出す成果が、収入であり、ニートのために支払う教育コストとマネージメントコストが支出である。そして、ほとんどの職種では、支出が収入を大きく上回り、大赤字だ。まず取引として成立しない。だから、企業は、金をもらってもニートは雇わない。そこで、企業がニートに支払う教育コストとマネージメントコストが小さく、ニートでも成果をだしやすい職種を考える。

そのような職種は、たいていが、単なる単純作業である。教育コストが少ないということは、とくに教えなくてもだれでも簡単におぼえられる単純作業だということだ。マネージメントコストが小さいということは、複雑な指示出しや管理をしつづけなくても、現場が自動的に回っていくような、単純作業だということだ。工場での単純化された組み立て作業や、ビルやオフィスのお掃除なんかのイメージだ。そんな単純作業な仕事をしていても、スキルの蓄積がなく、正社員になれたり、クリエイティブで面白い仕事なんて、絶対にありつけない。
そこで、実力のないニートでも成果のだせるような単純で簡単な仕事でありながら、いくらでも創意工夫の余地があり、累積的に実力をつけていくことができ、かつ、しだいに成果を増大させていくことができるような仕事を足掛かりにすればいい。

ケータイやパソコンのWebサイトの企画系の運用業務
一般に、パソコンもしくはケータイWebサイトの運用は、2種類の運用担当がいる。技術系の運用担当と企画系の運用担当である。このうち、技術系の人間が担当するような、Webサーバの運用業務は、一見単純作業に見えるが、結構なスキルが必要で、ちょっとしたことで大惨事になる。とてもじゃないが、実力のないニートに手のだせるようなものじゃない。

いきなりプロデューサーの仕事を手伝っても、世間知らずなニート君は、足手まといになるだけだ。またデザインは、専門スキルがないと手伝えることなどない。高い企画スキルが必要ディレクターの仕事ができるはずもない。ただしアシスタントディレクターの企画制作作業というのは、唯一、スキルも実力もないニート君が手伝うことのできる作業がけっこう含まれる職種なのだ。

まず、Webサイトというのは、一回作っておわりではなく、延々と更新しつづけるものだ。画像を差し替えたり、HTMLをちょこちょこと修正したり、リンクを張り替えたりしながら、サイトを日々改良しながら、ユーザを飽きさせないようにしたり、かつ、使い勝手の悪いところを直したり、分かりにくい説明文やヘルプを分かりやすく書き直したり、誤字脱字を直したり、ブラウザによって表示がズレちゃってるのを直したり、もしくは、ズレている場所がないか、しらみ潰しに調べたり、トラブルのあったユーザからの問い合わせに答えたり、ユーザからの不満をまとめてリスト化するとか。

情報量が多いし、技術系を含め、みんなで連携して動かなきゃならないので、大量の間接ドキュメントが発生し、意識合わせや的確な意思決定のための基礎資料の準備に追われる。自分一人の思い込みで勝手に動いたりしたら、プロジェクトがむちゃくちゃになっちゃう。たとえば、ユーザリクエストを全部いったんエクセルシートにまとめたり、広告媒体への露出とアクセスの伸びの連動グラフから、どの広告媒体を攻めるのかみんなで相談するための基礎レポートを作ったりと、あと、それらを予算計画とどう連動させるのかとか、とにかく、たくさんの内部ドキュメントが必要。

企画制作作業って、純粋な単純作業って意外に少ない。簡単そう、単純そうに見えて、どれも、けっこうな思考とセンスが要求される。それどころか、単に足手まといにならないように、足を引っ張らないように気を使うだけでも、かなりの勉強が必要だ。たとえば、単に、サイト更新作業の指示を受けるにしても、ただでさえ忙しいディレクターやアシスタントディレクターに、時間をかけて、かみ砕いた言葉で、一から十まで説明してもらうのは、申し訳ないと思ったら、指示を受けるのに必要な前提知識は、可能な限り、事前に勉強しておかなきゃならない。また、分からない言葉がちょっとでも出てきたら、googleするなり、本屋へ行くなりして、片端から理解していくべきだ。そうしないと、ディレクターたちに、何度も同じことを説明させることになる。そして、Webサイト企画制作作業って、必要な知識って、すさまじく多い。HTMLの知識、JavaScriptの知識、Flashで何ができるか、できないことは何か、また、エンジニアともやりとりが発生するから、基本的なWebサーバの仕組み、リレーショナルデータベースで何ができるのか、また、エンジニアやディレクターが使う「~みたいなやつ」の「~」を理解するには、SNS、SBM、コンテンツ、オーサリングツールなど流行りのものは、一通りざっくりと理解しておかなきゃならない。当然、エクセルの関数の使い方も、ワードの使い方もおぼえておく必要がある。

仕事時間中にプロジェクトの予算を食いつぶして、そんな勉強をやるなんて、非常識だ。必然的に、夜だの休日だのを使って、必要な知識は、徹底的に勉強しておくことになる。それに加えて、単純作業をできるだけ手伝うわけだが、誰もがいやがる単純作業の中で、とても難易度が高く、かつ、それをすると短期間に一気に実力が向上するのが、議事録取りだ。ミーティングをしたら、必ずその議事録をとって、それをメーリングリストに流すなり、プロジェクトの共有フォルダに放り込むなり、グループウェアに入れるなりしなきゃならない。また、そこで決まったことを、関係者にきちんと知らせなければならない。そうすることで、みんなが連携して動ける。

議事録を取れるようにするには、あらかじめ、プロジェクト関係者の役割、仕事内容、業務の流れを理解しておかなきゃならない。また、それ以前に、プロジェクトの成果目標やマイルストーンも理解しておかなきゃならない。当然、プロジェクトシートの収支計画も、話の前提になっていることも多いから、それにも目を通しておく。なによりいちばん大切なのは、関係者の意図と利害関係を押さえておくことだ。だれが、なににこだわっているかを押さえておかないと、とんでもない勘違いをしてしまう。議事録とりにかこつけて、会議が終わったあと、関係者に、会議で分からなかったところを、教えてもらって回ることもできる。これが、かなりポイントだったりする。

最初のうちは、会議をすべてICレコーダーで録音し、それを自宅に持ち帰って、再生して聴きながら、議事録を補足していく。そんなつまらない作業でも、とても仕事時間内ではできやしない。だから仕事を家に持ち帰って、十分に時間をかけて、ハイクオリティーの仕事をすればいい。3倍、5倍の時間をかけて、じっくり勉強し調べ資料がみやすくなるように創意工夫しながらやれば実力がつく。
職位が低い間は「会社からもらっている最大の報酬はスキル」であって、その資産価値に比べれば、「もらっている給料なんて、倍になろうと半分になろうと、誤差」。
スキルさえゲットすれば職位を上げられるし、その会社が出世させてくれなくても、さっさと別の会社に転職して、面白い仕事とおいしい給料をゲットできる。

同じ仕事の質と量なら、会社はできるだけ安い人間にやらせようとする。
ハイクオリティーの仕事をしつづければ、どんどん良質の、クリエイティブな仕事が回ってくる。
目先の給料を捨ててかかり、どんどんスキルを横領できるポジションさえゲットしてしまえば、もう勝ちなんですよ。Webサイトの構築・運用という、典型的な知識産業における業務では、会社と個人との関係は、圧倒的に個人の方が有利なんですから。

http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20060227/1141028008 より抜粋

プロジェクトマネージメントがショボくて、混乱しているプロジェクトは、とても多い。そういうプロジェクトを見つけたら、すかさずその混乱を収拾して、そのプロジェクトを乗っ取ってしまうのがいい。
会社でも、女の子でも、株でも、底値買いがいちばんおいしいということ。混乱して、ダメダメで、希望のない状態こそ、徹底的につけこめる。だから、業務システムの完成された大企業ではなく、まだ未熟な、ベンチャー会社が狙い目だ。
知識社会では、知識/スキルを持つ人間は、知識/スキルを持つがゆえに、知識/スキルをさらに増やすポジションを、容易にゲットできるので、知識/スキルが、雪だるま式に増えていく。一方で、知識/スキルを持たないニートは、何百件企業に土下座して回ったところで、知識/スキルがないがゆえに、知識/スキルを得られるポジションをゲットすることはできないのである。
正攻法で戦うかぎり、どう足掻いても、絶対にニートは勝てないような八百長ゲームになっているわけだ。だから、ダンピングという反則技を使って、最初の知識/スキルをゲットするわけだ。

2007年8月15日 (水)

崩壊する日本

子供を虐待する親、親を殺す子供、遊びの為に平気で強盗に走る母親、税金を横領しておきながら開き直る政治家、公務員・・・・。 数え上げればきりがありません。 殆どすべての国民が今、漠然と一体日本はどうしたのか?と思っているはずです。こんな日本ではなかった、と。しかし、現実は厳しく、そして事態は更に悪化し続けていっています。 もはや、日本は取り返しのつかない状態に陥ってしまったといえるのです。 では、なぜここまで日本は悲惨な状況に陥ってしまったのでしょうか?

『待ってくれ、日本のどこが悲惨なんだ。自分たちは世界一裕福な暮らしをして、食べきれないほどの食事をしているこの日本が悲惨な筈ないではないか。ブランド品は溢れ返り、高級外車は走り回り、別荘地は売れ、億ションも売れに売れて一体どこが悲惨なんだ。』という方もおられるはずです。確かにそういうところもあります。 銀座に行けばブランド品店が軒を連ね、デパートでは高級品が溢れかえっています。

<勝ち組>には“たまらない(最高の)”社会になっている今の日本ですが、反面、<負け組>にとっては、“耐えられない”社会になっているのです。先日、貧乏と虐められ自殺した中学生がいましたが、今の社会は貧乏を蔑む社会になっているのです。 そして、これがありとあらゆる人の心を蝕み、社会を崩壊に導いているのです。            『World Report』の2006年9月1日付け記事

格差是正へ支援、経済財政白書が「負の所得税」など提言

 内閣府が7日公表した2007年度の年次経済財政報告(経済財政白書)は、格差是正のため 低所得者層を支援する新たな制度が必要だと提言した。

 日本経済が成長し、所得水準が上がっても、格差は拡大傾向にあると分析し、具体策として、 所得税を直接減額する「税額控除」と社会保障給付制度を組み合わせた「負の所得税」と呼ばれる仕組みを挙げた。税と社会保障を合わせ、高所得層から低所得層に所得を移していく必要性も 指摘した。

 経済財政白書が格差問題を取り上げたのは前年に続いて2回目。日本経済は戦後最長の景気回復が 続いているが、正規社員と、パートやフリーターなどの非正規社員との賃金格差が大きくなっている。
白書は、格差問題は先進国共通の課題として、欧米諸国の経済成長と格差の関係などを分析した。

 経済学の一般的な学説では、経済成長で工業化が進むと、初期段階を除けば、国内の格差は 縮まるとされる。しかし、日本は市場経済型の米国や英国、カナダと同じく、1980年代以降は 経済成長と同時に格差が拡大しており、学説から外れていると白書は分析した。一方、フランス、 ドイツや、高福祉国家の北欧諸国は、成長が進んでも格差はほとんど拡大していなかった。
(2007年8月7日 読売新聞)

♪格差は 進むよー♪♪ どーこまでーもーーー♪♪♪

2007年8月13日 (月)

ROCK 用語

アート・ロック ART ROCK
サイケデリック・ムーブメントを体験したミュージシャン達は、68年頃よりクラシックやジャズなどあらゆる音楽を取り入れ、極彩色な視覚効果をすすめてプログレッシヴなサウンドへ追究するようになっていった。その新しい音楽を日本のレコード会社がひとまとめにして“アートロック”として69年に大キャンペーンを行った。その面々は、ジミ・ヘンドリックス、クリーム、ジャニス・ジョップリン、レッド・ツェッペリン、ヴァニラ・ファッジ、アイアン・バタフライ、BS&T(ブラッド・スエット&ティアーズ)、シカゴ、アル・クーパー等である。

アンプラグド UNPLUGGED
アメリカの音楽専門ケーブルTV番組「MTV」が1989年10月からスタートした、電気楽器を使わないスタジオ・ライヴのコーナー。提唱者は70年代にファンキー・キングスやジュールズ&ザ・ポーラー・ベアーズとして活動していた、ジュールズ・シアー。当初は同コーナーの司会を務めていたジュールズが、出演者と一緒に最後に生楽器を持ち寄り軽くセッションするというものだったが、しだいに人気コーナーとなり、92年エリック・クラプトンの出演によって大ブレイク。クラプトンの完璧なまでのステージはアルバムとしても発売され、1,400万枚ものセールスを記録した。

インディーズ INDIES
Independent Record Labelsの略で、80年代以降に現れた、独立系マイナー・レーベルを指す。マイナー・レーベルとは本来販売網を持たないレコード会社のことで、メジャー・レーベルの傘下になることで販売は親会社に委託していた。しかしパンク以降、レコードの販売活動まで自前で行う独立系レーベルが数多く出現し、一部のマニアックなファン達の間だけに流通するマーケットを形成した。これらインディーズ・レーベルからデビューすることは、派手な広告などはしてもらえない代わりに自由な創作活動ができるといううま味もある。
インストゥルメンタル INSTRUMENTAL 略称インスト。ヴォーカルのない楽器演奏のみの音楽。ロック界でインストものが時代の潮流になったことはないが、ビートルズ出現前夜のアメリカでは、ベンチャーズをはじめとするエレクトリック・ギターを中心としたグループが数多く存在した。ロック界で有名なインスト系アーチストには、ジェフ・ベック(クロス・オーヴァー)、フォーカス(プログレ)、タンジェリン・ドリーム(ジャーマン・ロック)などがいる。

インプロビゼーション IMPROVISATION
「アドリブでプレイする」ことを指すが、日本語で表すと「即興演奏」という言葉があてはまる。60年代~70年代初頭では、ライブでのインプロビゼーションがあたりまえのように行われていたが、これはブルースやジャズからの影響を受けたクリームの面々が、すさまじいインプロビゼーション・バトルを披露して有名になったことから、1つのロックの形式として定着したのだろう。

エモ EMO 
感情的で個人的な歌詞を歌うインディーズぽい作り込まれてないサウンドが特徴。
EmoはEmotional【感情的】の略語。
特にポスト・グランジ以降、90年代中後半ぐらいからエモという言葉を良く聞くようになり、服装的特徴としては黒髪に黒縁メガネ、ブルージーンズ、古着Tというカジュアル感。 ハードコアからトーンダウンして、一般大衆を意識して90年代半ばにブレークしたSUNNY DAY REAL ESTATE【サニー・デイ・リアル・エステート】がその後のエモスタイルを定義付けてWEEZER【ウィーザー】はそこから一歩進んで、ポップパンクとエモを融合させた。
 
エモコア EMOTIONAL HARDCORE 
DCエリア(アメリカの首都、ワシントンD.C.)にて、1984/85あたりから始まる。その後、西海岸のサンフランシスコまで広がったのは、1989年の事で、全国的に浸透しはじめる。エモコアのスタイルは、最近では多様化しているが、元々はハードコア・パンクバンドの人達がその系統に限界を感じて、よりメロディ志向になったモノを指していた。例えば、ツインギターでの合奏、ミッド・テンポのロックサウンドや、感情的パンク・ボーカルなどに変化していった。特に、ギターの歪んだ音、合奏、そしてサビで見せるキャッチーなギターリフなどが特徴的で、後に、「D.C.サウンド」と呼ばれる。また、エモコア系バンドは、レスポールとマーシャルが主流。

オルタナティブ ALTERNATIVE
もともとはパンクやニュー・ウェイヴの流れから派生し、インディーズ・レーベルで細々と活動していたアーチスト達の総称であったが、その中からソニック・ユースやニルヴァーナがメジャー・レーベルと契約し大成功すると、商業ロックに対するもう1つの勢力として「オルタナティブ」という言葉が使われるようになった。彼らの特徴はメジャーとは単発の契約を結び、メジャーとインディーズ双方のレーベルからアルバムを出す自由度を保っている。また、音楽的にもジャンルにとらわれない自由な発想で、「売れようが売れまいがおかまいなし」「自分たちの好きなようにやる」「レコード会社の言いなりにはならない」といったスタンスでアルバム作りをする。

カンタベリー・ミュージック CANTERBURY MUSIC
66年に結成されたジャズ・ロックの祖ソフト・マシーンと、彼らを取り巻く、共通の音楽的要素を持ったミュージシャン達による音楽の総称。ソフト・マシーンのメンバー達がイギリスのカンタベリー出身であったことに由来する。彼らの共通項は、売れることよりも音楽至上主義で、いかに理想の音楽を創り上げるかが優先される。独特のジャズ・ロック・スタイル、ユーモラスな表現、一見解りやすいのに実はとても難解な語り口などでが特徴。主なミュージシャンには、ソフト・マシーン、キャラヴァン、ヘンリー・カウ、ゴング、ハットフィールド・アンド・ザ・ノース、マイク・オールドフィールド、ロバート・ワイアット、ケヴィン・エアーズなどがいる。
ギグ GIG 本来は公演、興行と言った意味だが、大きな会場でのコンサートと区別する意味で、小会場での演奏会に使う言葉。
ギミック GIMMICK いかさま。ごまかし。生演奏ではあり得ないような音を、最新のレコーディング技術や後加工によって実現させることへの軽蔑的な意味を込めて使う。

グラインド・コア GRIND CORE 
パンキッシュ・デスメタルとも呼ばれ、デスメタルをより早く重くしたもの。 
グラム・ロック GLAM ROCK 中性的イメージで、化粧やきらびやかな衣装を特徴とする70年代初期現れたアーチスト達。音楽的にもは演劇的なステージや物語的コンセプトアルバム作りなど、国籍不明のポップアート・アーチストという感じが強かった。今でいうビジュアル系アーチストの祖先とも言える。代表アーチストは、デビット・ボウイ、T・レックス、ロキシーミュージックなどだが、ここから進化した形ではルー・リードやアリス・クーパーなどもいる。

グランジ(グランジ・ロック) GRUNGY(GRUNGE ROCK)
80年代のヘヴィ・メタル全盛期を否定した、90年代のブーム。
それまではアメリカのLAメタルがアメリカンキッズの心をつかんでいたが、シアトルロックが登場し、それらのバンドをグランジと呼んだ。
その大きな差は、主にスタイルや衣装に違いを見せる。それまでのヘヴィ・ロックのハデハデしいボンテージ系衣装を一掃した。
現在ではジーパン等の衣装はめずらしくないが、グランジブームがその発端であった事は否定できない。要は衣装等の外見にとらわれずに、自由に音楽を表現した。今は死語に近い。

ゴシック/ゴス GOTHIC
70年代末期~80年代にPUNK~New Wave系のミュージシャンの中から発生したスタイル。ダークで冷たいイメージ、シニカルで悲劇的なのが特徴。また、ロマンティシズム(空想、非現実、情話的)、宗教、実在主義(存在意義を問う哲学)などのテーマも多くみられる。服装は黒でヴァンパイアの様な格好、吸血鬼やコウモリ、黒い薔薇、廃墟などをモチーフにしたものが多い。
「ゴシック/ゴス」が一般的に知られるようになるのは、90年代初頭にマリリン・マンソンが奇抜なステージ衣装と極端な厚塗りメイクで登場してからのこと。その後このスタイルはゴシック・メタル系のアーティストたちによって受け継がれ、近年ではエヴァネッセンスの大ヒットにより格段に認知度が高まった。
コンポーザー COMPOSER  Composeとは作曲の意味で、コンポーザーは作曲者のこと。ロックの基本は自作自演であり、たいていの場合はバンド内にいるメンバー、もしくはソロ・アーチスト本人がコンポーザーであることが多いが、中には専門に他のアーチストのために作曲する人もいる。ケニー・ロギンス、ブライアン・アダムス、シェリル・ウロウなどは当初そういった仕事をしていた。

サイケデリック PSYCHEDELIC
精神科医のH・オズモンドが、LSD(1943年スイスの製薬会社によって発見された合成幻覚剤)の大量投与を人格解放療法だとして考案し、これをサイケデリック・セラピーと名付けたのが語源。1963年LSDの虜になってしまった名門ハーバード大学の心理学助手、ティモシー・メアリーは大学を追放され、メキシコにサイケデリック研究センターが建てると、自らサイケデリック運動の教祖として芸術家達へ想像力を高める薬としてLSDを薦めた。しだいにそこへヒッピー達が集まるようになり、あっという間に若者の間にLSDとサイケデリック運動が広まっていった。60年代後半、このヒッピー発祥の地サンフランシスコを中心に、サイケデリック文化は全米を席巻する。アシッド・サウンド、サイケデリック・ロック(アシッド・ロック)もこの時生まれ、相互関連のない複数のモチーフが脈絡なく現れたり、音を異常に歪めたり増幅したりした。また歌詞も内的で破壊的で色彩的、時には意味不明な状態であった。
サイケデリック文化の1つとして、ヒッピー/フラワームーブメントがあるが、当時のロックの世界もサウンドのみならず、レコードジャケットなどにもその影響が残されている。また、この時代の真っ只中に開催された、伝説のウッドストックフェスティバルはヒッピー達とロック・アーチスト達の最も象徴的なサイケの祭典であった。
代表的アーチストは、グレイトフル・デッド、ジェファーソン・エアプレイン、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、ドアーズ、クイックシルバー・メッセンジャー・サービス等だが、少なからずこの時代を通過したアーチスト達は一時期アシッド・サウンドを体験している。ビートルズ、クリーム、ピンクフロイド等もそうだ。

サイバー・メタル/サイバー・ロック CYBER METAL/CYBER ROCK
サイバー・メタルはシンセやギターによる電子音を最大限にまでまき散らしたメタル。スタティック-Xなど。また、スピードはサイバー・メタルより落ち、重圧感を感じさせる作りになっているが、やはり電子音が目立つモノをサイバー・ロックと呼ぶ。ロブ・ゾンビなどがこれに当たる。

サザン・ロック SOUTHERN ROCK
アメリカ流ブルース・ロックはイギリスのそれとは異なり、もう少し泥臭いカントリー/フォーク色の強いものであったが、70年代に入ると南部黒人音楽独特のルーズでシンプルなサウンドをより強調し、独特なサウンドに発展させたミュージシャンも現れだした。その中でも、70年にエリック・クラプトン率いるデレク&ドミノスの大ヒット曲「いとしのレイラ」へデュアン・オールマンがギターソロで参加して、当時ギターの神様と呼ばれていたクラプトンと対等に渡り合ったことから、一躍オールマン・ブラザーズ・バンドが脚光を浴びるようになった。しかしデュアンは翌年バイクで事故死、ベースのベリー・オークレーも2年後に他界と不運に見舞われ、急激に同バンドのカリスマ性は失われた。つづいて人気を誇ったのが73年結成のレーナード・スキナードであったが、こちらも77年、飛行機事故によりメンバー3人が他界するという不運に見舞われる。しかし、80年代にはZZトップの大活躍により再び、サザン・ロック健在を示した。

ジャズ・ロック JAZZ ROCK  
65年頃よりジャズのポップ化も始まり、通常ヒットチャートなど無縁なジャズ・ミュージシャンがスマッシュヒットを放つなどの現象が起きてきた。しかし、その動きとは別に、ロック・ミュージシャンの側からのジャズ的エッセンスを加味したサウンドも60年代末頃には現れだした。そのジャズ的エッセンスとは、主にホーンセクションを多用するということで、“ブラスロック”というイメージが強い。後に出現するフュージョンとは少し異質のもの。ブラッド・スエット&ティアーズなどはその最も成功した例だ。しかし、中には完全にジャズを電子楽器で演奏している感じのソフトマシーンなどもいた。

ジャングル JUNGLE  
90年代にイギリスのレイヴ・シーンから登場した、ハードコアやテクノなどが混在してできたオリジナル・ダンス・ビート。ブレイク・ビーツに焦点を絞り、それを中心に再構成させた音楽。ドラムン・ベースも同義語。

スクリーモ SCREAMO
語源はScream。主に2000年代以降使われ、俗に叫ぶバンドを指します。Thursday、The Used、Finchなどが先駆け。(harusena)

ストーナー・ロック/メタル STONER ROCK  へヴィメタルの一派で、スラッシュ(スピードメタル)、グラインドコアなど高速メタルに傾倒する一派の逆を行く音楽、つまりへヴィ&スローに進んだのが、Stoner Rockである。
デス・ヴォイス DEATH VOICE 低い搾り出す様な声。メタル系バンドなどで主に使われる。もともとコアなファンを相手にしたVoスタイルだったが、最近はヘヴィ・ロックの要素の一つとしてよく使われている。 

デルタ・ブルース DELTA BLUES 
1930年代にフォークソングやダンスナンバーをレパートリーにしていた黒人達が、白人に強制された「教会」での宗教歌「ゴスペル」の影響を受けて、それまでの「ワーク・ソング」を発展させた音。ミシシッピー・デルタが発祥の地と言われることから「デルタ・ブルース」と言われる。特徴としてビンの口や鉄棒を左手のセ~ハ~の変わりに使い弦の共鳴を得るスライド奏法がよく使われる。曲調は暗く重くドロドロ!!クリームが「Stop&Listen」「Cross road」でコピーしているのが有名。他にもジミ・ヘンドリックス、ジョニー・ウインター、キース・リチャードなどに影響を与えている。また、86年に公開された映画「クロスロード」(クラシック・ギターを学ぶ少年が「ブルース」に憧れハープ吹きのお爺さんとアメリカ南部を旅して「本物のブルース」に出会うといった内容)では、スティーブ・ヴァイやライ・クーダー(主にスライド・ギターのリフ担当)が挿入歌やリフを弾いて再び注目をあつめた。

ドラムン・ベース DRUM & BASS  ドラム&ベースの略称。ジャングル(→)とも同義語。

ニュー・ウェイヴ NEW WAVE  
ポスト・パンクを宣言したジョン・ライドン(元ピストルズ/vo)がPILを結成して以来、レゲエやダブ(音に奥行きをもたせるイコライジング効果)の導入やリズム重視、サウンドスタイルの実験性などを追求したバンドが現れた。あの初期衝動的な破壊と叫び(パンク)の後の知性と美学とも言うべきスタイルのこれらのアーチスト達は、高度な音楽性をシンプルなサウンドの中に隠蔽した。このパンク以降の先進ロックをニューウェイヴと呼んだ。その最も代表的なバンドが、スティング率いるポリスやブロンディだった。

ニュー・スクール NEW SCHOOL
90年代になって盛んに使われだした言葉で、ハード・コア/パンクの中でも、特にメタル寄りのハードなサウンドのものを指す。SCHOOLとは「群れ」のような意味で使われ、「新しい一派」といった感じなのだろう。また、ヒップ・ホップ・ミュージックのカテゴリーで使われることもある。

ノイズ・ミュージック NOISE MUSIC 1970年代後半ドイツから発生したロックで、ジャーマン・ロックのニューウェイヴ版とも言える実験的な要素が強い音楽。金属的な破壊音やノイジーな電子音が延々と続き、工事現場を思わせることからインダストリアル・ミュージック、ファクトリー・サウンドなどとも呼ばれることがある。
ハウス HOUSE  現在のハウスの流れは大きく2つに分類できるが、1つは、80年代半ばから流行した歌ものリミックスを中心とした、シカゴハウス。もう1つは、それらがイギリスへ飛び火してユーロビートなどと結びつきテクノサウンドになったものだ。これをテクノと呼ぶ(ポップは付かない)。

ハード・ロック HARD ROCK  
60年代後半にイギリスを中心に、ブルースロックを基礎とした、より音が大きくディストーションがかかり、ヘヴィーなリフの繰り返しと長めのギターソロを特徴としたロックが出現した。69年にレッド・ツェッペリンがデビューして大音量と重低音のサウンドが話題になると、70年には、それまでプログレ的なサウンドを目指していたディープ・パープルも突然、大音量でスピード感のあるサウンドへと方向転換して大ヒットした。悪魔や黒魔術などをテーマにしたブラック・サバスもセンセーショナル・デビューを果たした。第2期ディープ・パープル、ブラック・サバスが大ヒットを放つと、急激にハードロック人気は加速して70年代中期には全盛を極めていった。活躍したアーチストは、ユーライア・ヒープ、マウンテン、グランドファンク、カクタス、スージークワトロ、UFO、PARIS、スコーピオンズ、レインボー、BBA、クイーン、エアロスミス、キッス、ブルー・オイスター・カルト、AC/DC、ジャーニー、シンリジィ、ミスターBIG、テッド・ニュージェント、ランナウェイズ、そして初期のヴァンヘイレン達だ。その後、ハードロックは、その様式美だけを追求したヘヴィメタルに取って代わられることとなる。

パンク・ロック PUNK ROCK  
70年代半ば頃、ニューヨークのアンダーグラウンドでは一種の反社会的芸術運動のようなものが起きていて、そんな中にパティ・スミスやトーキング・ヘッズもいた。当時ロンドンで“SEX”というブティックを経営していたマルコム・マクラーレンは、アメリカへ渡った際、そういう彼らに興味を持ち、一時ニューヨーク・ドールズのマネージャーとなる。マルコムは75年テレヴィジョンを脱退した、リチャード・ヘルをロンドンでデビューさせようと画策するが失敗。代わりに自分の店の店員や客を集めて“セックス・ピストルズ”を結成させ、彼の破れたシャツ、逆立てた短髪、安全ピンルックなどを真似をさせた。そして、76年自らもマネージャーとなり「アナーキー・イン・ザ・UK」で、そのバンドをデビューさせた。ピストルズは瞬く間に、その安全ピン・ファッションや破壊的言動&行動で有名になり、産業化とともに保守化したロック界に大きな衝撃を与えた。当のピストルズはアルバム1枚のみを残し、アメリカツアー途中で早々に解散してしまったが、この影響からニューヨークとロンドンを中心に、続々とシンプルなロックンロールサウンドに反社会・反ロック的メッセージをのせたバンドがデビューし、一大ブームとなった。ストラングラーズ、クラッシュ、ザ・ジャム、エルヴィス・コステロ、ラモーンズなどがその代表。

ビッグ・ビート BIG BEAT  テクノにロック的要素を含め、ビートを更に重く、速くしたモノ。プロディジー、ケミカル・ブラザーズ、ファットボーイ・スリムなど。

ファンク FUNK  
ジェームス・ブラウンらが1960年代半ばに完成させたリズム&ブルースの新しいスタイル。リズムに最大の特徴があり、曲構成やコード進行は単純。黒人特有の跳ねるビートを前面に出したサウンド。その後このスタイルは白人達の間にも広まり、白人達が演るファンクをホワイト・ファンク、黒人のファンクをブラック・ファンクと呼び分ける場合もある。90年代初頭には、ジャミロクワイがファンクとロックを結合させ現代風にアレンジしたエレクトロ・ファンク・ロックという独自サウンドを完成させた。

フォーク・ロック FOLK ROCK
アメリカのC&W(カントリー&ウエスタン)から派生したフォーク・ミュージックに、ボブ・ディランがエレクトリック・ギターを持ち込み(65年)、ロックのリズムで唄いだした時から、フォークロックの歴史は始まった。ブルースロックがハードロックを誕生させるのに大きく貢献したように、フォークロックは、これ以降のソフト系ロックやアメリカの泥臭いサウンドのロックへ多大な影響を与えている。フォークロック全盛期の60年代前半当時ヒットしていたのは、ボブ・ディランの他、バーズ、ママス&パパス、タートルズ、サイモン&ガーファンクルなどがいる。

ブリット・ポップ BRIT POP
ブリットとはBritainまたはBritishの意味で、90年代半ばに出現したイギリス的なポップスの総称。しかし、この言葉はグランジなどアメリカン・ロックに押されていたイギリス音楽業界が生み出した苦し紛れの呼称で、ほとんど実体はない。たまたま94~96年ぐらいにかけて大活躍したブラーとオアシスがビートルズ的なメロディをもっていただけで、音楽的新しさはない。

ブリティッシュ・インヴェイジョン BRITISH INVASION
イギリス系アーチストが全米チャートを独占してしまった時期、ブリティッシュ人気爆発現象を指す。第1次ブリティッシュ・インヴェイジョンは1964年~66年、ビートルズがアメリカ進出を開始した頃から始まり、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、アニマルズ、キンクス、デイヴ・クラーク・ファイヴ、ハーマンズ・ハーミッツなど、おびただしい数のブリティッシュ系アーチスト達がアメリカで成功を収めた。これにより、当時ロックンロール全盛だったアメリカへ、ロックのもつ無限の可能性を指し示し、今日のようなロックを世界的に一般化させた。また、その14~5年後の80年代初頭にも、今度はユーロビートを持ち込み、当時流行し出したばかりのケーブルTV番組「MTV」でのヴィジアル効果も最大限に利用して、イギリス系アーチスト(デュランデュラン、カルチャークラブ、ハワードジョーンズ等)が大ブームを巻き起こした。これを第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンと呼んでいる。この現象の後、純粋な古典的ハードロックは衰退の一途をたどり、大物アーチスト(クイーン、デビッド・ボウイ、キッス等)までもが、ディスコティック・サウンドに犯されていくのであった・・・。

ブルース・ロック BLUES ROCK  
ブルース自体は1900年代初頭、アメリカ南部の黒人の間で生まれたものだが、エレクトリック・ギターの出現とともに、R&Bやソウル、ファンクへと進化をとげていった。いっぽう60年代になると白人もブルースに興味を持ち、白人ブルースバンドも出現するようになっていったが、折しもその頃、白人の間ではロックンロールが流行しており、ロックンロールとブルースの結びつきは当然の成り行きだったといえる。ビートルズ登場と時を同じくして(62年)、このブルースロックの流れも活発化していき、その後68年のクリーム解散あたりまでエリック・クラプトンを核にして、大きく広まっていった。その後のロックが発展していくのに、大まかに分けると2系統の道筋があり、その一つが、このブルースロックを経ていくもので、もう1方がフォーク・ロックを経ていったものであったと考えられる。ハードロックギタリストのほとんどの場合、ブルースロックの方に影響を受けている。ブルースロックで成功したアーチストとしては、どっぷりつかったポール・バターフィールド・ブルース・バンド、ジョン・メイオール&ブルース・ブレイカーズ、スペンサー・デイビス・グループや、ブルースロックとハードロックの橋渡しをしたクリーム、テンイヤーズアフター、初期のフリートウッド・マックなどがいる。もちろん、その後もずっと変わらずにブルースロックを演奏しつづける、ジョニー・ウインターやクライマックス・ブルース・バンドなどもいた。

プログレッシヴ・ロック PROGRESSIVE ROCK  
69年にキング・クリムゾンの衝撃デビュー・アルバム「クリムゾン・キングの宮殿」が、全英チャートで同じ時期にチャートインしていたビートルズの「アビーロード」を抜き1位になった時から、それまで幅広いジャンルの音楽をクロスオーヴァーして実験的手法を繰り返し、細々と活動つづけていたイエスやキャラバンなども一挙にメジャーへとのし上がった。それまである程度の成功を収めていたピンク・フロイドも他のサイケデリック・バンド同様、その後の方向性を模索しているところだった。キング・クリムゾンの登場は、そういった迷えるサイケバンド達の行くべき道を方向付たとも言える。代表するのはキング・クリムゾン、イエス、ピンク・フロイド、EL&P、ジェネシス、キャラバン、キャメル、ムーディ・ブルース等。ユーロ系ではフォーカス、PFM、タンジェリン・ドリームなどがいた。初期のディープ・パープルやジェスロ・タルや中期のホークウインドやサードイヤーバンドなどもかなりプログレに近い。

プログレッシヴ・ハード(プログレ・ハード) 
PROGRESSIVE HARD  70年代終盤になると、クラシックベースのサウンドゆえにヨーロッパでしか流行しないだろうと思われていたクラシック系プログレッシヴ・ロックも、しっかりとアメリカに根付いていった。しかしアメリカでは、よりハードなものが好まれ、思想や内面的なものよりも形式的なものやテクニックが重要であった。そうしたところから、ハードロックとプログレ双方の様式美を併せ持つ、プログレ・ハードへと変化した形で受け入れられていった。初期の代表アーチストでは、カンサスやラッシュあたりが有名だが、80年代以降の技巧派スラッシュ・メタルから進化した形では、ドリームシアター、クイーンズ・ライチなどが登場した。これらはプログレ・メタルとも呼ばれる。

ヘヴィ・メタル HEAVY METAL
ロックの形式の中で、激しさ、重厚感、スピード、荘厳性などの雰囲気を、いくつかの典型的な様式によって特に強調して表現するスタイルである。その表現とは、歪んでよく延びるエレクトリック・ギター・サウンド、基音に5度上の音を加えた2つの音によって構成されるパワーコードを効果的に使って組み立てたヘヴィさをうまく醸しだすリフなどである・・・(200ロック語事典/立風書房)
「ヘヴィ・メタル」という言葉は、そもそも米国作家ウイリアム・バロウズによって初めて使われたが、ロック界では映画「イージーライダー」のテーマ曲ステッペン・ウルフの「ワイルドで行こう!Born to be Wild」(68年)の中に出てくるのが最初。
ヘヴィメタ黄金期を支えた面々は、ハードロックからの過渡期に現れたヴァン・ヘイレン、スコーピオンズ、ジューダス・プリースト、MSGに始まり、アイアン・メイデン、デフ・レパード、サクソン、ホワイトスネイク、イングヴェイ・マルムスティーン、ジョー・サトリアーニ、スティーヴ・ヴァイ、パンテラなどである。そして、80年代後半には速度を売りにするスラッシュ・メタル(メタリカ等)、悪魔崇拝や死の世界を表現するデス・メタルなど終末感を表現するドゥーム・メタルへとサブ・ジャンル化していった。

ボトルネック BOTTLENECK  昔スライド・ギター奏法を行う際、瓶の首を切ってスライド・バーとしていたことから、指にはめるスライド・バーのことをボトル・ネックと呼ぶようになり、デュアン・オールマンが出現した頃(70年代初頭)より、スライド・ギター奏法自体もボトル・ネック奏法と呼ぶようになった。

ポンプ・ロック POMP ROCK
プログレッシヴ・ロック・スタイルのロマン主義的な踏襲。80年代初頭にイギリスから起こったプログレッシヴ・リヴァイヴァル・ブームは、当初ネオ・プログレッシヴと呼ばれていたが、もはや「プログレッシヴ」という言葉自体を疑問視する声から、しだいに「華麗、盛儀(大仰)」という意味のPOMPと呼ばれるようになっていった。ブームの発端となったのは、ジェネシスに似たサウンドで一躍注目を浴び、ヒットを連発した英のバンド、マリリオンの出現だった。その後ペンドラゴン、パラス、IQ、イッツ・バイツ、CASTなどがつづき、世界各国へと宗教的な広がりを見せていった。彼らはただ70年代のプログレ・サウンドの焼き直しをしただけではなく、新しい要素もどんどん取り入れ、結果プログレのさらに進化形的サウンドにまでたどり着く。そうした彼らのサウンド=ポンプ・ロックとは、プログレのニュー・ウェイヴとも言えるものだ。

2007年8月11日 (土)

Jean-Marie Gustave Le Clézio

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Jean-Marie Gustave Le Clézio (souvent abrégé J.M.G. Le Clézio) est un écrivain français né le 13 avril 1940 à Nice.

Le Clézio est originaire d'une famille de Bretagne émigrée à l'île Maurice au XVIIIe siècle (son père était chirurgien dans l'armée britannique en Afrique). Il a poursuivi des études au Collège littéraire universitaire de Nice puis est devenu enseignant aux États-Unis.

Malgré de nombreux voyages, J.M.G. Le Clézio n'a jamais cessé d'écrire depuis l'âge de sept ou huit ans. Il devint célèbre lorsque parut le Procès-Verbal, pour lequel il reçut le Prix Renaudot en 1963, après avoir manqué de peu le Prix Goncourt.

Depuis, il a publié plus de trente livres : contes, romans, essais, nouvelles, deux traductions de mythologie indienne, ainsi que d'innombrables préfaces et articles et quelques contributions à des ouvrages collectifs. Dans son œuvre, on peut distinguer assez nettement deux périodes.

De 1963 à 1975, les romans et essais de Le Clézio explorent les thêmes de la folie, du langage, de l'écriture, avec la volonté d'explorer certaines possibilités formelles et typographique, dans la lignée d'autres écrivains de son époque (Georges Pérec ou Michel Butor). Le Clézio a alors une image d'écrivain novateur et révolté qui lui vaut l'admiration de Michel Foucault ou Gilles Deleuze.

À la fin des années 1970, Le Clézio opère un changement dans son style d'écriture et publie des livres plus apaisés, à l'écriture plus sereine, où les thèmes de l'enfance, de la minorité, du voyage, passent au premier plan. Cette manière nouvelle séduit le grand public. En 1980, Le Clézio fut le premier à recevoir le Prix Paul Morand, décerné par l'Académie française, pour son ouvrage Désert.

Plus tard, en 1994, il fut élu plus grand écrivain vivant de langue française.[1]

Il est aussi un amoureux de la culture Coréenne.[2]

  [ Bibliographie]
Le Procès-verbal, Gallimard, « Le Chemin », Paris, 1963, 250 p. Prix Renaudot
Le jour où Beaumont fit connaissance avec sa douleur, Mercure de France, L'écharpe d'Iris, Paris, 1964, [n.p.]
La Fièvre, Gallimard, « Le Chemin », Paris, 1965, 237 p.
Le Déluge, Gallimard, « Le Chemin », Paris, 1966, 288 p.
L'Extase matérielle, Gallimard, « Le Chemin », Paris, 1967, 229 p.
Terra Amata, Gallimard, « Le Chemin », Paris, 1967, 248 p.
Le Livre des fuites, Gallimard, « Le Chemin », Paris, 1969, 290 p.
La Guerre, Gallimard, « Le Chemin », Paris, 1970, 295 p.
1970 : Lullaby
Haï, Skira, « Les Sentiers de la création », Genève, 1971, 170 p.
Mydriase, illustrations de Vladimir Velickovic, Fata Morgana, St-Clément-la-Rivière, 1973
Éd. définitive, 1993, 62 p. (ISBN 2-85194-071-6)
Les Géants, Gallimard, « Le Chemin », Paris, 1973, 320 p.
Voyages de l'autre côté, Gallimard, « Le Chemin » , Paris, 1975, 308 p.
Les Prophéties du Chilam Balam, version et présentation de J.M.G. Le Clézio, Gallimard, « Le Chemin », Paris, 1976, 201 p.
Vers les icebergs, Éditions Fata Morgana, « Explorations », Montpellier, 1978, 52 p. (Contient le texte d'"Iniji", par Henri Michaux)
Mondo et autres histoires, Gallimard, Paris, 1978, 278 p.
L'Inconnu sur la Terre, Gallimard, « Le Chemin » , Paris, 1978, 325 p.
Voyage au pays des arbres, dessiné par Henri Galeron, Gallimard, « Enfantimages », Paris, 1978, 27 p.
Désert, Gallimard, « Le Chemin » , Paris, 1980, 410 p.
Trois villes saintes, Gallimard, Paris, 1980, 81 p.
La Ronde et autres faits divers : nouvelles, Gallimard, « Le Chemin » , Paris, 1982, 235 p. (ISBN 2-07-021395-1)
Relation de Michoacan, version et présentation de J. M. G. Le Clézio, Gallimard, « Tradition », Paris, 1984, 315 p.-[10] p. de pl. (ISBN 2-07-070042-9)
Le Chercheur d'Or, Gallimard, Paris, 1985, 332 p. (ISBN 2-07-070247-2)
Voyage à Rodrigues, Gallimard, « Le Chemin » , Paris, 1986
Le Rêve mexicain ou la pensée interrompue, Gallimard, « NRF Essais », Paris, 1988, 248 p. (ISBN 2-07-071389-X)
Printemps et autres saisons, Gallimard, « Le Chemin » , Paris, 1989, 203 p. (ISBN 2-07-071364-4)
Sirandanes, Seghers, 1990, 93 p. (ISBN 2-232-10327-7)
Onitsha : roman, Gallimard, Paris, 1991, 250 p. (ISBN 2-07-072230-9)
Étoile errante, Gallimard, Paris, 1992, 339 p. (ISBN 2-07-072650-9)
Pawana, Gallimard, Paris, 1992, 54 p. (ISBN 2-07-072806-4)
Diego et Frida, Stock, « Échanges », Paris, 1993, 237 p.-[12] p. de pl. (ISBN 2-234-02617-2)
La Quarantaine : roman, Gallimard, Paris, 1995, 464 p. (ISBN 2-07-0743187)
Le Poisson d'or
Gens des nuages
La Fête chantée
Hasard (suivi d'Angoli Mala) : romans, Gallimard, Paris, 1999, 290 p. (ISBN 2-07-075537-1)
Cœur Brûle et autres romances, Gallimard, Paris, 2000, 187 p. (ISBN 2-07-075980-6)
"Révolutions" : roman, Gallimard, Paris, 2003, 554 p. (ISBN 2-07-076853-8)
L'Africain, Mercure de France, « Traits et portraits », Paris, 2004, 103 p. (ISBN 2-7152-2470-2)
Ourania : roman, Gallimard, « Collection Blanche », Paris, 2005, 297 p. (ISBN 2-07-077703-0)
Raga : approche du continent invisible, Éditions du Seuil, « Peuples de l'eau », Paris, 2006, 135 p. (ISBN 2-02-089909-4)
Ballaciner, Gallimard, 2007. (ISBN 978-2070784844)

   [Notes et références]
↑ «Le Clézio no1 , 1994, 22s. A la question «Quel est le plus grand écrivain vivant de langue française?», 13% des lecteurs du magazine Lire ont répondu Le Clézio.
http://world.kbs.co.kr/french/town/town_people_detail.htm
J.M.G. Le Clézio errances et mythologies, in Le Magazine littéraire, n° 362, février 1998

   [Liens externes]
« Le Clézio et l'Inde » http://revue.ressources.org/article.php3?id_article=796
« La faille identitaire chez les personnages de Le Clézio » http://revue.ressources.org/article.php3?id_article=801

ル・クレジオ初期作品の研究ページ
http://koinu2005.seesaa.net/archives/200508.html

精神の崇高な表現の数々、主導的と称される概念や観念の数々、そんなものより千倍も重要な理解や表現があるのだ。例えば人という種族が始まって以来、十万年間に為したことだ。彼の精神を一体に保っている理由の数々、本質的で深く、腺の分泌物にも似ているに違いない。
われわれの危うさは抽象的なものだ。だがわれわれの台座ときたら、なんと見事な巌(いわお)だろう!
われわれの精神のはじめての身震いのうちにはなんという不透明な厚み、なんという力強さ、なんという秩序があることか、そこでは思考はいまだ器官に混じり合っている。なるで遠くから読みとられることになるしるし、手で触られるしるしのように。

太陽は大地の固い地殻を見下ろして、奇妙に動かない深淵のように照りつける。大気の青白い諸層のうしろに押込められ弛緩して燃える眼で凝視している。何事も理解せず何事も裁かない。ただ固定して厳しく同心円状の環の数々を大地へ送ってくるが、温度計の赤い柱は30という数字のあたりまで昇る。熱はそれから由来し空の隅々へ拡がり、砂の雨のごとくこぼれんばかりにを満たす。 猛烈にエネルギーは窪んだところなら何処へでも、その種子を詰込み、すり減らし削り取り皮を剥ぐ。太陽の眼差しは重厚であり、また一つの名前が永続するようにと与えられたかのようだ。書物に書込まれ、石碑に刻み込まれ、電信電波やケーブル線の中を走り回る名前、永遠の痕跡を乾からびさせてゆく丸禿のアロエの葉に突刺された名だ。
微小で厳粛な生命と卵と幼虫と、食べ物と排泄物がある。隙をうかがう死の危険があり、密閉された甲皮の奥の心臓を震えさせている。勝手知った小径が、狩や愛の行為の場所が、花々が、小石の山がある。そっと審美的に彼等のその名を呼ばねばならぬ。
植物もあり他の動物たちもいる。そして草のひとつひとつにも固有の名前があり、風に撓む一つ一つの繊維に刻印されているのだ。一筋の毛のように土に植わっている草の1本1本がそれなりの沈黙の生活を送っている。これら木の一つ一つに石や水溜りの一つ一つに、忘れてしまわぬよう名前をつけねばならぬ。
絶え間なく太陽が凝視して涯てしない景色の上で、一つ一つの名はすべて眼に見えない糸で互いに結びつけられているのだ。あらゆる話が冒険が数限り無く、何百もの小ドラマを何千億もの小悲喜劇を奏でている。サスペンス、闘牛、対抗、戦争、祭りの行列であって、1本1本の小枝、一つ一つの小石が役目を持っているのだ。大地のただ中ににある岩の上にこそ、恐らく座るべきなのだ。あるいはまた密生した草の上に寝そべって、世界の物語を記すべきなのだ。

JMG.Le Clezio フランスのサイト http://www.multi.fi/~fredw/
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Jean Marie Gustave Le Clezio
1940.4.13- 1940年,地中海岸のニース生まれ.父方はブルターニュからインド洋モーリシャス島に移住した家系で,19世紀 初めに同島が英領となったとき英国籍に.母も同様の家系だが,パリ出身.両親はいとこ同士で,父親が医学を 学んでいたロンドンで出会った.ニースで生まれたのは偶然だが,戦時下の幼時,米独双方によるこの町の破壊 に強い印象をうけて育つ.ニース大学およびイギリスのブリストル大学で学ぶ.
1963年,『調書』で作家としてデビュー.『発熱』(65年),『洪水』(66年),『物質的恍惚』(67年)など の初期作品群を次々に発表し,ヌーヴォー・ロマン全盛期の首都からは距離を置いた独自の作家的地位を築く. ロートレアモン,アルトーやミショーへの関心からわかるとおり,当初は言語実験的色彩が濃厚だったが,文体 はやがて簡素・平明に.むきだしの土地,陽光,砂漠,水,動植物がおりなす物質的世界に対する異様なまでに 鋭敏な感受性に加えて,アメリカ先住民世界への深い共感を際立った特徴としている.
70年から74年にかけてパナマの密林に住むエンベラ族と暮らす.この経験から生まれた傑作エッセー『悪魔祓い』 (71年)につづいて,70年代後半からはメキシコへの傾倒を深め,ミチョアカン大学や,プエブロ・インディア ンの土地であるアメリカのニューメキシコ大学で客員教授を務めつつ,ヨーロッパによる先住アメリカ文明に対 する侵略と強奪という,人類史上もっとも大規模で残虐な破壊の歴史を考察.「チラム・バラムの書」『ミチョ アカン報告』のフランス語訳(76年,84年)を試みる一方,『メキシコの夢』(88年)に結実するエッセーを書 き継いだ.

J.M.G.ルクレジオ 「大洪水」「物質的恍惚」「巨人たち」について考察ページ
http://koinu2005.seesaa.net/archives/200508.html

2007年8月 9日 (木)

うさうさ脳

手と腕の組み方で性格が分かるという。
組んだときに“下”になる方をチェックしてみませう。

右手親指が下なら”う”です。
左手親指が下なら”さ”です。

右腕が下なら”う”です。
左腕が下なら”さ”です。

★『ささ脳』(手:左下、腕:左下)
几帳面・努力家の分析的なタイプ。

★『うう脳』(手:右下、腕:右下)
楽天的で大らかな感覚的なマイペースタイプ。

★『さう脳』(手:左下、腕:右下)
モノには執着しない!社交的な口がうまいお調子タイプ。

★『うさ脳』(手:右下、腕:左下)
わが道を行く不思議ちゃんタイプ。個性豊かな負けず嫌い。

「さ」とは左脳のことで、言語、計算、分析などでよく使う。
「う」とは右脳のことで、感性、感情、図形、空間能力などでよく使う。


この性格診断の素となっている、''右脳と左脳の役割''について、医学的に証明されたのは最近のことです。1981年にノーベル賞を授賞したロジャー・W・スペリーが、右脳と左脳がそれぞれの特性を持つことを発見したのが始まりです。右脳は、直感力、イメージ力、空間認識力などが得意であることが、左脳は、言語力、計算力、分析力などが得意であることがわかっています。この右脳と左脳の使われ方が、人間の習性(癖)にみることができます。両手と腕を組むだけで、それが一瞬にしてわかってしまうのです。取っつきにくかったあの人も、気になってしょうがないあの人も、みんなその正体が明らかになってしまいます。そして、あなた自身のことも・・・・。
ようこそ、『うさうさ/右脳左脳占い』の世界へ。 
 http://www.nimaigai.com
男女に分けて詳しく書かれています。

2007年8月 8日 (水)

アニメーター

アニメーターは、アニメーションの制作行程においてものを動かす作業を担当する者のこと。セルアニメーションなどで1枚ずつ絵を描く作画作業を担当したり、ストップモーション・アニメーションにおいて人形などを少しずつ動かして、動きを設計する作業を行なう。

[概要] プライベートアニメでは全ての作画作業を1人で行なうことが多いが、商業アニメではほとんどの場合分担制が敷かれ、作画作業は原画と動画に分けられる。原画を担当する者は原画マンと呼ばれ、演出家と担当パートの打ち合わせをし、まず絵コンテを元にレイアウトを描き起こす。レイアウト作業ではカメラワーク、背景用の原図、動きのラフ等の絵を用意する(レイアウトのみ専門的に人を立てる作品もある)。演出はレイアウト上がりがコンテの内容、演出意図とズレがないかを確認し、必要ならば指示を入れ、作画監督(作監)に渡す。演出、作画監督の修正が入り、チェック済みとなったものが、レイアウトバックとして各原画マンに戻される。原画マンが作業するのは動きのキーポイントであり、その間の絵をつなげる作業は動画が担当する。複雑な動きが要求される場合は、あらかじめ原画の間に参考を足すこともある。動画を担当する者は動画マンと呼ばれ、原画と原画の間を補間するように絵を描き、これを中割りと言う。また、ラフに描かれた原画の線を拾いクリーンナップ(清書)作業を行なうのも動画の役割である。一般的に、新人アニメーターは動画を担当し、力を認められると原画を任せられるようになる。更に原画マンが経験を積むと作画監督となる。

作画監督は動きをチェックして修正したり、原画マンごとに異なるキャラクターの解釈をキャラクターデザインに基づいて修正して画面の統一を図る。アニメーター出身の演出の中には作画監督の領域までタッチすることもある。作品によっては作画監督間の絵のバラつきを押さえるために、総作画監督を立てることもある。

複数の原画マンで作画作業を行なう場合、キャラクター毎に原画を分担させる制作体制を取ることもある。この場合、作画の能率が低くなる代わりに、1人のキャラクターを1人の原画マンが一貫して責任を持つため、演技の設計が行ないやすく、また原画マン毎によるキャラクターの解釈(演技や表情)の違いが生じないというメリットがある。これに対して、日本ではカット毎に原画作業を分担することが一般的である。この方式は外注するには都合がよく、能率的ではあるが、短いカットのみの参加だとアニメーターの演技設計がしにくく、画面や演技の統一感が得られなくなるデメリットがある。そのため、この制作体制では作画監督の存在が必要となる。
アニメーターは単に絵が描ければいいだけでなく、キャラクターに演技をつける演技者としての才能も必要である。
色付けを行う工程は「仕上げ」と言い、アニメーターとは別の役職である。

[アニメーターとCG]  1990年代後半からアニメ制作にコンピュータを使うことが一般化したが、アニメーターの作画作業はコンピュータを使わず、従来通り紙に鉛筆で描くのが普通である。動画作業の自動化技術にはトゥーンレンダリングなどが開発されているが人間や動物の表現は手描きに追いついていないのが現状である。3DCGアニメーションの制作では動きをつける者のことをアニメーターと言う。

[アニメーターの労働環境]  アニメーターのほとんどはアニメ制作会社から机を借りて仕事を請け負うフリーランスである。 と言ってもアニメ制作会社との間で人脈が形成されやすく、特定の制作会社だけで仕事をするアニメーターも多い。
賃金は動画の場合1枚いくら、原画の場合は1カットいくらという出来高制が多い。アニメーターを従業員として雇用し固定給制である制作会社はスタジオジブリなど一部しかない。たとえアニメ作品が大ヒットして莫大な収益をあげても、ほとんどのアニメーターには何も無い。1個数円の賃金で封筒貼りや造花づくりなどをするいわゆる「内職のおばちゃん」と同じレベルの扱いで長時間労働させられている、と考えれば分かりやすい。

このように、ほとんどのアニメーターの労働環境は劣悪であるため、若手は育たず、アニメーターの平均年齢を押し上げている。そのため2007年現在、有名アニメーターのほとんどが1950年代から1960年代生まれであり、人手不足に悩まされている。日本のアニメの大半は賃金の安さからも中国、韓国、フィリピンなどの制作会社に部分的に作業を下請けに出している状況である。一度肩書きが良くなってしまうと他方から駄目出しされない縦社会であるため、作画の乱れがあっても、制作した者の立場によって、駄作とされるか個性とされるかが分かれるという昔からの風潮がある。

尚、作画監督の賃金は1話20万~60万円程度が基本となっているが、福利厚生が無く1話辺りの制作期間が2ヶ月程度の為多くは掛け持ち、もしくは会社より拘束料をもらい専属の作画監督になることがある。

2007年8月 4日 (土)

「夭折の画家・石田徹也」

石田 徹也(いしだ てつや、1973年6月16日-2005年5月23日)は日本の画家である。静岡県焼津市出身。地元の静岡県立焼津中央高等学校を経て1996年、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。SLやビニール袋、便器などといった日常生活で使用するものと一体化した青年を題材とすることが多く、日常生活に潜む不安や現代社会への風刺を超現実的に描いている。なお、題材としている青年はほとんどが同じような顔をしており、作家本人と似ているため自画像だろうと思われることが多いが、本人は否定している。精力的な活動をしていたが、2005年に突然、踏切事故で死去した。しかし、死後も人気は衰えず、2006年11月にクリスティーズが香港で開催したオークション『アジアの現代美術』に Lot. 496 として出品された『無題』(2001年)は、クリスティーズの事前落札予想価格6万 - 8万香港ドルをはるかに上回る78万香港ドル(約1200万円)で落札された。

みのむしの睡眠(1995年 第6回グラフィックアート『ひとつぼ展』 グランプリ受賞作)
SLになった人(1995年 第6回グラフィックアート『ひとつぼ展』 グランプリ受賞作)
健康器具(1997年 JACA'97 日本ビジュアル・アート展 グランプリ受賞作)
回収(1998年 キリンコンテンポラリーアートアワード1998 奨励賞受賞作)
捜索(2001年 VOCA展2001 奨励賞受賞作)
前線(2001年 VOCA展2001 奨励賞受賞作)

石田徹也の作品はキャンバスに石田個人の実生活からイメージした世界を描くが、描かれた世界は非現実な世界のように見える。けれども自らが選んだ自画像とも思える描写は日本の社会における個人の人権の尊さ、学校教育の問題、管理された日本の社会構造を痛切に批判し、人々の心の問題を表現している。少年の犯罪や児童殺害事件が社会問題になっている今日、石田徹也は弱者である少年や児童の心のよりどころを自己の問題として捉えて、絵画によって表現することで、現代人の心の奥底に潜む「痛みや悲しみ」を描いた。

「石田徹也-悲しみのキャンバス」展Kenbi1Kenbi2
会場 静岡県立美術館 県民ギャラリー
日時 平成19年7月24日~8月19日(月曜休館)
時間 午前10:00~午後5:30(入室は午後5:00まで)
主催 静岡県立美術館・石田徹也展実行委員会

詳しくは、静岡県立美術館のWebサイトまで
http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/exhibition/2007_shuzou/ishidatetsuya.html

石田徹也の世界 - 飛べなくなった人 - 石田徹也公式ホームページ http://www.tetsuyaishida.jp/

2007年8月 2日 (木)

安倍政権は何故居座るのか

ブッシュら米国の日本乗っ取りを目指す「年次改革要望書」に従って、345兆円の郵貯・簡保の国民資金を日本長期信用銀行(現新生銀行)と同様に米金融資本に乗っ取らせる郵政改悪で、小泉および安倍政権はその忠実への実証をした。これは吉田、岸以上の祖国への巨大な裏切りになった。
  だから先の総選挙で日本人の多数が自民・公明に衆議院の2/3以上の多数を与えたのは、愚昧な自殺行為だった。
 しかし今回の参議院選挙で、民主党が政権をとるというシナリオは確定してはいなかった。予期せぬ結果は何を意味するのか思考すべきだろう。支配勢力が世界的な地球破壊・人類破滅の邪悪な犯罪路線に従っていることは本質上変っていない。その抜本的一新が日本の活路の一つとなる。
大室寅之祐=東京新明治天皇の出自と近代皇室について
☆ http://tatsmaki.at.webry.info/200511/article_5.html
☆ http://tatsmaki.at.webry.info/200511/article_4.html

太田龍☆「大室寅之祐」は本当に南朝の子孫か
http://tatsmaki.at.webry.info/200511/article_2.html

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

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  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。