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2007年8月13日 (月)

ROCK 用語

アート・ロック ART ROCK
サイケデリック・ムーブメントを体験したミュージシャン達は、68年頃よりクラシックやジャズなどあらゆる音楽を取り入れ、極彩色な視覚効果をすすめてプログレッシヴなサウンドへ追究するようになっていった。その新しい音楽を日本のレコード会社がひとまとめにして“アートロック”として69年に大キャンペーンを行った。その面々は、ジミ・ヘンドリックス、クリーム、ジャニス・ジョップリン、レッド・ツェッペリン、ヴァニラ・ファッジ、アイアン・バタフライ、BS&T(ブラッド・スエット&ティアーズ)、シカゴ、アル・クーパー等である。

アンプラグド UNPLUGGED
アメリカの音楽専門ケーブルTV番組「MTV」が1989年10月からスタートした、電気楽器を使わないスタジオ・ライヴのコーナー。提唱者は70年代にファンキー・キングスやジュールズ&ザ・ポーラー・ベアーズとして活動していた、ジュールズ・シアー。当初は同コーナーの司会を務めていたジュールズが、出演者と一緒に最後に生楽器を持ち寄り軽くセッションするというものだったが、しだいに人気コーナーとなり、92年エリック・クラプトンの出演によって大ブレイク。クラプトンの完璧なまでのステージはアルバムとしても発売され、1,400万枚ものセールスを記録した。

インディーズ INDIES
Independent Record Labelsの略で、80年代以降に現れた、独立系マイナー・レーベルを指す。マイナー・レーベルとは本来販売網を持たないレコード会社のことで、メジャー・レーベルの傘下になることで販売は親会社に委託していた。しかしパンク以降、レコードの販売活動まで自前で行う独立系レーベルが数多く出現し、一部のマニアックなファン達の間だけに流通するマーケットを形成した。これらインディーズ・レーベルからデビューすることは、派手な広告などはしてもらえない代わりに自由な創作活動ができるといううま味もある。
インストゥルメンタル INSTRUMENTAL 略称インスト。ヴォーカルのない楽器演奏のみの音楽。ロック界でインストものが時代の潮流になったことはないが、ビートルズ出現前夜のアメリカでは、ベンチャーズをはじめとするエレクトリック・ギターを中心としたグループが数多く存在した。ロック界で有名なインスト系アーチストには、ジェフ・ベック(クロス・オーヴァー)、フォーカス(プログレ)、タンジェリン・ドリーム(ジャーマン・ロック)などがいる。

インプロビゼーション IMPROVISATION
「アドリブでプレイする」ことを指すが、日本語で表すと「即興演奏」という言葉があてはまる。60年代~70年代初頭では、ライブでのインプロビゼーションがあたりまえのように行われていたが、これはブルースやジャズからの影響を受けたクリームの面々が、すさまじいインプロビゼーション・バトルを披露して有名になったことから、1つのロックの形式として定着したのだろう。

エモ EMO 
感情的で個人的な歌詞を歌うインディーズぽい作り込まれてないサウンドが特徴。
EmoはEmotional【感情的】の略語。
特にポスト・グランジ以降、90年代中後半ぐらいからエモという言葉を良く聞くようになり、服装的特徴としては黒髪に黒縁メガネ、ブルージーンズ、古着Tというカジュアル感。 ハードコアからトーンダウンして、一般大衆を意識して90年代半ばにブレークしたSUNNY DAY REAL ESTATE【サニー・デイ・リアル・エステート】がその後のエモスタイルを定義付けてWEEZER【ウィーザー】はそこから一歩進んで、ポップパンクとエモを融合させた。
 
エモコア EMOTIONAL HARDCORE 
DCエリア(アメリカの首都、ワシントンD.C.)にて、1984/85あたりから始まる。その後、西海岸のサンフランシスコまで広がったのは、1989年の事で、全国的に浸透しはじめる。エモコアのスタイルは、最近では多様化しているが、元々はハードコア・パンクバンドの人達がその系統に限界を感じて、よりメロディ志向になったモノを指していた。例えば、ツインギターでの合奏、ミッド・テンポのロックサウンドや、感情的パンク・ボーカルなどに変化していった。特に、ギターの歪んだ音、合奏、そしてサビで見せるキャッチーなギターリフなどが特徴的で、後に、「D.C.サウンド」と呼ばれる。また、エモコア系バンドは、レスポールとマーシャルが主流。

オルタナティブ ALTERNATIVE
もともとはパンクやニュー・ウェイヴの流れから派生し、インディーズ・レーベルで細々と活動していたアーチスト達の総称であったが、その中からソニック・ユースやニルヴァーナがメジャー・レーベルと契約し大成功すると、商業ロックに対するもう1つの勢力として「オルタナティブ」という言葉が使われるようになった。彼らの特徴はメジャーとは単発の契約を結び、メジャーとインディーズ双方のレーベルからアルバムを出す自由度を保っている。また、音楽的にもジャンルにとらわれない自由な発想で、「売れようが売れまいがおかまいなし」「自分たちの好きなようにやる」「レコード会社の言いなりにはならない」といったスタンスでアルバム作りをする。

カンタベリー・ミュージック CANTERBURY MUSIC
66年に結成されたジャズ・ロックの祖ソフト・マシーンと、彼らを取り巻く、共通の音楽的要素を持ったミュージシャン達による音楽の総称。ソフト・マシーンのメンバー達がイギリスのカンタベリー出身であったことに由来する。彼らの共通項は、売れることよりも音楽至上主義で、いかに理想の音楽を創り上げるかが優先される。独特のジャズ・ロック・スタイル、ユーモラスな表現、一見解りやすいのに実はとても難解な語り口などでが特徴。主なミュージシャンには、ソフト・マシーン、キャラヴァン、ヘンリー・カウ、ゴング、ハットフィールド・アンド・ザ・ノース、マイク・オールドフィールド、ロバート・ワイアット、ケヴィン・エアーズなどがいる。
ギグ GIG 本来は公演、興行と言った意味だが、大きな会場でのコンサートと区別する意味で、小会場での演奏会に使う言葉。
ギミック GIMMICK いかさま。ごまかし。生演奏ではあり得ないような音を、最新のレコーディング技術や後加工によって実現させることへの軽蔑的な意味を込めて使う。

グラインド・コア GRIND CORE 
パンキッシュ・デスメタルとも呼ばれ、デスメタルをより早く重くしたもの。 
グラム・ロック GLAM ROCK 中性的イメージで、化粧やきらびやかな衣装を特徴とする70年代初期現れたアーチスト達。音楽的にもは演劇的なステージや物語的コンセプトアルバム作りなど、国籍不明のポップアート・アーチストという感じが強かった。今でいうビジュアル系アーチストの祖先とも言える。代表アーチストは、デビット・ボウイ、T・レックス、ロキシーミュージックなどだが、ここから進化した形ではルー・リードやアリス・クーパーなどもいる。

グランジ(グランジ・ロック) GRUNGY(GRUNGE ROCK)
80年代のヘヴィ・メタル全盛期を否定した、90年代のブーム。
それまではアメリカのLAメタルがアメリカンキッズの心をつかんでいたが、シアトルロックが登場し、それらのバンドをグランジと呼んだ。
その大きな差は、主にスタイルや衣装に違いを見せる。それまでのヘヴィ・ロックのハデハデしいボンテージ系衣装を一掃した。
現在ではジーパン等の衣装はめずらしくないが、グランジブームがその発端であった事は否定できない。要は衣装等の外見にとらわれずに、自由に音楽を表現した。今は死語に近い。

ゴシック/ゴス GOTHIC
70年代末期~80年代にPUNK~New Wave系のミュージシャンの中から発生したスタイル。ダークで冷たいイメージ、シニカルで悲劇的なのが特徴。また、ロマンティシズム(空想、非現実、情話的)、宗教、実在主義(存在意義を問う哲学)などのテーマも多くみられる。服装は黒でヴァンパイアの様な格好、吸血鬼やコウモリ、黒い薔薇、廃墟などをモチーフにしたものが多い。
「ゴシック/ゴス」が一般的に知られるようになるのは、90年代初頭にマリリン・マンソンが奇抜なステージ衣装と極端な厚塗りメイクで登場してからのこと。その後このスタイルはゴシック・メタル系のアーティストたちによって受け継がれ、近年ではエヴァネッセンスの大ヒットにより格段に認知度が高まった。
コンポーザー COMPOSER  Composeとは作曲の意味で、コンポーザーは作曲者のこと。ロックの基本は自作自演であり、たいていの場合はバンド内にいるメンバー、もしくはソロ・アーチスト本人がコンポーザーであることが多いが、中には専門に他のアーチストのために作曲する人もいる。ケニー・ロギンス、ブライアン・アダムス、シェリル・ウロウなどは当初そういった仕事をしていた。

サイケデリック PSYCHEDELIC
精神科医のH・オズモンドが、LSD(1943年スイスの製薬会社によって発見された合成幻覚剤)の大量投与を人格解放療法だとして考案し、これをサイケデリック・セラピーと名付けたのが語源。1963年LSDの虜になってしまった名門ハーバード大学の心理学助手、ティモシー・メアリーは大学を追放され、メキシコにサイケデリック研究センターが建てると、自らサイケデリック運動の教祖として芸術家達へ想像力を高める薬としてLSDを薦めた。しだいにそこへヒッピー達が集まるようになり、あっという間に若者の間にLSDとサイケデリック運動が広まっていった。60年代後半、このヒッピー発祥の地サンフランシスコを中心に、サイケデリック文化は全米を席巻する。アシッド・サウンド、サイケデリック・ロック(アシッド・ロック)もこの時生まれ、相互関連のない複数のモチーフが脈絡なく現れたり、音を異常に歪めたり増幅したりした。また歌詞も内的で破壊的で色彩的、時には意味不明な状態であった。
サイケデリック文化の1つとして、ヒッピー/フラワームーブメントがあるが、当時のロックの世界もサウンドのみならず、レコードジャケットなどにもその影響が残されている。また、この時代の真っ只中に開催された、伝説のウッドストックフェスティバルはヒッピー達とロック・アーチスト達の最も象徴的なサイケの祭典であった。
代表的アーチストは、グレイトフル・デッド、ジェファーソン・エアプレイン、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、ドアーズ、クイックシルバー・メッセンジャー・サービス等だが、少なからずこの時代を通過したアーチスト達は一時期アシッド・サウンドを体験している。ビートルズ、クリーム、ピンクフロイド等もそうだ。

サイバー・メタル/サイバー・ロック CYBER METAL/CYBER ROCK
サイバー・メタルはシンセやギターによる電子音を最大限にまでまき散らしたメタル。スタティック-Xなど。また、スピードはサイバー・メタルより落ち、重圧感を感じさせる作りになっているが、やはり電子音が目立つモノをサイバー・ロックと呼ぶ。ロブ・ゾンビなどがこれに当たる。

サザン・ロック SOUTHERN ROCK
アメリカ流ブルース・ロックはイギリスのそれとは異なり、もう少し泥臭いカントリー/フォーク色の強いものであったが、70年代に入ると南部黒人音楽独特のルーズでシンプルなサウンドをより強調し、独特なサウンドに発展させたミュージシャンも現れだした。その中でも、70年にエリック・クラプトン率いるデレク&ドミノスの大ヒット曲「いとしのレイラ」へデュアン・オールマンがギターソロで参加して、当時ギターの神様と呼ばれていたクラプトンと対等に渡り合ったことから、一躍オールマン・ブラザーズ・バンドが脚光を浴びるようになった。しかしデュアンは翌年バイクで事故死、ベースのベリー・オークレーも2年後に他界と不運に見舞われ、急激に同バンドのカリスマ性は失われた。つづいて人気を誇ったのが73年結成のレーナード・スキナードであったが、こちらも77年、飛行機事故によりメンバー3人が他界するという不運に見舞われる。しかし、80年代にはZZトップの大活躍により再び、サザン・ロック健在を示した。

ジャズ・ロック JAZZ ROCK  
65年頃よりジャズのポップ化も始まり、通常ヒットチャートなど無縁なジャズ・ミュージシャンがスマッシュヒットを放つなどの現象が起きてきた。しかし、その動きとは別に、ロック・ミュージシャンの側からのジャズ的エッセンスを加味したサウンドも60年代末頃には現れだした。そのジャズ的エッセンスとは、主にホーンセクションを多用するということで、“ブラスロック”というイメージが強い。後に出現するフュージョンとは少し異質のもの。ブラッド・スエット&ティアーズなどはその最も成功した例だ。しかし、中には完全にジャズを電子楽器で演奏している感じのソフトマシーンなどもいた。

ジャングル JUNGLE  
90年代にイギリスのレイヴ・シーンから登場した、ハードコアやテクノなどが混在してできたオリジナル・ダンス・ビート。ブレイク・ビーツに焦点を絞り、それを中心に再構成させた音楽。ドラムン・ベースも同義語。

スクリーモ SCREAMO
語源はScream。主に2000年代以降使われ、俗に叫ぶバンドを指します。Thursday、The Used、Finchなどが先駆け。(harusena)

ストーナー・ロック/メタル STONER ROCK  へヴィメタルの一派で、スラッシュ(スピードメタル)、グラインドコアなど高速メタルに傾倒する一派の逆を行く音楽、つまりへヴィ&スローに進んだのが、Stoner Rockである。
デス・ヴォイス DEATH VOICE 低い搾り出す様な声。メタル系バンドなどで主に使われる。もともとコアなファンを相手にしたVoスタイルだったが、最近はヘヴィ・ロックの要素の一つとしてよく使われている。 

デルタ・ブルース DELTA BLUES 
1930年代にフォークソングやダンスナンバーをレパートリーにしていた黒人達が、白人に強制された「教会」での宗教歌「ゴスペル」の影響を受けて、それまでの「ワーク・ソング」を発展させた音。ミシシッピー・デルタが発祥の地と言われることから「デルタ・ブルース」と言われる。特徴としてビンの口や鉄棒を左手のセ~ハ~の変わりに使い弦の共鳴を得るスライド奏法がよく使われる。曲調は暗く重くドロドロ!!クリームが「Stop&Listen」「Cross road」でコピーしているのが有名。他にもジミ・ヘンドリックス、ジョニー・ウインター、キース・リチャードなどに影響を与えている。また、86年に公開された映画「クロスロード」(クラシック・ギターを学ぶ少年が「ブルース」に憧れハープ吹きのお爺さんとアメリカ南部を旅して「本物のブルース」に出会うといった内容)では、スティーブ・ヴァイやライ・クーダー(主にスライド・ギターのリフ担当)が挿入歌やリフを弾いて再び注目をあつめた。

ドラムン・ベース DRUM & BASS  ドラム&ベースの略称。ジャングル(→)とも同義語。

ニュー・ウェイヴ NEW WAVE  
ポスト・パンクを宣言したジョン・ライドン(元ピストルズ/vo)がPILを結成して以来、レゲエやダブ(音に奥行きをもたせるイコライジング効果)の導入やリズム重視、サウンドスタイルの実験性などを追求したバンドが現れた。あの初期衝動的な破壊と叫び(パンク)の後の知性と美学とも言うべきスタイルのこれらのアーチスト達は、高度な音楽性をシンプルなサウンドの中に隠蔽した。このパンク以降の先進ロックをニューウェイヴと呼んだ。その最も代表的なバンドが、スティング率いるポリスやブロンディだった。

ニュー・スクール NEW SCHOOL
90年代になって盛んに使われだした言葉で、ハード・コア/パンクの中でも、特にメタル寄りのハードなサウンドのものを指す。SCHOOLとは「群れ」のような意味で使われ、「新しい一派」といった感じなのだろう。また、ヒップ・ホップ・ミュージックのカテゴリーで使われることもある。

ノイズ・ミュージック NOISE MUSIC 1970年代後半ドイツから発生したロックで、ジャーマン・ロックのニューウェイヴ版とも言える実験的な要素が強い音楽。金属的な破壊音やノイジーな電子音が延々と続き、工事現場を思わせることからインダストリアル・ミュージック、ファクトリー・サウンドなどとも呼ばれることがある。
ハウス HOUSE  現在のハウスの流れは大きく2つに分類できるが、1つは、80年代半ばから流行した歌ものリミックスを中心とした、シカゴハウス。もう1つは、それらがイギリスへ飛び火してユーロビートなどと結びつきテクノサウンドになったものだ。これをテクノと呼ぶ(ポップは付かない)。

ハード・ロック HARD ROCK  
60年代後半にイギリスを中心に、ブルースロックを基礎とした、より音が大きくディストーションがかかり、ヘヴィーなリフの繰り返しと長めのギターソロを特徴としたロックが出現した。69年にレッド・ツェッペリンがデビューして大音量と重低音のサウンドが話題になると、70年には、それまでプログレ的なサウンドを目指していたディープ・パープルも突然、大音量でスピード感のあるサウンドへと方向転換して大ヒットした。悪魔や黒魔術などをテーマにしたブラック・サバスもセンセーショナル・デビューを果たした。第2期ディープ・パープル、ブラック・サバスが大ヒットを放つと、急激にハードロック人気は加速して70年代中期には全盛を極めていった。活躍したアーチストは、ユーライア・ヒープ、マウンテン、グランドファンク、カクタス、スージークワトロ、UFO、PARIS、スコーピオンズ、レインボー、BBA、クイーン、エアロスミス、キッス、ブルー・オイスター・カルト、AC/DC、ジャーニー、シンリジィ、ミスターBIG、テッド・ニュージェント、ランナウェイズ、そして初期のヴァンヘイレン達だ。その後、ハードロックは、その様式美だけを追求したヘヴィメタルに取って代わられることとなる。

パンク・ロック PUNK ROCK  
70年代半ば頃、ニューヨークのアンダーグラウンドでは一種の反社会的芸術運動のようなものが起きていて、そんな中にパティ・スミスやトーキング・ヘッズもいた。当時ロンドンで“SEX”というブティックを経営していたマルコム・マクラーレンは、アメリカへ渡った際、そういう彼らに興味を持ち、一時ニューヨーク・ドールズのマネージャーとなる。マルコムは75年テレヴィジョンを脱退した、リチャード・ヘルをロンドンでデビューさせようと画策するが失敗。代わりに自分の店の店員や客を集めて“セックス・ピストルズ”を結成させ、彼の破れたシャツ、逆立てた短髪、安全ピンルックなどを真似をさせた。そして、76年自らもマネージャーとなり「アナーキー・イン・ザ・UK」で、そのバンドをデビューさせた。ピストルズは瞬く間に、その安全ピン・ファッションや破壊的言動&行動で有名になり、産業化とともに保守化したロック界に大きな衝撃を与えた。当のピストルズはアルバム1枚のみを残し、アメリカツアー途中で早々に解散してしまったが、この影響からニューヨークとロンドンを中心に、続々とシンプルなロックンロールサウンドに反社会・反ロック的メッセージをのせたバンドがデビューし、一大ブームとなった。ストラングラーズ、クラッシュ、ザ・ジャム、エルヴィス・コステロ、ラモーンズなどがその代表。

ビッグ・ビート BIG BEAT  テクノにロック的要素を含め、ビートを更に重く、速くしたモノ。プロディジー、ケミカル・ブラザーズ、ファットボーイ・スリムなど。

ファンク FUNK  
ジェームス・ブラウンらが1960年代半ばに完成させたリズム&ブルースの新しいスタイル。リズムに最大の特徴があり、曲構成やコード進行は単純。黒人特有の跳ねるビートを前面に出したサウンド。その後このスタイルは白人達の間にも広まり、白人達が演るファンクをホワイト・ファンク、黒人のファンクをブラック・ファンクと呼び分ける場合もある。90年代初頭には、ジャミロクワイがファンクとロックを結合させ現代風にアレンジしたエレクトロ・ファンク・ロックという独自サウンドを完成させた。

フォーク・ロック FOLK ROCK
アメリカのC&W(カントリー&ウエスタン)から派生したフォーク・ミュージックに、ボブ・ディランがエレクトリック・ギターを持ち込み(65年)、ロックのリズムで唄いだした時から、フォークロックの歴史は始まった。ブルースロックがハードロックを誕生させるのに大きく貢献したように、フォークロックは、これ以降のソフト系ロックやアメリカの泥臭いサウンドのロックへ多大な影響を与えている。フォークロック全盛期の60年代前半当時ヒットしていたのは、ボブ・ディランの他、バーズ、ママス&パパス、タートルズ、サイモン&ガーファンクルなどがいる。

ブリット・ポップ BRIT POP
ブリットとはBritainまたはBritishの意味で、90年代半ばに出現したイギリス的なポップスの総称。しかし、この言葉はグランジなどアメリカン・ロックに押されていたイギリス音楽業界が生み出した苦し紛れの呼称で、ほとんど実体はない。たまたま94~96年ぐらいにかけて大活躍したブラーとオアシスがビートルズ的なメロディをもっていただけで、音楽的新しさはない。

ブリティッシュ・インヴェイジョン BRITISH INVASION
イギリス系アーチストが全米チャートを独占してしまった時期、ブリティッシュ人気爆発現象を指す。第1次ブリティッシュ・インヴェイジョンは1964年~66年、ビートルズがアメリカ進出を開始した頃から始まり、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、アニマルズ、キンクス、デイヴ・クラーク・ファイヴ、ハーマンズ・ハーミッツなど、おびただしい数のブリティッシュ系アーチスト達がアメリカで成功を収めた。これにより、当時ロックンロール全盛だったアメリカへ、ロックのもつ無限の可能性を指し示し、今日のようなロックを世界的に一般化させた。また、その14~5年後の80年代初頭にも、今度はユーロビートを持ち込み、当時流行し出したばかりのケーブルTV番組「MTV」でのヴィジアル効果も最大限に利用して、イギリス系アーチスト(デュランデュラン、カルチャークラブ、ハワードジョーンズ等)が大ブームを巻き起こした。これを第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンと呼んでいる。この現象の後、純粋な古典的ハードロックは衰退の一途をたどり、大物アーチスト(クイーン、デビッド・ボウイ、キッス等)までもが、ディスコティック・サウンドに犯されていくのであった・・・。

ブルース・ロック BLUES ROCK  
ブルース自体は1900年代初頭、アメリカ南部の黒人の間で生まれたものだが、エレクトリック・ギターの出現とともに、R&Bやソウル、ファンクへと進化をとげていった。いっぽう60年代になると白人もブルースに興味を持ち、白人ブルースバンドも出現するようになっていったが、折しもその頃、白人の間ではロックンロールが流行しており、ロックンロールとブルースの結びつきは当然の成り行きだったといえる。ビートルズ登場と時を同じくして(62年)、このブルースロックの流れも活発化していき、その後68年のクリーム解散あたりまでエリック・クラプトンを核にして、大きく広まっていった。その後のロックが発展していくのに、大まかに分けると2系統の道筋があり、その一つが、このブルースロックを経ていくもので、もう1方がフォーク・ロックを経ていったものであったと考えられる。ハードロックギタリストのほとんどの場合、ブルースロックの方に影響を受けている。ブルースロックで成功したアーチストとしては、どっぷりつかったポール・バターフィールド・ブルース・バンド、ジョン・メイオール&ブルース・ブレイカーズ、スペンサー・デイビス・グループや、ブルースロックとハードロックの橋渡しをしたクリーム、テンイヤーズアフター、初期のフリートウッド・マックなどがいる。もちろん、その後もずっと変わらずにブルースロックを演奏しつづける、ジョニー・ウインターやクライマックス・ブルース・バンドなどもいた。

プログレッシヴ・ロック PROGRESSIVE ROCK  
69年にキング・クリムゾンの衝撃デビュー・アルバム「クリムゾン・キングの宮殿」が、全英チャートで同じ時期にチャートインしていたビートルズの「アビーロード」を抜き1位になった時から、それまで幅広いジャンルの音楽をクロスオーヴァーして実験的手法を繰り返し、細々と活動つづけていたイエスやキャラバンなども一挙にメジャーへとのし上がった。それまである程度の成功を収めていたピンク・フロイドも他のサイケデリック・バンド同様、その後の方向性を模索しているところだった。キング・クリムゾンの登場は、そういった迷えるサイケバンド達の行くべき道を方向付たとも言える。代表するのはキング・クリムゾン、イエス、ピンク・フロイド、EL&P、ジェネシス、キャラバン、キャメル、ムーディ・ブルース等。ユーロ系ではフォーカス、PFM、タンジェリン・ドリームなどがいた。初期のディープ・パープルやジェスロ・タルや中期のホークウインドやサードイヤーバンドなどもかなりプログレに近い。

プログレッシヴ・ハード(プログレ・ハード) 
PROGRESSIVE HARD  70年代終盤になると、クラシックベースのサウンドゆえにヨーロッパでしか流行しないだろうと思われていたクラシック系プログレッシヴ・ロックも、しっかりとアメリカに根付いていった。しかしアメリカでは、よりハードなものが好まれ、思想や内面的なものよりも形式的なものやテクニックが重要であった。そうしたところから、ハードロックとプログレ双方の様式美を併せ持つ、プログレ・ハードへと変化した形で受け入れられていった。初期の代表アーチストでは、カンサスやラッシュあたりが有名だが、80年代以降の技巧派スラッシュ・メタルから進化した形では、ドリームシアター、クイーンズ・ライチなどが登場した。これらはプログレ・メタルとも呼ばれる。

ヘヴィ・メタル HEAVY METAL
ロックの形式の中で、激しさ、重厚感、スピード、荘厳性などの雰囲気を、いくつかの典型的な様式によって特に強調して表現するスタイルである。その表現とは、歪んでよく延びるエレクトリック・ギター・サウンド、基音に5度上の音を加えた2つの音によって構成されるパワーコードを効果的に使って組み立てたヘヴィさをうまく醸しだすリフなどである・・・(200ロック語事典/立風書房)
「ヘヴィ・メタル」という言葉は、そもそも米国作家ウイリアム・バロウズによって初めて使われたが、ロック界では映画「イージーライダー」のテーマ曲ステッペン・ウルフの「ワイルドで行こう!Born to be Wild」(68年)の中に出てくるのが最初。
ヘヴィメタ黄金期を支えた面々は、ハードロックからの過渡期に現れたヴァン・ヘイレン、スコーピオンズ、ジューダス・プリースト、MSGに始まり、アイアン・メイデン、デフ・レパード、サクソン、ホワイトスネイク、イングヴェイ・マルムスティーン、ジョー・サトリアーニ、スティーヴ・ヴァイ、パンテラなどである。そして、80年代後半には速度を売りにするスラッシュ・メタル(メタリカ等)、悪魔崇拝や死の世界を表現するデス・メタルなど終末感を表現するドゥーム・メタルへとサブ・ジャンル化していった。

ボトルネック BOTTLENECK  昔スライド・ギター奏法を行う際、瓶の首を切ってスライド・バーとしていたことから、指にはめるスライド・バーのことをボトル・ネックと呼ぶようになり、デュアン・オールマンが出現した頃(70年代初頭)より、スライド・ギター奏法自体もボトル・ネック奏法と呼ぶようになった。

ポンプ・ロック POMP ROCK
プログレッシヴ・ロック・スタイルのロマン主義的な踏襲。80年代初頭にイギリスから起こったプログレッシヴ・リヴァイヴァル・ブームは、当初ネオ・プログレッシヴと呼ばれていたが、もはや「プログレッシヴ」という言葉自体を疑問視する声から、しだいに「華麗、盛儀(大仰)」という意味のPOMPと呼ばれるようになっていった。ブームの発端となったのは、ジェネシスに似たサウンドで一躍注目を浴び、ヒットを連発した英のバンド、マリリオンの出現だった。その後ペンドラゴン、パラス、IQ、イッツ・バイツ、CASTなどがつづき、世界各国へと宗教的な広がりを見せていった。彼らはただ70年代のプログレ・サウンドの焼き直しをしただけではなく、新しい要素もどんどん取り入れ、結果プログレのさらに進化形的サウンドにまでたどり着く。そうした彼らのサウンド=ポンプ・ロックとは、プログレのニュー・ウェイヴとも言えるものだ。

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  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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