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2007年10月25日 (木)

フェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini, 1920年1月20日 - 1993年10月31日)

イタリアの映画監督、脚本家。映像の魔術師の異名を持つ。

1920年、北イタリアの小都市リミニで生まれる。子供の頃、厳格な神学校に入れられたが、9歳のある日、脱出してサーカス小屋に入り込み、一夜を過ごした事があった。やがて連れ戻されたが、このサーカス団のイメージは「道」やその他後年の諸作品に繰り返し出て来る。15歳の時には、同時代のビアキンナという少女とボローニャまで逃げた事もあり、"放浪"は彼の人生に付き物であり作品に不可欠の要素となっている。

小さい頃から様々なことに興味を持つ多感な少年で、カリカチュア(漫画、風刺画)の才能があり、それがもとで映画館のポスターの仕事をして無料で映画を見るようになる。様々なアメリカのコメディ映画に憧れたフェリーニは、19歳の時にローマに出てきて漫画を描いたり、詐欺師やペテンをやり首都で食い詰めると名優アルド・ファブリッツィ一座の座付作者として地方巡業に出た。ラジオ・ドラマも書くようになり、出演した女優ジュリエッタ・マシーナと結婚。ロベルト・ロッセリーニ監督の映画『無防備都市』のシナリオに協力して映画業界に入る。イタリア・ネオリアリスモ映画を世界に知らしめた記念碑的作品となった。

『寄席の脚光』(1950年)でアルベルト・ラットゥアーダとの共同監督。1952年の『白い酋長』で単独監督。この作品で音楽監督として起用されたニーノ・ロータは、『オーケストラリハーサル』に至るまでのすべてのフェリーニ作品で音楽を手がける。三作目となる『青春群像』(1953年)では故郷の街とそこで生きているどうしようもない青年達の姿を描いてヒットしてネオリアリスモの若き後継者として注目された。ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。続く『道』(1954)では甘美なテーマ曲と物語の叙情性とヒューマニズムから世界的なヒット作となり、フェリーニの国際的な名声が確立する。

ネオリアリスモ的作風に変化が現れるのは『甘い生活』(1959)からである。退廃的なローマ社会を描いたこの作品はフェリーニの力強い社会批判であるが、ヘリコプターで吊るされた巨大なキリスト像の冒頭シーンや、河から引き上げられた怪魚のラストシーンに顕著なように、ストーリーの随所にシンボルが配置されて独特の映像感覚が発揮される。この手法は『8 1/2』(1963)で極度に推し進められ、「映画が撮れなくなった映画監督」の話を借りてフェリーニの内面が赤裸々かつ高度なシンボル的映像表現で綴られることになる。

その後もチネチッタ・スタジオに巨大なセットを組み、『サテュリコン』『カサノバ』『オーケストラ・リハーサル』『女の都』『アマルコルド』『そして船は行く』など、重層的で夢幻の広がりを与える手法を駆使した作品群を立て続けに監督。いつしか世界の映画製作人から「魔術師」の異名で呼ばれることになる。
『道』『カビリアの夜』『8 1/2』『フェリーニのアマルコルド』で4度のアカデミー賞外国語映画賞を、1992年にはアカデミー賞名誉賞を受賞。『甘い生活』ではカンヌ国際映画祭・パルム・ドールを受賞。20世紀の映画監督として十指に必ず入る巨匠である。
妻のジュリエッタ・マシーナは駆け出し時代の彼のラジオドラマに出演し、『道』『カビリアの夜』『魂のジュリエッタ』『ジンジャーとフレッド』などにも主演した。

『フェリーニのローマ』では、ローマ外環道路の交通渋滞を撮影するのに、わざわざ屋内セットを作ったというぐらいに中期以降のフェリーニはスタジオ撮影にこだわった。セット撮影を排したネオリアリスモ映画を出発点としながら、巨大なセット撮影を駆使して人工美の世界を構築したという点で、やはりネオリアリスモ映画出身だったルキノ・ヴィスコンティと並び称されることも多い。だが、本物の貴族出身だったヴィスコンティの華麗な絵作りに対してフェリーニの作品にはモダンアートの明るさと庶民的な俗っぽさが満ち溢れている。黒いビニールシートで表現された「海」(『アマルコルド』『そして船は行く』『カサノバ』など)はその典型だろう。こうした絵画的感覚についてはイタリア・オペラの伝統を指摘する声もある。また、フェリーニ映画には巨乳巨尻の女性が多く出てきて「フェリーニ的」画面を構成する。猥雑な女たちの娼館や道化師のサーカスはフェリーニのお得意素材である。

『8 1/2』以降の作品はとかく「難解」との世評がつきまとうが、他の「難解な」映画監督とくっきりと異なるのはその楽天的な世界観だろう。ペシミズムも語られはするが、基本にあるのは生きていく意志である。『8 1/2』のラストシーンでの有名な台詞「人生は祭りだ。一緒に楽しもう」はそれを端的に言い表している。それは『道』の中で悲惨な境遇にあるヒロインに向かって語られた「どんな物でも何かの役に立っている。この石ころだって」という台詞から一貫したフェリーニのヒューマニズムでもある。

Federico_fellini
[フェデリコ・フェリーニ 監督作品]
「寄席の脚光」Luci del varieta (アルベルト・ラットゥアーダと共同監督、1950)
「白い酋長」Lo Sceicco bianco (1952)
「青春群像」I Vitelloni (ヴェネチア国際映画祭 サン・マルコ銀獅子賞を受賞、1953)
「結婚相談所」Un'agenzia materimoniale (オムニバス映画「巷の恋」Amore in citta`より、1953)
「道」La Strada (ヴェネチア国際映画祭 サン・マルコ銀獅子賞、アカデミー賞外国語映画賞を受賞、1954)
「崖」Il Bidone (1955)
「カビリアの夜」Le Notti di Cabiria (アカデミー賞外国語映画賞、カンヌ国際映画祭女優賞などを受賞、1957)
「甘い生活」La Dolce vita (カンヌ国際映画祭パルム・ドール、NY批評家協会賞外国映画賞を受賞、1959)
「誘惑」Le tentazioni del dottor Antonio (オムニバス映画「ボッカチオ'70」 Boccaccio'70より、1962)
「8 1/2(はっかにぶんのいち)」8 1/2(Otto e mezzo) (アカデミー賞外国語映画賞、NY批評家協会賞外国映画賞を受賞、1963)
「魂のジュリエッタ」Giulietta degli spiriti (ゴールデン・グローブ外国映画賞、NY批評家協会賞外国映画賞を受賞、1965)
「悪魔の首飾り」Toby Dammit (オムニバス映画「世にも怪奇な物語」Tre passi nel delirioより、1968)
「サテリコン」Fellini-Satyricon (1969)
「フェリーニの道化師」I Clown (1970)
「フェリーニのローマ」Roma (1972)
「フェリーニのアマルコルド」Amarcord (アカデミー賞外国語映画賞、NY批評家協会賞作品賞を受賞、1973)
「カサノバ」Il Casanova di Federico Fellini (1976)
「オーケストラ・リハーサル」Prova d'orchestra (1979)
「女の都」La Citta delle donne (1980)
「そして船は行く」E la nave va (1983)
「ジンジャーとフレッド」Ginger e Fred (1985)
「インテルビスタ」Intervista (モスクワ映画祭グランプリ受賞、1987)
「ボイス・オブ・ムーン」La Voce della luna (1990)

フェデリコ・フェリーニweb
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Cinema/3008/fellini_top.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~UZ9Y-AB/fellini.htm

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