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2007年10月 5日 (金)

月こそ出でて候へ

東国のお坊さまが旅へ出てまだ見ぬ京の都へとやってきました。
着いたのは六条河原院。そこで汐汲みを生業としているという老人に出会います。
海のない京の町で汐汲みとはおかしな話ですがこここそは遠い昔、源融が名高い陸奥の塩釜の景色をそのままに移した所なのです。大阪から海水を毎日運び塩を焼く風情を楽しんでいたここならば汐汲む人がいるのももっともです。この塩釜を移した六条河原院のことはもちろんお坊さまも聞き及んでいました。
この日はちょうど秋の最中、仲秋の名月。夜が更けて月に照らされた景色を見て老人とお坊さまは「僧は敲く月下の門」の漢詩を思い浮かべ心を通わせます。
お坊さまに尋ねられるままに東から南、西と老人は河原院から見える京の名所を教えます。そうこうするうちに月は高く昇り、潮を汲むべき時間がとうの昔にきていたことに老人は気付くのでした。時を惜しみ桶を担いで波間に入り、潮を汲む老人。その姿はいつしか汐曇に隠れて消えてしまいました。

不思議な思いでたたずむお坊さま。そこへ里の人がやって来ます。お坊さまは河原院の話をこの人からも聞き、そして先ほど不思議な老人とであったことを話します。すると、里の人はそれはまさしく融大臣の霊であろう、というのでした。
もう一度融大臣の霊に逢える事を期待して、お坊さまは河原院の跡で仮寝をします。すると、はたして融大臣が現れました。今度は在りし日の気高い貴公子の姿で。融大臣はその昔、この塩釜に舟を出して酒宴を楽しみ、月光を浴びて舞い遊んだことを思い出して舞い始めます。そして、夜明けが近づき月が西に入るとともに融大臣も月の都へと帰っていくのでした。

「月もはや 影傾きて明け方の」時となり、「この光陰に誘われて月の都に入り給ふ」

能楽『融』は 「春」→「桜」→「業平」=「雲林院」「小塩」とは好対照な名曲、それが「秋」→「月」→「融」なのである。

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