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2007年11月28日 (水)

天使の憂鬱と霊感  Melancholia-Ⅰ

翼の生えた科学の天才が、自然の謎を解こうとして考えに耽っている。あたりには大きな多面体や球・工作道具が、壁には魔方陣や砂時計・秤などがかかっている。あまり長い時間考え続けているので、そばにいた動物も眠ってしまっている。やがてその努力はむくいられ、解決のきざしがみえ、希望の鐘が鳴りわたり、天使と七色の虹がこれを祝福している。今までの憂鬱さはすっかり消え去り、成功の喜びが全幅にみなぎっている。図中の梯子(はしご)は、さらに高い段階への飛躍を意味するものになっている。MelencoliaMelancholia-Ⅰ 1514 Albrecht Dürer Copperplate engraving 25 x 19 cm

頬杖の憂鬱気質をあらわす天才の挫折をあらわす霊感を受けている場面であると解釈されている。作品「メレンコリア I」は、ルターとメランヒトンの宗教改革運動とそれに対するカトリック側の非難の分析から、異教的(ヘレニズム的)な占星術的宇宙観が中世末期に至るまでヨーロッパにいかに強く根付いていたかを考察する文脈の中で取り上げられている。デューラーは改革運動に深い共感を寄せ、ルターを「私を大きな不安から私を助け出したキリスト教徒」と呼んでいた。
メランコリー(鬱病/黒胆汁質)という題材自体が、15世紀の占星術的宇宙観の中では土星の影響と結びつけて語られた。

芸術家であると同時に数学者、思想家としてのデューラーは「メランコリア」にある寓意解釈にヒントを与える。エンペドクレス=ヒポクラテスの四体液説は当時盛んだった占星術と結び付き、遥かに複雑な体系となっていた。ヒポクラテスが黒胆汁によって起こるとしたメランコリアは、占星術との関連では土星の影響と結び付けられた。気質の上では憂鬱質、凝り性と関係付けられて、そうした気質は建築家、芸術家、幾何学者などと親近性を持つとされ、芸術的、ないしは創造的な能力の根源であると解釈される。(「対戦型哲学史 ヒポクラテス × デューラー」)

砂時計隣に4×4の次の図のユピテル魔方陣が描かれている。正方形のたて・よこ・対角線上の数の和がすべて等しくなるように並べた。四行四列、和は34.制作年は四行目の2列と3列に15と14として入っている。和の34は、この年におけるのデューラーの年齢は43で和の34をひっくり返した形になっている。

Melen44

4×4の方陣は人体の四体液論と組み合わさって、憂鬱質(黒胆汁質)の土星に対して、多血質の木星をもってその影響を中和・減殺させるという。彼に影響を与えたのがカバラにも精通していた占星術師アグリッパ・フォン・ネッテスハイムで、3次から9次までの魔方陣を作り、それを7つの惑星に結びつけていた。当時は月と太陽も惑星扱いだったが、それぞれ3次魔方陣を土星に、4次魔方陣を木星に、5次魔方陣を火星に、6次を太陽に、7次を金星に、8次を水星に、そして9次魔方陣を月に当てはめていたのである。
木星を象徴する魔方陣はメランコリーを封じデューラー自身に関わる数字がいくつもこの魔方陣の中に込められて、この銅版画自体がデューラーの自伝的な作品という。
「若い画家は修行に打ち込みすぎるとメランコリーになってしまう」

コンパスや定規や謎の多面体などの幾何学的モチーフ、天秤や砂時計といった計量のモチーフなどが、人間理性の解放に連なる後の自然哲学の激変と科学革命、デカルトの「コギト」に始まる近代的自我・認識論の誕生を予告している。

 
Albrecht Dürer(アルブレヒト・デューラー, 1471年5月21日 - 1528年4月6日)、ドイツのルネサンス期の画家。はじめ父のもとで金銀細工師となる修業をするが、後に画家めざしミヒャエル・ヴォルゲムートに師事してゴシック様式を学んだ。木版画集「黙示録」にて成功をおさめるとともに、26歳で銅版画による作品作りにも積極的に取り組むようになる。人体の比例や遠近法の研究を深めて「騎士と死と悪魔」などの銅版画を発表。
年老いた師匠を美化せずに描いた肖像画には「1516年、師ヴォルゲムートを前にしてこれを描いた。彼は当時82歳で、1519年まで生きた」という趣旨の銘文がある。絵の完成から3年後の1519年、恩師の死を悼んでこの言葉を画中に書き記したものと思われる。

代表作『四人の使徒』は、晩年の画家が、故郷のニュルンベルク市に寄贈したものである。当時のドイツはマルティン・ルターらによる宗教改革の時期であった。自身ルターに共鳴していたデューラーは、ニュルンベルク市が新教側に付くことを知り、この絵を市に寄贈したものである。絵の最下部には、ルター訳による聖書の引用のほか、「世の支配者たちよ。人間たちの言葉を神の御言葉と取り違えてはならぬ」という趣旨の戒めの文句が描かれている。
デューラーの木版画作品「犀」はリスボン港でのサイの評判を現地にいた友人から伝え聞いた情報によって描かれたもので、デューラー自身はサイを目にしていない。このサイ自体はリスボンから教皇庁へ向かう際に嵐に出会い、海の藻屑と消えてしまったが、デューラーの想像によって描かれた「犀」はオランダの動物学者ヨンストンが手がけた「動物図鑑」(1660年)に登場し、当時江戸時代の日本にもその絵がたどり着いている。

[代表作]
東方三賢王の礼拝(1504年、ウフィツィ美術館所蔵)
茨の冠の祝祭(1506年、プラハ国立美術館)
聖三位一体 (1511年、ウィーン美術史美術館所蔵)
神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世(1519年、美術史美術館所蔵)
自画像(1500年)(ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク)
アダムとエヴァ(1507年)(プラド美術館)
犀(1515年)(ニュルンベルク、ゲルマン博物館)
四人の使徒(1523-1526年)(ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク)
メランコリア(銅版画)

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