« 無意識の形を喚起させるカード | トップページ | パウル・クレー(Paul Klee, 1879年12月18日 - 1940年6月29日) »

2008年1月31日 (木)

ピエト・モンドリアン(Piet Mondrian, 1872年3月7日 - 1944年2月1日)

Mondrian_albero_rosso Mondrian_cd004

19世紀末~20世紀のオランダ出身の画家。ワシリー・カンディンスキーと並び、本格的な抽象絵画を描いた最初期の画家とされる。

モンドリアンは、初期には風景、樹木などを描いていたが、やがて完全な抽象へ移行する。有名な「リンゴの樹」の連作を見ると、樹木の形態が単純化され、完全な抽象へと向かう過程が読み取れる。作風は、表現主義の流れをくむカンディンスキーの「熱い抽象」とはまったく対照的で、「冷たい抽象」と呼ばれる。水平と垂直の直線のみによって分割された画面に、赤・青・黄の三原色のみを用いるというストイックな原則を貫いた一連の作品群がもっともよく知られる。

モンドリアンは1872年、オランダのアーメルスフォールトに生まれた。1892年から1897年までアムステルダム国立美術アカデミーにおいて、伝統的な美術教育を受けている。1911年、アムステルダムにおける美術展でキュビスムの作品に接したことがきっかけで、パリへ行く決心をする。1912年から1914年までのパリ滞在期間に抽象への志向を強めた。

Mondrian_line_and_color

1917年にはテオ・ファン・ドースブルフとともに芸術雑誌『デ・ステイル』を創刊。ここで彼らの唱えた芸術理論が「新造形主義」と呼ばれるものである。モンドリアンは宇宙の調和を表現するためには完全に抽象的な芸術が必要であると主張し、水平・垂直の直線と三原色から成る絵画を制作した。そうした抽象画のモンドリアンを理解する人も多かったが、生活のために淡い色調で描かれた植物(特に花)の絵を描いては売っていたという。 

1940年には戦禍を避けてニューヨークに移住、同地で1944年に没する。ニューヨークに移住してからの作品『ブロードウェイ・ブギ・ウギ』などは、上述の原則に従いつつも、より華やかな画面となり、完全な抽象絵画でありながら、画面からはニューヨークの街の喧騒やネオンの輝きさえ感じ取れるように思える。

Mondrian_preview Mondrian_disenos

« 無意識の形を喚起させるカード | トップページ | パウル・クレー(Paul Klee, 1879年12月18日 - 1940年6月29日) »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
フォト

22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

オンライン状態

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。