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2008年3月29日 (土)

ドグラ・マグラ 13

   キチガイ地獄外道祭文

――一名、狂人の暗黒時代――

墺国理学博士         
独国哲学博士 面黒楼万児(めんくろうまんじ) 作歌
仏国文学博士
         

 ▼ああア――アア――あああ。右や左の御方様(おんかたさま)へ。旦那御新造(ごしんぞ)、紳士や淑女、お年寄がた、お若いお方。お立ち会い衆の皆さん諸君。トントその後は御無沙汰ばっかり。なぞと云うたらビックリなさる。なさる筈だよ三千世界が。出来ぬ前から御無沙汰続きじゃ。きょうが初めてこの道傍(みちばた)に。まかり出(い)でたるキチガイ坊主……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

……サアサ寄った寄った。寄ってみてくんなれ。聞いてもくんなれ。話の種だよ。お金は要らない。ホンマの無代償(ただ)だよ。こちらへ寄ったり。押してはいけない。チャカポコチャカポコ……
……サッサ来た来た。来て見てビックリ……スチャラカ、チャカポコ。チャチャラカ、チャカポコ……

 ▼ア――あ――。まかり出でたるキチガイ坊主じゃ。背丈(せい)が五尺と一寸そこらで。年の頃なら三十五六の。それが頭がクルクル坊主じゃ。眼玉落ち込み歯は総入歯で。痩(や)せた肋骨(あばら)が洗濯板なる。着ている布子(ぬのこ)が畑の案山子(かかし)よ。足に引きずる草履(ぞうり)と見たれば。泥で固めたカチカチ山だよ。まるで狸の泥舟(どろぶね)まがいじゃ。乞食まがいのケッタイ坊主が。流れ渡って来た国々の。風に晒(さら)され天日(てんぴ)に焼かれて。きょうもおんなじ青天井(あおてんじょう)だよ。道のほとりに鞄(かばん)を拡げて。スカラカ、チャカポコ外聞晒す。曰(いわ)く因縁、故事、来歴をば。たたく木魚に尋ねてみたら……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……
 ▼ア――あ。曰く因縁、木魚に聞いたら。親子兄弟、親類眷族(けんぞく)、嬶(かかあ)も妾(めかけ)ももちろん持たない。タッタ一人のスカラカチャンだよ。氏(うじ)も素性(すじょう)もスカラカ、チャカポコ。鞄一つが身上(しんじょう)一つじゃ。親は木の股キラクな風の。吹くに任かせた暢気(のんき)な身の上。流れ渡った世界の旅行(たび)じゃ。北京(ペキン)、ハルピン、ペテルスブルグじゃ。赤いモスコー、四角い伯林(ベルリン)、酔うがミュンヘン、歌うが維納(ウインナ)、躍る巴里(パリー)や居眠る倫敦(ロンドン)、海を渡れば自由の亜米利加(アメリカ)。女の市場がアノ紐育(ニューヨーク)じゃ。桑港(シスコ)の賭博(ばくち)よ。市俄古(シカゴ)の酒よと。千鳥足まで米利堅(メリケン)気取りの。阿呆つくした十年がかりじゃ。見たり聞いたりして来た中でも。タッタ一つの土産(みやげ)というのが。ナント恐ろし地獄の話じゃ……スカラカ、ポクポク。チャチャラカ、ポクポク……
 ▼あ――ア。さても恐ろし地獄の話じゃ。しかも私の凹(へこ)んだこの眼で、チャンと見て来た事実の話じゃ。今日が封切、お金は要らない。要らぬばかりかその聞き賃には、こんな書物(かきもの)を一冊上げます。私が只今唄うております。歌の文句の活版刷りです。あとで何やらマヤカシ物をば。無理に買わせる手段(てだて)じゃないかと。疑うお方があるかも知れぬが。ソンナ心配一切御無用。これは私の道楽仕事じゃ。人類文化の宣伝事業じゃ。何も参考、話の種だよ。サアサ寄ったり、聞いたり見たり……外道――祭(さ)ア――エ――文(もん)。キチガ――ア――イ――地(じ)イ獄(ごく)ウ――……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

       一

 ▼あ――ア。外道祭文キチガイ地獄。さても地獄をどこぞと問えば。娑婆(しゃば)というのがここいらあたりじゃ。ここで作った吾が身の因果が。やがて迎えに来るクル、クルリと。眼玉まわして乗る火の車じゃ。めぐり廻(めぐ)って落ち行く先だよ。修羅や畜生、餓鬼道越えて。ドンと落ちたが地獄の姿じゃ。針の山から血の池地獄。大寒地獄に焦熱地獄。剣樹(けんじゅ)地獄や石斫(いしきり)地獄。火煩(かぼん)、熱湯、倒懸(さかづり)地獄と。数をつくした八万地獄じゃ。娑婆で作った因果の報(むく)いで。切られ、砕かれ、焙(あぶ)られ、煮られ。阿鼻(あび)や叫喚七転八倒。死ぬに死なれぬ無限の責め苦じゃ。もしもその声、聞いたら最後じゃ。頭張り裂けクタバルなんぞと。高い処(とこ)から和尚(おしょう)の談義じゃ。……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。高い処(とこ)から和尚のお談義。なれどコイツは当てにはならない。死なにゃ行かれぬ地獄の噂じゃ。生きた坊主の賽銭(さいせん)集めじゃ。釈迦(しゃか)も知らない嘘八百だよ。わしが見て来た地獄というのは。ソンナ地獄と品事(しなこと)かわって。鉦(かね)を叩かず、念仏唱えず。十万億土の汽車賃使わず。そんじょそこらに幾らもあります。生きたながらのこの世の地獄じゃ……チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。生きたながらのこの世の地獄じゃ。それも貧乏暇なし地獄や。浮いた浮いたの川竹(かわたけ)地獄。義理と人情(にんじょ)のカスガイ地獄。又は犯した悪事のむくいで。御用、捕(と)ったぞ、キリキリ歩めと。タタキ込まれる有期や、無期の。地獄なんぞと大きな違いじゃ。そんな道理がミジンも通らぬ。息も吐(つ)かれず、日の目も見えぬ。広さ、深さもわからぬ地獄じゃ。そこの閻魔(えんま)は医学の博士で。学士連中が牛頭馬頭(ごずめず)どころじゃ。但し地獄で名物道具の。昔の罪科(つみとが)、見分けて嗅(か)ぎ出す。見る眼、嗅ぐ鼻、閻魔の帳面。人の心を裏から裏まで。透かし見通す清浄玻璃(せいじょうはり)の。鏡なんぞは影さえ見えない。罪があろうが、又、無かろうが。本気、狂気の見分けも附けずに。滅多矢鱈(めったやたら)に追い込み蹴込むと。聞いただけでも身の毛が逆立(よだ)つ。地獄というのがそこらに在ります。見かけは立派な精神病院。嘘というなら這入って見なされ。責め苦の数々お望み次第じゃ。ナント恐ろしキチガイ地獄……チャカポコチャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。ナント恐ろしキチガイ地獄じゃ。サテモ恐ろし精神病院。なぞと云うても皆様方には。まだまだ合点(がてん)が行きかねましょうが。物は順序じゃお聞きなされよ。聞いているうち如何(いか)にも、もっとも、そんな事とは知らずにいたわい。成る程そうかと合点が行きます。合点が行ったら八万四千の。身内の毛穴がゾクゾク粟立(あわだ)つ。そんじょ、そこらの地獄の話じゃ……チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。そんじょ、そこらの地獄の話じゃ。さても斯様(かよう)な地獄の起りが。曰(いわ)く因縁イロハのイの字の。そもや初めと尋ねるならば。文明開化のお蔭(かげ)と御座る。そこで世界の文明開化の。日進月歩の由来と申せば。科学知識の尊(たっ)とい賜物(たまもの)。中に尊といお医者の仕事じゃ。人の病気を治癒(なお)すが役目じゃ……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。人の病気を治癒(なお)すが役目じゃ。そこでお医者の仕事の中でも。人の身体(からだ)の狂いをなおす。外科や内科の治療の仕方と。人の心の狂いをなおす。精神病院の手当ての仕方と。違うところを比べてみます。アッとビックリ、シャクリが止まるよ。トテも驚く進歩の違いじゃ……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。トテモ驚く進歩の違いじゃ。違う筈だよ相手が違う。人の身体(からだ)は形が見えます。手足胴体触ればわかるよ。五臓六腑も解剖(ひら)けば見えます。打診、聴診、X(エッキス)光線。ピルケ反応、血液検査と。数をつくした診察道具じゃ。たとい何やら解らぬ病気や。薬ちがいや診察ちがいや。又は手当ての違いで死んでも。あとで屍体(したい)を解剖したなら。どこが悪いと、すぐ様(さま)わかるよ。そこで診察治療の仕方が。日進月歩で開けて行きます。これに引き換え神様とても。人の心は診察出来ない……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。人の心は診察出来ない。たとい如何なる名医じゃとても。人の精神、心の狂いの。どこの脈見て、どの舌出させて。どこの苦労に注射をするやら。どこの心配切解(せっかい)するやら。癇(かん)の虫見る眼鏡も無ければ。あなた恋しで上った熱度が。寒暖計にも上った事かや。贋(にせ)のキチガイ真実(ほんと)のキチガイ。レントゲンでも透かして見えない。声も聞えず姿も見えない。屁(へ)より不思議な心の正体。これがどうして診察されよか。馬鹿に附けよう薬は無いと。昔の譬(たと)えは今でも真実(ほんま)じゃ。つまるところが精神病は。診察治療が絶対不可能。科学知識で研究出来ない。わけのわからぬ物じゃとわかる……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。わけのわからぬ物じゃと解かると。ここでも一つ理屈のわからぬ。奇妙不思議な事実に気が付く。そもやソモソモ一体全体。人の精神、心の狂いは。診察、治療が出来ぬとなったら。現在世界のどこでもここでも。精神病院、神経治療じゃ。又は瘋癲(ふうてん)、脳病院じゃと。四角四面の看板ひろげて。意匠凝(こ)らした玄関構えじゃ。高価(たか)い診察、治療の代(しろ)だよ。入院、看護の料金取り立て。肩で風切る精神病医は。どんな仕事をしているものかや。あれは詐欺師(やまし)か掴ませものかと。どなたも御不審なさるであろうが。チョット待ったり話は順序じゃ。世にも馬鹿げた内幕話じゃ。診察治療が出来ないお蔭で。お医者がステキに儲(もう)かる話じゃ。これがホンマの阿呆陀羅経(あほだらきょう)だよ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

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