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2008年3月27日 (木)

キチガイ博士手記 18

     第二回の発作

◆第一参考 戸倉仙五郎の談話

▼聴取日時 大正十五年四月二十六日(所謂(いわゆる)、姪之浜(めいのはま)の花嫁殺し事件発生当日)午後一時頃――
▼聴取場所 福岡県早良郡姪之浜町二四二七番地、同人自宅に於て――
▼同席者 戸倉仙五郎(呉八代子方常雇(じょうやとい)農夫、当時五十五歳)――同人妻子数名――余(よ)(W氏)――以上――

   【注意】 甚しき方言なるを以て標準語に近づけて記載す。

 ――ええもう、このような恐ろしい事は御座いませなんだ。その時に梯子(はしご)のテッペンから落ちて打ちました腰が、この通り痛みまして、小用(こよう)にも這(は)うて参ります位で、すんでの事に生命喪(いのちうしな)いをするところで御座いました。しかし、今朝(けさ)程から茄子(なすび)の黒焼を酒で飲みまして、御覧の通り、妙薬の鮒(ふな)を潰して貼っておりますけに、おかげで余程痛みが寛(くつろ)いだようで御座います。
 ――呉様のお家は、千俵余米と申しまして、この界隈でも一といわれる名うての大百姓で御座います。そのほか、養蚕(かいこ)から、養鶏(にわとり)から何から何まで、今の後家さんのお八代さんが、たった一人で算盤(そろばん)を弾(はじ)かっしゃるので、身代(しんだい)は太るばかり……何十万か、何百万かわからぬと申しますが、豪(えら)いもので御座います。学校も自分で建てた学校なら、お寺も御先祖が建てさっしゃったお寺で、跡目相続人(あととり)の若旦那(呉一郎)は大幸福者(おおしあわせもの)で御座いますのに、思いがけない事が出来ましたもので……。
 ――若旦那様は、温柔(おとな)しい、口数の尠(すくな)い御仁(おひと)で御座いました。直方(のうがた)からこちらへ御座って後(のち)というもの、いつも奥座敷で勉強ばっかりして御座ったようですが、雇人(やといにん)や近所の者にも権式を取らしゃらず、まことに評判がよろしゅう御座いました。それに今までは呉家の人と申しましても後家のお八代さんと十七になる娘のオモヨさんと二人切りで、家(うち)の中が何となく陰気で御座いましたが、一昨年(おととし)の春から若旦那が御座らっしゃるようになると、妙なもので、家内がどことなく陽気になりまして、私共も働らき甲斐があるような気持が致して参りましたような訳で……ヘイ……。そのうちに、今年の春になりましてからは又、若旦那様が福岡の高等学校を一番の成績で卒業して、福岡の大学に又やはり一番で這入らっしゃると、そのお祝を兼ねて、若旦那とオモヨさんの祝言(おめでた)があるというような事で、呉さんのお家はもう、何とのう浮き上るようなあんばいで……ヘイ……。
 ――ところが恰度(ちょうど)昨日(きのう)(四月二十五日)の事で御座います。福岡因幡町(いなばちょう)の記念館という大きな西洋館の中で、高等学校の生徒さんの英語の演説会がありましたそうですが、若旦那様はその時に、卒業生の総代になって、一番初めの演説を受持って御座るとかで、高等学校の服を着て行こうとなさるのをお八代さんが引止めて、大学校生徒の新しい服を着せてやろうとしました。その時に若旦那は苦笑いをしながら、どうしても着て行かぬ。まだ早いと云うて逃げようとされますのを、お八代さんが無理矢理に着せて、あとを見送りながら、さも嬉しそうにして涙を拭いておりました態度(ようす)が、今でも眼に縋(すが)っております。今から思えばあの時が、若旦那の大学服の着納めで御座いましたろう。
 ――ところで又、そのあくる日のきょうは今も申します通り、若旦那様とオモヨさんの、お芽出度(めでた)い日取りになっておりましたので、私共も一昨日(おととい)から泊り込みで手伝いに参っておりました。オモヨさんも高島田に結(ゆ)うて、草色の振袖に赤襷(あかだすき)がけで働いておりましたが、何に致せ容色(きりょう)はあの通り、御先祖の六美(むつみ)様の画像も及ばぬという、もっぱらの評判で御座いますし、それに気質(きだて)がまことに柔和(すなお)で、「綺倆(きりょう)千両、気質が千両、あとの千両は婿次第」と子守女が唄うている位で御座いました。又、若旦那様はと申しますと年は二十歳(はたち)という事で御座いますが、分別といい、物ごしといい、三十近い者でも追い付かぬ位シッカリして御座って、ことに男ぶりが又御覧でも御座いましつろうが、お公卿(くげ)様にも無かろうと思われる位、品行がよろしゅう御座いましたので、これ位の夫婦は博多にもあるまいという噂で御座いました。……それにお支度が又金に飽(あ)かしたもので、若旦那の方から婿入りの形にするために、地境(じざかい)の畠を潰しまして、見事な離家(はなれ)が一軒建ちました位で、そのほか着物は、福岡一の京屋呉服店から仕立てて来る。お料理の方も昨日(きのう)から、やはり福岡一の魚吉(うおきち)という仕出し屋が持ち込んで騒いでいるという勢いで、後家さんの気張りようというたなら大したもので御座いました。
 ――ところが昨日(きのう)の演説会での若旦那様のお役目というのはホンのチョットで、どんなに遅うなっても二時までには間違わずに帰ると云いおいて行かれたので御座いますが、とやかく致しておりますうちに三時が過ぎましても、お帰りの姿が見えませぬ。若旦那はこのような事は決して御間違いにならぬ性分で御座いましたので、私は年寄役に、チョットこの事を不審を打ちますと皆の者は「おおかた演説の初まりが遅うなったとじゃろう」なんぞと申しまして格別気にかけませなんだ。しかし今までにこのような事は一度も無いので、折柄が折柄では御座いますし、私も心配せぬでは御座いませんでしたが、ツイ忙(せわ)しいのに紛(まぎ)れておりますと、そのうちに日和癖(ひよりぐせ)で、空が一面に曇って参りまして、長い春の日が俄(にわ)かに夕方のように暗くなりました。すると、それで気がついたものと見えまして、明日(あす)からは母親のお八代さんが、濡れ手を拭き拭き私を物蔭に呼びまして「二十歳(はたち)にもなっとるけん間違いはなかろうが、まだ帰らぬ模様(ごと)ある故(けん)、そこいらまで見に行ってくれまいか」という頼みで御座います。私もちょうどそう思うているところで御座いましたけに、やりかけておりました蒸籠(せいろ)の修繕(つくろい)を片づけまして、煙草を一服吸うてから草鞋穿(わらじば)きのまま出かけましたのが、かれこれ四時頃で御座いましつろうか。軽便鉄道(けいべん)で西新町(にしじんまち)まで行きまして、今川橋の電車の行き詰りの処に、煮売屋(にうりや)を開いております私の弟の処へ立ち寄りまして「うちの若旦那を見かけなんだか」と問(たず)ねますと「おお……その若旦那なら、今から二時間ばかり前にここを通って、軌道には乗らずに歩いて西の方へ行かっしゃった。初めて大学の服をば着て御座るのを見た故(けん)、二人が表に出て、しばアらく見送っておった。良(え)え婿どんじゃなア」と夫婦で申します。
 ――若旦那は平生(ふだん)からこの軌道の煙のにおいがお嫌いだそうで、高等学校に行かっしゃる時も運動になるからちうて、毎日毎日姪の浜から田圃(たんぼ)伝いに歩かっしゃった位で御座います。しかし、それにしても今川橋から姪の浜までは一里そこらで御座いますから、二時間もかかる筈はないが……と心配しいしい帰りかけましたのが四時半頃で御座いましつろうか。国道沿いの軌道伝いに帰って参りましたところが、ちょうど姪浜(ここ)から程近い道傍(みちばた)の海岸側に在る山の裾に石切場が御座います。切っております石は姪浜石(めいのはまいし)と申しまして黒い柔かい石で、お帰りに御覧になればお解りになりますが、福岡の方から参りますにも、又、こっちから福岡の方角に出ますにも、是非とも通らなければならぬ処で御座います。……あの石切場の石が屏風のように突立って、西日を赤々と受けております奥の方の薄暗い処へ、四角い帽子を冠った洋服の姿がチラリと動いて見えたように思いました。
 ――私は眼が悪う御座いますが、これこそと思って近寄って見ますと、案(あん)の定(じょう)若旦那様で、高岩の蔭に腰をかけて、何か巻物のようなものを見ておいでになります。私は、そこいらに積み重ねてある切石の上を伝うて、ちょうど若旦那の頭の上に出ましたので、ソロ――ッと首を伸ばして覗いて見ますと、それは長い長い巻物の途中と思われる処で御座いましたが、不思議なことには、それは只の白い紙ばかりで、何一つ書いて無いもののように見えました。しかし若旦那の眼には、何か見えておりましたらしく、その白い処を一心になって見て御座る様子で御座います。
 ――私は呉様のお家に崇(たた)る絵巻物があるという事をかねてから噂には聞いておりました。けれどもそれはもう余程大昔の事で、今の世の中に、そのような事があろう筈はない。あっても話ばかりと思うておりましたけに、真逆(まさか)その巻物がソレであろうとは夢にも思いつきません。やはり眼が悪いのだろうと思いまして、若旦那に気取(けど)られぬように、出来るだけ顔を近付けて見ましたけれども、白い紙はやはり白い紙で、いくら眼をこすりましても、物が書いてある模様は見えません。
 ――サア私は不思議でならなくなりました。若旦那が何を見て御座るのか、一つ聞いて見ようと思いますと、急いで岩角を降りました。そうしてワザと遠廻りをして、若旦那の前に出てヒョッコリ顔を合わせますと、若旦那は私が近寄りましたのに気もつかれぬ様子で、半開きの巻物を両手に持ったまま、西の方の真赤になった空を見て何かボンヤリと考えて御座るようで御座います。そこで私が咳払いを一つ致しまして「モシ若旦那」と声をかけますと、ビックリさっしゃった様子で、私の顔をツクヅク見ておいでになりましたが「おお、仙五郎か。どうしてここへ来た」と初めて気が附いたようにニッコリ笑われますと、裏向きにして持って御座った巻物を捲き納めながら、グルグルと紐(ひも)で巻いてしまわれました。私はその時若旦那が、何か余程大切な事を考え御座ったものとばかり思っておりましたから、何の気もつかずに、お八代さんが心配して御座る事を話しまして「一体それは何の巻物で御座いますか」と手に持って御座るのを指して尋ねました。そうすると、又いつの間にか背振山(せぶりやま)の方をふり返って、何か考えて御座った若旦那様は、又、ハッとしたように私の顔と、巻物とを見比べておられましたが「これかね。これは僕がこれから仕上げねばならぬ巻物で、出来上ったら天子様に差し上げねばならぬ大切な品物だ。誰にも見せる訳に行かん」と云い云い外套の下の洋服のポケットにお入れになりました。
 ――私はいよいよ訳がわからぬようになりましたが「しかし、その中には何が書いて御座いますので……」と申しますと、若旦那は心持ち赤くなられまして、苦笑いをしながら「それは今にわかる。とても面白いお話と、恐ろしい絵が描(か)いてある。僕達が式を挙げる前に是非とも見ておかねばならぬものだとその人が云われた……今にわかる……今にわかる……」と云われました。私は何だか訳がわかったような、わからぬような妙な気持ちになりましたが、しかし、その若旦那のものの仰言(おっしゃ)りようが、何とのう上(うわ)の空(そら)で、平生(いつも)とは余程違うて御座る事に気が附いて参りましたので、執拗(しつこい)ようでは御座いましたが今一度念のために「ヘエー。そのようなものを誰が差し上げました」と尋ねますと、又も穴のあく程、私の顔を凝視(みつめ)ておられました若旦那様は、やがて又、ハッと正気づかれたように眼を丸くして、二三度パチパチと瞬(またたき)をされました。そうして何を考えられましたものか、すこし涙ぐんで口籠(くちごも)りながら「これを僕に呉(く)れた人かね……それは死んだお母さんの知り合いの人で、お母さんから秘密に預かった巻物を私に返しに来たのだ。その人は又そのうちにキット私にめぐり会おう。名前はその時に云って聞かせよう……と云ったきりで、どこかへ消え失せてしまったが、私はその人が誰だかチャンと知っている。しかし……まだ何も云われん云われん。お前もこの事を他人に云う事はならん。よいか……サア行こう行こう」と云われるうちに若旦那は俄(にわか)にソワソワとなられて、石の上を飛び飛びに往来に出て、私の先に立ってズンズンお歩きになりましたが、そのおみ足の早かった事……まるで物に取り憑(つ)かれたようで、平生(いつも)とまるで違うておりました。今から思いますと、あの時からもう、いくらか妙な萌(きざ)しがありましたようで……。
 ――若旦那が家へお着きになりますと、すぐにお八代さんに「只今……遅うなりました」と云われましたが、お八代さんが「仙五郎に会いなすったか」と尋ねますと「ハイ。石切場の所で会いました。今そこに帰って来ております」と云うて、うしろから這入って来た私を指示(ゆびさ)されまして、サッサと離家(はなれ)の方へ行かれました。お八代さんは、それで安心したらしく、私には別に何にも尋ねずに、唯「御苦労」を云うただけで、横の板張に親椀(おやわん)を並べて拭いていたオモヨさんに眼顔で、差図(さしず)をしますと、オモヨさんは大勢に見られながら、恥かしそうに立上って、若旦那の後から鉄瓶を提(さ)げて、離家の方へ行きました。
 ――それからもう一つ、これは後から訳が判ったように思うので御座いますが、日が暮れるまえにチョット妙な事が御座いました。……私はそれから裏口の梔子(くちなし)の蔭に莚(むしろ)を敷きまして、煙管(きせる)を啣(くわ)えながら先刻(さいぜん)の蒸籠(せいろ)の繕(つくろ)い残りを綴(つづ)くっておりましたが、そこから梔子の枝越しに、離家の座敷の内部(ようす)が真正面(まむき)に見えますので、見るともなく見ておりますと、若旦那は離家のお座敷の机の前で着物を着換えさっしゃってから、オモヨさんが入れたお茶を飲みながら、何かしらオモヨさんに云い聞かせて御座るようで……硝子(ガラス)雨戸の中ですから声はわかりませぬが、お顔の色が平生(いつも)になく青ざめて、眉がヒクヒクと動いているあんばいは、まるで何か叱って御座るようにも見えましたが、しかしよく気をつけて見ますと、そうでも御座いません。当の相手のオモヨさんはその前で洋服を畳みながら、赤い顔をして笑い笑い「イヤイヤ」と頭を横に振っているようで、まことに変なアンバイで御座いました。
 ――ところがそれを見ると若旦那はいよいよ青い顔になられまして、オモヨさんにピッタリとニジリ寄って行かれました。そうしてここから見えます、あの三ツ並んだ土蔵(おくら)の方角を指さして見せながら、片手をオモヨさんの肩にかけて、二三度ゆすぶられますと、最前から火のように赤うなって身体(からだ)をすぼめていたオモヨさんが、やっとのこと顔をあげて、若旦那と一緒に土蔵(おくら)の方を見ましたが、やがて嬉しいのか悲しいのか解らぬような風付(ふうつ)きで、水々しい島田の頭をチョットばかり竪(たて)に振ったと思うと、首のつけ根まで紅くなりながら、ガックリとうなだれてしまいました……まるで新派の芝居でも見ておりますようなアンバイで……ヘイ……。
 ――するとその態度(ようす)をジット見て御座った若旦那は、オモヨさんの肩に手をかけたまま中腰になって硝子(ガラス)雨戸越しにそこいらをジロジロと見まわして御座るようでしたが、やがて軒先(のきさき)の夕空を見上げながら、思い出したように白い歯を出して、ニッタリと笑われました。そうして赤い舌を出してペロペロと舌なめずりをさっしゃったようでしたが、その笑顔の青白くて気味の悪う御座いました事というものは、思わずゾッと致しました位で……ヘイ……けれども真逆(まさか)、それがあのような事の起る前兆(まえおき)とは夢にも思い寄りませなんだ。ただ学問のある人はあのような奇妙な素振りをするものか……と思い思い忙(せわ)しさに紛(まぎ)れて忘れておりましたような事で……ヘイ……。
 ――それから昨晩、家中(うちじゅう)の者が一人残らず寝静まってしまいましたのが午前の二時頃の事で御座いましたろうか。花嫁御のオモヨさんと、母親のお八代さんとは母屋(おもや)の奥座敷に……それから花婿どんの若旦那と、親代りの附添役になりました私は、離家(はなれ)に床を取って寝(やす)みました。尤(もっと)も私は若旦那よりもズット遅れまして、十二時過ぎに湯に這入りまして、離家の戸締りを致しますと、若旦那のお次の間の、茶の間になっている処へ床を取って寝みましたが、年寄りの癖で、今朝(けさ)ほど、まだ薄暗いうちに眼が醒めましたので、便所へ行こうと思いまして、二方硝子(ガラス)雨戸の薄ら明りを便(たよ)りに若旦那のお室(へや)の前の縁側まで来ますと、そこの新しい障子が一枚開いて、その前の硝子雨戸が又一枚開いてあります。それからお室の中を覗きますと、寝床の中に若旦那のお姿が見えません。……ハテ妙な事……と思いますとチョット胸騒ぎが致しましたが、外は小雨が降っておりましたので、新しい台所の上り口から自分の下駄を持って参りまして、飛び石伝いに母屋の方へ参りますと、奥座敷の戸袋の処が一枚開いて、そこにすこしばかり砂のついた下駄の跡が薄明りなりに見えるようで御座います。私はそこで又チョット考えましたが、間もなく思い切って下駄を脱いで、抜き足さし足で廊下を伝って行って、奥座敷の硝子障子を覗き込みますと、暗い電燈の下に、お八代さんは片手を投げ出して寝ておりますが、その横に敷いてあるオモヨさんの寝床は藻抜(もぬ)けの殻で、夜具が裾の方に畳み寄せてありまして、緋(ひ)ぐくしの高枕が床のまん中に置いてある切りで御座います。
 ――私はその時にようやっと最前日暮れ方に見た事を思い出しまして……ナアンダ、そんな事だったか。それなら別段心配せんでもよかったに……と、どうやら胸を撫で卸(おろ)しました。……が……しかし又考えてみますと、この道ばかりは別とはいえ、あの若旦那のなさる事にしてはチョット様子が可怪(おか)しいと気がつきましたので、又、何とのう胸騒ぎがし初めました。やっぱり虫が知らせるというもので御座いましつろうか……とにかく自分の手落ちになってはならぬ。皆が起きぬうちに……と思いましたから、お八代さんを起したので御座いますが、私がオモヨさんの寝床を指さしまして、コレコレと申しますと、眼をこすっておりましたお八代さんはハッとした様子で……「この頃一郎が、何か巻物のようなものをば持っとるのを見かけはせんじゃったか」……と不意に妙な事を尋ねながら、寝床の上にピタリと座り直しました。私は、しかし、その時までは何も心付きませんので「……ヘエ……昨日(きのう)、石切場で会いました時に、何か存じませんが白い紙ばかりの、長い巻物を読んで御座ったようで……」と申しましたが、その時のお八代さんの血相の変りようばっかりは今でも忘れません……「又出て来たか――ッ」とカスレたような声で申しますと、唇をギリギリと噛んで、両手を握り固めてブルブルと慄(ふる)わして、眼を逆様(さかさま)に釣り上げて、チョット取り詰めた(逆上喪神の意)ようになりました。私は何事か判らぬままに胆(きも)を潰(つぶ)しまして、尻餅(しりもち)をついたまま見ておりますと、やがてお八代さんは気を取り直した様子で、涙をハラハラと流したのを袂(たもと)で拭い上げまして、泣き笑いのような顔をしながら「イヤイヤ。私の思い違いかも知れぬ。お前の見違いかも知れぬ。とにかくどこに居るか探しておくれ」と云うて立ち上りました。その時はもう平生(いつも)とかわらぬ風付(ふうつ)きで、先に立って縁側から降りて行きましたが、実はよほど周章(うろた)えて御座ったと見えまして、跣足(はだし)で表口の方へ行かっしゃる後から、私が下駄を穿(は)いて蹤(つ)いて行きました。
 ――小雨はもうその時には降りやんでおりましたようですが、間もなく離家(はなれ)の前の……ここから見えますあの一番右側の三番土蔵(ぐら)の前まで来ました時に、私は土蔵(くら)の北向きになっている銅張(あかがねば)りの扉(と)が、開いたままになっているのに気が付きまして、先へ行くお八代さんを引止めて指をさして見せました。あとから考えますとこの三番土蔵は、麦秋(むぎ)頃まで空倉(あきぐら)で、色々な農具が投げ込んでありまして出入りが烈(はげ)しゅう御座いますので、若い者がウッカリして窓を明け放しにしておく事がチョイチョイ御座いました。この時なぞもそうだったかも知れませぬので、別に不思議がる事はなかった筈で御座いますが、昼間の事を思い出しましたせいか、思わずハッとして立ち止りましたので……するとお八代さんもうなずきまして、土蔵(くら)の戸前の処へまわって行きましたが、内側からどうかしてあると見えまして、土戸(つちど)は微塵(みじん)も動きません。すると、お八代さんは又うなずいて、すぐ横の母屋の腰板に引っかけてある一間半の梯子(はしご)を自分で持って来て、土蔵の窓の下にソッと立てかけて、私に登って見よと手真似で云いつけましたが、その顔付きが又、尋常で御座いません。その上に、その窓を仰いで見ておりますと、何かチラチラ灯火(あかり)がさしている模様で御座います。
 ――私は御承知の通り大の臆病者で御座いますから、どうも快(よ)い心地が致しませんでしたが、お八代さんの顔付きが、生やさしい顔付では御座いませんので、余儀なく下駄を脱ぎまして、尻を端折(から)げまして、梯子を登り詰めますと、その窓の縁に両手をかけながら、ソロッと中の様子を覗いたので御座いますが……覗いている中(うち)に足の力が抜けてしもうて、梯子が降りられぬようになりました。それと一緒に窓の所にかけておりました両手の力が無くなりましたようで、スッテンコロリと転げ落ちますと、腰をしたたかに打ちまして、立ち上る事も逃げ出す事も出来なくなりました。
 ――ヘイ。その時に見ました窓の中の光景(ありさま)は、一生涯忘れようとして忘れられません。そのもようを申しますと、土蔵(くら)の二階の片隅に積んでありました空叺(あきがます)で、板張りの真中に四角い寝床のようなものが作ってありまして、その上にオモヨさんの派手な寝巻きや、赤いゆもじが一パイに拡げて引っかぶせてあります。その上に、水の滴(したた)るような高島田に結(ゆ)うたオモヨさんの死骸が、丸裸体(まるはだか)にして仰向けに寝かしてありまして、その前に、母屋(おもや)の座敷に据えてありました古い経机(きょうづくえ)が置いてあります。その左側には、お持仏(じぶつ)様の真鍮(しんちゅう)の燭台が立って百匁蝋燭(めろうそく)が一本ともれておりまして、右手には学校道具の絵の具や、筆みたようなものが並んでいるように思いましたが、細かい事はよく記憶(おぼ)えませぬ。そうしてそのまん中の若旦那様の前には、昨日(きのう)石切場で見ました巻物が行儀よく長々と拡げてありました……ヘイ……それは間違い御座いませぬ。たしかに昨日見ました巻物で、端(はじ)の金襴(きんらん)の模様や心棒(軸)の色に見覚えが御座います。何も書いてない、真白い紙ばかりで御座いましたようで……ヘイ……若旦那様はその巻物の前に向うむきに真直に座って、白絣(しろがすり)の寝巻をキチンと着ておられたようで御座いますが、私が覗きますと、どうして気(け)どられたものか静かにこちらをふり向いてニッコリと笑いながら「見てはいかん」という風に手を左右に振られました。尤も、斯様(かよう)にお話は致しますものの、みんな後から思い出した事なので、その時は電気にかかったように鯱張(しゃちば)ってしまって、どんな声を出しましたやら、一切夢中で御座いました。
 ――お八代さんはその時に私を抱え起しながら何か尋ねたようで御座いますが、返事を致しましたかどうか、よく覚えませぬ。土蔵の窓を指(ゆびさ)して何か云うておったようにも思いますが……そうするとお八代さんは何か合点(がてん)をしたようで、倒れかかった梯子を掛け直して自分で登って行きました。私は止めようとしましたが腰が立たぬ上に歯の根が合わず、声も出ませぬので、冷い土の上に、うしろ手を突いたまま見上げておりますと、お八代さんは前褄(まえづま)をからげたままサッサと梯子を登って、窓のふちに手をかけながら、矢張(やっぱ)り私と同じようにソロッと覗き込みました。……が……その時のお八代さんの胆玉(きもたま)の据(す)わりようばっかりは、今思い出しても身の毛が竦立(よだ)ちます。
 ――お八代さんは窓から、中の様子をジッと見まわしておりましたが「お前はそこで何事(なんごと)しおるとな」と落付いた声で尋ねました。そうすると中から若旦那様が、いつもの通りの平気な声で「お母さん……ちょっと待って下さい。もうすこしすると腐り初めますから……」と返事なさるのがよく聞えます。四囲(あたり)がシンとしておりますけに……そうするとお八代さんは、チョット考えておるようで御座いましたが「まあだナカナカ腐るもんじゃない。それよりも最早(もう)夜が明けとる故(けん)、御飯をば喰べに降りて来なさい」と云いますと、中から「ハイ」と云う返事がきこえまして、若旦那が立上られた様子で、窓際に映っている火影(ほかげ)がフッと暗くなりました……が……これが現在の娘の死骸を眼の前に置いた母親の言えた事で御座いましょうか……それから、お八代さんは急いで梯子から降りて来て、私に「お医者お医者」と云いながら、土蔵(くら)の戸前の処に走って行きましたが……お恥しい事ながら、その時は何の事やら解りませんでしたので、又、解ったにしたところが、腰が抜けておりますから行かれもしません。只、恐ろしさの余り、立っても居てもいられずに慄(ふる)えておりましたようで御座います。
 ――土蔵の戸前が開きますと、中から若旦那が片手に鍵を持って、庭下駄を穿(は)いて出て来られて、私共を見てニッコリ笑われましたが、その眼付きはもう、平常(いつも)と全く違うておりました。待ちかねていたお八代さんは、その手からソッと鍵を取り上げて、何か欺(だま)し賺(すか)すような風付(ふうつ)きで、耳に口を当てて二言三言云いながら、サッサと若旦那の手を引いて、離家(はなれ)に連れ込んで寝かして御座るのが、私の処からよく見えました。
 ――それからお八代さんは引返して、土蔵(くら)の二階へ上って、何かコソコソやっているようで御座いましたが、私はその間、たった一人になりますと、生きた空もない位恐ろしゅうなりましたので、這うようにして土蔵のうしろの裏木戸まで来まして、そこに立っている朱欒(じゃがたら)の樹に縋(すが)り付いて、やっとこさと抜けた腰を伸ばして立ち上りました。すると頭の上の葉の蔭で、土蔵の窓の銅張(あかがねば)りの扉がパタンと閉(し)まる音が致しましたから、又ギックリして振り返りますと、今度は土蔵の戸前にガッキリと鍵をかけた音が致しまして、間もなく左手に、巻物をシッカリと掴んだお八代さんが裸足(はだし)のまま髪を振り乱して離家の方へ走って行きました。そうして泥足のまま縁側から馳け上りまして、たった今寝たばかりの若旦那を引き起して巻物をさしつけながら恐ろしい顔になって、何か二言三言責め問うているのが、もう明るくなった硝子(ガラス)戸越しによく見えました。
 ――若旦那はその時に、昨日(きのう)の石切場の方を指して、頭を振ったり、奇妙な手真似や身ぶりを交(ま)ぜたりして、何かしら一所懸命に話して御座るように見えました。そのお話はよく聞いてもおりませんでしたし、六ヶ敷(むずかし)い言葉ばかりで、私共にはよく判りませんでしたが「天子様のため」とか「人民のため」とかいう言葉が何遍も何遍も出て来たようで御座いました。お八代さんも眼をまん丸くしてうなずきながら聞いているようで御座いましたが、そのうちに若旦那はフイと口を噤(つぐ)んで、お八代さんが突きつけている巻物をジイッと見ていられたと思うとイキナリそれを引ったくって、懐中(ふところ)へ深く押込んでしまわれました。するとそれを又お八代さんは無理矢理に引ったくり返したので御座いましたが、あとから考えますと、これが又よくなかったようで……若旦那様は巻物を奪(と)られると気抜けしたようになって、パックリと口を開いたまま、お八代さんの顔をギョロギョロと見ておられましたが、その顔付きの気味のわるかった事……流石(さすが)のお八代さんも怖ろしさに、身を退いて、ソロソロと立ち上って出て行こうとしました。するとその袖(たもと)を素早く掴んだ若旦那様は、お八代さんを又、ドッカリと畳の上に引据えまして、やはりギョロギョロと顔を見ておられたと思うと、さも嬉しそうに眼を細くしてニタニタと笑われました。
 ――その顔を見ますと、私は思わず水を浴びせられたようにゾッとしました。お八代さんも慄え上ったらしく、無理に振り切って行こうとしますと、若旦那はスックリと立ち上って、縁側を降りかけていたお八代さんの襟髪(えりがみ)を、うしろから引っ捉えましたが、そのまま仰向けに曳(ひ)き倒して、お縁側から庭の上にズルズルと曳(ひ)きずり卸(おろ)すと、やはりニコニコと笑いながら、有り合う下駄を取り上げて、お八代さんの頭をサモ気持快(よ)さそうに打って打って打ち据えられました。お八代さんは見る見る土のように血の気(け)がなくなって、頭髪がザンバラになって、顔中にダラダラと血を流して土の上に這いまわりながら死に声をあげましたが……それを見ますと私は生きた心が無くなって、ガクガクする膝頭を踏み締め踏み締め腰を抱えて此家(ここ)へ帰りまして「お医者お医者」と妻(かない)に云いながら夜具を冠(かぶ)って慄えておりました。そうしたらそのお医者の宗近(むねちか)どんが、戸惑(とまど)いをして私の家へ参りましたので「呉さんの処(とこ)だ呉さんの処(とこ)だ」と追い遣りました。
 ――私が見ました事はこれだけで御座います……ヘイ……皆正真正銘で、掛け値なしのところで御座います。あとから聞きますと、お八代さんの叫声(さけびごえ)を聞きつけた若い者が二三人起きて参りまして、若旦那を押えつけて、細引で縛ったそうで御座いますが、その時の若旦那の暴れ力というものは、迚(とて)も三人力や五人力ではなかったそうで、細引が二度も引っ切れた位だそうで御座います。それをやっとの事で動けないようにして、離家(はなれ)の床柱の根方(ねもと)へ括(くく)り付けますと、若旦那は疲れが出たらしく、そのままグウグウ眠って御座ったそうですが、やがてその中(うち)に又眼が醒めますと不思議にも、若旦那の様子がガラリと違いまして、警察の人が物を尋ねられても、ただ何という事なしにキョロキョロして御座るばかり、返事も何もなさらなかったそうで御座います。……この前、直方(のうがた)でも、あの病気が出たそうで御座いますが、その時はやはり大学の先生のお調べで、麻痺薬(まやく)をかけられていた事が判りましたそうで、その後も何とも御座いませんので連れて来たと、お八代さんは云うておりましたが、血統(ちすじ)というものは恐ろしいもので今度の模様を見て見ますと、やはりあの巻物の崇りに違いないようで御座います。
 ――もっともこの巻物の崇りと申しますのも久しい事出ませんので、私共も、どんな事か存じません位で御座いますが……何でもあの巻物は、向うに屋根だけ見えております……あの如月寺(にょげつじ)というお寺様の、御本尊の腹の中に納っておりましたものだそうで、それを見ますと、呉家の血統の男に生れたものならば、きっと正気を取り失いまして、親でも姉妹(きょうだい)でも、又は赤の他人でも、女でさえあれば殺すような事を致しますのだそうで、その由来(ことわけ)を書いたものが、あのお寺にあるとか……ないとか云うておるようで御座いますが……その巻物が、どうして若旦那様のお手に這入りましたものか不思議と申すほか御座いません。……ヘイ……あの如月寺の只今の御住持様は、法倫(ほうりん)様と申しまして、博多の聖福寺(しょうふくじ)様と並んだ名高いお方だそうで御座いますから、こんな因縁事なら何でもおわかりの事と思いますが……ヘイ……もう余程のお年寄りで、鶴のように瘠(や)せたお身体(からだ)に、眉と髯(ひげ)が、雪のように白く垂れ下がった、それはそれは、有り難いお姿の、和尚(おしょう)様で御座います。何ならお会いになりまして、お話をお聞きになって御覧なされませ。嬶(かかあ)に御案内を致させますから……。
 ――ヘイ……お八代さんは今では半狂乱(きちがい)のようになったまま足を挫(くじ)いて床に就いているそうで御座います。頭の怪我(けが)は大した事はないとの事で御座いますが、云う事は辻褄(つじつま)が合うたり合わなんだりするそうで、道理(もっとも)とも何とも申しようが御座いません。腰が抜けておりますので、お見舞いにも行かれませんで……。
 ――私が宗近(医師の姓)へ走らなかったので万事が手遅れになったように申した者もあったそうで御座いますが、これは無理で御座います。オモヨさんが絞め殺されたのは今朝の三時から四時の間だと、宗近さんが私の腰を診(み)に来た時に云うておりました。蝋燭の減り加減がやっぱりそれ位の見当で御座いましたそうで。……ヘエ……あとは只今お話し申し上げた通りで御座います。お八代さんがたしかにしておれば何もかもわかる筈で御座いますが、今も申上げました通り、若旦那を怨(うら)んだような事を云うかと思えば……早う気を取り直してくれよ。お前一人が杖柱(つえはしら)……なぞと夢うつつに申しておりますそうで、トント当てになりませぬ。
 ――まだ警察の方は一人も私の処へ尋ねてお出でになりませぬ。……と申しますのは、この騒動に一番先に気が付きました者は、お八代さんの金切声をきいて馳け付けた、泊り込みの若い者しか居りませぬ。警察の方はそれから後(のち)の話を詳しく調べてお帰りになりましたそうで……私はもうその前から用心を致しまして、もし自分が疑われてはならぬと思いましたから、宗近先生に口止めを頼みましたが僥倖(しあわせ)と大騒動に紛(まぎ)れて、誰が宗近先生を招(よ)びに行ったやら、わからずにおりましたところへ、思いがけない先生のお尋ねでもうもう恐れ入りました。ヘイ。何一つ隠し立ては致しません。なろう事なら先生のお力でこの上警察に呼ばれぬようにお願い出来ますまいか。この通り腰が抜けておりますし、警察と聞いただけでも私は身ぶるいが出る性分で御座いますから……ヘイ……。

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    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。