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2008年3月26日 (水)

ドグラ・マグラ 47

「……Mは黙々として寒風に吹かれながら姪の浜から帰って来た。いつかはその絵巻物の魔力……六体の腐敗美人像に呪咀(のろ)われて……学術の名に於てする実験の十字架に架けられて、うつつない姿に成果(なりは)てるであろう、その可愛らしい男の児の顔を眼の前に彷彿させつつ……同時にその母子(おやこ)の将来に、必然的に落ちかかって来るであろう大悲劇に直面した場合に、ビクともしない覚悟と方針とを考えまわしつつ……」
「……………」
「……彼は松園の隠れ家に何喰わぬ顔をして帰って来ると、何も知らずに添乳(そえぢち)をしているT子に向って誠しやかな出鱈目(でたらめ)を並べた。……絵巻物は和尚か誰かが、取出してどこかに隠したものと見えて、弥勒様の胎内にはモウ見当らなかった。しかしこっちから請求して貰って来る訳にも行かない品物なので、そのまま諦らめて帰って来た。いずれ自分が学士になって大学に奉職する事にでもなったならば、その時に大学の権威で、学術研究の材料として提供させても遅くはないであろう。ところで絵巻物の問題はそれでいいとして、実は自分の故郷の財産の整理がこの歳暮に押し迫っているので、困っている。兎(と)にも角(かく)にも大急ぎで帰って来なければならないのだ。その序(ついで)に、お前達の戸籍の事も都合よく片付けて来たいと思うから、用事が出来たらコレコレ斯様斯様(かようかよう)の処へ通信をするがいい……といったような事で話の辻褄(つじつま)を合わせて、渋々ながら納得をさせると、その翌々日の福岡大学最初の卒業式をスッポカシて上京してしまった。しかもそのまま故郷へは帰らずに東京へ転籍の手続をして、全速力で旅行免状を手に入れて海外に飛び出した。これがこの時、既にMの心中に出来上っていた、来るべき悲劇に対する戦闘準備の第一着手であった。Wにだけわかる宣戦の布告であったのだ」
「……………」
「然るに、これに対するWの応戦態度はというと、頗(すこぶ)る落付き払ったものであった。殊勝気(しゅしょうげ)に白い服を着込んで、母校の研究室に居据ってしまった。そうして一切を洞察していながら、何喰わぬ顔で顕微鏡を覗いていたのであった」
「……………」
「WとMの性格の相違は、その後も引続いて発揮された。すなわちMは、欧米各地の大学校を流れ渡って、心理学や遺伝学、又はその頃から勃興しかけていた精神分析学なぞを研究しつつ、一方に内地の官報や新聞を通じて、Wの動静に注意を払いつつ時季を待っていた。これはその男の児に、Mの苗字を冠(かぶ)せるのを嫌ったのと、モウ一つは、T子の追求を避けるためであった。……というのは女としては珍らしい冴えた頭脳(あたま)を持っているT子がもし、Mの行衛不明と、如月寺の絵巻物の紛失事件を綜合して考えた場合には、遅かれ早かれ或る恐ろしい、一つの疑いに直面(ぶつか)るにきまっている。WとMが何故にあの絵巻物を欲しがったかという理由を色々と考えまわすにきまっている。そうして万に一つも女の頭の敏感さと、母性愛の一所懸命さとで、二人が絵巻物を欲しがっている、そのホントウの下心を想像し得るような事があったならば、何はともあれMに疑いをかけて、眼の色を変えて追いかけて来るであろう。場合によっては国境だろうが何だろうが乗越えて追求しかねない女である事が、Mには解り過ぎるくらい解っていたからである。
 ……然るにこれに対するWは、それと知ってか知らずにか、相も変らず悠々と落付き払っていた。自分の名前や行動を公々然と曝露していたのは無論のこと、『犯罪心理』だの『二重人格』だの『心理的証跡と物的証跡』なぞいう有名な研究を次から次に発表して、これ見よがしに海外にまで名を揚(あ)げていた……が……これが又、Wの最も得意とする常套手段で、こうしてこの方面に大家の名を売り広めておけば将来、この恐るべき精神科学の実験が行われた暁でも、却(かえ)って世間から疑われない、一種の『精神的現場不在証明(アリバイ)』になるばかりでなく、事件が発生した時に透(すか)さず飛び込んで行ける口実が出来るという、W一流の両天秤をかけた思い付であったろうと考えられる。いずれにしてもその思切って大胆な、同時に透き通るほど細心な行き方は、後年(のち)になって、その恐るべき実験の経過報告を、当の相手の面前に投出した手口によっても察しられるではないか。
 ……こうして十年の歳月が飛んだ大正の六年になると、その二三年前から英国に留学していたWが帰朝する。それと知ったMも亦、すぐに後を追うて帰って来たのであるが、このWの留学と、帰朝の時季というのが、Mにとっては仲々の重大問題であった。何故かと云うと外でもない。T子母子(おやこ)はMに振棄てられた後(のち)の十中八九は松園の隠れ家を引払って、どこかへ姿を隠している筈であるが、たとい天に隠れ、地に潜んでも、その行衛を見逃がすようなWでは絶対にない筈である。……と同時に、もしそのWが、海外に留学するような事があれば、それは取りも直さずWが、T子母子(おやこ)を確実に掌握し得た証拠になる。換言すればT子母子(おやこ)がどこかに定住して、当分、動く気遣(きづかい)はないという見込みがハッキリと付けばこそ、安心して留学出来る訳で、そうとすれば又、そのWが帰朝するという事は疑いの眼を以て見れば何かしら、その点に関するWの或る種類の心配か、又は或る種の計劃を発動させる時季が来た事を意味していないとは断言出来ないであろう。今一つ言葉を換えて云えば、MはWのそうした行動によって、T子母子(おやこ)の行衛を割合に楽に探り出す事が出来る訳で、海外留学中のMが絶えず内地の新聞や官報に気を附けていたというのは、そうした注意が必要だからであった。
 ……が……しかし、Wがそんな気振(けぶり)でも見せるような男でない事は無論であった。帰朝後はチョットした出張以外には福岡を離れる模様もなく、毎日毎日大学に腰弁をきめ込んでいるうちに、間もなく助教授から教授に進む。引続いて色々な難事件を解決する。名声はいよいよ揚(あが)る。その合間合間には喘息(ぜんそく)が起る……といった調子でなかなか忙がしかったのであるが、しかしその態度は依然として悠々たるもので、彼(か)れもこれ一(ひ)と昔の夢という風に、明暮れ試験管と血液に親しんでいた。
 ……が……しかし又一方にMも困らなかった。そうしたWの帰朝後の態度から、T子母子(おやこ)が福岡市を中心とする一日旅程以内の処に住んでいるに違いない事をアラカタ読んでしまっていた。……のみならずT子はまだ三十になるかならずで、相変らず美しいとすれば、どこに居るにしたところが、多少の噂の種にはなっているに相違ない。又その子のIも、父親は誰だかわからないまま無事に母親の膝下(しっか)で育っているとすれば、格別の事情がない限り、Mの計劃通りに母方の姓を名乗っている筈である。年齢は私生児の事だから届出が後(おく)れているかも知れないが、多分、尋常校の三四年程度であろうという事が帰朝当時から見当が附いていた。あとは足まかせの根気任せというので、福岡を中心としたWの出張先を第一の目標として、虱殺(しらみつぶ)しに調べて行くと、果せる哉(かな)、帰朝後半年も経たぬうちに、直方小学校の七夕会の陳列室で、五年生の成績品のうちにIの名前を発見した。もっともその時までMはウッカリしていて、Iの成績が抜群の結果、年齢(とし)はまだ十一歳のままに、一級飛んだ五年生になっている事に気付かずにいたので、もしかすると別人ではないかと疑ってみた事であった。
 ……が……そこに如何なる天意が動いたのであろう。間もなくその陳列室へ這入って来た一人の生徒が、偶然にも背後(うしろ)を振り返った視線がピッタリとMの視線と行き合ったのであったが、その時にMは、吾ともなく視線を背向(そむ)けずにはおられなかった。逃げるようにして校門を出ると、思わず眼を蔽うて、科学者としての自分の生涯を呪わずにはおられなかった。その生徒が全くの母親似で、眼鼻立ちから風付(ふうつ)きのどこにも、Wの子らしい面影がないと同時に、Mに似たところさえもなかった事を思い確かめて、ホウと安心の溜息を吐(つ)きながらも、直ぐに後から、その溜息を呪咀(のろ)わずにはおられなかった。……遠からず学術実験の十字架に架けられて、無残な姿に変るであろうその児の顔立ちの、抜ける程可愛らしくて綺麗であったこと……その発育の円満であったこと……そうしてその風付きのタマラない程温柔(おとな)しくて、無邪気であったこと……菩提心(ぼだいしん)とはこれを云うのであろうか……その児の清らかな澄み切った眼付きが、自分の眼の前にチラ付くのを、払っても払っても払い切れなくなったMは、その児が将来、間違いなく投込まれるであろう『キチガイ地獄』の歌を唄って、われと我が恥を大道に晒(さら)しつつ、罪亡ぼしをしてまわった。木魚をたたきたたきその児の後生(ごしょう)を弔(とむら)ってまわった。……それ程にその児は美しく清らかに育っていたのであった。
 ……Wは、こうしたMの行動を、九州帝国大学、法医学教室の硝子(ガラス)窓越しに見透かして、あの蒼白な顔に人知れず、彼一流の冷笑を浮かめていた事と思う。彼はMが海外に逃げ出した心理を通じて、Mは遅かれ早かれ、必ず日本に帰って来る。Iが思春期に達する以前に、しかもこの九州に帰って来るであろう事を確信していたに違いないのだ。そうしてこの実験に関聯するあらゆる研究を遂(と)げ、一切の準備を整えつつ待っていたに違いないのだ。
 ……というのはMも実際のところ、頭から爪の先まで学術の奴隷であった。Mがその生涯の研究目標としている『因果応報』もしくは『輪廻転生』の科学的原理……すなわち『心理遺伝』の結論として、是非ともこの実験の成績を取入れねばならぬと、あくがれ望んでいるその熱度は、当の相手のWが心血を傾注している名著『精神科学応用の犯罪とその証跡』の実例として、この絵巻物の魔力を取入れたがっているその熱度に、優るとも劣る気遣いはなかった。それ程の研究価値と魅力とをこの絵巻物が持っている事を、Wはどこまでも信じて疑わなかったのだ。
 ……けれども……けれども……Mはそれでも尚(なお)、どれくらい深刻な煩悶をその以後に重ねた事か。学術のために良心を犠牲にして、罪も報(むくい)もない可憐の一少年が、生きながら魂を引き抜かれて行くのを正視する……その生きた死骸を自分の手にかけて検査する……そうしてその結果を手柄顔に公表する……という決心がドレ位つき難(にく)い事を思い知ったか。彼が大学卒業後の十数年間に於ける死物狂いの研究は、こうした良心の苛責を忘れたいという一念からではなかったか……自分が死刑立会人である苦痛を忘れるために、一心不乱に断頭刃(ギロチン)を磨(みが)くのと同じ悲惨な心理のあらわれではなかったか。そうして彼(か)の学術研究……断頭刃(ギロチン)磨(と)ぎを断然打切るべく、彼が母校に提出した学位論文の根本主張は、何であったか……曰(いわ)く……『脳髄は物を考える処に非ず……』」
「……………」

47

「……かくしてMの個人としての煩悶は遂(つい)に、学術の研究慾に負けた。全世界に亘る『狂人の暗黒時代』と、その中(うち)に蔓延する『キチガイ地獄』を、自分の学説の力で打ち破るべく、何もかも打ち忘れて盲進する当初の意気組を回復した。恐らくWに負けないであろう程の冷静、残忍さをもってIの年齢を指折り数え得るようになった」
「……………」
「T子の運命は風前の灯火(ともしび)である。……T子はもうその頃までには、嘗て自分を中心として描かれたWとMとの恋のローマンスが何を意味しておったかを、底の底まで考え抜いている筈であった。その頃の二人の自分に対する情熱が、揃いも揃って絵巻物の魔力と、自分の肉体の魅力との両道(ふたみち)かけたもので、しかも、それ以外の何ものでもなかった事を露ほども疑わなくなっている頃であった。そうして絵巻物を奪い去ったものは、自分から絵巻物の所在(ありか)を聞いたMかもしくは失恋の怨(うら)みを呑んでいるであろうWのどちらか、一人に相違ない事を、余りにも深く確信していた。……同時にその二人が揃いも揃って、繊弱(かよわ)い女の手で刃向(はむか)うべく、余りに恐ろしい相手である事を、知って知り抜きながらも必死と吾児を抱き締めつつ、慄(ふる)え戦(おのの)いていた筈である。
 ……だから彼女、T子の想像の奥の奥に、よもやと思いつつも戦(おのの)き描かれていたであろう絵巻物の魔力の実地試験が、万に一つもIに対して行われたとなれば、T子はすぐに二ツの名前を思い出すにきまっている。WかMか……。
 ……だから……T子の死は、この空前の学術実験の準備として是非とも必要な第一条件……」
「……あアッ……先生ッ……待って下さいッ……もう止して下さい……ソ……そんな怖ろしい……事が……」
 私は思わず悲鳴をあげた。ピッタリと大卓子(テーブル)の上に突伏(つっぷ)した。頭の中は煮えるように……額は氷のように……掌(てのひら)は火のように感じつつ、喘(あえ)ぎに喘ぎかかる息を殺した。
「……何だ……何を云うのだ……そっちから突込んで質問して来たから説明しているのじゃないか」
 こうした正木博士の、不可抗的な弾力を含んだ声が、私の頭の上から落ちかかって来た。……が、直ぐに調子を変えて、諭(さと)すような口ぶりになった。
「そんな気の弱い事でどうする。他人の生涯の浮沈に関する重大な秘密を、一旦、聞くと約束して話させておきながら、途中で理由もなしに、モウいいという奴があるか。実際にこの事件と闘っている俺の立場にもなって見ろ……あらゆる不利な立場を切抜けて来た、俺の苦しみを察してみろ……まだまだ恐ろしい事が出て来るんだぞ……これから……」
「……………」
「……いいか……T子もこの事件の第一条件の存在を或る程度までは察していたに違いないのだ。その子のIに『お前が大学校を卒業する迄、私が無事でいたら、何もかも話して上げる』と云ったのは、T子が吾子(わがこ)可愛さの余りに、色々と考えまわした揚句(あげく)に、とうとうそこまで気をまわしていた何よりの証拠だ。つまるところその間(かん)のT子の生活というのは全くの生命(いのち)がけであったに違いないので、一方にはこの呪いから極力Iを遠ざけて、I自身がこの呪いの正体を理解し、且つ警戒し得る頭が出来るまで、何事も話さずに……そんな絵巻物や、物語から来る誘惑を感じさせないようにしてジッと待っていなくてはならないし、一方には、人知れずMの行衛を探し求めて、絵巻物の有無(うむ)を突止めなければならなかった。さもなければ自分の力と工夫で、WとMを突合わせて、何もかも泥を吐かせてしまいたい。この恐ろしい学術の研究慾と、愛慾の葛藤を解消さしてしまいたい。そうして出来る事ならば絵巻物を、自分の手で消滅させておきたい……なぞいうアラユル惨憺たる母性愛を、頭の中に渦巻かせていたに違いないのだ。
 ……しかし、そのT子の昔の情人は、二人とも二十年来の……否、宿命的の仇讐(あだがたき)同志であった。人情世界の怨敵(おんてき)、学界の怨敵同志であった。そうしてT子母子(おやこ)を仲に挟んで、お互いにお互いを呪咀(のろ)い合って来た結果、その時はもう二人とも救うべからざる学術の鬼となってしまっていた。……お互いに精神的に噛み殺し合うより外に、生きる道をなくしてしまっている二人であった。……しかもその怨敵を呪咀(のろ)い合う心の、積極と消極の力の限りを合わせて、二人の中(うち)のドチラかの子供であるべきIに、絵巻物の魔力を試みるべく……そうしてその結果を学界に公表する名誉を自分のものにすると同時に、そうした非人道に関する罪責の一切合財を、相手の頸部(くび)に捲き付けるべく、一心不乱に爪牙(つめ)を磨(と)ぎ澄ましている二人であったのだ。その犠牲が誰の児か……なぞいう事は、モウとっくの昔に問題でなくなっていたのだ。ただその児が、確実に呉家の血統を引いた男の児でさえあれば、学術研究上、申分(もうしぶん)ないと思っていただけなのだ」
 今度こそは最早(もはや)、とても我慢出来ない戦慄が、私の全身に湧き起った。頭をシッカリと抱えて、緑色の羅紗(らしゃ)の上に突伏した。悽愴たる正木博士の声……解剖刀(メス)のように鋭い言葉の一句一句に全神経を脅やかされつつ……。
「……結果は遂(つい)に来た。二十年前にMが予想していたところに落ちて来た。Mが恐れ、戦(おのの)き、藻掻(もが)き狂いつつ、逃げよう逃げようとしていたその恐ろしいスタートの決勝点に、悪魔的な不可抗力をもって立還(たちかえ)るべく余儀なくされて来た。二十年前に彼(か)の……Mを逐(お)い走らした彼(か)の卒業論文『胎児の夢』が、眼に見えぬ宿命の力をもって確実に彼をモトのところへグングンと引戻して来たのだ」
 私は椅子から飛上って部屋の外へ逃出(にげだ)したかった。けれども私の身体(からだ)は不思議な力で椅子に密着して、ひたすらに戦慄を続けているばかりであった。耳を塞(ふさ)ぐ事すら出来なかった。その私の耳の穴へ正木博士のカスレた声が、一句一句明瞭に飛込んで来た。
「……かくしてこの実験の進行に関する第一の障害……T子の生命(いのち)は、完全に取除(とりのぞ)かれた。WとMとIとの過去を結び付け得る唯一人の証人……Iが誰の児かという事を的確に証言し得ると同時に、この恐ろしい科学実験の遂行者を一言の下に立証し得るであろう『生き証拠』のT子は、予定通り完全な迷宮の中(うち)に葬り去られた。続いて起る問題は、この実験に必要な第二の条件……即ち……Mがこの九州帝国大学、医学部、精神病科教室の教授の椅子に座ることであった。これは換言すればこの実験の結果として、万一追求されるかも知れないであろうその事件の下手人の所在を晦(くら)ますためにも……お互いの秘密を完全に保護して、絶対の安全を保つためにも……又は、そうして適当な時機を見計らってその犯行を相手にナスリ付けるためにも、極めて完全無欠な、用心に用心を重ねた、必要欠くべからざる条件であった」
 今までコツコツと床の上を歩きまわっていた正木博士は、こう云い切ると同時に、ピタリと立止まった。そこはちょうど東側の壁にかかっている斎藤博士の肖像と「大正十五年十月十九日」の日附を表わしているカレンダーの前である事が、突伏している私によくわかった。そこで正木博士の足音が急に止まると同時に、言葉もプッツリと絶えて、部屋の中が思いがけない静寂に鎖(とざ)されたために、その足音と声ばかりに耳を澄ましていた私は、正木博士が突然にどこかへ消え失せたように感じられた。
 ……が……そう思ったままジッと耳を澄ましていたのは、ほんの二三秒の間であったろう。間もなくヒシヒシと解り初めたその静寂の意味の恐ろしかったこと……。
 ……扨(さて)は……扨(さて)は……と気付く間もなく、私の頭の中に又も、今朝(けさ)からのアラユル疑問が一時に新しく閃(ひら)めき出て来た。思わず両手で頭の毛を掴み締めつつ、次に出て来る正木博士の言葉を、針の尖端のように魘(おび)えつつ待っていた。

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