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2008年3月 7日 (金)

賢者の石とヒイロカネ

賢者の石(lapidis philosophorum:lapis philosophorum )とは、中世ヨーロッパの錬金術師が、鉛などの卑金属を金に変える際の触媒となると考えた霊薬である。直訳すれば「哲学者の石」とするのが正しい。賢者の石は意訳である。人間に不老不死の永遠の生命を与えるエリクサーであるとの解釈もある。
哲学者の石、天上の石、大エリクシル、赤きティンクトゥラ、第五実体(第5元素)など複数の呼び名がある。これを得るために錬金術は発達したという。「賢者の石」、「哲学者の石」ともにラテン語の直訳だが、形状は石とは限らない。錬金術師たちが、様々な手段を用いてこの賢者の石を希求したという話が伝えられている。

12世紀にイスラム科学からの錬金術が輸入されると、ヨーロッパでは賢者の石の探求熱が高まった。神秘主義的なヘルメス思想とともに、様々な伝説と風聞が広まり、小説の題材としても使われるようになった。 黒魔術と関係付けて語られることもある。

[中国の練丹術]
中国の道教では、服用すれば不老不死を得る(あるいは仙人になれる)という霊薬(仙丹)を作る術として錬丹術(煉丹術)がある。仙丹が賢者の石に相当する。『抱朴子』などによると金を作るのは仙丹の原料にすること、仙丹を作り仙人となるまでの間の収入にあてるという二つの目的があったことになっている。
[賢者の石の組成を推定する]
辰砂中世ヨーロッパ錬金術に多大な影響を与えたジャービル・イブン=ハイヤーンの説に、水銀と硫黄の2要素説がある。その2要素の比率により卑金属や貴金属が生じるとした。 後に塩が加わって3要素説が生まれるが、いずれにせよ錬金術師たちは常に水銀に関心を寄せていた。 水銀を原料になんらかの反応を繰り返すことで賢者の石ができると考えていたようである。

水銀と硫黄の化合物である硫化水銀には色の異なるものがあるが、代表的なものは赤色を呈する。天然でも産出され辰砂という(写真)。中国で不老長寿の霊薬仙丹・金丹の原材料とされた(→錬丹術)。漢字「丹」は辰砂のことで赤色も意味する。(邪馬台国も産地とされる。)

「赤きティンクトゥラ」のティンクトゥラは、ラテン語で tinctura。本来は染料の意だが、生薬をエタノールに浸して作る液剤を言う。日本語でチンキ。製法からすると梅酒も赤きティンクトゥラで、体力回復には役立ちそうである。赤チン(マーキュロクロム液)はこの製法に依らない水銀製剤で、その殺菌作用から、かつて家庭常備薬として、傷口に塗っていた。

金を創出できなくとも、金メッキ(鍍金)は可能である。金を水銀に融かすと金アマルガムとなる。銅の表面を磨き上げてから金アマルガムを塗り加熱すると、水銀のみが蒸発して表面に金が残る。

ジャービルは、金を融かすことのできる王水を発明していた。金を王水で融かし、乾燥させると黄色の粉末、塩化金酸ができる。塩化金酸の水溶液も金メッキの材料となる。銅に塗布すれば表面が塩化銅となり、代わりに金が析出する。

賢者の石とは黄血塩(フェロシアン化カリウム)ではないかとの説もある。黄血塩は家畜の血や皮から膠(にかわ)をとるところで作られる。 この黄血塩と硫酸を混合した液体に金を入れて加熱すると、この液体に金が溶け込む。猛毒であるため近年は避けられているが、シアン化金化合物は電気メッキあるいは無電解メッキ材料のひとつとして現在も使われている。

金を融かし込んだ溶液に卑金属を漬け、銅線で微弱な電気を送ると卑金属表面に金が固着する。電気鍍金である。最古の電池としてバグダッド電池が古代中近東メソポタミアのごく一部で使われていたとの見解もある。

『ウィキペディア(Wikipedia)』より

竹内文書に登場する金属「ヒヒイロカネ」と同一視されることがある。 ヒヒイロカネは、太古日本で様々な用途で使われていたとされる、伝説の金属または合金。現在知られているどの金属とも異なり、一体どのような金属だったのかわかっていない。古史古伝の一ついわゆる「竹内文書」に記されているが、竹内文書自体が偽書といわれており、ヒヒイロカネが実在したかどうかも疑われている。

竹内文書によれば、神武天皇以後の御世ではかなり希少な金属になっており、祭祀用の鈴や剣、装身具に用いられたが雄略天皇の頃までに使い切ってしまったという。酒井勝軍による調査で、草薙の剣ほかヒヒイロカネ製の装飾品を竹内巨麿邸にて発見、酒井勝軍が主宰した月刊誌「神秘之日本」に発表している。なお、ヒヒイロカネ製の装飾品は戦前の特高警察に「民衆を惑わす」という理由で押収されたのち、戦火で失われてしまった。ヒヒイロカネ、ヒヒイロガネ、ヒヒイロノカネ、緋緋色金、日緋色金などと呼ばれることもある。太陽のように赤い金属とも、輝く金属とも言われる。

1.触ると冷たい。
2.表面が揺らめいて見える。
3.磁気を拒絶する。

古代ギリシャに伝わるオリハルコンとヒヒイロカネは同一の物質であり、ともに「生きた金属=オーラを発する」(電気石のように何らかの化学反応を引き起こすことをさすのか)と酒井は述べている。酒井自身が「これこそがヒヒイロカネである」と仲間に語った物質こそ、岩手県で産出する餅鉄であるが、これは鉄の含有率の高い単なる磁鉄鉱であり、酒井が後に語ったこととして餅鉄を特殊な技術で純鉄に加工した後、更なる加工を施してヒヒイロカネに仕上げるという。その比重は金よりも軽量であるが、合金としてのヒヒイロカネは金剛石(ダイヤモンド)よりも硬く、永久不変で絶対にさびない性質をもつという。また常温での驚異的な熱伝導性を持ち、ヒヒイロカネで造られた茶釜で湯を沸かすには、木の葉数枚の燃料で十分であったとも伝えられている。

ヒヒイロカネは現在ではその原料も加工技術も失われたが、太古日本(神武天皇の御世以前=ウガヤ王朝期)では現在の鉄や銅と同じくごく普通の金属として使用されていたようだ。特に合金としてよく出来たものは神具の材料として使われたという。三種の神器も本来はヒヒイロカネで作られており、現在天皇家が保持している神器、天叢雲剣や八尺瓊勾玉は南北朝時代に「本物」が南朝側に渡ってしまったために新たに作り直した代替品であり、ヒヒイロカネ製の「本物」は南朝崩壊時に竹内家に託されたが、太平洋戦争時に他の装飾品とともに失われてしまった(「神秘之日本」に「本物」の写真が掲載されている)。なお、神鏡八咫鏡(ヤタノカガミ)だけは伊勢神宮の内宮(一般人は参拝できない)に太古より祭られており、南北朝時代にも持ち出された形跡がないことから、確認不能であるがヒヒイロカネ製である可能性が極めて高い。

なお、ヒヒイロカネとはいえ本当に永久不変ではなく、保存状態が悪いとさびてしまう。酒井勝軍が竹内巨麿邸で発見したヒヒイロカネ製の装飾品のかなりが「さびて」おり、本来の輝きを失っていたが酒井が加工することで本来の輝きを取り戻した(『竹内文献資料集成』(八幡書店刊)に写真が掲載されている)。なぜ酒井がヒヒイロカネの加工技術を知っていたかは酒井の家族ですら知らない。なお、現在世界最高の切れ味を誇るといわれる日本刀の加工技術もヒヒイロカネの加工技術が一部使われていると考えていた。
『ウィキペディア(Wikipedia)』より

神代文字を刻んだ三つの石は、モーゼの裏十誡・表十誡・真十誡であり、ウガヤ六十九代の時代に日本にやって来たモーゼが、天皇から授かった律法を石に刻み、ふたたぴ日本を訪れたときに天皇に献上したものだと、酒井勝軍(さかい かつとき、1874年3月15日 - 1940年7月6日)らはいう。

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