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2008年3月23日 (日)

一切の現実は種子から現象が顕現した現象が種子をまた熏習するという繰り返し

種子(しゅうじ、しゅじ、サンスクリット:बीज [biija])は、仏教用語としては唯識の用語で、植物の種子のように、いろいろの現象を起こさせる可能性であり、可能力のことをいう。それは、もともと、ある現象が影響して自らに習慣的な刺激によって植えつけた印象であるところから、熏習(くんじゅう)の気分という点で習気(じっけ)という。このように種子を熏習し、その種子が因となって種々の現象が顕現する(あらわれる)のであるという点を明らかにしたのが種子熏習説である。

このような種子熏習説を述べる人々には、部派仏教の中、大衆部、化地部、経量部などがあるが、これらをうけてほんとうに学問的な基準をもって説いたのが、唯識学派法相宗である。

一切の現実は、種子から現象が顕現(種子生現行(しゅうじしょうげんぎょう))し、その顕現した現象が種子をまた熏習(現行熏種子(げんぎょうくんしゅうじ))するという繰り返しの中に成立する。このような立場で、迷悟の問題を考える時、迷界から俗界へという立場では、一度も俗界が顕現したことはないから、そのような悟りの種子はない。

その点で、本来的にそのような悟りの種子がなければならないというので、それに先天的にあるという意味の本有(ほんぬ)の種子を説く、その本有種子に対して、いろいろな現象によって常に印象づけられ、植えつけられたものを新熏種子とよぶのである。

この種子には悟りの種子も迷いの種子もあり、これを無漏種子、有漏種子とわける。実際に現象の原因となるものと、それを条件づけるものとに分けて名言種子(みょうごんしゅうじ)、業種子(ごっしゅうじ)などとも呼んでいる。

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一水四見(いっすいしけん)とは唯識のものの見方。

認識の主体が変われば認識の対象も変化することの例え。

人間にとっての水は
天人にとっては歩くことができる水晶の床
魚にとっては己の住みか
餓鬼にとっては炎の燃え上がる膿の流れ
というように、見る者によって全く違ったものとして現れるという。

似たようなものに次のような古歌がある。

手を打てば鳥は飛び立つ鯉は寄る 女中茶を持つ猿沢の池

猿沢の池のほとりの興福寺は唯識を研究する法相宗の本山でもある。

『ウィキペディア(Wikipedia)』

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