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2008年4月28日 (月)

アペニン山脈 (Appennini)

 イタリアの脊梁山脈。全長は1,350キロメートル。アペニノ山脈とも呼ばれる。ジェノヴァの湾岸のサヴォーナの西北西に位置するカディボナ峠においてアルプス山脈から分岐し、イタリア半島を縦断している。シチリア島北部のトルト川に至る山脈も、アペニン山脈の延長と考えられている。造山運動は始新世および中新世に始まるが、鮮新世の活発な活動によって、ほぼ現在の輪郭ができあがった若い山脈である。標高は大部分が1,000メートルから1,500メートルであるが、イタリア半島中央部でもっとも高く、最高峰コルノ山の標高は2,912メートルである。

地質は複雑であるが、おもに中生代から古第三紀にかけての地層からなる。三畳紀の地層は石灰岩相、ジュラ紀から白亜紀にかけての地層は砕漢岩相と石灰岩相、白亜紀から古第三紀にかけての地層はフリッシュ相が特徴的である。とくに、三畳紀の石灰岩は石材として利用され、トスカーナ地方のカラーラ産の大理石は古来有名である。第四紀には火山活動が起こり、ベスビオ山、エトナ火山など現在でも活発な火山活動が見られる。

アペニン山脈の主脈は中部アペニン以南においてはイタリア半島のアドリア海寄りに位置しているため、ティレニア海側の斜面とアドリア海側の斜面とではその形が非対称である。すなわち、アドリア海側は一般に急傾斜で丘陵が海にせまり、河川はあまり複雑な水路をとることなく、まっすぐに海に注いでいる。これに対してティレニア海側には、前アペニン山地を形づくるいくつかの支脈が主脈と平行に走り、アルノ川、テヴェレ川をはじめ、ティレニア海に注ぐ河川はきわめて複雑な流路をとっている。

アペニン山脈はイタリア半島の気候をアドリア海側とティレニア海側とで非常に異なったものにする役割を果たしている。とくに冬には中緯度大陸気団の影響を妨げる役割を果たすので、ティレニア海側はかなり温暖であるのに対し、アドリア海側は寒冷であり、海岸部ではときにはボラ(冬の北東季節風)の影響が及んで冷たい潮風が吹きつける。

石灰岩質の地帯が多いため、アペニン山地では地表水が少ない。20世紀後半からは植林が盛んに行われているが、森林は一般に貧弱である。土壌侵食も激しく、粘土質の地帯では崩壊地形も多く見られる。

アペニン山脈を越える峠は複数存在するが、古来もっとも重要な交通路として用いられていたのは、テヴェレ川に沿ってさかのぼり、メタウロ川を経てファーノにぬけるフラミニア街道であった。鉄道時代になって、フィレンツェからまっすぐにボローニャにぬける全長18キロメートルのアペニン・トンネルが掘られ、また、最近は最高峰コルノ山の下にも高速自動車道のトンネルが掘られ、ローマからまっすぐアドリア海側にぬけられるようになった。
『ウィキペディア(Wikipedia)』

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