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2008年5月26日 (月)

白髪小僧 22

     二十二 白木の寝台

 翌る朝まだ夜が明け切らぬうちに王宮の表門が左右に開いて二人の騎兵が駈け出しましたが、門を出ると二ツにわかれて、一ツは青眼先生の方へ駈け出し、一ツは紅木大臣の家の方に飛んで行きました。
 紅木大臣は昨日(きのう)濃紅(こべに)姫を送り出すと直ぐに門を固く鎖(とざ)して、二人の小供の死骸を石神の部屋に移して、そこで公爵夫人と一所に一日一夜(いちじつひとよ)の間泣き明かしましたが、一方濃紅姫の事も気にかかって心配で堪(たま)りませぬ。最早(もう)お后になった知らせが来るか。最早(もう)王宮からお祝いの品物が届くかと待っておりましたが、とうとうその日一日(じつ)は何の知らせもありませぬ。紅木大臣は心配のあまり家来を町に出して人の噂を聞かせますと、お目見得に来た女は六人共、皆宮中に留っているとの事で、詳(くわ)しい事はよくわかりませぬ。その中(うち)にやがて翌る朝になって、夜がやっと明けかかった時、紅木大臣は室(へや)の窓を開いて王宮の方を見ました。すると王宮の方から馬の蹄鉄(ひづめ)の音が高く響いて来て、その一ツは青眼先生の家(うち)の方へ行き、一ツは自分の家の門の中へ駈け込んで、玄関の処でピタリと止まりました。紅木大臣はこれは屹度(きっと)濃紅姫が后になったその知らせのための使いであろうと思って、取り次の者も待たずにツカツカと玄関に出て見ますと、案の定、背(せい)の高い騎兵が一人、見事な逞(たく)ましい馬を控えて立っています。
 その騎兵は紅木大臣を見るとハッと固くなって敬礼をしました。そうしてはっきりとした言葉付で――
「女王様からのお言葉で紅木大臣へ直ぐ宮中にお出で下さるようにとの事で御座います」
 と申しました。
「何。濃紅女王様が俺(わし)に直ぐ来いと仰せられたか」
 これを聞くと騎兵はキョトンと妙な顔をしました。
「イエ。女王様は濃紅という御名(おんな)では御座いませぬ」
「エエッ。ナ、何という」
 騎兵は紅木大臣のこう云った声と見幕に驚いて震え上って了(しま)いました。そうして六尺にあまる大きな身体(からだ)をブルブルと戦(おのの)かせて返事も出来ずにいますと、紅木大臣はつかつかと玄関の石段を降りて来て騎兵の胸倉をぐっと掴みました――
「ナ、何という……御名(おな)だ」
「ウ……海の女王」
「どんなお方だ」
「美しい……お方」
「馬鹿者……それはわかっている。どんなお姿だ」
「紫の髪毛を垂らして」
「エエッ」
「銀の剣(つるぎ)と……コ、金剛石の……」
「何ッ」
「オ……男の着物を召して……」
「悪魔だッ……」
 と叫びながら紅木大臣は、騎兵を突き飛ばして奥へ駈け込みました。そうして何事と驚く家の者には一言も云わず、剣を腰に吊るして外套を着て帽子を冠(かむ)るが早いか、廏(うまや)へ行って馬を引き出して鞍も置かずに飛び乗りますと、イキナリ馬の横腹を破れる程蹴(けり)付けました。
 馬は驚いて狂気(きちがい)のようになって、一足飛びに飛び出しましたが、いつ迄も往来に出ずに同じ処ばかりぐるぐるまわっていますから、紅木大臣は自烈度(じれった)がって――
「エエ。何をしているのだッ」
 と叫びましたが、見ると馬はいつの間にか、紅木大臣の屋敷の中にある、大きな丸い馬場の中に駈け込んで、死に物狂いに駆けまわっています。紅木大臣は歯噛みをして――
「エエッ。この畜生ッ。表門へ出るのだッ」
 と罵(ののし)りながら、馬をキリキリ引きまわして、花園も芝生も一飛びに、表門に飛び出しましたが、その時はもう最前の騎兵は疾(とっ)くに王宮に帰り着いている頃でした。
 紅木大臣は王宮の表門を這入ると、一直線に玄関まで乗り付けて、馬からヒラリと飛び降りましたが、帽子はいつの間にか吹き飛んで了(しま)っていました。そうして取り次の者も待たずに勝手知った奥の方へズンズン這入って行きますと、今日は平生(いつも)と違って王宮の中はどの廊下もどの廊下も鎧を着た兵士が立っていて、皆鞘(さや)を払った鎗(やり)や刀を提(ひっさ)げて、奥の方を一心に見詰めながら、素破(すわ)といわば駈け出しそうにしています。けれども紅木大臣はそんなものには眼もくれず、つかつかと奥へ進み入って、王様のお居間に参りましたが、そこには只玉座ばかりで王も女王もおいでになりませぬ。そうしてずっと向うの腰元の室(へや)から、思いがけない青眼先生の慌てた声で――
「女王様。お気を静かに。お気を静かに」
 と云うのが聞こえましたから、扨(さて)はと思ってその方に急ぎました。
 ところが腰元部屋の入り口に来て中を一眼見るや否や、紅木大臣は身体(からだ)中の筋が一時に硬(こ)わばって、そのまま床から生(は)えた石像のように突立ちながら、中の様子を睨み詰めました。
 室(へや)の真中には綺麗な白木の寝台があって、その上には絹張りの雪洞(ぼんぼり)が釣るしてありました。寝台の上には死人があると見えて、白い布(きれ)が覆せてあり、寝台の四隅の足には四人の宮女と見える女が髪をふり乱して気絶したまま、グルグル巻きに縛り付けてあります。寝台の向うにこちら向きに椅子を置いて、腕を組んで、眼を閉じて座っているのは藍丸王で、寝台の前には青眼先生が突立って、両手をさし展(の)べています。そしてその手に縋(すが)って、青眼先生の顔を見上げている、女王の姿をした者の顔を見ると、どうでしょう。一晩夜(おととい)の晩氷になってたった今まで石神の前に置いてあった、あの美紅(みべに)姫に寸分違(たが)わぬではありませんか。
 悪魔、悪魔と思い込んで来た紅木大臣も、これを見ると今更に、吾れと吾が眼を疑って呼吸(いき)も出来ぬ位固くなってしまいました。そうして眼を皿のようにして女王の姿を見詰めていました。
 女王は髪を藻のようにふり乱し、顔の色は真青になって、震える唇を噛み締め噛み締め、はふり落ちる涙を拭いもせずに、青眼先生の顔をふり仰いでおりましたが、忽ち血を吐くような声をふり絞って叫びました――
「青眼先生。教えて下さい。これは夢でしょうか。本当でしょうか」
 すると青眼先生は女王の顔を穴の開く程見ながら、落ち付いた力強い声で答えました――
「夢だか本当だかは女王様のお言葉に依って定(き)まります。何卒(どうぞ)、何事も包まずに、私にお話し下さいませ。私は只今王様からの御使者(おつかい)を受けまして、女王様が今朝(けさ)濃紅(こべに)姫の御逝(おかく)れになった御姿を御覧になると直ぐに、恐れ多い事ながら気が御狂い遊ばして、あるにあられぬ奇妙な事ばかり仰せられるとの事。それで私の今までの罪を赦すから、直ぐに女王の病気を見に来るようにとの、有り難い御言葉を承りまして、取るものも取り敢えず参いった次第で御座います。ところが只今女王様の御姿を拝しますると、女王様は決してそんな忌(いま)わしい御病気におなり遊ばしたのでは御座いませぬ。そして私はそれよりもずっと驚きましたのは、女王様がどうして生きてここにおいでになるかという事で御座います。何をお隠し申しましょう。昨日(きのう)の朝女王様がまだ美紅姫で入(い)らせられる時に、私はたしかに女王様を殺しました。その女王様がここにこうして生きておいでになろうとは、私は夢にも存じませんで御座いました。何(なん)に致してもこれには何か深い仔細がある事と思います。私は、決して女王様の御言葉を御疑い申し上げませぬ。さあ、女王様。決して御心配には及びませぬ。女王様が、その石神の夢を御覧遊ばしてからどうなされましたか、詳しく御話し下されませ。石神の話はこの国の秘密の話で、これを聞いた者は、その話しの中に居る悪魔に取り憑(つ)かれると、昔から申し伝えて御座います。私は今日までその悪魔を固く封じておりましたが、それがいつの間にか逃れ出て、女王様に取り憑いたと見えまする。こうなれば王様と女王様には、秘密に致す要も御座いませぬ。却(かえ)ってその秘密を破って、何も彼(か)も御話し下されました方が悪魔を退治るのに都合がよろしゅう御座います。ここには仕合わせと王様と私より他に聞いているものは御座いませぬ。何卒(どうぞ)御構いなく御話し下さいませ。決定(きっと)女王様の御心の迷いを晴らして、悪魔を退治て差し上げましょう」
 と云いながらも女王の手をしっかりと握り締めました。女王は最早(もう)立っている力も無くて床の上に頽折(くずお)れました。そうして――
「ハイ。何卒(どうぞ)聞いて下さい。そうしてよく考えて妾(わたし)を助けて下さい」
 と云いながら、涙を拭い拭い言葉を続けました――
「妾はあの夢を見てから後(のち)は、明け暮れ自分の室(へや)に閉じ籠もって、美留女(みるめ)姫であった昔が本当か、今の美紅の身の上が本当か考えましたが、どうしても解りませんでした。そうしてこれが解からぬ内は、何をしても張り合いがないような気がして、誰に何と云われても何も為(す)る気になりませんでした。紅矢……兄様のお怪我も……濃紅姉様の身の上も……何だか……夢のような気がしていたので御座います。
 すると丁度そのお兄様がお怪我遊ばした日の事、妾は青眼先生がお出でになるという事を聞き、扉の隙間からソッと覗いていましたが、前をお通りになる先生の御姿を一目見るや否や、妾は扉をしっかり閉じると、そのまま気絶してしまいました。青眼先生は妾の思い通り、あの夢の中で、妾を悪魔だといって殺そうとしたお方で御座いましたから、もし見付かったらどうしようと思ったからで御座います。
 それからどれ程位の間気絶したままでいましたものか、不図気が付いて見ますと、時分は丁度真夜中で、妾はいつの間にか戸棚の中に突立っています。そうして戸棚の扉の鳥の形をした透(すか)し彫(ぼ)りが、丁度眼の前に見えます。
 妾は暫くの間は何事かわからずに、ぼんやりと鳥の透し彫りから洩れて来るラムプの光りを見詰めたまま突立っておりました。もしやこれはまだ本当に眼が醒めずに、夢を見ているのではないかと思いました。ですから妾はよく心を落ち付けて、眼をしっかりと見開いて、鳥の透し彫りから覗いて見ました。そうして室(へや)の中に灯(とぼ)れている丸硝子(ガラス)の行燈の、薄黄色い光りで向うを見ますと、妾は自分の眼を疑わずにはおられませんでした。妾の寝台(ねだい)の上には、妾の寝巻を着た、妾そっくりの女が、平然(ふだん)妾がする通りに髪毛(かみ)を寝台の左右に垂らして、スヤスヤと睡っているでは御座いませんか……ハッと驚いて自分の着物を探って見ますと、どうでしょう。妾の着物はいつの間にか、奇妙な男の着物とかわっていたので御座います」
「貴女そっくりの女。そうして貴女は男の着物……」
 と青眼先生は魘(おび)えたような声で申しました。

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