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2008年5月31日 (土)

白髪小僧3

     三 青い眼

 美留女姫も同じ事で、最前(さっき)水に落ちたのを、白髪小僧に救い上げられてから今までの出来事は、皆本当に自分の身の上に起っている事か、それともこの書物に書いてあるお話しかと疑った。そうして皆から催促される迄もなく、白髪小僧と自分の身の上のお話がどうなるか、早く読みたくて堪らなかったけれども、一先ずじっと気を落ち着けて皆の顔を見まわしながらニッコリと笑った。そうして――
「待って下さい。妾(わたし)もこれから先どうなるか知らないのです。今から先を読みますから静かにして聞いていて下さい」
 と云いながら、胸を躍らせて次の頁を開いた。
 見ると……どうであろう。次の頁は只の白紙(しらかみ)で、一字も文字が書いて無いではないか。これは不思議……今まであった話が途中で切れる筈(はず)はないと思いながら、慌てて次の頁を開いたがここも白紙(はくし)で何も書いて無い。その次その次とお終い迄バラバラ繰り拡げて見たが矢張(やっぱ)り同じ事。真逆(まさか)白髪小僧と自分の身の上が、これでおしまいになった訳ではあるまいと、美留女姫は胸が張り裂ける程驚き慌てて、今度は前の方を引っくりかえして見ると又驚いた。今まであんなに書き続けてあった文字が一字も無く、この書物は全くの白紙(しらかみ)の帳面と同じ事になっていた。
 美留女姫はあまりの事に驚き呆(あき)れて思わず書物から眼を離すと又不思議、今までたしかに大広間の中で大勢の人に取りまかれて、書物を読んでいた筈なのに、今見まわせばそんなものは、書物の文字や挿(さ)し絵(え)と一所に、どこかへ綺麗(きれい)に消え失せてしまって、自分は矢張り最前の銀杏(いちょう)の根本に、書物を持ったままぼんやりと突立っているのであった。しかも眼の前の最前書物の置いてあった銀杏の樹の根本には、いつの間にどこから来たか、白髪小僧が腰をかけていて、お話を聞きながらうとうとと居睡(いねむ)りをしているではないか。姫は何だかサッパリ訳がわからなくなった。最前からのいろいろの不思議の出来事は、矢張り本当の事ではなく、皆この書物を読みながらそのお話しの通りに自分が為(し)たように思っただけで、本当は矢張り最前(さっき)からここに立ったままで、白髪小僧は自分の気付かぬ間(ま)にここに来て眠っているのだとしか思われなかった。姫は益々呆れてしまって、思わず手に持っていた書物をパタリと地上(じべた)に取り落すと、間もなく颯(さっ)と吹いて来た秋風に、綴(と)じ目(め)がバラバラと千切れて、そのまま何千何万とも知れぬ銀杏の葉になって、そこら中一杯に散り拡がった。見るとその葉の一枚毎(ごと)に一字宛(ずつ)、はっきりと文字が現われている様子である。
 重ね重ねの不思議に姫は全く狐に憑(つま)まれた形で、ぼんやりと突立って見ていると、その内に又もや風が一しきり渦巻(うずま)き起(た)って、字の書いてある銀杏の葉をクルクルと巻き立てて山のように積み重ねてしまった。
 するとそこへどこからか眼の玉と髪毛(かみのけ)と鬚(ひげ)が真青な、黄色い着物を着た一人のお爺(じい)さんが出て来たが、この銀杏の葉の山を見ると、これも何故(なぜ)だか余程驚いた様子で――
「これは大変な事になった。一時(いっとき)も棄てておかれぬ」
 と云いながら直ぐ傍(そば)の石作りの門の中に這入ったが、やがて大きな袋と箒(ほうき)を持って来てすっかり銀杏の葉をその中へ掃(は)き込(こ)んで、どこかへ荷(かつ)いで行く様子である。これを見ていた姫はこの時はっと気が付いて、あの銀杏の葉に書いてある字を集めると、屹度(きっと)今までのお話しの続きがわかるのに違いないと思ったから、持って行かれては大変と急に声を立てて――
「お爺さん、一寸待って下さい」
 と呼び止めた。
 けれども青い眼の爺様は見向きもしないで唯(ただ)――
「何の用事だ」
 と云い棄ててずんずん先へ急いで行った。
 美留女姫はこれを見ると、慌ててお爺さんに追(お)い縋(すが)って――
「お爺さん。何卒(どうぞ)御願いですから待って下さい。そうしてその銀杏の葉に書いてある字を妾に読まして下さい」
 と叮嚀(ていねい)に頼んだ。けれどもお爺さんは矢張り不機嫌な声で――
「馬鹿な事を云うな。これは悪魔の文字だ。これを見ると悪魔に魅入られるのだ。見せる事は出来ない」
 と答えながらなおも足を早めて急いで行く。
 美留女姫は気が気でなくなおもお爺さんに追い縋って尋ねた――
「では貴方(あなた)はそれをどうなさるのですか」
「うるさい女の子だな。山へ持って行って焼いてしまうのだ」
「エエッ。それはあんまり勿体(もったい)ないじゃありませんか。それには面白いお話しが沢山書いてあるのです。妾はそれを読んでしまわなければ、今夜から眠る事が出来ませぬ。明日(あした)からは生きている甲斐(かい)が無くなります。何卒(どうぞ)、何卒(どうぞ)後生ですから妾を助けると思って、その銀杏の葉に書いてある字を読まして下さい。ね。ね」
 と泣かんばかりに頼みながら、老人に追い付いて袖に縋ろうとした。けれども爺さんは尚も意地悪くふり払って――
「そんな事を俺が知るものか。この銀杏の葉に書いてある文字は、藍丸国(あいまるこく)の大切な秘密のお話しで、これをうっかり読んだり聞いたりすると、藍丸国に大変な事が起るのだ。とてもお前達に見せる事は出来ない。諦(あきら)めて早く帰れ」
 と云いながら一層足を早めて歩き出した。
 するとこの様子を見ていた白髪小僧は、何と思ったか忽(たちま)ちむっくり起き上って、大急ぎであとを追っかけはじめた。その中(うち)に美留女姫も一生懸命に走ってお爺さんに追い付いて、何を為(す)るかと思うと、懐(ふところ)から小さな鋏(はさみ)を取り出して、お爺さんが荷(かつ)いで行く袋の底を少しばかり切り破った。そうして、その破れ目から落ちる銀杏の葉を、お爺さんが気付かぬように、ずっと後ろから拾って行きながら、その上に書いてある一字一字を清(すず)しい声で読み初めたが、その一字一字は不思議にも順序よく続き続いて、次のような歌の文句になっていた。

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