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2008年5月18日 (日)

大竹伸朗の「新しい宇宙」

美術だけではなくデザインや出版、音楽など広範な分野で影響力を持つ大竹伸朗のアート。
18歳で画家になることを決意して自らを試すため、北海道・別海の牧場での無給労働飛び込んだ。
英国・ロンドンでの制作や出会いを通じて進むべき道を見いだした。
1982年以降、衝撃的に美術界に登場して次代を担う美術家として注目された。
作品制作に駆り立てるものは、通常の「芸術」や「美」の概念領域には入りにくいものばかりだ。
ゴミ、印刷の刷り損じ、壁のシミなど、多くの場合路上で、不意に遭遇した人の無意識の気配や時間の痕跡を濃密にたたえた事物、さらには夢のイメージや目を閉じた時にまぶたに移ろう、内側に存するおぼろげな形態。多くはありふれていて、時に安っぽくうすっぺらな事物の佇まいや気配こそが、「新しい宇宙」を投げかけ、次作への衝動を呼び覚ます。

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「旅景」   大竹伸朗

人は様々な理由で旅に出る。

時々他人にとっての旅の必需品について考える。
旅の前日、他人は何を真っ先にカバンに詰めるのか、
そんなタワイのないことだ。

自分にとって旅の必需品、それは今も昔も
筆記用具と簡単なカメラだ。

これは18の時初めて北海道に行った時から変わらない。
筆記用具といっても特別なものでは全くない。

文房具屋の店頭に吊るしてある筆ペン、
これが5本くらい、鉛筆、色鉛筆、カッター、
短かめの定規、そしてハードカバーのスケッチブックと
メモ帳でもカバンに放り込めば
気分はかなり旅モードに突入する。

これだけあればたいていの退屈な時間からは解放される。
パソコンや文庫本より確実にランクは上だ。

空港からメールしたり
人が書いた架空話を読んでいる場合ではない。

自分が何かをつくるのだ。

旅先で目の前を通過する風景やら
人物をできるだけ描き、
絵のページが増えていくのをペラペラと感じ
そしてそれらを描いた場所と
日付けを右下に書き込むこと、
単純な話そんなことに興奮を覚える。

筆ペンスケッチはこの25年間飽きたことがない。
紙の上のインクの乾きを待つのももどかしい。

出だしの一筆の墨線にガックリくることも多々あるが、
目の前の光景を素早く描き写し、
旅の時間が絵として定着していく様を見ること、
それは自分にとって比較するものがない最高のゲームでもある。

十数年前、ピカソの聖地マラガから
ジブラルタル海峡を船で渡り灼熱のモロッコを訪れた。
タンジール港に降り立った時、奇妙な時間の流れを感じた。

港から逆光に浮ぶ町中へ移動中、見るものすべてが
うらやましく時にせつなく、
そんな感情はいつしか真夏のモロッコ熱波に絡まり
覚えたことのない嫉妬心となって心に沸き上がった。

何かが目に入った瞬間、これは筆ペン、こっちは鉛筆、
あれはコラージュであそこは写真と振り分けられつつ
自分の中に入り込み、狂おしく過ぎ去る時間に
どうにも追いつかない感覚に包まれた。

旅先では日本国内と同じく、風光明媚な場所には
ほとんど興味が湧かない。

ボロボロに崩れかけた家の壁、
ゴミ回収日露地に放置された段ボ-ルの佇まい、
廃屋や古看板、それらに深い感銘、
新鮮な驚きを感じることが多い。

見た瞬間にスッと心に入り込む
得体の知れぬ何かの塊に反応する。

それは日本にいる時もあまり変わりはない。
見たモノや光景を理解しようとする、
といったことでは全くない。

目の前の空気や佇まい、気配といったものを
感じ体内に覚え込むのだ。

時に簡単な配置スケッチや色を文字で書き止めたり、
簡単なメモスナップを撮ることもあるが、
進行形の状況で「感じ」を覚えること、
それが自分にとって一番重要だ。

そこには見ることとともに
風、気温、湿度、匂い、光
それらのすべてが複雑に絡み合う。

稀にそれらすべてが身体に入り込んでしまった感覚は、
長きにわたり身体から去らない。

10年以上経ちいきなりその時の感覚が鮮明に蘇り、
昔訪れた場所を再び絵にしたくてたまらなくなることもある。

モロッコから戻って10年以上の月日が経つが、
いまだに体内の「モロッコ菌」が定期的に蠢く。

その菌は内側に巣食い続け
次々と異なる衝動因子を刺激する。
その地で初めて網膜に写り込んだ光景は、
時間を超え自分の内側と
外側への出入りをくり返しつつ突発的な制作衝動を伴い
奇妙な「旅景」として心に浮上する。

「旅と時間」、
それは「絵と自分」といった関係にすごく似ている。
旅の前日カバンにスケッチブックを詰め込む時、
いつもそんなことを思う。

(了)

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大竹 伸朗(おおたけ しんろう、1955年10月8日 - )東京都目黒区出身 現代美術家。
1974年、東京芸術大学に落ち、武蔵野美術大学油絵学科に入学するも、一週間で休学。北海道別海町の牧場で働く。翌年から北海道各地を巡り絵を描いたり写真を撮ったりして過ごす。
1977年から1978年、イギリスに留学。同地で様々な情景を撮影、またスケッチなどをし、その作品をまとめて作品集を出版する。
1980年、武蔵野美術大学油絵学科卒業。ノイズバンド「JUKE/19」結成し、自主制作でアルバム発売。
1982年から個展を開始。以後絵本、写真、立体、コラージュやパフォーマンスといった多種多彩な表現をみせ、一躍時代の寵児となる。またアメリカなどでも個展を開催している。ガラクタや巨大なゴミを媒介にしての作品を特徴とし、海外でも評価は高い。
1988年より愛媛県宇和島市に移住。以降、活動の拠点とする。
1995年、山塚アイとパフォーマンスユニット「パズル・パンクス」を結成する。
2006年、東京都現代美術館で大回顧展「大竹伸朗 全景 1955-2006」を開いた。また、以前働いていた北海道別海町の牧場で個展を開いた。
小説家のウィリアム・バロウズが「私は彼の信奉者である」と公言したこともある。また、坂本龍一や和田ラヂヲとも親交がある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大竹 伸朗  全景  http://shinroohtake.jp/

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