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2008年7月27日 (日)

「美しいこと」、あるいは「美しさ」

美(び)とは、「美しいこと」、あるいは「美しさ」であり、自然の事物等に対する感覚的に素朴な印象から、芸術作品に対して抱く感動の感情、あるいは人間の行為の倫理的価値に対する評価にいたるまで、さまざまな意味と解釈の位相を持っている。

美は一般に、「良いこと」従って、哲学的な表現では、「善」と何かにおいて関係するものだと言える。

Gioconda Thebirthofvenus
 薔薇(Rosa sp.)
 ジョコンダの微笑言語表現について述べれば、例えば、見事に開いた薔薇の花を「美しい」と人は表現し、あるいはレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナリザ(ジョコンダの微笑)』を美しいとも評する。古代エジプトの女王であったクレオパトラ7世は「美女」として著名であり、数学者は、抽象数学であるリー群やイデアル理論に出てくる定理を美しいと述べる。モーツァルトやフォーレの音楽は、繊細な美しさを持つと言われ、ヘルマン・ヘッセは、作品に『青春は美し』という題をつけた。また、日本語では、「姿ではなく、美しい心の持ち主」というような表現もする。これらの言葉の使われ方から窺えることは、「美しいこと・美」とは、何か良いこと・快いことであるが、またそれは「優れたこと」であり、また「感動」を人に与える何かであるということである。

La_maja_desnuda
[美の具体的種類]
美を一意に定義することは困難であり、その定義づけが美学という一つの学問として成立するほどである。美の種類、もしくはカテゴリーとして次のようなものがある。

自然美 - 自然の手付かずの美、自然による造形(グランドキャニオンなど)
造形美 - 建築構造物の美(宮殿、大聖堂、ピラミッド)
芸術的な美 - モナリザ、ダヴィデの像、印象派の絵画
機能美 - ハンドクラフト、織部の焼き物、パイプ、ガラス器

[美のイメージ]
ひとにとって美は、概念的に思考することのできるものであるだけでなく、同時にイメージとしても思い描かれ、それと重ね合わせて想像することもまたできるものである。

映画:マリリン・モンロー,ブリジット・バルドー
ダンス:イサドラ・ダンカン
絵画:ビーナスの誕生,モナリザ,裸体のマハ

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[哲学における美]
美とは、価値観念、価値認識の一つである。人類において普遍的に存在する観念であり表象であるが、一方では、文化や個人の主観枠を越えて、超越的に概念措定しようとするとき、明確に規定困難であり、それ故、美には普遍的な定義はない、とも形容される。しかし、他方では、美は感性的対象把握において、超越論的に人間精神に刻印された普遍概念であるとも解釈できる面を持っており、美の定義は発散するが、美の現象・経験は世界に遍在してあるという存在事態が成立する。

ここでは、主として古代ギリシア・ローマ及び西欧哲学の伝統における「美」の本質探求の試みと、認識的概念としての美についての考察の諸位相を素描する。

[美という言葉の多様性]
哲学における「美」の概念と、それがいかなるものであるかの議論は、その前提として、本記事の冒頭で述べた通り、「美しい」とは何を意味しているのか、「美」という言葉が持つ「意味範囲」のある程度の明確な把握を前提とする。

例えば、古典ギリシア語における「美(kalon)」という言葉は、通常の国語としての日本語で使う「美」の意味とは異なる意味範囲を持っているのであり、同様に、ラテン語の「美・美しいこと(pulchrum)」もまた、古典ギリシア語の「カロン(美)」とは、また違う意味範囲を持っている。異なる言語のあいだで、まったく同じ意味内包を持つ言葉はそもそも存在しないのであり、たとえばプラトンが「美」について何かを論じている場合、それは古典ギリシア語の「カロン」について語っているのだという事実は重要である。

「美」に関連した概念として、「徳」という価値概念が、プラトンによって論じられているが、「徳」に当たる古代ギリシア語「アレテー」は、日本語の「徳」にはない特殊な意味があり、それは英語の virtue にもまたないものである。しかし、ラテン語virtus は、ギリシア語「アレテー」の含意とほぼ重なる意味範囲を備えている。

このように、言語において同じ意味内包の言葉はないのだという自覚なしに、異なる言語での「美」に相当する言葉について論じられた思索や議論に言及することは、そこに危うさが伴っている。

Mmonllo Bbb

[美の概念措定]

パルテノン神殿 ギリシアこのように「美」という概念は、それが使用される言語によって意味内包が異なり、同じ言語でも時代や使用地域が異なれば、意味に差異が生じている。何が「美しいもの・こと」なのか、万民のあいだで共有できる普遍基準がないのが美の概念であるが、文化や言葉を越えて、美に相当する単語自身の意味内包に普遍性がない。

しかし哲学においては、「美の(普遍的)概念」は存在すると措定するのであり、このように措定された「美」の概念に基づいて、古典ギリシアで論じられた美や、ローマ時代の美の観念、中世初期や盛期中世等での美の概念、そして近世や近代の哲学における「美」の概念が、通約性を仮定された、或る意味、普遍的な「相」において考察されるのである。

「乙女は美しい(he parthenos kale)」という言明における「美しい(kale)」とは、あくまで賓辞(述語)としての形容詞であり、「美しい」と「美しいこと・美」のあいだには、明らかに大きな距離がある。このような距離を乗り越えたのは、古典ギリシアにおける、形容詞の中性形を属性抽象名詞と見做し、存在(on)の類とする思考の慣習からである。その典型がプラトンのイデアー説である。

このようにして、古典ギリシアにおいて、美(kalon)は、「美しい」とされる事物が、まさに何故に美しいのか、その根拠たる「存在」として概念規定されたと言える。「美しい物・人」についての議論は、歴史的に、世界中の文化で存在するが、「美しいもの」の根拠である「美」についての思索や、「美の概念」の規定は、古典ギリシアを濫觴とする。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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