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2008年10月24日 (金)

堀田善衛「広場の孤独」 (昭和26・8)

    
commit〔A〕(罪・過)などを行う,犯す……〔B〕託する,委す,言質を与える,危くする,
危殆に陥らしめる……〔C〕累を及ぼす……
That will commit us.それでは我々が危くなる……
(研究社・新英和大辞典・第十版より)

     一

 電文は二分おきぐらいに長短いりまじってどしどし流れ込んで来た。
「え――と、〈戦車五台を含む共産軍クスク・フォースは〉と。土井君、タスク・フォースってのは何と訳すのだ?」
「前の戦争中はアメリカの海軍用語で、たしか機動部隊と訳したと思いますが……」
「そうか。それじゃ、戦車五台を含むタスク……いや敵機動部隊は、と」
 副部長の原口と土井がそんな会話をかわしていた。木垣は『敵』と聞いてびくっとした。敵? 敵とは何か、北鮮軍は日本の敵か?
「ちょっと、ちょっと。北鮮共産軍を敵と訳すことになつているんですか? それとも原文にエネミイとなっているんですか?」
 東亜部兼渉外部長の曽根田は、何かというと渉外関係を円滑にするため、という名目で外人記者その他を社用と称して待合へひっぱってゆくところから『お社用部長』という仇名で呼ばれていたが、戦争中サイゴンで仕入れたというしゃれた防暑服に派手な模様入りのストッキングをはいた足を机の上に投げ出したまま、ちらりと木垣、原口、土井の三人を横目で見て
「前後の関係をよく見極めて適当に訳しておいてくれ」

初出「人間」(昭和26・8)

堀田善衛(ほった よしえ、1918年7月7日 - 1998年9月5日)
日本の小説家。(Wikipedia)
富山県高岡市出身。生家は伏木港の廻船問屋であり、当時の日本海航路の重要な地点であったため、国際的な感覚を幼少時から養うことができた。旧制金沢二中から慶應義塾大学に進学し、文学部仏文科卒業。大学時代は詩を書き、雑誌「批評」で活躍、その方面で知られるようになる。戦争末期に国際文化振興会の上海事務所に赴任し、そこで終戦を迎え、国民党に徴用される。引揚後、一時期新聞社に勤務したが、まもなく退社し、作家としての生活にはいる。

1956年、アジア作家会議に出席のためにインドを訪問、この経験を岩波新書の『インドで考えたこと』にまとめる。これ以後、諸外国をしばしば訪問し、日本文学の国際的な知名度を高めるために活躍した。また、その中での体験に基づいた作品も多く発表し、欧米中心とはちがう、国際的な視野を持つ文学者として知られるようになった。

1977年、『ゴヤ』完結後、スペインに居を構え、それからスペインと日本とを往復する生活をはじめる。スペインやヨーロッパに関する著作がこの時期には多い。また、1980年代後半からは、社会に関するエッセイである〈同時代評〉のシリーズを始め、これは作者の死まで続けられた。

なお、堀田の愛読者である宮崎駿は、『方丈記私記』のアニメ化を長年に渡って構想していた。

[受賞歴]
1951年に『広場の孤独』で第26回芥川賞。
1971年に『方丈記私記』で毎日出版文化賞。
1977年に『ゴヤ』で大佛次郎賞・ロータス賞。
1994年に『ミシェル城館の人』(全3巻)で和辻哲郎文化賞。
1994年に朝日賞。

[主な作品]
広場の孤独(1951年、中央公論社)
記念碑(1955年、中央公論社)
奇妙な青春(「記念碑」第2部/1956年、中央公論社)
河(1959年、中央公論社)
建設の時代(1960年、新潮社)
海鳴りの底から(1961年、朝日新聞社)
審判(1963年、岩波書店)
歴史と運命(1966年、講談社)
若き日の詩人たちの肖像(1968年、新潮社)
美しきもの見し人は(1969年、新潮社)
橋上幻像(1970年、新潮社)
方丈記私記(1971年、筑摩書房)
19階日本横丁(1972年、朝日新聞社)
インドで考えたこと(1957年、岩波書店)
小国の運命・大国の運命(1969年、筑摩書房)
ゴヤ(1974-77、新潮社)
本屋のみつくろい 私の読書(1977年、筑摩書房)
航西日誌(1978年、筑摩書房)
スペイン断章 歴史の感興(1979年、岩波新書)
スペインの沈黙(1979年、筑摩書房)
オリーブの樹の蔭に スペイン430日(1980年、集英社)
彼岸繚乱 忘れ得ぬ人々(1980年、筑摩書房)
情熱の行方 スペインに在りて(1982年、岩波新書)
日々の過ぎ方 ヨーロッパさまざま(1984年、新潮社)
路上の人(1985年、新潮社)
聖者の行進(1986年、筑摩書房)
定家明月記私抄(1986-88年、新潮社)
歴史の長い影(1986年、筑摩書房)
バルセローナにて(1989年、集英社)
誰も不思議に思わない(1989年、筑摩書房)
めぐりあいし人びと(1993年、集英社)
未来からの挨拶(1995年、筑摩書房)
空の空なればこそ(1998年、筑摩書房)
天上大風 全同時代評一九八六年-一九九八年(1998年、筑摩書房)
時空の端ッコ(1992年、筑摩書房)
ミシェル 城館の人(1992-94、集英社)
ラ・ロシュフーコー公爵傳説(1998年、集英社)
故園風來抄(1999年、集英社)
など
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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