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2008年12月10日 (水)

三億円事件は1968年12月10日に発生した窃盗事件

三億円事件 『ウィキペディア(Wikipedia)』
三億円事件(さんおくえんじけん)は、東京都府中市で1968年12月10日に発生した、窃盗事件である。三億円強奪事件といわれることもあるが、事件のあった日本において、本件犯行は強盗罪には該当せず、窃盗罪となる。

[事件の経緯]
1968年(昭和43年)12月6日、日本信託銀行(後の三菱UFJ信託銀行)国分寺支店長宛に脅迫状が届く。翌7日午後5時までに指定の場所に300万円を女性行員に持ってこさせないと、支店長宅を爆破するというものであった。当日、警官約50名が指定の場所に張り込んだが、犯人は現れなかった。

4日後、12月10日午前9時30分頃、日本信託銀行国分寺支店(現存せず)から東京芝浦電気(現・東芝)府中工場へ、工場従業員のボーナス約3億円(正確には2億9430万7500円)分が入ったジュラルミンのトランク3個を輸送中の現金輸送車(セドリック)が、府中刑務所裏の府中市栄町、学園通りと通称される通りに差し掛かった。

そこへ警官に変装して擬装白バイ[1]に乗った犯人が、バイクを隠していたと思われるカバーを引っ掛けた状態のまま輸送車を追いかけ、輸送車の前を塞ぐようにして停車した。現金輸送車の運転手が窓を開け「どうしたのか」と聞くと、「貴方の銀行の巣鴨支店長宅が爆破され、この輸送車にもダイナマイトが仕掛けられているという連絡があったので調べさせてくれ」と言って行員を輸送車から降ろさせた。

4日前に支店長宛ての脅迫状が送り付けられてこともあり、その雰囲気に行員たちは呑まれてしまっていた。犯人は、輸送車の車体に潜り込み爆弾を捜すふりをして、隠し持っていた発煙筒に点火。「爆発するぞ! 早く逃げろ!」と避難させた直後に輸送車を運転し、白バイをその場に残したまま逃走した。この時行員は、警察官(犯人)が爆弾を遠ざけるために輸送車を運転したと勘違いし、「勇敢な人だ」と思ったという。しかし、バイクに詳しい行員が残された白バイが偽物と判断できたことから偽警察官による現金強奪事件が早くも判明した。

この出来事の目撃者には銀行員のほか府中刑務所の職員、近くにいた航空自衛隊員などがいた。しかし、これらの目撃者の証言は曖昧だったり勘違いだったりすることもあった。

直ちに緊急配備が敷かれ、要所要所で検問が実施されたところ、杉並区内の検問所で“銀色のトランクを積んだ灰色ライトバン”を捕捉したが突破された。これが最後に目撃された犯人の姿といわれる[2]。

被害金額約3億円(2億9430万7500円)は現金強奪事件としては最高金額であった[3]。当時の3億円は現在の貨幣価値に直すと約80億円にあたる(計算方法によっては30億円とする意見もある)。捜査には9億円が投じられた。

1975年(昭和50年)12月10日、公訴時効が成立(時効期間7年)。1988年(昭和63年)12月10日、民事時効成立(時効期間20年)。

■■  捜査の推移■ ■

[現場]
第一現場(府中市栄町 府中刑務所裏)
三億円強奪事件が起きた路上。遺留品には偽白バイが残った。
第二現場(国分寺市西元町 武蔵国分寺跡のクヌギ林)
現金輸送車のセドリックが乗り捨てられていた場所。遺留品にはセドリックが残った。
第三現場(府中市栄町 明星学苑高校近くの空地)
犯行前に偽白バイをカバーに覆って停めていた場所。
第四現場(小金井市本町 団地駐車場)
第二現場で乗り換えたカローラが、乗り捨てられていた場所。事件から4ヶ月後に判明。遺留品にはカローラが残った。

[遺留品の分析]
犯人が残した遺留品が120点もあったため、犯人検挙について当初は楽観ムードであった。ところが、遺留品はどれも一般に出回っているものであったため犯人を特定する証拠とはならず、大量生産時代の弊害に突き当たってしまった。犯人の主な遺留品は以下の通り。

脅迫状
銀行に送りつけられていた脅迫状の切手に唾液があり、唾液からB型の血液型が検出されている。また、脅迫状は雑誌の切り貼りで文字を作っていたが、その雑誌が発炎筒の巻紙に使われた雑誌と完全一致したことから、脅迫状を送った犯人と現金強奪犯が同じであることが明らかになった。
ハンチング帽
偽白バイが事件現場まで引きずっていったボディカバーの中から発見されたことから、犯人のものと考えられている。汗を検出すれば、少なくとも実行犯の血液型を判明できたが、楽観ムードによるものからか、鑑定に出す前に刑事同士で交互に被ることで鑑定不能にするミスを犯していた。ハンチング帽は54個が出庫され、36個は所在が判明。残り18個は立川市の帽子小売店が市内の安値市で販売していたが、誰に売ったかまでは判明できなかった。
メガホン
遺留品の一つであるメガホン(拡声器。偽白バイに広報用スピーカに見せかけるため取付けられていた)は、製造番号から5台が出回っていることが分かり、4台まで所在を確かめた。残る1台は東村山市の工事現場で盗難に遭っており、この最後の1台が犯行に使用された物と思われる。
新聞紙
メガホンは、白ペンキで2度塗装されていた。捜査に行き詰まっていたある日、上の塗装がはがれた部分に4mmほどの新聞紙の紙片が付着しているのを発見。地道に新聞紙を調べたところ、1968年12月6日の産経新聞朝刊婦人欄の「食品情報」という見出しの「品」の字の右下部分の一部であることが判明した。紙片の分析の結果、紙は愛媛県伊予三島市の大王製紙の工場で作られた物と判明。インクの具合、印刷状況から輪転機を特定し、その新聞が配達されたのが三多摩地区であることまで絞り込めた。
配部数は13,485部、販売所数は12ヶ所。住民の転出入が激しかったことや、新聞を購読する家が頻繁に変わっていたことから捜査は難航し、2年掛かりでやっと販売所を特定できたが、時すでに遅く配達先の住所録は処分された後であり、この方面での捜査は徒労に終わった。
ケースの泥
ジュラルミンケースに付着していた泥を精密検査した結果、現場から4km離れた国分寺市恋ヶ窪の雑木林の土壌と酷似していた。この為この付近にアジトがあると見て、徹底的に捜索したが成果は出なかった。
カローラ
現金を奪った犯人が、現金輸送車から乗り換えた車。事件から4ヵ月後、小金井市の団地駐車場で発見された。残された車の中には、空のジュラルミンケースが入っていたことから、犯行に使われたことが特定された。なお、このカローラは自衛隊の航空写真より事件直後から団地駐車場に存在したことが判明している。

[モンタージュ写真による捜査]
12月21日にモンタージュ写真が公表された。しかし、これは目撃者の証言によるものではなく、事件直後に容疑者として浮上した人物(後述の立川グループの少年S)に似ているとして、事件発生1年前に死亡した人物の写真を遺族に無断で用いたものだった。容疑者リストに載ったのは実に11万人、捜査した警官延べ17万人という空前の捜査だったが結局、犯人を検挙できずに事件は時効を迎えた。

本来“このような顔”であるべきモンタージュ写真を“犯人の本当の顔”と思い込んだ人が多く、そのために犯人を取り逃がしたのではないかという説もある。結局、このモンタージュ写真は1974年に正式に破棄されている。しかしその後も各種書籍物でこのモンタージュ写真が使用されている。

[ローラー作戦]
事件現場となった三多摩地区には当時学生が多く住んでいたことから、一帯にアパートローラー(全室への無差別聞き込み)を掛けた。この捜査手法については、当時先鋭化しつつあった学生運動を壊滅させる為の警視庁公安部による謀略だったとする陰謀説があり、1970年6月26日、学生運動に対する政府の勝利宣言と同時に事件の捜査陣が大幅に縮小された事がその傍証だとする見解もある。北芝健は、たとえ犯人が判明していたとしても捜査を引き伸ばした方が学生運動・暴走族・暴力団の情報が得られるので警察には利益になると話している[1][4]。

警察において被疑者とされた者の数は十数万人に及んだ。事件現場前にある都立府中高校に在籍した高田純次や布施明の名前もあった。もっとも、二人とも事件とは無関係であることが後に判明した。

[その他の捜査]
通常の事件と同様に遺留品などから検出された指紋の照合も行われていた。しかし、上記の通り遺留品はどれも大量生産されていたものだった影響から照合する指紋の量が多すぎたことや、それを照合する捜査員がわずか3人と少数だったため大した効果は得られなかった[5]。

警察は盗まれた3億円のうち番号がわかっていた500円札2000枚分(100万円分)のナンバーを公表した。この番号の札は1枚も出回ることはなかったが、犯人が強奪した現金を使えなくすることによって犯人の利益が一部無くすことができたとする一方、犯人が紙幣使用を控えたとされて犯人の検挙を一層困難にした。

[本事件による被害とその影響]
盗まれた3億円は、日本の保険会社が支払った保険金により填補された。その保険会社もまた再保険(日本以外の保険会社による)によって損害の填補をうけてたために、日本企業の損失はなかった。そのため、事件の翌日には社員にボーナスが支給された。このように史上例を見ない金額の事件だったにも関わらず、実質的に国内で損をした者は1人もいないとされている。このことと、犯人が暴力に訴えず計略だけで強奪に成功していること及び被害金額2億9430万7500円の語呂から、“憎しみのない強盗”のあだ名もある。

この事件以来、多額の現金輸送の危険性が考慮されるようになり、給料等の支給について(銀行など)口座振込が普及する一因となった。

[犯人像の推測]
この事件の犯人については、目撃者や脅迫状の文面や遺留品から様々な犯人像が浮上した。単独犯なのか複数犯なのかも不明。

立川グループの少年S
立川グループ(府中市に近い立川市で車両窃盗を繰り返した非行少年グループ)のリーダー格。事件当時19歳。父親は白バイ隊員で白バイに関する知識が豊富、車の三角窓を割ってエンジンとスターターを直結する車の窃盗手口が同じ、地元出身で土地勘があり車やバイクの運転技術が巧み、1968年3月に発炎筒をダイナマイトと見せかけた強盗事件を起こしている仲間と親しい、親族以外のアリバイが不明確、事件前に東芝や日立の現金輸送車を襲う話をしていた、等様々な状況証拠が存在した。だが、血液型はA型で脅迫状の切手のB型と異なり、筆跡も異なった。事件5日後の1968年12月15日に自宅で青酸カリで自殺している。

立川グループの少年Z
立川グループ(府中市に近い立川市で車両窃盗を繰り返した非行少年グループ)のメンバー。事件当時は18歳。少年Sと同じく、車の三角窓を割ってエンジンとスターターを直結する車の窃盗手口が同じ、地元出身で土地勘があり車やバイクの運転技術が巧み、1968年3月に発炎筒ダイナマイトと見せかけ強盗事件を起こした仲間と親しい、といった条件があった。他にもZには事件後に乗用車を購入したり会社経営をしたりと金回りがよくなっていた。だが、血液型はAB型で脅迫状の切手のB型と異なり、筆跡も異なった。警察は公訴時効寸前の1975年に元少年Zを最後の容疑者候補とする。1975年11月に別件の恐喝罪で逮捕するが、三億円事件の公訴時効前に釈放された。
時効後も時折自称三億円事件犯人を名乗る人物が現れている。しかし、トランクケースの内容を正確に答えられないことから偽者と見破られている。自称三億円事件犯人の目的として「本を売って稼ぎたい」「世間から注目されたい」「詐欺のためのハクづけ」の3種類に分類される。

■ ■ 事件を扱った作品 ■ ■

[小説]
『小説三億円事件』 佐野洋(講談社 1970年) ISBN 4061833847
『時効成立―全完結』 清水一行(角川書店 1979年) ISBN 404146305X
「白バイと紅薔薇」大下英治(『現代虚人列伝』所収 現代の眼編集部編 現代評論社 1979年)
『父と子の炎』 小林久三(角川文庫 1985年)ISBN 4041438187
『死者よ静かに眠れ』 新都達也(三交社 1987年)ISBN 4879198021
『ズッコケ三人組対怪盗X』 那須正幹(ポプラ社 1992年)- 三億円事件と同様の手口で七億円を奪う事件が登場する。
『三億の郷愁』 清水義範(ソノラマ文庫NEXT 1999年)
『真犯人-「三億円事件」31年目の真実』 風間薫(徳間書店 1999年)ISBN 4198609764
『三億円事件~20世紀最後の謎』 一橋文哉(新潮社 1999年) 新潮文庫版 ISBN 4101426228
『事件「三億円」』 竹野衆星(文芸社 2001年)ISBN 4835521056
『トップランド1980 紳士エピソード1』 清涼院流水(幻冬舎 2002年)ISBN 4344402235
『初恋』 中原みすず(リトル・モア 2002年)ISBN 4898150640
『ルパンの消息』 横山秀夫(光文社 2005年)ISBN 4334076106

[映画]
『実録三億円事件 時効成立』(東映、1975年)
原作:清水一行、監督:石井輝男、脚本:小野竜之助・石井輝雄・主演:岡田裕介、小川真由美
『初恋』(ギャガ・コミュニケーションズ、2006年)
原作:中原みすず、監督:塙幸成、脚本:塙幸成、主演:宮崎あおい

[テレビドラマ]
『悪魔のようなあいつ』(TBS、1975年)原作:阿久悠、上村一夫、脚本:長谷川和彦、主演:沢田研二
『新説・三億円事件』(フジテレビ、1991年)原作:大下英治、脚本:岩間芳樹、主演:織田裕二
『三億円事件~20世紀最後の謎~』(フジテレビ、2000年)原作:一橋文哉、脚本:矢島正雄、主演:ビートたけし
『時空警察2』(日本テレビ、2002年)脚本:大森寿美男、主演:陣内孝則
『ルパンの消息』(WOWOW、2008年)原作:横山秀夫、脚本:水谷俊之と田辺満、主演:上川隆也
土曜プレミアム/『完全犯罪ミステリースペシャル新証言!三億円事件 40年目の謎を追え!』(フジテレビ、2008年)企画:立松嗣章(フジテレビ)脚本:田辺満、主演:中村梅雀、山本耕史

[事件のモデルになったと言われた作品]
『血まみれの野獣』 大藪春彦 - 犯人が「東京競馬場」に爆弾を仕掛け、擬装パトロールカーで「売上金を積んだ現金輸送車」を襲う物語。三億円事件の犯人がこの小説から着想を得ていた、という報道もあった。

■  関連文献(書籍)■
『大捜査3億円事件』(読売新聞社会部編 1975年)
『三億円強奪事件~ホシを追いつづけた七年間の捜査メモ』 平塚八兵衛 勁文社エコーブックス 1975年 0295-505804-1839
『三億円事件 ホシはこんなやつだ』平塚八兵衛 みんと社 1975年
『戦後史開封』(産経新聞戦後史開封取材班編 1994年、後に扶桑文庫)ISBN 459402694X
『三億円事件の謎』 三好徹 文藝春秋 ISBN 4167121042
『三億円事件』 松平健史 木実書房
『三億円事件』 一橋文哉 新潮社 ISBN 4101426228
『君が犯人だ!―三億円強奪事件 告発』 有川正志 共栄書房 ISBN 476340122X
『俺が真犯人だ―府中 三億円事件』 猫屋犬平 日本図書刊行会 ISBN 4773320443
『三億円事件を今…』 平岡浩一 文芸社 ISBN 4835525698
『刑事一代~平塚八兵衛の昭和事件史』佐々木嘉信著・産経新聞社編、新潮社 2004年 ISBN 4101151717
『雨の追憶~図説三億円事件』 むらきけい 文芸社 2005年 ISBN 4286004619
『三億円事件と伝書鳩 1968~69』 吉田和明 社会評論社 2006年 ISBN 4784509356
『三億円事件の真犯人』 殿岡駿星 勝どき書房・星雲社 2008年 ISBN 9784434121838

■  脚注
1^ 青のヤマハ・スポーツ350R1(2ストローク2気筒エンジン)を塗装したもの。なお、当時の白バイは、ホンダ・ドリームCP77(CB77の派生車種、4ストローク2気筒エンジン)やホンダ・ドリームCB350(4ストローク2気筒エンジン)などホンダ製が主でヤマハ製は存在しなかった。
2^ 学研ジュニアチャンピオンコース『あの事件を追え』内「三億円強奪事件」の節より
3^ 三億円事件以前の最高額現金強奪事件は1965年9月に発生した青森銀行弘前支店前における3100万円強奪事件。
4^ 2006年12月17日放送たかじんのそこまで言って委員会での発言
5^ 「世界!仰天ニュース」より
6^ 日本弁護士連合会「3億円事件別件逮捕に対する声明」(1969年12月20日)
7^ 週刊新潮2008年12月18日号「「3億円事件」で誤認逮捕 「モンタージュ写真の男」は今年9月に自殺した!」

[外部リンク]
第5回 東京・府中の3億円強奪事件 http://www2u.biglobe.ne.jp/~akiyama/no5.htm
三億円事件(1968) http://www.ffortune.net/social/seso/nihon-today/3okuen.htm
アナロ ブログ http://plaza.rakuten.co.jp/jamborg/

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