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2008年12月30日 (火)

美-魂の識別-慈悲が結びついたとき、はじめて「人間」となる

21・世界
世界は⑩マルクトから⑨イェソドの霊界の入り口に至る、第二十二番目の道に照応します。
喜び、軽快さ、解放、地上からの離脱、およびより高き世界への参入を象徴します。
これはある意味で『死』であり、修行によって達成された精神と肉体の征服です。

20・審判
大きな翼を持った天使がトランペットを吹き鳴らすと、死者達が墓場から生き返ります。
『われわれの内側の一体何がトランペットを吹き鳴らすのか。なぜ我々の性質の内、より低きものすべてが、それに答えて、ほとんど一瞬のうちに眼を輝かせて立ち上がるのか。』
このカードは、大いなる者への欲望、よりよきものへの憧れを象徴します。死と再生、『死』あるいは解放によって得られた生および人間の地上における性質の変貌を表す何枚かのカードの一つです。

19・太陽
太陽の道はより崇高な精神的能力(ホド)に至ります。太陽は高きところより降り注ぐ光、太陽のまわりの世界のつまらぬ心配や束縛から精神を解き放つ、真の知性のまばゆい光を表します。その光は、因習的で陳腐な観念を追い払い、次のカードでもさらに持続する一つの課程の始まりとなります。太陽によって表される宇宙の生命と自己を意識的に一体化し始めます。
無慈悲で鋭い眼をしたハゲタカのように、彼は太陽めがけて飛翔します。ヘリオトロープの花のように太陽の道をたどります。

18・月
月は光から闇に至る過渡期です。18は、ここでは処女膜の破爪として示されるイニシエーションの数、9へと還元されます。このカードは、精神の暗部および知られざる者への洞察を象徴します。
精神の流動的状態を表して、独善、常識的観念、ありきたりの考えといった硬い肉体は溶けて流れ出します。
この内的な暗夜の中で、想像力と悪夢から生まれる生き物が動き回ります。鎖につながれず、月に向かって吠える獣は、人間の持つ動物的衝動です。今冬からの固体の形成、子宮内部における胎児の成長、想像力の産物に肉体を付与することをも表します。少なくとも、星気帯を放浪する者は、ある程度まで、自分自身の想像力が作り出した世界にいるものです。欲望と観念との具体的化身である護符の作り方を修得します。月は夜と精神の淵を治めます。

17・星
少女が二つの壺から大地と池に水を注いでいます。空には七つの小さな星に囲まれた大きな星が出ています。星の数は全部で八個、17を還元すると生命の樹の数、8となります。少女は自然を表して春になると生命の水を注ぎ、世界をよみがえらせます。女性の生命の水、至福を約す分泌物であり、精神の生命の水、悩める精神に希望をもたらす直観のおだやかな流れです。
このカードは、潜在的能力、期待、輝く未来の可能性を暗示し、占星術や未来を予測する他の方法にもしばしば用いられます。
高みへと飛翔するワシは希望を象徴します。水を注ぐ者、水瓶座は、もともとオリンポス山の神々の甘美に注いだ、女性のような美少年ガニュメーデースでした。彼はゼウスの手でワシに姿を変えられて、さらわれました。わし座が天空で水瓶座のそばに位置しているのはそのためです。

16・塔
塔は誤った哲学、または認識の崩れ落ちる様を表しています。
孤立という偽りの基礎の上に立てられた知識の建築物は、偽りの学問の塔にすぎない。秩序への経緯を試され、
『無知なるものの大虐殺』および『ぶどう搾り器』と暗示されます。ニガリヨモギとヘンルーダは、苦みを持った植物で、火星は暴力と破壊の惑星です。

15・悪魔
15は数秘術では、性と密接に結びついた数です。
性と感覚の数字、5は加算すると1+2+3+4+5=15となります。15は5に3をかけたもので生殖器を象徴します。悪魔はしばしば山羊(カプリコン)として顕現します。山羊とロバは共に情欲を表します。悪魔とは奢りから神に反逆し、地上に落とされた天使です。このカードはこの世の権力と支配力の象徴であり、奢りと野心と情欲の強烈な力を表します。

14・節制
14は変化と変形を意味します。月が十四日周期で月から満月へ、満月から新月へと変化するからです。
このカードは世界に続くより高きところで、⑥ティフェレスと⑨イェソドを結びつけます。
注がれている液体はにより流れの中を魂が、より広いところからより高いところへと上昇していきます。
ティフェレスは人間の意識の層であり、イェソドは無意識の層です。『もし無意識に注意が注がれるなら、無意識はその内実をおのずと明かすであろう。そしてそれが今度は、生命の水の泉のように意識を実のあるものにしよう。なぜなら、われわれの霊的生活の双方が、もし切り離されれば、意識も又無意識同様不毛となるからだ。』

13・死神
自然界の死と再生のシンボルです。刈り取られた頭は、地に落ちた種で、そこから新たな芽や手や足が生えます。次のカードで完了する一つのサイクルの始まりを表し、そこから新たな生命の生まれる精神的枯渇と腐敗の状態に照応します。
人体で頭という最も『高』く啓かれ、凝縮された部分が地上に落ちて腐り、手や足、そして『より低き』自然のつかみとる力、作り出す力、押し出す力を生みます。13は『完全』な数である12より1多いこと、最後の晩餐に望んだ人の数が十三人で、そのうちのひとりユダがキリストを裏切ったことから、不吉な数とされていました。しかしながら、キリストは死からよみがえったので、13は降霊術、死者を蘇らせる術の数でもあります。
占星術では蠍座、天蝎宮は生殖器を支配します。これはさらに強力なエネルギーをもつ惑星である火星の支配を受けます。どう猛な狼と真っ赤なロブスターは火星に帰属します。

12・逆さ吊り男
この逆さ吊り男の道と正義の道は、ものの破壊する力、ゲヴラーへと至ります。それらは死と審判、つまり真の内なる自我の創造に先立つ偽りの自我の殺害と追放を表します。『大いなる覚醒』と『神聖なる死の神秘の後には栄光に満ちた復活の神秘』があることを暗示している。12は完了を表します。太古の昔から、一年も、一日も、12という単にからなりたっているからです。
逆さ吊り男のヘブライ文字はメムです。『セーフェル・イェツィーラー』はそれを水と結びつけています。メムもエム(M)も、水に当たるエジプトの象形文字から来ている。水は土の血であり、照明の豊穣の器です。これは、あらゆるものが元来は水に発し、混沌、すなわち世界がそこから作られたという混沌は、水であったという信仰の『泉であり源泉』です。水はまた人間の個性の『海』を意味し、暗い秘密の場に住まう蛇や蠍のすみかになります。
逆さ吊り男の過程で、自分の内的存在という洪水の中でおぼれます。破壊された偽りの自我は、外見、態度、嗜好、後天的な精神的習慣及び感情的習慣の『より高い』全体的構造によって、内的人間を閉じ込めます。
価値の逆転に置いて、断片化されることで、深淵の水を解き放ちます。この水は豊穣の水であり、新しい生命の種子、内部にある真の自我となりうる何者かの種子を運びます。

Pentaort4

11・正義
逆さ吊り男の死に続く審判は正義で、右手に剣を持ち左にははかりを持つ女性。彼女は正確な均衡であるという意味で正義です。達人は本質の対立し合う要素が等しく均等を保つような、受動的な均衡を達成します。特定の考えや行動を他に優先させることもなく、対立する考えや行動を調和させます。彼は『煉獄』を通過して、せめぎ合う様々な傾向を打ち消すことにより、彼自身を浄化します。10より1多い11は、『新たな始まり』を意味します。男性(剣とはかり)による女性(女)の妊娠に示されるように、このカードは真の自我の創造を示します。達人は動くことなく、受け身の状態で、『子宮の中にいて』、次のカード、運命の歯車において生まれるのを待ちます。

10・運命の歯車
力の道、隠者の道、運命の歯車の道は、ものを構成する力、ヘセドに至ります。これらの道に置いて、自らの内部に真の自我をつくりあげます。
10番、運命の歯車はすべての者がまぬがれることの出来ぬ宿命、運命、自然の不変的サイクル、生と死の強固な潮の干満、成長と腐敗を表します。10は、『あらゆるもの』を表す数です。『人が種をまき人が刈り取る』というカルマの法則である。
真の自我は正義に置いて『まかれ』、運命の輪によって『刈り取られる』のです。このカードは自然の生命に対する人間の介入を象徴します。この道で奇術師は『生命のあらゆる力の主』となります。

9・隠者

隠者の道はヘセド(父)とティフェレス(太陽、生命力)を結びつけます。
世間から孤立し、引きこもった隠者は、それでもなお他者にとっては光であり、のろしです。
ヨッドはファロス、想像力の文字であり、真の自我は、いわば円熟期に達し、奇術師は自分の内部に主を見出します。孤立し、自分自身だけで完結した存在である隠者とかかわる植物は、みな白い花を咲かせます。まったく自己だけをたよりとして現実される豊穣を象徴します。

8・力

さらに高いレベルで、塔と平行関係にある力は、『女と交わる野獣』というエンブレム。
愛と慈悲(ヘセド、ライオン)、残忍さと憎しみ(ゲヴラー、ライオン)という対立し合う層を結合します。
女性が野獣を支配するという不自然な支配は、異常で不愉快なものに対する服従の原理を暗示します。
高まる興奮と自己による原理の発見は、激しいエクスタシーの始まりです。それは、次のカード戦車で頂点に達し、真の自我の解放のため、障壁をたたき壊します。

7・戦車

恋人と戦車はビナーに至る道を支配します。この二本の道は、最上位の三つのセフィロースと補加温セフィロースを分かつはざま、人と神とのはざまをつないでいます。
戦車はより高い領域で、逆さ吊り男との平行の関係もあります。この『死』において達人は自分の内部の深みにではなく、宇宙の生命の中に没します。自分の道徳的、人間的特性を忌避し、ビナー、あるいはババロン、娼婦であると同時にあらゆる者の母の子宮に回帰します。一過程としての『発散』、賢者の石の生成、つまり人と神の同化、感情的および精神的狂気を通じて達成される一つの段階です。
この狂気は、奇術師が自らの存在の境界を超えて、あらゆるもの(スフィンクス-四元素と第五元素)と一体になるとき、つまり彼がババロンの黄金の盃に自らを注ぐという倒錯した結合を果たすとき、エクスタシーに達します。

6・恋人

このカードは、さまざまな意味、愛と無垢、誘惑、自由な意志、選択を持ちますが、特に対立物の統一を象徴します。
自らのの本性のうちに宿る対立物同士の均衡を保ち、それを調和しなければなりません。対立物同士の均衡と調和は、双子宮(双子座)、雑種性の生き物などによって示されます。
この溝にかかる道で、恋人というカードの中にその意味の込められている一つの選択を行います。それはより高き掟に従うべきか否かという、アダムとイヴの直面した問題です。自己の滅却を認めれば彼は女帝の道を通過する際に『生まれ変わる』。もし拒めば、彼は黒の修道士となり、エゴイズムの高く邪悪な殻の中で、宇宙の他の場から孤立してしまいます。
『こうした者は、他者を食い物にしつつ自分の孤立を守り、自分を強化しようという必死の努力にも関わらず、滋養の不足および宇宙の他の場の影響力という、遅々としていながらしかも確実な作用のため、しだいに解体されていく。たしかにしばらくの間は勢いを持つかもしれない。しかし結局は滅びる運命にあるのだ……』

5・教皇

女帝、皇帝、教皇それぞれの道は創造的な原理ホクマーに至る。第五番目の教皇は、神聖な事柄を明らかにする者-と呼ばれます。彼は霊的な能力と権威を獲得した大魔術士(マーガス)です。錬金術の『変質』という過程に照応します。
この過程で、完全なる物質、賢者の石は卑金属と混合され、それを黄金に変えます。彼はまた地上の営みに対する神の介在をも表しています(これはまた運命の歯車とより高い次元では平行関係にあります)。
教皇は天国と地獄の鍵を手にしています。善悪を見分ける知恵を象徴します。教皇は右手を掲げて『天』と『地』、神と人、黄金と卑金属の違いを示す。教皇は、これらを結びつける『媒介者』なのです。タウルスと呼ばれるシンボルは、太陽のシンボルと月のシンボル、つまり光の源である『上なるもの』と光を反射する『下なるもの』を結合します。タウルスはヴィーナスの支配を受けます。祈りの姿勢で手をかかげる教皇は、『無私の愛という観念』を象徴します。

4・皇帝

皇帝は教皇の分身であり、物質的なものの支配者です。皇帝は、世俗的権威、組織、政体、法、秩序、ものの外面と意匠を洗わします。
皇帝は玉座に座しているか、もたれており、手には王笏を握っています。玉座のひじ掛けの先には羊の頭の飾りが付いています。これは、男性的なエネルギーと支配とを意味する牡羊座、白羊宮に由来します。
皇帝は、物事に対し秩序や形成を共用する神または男であり、『自ら法を布告し』、これより低いあらゆる存在を支配する奇術師です。フクロウと知恵を戦いの女神アテネの鳥であり、ホクマーは神の知恵です。

3・女帝

神の能動的原理と受動的原理、あるいは男性原理と女性原理であるホクマーとビナーを結びます。女帝は、自然と愛の女神ヴィーナスに照応します。女帝はしばしば『ヨハネ黙示録』の太陽をまとう女性と同一視され、自然の美、快楽、豊穣、豊かな生命を表します。女帝の懐妊は、宇宙の創造によって実現される、無限から有限への神聖なる進化を表します。
奇術師もホクマーに至るため、同様の進化を経験しなければなりません。彼はビナーにおいて神と一体化し、無限の存在となります。
この道で無限であると同時に有限な存在として生まれ変わります。

2・女教皇

最終的に目指すケテルに至るには、愚者、奇術師、そして女教皇の道をそれぞれ通過しなければなりません。
行為の尼層と呼ばれる女教皇は二本の柱の間のにいて、二重性、対立物、破られた処女膜、犯された処女性を意味するヴェールがかかっています。女教皇の道は天国に至る門でもあります。神になるため自分の本質に宿る対立物同士を調和し、己の二重性を打破しなければなりません。究極の知識とは、己についての完全なる知識を意味します。『それはいわばヴェールに覆われている。このヴェールが、自意識より発する凝縮された衝動により、引き裂かれ、あるいは突き通されるときのみ、潜在意識の創造的な活力が解き放たれ現実なものとなる。』すなわち、『あらゆるものは、動的な原理(意識的エゴ)が、不活発ではあるが潜在的な(無意識的な)ものを刺激するという原理に基づく』ことになります。精神において統一が達成されない場合、このカードは不吉な様相を帯びることになります。月は不吉を表します。死と悪霊に関わる青ざめた女王で、肥沃で豊穣なるものと対立する未開で不毛なるものを表します。

1・奇術師

この奇術師は、生命の黄金の玉を操り、続ける天上界の奇術師で神と人との純粋な創造的意志を象徴します。
1は始まり、第一要因、勃起した男根の数であり、ツバメは、春、一つのサイクルの始まり、生命の始動を表します。猿と時は、メルクリウスに当たるエジプトの神、魔術と知性の神トートに属します。
奇術師とはエゴであり、人間のパーソナリティ中の意識を支配する力です。
奇術師から教皇まで上から下へと追っていくと、ジプシーの伝統では、これら五枚のカードは世界を支配するさまざまな力を表すと信じられてきました。
奇術師は神聖なる精神、女教皇と女帝は、その精神の中にわき起こる思考を表します。女教皇は、本来の純粋な状態の思考です。女帝は、あらゆるものの母となるため、精神によって子を宿されたあとの思考です。
思考より発する更に低い力の中には、しばしば物質的なもの(皇帝)、あるいは精神的なもの(教皇)の創造者とみなされてきました。
セフィロートの樹では皇帝の道は悪魔に続いています。皇帝は、『暁の太陽』と呼ばれます。これは、『暁の子、ルキファー』を連想させます。ゆえに、教皇は、不吉な要素をも帯びています。
世界を創造した力は人々を自らに縛り付けておく手段として、道徳的基準という者を定めたという。

0・愚者
自分がどこにいるのかも知らず、愚者は一歩あやまれば崖から下へ落ちてしまいます。愚者はケテルから他のセフィロースに通じる第一番目の道、および最初のヘブライ語アレフに照応します。『セーフェル・イェツィーラー』は、アレフを空気と結びつけています。ワシは大空の王であり、エジプト象形文字のAはワシでした。
愚かさ、あるいは狂気のシンボルです。それらは神聖なる愚行です。天地創造の初めに、無の中へと下りていこうとする(崖から落ちる)神の霊です。愚者は神に近付こうとする人間の、完璧な霊でもあります。
神はあらゆるものに浸透し、あらゆる制限から自由です。神はあらゆる性能を備えていると同時に、何の性質も備えていません。なぜなら、一つの性質を神に帰することは、神の可能性を限定することになるからです。
愚者はあらゆるものを包含していながら、しかも無であり、0です。愚者は、空気と同じように自由であり、あらゆるものに浸透し、実体を持ちません。
『風は思いのままに吹く。音を聞くことが出来ても、どこからどこへ吹いていくのかわからない。霊から生まれた者すべてがそうであるように。』

参考文献
黒魔術:リチャード・キャヴェンディッシュ著、栂正行(河出書房新社)
召喚師:高平鳴海監修、不動舘、大林憲司、糸井賢一共著(新紀元社)
魔法・魔術:山北 篤著(新紀元社)

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

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  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。