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2009年5月31日 (日)

能 「野守の鏡」

出羽の羽黒山より山伏が葛城山へ修行にゆく途中、大和の春日野に来て老翁と出会う。老人はこの土地の野を守っている者だと名乗り、由緒ありげな水たまりのいわれを山伏に伝えた。。
「私たちのような野守が朝夕姿を映すので、野守の鏡と申します。まことの野守の鏡とは、昔この塚に住んで、昼は人となってこの野を守っていた鬼神が持っていた鏡のことです」
昼間は人の姿に身を変えて、夜は本来の鬼に戻って鬼神が持つ鏡のだという。 

「はし鷹の野守の鏡、得てしかな、思い思はず、よそながら見ん」
と詠った和歌があるが、この池の事かと山伏は訪ねた。
「その昔春日の里で鷹狩りが行われましたが、皇帝は鷹を見失ってしまいました。探し求めていますとひとりの野守に出会いました。皇帝が鷹の行方を尋ねますと、その鷹ならこの水たまりの底に居ますよと答えます。なるほど水面にみごとな鷹が映っているではありませんか。よくみれば、樹の枝に鷹がとまって映っているのでした」
老人は昔の話しをしていると、若かりし頃を思い出して懐かしくなり涙する。
山伏は本物の鏡を見てみたいという。野守は鬼神の鏡は恐ろしい物なので、この池の水鏡を見るだけにしておくようにといい残して塚の中へ姿をくらました。

ふたたび里人から「野守の鏡」の話を聞き、山伏はみどうしても見たい物だと思った。
やがて先ほどの野守が鬼神の化身だったと気が付いて夜が訪れる。
塚にむかって珠数を揉み一心不乱に祈った。山伏の読経にひかれ、鬼神が現れる。
燃えるような紅蓮の瞳。 手には鏡。一片の曇り無き鏡。
姿は鬼だが、心に邪な気持ちなど無い。この鏡こそがその証。
山伏は雲よりも高い山に身命をかけて、時間を惜しんで修行したので、この奇特に出会えた。
「野守の鏡」で周囲を照らせば、鏡は照魔鏡となる。
鬼神は持っていた鏡で天地東西南北、天界から地獄までを映して見せた。
「この鏡は天界から地獄までくまなく映す鏡。地獄に堕ちた人の罪の軽重も獄卒に鉄状で打たれる有様も映し出す明鏡の宝なれ」
数々の護法童子の姿。四方を見渡せば、仏法を守護する五大明王が映る。
天を照らせば地上の人々の生活、人の生涯が、また大地を照らせば罪の軽重、地獄の責め苦が冷ややかに映し出される。
閻魔大王の持つ浄玻璃の鏡もかくや、という通力である。
これぞ真の「野守の鏡」。鬼神にすら邪道を捨てさせる、鏡の中の鏡。
山伏に鏡の威徳を示すと、大地を踏み破って、鬼神は奈落の底・地獄へと帰っていくのだった。

 
野守の意味、古今、新古今の2首、修験道の知識、仏教の知識、奈良の地理、古代の歴史、これらが鑑賞を助ける。
http://blog.livedoor.jp/kinnyuuronnsawa/archives/2007-05.html

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