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2009年6月 1日 (月)

能にして能にあらず

「能にして能にあらず」と言われる『翁』は普通の能とは別格に扱われており、非常に古い歴史をもつ。謡は陀羅尼か笛の譜か西蔵語かチベット語ではないかともいわれる「とうとうたらり たらりら」と呪法めいた言葉で始まり、「千秋万歳の 喜びの舞いなれば 一舞い舞はう万歳楽」と謡い納める。

「千里也多楽里 多楽有楽 多楽有楽 我利利有 百百百 多楽里 多楽有楽(チリヤタラリ タラアリヤラ タラアリヤラ ガリリアリヤ トウトウトウ タラリ タラアリヤラ)」

というのがあり、本文左傍に片仮名でついているその訓は
「チチノ里ナル楽シミ多キ里ハ、多ク楽シミアリヤ。楽シキ多ク楽シミ有ル楽シキ我ニハ喜ビアリ。百百(モモモモ)シイ多ク楽シキ里ハ、楽シミ多ク有リヤ楽シヤ」(正教蔵本)」

九巻唱歌の第一句「チリヤタラリ」は現行の謡では第三句になっているが、山伏神楽の「翁」の幕出では、各所を通じて第一句に謡われている。(「鳴るは瀧の水」)ともかくこれは、呪文めかしてつくった滑稽な猿楽者流の幕出謡であったには相違なかろう。
(本田 安次「翁そのほか--能及び狂言考之弐--」)  

千千の里なる楽しみ多き里は、多く楽しみありや。
楽しき多く楽しみ有る楽しき我に喜び有り。
百百百(ももも)しい多く楽しき里は
楽しみ多く有りや楽しみ。

この翁の出自は海の彼方から来訪する<マレビト>といわれた。
神に対して祝言を述べたり、共同体の成員に向かって言祝ぐ役割を担っていた。
翁はこの世とあの世との間にいる常世に要る他界人、本籍は霊界にあり、仮にこの世に居る神の代行者なのだろうか。

世阿弥『風姿花伝』によると、翁舞はもともと古くは三人の翁によって演ぜられていたらしい。
稲積の翁、代継の翁、父の尉(じょう)の三人の老翁が舞う。世阿弥は翁舞が三人になっているのは、仏教でいう「法身・報身・応身」の如来の姿を象)っていると記す。
仏の三化身を三人で舞うから、能楽界では「式三番」というふうに伝えられてきた。三人で舞っていたものうちの一人が稚児になったのか。三翁は二翁・一稚児となったのか。

空海は紀州の田辺で「異相の老翁」に出会った。老翁がしきりに仏法紹隆・仏法擁護を誓うので、それに応え二人は京の東寺での再会を約束した。それから7年後になって、「異相の老翁」(化人)が稲を背負い、杉の葉をさげ、二人の女と二人の童子を連れて教王護国寺を訪れた。それが稲荷大明神であったと、『稲荷大明神流記』は記している。

金春禅竹はその『明宿集』に、翁面はつねに鬼面と一体のものとして伝承されてきたと書いていた。いったいどうして山中の修行者に翁と童子が出現したり、変身したりするのであろうか。翁は神の変身なのか、仏の化身で、童子の伴身を促すものなのか。

 柳田国男『遠野物語』序文によると、「翁さび飛ばず鳴かざるをちかたの 森のふくろふ笑ふらんかも」という歌が示されているが、この「翁さび」の意味の大半をうけとめ、展開できたのは折口信夫だった。折口は、「翁さび」とは翁が「神のもどき」を見せていることであり、そのように「神のもどき」をする神とは、マレビトとしての来訪神であることを証した。
能の『翁』に象徴される様式や振舞の意図の背後には、日本の芸能の根源によこたわる「祭りの本質」がひそんでいたということになる。折口はこのことを『翁の発生』と『大嘗祭の本義』で示した。

★翁の発生  折口信夫★
http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/18406_14349.html

『翁』は能のなかで最も神聖視され、祝いの時に舞われる。
神の出現する能を脇能と呼ばれるのは、翁の脇という意味と考えられている。演じる形式も普通の能とは異なり、シテの翁をはじめ諸役を務める一同が、揃って橋懸かりから登場し、地謡の方々はいつもの地謡座ではなく鏡板の前の後座につく。
謡方、後見方、囃子方が侍烏帽子に素袍大紋を着るのも、小鼓が三挺の連調で囃すのも翁に限られている。
精進を保った演者たちは、カチカチという切り火の音に送られて、白式尉、黒式面の二面と鈴の入った箱を捧げた面箱の役を先頭に舞台上に現れる。演者が直面(素顔)で現れ舞台上で面を着けるのも、翁の能のみである。
このように『翁』という能はあらゆる点で異例であり、諸役の扮装にもまた独特なものが少なくない。

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