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2009年10月 5日 (月)

若冲ワンダーランド

伊藤若冲
若冲(じゃくちゅう)は知る人ぞ知る幻の画家の存在であった。
しかし『奇想の系譜』が話題とされて脚光を浴びた。
そして1990年代以降は超絶した技巧と奇抜な構成が再評価される。
飛躍的に『奇想』の図案は知名度と人気を集めている。

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今、観られる若冲  伊藤若冲《菜蟲譜》と江戸絵画の魅力
2009年9月19日(土)~10月25日(日) 佐野市立吉澤記念美術館
■前半部分を9月19日から10月10日まで、後半部分を10月11日から25日まで展示
http://www.city.sano.lg.jp/museum/collection/index.html

日本の美 国宝との出会い -京都国立博物館所蔵品展-
前期 2009年10月2日(金)~10月25日(日)  後期 10月27日(火)~11月8日(日) 

■「空海や雪舟、伊藤若冲(じゃくちゅう)ら大家の作品が一堂にそろい…」
富山県水墨美術館 http://www.pref.toyama.jp/branches/

Jyakutyu_omote Takuura

若冲ワンダーランド
2009年9月1日(火)~12月13日(日) MIHO MUSEUM
■「新発見で話題となった伊藤若冲(1716-1800)の「象鯨図屏風」(初公開)や、プライス・コレクションなどの若冲の名品を中心に、大雅、蕪村、蕭白、芦雪など、同じ時代を生きた京の絵師たちの傑作を選りすぐって展示します。」
 http://www.art-inn.jp/tenrankai/002064.html

これから観られる若冲  皇室の名宝-日本美の華-
前期:2009年10月6日(火)~11月3日(火・祝)、後期:2009年11月12日(木)~11月29日(日) 東京国立博物館 公式サイトhttp://www.tnm.go.jp/jp/servlet/
■「動植綵絵」
細見美術館開館10周年記念展 日本の美と出会う-琳派・若冲・数寄の心-
高島屋ホームページ
2009年12月28日(月)~2010年1月11日(月・祝) ジェイアール名古屋高島屋
http://www.mbs.jp/event/2009nihon/
http://www.mbs.jp/event/2009nihon/midokoro.shtml

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伊藤 若冲(いとう じゃくちゅう)
正徳6年2月8日(1716年3月1日) - 寛政12年9月10日(1800年10月27日)
近世日本の画家の一人。江戸時代中期の京にて活躍した絵師。 写実と想像を巧みに融合させた「奇想の画家」として曾我蕭白、長沢芦雪と並び称せられる。

正徳6年(1716年)、京・錦小路(cf.)の青物問屋「枡源」の跡取り息子として生まれる。23歳のとき、父・源左衛門の死去に伴い、4代目枡屋(伊藤)源左衛門を襲名する。「若冲」の号は、禅の師であった相国寺の禅僧・大典顕常から与えられた居士号である。大典の書き遺した記録『藤景和画記』によると、若冲という人物は絵を描くこと以外、世間の雑事には全く興味を示さなかったという。商売には熱心でなく、芸事もせず、酒も嗜まず、生涯、妻も娶らなかった。

40歳の宝暦5年(1755年)には、家督をすぐ下の弟に譲ってはやばやと隠居し(当時、40歳は「初老」であった)、念願の作画三昧の日々に入った。以後、85歳の長寿を全うするまでに多くの名作を残している。なお、若冲の墓は2つの寺にある。一箇所は相国寺の生前墓の寿蔵(右列下段に画像あり)。もう一箇所は伏見深草の石峯寺である。彼は晩年、石峯寺の五百羅漢石像や天井画などの制作に力を注ぎ、没後、同寺に葬られた。

作風
『続書家人物志』(青柳文蔵)には、若冲が狩野派の画家大岡春卜に師事したとの記述があり、大典顕常による若冲の墓碑銘にも狩野派に学んだとあるが、誰かに師事したことを示す史料はない。現存作品の作風から狩野派の影響を探すのは困難だが、図様について、狩野派の絵本との類似点が指摘されている。

前記の墓碑銘によると、若冲は狩野派の画法に通じた後その画法を捨て、宋元画(濃彩の花鳥画)に学び、模写に励んだとしている。さらに、模写に厭きた若冲はその画法をも捨て、実物写生に移行したと伝える。実物写生への移行は、当時の本草学の流行にみられる実証主義的気運の高まりの影響も受けていると言われる。また、大典顕常が読書を通じて宋代の画家の写生の実践を知り、それを若冲に伝えたとも言われる。

作品は、山水画は少なく、濃彩の花鳥画、とくに鶏の絵を得意とした。美しい色彩と綿密な描写を特徴とするが、写生画とは言い難い、若冲独特の感覚で捉えられた色彩・形態が「写生された物」を通して展開されている。

代表作の『動植綵絵』(どうしょくさいえ、動植物を描いた彩色画の意。cf.綵)30幅は、鶏、鳳凰、草花、魚介類などが、さまざまな色彩と形態のアラベスクを織り成す、華麗な作品である。綿密な写生に基づきながら、その画面にはどこか近代のシュルレアリスムにも似通う幻想的な雰囲気が漂う。「動植綵絵」は、若冲が相国寺に寄進したものであるが、のち皇室御物となり、現在は宮内庁が管理している。

提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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