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2009年11月28日 (土)

大日本零円札の沿革

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千円札裁判判決後1969年、本物の大日本零円札を発行する。
「傍目にはいかに本物と見えようとも、やはり本物であることを御理解下さい。
東京都杉並区成田東四ノ五ノ十四 大日本零円札発行所赤瀬川原平」

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暴力貯蓄口座く順法絵画〉
 このたび「暴力貯蓄口座順法絵画大日本零円札」を開設いたしましたのでお知らせいたします。順法絵画とはなにか、そもそも絵画とはなにか、暴れる力とはなにか、とかいういろいろなことは、この大日本零円札を手にすれば考えなくてもわかる仕組になっているのですが、ここでひとつ頚を使って考えてみるのも暴力の利殖に一役かうことになるのかもしれません。

……「本物」いう極印が押されてあり、この極印にはそれなりの由来があるのですが、その極印があるかかわらず、そしその分厚い零円札の札束(いくら分厚くても零円)にしても、なお管理当局にはそこにある紙幣としての実体に対処する警もちえなかったものであります。
そしてこの史上最後の紙幣であるべき史最初の零円札発行を許し、しかもそれ先行さ
れたことによつて、全紙幣の統制をおこなうという潔癖な体制が遂に完成できなかったということは、時の権力にとっては贋札の出現にもまさる、いまだ隠れたる大惨事であり、シャツトアウトを目前に約束されているのです。
すなわち、この大日本零円札は「一家に一枚零門札」の合言葉のもとに、皆様のお手許の百円札三枚とお取えしているものでありまして、巷の百円札は順番に零円札となるのであります。そして百円札の発行当局が「シマツた!」と思った時はすでにおそく、巷の紙幣はすべて零円札発行所の倉庫に、はちきれんばかり回収されているのです。

 ……この順法絵画についてここに零円札之ポスターの中から、順法絵画零門札の沿革のことばを引用してみることに致します。

 沿  革
 濡れた葡萄を抜き取って
   偶天鐘区の敷いた道
 海を抜かれた貝殻は
   鉄を通って紙となる
      サツ  トノネル
 お札の隠遁横に見て
   武闘を秘めた民間の
 霞ヶ関を超えて行く
    零に託した
         順法絵画

 ……零門札は、その紙幣としての実体を必要とも不必要ともする魔力をもって、なお実体として己れの空間を独占しながら巷に流通してゆくのです。それは国家の紙幣が武力による制度の加護のもとに使用され、そしてまた現在のニセ札がひそかに無断でその加護を受けながら使用されるのに対し、零門札は、実体がそのまま制度であるという、いわば「俺が法律だ」というがごとき暴力の根源に立脚し、それによって公然とお札の随道の中を通り、そして外側からはその随道の中のお札を吸い出すのです。
                
 お札に対するこのような公然たる暴力による介入の中に、人は模型における非暴力の苦汁をかえりみるかもしれません。
 総体としての実体を秘めて霞の如く現前する体制に対して、零の乗法をもって介入する大日本零円札は、堂々と霞ケ閑を超えてゆき、シャットアウトを目指しながらも野球のスコアとは反対に、九回戦から試合開始まで逆行し、随道内の空間を隅々まで独占しつくすのであります。このようなタイムマシンの暴力による零の貯蓄は、試合開始の暴力をも貯蓄することでしょう。
 零門札のあふれるところ限りなし、零円札の行くところさえぎるものなし、これすべて順法精神の賜物であります。
 以上が大体のおおまかな順法絵画零円札の沿革であり「零門札史観」であります。いずれそのものを手にすれば、すべては明白となるのです。
このようにして巷の紙幣ほ順ぐりに零円となってゆき、順番ほぼつぼつそちらさんに回ってゆきます。どうか掌許のでき得るかぎりの巷の紙幣をかき集め、零円札発行所までお早めにお送り下さい。

六八年七月   大日本零円札発行所

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模型千円札と裁判 http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_d8a9.html

「模造千円札の個展案内状 画家に懲役求刑」
(毎日新聞昭和41年11月21日夕刊1面)


「個展の案内状などに使うため、千円札の模造品を作ったとして通貨、証券模造取締法違反で起訴された画家、赤瀬川克彦(二九)=東京杉並区=ら三被告の求刑公判は、二十一日、東京地裁刑事十三部(堀義次裁判長)で開かれ、北村検事は「どこで使用されるかわからないほど実物に似ている。芸術家の表現の自由にも限界がある」と赤瀬川被告に懲役六月、二人の印刷業者にそれぞれ懲役四月を求刑した。
 この事件は、ニセ千円札"チー三七号"事件が世間を騒がせた当時、警視庁捜査三課に摘発されたもので、芸術活動として行なわれた通貨の模造が罪に問われたのは珍しく、芸術か犯罪かをめぐって論争がくりひろげられていた。
 起訴状によると、赤瀬川被告らは三十八年一月中旬、千円札の表側を写真製版にとり、クリーム色の紙に緑色のインクで印刷、裏には個展の案内状を印刷した模造品約三百枚を作ったほか、同年三月から五月までの間にも約二千七百枚を作った。」

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赤瀬川原平 『復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る)』

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