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2009年11月11日 (水)

阪神間モダニズム

大阪と神戸に挟まれ、六甲山を背景に広がる阪神地域は、明治時代の鉄道網の開通とともに大阪商人をはじめ、芸術家や文化人が移り住み、別荘地、郊外住宅地として発展します。伝統を重んじる一方で西洋文化の影響を受け、生活を楽しむ趣味豊かな人によって「阪神間モダニズム」と呼ばれるハイカラでモダンな独自のスタイルが築かれました。
http://www.kkr.mlit.go.jp/hanshin/mati/modernism/mode_01.html

戦前(主に1900年代から1930年代)にかけて、主に六甲山系と海に囲まれた理想的な地形を有する阪神間(神戸市灘区・東灘区、芦屋市、宝塚市、西宮市、伊丹市、尼崎市、三田市、川西市)を中心とした地域を土台に育まれた、近代的な芸術・文化・生活様式とその時代の状況を指す。

1923年(大正12年)の関東大震災によって継続的な都市化が一旦中断した東京湾岸とは対照的に、スプロールを続ける大阪湾岸(大阪・神戸)近郊の郊外化にともない、大阪府下の池田市、箕面市、豊中市、および神戸市須磨区・垂水区辺りまで、その文化圏は拡大していった。

語義
1997年の「阪神間モダニズム」展(兵庫県立近代美術館・西宮市大谷記念美術館・芦屋市立美術博物館・芦屋市谷崎潤一郎記念館の同時開催)を機に定義され、使われるようになった地域文化史の概念である。

戦後復興期や高度経済成長期など現代の日本(戦後)を除外し、明治維新から第二次世界大戦までの日本の近代化(戦前)の過程におけるこの地域での黎明期の文化現象を考察対象とする。

経緯
1894年~1895年の日清戦争を経て、当時の大阪は、日本最大の経済都市となり、神戸も東洋最大の港湾都市へと発展した。しかし、この両都市の産業拡大により、既成市街地の住環境は悪化することになる。

相前後して近畿地方では、アメリカ合衆国の例に倣ったインターアーバン(都市間電車)路線の建設が盛んとなった。阪神電気鉄道本線(1905年開業)を嚆矢とし、続く箕面有馬電気軌道(後の阪急宝塚本線、1910年開業)、阪神急行電鉄神戸本線(1920年開業)ほかの各線の開通は、神戸・北摂の未開拓な後背地であった近郊農村地帯への着目のきっかけとなり、快適な住環境創造を目的とする郊外住宅地の開発が、鉄道沿線である風光明媚な六甲山南斜面、いわゆる阪神間において進められた。この地区の都市的、文化的な発達と関西私鉄資本は切っても切れない関係にある。

まずは、明治期に京阪神の豪商階級の豪壮な邸宅を住吉村(現神戸市東灘区)の地域に次々と建築していった。この地域の開発を契機に、大正期になると実業家以外にも、当時の新興階級であった大卒のインテリサラリーマン層、つまり無産中流階級のための住宅地として発展した。文化的、経済的な環境が整ったことから芸術家や文化人などが多く移り住み、別荘地であった六甲の山上および緑豊な市街地となった山麓に、彼らブルジョアと呼ばれる富裕層を対象とした様々な文化・教育・社交場としてのホテル・娯楽施設が造られ、大リゾート地が形成された。そして、これら西洋文化の影響を受けた生活を楽しむ独自の生活様式が育まれたのである。それらは、現在に至る日本の芸術や文化、教育、娯楽、生活に多大な影響を与えた。現代でも高級住宅地、ブランド住宅地として全国屈指のエリアとなっている。 日本の近現代に建設された関東地方における例として軽井沢などの洋風リゾート施設・高級別荘地および、田園調布などの東京近郊住宅地にも、阪神間モダニズムの影響を見ることができる。

■ 当時建設された主な施設・邸宅等
武庫離宮(現・須磨離宮公園)
再度公園
相楽園(旧小寺泰次郎邸・蘇鉄園)
旧小寺家厩舎(相楽園内、国重要文化財)
旧山邑邸(現・ヨドコウ迎賓館、フランク・ロイド・ライト設計)
芦屋市谷崎潤一郎記念館(富田砕花および、谷崎潤一郎の邸宅)
旧安部邸(現・サンアール不動産芦屋寮)
滴翠美術館(山口財閥当主、山口吉郎兵衛の邸宅)
白鶴美術館(白鶴酒造、嘉納財閥、嘉納治兵衛の邸宅)
香雪美術館(朝日新聞社創業者、村山龍平の邸宅)
甲南漬資料館(旧高嶋平介]邸)
倚松庵(谷崎潤一郎の旧居)
二楽荘(浄土真宗本願寺派二十二世門主、大谷光瑞伯爵の邸宅)
旧辰馬喜十郎邸
旧乾邸(四代目乾新兵衛の邸宅)
旧住友家住吉本邸(住友財閥当主・住友友純男爵の邸宅)
旧岩井邸(岩井財閥当主・岩井勝次郎の邸宅)
旧野村家住吉本邸(野村財閥当主・野村徳七の邸宅)
旧住友分家邸(住友義輝の邸宅)
旧野村分家邸(野村元五郎の邸宅)
旧伊藤邸(伊藤忠財閥当主・二代伊藤忠兵衛の邸宅)
旧辰馬邸(辰馬財閥当主・辰馬吉左衛門の邸宅)
旧八馬邸(八馬財閥当主・八馬兼介の邸宅)
旧和田邸(和田久左衛門の邸宅)
旧小寺邸(小寺源吾の邸宅)
旧阿部邸(阿部房次郎の邸宅)
旧鈴木邸(鈴木馬左也の邸宅)
旧兼松邸(兼松房治郎の邸宅)
旧田代邸(田代重右衛門の邸宅)
旧勝田邸(現天理教兵庫教務支庁、勝田銀次郎の邸宅)
旧武田邸(銜艸居・現武田資料館、武田長兵衛の邸宅)
旧小寺敬一邸
旧弘世邸(現蘇州園・弘世助三郎の邸宅)
旧大林邸(大林組、大林義雄の邸宅)
旧山下邸(熊内御殿)(山下亀三郎の邸宅)
旧久原邸(久原財閥当主・久原房之助の邸宅)
旧川崎邸(神戸川崎財閥・男爵川崎正蔵の邸宅)
旧九鬼邸(子爵九鬼隆義の邸宅)
旧西尾邸(西尾類蔵の邸宅・現神戸迎賓館)
旧岡崎邸(岡崎財閥当主・岡崎忠雄の邸宅、現須磨離宮公園・植物園)
旧グッゲンハイム邸
旧ビクトル・ヘルマン邸(ヘルマンハイツ)
旧ハンター住宅
旧内田邸(内田信也の邸宅)
旧九鬼隆一邸
旧山本邸(現:財団法人 山本清記念財団)
旧小曽根邸(小曽根財閥当主・小曽根喜一郎の邸宅)
旧松下幸之助邸(名次庵・光雲荘)

提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Histrical architecture in Osaka Japan 消え行く大阪の近現代建築
http://www.youtube.com/watch?v=f_cAiw8V44Y

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  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。