« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »

2009年12月31日 (木)

サイト全体(合算)のアクセス解析

累計アクセス数: 251131 1日当たりの平均: 182.11
解析対象期間: 2009年9月1日(火) ~ 2009年12月30日(水)
訪問者がどのような言葉を組み合わせて検索して訪れたかがわかります。検索時に入力された語句をそのまま集計しています。   集計対象アクセス数:21,865

   検索ワード/フレーズ        割合
1 数字 意味  G Y M  987 4.5%
2 数字の意味  G Y M  392 1.8%
3 福音館 年収  G Y M  258 1.2%
4 エメラルドタブレット  G Y M  240 1.1%
5 radiohead 歌詞  G Y M  222 1.0%
6 聖徳太子 予言  G Y M  216 1.0%
7 福音館書店 年収  G Y M  198 0.9%
8 未来から来た男  G Y M  183 0.8%
9 新聞社 年収  G Y M  170 0.8%
10 出版社 年収  G Y M  133 0.6%
11 朝日新聞出版 給料  G Y M  121 0.6%
12 福音館 給料  G Y M  118 0.5%
13 エメラルド・タブレット  G Y M  113 0.5%
14 ピクトグラム  G Y M  112 0.5%
15 お荷物小荷物  G Y M  105 0.5%
16 象と鯨図屏風  G Y M  101 0.5%
17 吾妻ひでお  G Y M  98 0.4%
18 生命の樹  G Y M  88 0.4%
19 福音館書店 給料  G Y M  79 0.4%
19 9.11 写真  G Y M  79 0.4%
21 出版社 給料  G Y M  70 0.3%
21 新聞社 給料  G Y M  70 0.3%
23 象鯨図屏風  G Y M  69 0.3%
24 モンドリアン  G Y M  65 0.3%
25 無心のまえぶれ  G Y M  62 0.3%
26 radiohead 歌詞 訳  G Y M  58 0.3%
26 医学書院 年収  G Y M  58 0.3%
28 レディオヘッド 歌詞 訳  G Y M  56 0.3%
29 ゴッホ ひまわり 贋作  G Y M  52 0.2%
30 吊るされた男 意味  G Y M  51 0.2%
31 女教皇 意味  G Y M  50 0.2%
31 大日本零円札  G Y M  50 0.2%
33 セバスチャン・サルガド  G Y M  49 0.2%
34 パウル・クレー  G Y M  48 0.2%
35 9.11  G Y M  47 0.2%
35 未来から来た  G Y M  47 0.2%
37 日本海テレビ 給料  G Y M  41 0.2%
37 江古田の無用窓口  G Y M  41 0.2%
39 テレビ局 給料  G Y M  38 0.2%
40 セフィロトの樹  G Y M  37 0.2%
41 中山千夏 お荷物小荷物  G Y M  36 0.2%
41 ニートの高齢化  G Y M  36 0.2%
43 菊畑茂久馬  G Y M  35 0.2%
44 数字の持つ意味  G Y M  34 0.2%
45 エメラルド タブレット  G Y M  33 0.2%
46 テレビ局 年収  G Y M  32 0.1%
47 タロット 生命の樹  G Y M  31 0.1%
47 小町算  G Y M  31 0.1%
47 隠者 意味  G Y M  31 0.1%
50 聖徳太子の予言  G Y M  29 0.1%
50 零円札  G Y M  29 0.1%
52 池田龍雄  G Y M  28 0.1%
52 桑原甲子雄  G Y M  28 0.1%
54 伊藤若冲 2009  G Y M  27 0.1%
54 Auguries of Innocence  G Y M  27 0.1%
56 reckoner 歌詞  G Y M  26 0.1%
56 22 数字 意味  G Y M  26 0.1%
56 ゲマトリア数秘術  G Y M  26 0.1%
56 ルクレジオ  G Y M  26 0.1%
56 集英社 年収  G Y M  26 0.1%
61 ペンギンタロット  G Y M  25 0.1%
61 22 意味  G Y M  25 0.1%
61 福音館書店 初任給  G Y M  25 0.1%
61 radiohead videotape 歌詞  G Y M  25 0.1%
65 猿の手  G Y M  24 0.1%
65 数字 6 意味  G Y M  24 0.1%
65 言霊学  G Y M  24 0.1%
65 15step 歌詞  G Y M  24 0.1%
65 朝日新聞社 年収  G Y M  24 0.1%
70 ゲマトリア 変換  G Y M  23 0.1%
70 小学館 年収  G Y M  23 0.1%
72 おおニート  G Y M  22 0.1%
72 伊藤若冲 象鯨図屏風  G Y M  22 0.1%
72 神の草  G Y M  22 0.1%
72 新聞記者 年収  G Y M  22 0.1%
72 third ear band  G Y M  22 0.1%
77 未来から来た男 ジョン・タイター  G Y M  21 0.1%
77 吊るされた男  G Y M  21 0.1%
77 小学館 給料  G Y M  21 0.1%
77 中日新聞 年収  G Y M  21 0.1%
77 ル・クレジオ  G Y M  21 0.1%
77 医歯薬出版 年収  G Y M  21 0.1%
77 北野武 ロシア  G Y M  21 0.1%
77 日本農業新聞 年収  G Y M  21 0.1%
77 音楽 ビジネスモデル  G Y M  21 0.1%
86 タロットカード 印刷  G Y M  20 0.1%
86 秘密曼荼羅十住心論  G Y M  20 0.1%
86 未来から来た予言者  G Y M  20 0.1%
89 三界に家なし  G Y M  19 0.1%
89 フェルメール  G Y M  19 0.1%
89 ピアノ炎上  G Y M  19 0.1%
89 in rainbows 歌詞  G Y M  19 0.1%
89 お茶の水の無用門  G Y M  19 0.1%
89 画家 石田徹也  G Y M  19 0.1%
89 プレッシャー世代 ゆとり世代  G Y M  19 0.1%
89 radiohead in rainbows 歌詞  G Y M  19 0.1%
89 石田 画家  G Y M  19 0.1%
89 blow up 映画  G Y M  19 0.1%
99 峻厳の柱  G Y M  18 0.1%
99 数字 12 意味  G Y M  18 0.1%

中川幸夫の前衛いけばな

Nakagawa Nakagawa1 Nakagawa2 Nakagawa3

中川幸夫(Wikipedia)
(なかがわ ゆきお、1918年7月25日 - )
香川県出身の前衛いけばな作家。華道家、芸術家。代表作に「花坊主」「魔の山」などがある。

敗戦直後の日本で勃興し、数年間の隆盛ののちに収束した「前衛いけ花」の活動家として知られる。この頃には中川のほかに勅使河原蒼風、小原豊雲、中山文甫らが同様の活動をしていた。この極めてアーティスティックな花の表現運動は「流派」という大きな流れを頂点とするいけ花界ヒエラルキーをどのように維持してゆくかに執着する動きにはあわず、「古典のみなおし」という建前によって後退、収束を余儀なくされた。中川は「流派」に属さず「流派」を持たないことで、唯一「前衛いけ花」作家でありつづける事を貫いた。

3歳のとき事故による怪我が元で脊椎カリエスにかかる。地元の小学校を卒業後、大阪の石版印刷屋へ奉公に出る。その9年後に病が悪化し帰郷。祖父と伯母が池坊に属し「いけばな」をしていたことから、叔母のもとでいけ花を始める。

戦後の1949年、創刊されたばかりの専門誌「いけばな芸術」へ送付した花の作品写真が作庭家の重森三玲に認められ、世に名が知られるようになる。1951年、白菜を活けた「ブルース」という作品についての見解の相違がもとで家元と衝突、『決定的に自由であるために』(中川)池坊脱退声明を表し、33歳で流派を去る。「白東社」などの合同展を経て、1968年には東京で初の個展を開催。以後は、個展のほか音楽家・舞踏家等とパフォーマンスの開催をしたり、ガラス作品の制作や書も手がけている。

年譜
1918年 香川県丸亀市に生まれる。
1921年 脊椎カリエスを患う。
1932年 大阪にある石版画工房「近土版画社」に奉公、内弟子となる。
1942年 帰郷。池坊讃岐支部長を務めた祖父、その後をついだ伯母の影響で、いけばなを始める。
1944年 丸亀市の役場で兵事課に勤める。
1945年 今井實の印刷会社に終戦後から勤務。
1947年 池坊最高位だった後藤正一を京都に訪ね、立花を習得。
1949年 重森三玲(作庭家)の推挙で作品が「いけばな芸術」で紹介される。
1950年 重森三玲主催の家元否定のいけ花革新集団「白東社」に参加する。
1951年 池坊脱退声明を発して脱退。個人のいけばな作家として活動を始める。
1955年 「婦人画報」11月号の中川作品撮影のために、土門拳が丸亀を訪れる。
1956年 丸亀から東京の中野に転居する。
1960年 朝日新聞の「前衛を探る」で特集される。
1966年 NHK「日本の伝統いけばな」にテレビ出演。
1978年 前年に出版した作品集『華』が「世界で最も美しい本の国際コンクール」に入賞。
1981年 NHKラジオ・人生読本「花と人」に出演。
1985年 東京セントラル美術館にて「アートフェア'85」イベントでパフォーマンスを行う。
1986年 「家元王国・知られざる日本の伝統」(中村敦夫地球発22時)テレビ出演。
1990年 第40回砺波市チューリップフェアで気球によるオブジェ制作。映画「花いける」に出演、題字を書く。
1991年 日本テレビにて「美の世界花霊を求めて・中川幸夫」放映、大野一雄と共演。
1994年 週刊朝日に「おののき」一年間連載。
1997年 NHK日曜美術館にて「中川幸夫の世界・いけ花ではないがいけ花である」放映された。  
1998年 山口県立萩美術館浦上記念館・萩にて「鏡の中の鏡の鏡」を制作。  
1999年 「織部賞グランプリ」を受賞。丸亀市文化功労賞を受賞。
2002年 第二回大地の芸術祭プレイベント「天空散華・妻有に乱舞するチューリップ・中川幸夫『花狂』」十日町市博物館他・新潟。
2002年 映画「たそがれ清兵衛」(監督・山田洋次)の題字を書く。

展覧会
1949年
初個展「花個展 中川幸夫」大松屋百貨店・丸亀
1950年
「池坊全国選抜展」に出品 東京都美術館・東京
「第1回香川県いけばな展」に出品 高松市美術館・高松
1952年
「第1回白東社展」に出品 三越・大阪
1953年
「西日本選抜いけばな展」に出品 岡山天満屋・岡山
1954年
「第1回モダンアートフェア」に招待出品 大丸・大阪
「第2回白東社展『白東社小品展』」に出品 大丸・大阪
1955年
「第2回モダンアートフェア」に招待出品 大丸・大阪
「第3回白東社展『白東社野外展』」岸和田城本丸八陣の庭・大阪
1956年
「第3回モダンアートフェア」に出品 そごう・大阪
1961年
「中川幸夫・半田唄子 造形オブジェ展」二人展 なびす画廊・東京
1968年
初個展「中川幸夫 個展」いとう画廊・東京
1970年
「陶・宇野三吾/花・中川幸夫 展」青画廊・東京
1975年
中川幸夫・半田唄子 二人展「ガラス器に生ける」クラタ・クラフト・ギャラリー・東京
1981年
ガラス作品の初個展「はながらす・中川幸夫展」ギャラリー412・東京
1984年
花楽としての初個展「花楽 水に花 ・中川幸夫展」銀座自由が丘画廊・東京
1985年
「はながらす中川幸夫展 花楽」新潟伊勢丹・新潟
「うぶすな中川幸夫展 はながらす」ギャラリー森・東京
1987年
「無言の凝結体・中川幸夫展」銀座自由が丘画廊・東京
1988年
「花の表現」展 埼玉県立近代美術館・埼玉
中川幸夫・三輪和彦との二人展「ばけるほのお」彩陶庵ぎゃらりい・萩
1989年
「墨五人展」に出品 草月美術館・東京
「中川幸夫の花・出版記念写真展」双ギャラリー・東京
1990年
「黒風白雨・中川幸夫展」双ギャラリー・東京
1992年
「天に翔る男たち展」に出品 ギャラリーいそがや・東京
1993年
「熊倉順吉・中川幸夫 二人展」アートスペースシモダ・東京
「はながらす」展 ギャラリー無有・東京
1994年
「前衛の四人展」に出品 現代美術資料センター・東京
1995年
「⊥、花中川幸夫展」ギャラリー森・東京
「おののき」自選展 ギャラリー小柳・東京
1996年
角偉三郎・中川幸夫 二人展「天花海漆」展  ギャラリーいそがや・東京
1997年
中川幸夫・荒木経惟「花淫さくら」展 ギャラリー小柳・東京
「中川幸夫展」ギャラリー飛鳥・東京
1998年
「鏡の中の鏡の鏡」山口県立萩美術館浦上記念館・萩
「etre nature」展に写真作品15点出品 カルティエ現代美術館・パリ
「中島修・中川幸夫展」ギャラリーTOM・東京
2000年
オマージュ瀧口修造「中川幸夫 ・献花・オリーブ」展 ザ・ギンザアートスペース・東京
「中川幸夫展」パート1、2 ギャラリー小柳・東京
2001年
「FACTS OF LIFE」展に出品 ヘイワード・ギャラリー・ロンドン
「The Scent and Shape of Ink」展に招待出品 韓国国立現代美術館・ソウル
2002年
「天空散華・妻有に乱舞するチューリップ ・中川幸夫『花狂』」十日町市博物館他・新潟
「はなむすび」展 G-WINGS・金沢、ながの東急百貨店・長野
2003年
「中川幸夫 魂の花展」青竹ひらく霧島 鹿児島県霧島アートの森・鹿児島
「有隣荘・中川幸夫・大原美術館」 大原美術館・岡山
「中川幸夫展」銀座エルメスギャラリー・東京
2004年
「荒木経惟へのオマージュ」展 ガラス:中川幸夫/花:柿崎順一 北野美術館別館 北野カルチュラルセンター・長野
2005年
巡回展「花人 中川幸夫の写真・ガラス・書  いのちのかたち」宮城県美術館・宮城、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館・丸亀
「書の春・夏・秋・冬、相応の裂を纏う 中川幸夫・麻殖生素子展」二期ギャラリー册・東京 
「庭園植物記」団体展に出品 東京都庭園美術館・東京

作品集
「中川幸夫作品集」(自作、1955年)
「華 中川幸夫作品集」(求龍堂、1977年)
「ばけるほのお」(彩陶庵、1989年)
「中川幸夫の花」(求龍堂、1989年)
「花のおそれ」(誠文堂新光社、1992年)
「はながらす」(ギャラリー無有、1993年)
「魔の山 中川幸夫作品集」(求龍堂、2003年)
「花人 中川幸夫の写真・ガラス・書 いのちのかたち」(求龍堂、2007年)

中川幸夫事務所・中川幸夫ホームページ
http://www.kyuryudo.co.jp/design/sagawa048/yukio_nakagawa.htm

2009年12月30日 (水)

ピカソが娘のために絵を描いた木製のギターみつかる

パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)が、娘のパロマ(Paloma)のために絵を描いた小さな木製のギターがイタリア実業家の自宅靴箱から見つかったらしい。1956_paloma_picasso

イタリア人アーティスト、ジュゼッペ・ヴィットーリオ・パリシ(Giuseppe Vittorio Parisi)にギターを贈っていた。実業家に懇願されて、ガラスのケースに入れて公開することを条件にギターを引き渡した。それ以来このギターを見た人はいなかったということだ。

パリシ氏が亡くなった今年、未亡人ワンダさんがこのギターを見つけるよう警察に要請していた。そしてアマチュアアーティストの実業家自宅で発見された。所有者の故郷イタリア北部のマッカーニョ(Maccagno)の現代美術館に収蔵される予定と報じられている。

下駄箱の中から捨てられる物も、発見されるのも運命ですね。

Lommappa

NHK教育アニメ「忍たま乱太郎」人気の謎

今年の謎のひとつだった「忍たま乱太郎」が、女子学生たちに大歓迎されていたこと。以下の記事で、大いなる疑問が解けました。そうとは知らずに映像実習の素材としていました「忍たま」の先生たちに驚く冬休みでした。

■「忍たま乱太郎」:イケメンミュージカル キャスト発表
http://mainichi.jp/enta/mantan/graph/anime/20091228/

■ミュージカル『忍たま乱太郎』公式サイト
http://www.musical-nintama.com/

NHK教育で17年前から放送されているアニメ「忍たま乱太郎」。意外なことに、大人の女性に大人気で、特にボーイズラブを好む「腐女子」から圧倒的支持を得ているのだという。イケメン俳優を集めたミュージカルも制作される。お子様向けアニメだったはずなのだが、いったいどうなっているのか。

 「忍たま乱太郎」は子供忍者が活躍するギャグアニメ。尼子騒兵衛原作の「落第忍者乱太郎」は1986年から朝日小学生新聞で連載がスタート、1993年からNHKでアニメ化された。主人公の少年、乱太郎が忍術学園に入学し一流の忍者になるために勉強に励む姿が描かれてきた。もともとは子供達に大人気だったのだが、08年4月から放送された16期の回から、様子が一変した。

http://www.youtube.com/watch?v=kKsWotLuoSY&feature=related

 何が変わったのかというと、「乱太郎」の上級生に当たる年長組のキャラクターが多数登場したからだ。イケメン揃いで主人公をくう活躍をし始めた。また、時代考証、忍びの掟、人間像が細かく描かれ、作品に深みが増した。「お子様向け」だけでは語れない内容になったのだ。これは原作が変化したためで、
「以前は子供がピョンピョン跳び回るメージでしたが、作画が変化し、内容もシビアなシーンが盛り込まれた。特に、登場する先生達がキラキラとイケメンになっているのが大きい」と朝日小学生新聞の編集部は説明する。

 まんだらけ広報によれば、アニメが大人の女性や「腐女子」に人気が出た理由として、まず、声優陣が豪華で、それに惹かれた人達がアニメを見るようになったことを挙げる。また、1年生の「乱太郎」だけでなく、08年からは個性的な上級生(15歳)が多数登場。彼らの活躍が増え「性的な妄想」の余地が出てきた、という。
http://www.j-cast.com/2009/12/21056531.html

<object width="425" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/GsrBkFm5_B4&hl=ja_JP&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/GsrBkFm5_B4&hl=ja_JP&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

来期は新たな実習の対策を考えなくてはなりません。先生たちの人気も勉強になります。

2009年12月29日 (火)

安部公房(あべ こうぼう)

Sunaposter1
Page Top

Wikipedia引用 anchor.png

安部 公房(あべ こうぼう、1924年3月7日 - 1993年1月22日)は、日本の小説家、劇作家、演出家。

東京府北豊島郡(現東京都北区)生まれ(本籍地は北海道旭川市)。少年期を満州で過ごす。高校時代からリルケとハイデッガーに傾倒していたが、戦後の復興期にさまざまな芸術運動に積極的に参加し、ルポルタージュの方法を身につけるなど作品の幅を広げ、三島由紀夫らとともに第二次戦後派の作家とされた。作品は海外でも高く評価され、30ヶ国以上で翻訳出版されている。

主要作品は、小説に『壁』『砂の女』『他人の顔』『燃えつきた地図』『箱男』など、戯曲に『友達』『棒になった男』『幽霊はここにいる』などがある。劇団「安部公房スタジオ」を立ちあげて俳優の養成にとりくみ、自身の演出による舞台でも国際的な評価を受けた。晩年はノーベル文学賞の候補と目された。

Page Top

来歴 anchor.png

満州医科大学(現・中国医科大学)の医師である父・安部浅吉と、母・よりみの長男として生まれる。1925年、1歳の時に家族と共に満州(現・中国東北部)に渡り、奉天市(現・瀋陽市)で幼少期を過ごす。小学校では実験的な英才教育を受けている。1940年に満洲の旧制奉天第二中学校を4年で卒業。帰国して旧制成城高等学校(現・成城大学)理科乙類に入学。冬に、軍事教練の影響で肺浸潤にかかり休学し、奉天の実家に一時的に帰って療養する。

1943年9月、戦時下のため繰上げ卒業し、10月に東京帝国大学医学部医学科に入学。1944年20歳の時に文科系学生の徴兵猶予が停止されて次々と戦場へ学徒出陣していく中、「次は理科系が徴兵される番だ」と感じた事と「敗戦が近い」という噂を耳にして家族が心配になり、大学に届けも出さずに、年末に船で満州に帰ったので、親友が代返をして繕ってくれる。1945年は実家で開業医となった父の手伝いをして過ごし8月15日の終戦を迎える。

1945年の冬に発疹チフスが大流行して、診療にあたっていた父が感染して死亡する。1946年に敗戦のために家を追われ、奉天市内を転々としながらサイダー製造などで生活費を得る。年末、引き上げ船にて帰国。小説が何冊も書けるような体験をしたはずだが、それを題材にすることはなかった。満洲を舞台にした唯一の長編小説『けものたちは故郷をめざす』も体験とはかけ離れている。北海道の祖父母宅へ家族を送りとどけてから、東京にもどる。

1947年3月、女子美術専門学校(現・女子美術大学)の学生で日本画を専攻していた山田真知子(後年、画家として安部の作品の装訂や舞台美術を手掛けることになる)と学生結婚する。1948年に卒業するが、医師国家試験は受験しなかった。(医者にならないことを条件に卒業単位を与えられた。)

1947年に、安部は満洲からの引き上げ体験のイメージに基づく『無名詩集』を、謄写版印刷により自費出版した。詩人ライナー・マリア・リルケや哲学者マルティン・ハイデッガーの影響を受けたこの62ページの詩集には、失われた青春への苦悩と現実との対決の意思が強く込められていた。

同年、安部は「粘土塀」と題した処女長編を、成城高校時代のドイツ語担当教員・阿部六郎に持ち込んだ。この長編は、一切の故郷を拒否する放浪の後に、満洲の匪賊の虜囚となった日本人青年が書き綴った、3冊のノートの形式を取った物語であった。「粘土塀」の内容に深い感銘を受けた阿部は、この作品を文芸誌『近代文学』の創刊者の一人である埴谷雄高に送り、「粘土塀」の内の「第一のノート」が翌年2月の『個性』に掲載された。この作品が縁となって、安部は埴谷雄高、花田清輝、岡本太郎らの運営する「夜の会」に入会した。埴谷、花田らの尽力により、1948年10月に「粘土塀」は『終りし道の標べに』と題されて真善美社から一冊の単行本として刊行された。埴谷は安部を高く評価しており、後の『壁』の書評においては、安部が自分の後継者であるばかりか、自分を越えたとまで述べている。1950年には、勅使河原宏や瀬木慎一らと共に「世紀の会」を結成した。

1951年『近代文学』2月号において、安部の短編「壁 - S・カルマ氏の犯罪」が発表された。「壁 - S・カルマ氏の犯罪」は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』に触発されて生まれた作品であり、テーマとして満洲での原野体験や、花田清輝の鉱物主義の影響が含まれていた。「壁 - S・カルマ氏の犯罪」は1951年上半期の第25回芥川賞を、石川利光の「春の草」(『文學界』)と同時受賞した。選考会の席上で、「壁」は選考委員の宇野浩二から酷評されたものの、同じく選考委員の川端康成および瀧井孝作の強い推挙が受賞の決め手となった。同年5月に、「壁 - S・カルマ氏の犯罪」は、「S・カルマ氏の犯罪」と改題の上、短編「バベルの塔の狸」および短編集「赤い繭」と共に、石川淳の序文を添えて、安部の最初の短編集『壁』として出版された。

1950年代には前衛芸術の立場に関心をもち、野間宏とともに『人民文学』に参加する。その流れで、『人民文学』が『新日本文学』と合流してからは新日本文学会に所属し、日本共産党に所属していた時期もあった。しかし1961年に、日本共産党が綱領を決定した第8回党大会に批判的な立場をとり、党の規律にそむいて意見書を公表し、その過程で党を除名される。

1962年に発表した『砂の女』を皮切りに、以後は創作活動の比重を書き下ろし長編に移し、都市を舞台に孤独な主人公を据え、次々と実験精神あふれる意欲作を発表した。1964年の『他人の顔』では顔を事故で失った男が引き起こす騒動を、1967年の『燃えつきた地図』では失踪者を追う興信所員を主人公に失踪者と追跡者が転倒する顛末を描写。1972年の『箱男』では段ボール箱を被ったまま生活する奇妙な男の日常を描き、1977年の『密会』では病院を舞台に奇妙な病気にかかった病人とその治療に当たる奇妙な医者たちを描いた。 特に昆虫採集に来て迷い込んだ村で閉じ込められた教師を主人公に、脱出を図ろうとする主人公とそれを阻止しようとする村人の関係を描いた『砂の女』は、世界30カ国語に翻訳され、安部の名声を国際的なものとした。安部の評価は特に共産主義圏の東欧で高く、西欧を中心に高評価を得ていた三島由紀夫と対照的とされた。その三島もまた安部を高く評価し、1967年の谷崎潤一郎賞の選考においては安部の「友達」を強力に推し、長編小説を授賞対象としていた同賞では、異例の戯曲の受賞を実現させている。またアメリカでの評価も高く、『燃えつきた地図』はニューヨーク・タイムスの外国文学ベスト5にも選ばれている。

1973年には自身が主宰する演劇集団「安部公房スタジオ」を発足させ、本格的に演劇活動をはじめる。発足時のメンバーは、新克利、井川比佐志、伊東辰夫、伊藤裕平、大西加代子、粂文子、佐藤正文、田中邦衛、仲代達矢、丸山善司、宮沢譲治、山口果林の十二名。安部公房スタジオは堤清二のバックアップにより日本では主に渋谷西武劇場で、海外公演もそれぞれ積極的に行ない、1979年のアメリカ公演での上演作品「仔象は死んだ」はその斬新な演劇手法が反響を呼び、以後各国の演劇界に影響を与えたが、日本では思うような評価が得られず、1980年代に活動を休止してしまう。

創作面でも、1977年の『密会』から1984年の『方舟さくら丸』へと7年ものブランクが開き(次の『カンガルー・ノート』とも7年のブランクがあいている)、内容も以後は、内向的な主人公がすえられ、閉鎖的な空間を舞台としたものへと変質している。それと同時に私生活の面でも文壇づきあいをほとんどしなくなり、孤独なものへと変質していった。

晩年はクレオールに強い関心を持ち、それをテーマとした長編『飛ぶ男』の執筆に取り組んでいたが、1992年12月25日深夜執筆中に脳内出血で倒れ、退院後も自宅療養を続けるが、1993年1月20日から症状が悪化し、1月22日早朝に急性心不全により68歳で死去した。死後、未完に終わった『飛ぶ男』などの遺作が、ワープロのフロッピーディスクから発見されるという、当時としては珍しい遺作の発見のされ方が話題となった。

安部はドイツの思想家エリアス・カネッティを、彼がノーベル文学賞を受けた1981年前後から注目していたが、同じ頃に親友であるドナルド・キーンの薦めでコロンビアの作家ガブリエル・ガルシア=マルケスを読み(「あなたのために書かれたようなものだ」とキーンに言われた)、その作品に衝撃を受ける。以後、安部は自著やテレビなどで盛んにカネッティやマルケスを紹介し、かれらの作品を一般の読者に広める功績を残した。

大江健三郎は、安部公房をカフカやフォークナーと並ぶ世界最大の作家と位置づけている。自身がノーベル文学賞を受賞したおりには、大岡昇平、井伏鱒二の名前と共に安部公房の名前をあげ、もっと長生きしていれば、自分ではなくて彼らがノーベル文学賞を受賞したであろうと言う事を述べている。  単に幻想文学にとどまらず、スリップストリームやメタフィクションといったポストモダン文学に顕著な技法を実践し、推し進めた前衛文学者として、世界中で評価が高い。

夫人の真知も、安部の後を追うように1993年9月28日に死去した。一人娘の安部ねりは医者で子供が3人いる。全集編集に尽力した。2009年に30巻目が刊行、12年かけて完結。

Page Top

人物 anchor.png

日本人で初めてワープロで小説を執筆した作家である(1984年から使用)。使っていたワープロはNECの『NWP-10N』と『文豪』であった。

またロック・バンドピンク・フロイドの大ファンであり、まだ普及する以前にシンセサイザーを購入して使用していたなど意外な一面を持っていた(その当時シンセサイザーを所有していたのは冨田勲、NHK(電子音楽スタジオ)、そして安部の3人のみだったが、職業的な面以外で使用していたのは安部のみである)。また、安部が武満徹に自身の前衛的な曲を聞かせたとき、武満の顔が真っ青になったという逸話もある。NHKで放送されたインタビュー番組では、所有機で自身の演劇作品のためにみずから製作した効果音等を公開している。クラシックの作曲家ではバルトークを好んでいた。喫煙家。

1980年代以降は、文壇付き合いを殆どしなくなり、辻井喬によれば、作家として認めていたのは大江健三郎と安岡章太郎ぐらいであったという。自身と同時期にノーベル賞候補と噂された井上靖を「物語作家」、井伏鱒二を「随筆作家」などとこきおろしている。ただ辻井喬は挙げていないが、晩年は、司馬遼太郎と大変親しく、司馬は安部が選考委員をつとめる文学賞を数多く受賞している。司馬の著作である『南蛮のみち』に関して、国を持たないバスクに魅力を感じてたという。

趣味の領域を越えた写真マニアとしても知られ、彼ならではのインテリジェンスに満ちた作品を多く残している。現在、それらの一部は現行版の安部公房全集(新潮社)の箱裏と見返しに見ることができる。愛機はコンタックスで、安部が好きな写真のモチーフはごみ捨て場など。

1986年に、ジャッキを使わずに巻ける簡易着脱型タイヤ・チェーン「チェニジー」を発明。第10回国際発明家エキスポ86で銅賞を受賞した。

Page Top

略歴 anchor.png

1948年 - 処女小説『終わりし道の標べに』を刊行
1950年 -「赤い繭」で戦後文学賞を受賞
1951年 -「壁 - S・カルマ氏の犯罪」で芥川賞を受賞
1958年 - 戯曲『幽霊はここにいる』で岸田演劇賞受賞
1963年 -『砂の女』で、読売文学賞を受賞
1967年 - 戯曲『友達』で谷崎潤一郎賞を受賞
1968年 -『砂の女』でフランスの最優秀外国文学賞を受賞
1973年 - 演劇集団「安部公房スタジオ」を結成、主宰
1974年 - 戯曲『緑色のストッキング』で読売文学賞を受賞
1975年 - 5月13日、アメリカ・コロンビア大学から名誉人文科学博士の称号を受ける
1977年 - アメリカ芸術科学アカデミー名誉会員に推される
1986年 - 簡易着脱型タイヤ・チェーン「チェニジー」により「第10回国際発明家エキスポ86」で銅賞を受賞
1992年 - 12月25日深夜、執筆中に脳内出血による意識障害を起こし入院
1993年 - 1月22日、急性心不全のため、死去、68歳

Page Top

作品リスト anchor.png

『終りし道の標べに』真善美社、1948 のち講談社文芸文庫
※改訂版は新潮文庫 1978
『壁』月曜書房、1951 のち角川文庫、新潮文庫 
『闖入者』未來社、1952 
『飢えた皮膚』ユリイカ、1952 
『飢餓同盟』大日本雄弁会講談社、1954 のち新潮文庫 
『R62号の発明』山内書店、1956 のち「R62号の発明・鉛の卵」新潮文庫 
『けものたちは故郷をめざす』大日本雄弁会講談社、1957 のち新潮文庫 
第四間氷期』講談社、1959 のち新潮文庫 
『石の眼』新潮社、1960 のち文庫
『砂の女』新潮社、1962 のち文庫 
『他人の顔』講談社、1964 のち新潮文庫
『水中都市』 新潮社、1964 「水中都市・デンドロカカリヤ」新潮文庫  
『榎本武揚』中央公論社、1965 のち文庫 
『終りし道の標べに(改稿版)』冬樹社 1965 のち新潮文庫、
『燃えつきた地図』新潮社、1967 のち文庫 
『人間そっくり』早川書房、1967 のちハヤカワ文庫、新潮文庫  
『夢の逃亡』徳間書店、1968 のち新潮文庫 
『箱男』新潮社、1973 のち文庫 
「洪水」 プレス・ビブリオマーヌ 1973
「事業」 プレス・ビブリオマーヌ 1974
『笑う月』新潮社、1975 のち文庫 
『密会』新潮社、1977 のち文庫 
『方舟さくら丸』新潮社、1984 のち文庫
『カーブの向う・ユープケッチャ』新潮文庫、1988 
『カンガルー・ノート』新潮社、1991 のち文庫 
『飛ぶ男』新潮社、1994 

8dbb82cc8f97

映画『砂の女』http://www.youtube.com/watch?v=WODbLjG4kzw&feature=related

映画『他人の顔』http://www.youtube.com/watch?v=8igH12o2yYA

1966年 原作・脚本:安部公房 監督:勅使河原宏 出演:仲代達矢、京マチ子、平幹二郎、岸田今日子、入江美樹、市 原悦子

2009年12月28日 (月)

第四間氷期・あらすじ

 舞台は現在の地球の状態を第四氷期(ウルム期)と次に来るべき第水期との間の、第四間氷期としてだけではなく、五〇〇〇万年に一度防れる「地質大変動期」としてとらえ、来たるべき過酷な未来で人類がどう生きられるかを描いている。

 ソ連が世界に先駆けて「予言機械」を開発したのに続いて、日本でも中央計算技術研究所の勝見博士と頼木助手を中心とする開発チームによって「予言機械」が完成し、いよいよ実用段階に移ろうとする。実用化の前の段階として試験的に一個人の未来を予言することになり、その対象に選ばれたのは商事会社の会計課長だった。彼の一日の行動を追跡していた勝見博士と頼木は思わぬ殺人事件に遭遇することになる。
 その会計課長は、愛人の近藤ちか子のアパートに入り込み、その夜殺されてしまうのである。事件直後、自分が殺したと彼女は自首しているが、動機その他にあいまいな点が多く、勝見博士と頼木は真相究明の
ため、男の屍体の脳細胞を予言機械につなぎ真犯人を語らせることにした。それによると、妊娠三通間以内の胎児を買いとる胎児売買組織があり、ちか子は自分の胎児を売ったり、その期間に該当する胎児をもつ
妊婦を組織に細介していたのである。その組織の存在を知った彼は、秘密保持のため阻織の者に殺されたのだと言う。
 同じころ、勝見博士の妻も妊娠初期だった。かかりつけの産院へ行くと、医師は不在で、応待に出た見知らぬ看護婦に粉薬を飲まされ、知らぬ間に別の場所に連れ出されて、そこで掻爬された。
 そんなとき、助手の頼木は秘密にすすめられている水棲哺乳動物の研究所(山本研究所)をなぜか知っていて、勝見博士に見学をすすめる。頼木ほ、水棲人間を飼育するために胎児売買が行なわれている、とに
らんでいるのだ。
 山本研究所は、倉庫が建ち並ぶ海ぞいの一角にひっそりとあった。この研究所の目的は端的にいえば生物の計画的改造であった。飼育場には水棲ネズミ、水棲豚、水棲牛などの水棲哺乳類が順調に成育していた。しかも、各地の海底牧場からの引きあいもあって、これらの哺乳類を注文に応じて出荷し、どうやら事業としても成り立っているらしい。
 見学を終えて家に帰った勝見博士は、妻の掻爬のことがまた気になりはじめ、むりやり連れていかれたという産院の場所を思い出すよう彼女に促していると、電話が鳴った。声の主は、以前にもこの事件に深入りするなと脅迫めいた電話をかけてきた男だった。そして彼は、どこかで聞いたことのある声で、驚くべき意外な種明かしを始めた。
 電話器から流れる声の主は、いま、その声を聞いている勝見博士自身であるというのだ。つまり、予言機械で合成されたその声の主は、第一次予言で勝見博士の未来を見てしまい、思考の働きまでも事前に把握できる孝一次子言値で、棟木などを使って勝見博士が誤った方向に進まないよう牽制していたのである。そして、あの会計課長殺しの命令を下したのも勝見博士白身であった。
 その夜、勝見博士は殺し屋の案内で、第二次子音値の勝見博士と頼木を中心とする海底開発協会運営委員会の会合の席に連れていかれた。勝見博士が未来社会において必要な存在かを問う裁判であった。

勝見博士は、未来が現実を裏切るかもしれないという可能性をまったく考えず、単に未来は日常の連続としか想像できない。これではやがて来たる水棲人間の未来社会には耐えられそうにもなく、有害人物としてしか存在できない、というのが死刑判決の理由になった。この判決も、未来の勝見博士が現在の勝見博士を裁いた結果であった。
 刑の執行を二時間後にひかえた勝見博士の前では、予言機械による未来の水棲人間社会がテレビに映し出されていた。

 水棲人間養育場には、勝見博士白身の子供が泳ぎまわっている。
240名の生徒たちが水棲犬を追いかけたり、水中自転車を乗りまわしたり、魚とたわむれている。やがて彼らは海底工場や海底鉱山、油田に働きに出たり、専門教育を受けるようになるだろう。こうして大部分の母親が、少なくとも一人の水棲人の子供をもつときには、水棲人に対する偏見はすっかり消えている。やがて海底都市が完成して水棲人社会が実現し、自分たちの政府をもつようになった。
 そのころ、毎年三〇メートル以上の速度でふえつづけていた海面の上昇で、世界はすっぽり海中に沈んでいる。すなわち第四間氷期の終末は終わり、新しい地質時代が始まっていたのである。

Abekobou_4kan

2009年12月27日 (日)

未来を予測するコンピューターが記録した童話 4

 少年は、泳ぎに泳いだ。しだいにはげしくなる起伏、暗礁と深い谷間……棘のようにつっ立ったている、陸上植物の死骸……それから、丘のてっぺんにかたまっているかすかな白斑……せまってくる海に追いつめられ、よりそって死んでいった陸棲動物たちの骨なのだろうか……

 少年ほ一と晩泳ぎつづけた。途中で三度休み、用意してきた甘いジェリーと、捕えた魚の肉で元気をつけた。だが、スクーターなしでは、十五分と泳いだことのなかった少年ほ、もう手足の感覚がなくなるほど疲れはてていた。それでも、泳ぎつづけ、やっと夜が明けるころに、地面が
 せり上って海面を切っている、、目的の陸地にたどりつくことができたのである。陸地といっても、海面からわずかに塵を出した、周囲半キロ足らずの小島にしかすぎなかったが……
                      
  最後の力をふりしぼって、這い上った。想像の中では、風の音楽をたしかめるために、地面の上にすっくと立上るはずだったのだが、実際に這い上ってみると、世界のすべての重さという重さを、自分の体が一挙に吸い取ってしまったように、ずしりと重く、そのまま地面にへぼりついたきり、身動きも出来ないのだった。一本の指を持上げるだけでも、やっとの有様である。おまけに、レスリング競技で、反則の鯉おさえをやられた時のような息苦しさ。いずれ空中にだって酸素はあるのだからと、たかをくくっていたのだが……

 しかし、待望の風は吹いていた。とりわけ風が眼を洗い、それにこたえるように、何かが内側からにじみだしてくる。彼は満足した。どうやら、それが涙であり、地上病だったらしいと気づいたが‥‥‥もう動く気はしなかった。

 そして間もなく、息絶えた。
 さらに、何十昼夜かが繰返され、海はその小島をも飲込んだ。死んだ少年は、波に浮んで、どこまでも流されつづけた。

未来を予測するコンピューターが記録した童話 3

 仕事がはねてから、こっそり遠出するのが、いつしか日課のようになっていた。ガラスの切子を裏から見るような、にぶく輝く波を背に青い光の底にひろがる海底牧場の上を、あるいは無数のブイに支えられた大気観測所のわきを、あるいは火山のようにたえまなく気泡を吹上げている。工場のその泡をくぐり、寮の門限がゆるすかぎりのところまで、地上人の生活の跡を求めて、水中スクーターを走らせるのだった。

 しかし、その限られた時間内では、まだ海面上に頭を出すほどの台地にまではたどりつけなかった。その範囲内には、すでに陸地は無かったのである。

 ある日少年は、音楽の教師をつかまえて、思いきって聞いてみた。陸の音楽は、実は耳だけで聞く音の芸術などではなく、やはり皮膚で感じとれる、風のようなものではなかったのだろうか? 教師は強く首をふって否定した。
 -風は、単なる空気の移動であって、振動ではないからね。
 -でも、風にのって歌が流れてくるという表現があるじゃありませんか。
 -水は音楽をはこぶが、水は音楽ではない…‥空気に工業用原料以上の意味をあたえるのは、いけない神秘主義の影響だよ。

 だが彼は、たしかに風に工業用原料以上のものを聞いたのだ。教師の言うことにだって、間違いはありうる。少年は、風が音楽であるかないか、もう一度自分で、たしかめてみなければならないと決心した。

 しばらくして、三日つづきの連休があった。その休みを利用して、友人と一緒に遺跡めぐりの遊覧船に乗りこんだ。この高速船は、わずか半日足らずで、昔『東京』と言われた巨大な陸上人の遺跡まで運んで行ってくれる。設備のととのったキャンプもあるし、珍らしい記念品の売店もあるし、また世界的に有名な、陸凄動物の動物園までがあって、なかなか面白い遊び場になっている。とりわけ、幾つもの小さな箱が重なり雪た、いかつい廃墟の、迷路のような通路や隙間を、小魚どもを追いちらしながら探険してあるくのは、軽い興奮さえさそうスリルに満ちた遊びである。また、街の上から見下ろすと、網目のようにひろがった、道路という不思議なものもある。歩行のための、屋根のないトンネルとでも言えばいいのだろうか。地上人は、地面から離れることが出来ず、平面しか利用できなかったので、そんな仕掛も必要だったのだろう。なんという無駄な空間の浪費‥‥ユーモラスではあるが、考えてみると、なかなか感動をさそう風景でもある。先人たちの、地面という壁との苦闘の跡……重力から、すこしでも身をかるくするための努力と工夫…‥そこでは、空気を入れたプラスチックの小箱でさえ、上から下に落ちたのだ…地面の分割、奪いあい…‥そのあいだを、人々は細い両足で地面をおしやりながら、体をはこび移動させた‥…乾燥、風、水さえ雨とよばれるばらばらの粒になって、上から下に降った、空虚な空間……

 だが、少年には、そんな物珍らしさに熱中したりする余裕ほなかった。鑑賞や好奇心は、無邪気な友人たちにまかせ、彼は計画どおり、一人でこっそり、さらに奥地に向って泳いで行ったのである。
ここから西北の方角に、まる一日も泳ぎつづければ、地理で習った、あの陸の名残りにたどりつけるはずだ。しだいに陽がかたむき、波は一日のうちで、一番美しく輝きだすころだったが、あたりの風景ほ進むにつれて、ますます単調に黒ずんでくる。新しく海に加えられたこの地帯には、まだ死の影が、ものかげにひそみただよっているようであった。

 振向くと、遺跡『東京』の上に、望遠函の照明が、発光魚のように浮かんで見えている。急に恐ろしくなって、引返そうかと思ったが、気特に反して、足は反対の方角に水を蹴っているのだった。

2009年12月26日 (土)

未来を予測するコンピューターが記録した童話 2

 むろん少年にとって、地上人そのものほべつに珍らしいものではなかった。博物館の空気室に行けば、いつでも自由に見ることができる。昔のままだったといわれる、家具調度の中で、重力という鎖をひきずりながら、ぎくしゃくした身のこなしで、床にはいつくばっている、みるからに生気のない動物。肺臓という空気ボンベをしょいこんでいるために、いかつく張った、不調和な上半身。ただ普通の姿勢を保つためだけに、椅子などという、奇妙な道具をつかわなければならない、不自由な生物:…とうてい夢などとは緑がありそうもない。芸術科の時間にも、昔の地上芸術が、自分たちのとくらべて、いかに不自由で粗野なものであったかを教わった。
 たとえば、音楽……定義によれば、振動の芸術……すなわち、波長のちがう水の振動で全身の皮膚を包みこむことである。しかし、陸上人の場合は、これが空気の振動だけで構成されていた。
空気の振動は、戟膜という、ちっぽけな特殊器官でだけしか、とらえることができない。しぜん、その音楽も、変化のすくない単調なものであったという……

 博物館の陸棲人を見ていれば、そんな気持もしないではない。だが、そう思うだけで、それが実際どんなものであったかは、想像してみることもできないのだ。もしかすると、そこには、水中から類推するのとはまるでちがった、特別な世界があったのではなかろうか? 変化しやすい、
邪 軽い空気……方物の形をとって乱舞する天の琴……空想にあふれ、万事に現実が欠乏した世界……

 その荒れはてた、苦難にみちた大地の上で、自分たちの祖先が、傷つきながらも、いかに勇敢に戦いぬいたかは、歴史の本にも書いてあることだ。おくれた認識のうえに立ちながらも、彼等はフロンティア・スピリットというものをもっていた。その保守的な心情にもかかわらず、ついには、自分自身の肉体にメスを入れ、水棲人に変身する勇気さえもち合わせていたのである。動機がどうであれ、今日のわれわれをあらしめた、彼等の勇気にだけは、感謝と敬意をはらわねばなるまい。

 だが、あの博物館の陸棲人から、そんな勇気や大胆さなどを、感じることが出来るだろうか?
教師たちは、彼等の下等さを、社会への主体的参加を失ったための退化だという。そうかもしれないとは思うが、しかし、あの中にだって、自分たちには理解のできない、何かが無いとは、断言できないのではあるまいか。まして、フロンティア・スピリットのほかは何もなかったなどというのは。……と、そんなふうに、筋道立てて考えたわけではなかったが、あの風にふかれて以来、少年は、空気の壁の向うで行われていた、過去の世界にひきつけられ、とりつかれてしまっていたのである。地上時代の学間は、形態的には、かなりのところまで究められていた。小学校の教科書でさえ、地上時代のために、かなりのページをさいている。しかしその内面生活に関しては、感覚上のギャップがあるかぎり、やはり類推を一歩も出るものではなかった。とくに、地上病の悪影響 --- それは要するに先天的な神経病の一種にすぎないはずだったが、まだ水中時代の歴史が浅く、社会の運営に試行錯誤的な部分が残っているためか、思想的な伝染力をもっていたのである---の懸念もあって、その部分の研究はあまり激励されていなかった。そのタブーをおかすという誘惑が、よけいに少年の気持ちを強くそそっていたということもあるのだろう。

未来を予測するコンピューターが記録した童話 1

 一人の少年がいた。
 少年は、海底油田の見習工だった。あるとき、油田所属の電波塔の修理の手伝いをしながら、なにかのはずみで、空中服をつけずに、海面におどり出るるということがあって以来、その不思議な感覚を忘れられなくなってしまった。しかしこういうことは、健康管理のうえからも厳禁されていたことだ。見つかれば罰をうけなければならない。
少年は誰にも言わず、こっそり自分だけの秘密にしておかなければならなかった。
 
 だが、風がが皮膚から何かをうばっていく、あの不安な感じが忘れられず、さそわれるように、街をはなれて、遠くに泳ぎだすことが多くなった。
 行く先は、きまって昔陸地だったといわれる、高台だった。そういう場所では、潮が満ち干する時刻、とくべつ流れの早い水の帯や渦ができて、海底の泥がまきあがり、縞になったり、動く岩の形になったり、靄の壁になったりする。
 少年はそれを見て、地上の雲のことを想像した。むろん今だって、空には雲があるし、理科の時間には、フィルムで実物を見せてもらったこともある。だが、現在の雲は単調だ。昔、まだ大きな陸地が地球を覆っていた時代、その複雑な地形は、雲の形にも無数の変化をあたえたものだという。空一面に、そんな、夢のような物のかたちが浮んでいるなんて、昔の地上人たちは、一体どんな気持でそれを見ていたのだろう?

2009年12月25日 (金)

Goldilocks and the Three Bears

3びきのくま( the Three Bears)は有名な童話。ロバート・サウジーにより1837年、散文形式で著されたことで広く知られるようになったが、古い原作に基づいているという。
日本ではトルストイによる翻案が知られてる、3匹の熊に小さな女の子が出くわす物語。

71

女の子が森でクマの家を見つけた。
誰もいないので入ってみると、テーブルの上にスープが置いてあった。
お父さんグマのは「熱すぎる」、お母さんグマのは「冷たすぎる」のだった。
子グマのは「ちょいどいい」ので、全部飲んでしまった。

女の子は疲れていたので椅子に座ろうとする。
お母さんグマのは「大きすぎる」、お父さんグマのは「もっと大きすぎる」のだった。
「大きいのはゆれすぎる、中ぐらいのはちっともゆれない、小さいのはちょうどいい」
子グマのは「ちょいどいい」ので座ったが椅子は壊れてしまった。

眠たくなったのから寝室に行ってみると三つのベットがあった。
お父さんグマのは「固すぎる」、お母さんグマのは「柔らかすぎるのだった」。
「大きいのはたかい、中ぐらいのはひろい、小さいのはいいきもち」
子グマのは「いいきもち」で寝てしまった。

森からクマが帰って来た。
スープは食べられて、椅子は壊されていていた。
ベッドには寝た痕があり、子グマのベッドへ女の子が寝ているではないか。
そして目覚めた女の子はクマの家から一目散に逃げ出してしまった。

Rackham_bears Goldilocksandthethreebears

Goldilocks and the Three Bears

「イワンの馬鹿」はロシアの民話にしばしば登場する。極めて純朴愚直な男ではあるが最後には幸運を手にすることが多い。日本では帝政ロシア時代の小説家トルストイによる主人公とした作品でよく知られている。
http://hello.ap.teacup.com/koinu/863.html

映画にできない『3びきのくま』とジブリ美術展

Goldilocks_and_the_three_bears Threebears

 名作絵本『3びきのくま』の舞台を再現した世界と、スタジオジブリ作品の名シーンを支えてきた男鹿和雄氏の背景画など約600点を集めた展示が一緒に楽しめる展覧会が、阪神・淡路大震災15周年記念として、兵庫県立美術館で12月から開催されている。

宮崎駿監督がこれまで何度も映像化を試みたものの、絵本を読む子供たちの想像力には到底かなわないとして、実現しなかった『3びきのくま』。とは?
「子どもたちが大好きで、繰り返し読んでいるこのお話を、映画にすることはできないだろうか。」
宮崎監督は機会あるごとにこう考えていました。たどりついたのは「このお話は“映画にできない、とっておきのおはなし”だ」という結論だった。

『3びきのくま』とは、こんなお話。
「女の子がくまの留守宅に忍び込み、スープを飲んだり椅子を壊したりベッドに寝たりと好き勝手に過ごしていると、くまの家族が帰って来て女の子にかみつこうとする。しかし、くまは逃げる女の子に追いつけなかった」
なんとも単純で尻切れトンボの話に、多くの大人は呆気に取られることでしょう。なぜ、子どもたちはこのお話に惹かれるのでしょうか?このお話の何が“とっておき”だというのでしょうか?

Three_bears Goldilocks

第一室では、くまの家を再現します。
大きなテーブルに椅子、そして、大きなお皿にスプーン・・・。この部屋では、奔放にふるまった女の子の“触ってみたい”という思いを体験してみてください。ここでは、くまの大きな大きな生活用具を臆することなく手に取った女の子の勇気が感じられることでしょう。

第二室では、「子どもはなぜ『3びきのくま』が面白いのか」を論理的に紐解きます。読んでいる本人が、女の子の視点にも、くまの視点にも、さらには傍観者の視点に立っても楽しめるという、この絵本の不思議な魅力などを語ります。

「3びきのくま」は、もともとは口承民話として親しまれていました。現在では文字化され、物語として数種の絵本が世界でも日本でも出版されています。
今回の企画展示で取り上げるのは、文/トルストイ、絵/バスネツォフによるもので、オリジナルのロシア版は1961年に出版され、日本語版は福音館書店から1962年に翻訳出版されています。

【企画・構成】 宮崎 駿  【特別協力】 高畑 勲

2009jibulie

東京の三鷹の森ジブリ美術館で行われて好評を博したもの。『男鹿和雄展』では、「となりのトトロ」や「おもひでぽろぽろ」、「もののけ姫」などで、一度は見たことのあるシーンの背景画が楽しめる。フィルム上映会など、関連イベントも開催。12月から来年の2月7日まで。
詳細は同館のホームページ http://www.artm.pref.hyogo.jp/
 【主催】兵庫県立美術館、読売新聞大阪本社、読売テレビ
 【企画制作協力】スタジオジブリ、三鷹の森ジブリ美術館

2009年12月24日 (木)

サイレンとナイト

P1000459

サンタクロースの乗る空飛ぶソリを引く8頭のトナカイ

ダッシャー (Dasher)

ダンサー (Dancer)

プランサー (Prancer)

ヴィクセン (Vixen)

ドゥンダー (Dunder)

ブリッツェン (Blitzen)

キューピッド (Cupid)

コメット (Comet)

全国イルミネーションスポット2009-2010 駅から5分以内イルミネーションスポット一覧
http://travel.jp.msn.com/special/xmas2009/situation/near_station.htm

「等身大ガンダム 静岡で再び大地に立つ」

等身大ガンダム、静岡に移設され新幹線の車窓からも見られるように

今年の夏、お台場に高さ18mという実物大のガンダムが展示されて大好評を博したのは記憶に新しいところです。これはGREEN TOKYO ガンダムプロジェクトの一環として行われたもので、8月31日のイベント終了後は撤去されていて惜しむ声も多かったのですが、なんとこのガンダムが2010年7月に静岡に移設され再び組み立てられることが明らかになりました。Gundam 

「機動戦士ガンダム」放送30周年を記念して、等身大ガンダムを静岡市葵区にあるJR東静岡駅前に移設することになった。 バンダイホビーセンターを有して、日本最大のプラモデル生産地となっている静岡市がバンダイに働きかけたことで実現した。組み立ては2010年7月を予定。2011年5月まで展示が行われ、東海道新幹線の車窓からもガンダムを観ることができるという。
展示期間の終了後は他県で展示を行い、最終的にはバンダイホビーセンターの敷地内に移設される計画。静岡は「マジンガーZ」の光子力研究所が富士山麓にある設定になって、「グレートマジンガー」の科学要塞研究所が伊豆半島にあるので、実現すればロボットの県として観光名所になりそう。

 関係者によるとガンダムの設置に合わせ、周辺に商業施設を新設して、“ご当地限定”プラモデルを販売することなども予定している。 等身大ガンダムの招致先には、大阪や名古屋や栃木県のバンダイミュージアム、そしてなんとあの中東・ドバイも候補に挙がっていたというから驚きです。
「ドバイとともにガンダムが中東へ沈む」なんてヤバイですよ。

2009年12月23日 (水)

大友克洋の絵本『ヒピラくん』のアニメ版がNHK BS2にて放送中

 『AKIRA』『スチームボーイ』などで知られる映像クリエイターの大友克洋と、『鉄コン筋クリート』『Genius Party』の美術監督の木村真二。奇才2人が創りあげた絵本『ヒピラくん』のアニメ版がNHK BS2にて12月21日から同月25日まで〈BS 冬休みアニメ特選 2009〉内にてオンエアされています。
 
 大友さんが物語を、木村さんがイラストを担当した絵本『ヒピラくん』は、子供たちのために作り上げた絵本。吸血鬼ばかりが住む世界サルタを舞台に、「ヒピラ」と妖精「ソウルくん」とが繰り広げる冒険ファンタジー。絵本は日本では2002年に出版(主婦と生活社刊 / 現在は絶版)、その後、英語版、フランス語版も出版されるなど、海外からも高い評価を得ていました。

Hipira_p  
アニメ版『ヒピラくん』は、1話およそ5分のショート・アニメーションで全10話構成。綿密な画面構成になっていて、キャラクターと同じくらいに背景が細やかに映像演出されている。まさに動く絵本のコンセプトを持ったアニメだ。それは美術監督が絵コンテと演出と背景をひとりで担当しているという、珍しい制作ケースから独創的な発想が得られたと思われる。  
●12月21日(月)
ヒピラくん(1) 「ヒピラくん登場の巻」
ヒピラくん(2) 「ソウルくん誕生の巻」
●12月22日(火)
ヒピラくん(3) 「コケコッコーの巻」
ヒピラくん(4) 「野バラの精の巻」
●12月23日(水)
ヒピラくん(5) 「カエル王子の巻」
ヒピラくん(6) 「学校はたのしいの巻」
ヒピラくん(7) 「サルタ最後の日?の巻」
●12月24日(木)
ヒピラくん(8) 「あたらしい友だちの巻」
ヒピラくん(9) 「地底世界の巻」
●12月25日(金)
ヒピラくん(10) 「ウィッチ・スケッチの巻」
 
≪おはなし≫
住人は吸血鬼ばかりの不思議な世界「サルタ」に住むわんぱくな男の子「ヒピラ」。今日もいたずらや冒険に大いそがし!ある日、学校の友達エレナに、長老の家からおかしな光が出ていることを聞いて、長老の家までその光を確かめに行くのだが、そこで長老がやっていたこととは!!友だちの妖精・ソウルくんといっしょに繰り広げる。
 ≪スタッフ≫
監督:木村真二/原作:「ヒピラくん」 おはなし・大友克洋 え・木村真二/CGI監督:佐藤広大/音響監督:百瀬慶一/音楽:コーニッシュ/制作:サンライズ
 
≪キャスト≫ヒピラ:小林由美子/ソウルくん:大原さやか/チョーロウ:島田 敏/ゲオルゲ:鈴木千尋/エレナ:藤村 歩

相反するふたつのコード

右脳  左脳
動的 静的
白   黒
陽   陰
縄文  弥生
硬派  軟派
夏秋  冬春
地中海 北欧
犬的   猫的
客観的 主観的

そば  うどん
辛口  甘口
暖色  寒色

野菜  肉食
オリーブ油 サラダ油
天然塩  食塩
分裂  躁鬱
痩身  肥満
生産的  消費的
南半球  北半球

○     ■

2009年12月22日 (火)

クエン酸 サイクル活動

 
  クエン酸     酢酸
   COOH        H
    l          l
  H--C--H    H--C--H
    l         l
  HO--C--COOH  COOH
    l
  H--C--H
    l
   COOH

http://www11.ocn.ne.jp/~nutrbio/kanri/biochem/TCA.files/v3_document.htm

●クエン酸は、人間の最も基本的な代謝経路『クエン酸サイクル』の基幹物質です。8種類の酸から構成されてその過程で高エネルギーリン酸化合物(ATP)が生み出されます。
物を食べるとまず、炭水化物、タンパク質は分解されて、ピルビン酸となり炭酸ガスを出しながらATPを作り活性酢酸へと変わる。これがオキザロ酢酸と水を結び付けて「クエン酸」になる。

クエンさん、急いで 蹴飛ばし 怖くなり、 踏まれた リンゴは 置き去りに
クエン酸 → イソクエン酸 → αケトグルタル酸 → コハク酸 → フマル酸 → リンゴ酸 → オキサロ酢酸
オキザロ酢酸が活性酢酸によって「クエン酸」に変わり、くるくるサイクルを描いていく。クエン酸サイクルでは、合計38のATPができます。1サイクルごとに活性酢酸は燃えてなくなり、ATPを作り出しているのです。活性酢酸が燃えて活発になると、炭水化物は取っておいて、脂肪から分解される脂肪酸をどんどん燃やしてくれます。クエン酸を補給することにより体脂肪は燃焼される。

http://koinu2005.seesaa.net/article/58012723.html より抜粋

あらゆることから身軽になる歌「クエン酸サイクリングブギブギ」作曲中

クエンさん,急いで 蹴飛ばし 怖くなり ♪
踏まれた リンゴは 置き去りに ♪
クエンさん,サイクリングで,ずらかるぜー♪  
こころも体もみがるになろうーよ ♪
(絶叫) oh,クエンさんブギブギーーー♪

2009年12月21日 (月)

あなたはいらない荷物をどれくらい背負っていますか?

 山にある小さな町に住んでいる農夫が、他の村に用事があるため生まれて初めて家を離れた。歩いていると一本の渓流にあたり、それが彼の行き先を阻んでしまい農夫は非常に困った。とその時、彼はそばに倒れていた木を見つけた。農夫は感がはたらいて、持っていた小さな斧を取り出し、軽々と丸木舟を一艘作った。そして、丸木舟のおかげで渓流を渡りきることができた。

Marutafune_2

 難題を順調に解決できた農夫は岸に上がった後に、「万が一不運にもまた渓流があったら、どうすればいいんだ?」、「万が一近くに木がなく丸木舟を作れなかったら、どうすればいいんだ?」、「万が一不注意で斧をなくした時、どうすればいいんだ?」と次々と悩み始めた。

 沢山考え悩んだ挙句、農夫は丸木舟を背負って行くことを決意した。

 丸木舟は非常に重く、農夫は数歩歩いただけで、息を切らしてしまった。しかし、事故を未然に防ぐために、農夫は力を振り絞って一歩一歩と前へ進んだ。少し進むと、必ず休息をした。

 農夫の後の道のりはすべてが順調で再び渓流に会うことはなかった。しかし、丸木舟を背負ったせいで何倍もの時間がかかってやっと目的地に到着した。

 実は、私達はみなこの話しの中の農夫と同じで、丸木舟を背負っている。ある人たちの丸木舟は金銭であり、ある人たちは名誉である、ある人達は成功であり、ある人達は虚栄である、また、ある人は意地を張るために何艘もの「丸木舟」を背負っているのに、重さを嫌としていないのだ!

 人生は地図のない旅である、私達は未来の人生の道のりがでこぼこであるか、平坦であるか、また、滔々とした激流に会うかなど永遠に知ることができない。私達は未来を選択することはできないが、その代りに背負っている丸木舟を捨てるという選択肢がある。丸木舟を捨てれば、軽い足どりで前へ進むことができるのだ。

http://www.epochtimes.jp/ 『緊握双手什麼都没有』より

多くを求めるのではなく、足るを知る。
大量消費と効率優先の社会にあって、人生の最良は実は何もしないことに気付けばアトは早い
1) 家、服、食事、資産、を小型/少量/単純に
2) 義務感でやっているもの(付き合い、購読)を排除
3) 自然環境との調和

すべてはゼロへむかってゆく、霊的な試練なのかもしれんね。零はレイ性の最高数。

2009年12月20日 (日)

数字の語呂合わせ

円周率:π = 3.141592653 5897932384 6264338327 95028841971
さんてんいちよん異国に婿さん(10桁)
産医師異国に向こう 産後薬なく産に産婆四郎次郎死産 産婆産に泣く 御礼には早よ行くな(同39桁)
産医師異国に向こう産後厄なく産婦宮代に虫散々闇に鳴くこれに母養育ない(40桁)
都市の黒人婿産後
自然対数の底 e = 2.7 1828 1828 459045
鮒、一鉢二鉢 一鉢二鉢 至極惜しい(16桁)
鮒 一八さん(近似値)
2の平方根() = 1.4142 13562 37309504
ひとよひとよに ひとみごろに みなさんおくこまるし
3の平方根() = 1.732 0508 075
人並みに 奢れや 女子
5の平方根() = 2.236 0679
富士山麓 オウム鳴く
6の平方根() = 2.44949(2.449489…)
二夜しくしく
煮よ!よく弱く
7の平方根() = 2.64575
菜に虫いない
菜に虫イナゴ
なに?虫?こなご?
17の平方根() = 4.123 1056
4/23 .com(四月二十三日 ドットコム)
光速度 = 2.99792458×108m/s
難く鳴くとや
肉食ーな食ふよご飯
憎くなく 無事交番で 拘束(光速)だ
肉球鳴く西交番
憎く・鳴く・児死・虚覇。光速に越えるは、人の意(億)味だ
球の体積=4Πr3/3
身の上に心配があるから参上する。

2009年12月19日 (土)

ピクトさんに学ぶ

P1000067 P1000068 P1000350 P1000389 P1000391 P1000402 P1000418 P1000419

■日本ピクトさん学会 http://www.pictosan.com/
いつも酷い目に遭っている可哀そうなピクトグラム「ピクトさん」の生態を研究しています。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ピクトグラム(Pictogram、ピクトグラフPictograph)
一般に「絵文字」「絵単語」などと呼ばれ、何らかの情報や注意を示すために表示される視覚記号(サイン)の一つである。地と図に明度差のある2色を用いて、表したい概念を単純な図として表現する技法が用いられる。

主に鉄道駅や空港などの公共空間で使用され、文字による文章で表現する代わりに、視覚的な図で表現することで、言語に制約されずに内容の伝達を直感的に行う目的で使用されてきた。

日本においては、東京オリンピック開催時に外国語(特に英語)によるコミュニケーションをとることができ難い当時の日本人と外国人の間を取り持つために開発されたのが始まりで、1980年代以降、広く使われるようになった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(Wikipedia)

P1000421_2 P1000422 P1000423 P1000452 P1000501 P1000526 P1000567

ピクトさんのうた (Picto-san Song)
http://www.youtube.com/watch?v=zRESflrNGfY&feature=player_embedded

ピクトアニメーション picto
http://www.youtube.com/watch?v=qVHtxo9Knnk&feature=player_embedded

2009年12月18日 (金)

ピクトさん基本

P1000220

P1000085 P1000224 P1000223

街で観かける ピクトグラムたち

2009年12月17日 (木)

オブジェの方へ-変貌する「本」の世界-

0022

  たとえば中世の写本や祈祷書。あるいは19世紀末、アーツ・アンド・クラフツ運動の中から生まれた、いわゆるブック・ビューティフルの数々。さらにピカソやマティスなど、近代の巨匠の手になるリーブル・ダルティスト。古今東西、美しい挿絵や凝った装丁の本、豪華な造りの様々な本が作られてきました。現代においてもアーティストたちの多くが美しい本を作り、あるいは本をテーマにして作品を制作しています。
  しかしそのような本のあるものは、しばしば私たちの常識を超えた「本」の作品となっています。一例をあげれば、知識や物語の容れ物としての本が、文字通り「箱」や「トランク」になってしまったもの。突飛とも言える様々な加工が加えられた「本」。異質の素材によって、異質の相貌を示す「本」。焼かれた「本」等々。アーティストたちは、なぜ「本」に惹きつけられるのでしょうか。そしてまた、なぜ「本」の通年を逸脱してゆくのでしょうか。そこに現代のメディアの多様化と可能性を見ることができるかもしれません。同時に現代のアートが、技法や素材をはじめ様々に脱領域化してゆく傾向を指摘することもできるでしょう。しかしそれでもなお、本がその形態や概念を拡張し、時には機能を剥ぎ取られた1個の「オブジェ」に変容するのはなぜでしょうか。そこにはメディアの多様化やアートの脱領域化傾向だけにとどまらない、目には見えない、しかしそれだけに一層根源的な何かがあるのかもしれません。

0012

<主な出品作家>
遠藤利克、柄澤齊、若林奮、加納光於、松澤宥、藤井敬子、脇田愛二郎、中村宏、福田尚代、安部典子、荒木高子、西村陽平、河口龍夫、村岡三郎、淤見一秀、山口勝弘、柏原えつとむ、李禹煥、堀浩哉、マルセル・デュシャン、ルーチョ・フォンタナ、アルマン、ピエール・アレシンスキー、ピョートル・コヴァルスキー、グドムンドゥル・エロ、ヴェロニカ・シェパス、ジョージ・マチューナス、ダニエル・スペーリ、ロバート・ラウシェンバーグ、アンゼルム・キーファー、メレット・オッペンハイム、他(順不同)

2009年11月14日(土)~2010年1月24日(日)
ギャラリーA・B・C・D
主催 うらわ美術館、読売新聞東京本社、美術館連絡協議会
協賛  ライオン、清水建設、大日本印刷
後援  テレビ埼玉、エフエム浦和
うらわ美術館 http://www.uam.urawa.saitama.jp/tenran.htm

2009年12月16日 (水)

著名人が選んだ「00年代ベスト」「Artists of The Century」 50位

英Q誌最新号「Artists of The Century」ランキング100位までの作品をノミネートしたのは、全部有名ミュージシャンや俳優、作家、政治家、コメディアンetcのセレブばかり企画記事!

Ofthecentury

(1)Amy Winehouse / Back To Black(選んだ人=トム・ジョーンズ英歌手、ディヴィッド・グレイ英歌手、ニック・クレッグ英自由民主党党首)
(2)The Strokes / Is This It(選んだ人=キラーズのブランドン)
(3)Arctic Monkeys / Whatever People Say~(選んだ人=メタリカのラーズ・ウルリッヒ)
(4) White Stripes / Elephant(選んだ人=元パルプのジャーヴィス・コッカー)
(5)Coldplay / ViVa La Vida~(選んだ人=サイモン・ペッグ英コメディ俳優)
(6)Arcade Fire / Funeral(選んだ人=アラン・ジョンソン英内務大臣、U2のボノ、コールドプレイのクリス・マーティン)
(7)Green Day / American Idiot(選んだ人=セス・グリーン米俳優)
(8)Jay-Z / The Blueprint(選んだ人=リアーナ英歌手)
(9)Radiohead / Kid A(選んだ人=ペネロピ・クルーズ女優)
(10)Johnny Cash / American Ⅵ:~(選んだ人=アリソン・モシャート)

(11)The Killers / Sam's Town(選んだ人=ジョン・ボン・ジョヴィ)
(12)Kasabian / Kasabian(選んだ人=オアシスのリアム・ギャラガー)
(13)Kings Of Leon / Aha Shake Heatbreak(選んだ人=ポール・ウェラー)
(14)QOTSA / Songs For The Deaf(選んだ人=アークティック・モンキーズのジェイミー・クック)
(15)Sigur Ros / ( )(選んだ人=ジャレッド・レト米俳優)
(16)Elbow / The Seldom Seen Kid(選んだ人=エミリー・イーヴィス/グラストンベリー・フェス主催者マイケル・イーヴィスの娘)
(17)Alicia Keys / Songs In A Miner(選んだ人=シュガーベイブスのハイディ・レンジ)
(18)Flaming Lips / Yoshimi Battles The Pink Robots(選んだ人=KT・タンスタール)
(19)The Streets / A Grand Don't Come For Free(選んだ人=元ニュー・オーダーのピーター・フック)
(20)Justin Timberlake / Justified(選んだ人=ライオネル・リッチー米ソウル歌手)

(21)Robert Plant & Alison Krauss / Raising Sand(選んだ人=リリー・アレン)
(22)Missy Elliott / Under Construction(選んだ人=ヤー・ヤー・ヤーズのニック)
(23)Gnarls Barkley / St. Elsewhere(選んだ人=Michael K Williams米俳優)
(24)MGMT / Oracular Spectecular(選んだ人=ピクシー・ロット英アイドル歌手)
(25)TV On The Radio / Dear Science(選んだ人=コリーヌ・ベイリー・レイ)
(26)The Good The Bad & The Queen / The Good The Bad & ~(選んだ人=Fonejacker英コメディアン)
(27)Yeah Yeah Yeahs / Fever To Tell(選んだ人=マリリン・マンソン)
(28)LCD Soundsystem / LCD Soundsystem(選んだ人=QOTSAのジョッシュ・オム)
(29)Wilco / Sky Blue Sky(選んだ人=コリン・ファース英俳優)
(30)Radiohead / In Rainbows(選んだ人=ミラ・ジョヴォヴィッチ女優)
(31)Niel Diamond / Home Before Dark(選んだ人=ロブ・ブライドン英コメディアン)
(32)Antony And The Johnsons / I Am A Bird Now(選んだ人=ボーイ・ジョージ)
(33)U2 / How To Dismantle An Atomic Bomb(選んだ人=リアム・ニーソン、アイルランド人俳優)
(34)Bon Iver / For Emma, Forever Ago(選んだ人=マイロ・ヴェンティミリア米俳優)
(35)Joanna Newsom / The Milk-Eyed Mender(選んだ人=バット・フォー・ラッシズ)
(36)Elbow / Leaders Of The Free World(選んだ人=サイモン・アミテージ英詩人)
(37)Tom Waits / Alice(選んだ人=Yusuf元キャット・スティーヴンス)
(38)Black Rebel Motorcycle Club / B. R. M. C(選んだ人=カサビアンのサージ)
(39)Justice / Cross(選んだ人=MUSEのドミニク・ホワード)
(40)The Verve / Forth(選んだ人=レイ・ウィンストン英俳優)
(41)Oasis / Don't Believe The Truth(選んだ人=Spongebob Squarepants米アニメ・キャラ)
(42)Bar For Lashes / Fur And Gold(選んだ人=MUSEのマット・ベラミー)
(43)50 Cent / Get Rich Or Die Tryin'(選んだ人=ノエル・クラーク英俳優)
(44)Peter Doherty / Grace Wastelands(選んだ人=レニー・クラヴィッツ)
(45)Death Cab For Cutie / Plans(選んだ人=ジョン・メイヤー)
(46)Damian Rice / O(選んだ人=パオロ・ヌッティーニ英歌手)
(47)Jay-Z / The Black Album(選んだ人=ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ)
(48)Bjork / Vespertine(選んだ人=グリズリー・ベアーのエド)
(49)Peal Jam / Riot Act(選んだ人=バビエル・バルデム、スペイン人俳優)
(50)The White Stripes / De Stijl(選んだ人=スーパーグラスのギャズ)

2009年12月15日 (火)

著名人が選んだ「00年代ベスト」「Artists of The Century」 100位

英Q誌最新号「Artists of The Century」ランキング100位までの作品をノミネートしたのは、全部有名ミュージシャンや俳優、作家、政治家、コメディアンetcのセレブばかり企画記事!

Artistsofthecentury

(51)Coldplay / Parachutes(選んだ人=キーファー・サザランド米俳優)
(52)Gossip / Standing In The Way Of Control(選んだ人=ザ・ティン・ティンズのケイティ・ホワイト)
(53)The Streets / Original Pirate Material(選んだ人=Mr Hudson英ミュージシャン)
(54)My Morning Jacket / At Dawn(選んだ人=フー・ファイターズのデイヴ・グロール)
(55)Rufus Wainwright / Want Two(選んだ人=ザ・フィーリングのダン・ガレスピー)
(56)The Knife / Deep Cuts(選んだ人=ラ・ルーのエリー・ジャクソン)
(57)Rufus Wainwright / Want Two(選んだ人=キーンのトム・チャップリン)
(58)Robert Pollard / Is Off To Business(選んだ人=パディ・コンシダイン英俳優)
(59)Blur / Think Tank(選んだ人=アント&デックのアント英TVタレント)
(60)Tinariwen / The Radio Tisdas Sessions(選んだ人=元レッド・ツェッペリンのロバート・プラント)
(61)Sleeter Kinney / The Woods(選んだ人=パールジャムのエディ・ヴェダー)
(62)Tony Christie / Made In Sheffield(選んだ人=ジャスティン・リー・コリンズ英コメディアン)
(63)Joan As Policewoman / To Survive(選んだ人=ジュリエット・ルイス米女優)
(64)Cold War Kid / Robbers & Cowards(選んだ人=ザ・ガスライト・アンセムのブライアン・ファロウ)
(65)Peaches / The Teaches Of Peaches(選んだ人=イギー・ポップ)
(66)Spoon / Ga Ga Ga Ga Ga(選んだ人=アダム・バクストン英コメディアン)
(67)The Libertines / Up The Bracket(選んだ人=ラッセル・ブランド英コメディアン)
(68)Jeffrey Lewis / It's The Ones Who've Cracked(選んだ人=ジョシー・ロング英女性コメディアン)
(69)Queens Of The Stone Age / Rated R(選んだ人=マーク・ロンソン)
(70)Silversun Pickup / Swoon(選んだ人=ベン・スティラー米俳優)
(71)Lykke Li / Youth Novels(選んだ人=ティモシー・オリファント米俳優)
(72)Adel / 19(選んだ人=ジェイムス・マッカヴォイ英俳優)
(73)Fleet Foxes / Fleet Foxes(選んだ人=アント&デックのデック英TVタレント)
(74)Gogol Bordello / Gypsy Punks: Underdog World Strike(選んだ人=ピンク)
(75)Hush Arbors / Yankee Reality(選んだ人=ソニック・ユースのキム・ゴードン)
(76)I Am Kloot / I Am Kloot Play Moolah Rouge(選んだ人=スティーヴ・クーガン英コメディアン)
(77)Liars / Drum's Not Dead(選んだ人=ヤー・ヤー・ヤーズのカレン)
(78)Rilo Kiley / More Adventurous(選んだ人=サラ・シルヴァーマン米女性コメディアン)
(79)The Gaslight Anthem / The '59 Sound(選んだ人=ブルース・スプリングスティーン)
(80)Soul Assassins / Soul Assassins Ⅱ(選んだ人=カサビアンのトム・ミーガン)
(81)Kanye West / 808s & Heartbreak(選んだ人=イアン・ブラウン)
(82)Stephen Fretwell / Magpie(選んだ人=コーティーナーズのリアム・フレイ)
(83)Grace Jones / Hurricane(選んだ人=レディ・ガガ)
(84)Fratellis / Costello Music(選んだ人=ザ・フーのロジャー・ダルトリー)
(85)Ray Lamontagne / Trouble(選んだ人=ジェイムス・モリソン英歌手)
(86)Young Jeezy / Lets Get It:Thug Motivation 101(選んだ人=ディジー・ラスカル)
(87)Kathleen Edwards / Failer(選んだ人=ニック・ホーンビー英作家)
(88)RTX / Transmaniacon(選んだ人=MGMTのベン)
(89)Grinderman / Grinderman(選んだ人=ジョン・シムズ英俳優)
(90)Bloc Party / Silent Alarm(選んだ人=スティーヴ・ラマック英BBCのラジオDJ)
(91)World Party / Dumbing Up(選んだ人=クライヴ・オーウェン英俳優)
(92)Republic Of Loose / Aaagh !(選んだ人=アーヴィン・ウェルシュ英作家)
(93)Morrissey / You Are The Quarry(選んだ人=ハリー・ヒル英コメディアン)
(94)Social Distortion / Sex Love And Rock 'N' Roll(選んだ人=メタリカのジェイムス・ハットフィールド)
(95)The Moldy Peaches / The Moldy Peaches(選んだ人=元リバティーンズのカール・バラー)
(96)Sara Watkins / Sara Watkins(選んだ人=元レッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズ)
(97)Weird War / If You Can't Beat Them, Bite Them(選んだ人=MGMTのアンドリュー)
(98)The Cribs / The New Fellas(選んだ人=エドウィン・コリンズ)
(99)The Soundtrack Of Our Lives / Behind The Music(選んだ人=ノエル・ギャラガー)
(100)Jay -Z / American Gangster(選んだ人=Idris Elba英俳優)

2009年12月14日 (月)

ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク

Acc2_2 Acc1_2
太陽系最後の日 (ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク 1) (ハヤカワ文庫SF)
太陽は七時間後にノヴァと化し、太陽系全体の壊滅は避けられない運命だった。だが、一隻の銀河調査船が、その星系の第三惑星に住む知性体を救うべく全速航行していた!人類のために奮闘する異星人たちを描いた表題作のほか、名作『幼年期の終り』の原型短篇「守護天使」、作品集初収録の中篇「コマーレのライオン」、大戦中の空軍士官クラークの体験をつづるエッセイ、年譜などを収録した日本版オリジナル短篇集第一弾。

90億の神の御名 (ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク 2) (ハヤカワ文庫SF)
高性能の計算機で、神の御名のすべてを記そうとするラマ僧の奇想天外な計画を軽妙に語る表題作のほか、地球から3000光年かなたの星雲調査におもむいた天体物理学者が発見した衝撃の事実を描くヒューゴー賞受賞作「星」、月面の天文台を訪ねたダフネの胸おどる休暇旅行の物語――本邦初訳の中篇「月面の休暇」、名作『海底牧場』の原型短篇、キリスト生誕を告げた星の正体を探るエッセイや年譜などを収録した短篇集第二弾。

メデューサとの出会い (ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク 3) (ハヤカワ文庫SF)
人類初の木星大気圏の探査に気球で挑むハワード・ファルコンの驚異にみちた冒険をスリリングな筆致で描き、ネビュラ賞を受賞した表題作、電磁加速ランチャーで月面から地球に帰還しようとして事故に遭ったクリフ・レイランドの顛末を物語る「メイルシュトレーム2」などの中短篇、海洋、動物の超感覚、『2001年宇宙の旅』シリーズの総括、宗教と、さまざまなテーマを扱ったエッセイ四篇、年譜を収録した、短篇集第三弾。 (「BOOK」データベースより)

待望の第三弾が遂に刊行されて、ジュンク堂本店で揃えた。 小説作法を知り尽くして、ストーリイテリングから文体にまで完璧な作家のアンソロジィー。かつての古めかしい訳文が極上リマスター新訳されている。
アンソロジストが翻訳家を集めて、原書以上に洗練されたベスト・オブ・アーサー・C・クラークととえるだろう。

 超新星の探査に向かった調査船。彼らは爆発による消滅をかろうじて免れた惑星を発見した。その地下に超新星となった恒星系へ、存在した知的種族の膨大な遺物が残されているのを知る。恒星間航行の技術を手にしていなかったこの種族は存在の証を残して、いつの日か別の知的種族がそれを知ることを願いつつ滅び去ったのである。
 コンピューター故障により、軌道計算の出来なくなった宇宙船が漂っている。
船内にたまたま日本人クルーが乗り合わせていた。命がけの乗員たちへに算盤を教えて、彼らの夢の中にも珠が弾かれていった。それは電子回路ではなくて、人間を使ったコンピーターの構築であった。宇宙船クルー総出でパチパチと計算を行い、彼らは軌道危機を脱出することができるだろうか。素晴らしいソロバンの落ちが待っていた。
 事故ですべての機能を失った男は機械の体で、謎を秘めた巨大惑星の木星へ挑む。サイボーグテーマと木星型のガス惑星への宇宙探検があり、二重のファーストコンタクトが用意されている。やがていつか、人間ではなく機械が宇宙を支配するときがくる。しかし彼はどちらの方にも属さない、不死の人となってくのだった。

2009年12月13日 (日)

翼を持った豚

Animals

ピンクフロイド『Animals』
1. Pigs on the Wing, Pt. 1 
2. Dogs 
3. Pigs (Three Different Ones) 
4. Sheep 
5. Pigs on the Wing, Pt. 2 

ピンクフロイドの作品の中では きわめて地味な存在。先鋭的に想えたサウンドも、ブルースから派生したフレーズが多く、そういう観点から聞きなおすと興味深いアルバムである。 3つの人間像を辛辣に描く、イギリス風刺のユーモアとカリカチュアルが展開される。巨大な風船ブタをロンドンの空中へ飛ばす、アートワークにも理念が踏襲されている。肥大する資本や人気を獲得したものへの、自嘲的な警告がなされている。

翼を持った豚は、PigFlysとも解釈されていた。

Pink_floyd_animals_1831

Pigs (Three Different Ones)   
http://www.youtube.com/watch?v=iNa551dR6Rc&feature=player_embedded

豚の肥大図体だな。ははは言葉あて遊びさ。
武装した肥満な車輪。へへへキミのことさ。

手を心臓の上に置いた時、
危うくキミは笑ってしまう。
ほとんどジョークさ。冗談。
キミは頭をブタの貯金箱に落とす。
「コツコツ貯蓄やり続けろ」といいながらね。

豚はキミの太った顎にシミをつける。
肥満体で何を見つけたいんだ。
ブタな自分に落ち込んだ時、
危うく笑ってしまうさ。危うく笑ってしまうだろ。
だけどホントは泣いてるんだ。

バスは止まる。ネズミ。袋。ははは言葉あて遊びさ。
まいっちゃう肥満なオバタリアン。はははキミのことさ。

壊れたガラスの冷やかな光線を、キミは放射する。
危うく笑ってしまう。
もうちょいだな。素早いハニカミの笑顔。

鋼鉄のような感情。
ハットピンが、流行の先端。
そしてピストルの快楽。
危うく笑ってしまうさ。危うく笑ってしまうだろ。
だけどホントは泣いてるんだ。

ヘイ。ホワイトハウス!へへへ言葉あて遊びさ。
見えっぱりの街に家を構える。マウス。はははキミのことさ。
通りのはずれに感情を、保管しようとしている。

本物の肥大した楽しみ。
きつく結ばれた唇と冷たい足。
そしてキミは虐待されてると感じるのか?

邪悪な潮の干満をせき止めた。
そしてぷくぷくと内なるものを保持し続けるのさ。
ほとんどキミの特別な肥大した楽しみ。
特別貯蓄の肥満した楽しみなのさ。

Lyrics : ピンク・フロイド『Animals』より
http://www.pink-floyd.com/

2009年12月12日 (土)

書物TOTOの図案化

Tarot20marseille

イメージは肥大化させないことが望まれる。

Tarot

2009年12月11日 (金)

ペンギンタロット21+0の物語

占いやゲーム性の底に秘められたTAROTの真意を、
ユーモラスで哲学的なペンギンのキャラクターによって顕した大アルカナ22枚

toto22.JPGtarot1.jpg

◆ペンギンタロット21+0の物語 全カード図解 
http://koinu.cside.com/NewFiles/21+0.html

こんな面白すぎるカードは見るだけでも幸せになれる
TAROT図形学より、視覚からも分りやすく覚えられます
新しいアテンション(注意)と上昇力を前向きに促すために作られたカードです
tarot3.jpgtarot2.jpg

ペンギンタロット21+0の物語図解
◆タロットカードは不可思議なシンボルが描かれて、これらキーワードを繋ぎ合わせることでタロットは世界の側面を照らし出すとことができる。漠然とした無意識の断片が、元型のイメージとしてのカードによって具現化され、その人固有の無意識の形を喚起させる。
◆非合理的なシンボルやイメージこそが、無意識の世界を解く鍵。 

◆無意識の領域に存在して無意識に人を動かす全人類に共通する心理パターン。このパターンが自然界にもあったことを符合させた図形こそタロット。 無意識の中にあるものを喚起させ、導き出されたキー  ワードを解釈することでその人だけに当てはまるパターンがある。
◆“シンクロニシティ(共時性)”という無意識の領域にあるものと現実の世界に起こることには一種のアナロジーが存在し、人が偶然として片付ける出来事も、すべては無意識の中にある原因により必然的に起きている。
◆自分の無意識を知ることで、これから自分の身に起こることや、未来に起こる出来事を予測することができる。
◆タロットは普遍な無意識を発掘する道具であり、その無意識を意識化する手段として、占い師が相談者の未来を予測する際に行うカード解釈は、まさしく医師が患者に質問を出して、その内容から医学的に解釈し、患者の精神状態を推測しながらカウセリングを行う心理学の手法そのものです。 【解説書より】
------------------------------------------------------------
「ペンギンタロット」の世界へ・・・ http://koinu.cside.com/

◆大アルカナ22枚組1セット・解説書A6版18頁付 
◇タロットサイズ3000円  ◇名刺サイズは品切れとなりました。

申込・お問い合せ http://koinu.cside.com/NewFiles/penguintora.html

rota2.JPG

2009年12月10日 (木)

人の年輪を地図にしてみよう

たぶんいま地球も人も変化しているし、変容の中で必ずしもこれがあてはまらないケースが増えてきているとは思う。だからこそ交通整理とナビゲーションは必要となる。

■ライフマップと占星術の分類

0 ~ 7歳  ファンタジー生活     月--人間の形姿,体質を決める
7 ~14歳  イマジネーション生活  水星--健康と調和的な影響を与える
14~21歳  思春期-青春      金星--愛と表象、理想に影響を与える
21~28歳  人生基盤の形成期   太陽--心魂を発展させる。過去を新たに
28~35歳  人生基盤の確立期    〃    形成する力を個人に与える
35~42歳  第二の思春期      〃
42~49歳  落ち込む時期       火星--人生の目標を実現する力を与える
49~56歳  衰えとの戦いの時期   木星--人生を叡知に満ちたものにする
56~63歳  知恵の時期        土星--人生を振り返らせる
63~70歳   第二の青春

西洋では63歳よりの青春が還暦にあたる。その半分にあたる確立期33歳のときマップがボトムに来る。ここをくぐり抜けても、さらに42歳から「魂の暗い夜」と呼ばれる7年間で、自分の生きる道を模索する試行錯誤の時期を過ごすことになる。
すべての人が正確に7年周期というわけではない。

もうひとつサターンリターンがある。土星がめぐって、出生時の位置にもどってくるとき──だいたい28歳から30歳にこの時期を迎える。カルマを司る星=土星と、ふたたび自分の原点において向き合うとき、人はそれまでの人生を総括してあらたなステップを踏み出す。サターンリターンを2サイクルした時点=約60歳で今回の人生におけるカルマが修了する。サターンリターンがオポジットにくるとき、つまりサターンリターンの中間点である約15歳と45歳のときにも人生が変節する。15歳で迎えるのが思春期、45歳で迎えるのが思秋期。これをスクエアで刻むと、約7年サイクルになる。
ノードをまたぐ太陽の通り道と月の通り道が交差する=19歳、38歳、56歳もポイントとなる。太陽が月(ペルソナ)を突き抜けることにより、もはや仮面を着けているわけにはいられなくなる。

E7949fe591bde381aee6a8b9e8a1a8e7b49

2009年12月 9日 (水)

アイヌ神謡集

知里幸惠編訳

            序

 その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう.
 冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って,天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り,夏の海には涼風泳ぐみどりの波,白い鴎の歌を友に木の葉の様な小舟を浮べてひねもす魚を漁り,花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて,永久に囀(さえ)ずる小鳥と共に歌い暮して蕗(ふき)とり蓬(よもぎ)摘み,紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて,宵まで鮭とる篝(かがり)も消え,谷間に友呼ぶ鹿の音を外に,円(まど)かな月に夢を結ぶ.嗚呼なんという楽しい生活でしょう.平和の境,それも今は昔,夢は破れて幾十年,この地は急速な変転をなし,山野は村に,村は町にと次第々々に開けてゆく.
 太古ながらの自然の姿も何時の間にか影薄れて,野辺に山辺に嬉々として暮していた多くの民の行方も亦いずこ.僅かに残る私たち同族は,進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり.しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて,不安に充ち不平に燃え,鈍りくらんで行手も見わかず,よその御慈悲にすがらねばならぬ,あさましい姿,おお亡びゆくもの……それは今の私たちの名,なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう.
 その昔,幸福な私たちの先祖は,自分のこの郷土が末にこうした惨めなありさまに変ろうなどとは,露ほども想像し得なかったのでありましょう.
 時は絶えず流れる,世は限りなく進展してゆく.激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも,いつかは,二人三人でも強いものが出て来たら,進みゆく世と歩をならべる日も,やがては来ましょう.それはほんとうに私たちの切なる望み,明暮(あけくれ)祈っている事で御座います.
 けれど……愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言語,言い古し,残し伝えた多くの美しい言葉,それらのものもみんな果敢なく,亡びゆく弱きものと共に消失せてしまうのでしょうか.おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います.
 アイヌに生れアイヌ語の中に生いたった私は,雨の宵,雪の夜,暇ある毎に打集って私たちの先祖が語り興じたいろいろな物語の中極く小さな話の一つ二つを拙ない筆に書連ねました.
 私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事が出来ますならば,私は,私たちの同族祖先と共にほんとうに無限の喜び,無上の幸福に存じます.

  大正十一年三月一日

知里幸惠

Book_sinyosyu

      AEKIRUSHI

          目次

 序(知里幸惠)
1.梟の神の自ら歌った謡「銀の滴(しずく)降る降るまわりに」
2.狐が自ら歌った謡「トワトワト」
3.狐が自ら歌った謡「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」
4.兎が自ら歌った謡「サンパヤ テレケ」
5.谷地の魔神が自ら歌った謡「ハリツ クンナ」
6.小狼の神が自ら歌った謡「ホテナオ」
7.梟の神が自ら歌った謡「コンクワ」
8.海の神が自ら歌った謡「アトイカ トマトマキ クントテアシ フム フム!」
9.蛙が自らを歌った謡「トーロロ ハンロク ハンロク!」http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-533f.html
10.小オキキリムイが自ら歌った謡「クツニサ クトンクトン」
11.小オキキリムイが自ら歌った謡「この砂赤い赤い」http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-0057.html
12.獺(かわうそ)が自ら歌った謡「カッパ レウレウ カッパ」http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b0ec.html
13.沼貝が自ら歌った謡「トヌペカ ランラン」http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-7de9.html

アイヌ神謡集
Kamuichikap kamui yaieyukar,
“Shirokanipe ranran pishkan”

(1) 昔は男の子が少し大きくなると,小さい弓矢を作って与えます.子供はそれで樹木や鳥などを的に射て遊び,知らずしらずの中に弓矢の術に上達します.
ak……は弓術,shinot は遊戯,ponai は小矢.

(2) shiktumorke……眼つき.
人の素性を知ろうと思う時は,その眼を見ると一ばんよくわかると申しまして,少しキョロキョロしたりすると叱られます.

(3) achikara……「汚い」という意味.
(4) 鳥やけものが人に射落されるのは,人の作った矢が欲しいので,その矢を取るのだと言います.
(5) kotankorkamui……国または村を持つ神.
山には,nupurikorkamui……山を持つ神(熊)と nupuripakorkamui……山の東を持つ神(狼)などがあって,ふくろうは熊,狼の次におかれます.
kotankorkamui は山の神,山の東の神,の様に荒々しいあわて者ではありません.それでふだんは沈(おち)着いて,眼をつぶってばかりいて,よっぽど大変な事のある時でなければ眼を開かないと申します.

(6) eharkiso……左の座.
(7) eshiso……右の座.
家の央に囲炉裏(いろり)があって,東側ののある方が上座,上座から見て右が eshiso 左が harkiso.上座に坐るのは男子に限ります.お客様などで,家の主人よりも身分の卑しい人は上座につく事を遠慮します.右の座には主人夫婦がならんですわる事にきまっています.右座の次が左の座で,西側(戸口の方)の座が一ばん下座になっています.

(8) hayokpe 冑.
鳥でもけものでも山にいる時は,人間の目には見えないが,各々に人間の様な家があって,みんな人間と同じ姿で暮していて,人間の村へ出て来る時は冑を着けて出て来るのだと云います.そして鳥やけものの屍体は冑で本体は目には見えないけれども,屍体の耳と耳の間にいるのだと云います.

(9) otuipe……尻の切れた奴.
犬の尻尾の切れた様に短いのはあまり尊びません.
極くつまらない人間の事を wenpe……悪い奴,otuipe……尻尾の切れた奴と悪口をします.

(10) chikashnukar.神が大へん気に入った人間のある時,ちっとも思いがけない所へ,その人間に何か大きな幸を恵与すると,その人は ikashnukar an と云ってよろこびます.
(11) apehuchi……火の老女.火の神様は,家の中で最も尊い神様でおばあさんにきまっています.山の神や海の神,その他種々な神々がこのふくろうの様にお客様になって,家へ来た時は,この apehuchi が主になって,お客のお相手をして話をします.ただ kamuihuchi(神老女)と云ってもいい事になっています.
(12) neusar 語り合う事.
種々な世間話を語り合うのも neusar.普通 kamuiyukar(神謡)や uwepeker(昔譚)の様なものを neusar と云います.

(13) ashke a uk.ashke は指,手.a uk は取る.なにか祝いがあるとき人を招待する事を云います.
(14) kakkokhau……カッコウ鳥の声.
カッコウ鳥の声は,美しくハッキリと耳に響きますから,ハキハキとしてみんなによくわかるように物を云う人の事をカッコウ鳥の様だと申します.

(15) chisekorkamui……家を持つ神.
火の神が主婦で,家の神が主人の様なものです.男性で chisekorekashi……家を持つおじいさんとも申します.

(16) nusakorkamui……御幣棚を持つ神,老女.
御幣棚の神も女性にきまっています.何か変事の場合人間にあらわれる事がありますが,その時は蛇の形をかりてあらわれると云います.それで御幣棚の近所に,または東の方のの近所に,蛇が出て来たりすると,「きっと御幣棚のおばあさんが用事があって外出したのだろう」と言って,決してその蛇を殺しません.殺すと罰が当りますと云います.

--------------------------------------------------------
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

--------------------------------------------------------
http://www.aozora.gr.jp/cards/000000/files/44909_29558.html

2009年12月 8日 (火)

梟の神の自ら歌った謡 「銀の滴(しずく)降る降るまわりに」

「銀の滴降る降るまわりに,金の滴
降る降るまわりに.」という歌を私は歌いながら
流に沿って下り,人間の村の上を
通りながら下を眺めると
昔の貧乏人が今お金持になっていて,昔のお金持が
今の貧乏人になっている様です.
海辺に人間の子供たちがおもちゃの小弓に
おもちゃの小矢をもってあそんで居ります.
「銀の滴降る降るまわりに
金の滴降る降るまわりに.」という歌を
歌いながら子供等の上を
通りますと,(子供等は)私の下を走りながら
云うことには,
「美しい鳥! 神様の鳥!
さあ,矢を射てあの鳥
神様の鳥を射当てたものは,一ばんさきに取った者は
ほんとうの勇者,ほんとうの強者だぞ.」
云いながら,昔貧乏人で今お金持になってる者の
子供等は,金の小弓に金の小矢を
番(つが)えて私を射ますと,金の小矢を
私は下を通したり上を通したりしました.
その中に,子供等の中に
一人の子供がただの(木製の)小弓にただの小矢
を持って仲間にはいっています.私はそれを見ると
貧乏人の子らしく,着物でも
それがわかります.けれどもその眼色を
よく見ると,えらい人の子孫らしく,一人変り
者になって仲間入りをしています.自分もただの小弓に
ただの小矢を番えて私をねらいますと,
昔貧乏人で今お金持の子供等は大笑いをして
云うには,
「あらおかしや貧乏の子
あの鳥,神様の鳥は私たちの
金の小矢でもお取りにならないものを,お前の様な
貧乏な子のただの矢腐れ木の矢を
あの鳥,神様の鳥がよくよく
取るだろうよ.」
と云って,貧しい子を足蹴にしたり
たたいたりします.けれども貧乏な子は
ちっとも構わず私をねらっています.
私はそのさまを見ると,大層不憫に思いました.
「銀の滴降る降るまわりに,
金の滴降る降るまわりに.」という歌を
歌いながらゆっくりと大空に
私は輪をえがいていました.貧乏な子は
片足を遠く立て片足を近くたてて,
下唇をグッと噛みしめて,ねらっていて
ひょうと射放しました.小さい矢は美しく飛んで
私の方へ来ました,それで私は手を
差しのべてその小さい矢を取りました.
クルクルまわりながら私は
風をきって舞い下りました.
すると,彼(か)の子供たちは走って
砂吹雪をたてながら競争しました.
土の上に私が落ちると一しょに,一等先に
貧乏な子がかけついて私を取りました.
すると,昔貧乏人で今は金持になってる者の
子供たちは後から走って来て
二十も三十も悪口をついて
貧乏な子を押したりたたいたり
「にくらしい子,貧乏人の子
私たちが先にしようとする事を先がけしやがって.」
と云うと,貧乏な子は,私の上に
おおいかぶさって,自分の腹にしっかりと私を押えていました.
もがいてもがいてやっとの事,人の隙から
飛び出しますと,それから,どんどんかけ出しました.
昔は貧乏人で今は金持の子供等が
石や木片を投げつけるけれど
貧乏な子はちっとも構わず
砂吹雪をたてながらかけて来て一軒の小屋の
表へ着きました.子供は
第一のから私を入れて,それに
言葉を添え,斯々(かくかく)のありさまを物語りました.
家の中から老夫婦が
眼の上に手をかざしながらやって来て
見ると,大へんな貧乏人ではあるけれども
紳士らしい淑女らしい品をそなえています,
私を見ると,腰の央(なか)をギックリ屈めて,ビックリしました.
老人はキチンと帯をしめ直して,
私を拝し
「ふくろうの神様,大神様,
貧しい私たちの粗末な家へ
お出で下さいました事,有難う御座います.
昔は,お金持に自分を数え入れるほどの者で
御座いましたが今はもうこの様に
つまらない貧乏人になりまして,国の神様
大神様をお泊め申すも
畏れ多い事ながら今日はもう
日も暮れましたから,今宵は大神様を
お泊め申し上げ,明日は,ただイナウだけでも
大神様をお送り申し上げましょう.」という事を
申しながら何遍も何遍も礼拝を重ねました.
老婦人は,東のの下に
敷物をしいて私をそこへ置きました.
それからみんな寝ると直ぐに高いびきで
寝入ってしまいました.
私は私の体の耳と耳の間に坐って
いましたがやがて,ちょうど,真夜中時分に
起き上りました.
「銀の滴降る降るまわりに,
金の滴降る降るまわりに.」
という歌を静かにうたいながら
この家の左の座へ右の座へ
美しい音をたてて飛びました.
私が羽ばたきをすると,私のまわりに
美しい宝物,神の宝物が美しい音をたてて
落ち散りました.
一寸のうちに,この小さい家を,りっぱな宝物
神の宝物で一ぱいにしました.
「銀の滴降る降るまわりに,
金の滴降る降るまわりに.」
という歌をうたいながらこの小さい家を
一寸の間にかねの家,大きな家に
作りかえてしまいました,家の中は,りっぱな宝物の積場
を作り,りっぱな着物の美しいのを
早つくりして家の中を飾りつけました.
富豪の家よりももっとりっぱにこの大きな家の
中を飾りつけました.私はそれを終ると
もとのままに私の冑の
耳と耳の間に坐っていました.
家の人たちに夢を見せて
アイヌのニシパが運が悪くて貧乏人になって
昔貧乏人で今お金持になっている者たちに
ばかにされたりいじめられたりしてるさまを私が見て
不憫に思ったので,私は身分の卑しいただの神では
ないのだが,人間の家
に泊って,恵んでやったのだという事を
知らせました.
それが済んで少したって夜が明けますと
家の人々が一しょに起きて
目をこすりこすり家の中を見るとみんな
床の上に腰を抜かしてしまいました.老婦人は
声を上げて泣き,老人は
大粒の涙をポロポロこぼして
いましたが,やがて,老人は起き上り
私の処へ来て,二十も三十も礼拝
を重ねて,そして云う事には,
「ただの夢ただの眠りをしたのだと
思ったのに,ほんとうに,こうしていただいた事.
つまらないつまらない,私共の粗末な家に
お出で下さるだけでも有難く存じますものを
国の神様,大神様,私たちの不運な
事を哀れんで下さいまして
お恵みのうちにも最も大きいお恵みをいただき
ました事.」と云う事を泣きながら
申しました.
それから,老人はイナウの木をきり
りっぱなイナウを美しく作って私を飾りました.
老婦人は身仕度をして
小さい子を手伝わせ,薪をとったり
水を汲んだりして,酒を造る仕度をして,一寸の間に
六つの酒樽を上座にならべました.
それから私は火の老女,老女神と
種々な神の話を語り合いました.
二日程たつと,神様の好物ですから
はや,家の中に酒の香が
漂いました.
そこで,あの小さい子に態(わざ)と
古い衣物を着せて,村中の
昔貧乏人で今お金持になっている人々を
招待するため使いに出してやりました.ので
後見送ると,子供は家毎に
入って使いの口上を述べますと
昔貧乏人で今お金持になっている人々は
大笑いをして
「これはふしぎ,貧乏人どもが
どんな酒を造ってどんな
御馳走があってそのため人を招待するのだろう,
行ってどんな事があるか見物して
笑ってやりましょう.」と
言い合いながら大勢打ち連れて
やって来て,ずーっと遠くから,ただ家を見ただけで
驚いてはずかしがり,そのまま帰る者もあります,
家の前まで来て腰を抜かしているのもあります.
すると,家の夫人が外へ出て
人皆の手を取って家へ入れますと,
みんないざり這いよって
顔を上げる者もありません.
すると,家の主人は起き上って
カッコウ鳥の様な美しい声で物を言いました.
斯々(かくかく)の訳を物語り
「この様に,貧乏人でへだてなく
互に往来も出来なかったのだが
大神様があわれんで下され,何の悪い考えも
私どもは持っていませんのでしたのでこの様に
お恵みをいただきましたのですから
今から村中,私共は一族の者
なんですから,仲善くして
互に往来をしたいという事を皆様に
望む次第であります.」という事を
申し述べると,人々は
何度も何度も手をすりあわせて
家の主人に罪を謝し,これからは
仲よくする事を話し合いました.
私もみんなに拝されました.
それが済むと,人はみな,心が柔らいで
盛んな酒宴を開きました.
私は,火の神様や家の神様や
御幣(ごへい)棚の神様と話し合いながら
人間たちの舞を舞ったり躍りをしたりするさまを
眺めて深く興がりました.そして
二日三日たつと酒宴は終りました.
人間たちが仲の善いありさまを
見て,私は安心をして
火の神,家の神
御幣棚の神に別れを告げました.
それが済むと私は自分の家へ帰りました.
私の来る前に,私の家は美しい御幣
美酒が一ぱいになっていました.
それで近い神,遠い神に
使者をたてて招待し,盛んな酒宴を
張りました,席上,神様たちへ
私は物語り,人間の村を訪問した時の
その村の状況,その出来事を詳しく話しますと
神様たちは大そう私をほめたてました.
神様たちが帰る時に美しい御幣を
二つやり三つやりしました.
彼(か)のアイヌ村の方を見ると,
今はもう平穏で,人間たちは
みんな仲よく,彼のニシパが
村に頭になっています,
彼の子供は,今はもう,成人
して,妻ももち子も持って
父や母に孝行をしています,
何時でも何時でも,酒を造った時は
酒宴のはじめに,御幣やお酒を私に送ってよこします.
私も人間たちの後に坐して
何時でも
人間の国を守護(まも)っています.
  と,ふくろうの神様が物語りました.

(1) isoeonkami.iso は海幸,eonkami は……を謝す事.
鯨が岸で打ち上げられるのは,海の大神様が人間に下さる為に御自分で持って来て,岸へ打ち上げて下さるものだと信じて,その時は必ず重立った人が盛装して沖の方をむいて礼拝をします.

(2) ononno.これは海に山に猟に出た人が何か獲物を持って帰って来た時にそれを迎える人が口々に言う言葉です.
(3) uniwente……大水害のあと,火災のあと,火山の破裂のあと,その他種々な天災のあったあとなどに,または人が熊に喰われたり,海や川に落ちたり,その他なにによらず変った事で負傷したり,死んだりした場合に行う儀式の事.
その時は槍や刀のさきを互いに突き合せながらお悔みの言葉を交します.一つの村に罹災者が出来ると,近所の村々から沢山の代表者がその村に集ってその儀式を行いますが,一人と一人でも致します.

(4) hokokse……uniwente の時,また大へんな変り事が出来た時に神様に救いを求める時の男の叫び声.フオホホーイと,これは男に限ります.
(5) ashur は変った話,ek は来る.
……村から遠い所に旅に出た人が病気したとか死んだとかした時にその所からその人の故郷へ使者がその変事を知らせに来るとか,外の村で誰々が死にましたとか,何々の変った事がありましたとかと村へ人が知らせに来る事を云います.
その使者を ashurkorkur(変った話を持つ人)と云います.
ashurkorkur は村の近くへ来た時に先ず大声をあげて hokokse(フオホホーイ)をします.すると,それをききつけた村人は,やはり大声で叫びながら村はずれまで出迎えてその変り事をききます.

(6) uchishkar……泣き合う.これは女の挨拶,長く別れていて久しぶりで会った時,近親の者が死んだ時,誰かがなにか大変な危険にあって,やっと免れた時などに,女どうしで手を取り合ったり,頭や肩を抱き合ったりして泣く事.
(7) matrimimse(女の叫び声)……何か急変の場合または uniwente の場合,男は hokokse(フオホホーイ)と太い声を出しますが,女はほそくホーイと叫びます.
女の声は男の声よりも高く強くひびくので神々の耳にも先にはいると云います.それで急な変事が起った時には,男でも女の様にほそい声を出して,二声三声叫びます.

(8) peutanke……rimimse と同じ意ですが,これは普通よく用いられる言葉で,rimimse の方は少し難かしい言葉になっています.

--------------------------------------------------------
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

狐が自ら歌った謡「トワトワト」

トワトワト
ある日に海辺へ食物を拾いに
出かけました.
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
行きながら自分の行手を見たところが
海辺に鯨が寄り上って
人間たちがみんな盛装して
海幸をば喜び舞い海幸をば喜び躍り肉を切る者運ぶ者が
行き交(か)って重立った人たちは海幸をば謝し拝む者
刀をとぐ者など浜一ぱいに黒く見えます.
私はそれを見ると大層喜びました.
「ああ早くあそこへ着いて
少しでもいいから貰いたいものだ」と
思って「ばんざーい! ばんざーい」と
叫びながら
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
行って行って近くへ行って見ましたら
ちっとも思いがけなかったのに
鯨が上ったのだとばかり思ったのは
浜辺に犬どもの便所があって
大きな糞の山があります,
それを鯨だと私は思ったので
ありました.
人間たちが海幸をば喜んで躍り海幸をば喜び舞い
肉を切ったりはこんだりしているのだと
私が思ったのはからすどもが
糞をつっつき糞を散らし散らし
その方へ飛びこの方へ飛びしているのでした.
私は腹が立ちました.
「眼の曇ったつまらない奴
眼の曇った悪い奴
尻尾の下の臭い奴
尻尾の下の腐った奴
お尻からやにの出る奴
お尻から汚い水の出る奴
なんという物の見方をしたのだろう.」
それからまた
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
海のそばから走りながら
見たところが私の行手に
舟があってその舟の中で
人間が二人互いにお悔みをのべています,
「おや,何の急変が
あるのでああいう事をしているのだろう,もしや
舟と一しょに引繰(ひっくり)かえった人でもあるのではないかしら,
おお早くずっと近くへ行って
人の話を聞きたいものだ.」
と思うのでフオホホーイと
高く叫んで
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
飛ぶようにして行って見たら
舟だと思ったのは浜辺にある
岩であって,人だと思ったのは
二羽の大きな鵜であったのでした.
二羽の大きな鵜が長い首をのばしたり縮めたり
しているのを悔みを言い合っている様に
私は見たのでありました.
「眼の曇ったつまらない奴
眼の曇った悪い奴
尻尾の下の臭い奴
尻尾の下の腐った奴
お尻からやにの出る奴
お尻から汚い水の出る奴
なんという物の見方をしたのだろう.」
それからまた
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
飛ぶ様にして川をのぼって行きましたところが
ずーっと川上に女が二人
浅瀬に立っていて泣き合っています.
私はそれを見てビックリして
「おや,なんの悪い事があって
なんの凶報が来てあんなに泣き合って
いるのだろう?
ああ早く着いて人の話を
聞きたいものだ.」
と思って
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
飛ぶ様にして行って見たら
川の中程に二つの簗(やな)があって
二つの簗の杭(くい)が流れにあたってグラグラ動いているのを
二人の女がうつむいたり仰むいたりして
泣き合っているのだと私は思ったの
でありました.
「眼の曇ったつまらぬ奴
眼の曇った悪い奴
尻尾の下の臭い奴
尻尾の下の腐った奴
お尻からやにの出る奴
お尻から汚い水の出る奴
なんという物の見方をしたのだろう.」
それからまた,川をのぼって
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
飛ぶようにして帰って来ました.
自分の行手を見ましたところが
どうしたのだか
私の家が燃えあがって
大空へ立ちのぼる煙は
立ちこめた雲の様です.それを見た私は
ビックリして気を失うほど
驚きました.女の声で叫びながら
飛び上りますと,むこうから誰かが
大きな声でホーイと叫びながら私のそばへ
飛んで来ました.見るとそれは私の妻で
ビックリした顔色で息せききって,
「旦那様どうしたのですか?」
と云うので,見ると
火事の様に見えたのに
私の家はもとのまま
たっています.火もなし,煙もありません.
それは,私の妻が搗物(つきもの)をしていると
その時に風が強く吹いて簸ている粟の
糠(ぬか)が吹き飛ばされるさまを
煙の様に私は見たのでありました.
食物を探しに出かけても食物も見付からず,その上に
また,私が大声を上げたので私の妻が
それに驚いて簸ていた粟をも
簸と一しょに放り飛ばしてしまったので
今夜は食べる事も出来ません
私は腹立たしくて床の底へ
身を投げて寝てしまいました.
「眼の曇ったつまらぬ奴
眼の曇った悪い奴
尻尾の下の臭い奴
尻尾の下の腐った奴
お尻からやにの出る奴
お尻から汚い水の出る奴
なんという物の見方をしたのだろう.」
             と
      狐の頭(かしら)が物語りました.

(1) pau.狐の鳴声の擬声詞.
(2) pushtotta……鞄の様な形のもので,海猟に出かける時に火道具,薬類,その他細々の必要品を入れて持ってゆくもの.同じ用途のもので piuchiop,karop などがありますが,蒲(がま),アツシ織などで作りますから,陸で使用します.pushtotta は熊の皮,あざらしの皮,その他の毛皮で製しますから水がとおらないので,海へ持って行くのです.
(3) noya ai……蓬の矢.蓬はアイヌの尊ぶ草です.蓬の矢で打たれると,浮ぶ事が出来ないから悪魔の最も恐れるものだと云うので,遠出するとき必要品の一つに数えられます.
(4) もとは男の便所と女の便所は別になっていました.ashinru も eosineru も同じく便所の事.
狐の中で黒狐は最も尊いものだとしています.海の中に突き出ている岬は大概黒狐の所領で,黒狐はよっぽどの大へんがなければ,人に声をきかせないと申します.
Okikurumi(Okikirmui)と Samayunkur と Shupunramka とはいとこ同士で,Shupunramka は一ばん年上で Okikirmui は一ばん年下だと云います.Shupunramka は温和な人で内気ですからなにも話がありませんが,Samayunkur は短気で,智恵が浅く,あわて者で,根性が悪い弱虫で,Okikirmui は神の様に智恵があり,情深く,勇気のあるえらい人だと云うので,その物語りは無限というほど沢山あります.

--------------------------------------------------------
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

狐が自ら歌った謡「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」

ハイクンテレケ ハイコシテムトリ
国の岬,神の岬の上に
私は坐して居りました.
ある日に外へ出て見ますと
海は凪(な)ぎてひろびろとしていて,海の上に
オキキリムイとシュプンラムカとサマユンクルが
海猟に三人乗りで出かけています,それを見た私は
私の持ってる悪い心がむらむらと出て来ました.
この岬,国の岬,神の岬
の上をずーっと上へずーっと下へ
軽い足取りで腰やわらかにかけ出しました.
重い調子で木片をポキリポキリと折る様にパーウ,パウと叫び
この川の水源をにらみにらみ暴風の魔を
呼びました.すると,それにつれてこの川の
水源から烈しい風,つむじ風が
吹き出して海にはいると直ぐに
この海は,上の海が下になり
下の海が上になりました.オキキリムイたち
の漁舟は沖の人の海と,陸の人の海との
出会ったところ(海の中程)に,非常な急変に会って波の間を
クルリと廻りました.大きな浪が山の様に
舟の上へかぶさり寄ります.すると,
オキキリムイ,サマユンクル,シュプンラムカは
声をふるって,舟を漕ぎました.
この小さい舟は落葉の飛ぶ様に吹き飛ばされ
今にもくつがえりそうになるけれども
感心にも人間たちは力強くて
この小舟は風の中に
波の上をすべります.
それを見ると私の持っている悪い心がむらむらと出て来ました.
軽い足取りで腰やわらかにかけまわり,
重い調子で木片がポキリポキリと折れる様にパウ,パウと叫び
暴風の魔を声援するのみに精を出しました.
そうしてる中に,やっと,サマユンクルが
手の上から,手の下から血が流れて
疲れてたおれました.
そのさまを見て私はひそかに笑いを浮べました.
それからまた,精を出して
軽い足取りで腰やわらかにかけまわり
重い調子で木片をポキリポキリと折る様に叫び
暴風の魔を声援しました.
オキキリムイとシュプンラムカと二人で
励まし合いながら勇ましく舟を漕いで
居りましたが,と,ある時シュプンラムカは
手の上から手の下から血が流れて
疲れてたおれてしまいました,それを見て
ひそかに私は笑いました.
それからまた軽い足取りで腰やわらかに
飛びまわり重い調子でかたい木片を
ポキリポキリと折る様に叫び精を出しました.
けれども,オキキリムイは疲れた様子は少しも無い.
一枚の薄物を体にまとい,
舟を漕いでいます,そのうちに
手の下でその持っていたが折れてしまいました.
すると,疲れ死んだサマユンクルに
躍りかかりその持っているをもぎとってたった一人で
舟を漕ぎました.
私はそれを見ると,持前の悪い心がむらむらと出て来ました.
重い調子でかたい木片をポキリポキリと折る様に叫び
軽い足取りで腰やわらかにかけまわり
精を出して暴風の魔に声援しました.
そうしてるうちにサマユンクルの舵も
折れてしまいました.オキキリムイはシュプンラムカに
躍りかかりそのをとって
勇ましく舟を漕ぎました.
けれども彼のも波に折られてしまいました.
そこで,オキキリムイは舟の中に
立ちつくして,烈しい風のうちに
まさか人間の彼が私を見つけようとは
思わなかったに,国の岬,神の岬の
上の,私の眼の央を見つめました.
今までやさしかった顔に怒りの色を
あらわして,鞄をいじっていたが
中から出したものを見ると,蓬(よもぎ)の小弓と
蓬の小矢を取り出しました.
それを見てひそかに私は笑いました.
「人間なぞ何をしたって,恐い事があるものか,
あんな蓬の小矢は何に使うものだろう.」
と思ってこの岬
国の岬,神の岬の上を
ずーっと上へずーっと下へ軽い足取りで
腰やわらかにかけまわり,重い調子で
かたい木片をポキリポキリと折る様にパウ,パウと叫び
暴風の魔をほめたたえました.
その中にオキキリムイの射放した矢が飛んで来ましたが
ちょうど私の襟首(えりくび)のところへ突きささりました.
それっきりあとどうなったか解らなくなってしまいました.
ふと気がついて見ると
大そう好いお天気で,海の上は
広々として,オキキリムイの漁舟もなにもありません.
どうした事か私の頭のさきから
足のさきまで雁皮が燃え縮む様に痛みます.
まさか人間の射た小さな矢がこんなに私を苦しめ
ようとは思わなかったのに,それから手足をもがき苦しみ
この岬,国の岬,神の岬
の上を,ずーっと上へ,ずーっと下へ泣き叫びながら
もがき苦しみ,昼でも夜でも生きたり
死んだり,している中に,どうしたか
わからなくなりました.
ふと気がついて見ると,
大きな黒狐の耳と耳との間に私は居りました.
二日ほどたった時,オキキリムイが神様の様な様子で
やって来て,ニコニコ笑って言うことには,
「まあ見ばのよい事,国の岬,神の岬
の上を見守る黒狐の神様は,
善い心,神の心を持っていたから
死にざまの見ばのよい死方をしたのですね.」
言いながら私の頭を取って,
自分の家へ持って行き私の上顎の骨を
自分の便所のどだいとし,私の下顎を
その妻の便所の礎として,
私のからだはそのまま土と共に腐ってしまいました.
それから夜でも昼でも
悪い臭気に苦しんでいる中に私はつまらない死方,悪い
死方をしました.
ただの身分の軽い神でもなかったのですが
大変な悪い心を私は持っていた為なんにも
ならない,悪い死方を私はしたのですから
これからの狐たちよ,決して
悪い心を持ちなさるな.
          と狐の神様が物語りました.

(1) アマツポ(弩(いしゆみ))すなわち「仕掛け弓」を仕掛ける事.
(2) 刀剣.これは戦争の時に使う刀剣とは違うので,ふだん家の右座の宝物の積んである上に吊してあるのがそれです.戦争の時には使いませんが,uniwente などのときには使います.

--------------------------------------------------------
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

2009年12月 7日 (月)

兎が自ら歌った謡「サンパヤ テレケ」

サンパヤ テレケ
二つの谷,三つの谷を飛び越え飛び越え
遊びながら兄様のあとをしたって山へ行きました.
毎日毎日兄様のあとへ行って見ると
人間が弩(いしゆみ)を仕掛けて置いてあるとその弩を兄様が
こわしてしまう,それを私は笑うのを
常としていたのでこの日また
行って見たら,ちっとも
思いがけない
兄様が弩にかかって泣き叫んでいる.
私はビックリして,兄様のそばへ
飛んで行ったら兄様は
泣きながら云うことには,
「これ弟よ,今これから
お前は走って行って
私たちの村の後へ着いたら
兄様が弩にかかったよ――,フオホホーイと
大声でよぶのだよ.」
私はきいて
ハイ,ハイ,と返辞をして,それから
二つの谷,三つの谷を飛び越え飛び越え
遊びながら来て
私たちの村の村後へ着きました.
そこではじめて兄様が私を使いによこしたことを
思い出しました,私は大声で叫び声を挙げようとした
が,兄様が何を言って私を使によこしてあったのか
すっかり私は忘れていました.そこに立ちつくして
思い出そうとしたがどうしてもだめだ.
それからまた
二つの谷を越え三つの谷を越え
後へ逆飛び逆躍びしながら
兄様のいる所へ来て
見ると誰もいない.
兄様の血だけがそこらに附いていた.
   (ここまでで話は外へ飛ぶ)
ケトカ ウォイウォイ ケトカ,ケトカ ウォイ ケトカ
毎日毎日私は山へ行って
人間が弩を仕掛けてあるのをこわして
それを面白がるのが常であった所が
ある日また,前の所に弩が仕掛けて
あると,その側に小さい蓬(よもぎ)の弩が
仕掛けてある,
私はそれを見ると
「こんな物,何にする物だろう.」
と思っておかしいので
ちょとそれに触って見た,直ぐに逃げようと
したら,思いがけ
なく,その弩にいやという程
はまってしまった.
逃げようともがけば
もがくほど,強くしめられるのでどうする事も
出来ないので,私は泣いて
いると,私の側へ何だか
飛んで来たので見るとそれは私の弟
であった.私はよろこんで,私たちの一族のものに
この事を知らせる様に言いつけてやったが
それからいくら待っても何の音もない.
私は泣いていると,私の側へ
人の影があらわれた.見ると,
神の様な美しい人間の若者
ニコニコして,私を取って,
どこかへ持って行った.見ると
大きな家の中が神の宝物で
一ぱいになっている.
彼(か)の若者は火を焚いて,
大きな鍋を火にかけて,掛けてある刀を引き抜いて
私のからだを皮のままブツブツに切って
鍋一ぱいに入れそれから鍋の下へ頭を突き入れ突き入れ
火を焚きつけ出した.どうかして
逃げたいので私は人間の若者の隙を
ねらうけれども,人間の若者はちっとも私から
眼をはなさない.
「鍋が煮え立って私が煮えてしまったら,なんにも
ならないつまらない死方,悪い死方をしなければならない.」と
思って人間の若者の油断を
ねらってねらって,やっとの事
一片の肉に自分を化(かわ)らして
立ち上る湯気に身を交(まじ)えて鍋の椽に
上り,左の座へ飛び下りると直ぐに
戸外へ飛び出した,泣きながら
飛んで息を切らして逃げて来て
私の家へ着いて
ほんとうにあぶないことであったと胸撫で下した.
後ふりかえって見ると,
ただの人間,ただの若者とばかり
思っていたのはオキキリムイ,神の様な強い方
なのでありました.
ただの人間が仕掛けた弩だと思って
毎日毎日悪戯をしたのをオキキリムイ
は大そう怒って蓬の小弩で
私を殺そうとしたのだが,私も
ただの身分の軽い神でもないのに,つまらない死方,悪い死方
をしたら,私の親類のもの共も,困り惑うであろう
事を不憫に思って下されて
おかげで,私が逃げても追いかけなかった
のでありました.
それから,前には,兎は
鹿ほども体の大きなものであったが,
この様な悪戯を私がしたために
オキキリムイの一つの肉片ほど小さくなったのです.
これからの私たちの仲間はみんなこの位の
からだになるのであろう.
これからの兎たちよ,決していたずらをしなさるな.
  と,兎の首領が子供等を教えて死にました.

--------------------------------------------------------
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

谷地の魔神が自ら歌った謡「ハリツ クンナ」

ハリツ クンナ
ある日に好いお天気なので
私の谷地に眼と口とだけ
出して見ていたところが
ずっと浜の方から人の話し声がきこえて来た.
見ると,二人の若者が連れだって来た.
先に来た者は勇者らしく勇者の品を
そなえて,神の様に美しいが
後から来た者を見ると,様子の悪い
顔色の悪い男で,何か話し合いながら
やって来たが私の谷地の側を通り
ちょうど私の前へ来ると,あとから来た顔色の悪い男が
立ち止り立ち止り自分の鼻をおおい
「おお臭い,いやな谷地,悪い谷地の前を通ったら
まあ汚い,何だろうこんなに臭いのは.」
と言った.
私はただ聞いたばかりだけれど自分の居るか居ないかも
わからぬほど腹が立った.
泥の中から飛び出した.私が飛び上ると
地が裂け地が破れる.牙を
鳴らしながら,彼等を強く追っかけたところが
先に来た者は,それと見るや
魚がクルリとあとへかえる様に引っかえして顔色の悪い男の
わきの下をくぐりずーっと逃げてしまった.
青い男を二間三間追っかけると
直ぐ追いついて頭から呑んでしまった.
そこで今度は彼(か)の男をありったけの速力で追っかけて来て
人間の村,大きな村の後へ着いた.
見るとむこうから
火の老女,神の老女があかい着物,六枚の着物に
帯をしめ,六枚の着物を羽織って
あかい杖をついて私の側へ飛んで来た.
「これはこれは,お前は何しにこのアイヌ村へ
来るのか,さあお帰り,さあお帰り.」
言いながら,あかい杖,かねの杖をふり上げて私を
たたくと,杖から焔が
私の上へ雨の様に降って来る.
けれども私はちっとも構わず,
牙打ち鳴らしながら彼の男を
追っかけると,彼の男は村の中を
よくまわる環の様に走って行く.そのあとを飛んで
行くと,大地が裂け大地が破れる.村中は大さわぎ
妻の手を引く者,子の手を引く者,泣き叫び
逃げゆくもの,煮えくりかえるようなありさま,けれども
私は少しも構わず,土吹雪
をたてる,火の老女神は私の側を走って来ると
大へんな焔が,私の上に飛び交う.
その中に,彼の男は一軒の家に
飛び込むと直ぐにまた飛び出した.
見ると,蓬の小弓に蓬の小矢をつがえて
むこうから,ニコニコして,私をねらっている.
それを見て私は可笑しく思った.
「あんな小さな蓬の矢,何で人が苦しむものか.」と
思いながら私は牙を打ち鳴らして,
頭から呑もうとしたら
その時彼の男は私の首ッ玉を
したたかに射た.それっきりどうしたか
わからなくなってしまった.
ふと気がついて見たところが
大きな竜の耳と耳の間に私はいた.
村の人々が集って,彼(か)の私が追っかけた若者が
大声で指図(さしず)をして,私の屍体をみんな細かに刻み
一つ所へ運んで焼いてその灰を
山の岩の岩の後へ捨ててしまった.
今になってはじめて見ると,それは,ただの人間
ただの若者だと思ったのは
オキキリムイ,神の勇者であった.
恐しい悪い神,悪魔神,私はそれであって
人間の村の近くにいるので,
オキキリムイは村の為を思って,私をおこらせ
自分を追いかけさせて,蓬の矢で私を殺したので
あった.それから,先に私が呑んでしまった
青い男は,人間だと思ったのだったが
それは,オキキリムイがその放糞を人に作り,
それを連れて来たのであった.
私は魔神であったから今はもう
地獄のおそろしい悪い国にやられたのだから
これからは,人間の国には,なんの危険も
ない,邪魔ものもないであろう.
私は恐しい魔神であったけれども,
一人の人間の計略にまけて
今はもう,つまらない死方,悪い死方をするのです.
  と谷地の魔神が物語りました.

--------------------------------------------------------
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

小狼の神が自ら歌った謡 「ホテナオ」

ホテナオ
ある日に退屈なので浜辺へ出て,
遊んでいたら一人の小男が
来ていたから,川下へ下ると
私も川下へ下り,
川上へ来ると私も川上へ行き道をさえぎった.
すると川下へ六回
川上へ六回になった時小男は
持前の癇癪(かんしゃく)を顔に表して言うことには,
「ピイピイ
この小僧め悪い小僧め,そんな事をするなら
この岬の,昔の名と今の名を
言い解いて見ろ」
私は聞いて笑いながらいうこと
には,
「誰がこの岬の昔の名と
今の名を知らないものか!
昔は,尊いえらい神様や人間が居ったから
この岬を神の岬と
言ったものだが,今は時代が衰えたから
御幣の岬とよんでいるのさ!」
云うと,小男の云うことには,
「ピイトン,ピイトン
この小僧め本当にお前はそういうなら
この川の前の名と今の名を
云って見ろ.」
聞くと,私の云うことには,
「誰がこの川の前の名
今の名を知らないものか!
昔,えらかった時代にはこの川を
流れの早い川と云っていたのだが
今は世が衰えているので流れの遅い川と
云っているのさ.」
云うと小男の云うことには,
「ピイトントン,ピイトントン
本当にお前そんな事を云うなら
お互の素性の解き合いをやろう.」
聞いて私の云うことには,
「誰がお前の素性を知らないものか!
大昔,オキキリムイが山へ行って
狩猟小舎を建てた時榛(はしばみ)の木の炉縁(ろぶち)を作ったら
その炉縁が火に当ってからからに乾いてしまった.
オキキリムイが片方を踏むと片一方が
上る,それをオキキリムイが怒って
その炉縁を川へ持って下り
捨ててしまったのだ.
それからその炉縁は流れに沿うて流れていって
海へ出で,彼方(かなた)の海波,此方(こなた)の海波
に打ちつけられる様を神様たちが御覧になって,
敬うべきえらいオキキリムイの手作りの物がその様に
何の役にもたたず迷い流れて海水と共に腐ってしまうのは
勿体(もったい)ない事だから神様たちから
その炉縁は魚にされて,
炉縁魚と
名づけられたのだ.
ところがその炉縁魚は,自分の素性が
わからないので,人にばけてうろついている.
その炉縁魚がお前なのさ.」
云うと,小男は顔色を
変え変え聞いていたが
「ピイトントン,ピイトントン!
お前は,小さい,狼の子なの
さ.」
云い終ると直ぐに海へパチャンと飛び込んだ.
あと見送ると一つの赤い魚が
尾鰭(おびれ)を動かしてずーっと沖へ
行ってしまった.
  と,幼い狼の神様が物語りました.

(1) katken……川ガラス.昔から大そういい鳥として尊ばれる鳥です.

--------------------------------------------------------
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

2009年12月 6日 (日)

梟の神が自ら歌った謡 「コンクワ」

「コンクワ
昔私の物言う時は桜皮を巻いた弓の
弓把(きゅうは)の央を鳴り渡らす如くに
言ったのであったが,
今は衰え年老いてしまった事よ.
けれども誰か雄弁で
使者としての自信を持ってる者があったら,
天国へ五ツ半の談判
を言いつけてやりたいものだ.」と
たがつきのシントコの蓋の上をたたきながら
私は言った,ところが入口で誰かが
「私をおいて誰が使者として雄弁で
自信のあるものがあるでしょう.」というので
見ると鴉(からす)の若者であった.
私は家に入れて,それから,たがつきのシントコの
蓋の上をたたきながら
鴉の若者を使者にたてる為
その談判を云いきかせて三日たって
三つ目の談判を話しながら見ると
鴉の若者は炉縁の後で
居眠りをしている,それを見ると,癪(しゃく)に
さわったので鴉の若者を
羽ぐるみ引っぱたいて殺してしまった.
それから又たがつきのシントコの蓋の上を
たたきながら
「誰か使者として自信のある者が
あれば天国へ五ツ半の
談判を言いつけてやりたい.」と
言うと,誰かがまた入口へ
「誰が私をおいて,雄弁で
天国へ使者に立つほどの者がありましょう.」
と言うので見ると山のかけす
であった.
家へ入れてそれからまた
たがつきのシントコの蓋の上をたたきながら
五ツ半の談判を話して
四日たって,四つの用向を言っているうちに
山のかけすは炉縁の後で居眠りをしている.
私は腹が立って山のかけすを羽ぐるみひっぱたいて
殺してしまった.
それからまたたがつきのシントコの蓋の上を
たたきながら,
「誰か雄弁で使者として
自信のある者があれば,天国へ
五ツ半の談判を持たせてやりたい.」
と言うと,誰かが
慎(つつしみ)深い態度ではいって来たので見ると
川ガラスの若者,美しい様子で
左の座に坐った.それで私は
たがつきのシントコの蓋の上をたたきながら
五ツ半の用件を夜でも
昼でも言い続けた.見れば
川ガラスの若者,何も疲れた様子もなく
聞いていて昼と夜を
数えて六日目に
私が言い終ると直ぐに天から
出て天国へ行ってしまった.
その談判の大むねは,人間の世界に
饑饉があって人間たちは今にも
餓死しようとしている.どういう訳かと
見ると天国に
鹿を司(つかさど)る神様と魚を司る神様とが
相談をして鹿も出さず魚も出さぬことに
したからであったので,神様たちから
どんなに言われても知らぬ顔をして
いるので人間たちは猟に
山へ行っても鹿も無い,魚漁に
川へ行っても魚も無い.
私はそれを見て腹が立ったので
鹿の神,魚の神へ使者をたてた
のである.
それから幾日もたって
空の方に微かな音がきこえていたが
誰かがはいって来た.見ると
川ガラスの若者,今は前よりも美しさを増し
勇ましい気品をそなえて
返し談判を述べはじめた.
天国の鹿の神や魚の神が
今日まで鹿を出さず魚を出さなかった
理由は,人間たちが鹿を捕る時に
木で鹿の頭をたたき,皮を剥ぐと
鹿の頭をそのまま山の木原に
捨ておき,魚をとると
腐れ木で魚の頭をたたいて殺すので,
鹿どもは,裸で泣きながら
鹿の神の許(もと)へ帰り,魚どもは
腐れ木をくわえて魚の神の
許へ帰る.鹿の神,魚の神は
怒って相談をし,鹿を出さず
魚を出さなかったのであった.がこののち
人間たちが鹿でも魚でも
ていねいに取扱うという事なら鹿も出す
魚も出すであろう,と鹿の神と
魚の神が言ったという事を詳しく申し立てた.
私はそれを聞いてから川ガラスの若者に
讃辞を呈して,見ると本当に
人間たちは鹿や魚を
粗末に取扱ったのであった.
それから,以後は,決してそんな事をしない様に
人間たちに,眠りの時,夢の中に
教えてやったら,人間たちも
悪かったという事に気が付き,それからは
幣(ぬさ)の様に魚をとる道具を美しく作り
それで魚をとる.鹿をとったときは,鹿の頭も
きれいに飾って祭る,それで
魚たちは,よろこんで美しい御幣(ごへい)をくわえて
魚の神のもとに行き,鹿たちは
よろこんで新しく月代(さかやき)をして鹿の神
のもとに立ち帰る.それを鹿の神や
魚の神はよろこんで
沢山,魚を出し,沢山,鹿を出した.
人間たちは,今はもうなんの困る事も
ひもじい事もなく暮している,
私はそれを見て安心をした.
私は,もう年老い,衰え弱った
ので,天国へ行こうと
思っていたのだけれども,私が守護している人間の国に
饑饉があって人間たちが餓死しようとしているのに
構わずに行く事が出来ないので,
これまで居たのだけれども,今はもう
なんの気がかりも無いから,最も強い者
若い勇者を私のあとにおき人間の世を
守護させて,今天国へ行く所なのだ.
と,国の守護神なる翁神(梟)が
物語って天国へ行きました.と.

(1) 御幣で飾りをつけたものであって,神様にお神酒を上げる時に使います.この kike-ush-pashui は人間の代理を勤めて,人間が神様に云おうと思う事を神様のところへ行って,伝えると云います.御幣をつけていない普通の箸を iku pashui と云います(酒宴の箸).

--------------------------------------------------------
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

海の神が自ら歌った謡「アトイカ トマトマキ クントテアシ フム フム!」

アトイカ トマトマキ クントテアシ フムフム
長い兄様,六人の兄様,長い姉様,六人の姉様
短い兄様,六人の兄様,短い姉様,六人の姉様が
私を育てて居たが,私は
宝物の積んである傍に高床をしつらえ,その高床の上に
すわって鞘(さや)刻み鞘彫り
それのみを
事として暮していた.
毎日,朝になると兄様たちは
矢筒を背負って姉様たちと一しょに出て行って
暮方になると疲れた顔色で
何も持たずに帰って来て姉様たちは
疲れているのに食事拵(こしら)えをし,私にお膳を出して
自分たちも食事をして食事のあとが片附くと,
それから兄様たちは矢を作るのに忙しく手を動かす.
矢筒が一ぱいになると,みんな疲れているものだから
寝ると高鼾(たかいびき)を響かせてねむってしまう.
その次の日になるとまだ暗い中に
みんな起きて姉様たちが食事拵えをして私に膳を出し
みんな食事が済むと,また矢筒を背負って
行ってしまう.また夕方になると
疲れた顔色で何も持たずに帰って来て
姉様たちは食事拵え,兄様たちは矢を作って,
何時(いつ)でも同じ事をしていた.
ある日にまた兄様たち姉様たちは
矢筒を背負って出て行ってしまった.
宝物の彫刻を私はしていたがやがて
高床の上に起き上り金の小弓に
金の小矢を持って外へ出て
見ると海はひろびろと凪(な)ぎて
海の東へ海の西へ鯨たちが
パチャパチャと遊んで居る.すると
海の東に長い姉様,六人の姉様が手をつらねて輪をつくると,
短い姉様,六人の姉様が,輪の中へ鯨を追い込む,
長い兄様,六人の兄様,短い兄様,六人の兄様が
輪の中へ鯨をねらい射つと,その鯨の
下を矢が通り上を矢が通る.
毎日毎日彼等はこんな事をして
いたのであった.見ると海の中央に
大きな鯨が親子の鯨が上へ下へ
パチャパチャと遊んで居るのが見えたので
遠い所から金の小弓に金の小矢を
番(つが)えてねらい射ったところ,一本の矢で
一度に親子の鯨を射貫いてしまった.
そこで一つの鯨のまんなかを斬って
その半分を姉様たちの輪の中へ
ほうりこんだ.それから鯨一ツ半の鯨を
尾の下にいれて人間の国に
むかって行きオタシュツ村に
着いて一ツ半の鯨を
村の浜へ押し上げてやった.
それから海の上にゆっくりと
游いで帰って
来たところが,誰かが
息を切らしてその側をはしるものがあるので
見ると,海のごめであった.
息をきらしながら云うことには,
「トミンカリクル カムイカリクル イソヤンケクル
勇マシイ神様,大神様,
あなたはなんの為に,卑しい人間共,悪い人間共に
大きな海幸をおやりになったのです.
卑しい人間共,悪い人間共は,斧もて
鎌をもて大きな海幸をブツブツ切ったり突っついたり
削り取っています,勇ましい神様
大神様さあ早く大海幸を
お取り返しなさいませ.あんなに沢山,海幸をおやりに
なっても卑しい人間たち悪い人間たちは
有難いとも思わずこんな事をします.」
と云うので私は笑って云う
ことには,
「私は人間たちに呉れてやったものだから
今はもう自分の物だから,人間たちが
自分の持物を鎌でつつこうが斧で
削ろうがどうでも
自分たちの自由に食べたらいいではないか
それがどうなのだ.」と云うと
海のごめは所在無げにしているけれども
私はそれを少しも構わず海の上を
ゆっくりとおよいで
もう日が暮れようとしている時に,私の海へ
着いた.見ると
十二人の兄様,十二人の
姉様は,彼の半分の鯨をはこび
きれなくてみんなで掛声高く
海の東に,グズグズしている.
私は実にあきれてしまった.
私はそれに構わずに家へ
帰り,高床の上にすわった.
そこで後ふりかえって人間の世界の方を
見ると,私が打ち上げた一ツ
半の鯨のまわりをとりまいてりっぱな男たちや
りっぱな女たちが盛装して
海幸をば喜び舞い海幸をば歓び躍り,後の砂丘
の上にはりっぱな敷物が敷かれて
その上にオタシュツ村の村長が
六枚の着物に帯を束(たば)ね,六枚の着物を
羽織って,りっぱな神の冠,先祖の冠を
頭に冠り,神授の剣を腰に佩(は)き
神の様に美しい様子で手を高くさし上げ
礼拝をしている.人間たちは泣いて
海幸をよろこんでいる.
何をごめが人間たちが
斧で鎌で私の押し上げた鯨を
突っついていると云ったが,
村長をはじめ
村民は,昔から
宝物の最も尊いものとしている神剣を取り出して
それで肉を斬って搬(はこ)んでいる.
それから,私の兄様たち姉様たちは帰って来る
様子もない.
二日三日たった時,の方に
何か見える様だ,それで
振りかえって見て見ると,東のの上に
かねの盃にあふれる程
酒がはいっていてその上に
御幣を取りつけた酒箸が載っていて,
行きつ戻りつ,使者としての口上を述べて云うには,
「私はオタシュツ村の人で
畏れ多い事ながらおみきを差し上げます.」と
オタシュツ村の村長が村民
一同を代表して私に礼をのべる
次第をくわしく話し,
「トミンカリクル カムイカリクル イソヤンケクル
大神様,勇ましい神様でなくて誰が,
この様に私たちの村に饑饉があって
もう,どうにも仕様がない程
食物に窮している時に哀れんで下されましょう.
私たちの村に生命を与えて下さいました事,
誠に有難う御座います,海幸をよろこび
少しの酒を作りまして,小さな幣(ぬさ)を
添え,大神様に謝礼
申し上げる次第であります.」という事を
幣つきの酒箸が行きつ戻りつ申し立てた.
それで私は起き上って,かねの盃を
取り,押しいただいて
上の座の六つの酒樽の蓋(ふた)を開き
美酒を少しずつ入れて
かねの盃をの上にのせた.
それが済むと,高床の上に腰を下し
見ると彼の盃は箸と共に
なくなっていた.それから,鞘を刻み
鞘を彫り,していてやがて
ふと面をあげて見ると,
家の中は美しい幣で一ぱいになっていて
家の中は白い雲がたなびき白いいなびかりが
ピカピカ光っている.私はああ美しいと思った.
それからまた,二日三日たつと,
その時やっと,家のそとで,兄様たちや
姉様たちが掛声高く彼の鯨を
引っ張って来たのがきこえだした.私はあきれて
しまった.家の中へはいる様子を
眺めると,兄様たちや姉様たちは
たいへん疲れて,顔色も萎(しお)れている.
みんなはいって来て,沢山の幣を見ると,
驚いてみんななん遍もなん遍も拝した.
そのうちに,東の座の六つの酒樽は
溢れるばかりになって,神の好物の
酒の香が家の中に漂うた.
それから私は,美しい幣で家の中を飾りつけ,
遠方の神,近所の神を招待し
盛んな酒宴を張った.姉様たちは
鯨を煮て,神たちに出すと,
神たちは,舌鼓を打ってよろこんだ.
宴酣(たけなわ)の頃私は起き上り
斯々(かくかく),人間世界に饑饉があって
あわれに思い,海幸を打ち上げた次第や
人間たちをよくしてやると,悪い神々が
それをねたみ,海のごめが私に中
傷した事や,オタシュツ村の
村長が斯々の言葉をとって私に礼をのべ
幣つきの酒箸が使者になって来た事など
詳しく物語ると,神たちは
一度に揃って打ちうなずきつつ,
私をほめたたえた.
それからまた,盛な宴をはり
神たちの,そこに
ここに舞う音,躍る音は
美しき響をなし,姉様たちは
提子(ちょうし)を持って席の間を酌して
まわるもあり,女神たち
と共に美しい声で歌うもある.
二日三日たって宴を閉じた.
神々に美しい幣を二つ三つずつ
上げると神々は腰の央(なか)を
ギックリ屈めてなん遍もなん遍も礼をして,
みんな自分の家に立ち帰った.
そのあと,何時でも同じく長い兄様,六人の兄様
長い姉様,六人の姉様,短い姉様,六人の姉様
短い兄様,六人の兄様と一しょにい,
人間たちが酒を造るとその度毎に
私に酒を送り私のところへ幣をよこす.
今はもう,人間たちも食物の不足も
なんの困る事も無く平穏に
暮しているので,私は安心をしています.

--------------------------------------------------------
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

蛙が自らを歌った謡 「トーロロ ハンロク ハンロク!」

トーロロ ハンロク ハンロク!

「ある日に,草原を飛び廻って
遊んでいるうちに見ると,
一軒の家があるので戸口へ行って
見ると,家の内に宝の積んである側に
高床がある.その高床の上に
一人の若者が鞘を刻んでうつむいて
いたので,私は悪戯をしかけようと思って敷居の上に
坐って,「トーロロ ハンロク ハンロク!」と
鳴いた,ところが,彼の若者は刀持つ手を上げ
私を見ると,ニッコリ笑って,
「それはお前の謡かえ? お前の喜びの歌かえ?
もっと聞きたいね.」というので
私はよろこんで「トーロロ ハンロク ハンロク!」と
鳴くと,彼の若者のいう事には,
「それはお前のユーカラかえ? サケハウかえ?
もっと近くで聞きたいね.」
私はそれをきいて嬉しく思い下座の方の
炉縁の上へピョンと飛んで
「トーロロ ハンロク ハンロク!」と鳴くと
彼の若者のいうことには,
「それはお前のユーカラかえ? サケハウかえ?
もっと近くで聞きたいね.」それを聞くと私は,
本当に嬉しくなって,上座の方の炉縁の
隅のところへピョンと飛んで
「トーロロ ハンロク ハンロク!」と鳴いたら
突然!彼の若者がパッと起ち
上ったかと思うと,大きな薪の燃えさしを
取り上げて私の上へ投げつけた音は
体の前がふさがったように思われて,それっきり
どうなったかわからなくなってしまった.
ふと気がついて見たら
芥捨(あくすて)場の末に,一つの腹のふくれた蛙が
死んでいて,その耳と耳との間に私はすわっていた.
よく見ると,ただの人間の家
だと思ったのは,オキキリムイ,神の様に
強い方の家なのであった,そして
オキキリムイだという事も知らずに
私が悪戯をしたのであった.
私はもう今この様につまらない死方,悪い死方
をするのだから,これからの
蛙たちよ,決して,人間たちに悪戯をするのではないよ.
  と,ふくれた蛙が云いながら死んでしまった.

(1) iwan poknashir……六つの地獄.地の下には六段の世界があってそこには種々な悪魔が住んでいます.

--------------------------------------------------------
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

2009年12月 5日 (土)

小オキキリムイが自ら歌った謡

小オキキリムイが自ら歌った謡
      「クツニサ クトンクトン」

クツニサ クトンクトン
ある日に水源の方へ遊びに
出かけたら,水源に一人の小男が
胡桃(くるみ)の木の簗(やな)をたてるため杭を打つのに
腰を曲げ曲げしている.
私を見ると,いう事には,
「誰だ? 私の甥よ,私に手伝ってお呉れ.」
という.見ると,胡桃の簗
なものだから,胡桃の水,濁った水
が流れて来て鮭どもが
上って来ると胡桃の水が嫌なので
泣きながら帰ってゆく.私は腹が立ったので
小男の持っている杭を打つ槌を
引ったくり小男の腰の央を
私がたたく音がポンと響いた.小男の
腰の央を折ってしまって殺してしまい
地獄へ踏み落してやった.彼の胡桃の杭を
揺り動かして見ると六つの地獄の
彼方まで届いている様だ.
それから,私は腰の力,からだ中の力を
出して,その杭を根本から
折ってしまい,地獄へ踏み落してしまった.
水源から清い風,清い水が
流れて来て,泣きながら帰って行った.
鮭どもは清い風,清い水に
気を恢復して,大さわぎ大笑いして遊び
ながら,パチャパチャと
上って来た.私はそれを見て,安心をし
流れに沿うて帰って来た.と
  小さいオキキリムイが物語った.

小オキキリムイが自ら歌った謡 「この砂赤い赤い」

〔この砂赤い赤い〕
ある日に流れをさかのぼって遊びに
出かけたら,悪魔の子に出会った.
いつでも悪魔の子は様子が美しい
顔が美しい.黒い衣を着けて
胡桃(くるみ)の小弓に胡桃の小矢を持っていて
私を見ると,ニコニコして
いうことには,
「小オキキリムイ,遊ぼう.
さあこれから,魚の根を絶やして見せよう.」
と言って,胡桃の小弓に胡桃の小矢を
番(つが)え水源の方へ矢を射放すと,
水源から胡桃の水,濁った水が
流れ出し,鮭どもが上って来ると
胡桃の水が厭なので泣きながら
引き返して流れて行く.悪魔の子は
それをニコニコしている.
私はそれを見て腹が立ったので
私の持っていた,銀の小弓に銀の小矢を
番え水源へ矢を射はなすと
水源から銀の水,清い水が
流れ出し,泣きながら流れて行った
鮭どもは清い水に元気を恢復し
大笑いをして遊びさわいで
パチャパチャ川を上って行った.
すると,悪魔の子は,持前の癇癪(かんしゃく)を
顔に表して,
「本当にお前そんな事をするなら,鹿の根を
絶やして見せよう.」と云って,
胡桃の小弓に胡桃の小矢を番え
大空を射ると,山の木原から
胡桃の風,つむじ風が吹いて来て
山の木原から,牡鹿の群は別に
牝鹿の群はまた別に,風に吹き上げられ
ずーっと天空へきれいにならんで上って行く.
悪魔の子はニコニコしている.
それを見た私はかっと癪にさわったので
銀の小弓に銀の小矢を
番えて,鹿の群のあとへ矢を射放すと,
天上から,銀の風,清い風が
吹き降り,牡鹿の群は
別に,牝鹿の群はまた別に,
山の木原の上へ吹き下された.
すると,悪魔の子は
持前の癇癪を顔に現し,
「生意気な,本当に
お前そんな事をするなら,力競べをやろう.」
と云いながら上衣を脱いだ.
私も薄衣一枚になって
組み付いた.彼も私に組み付いた.それからは
互に下にしたり上にしあったり相撲をとったが,
大へんに悪魔の子が力のある事には
驚いた.けれども,とうとう,ある時間に,
私は腰の力,からだの力を
みんな出して,悪魔の子を
肩の上まで引っ担ぎ,
山の岩の上へ彼を打ちつけた音が
がんと響いた.殺してしまって地獄へ
踏み落したあとはしんと静まり返った.
それが済んで,私は流れに沿って帰って来ると,
川の中では鮭どもが笑う声
遊ぶ声がかまびすしくのぼって来るのが
パチャパチャきこえる.山の木原では,
牡鹿ども,牝鹿どもが笑う声
遊ぶ声がそこら一ぱいになって
そこにここに物を
食べている.私はそれを見て
安心をし,私の家へ
帰って来た.
  と,小さいオキキリムイが物語った.

(1) kinatantuka……蒲の束.蒲は編んで筵の様な敷物にするのですが,よく乾いているのをそのまま編むといけませんから,少し湿してからつかいます.この話にあるのも,そのために女が川へ持って行くのでしょう.
(2) i-okapushpa.人は死んでしまった親や親類などの名を言ったり,その事をふだん話したりする事を i-okapushpa と言って大へん嫌います.また,人のかくしていた事をそばからほじり出して,みんなに言ったり,その人の聞きにくい様なその人の前の行為などを口に出したりする事をも i-okapushpa と言います.
(3) nimakitara……牙の剥き出している.これは犬の事.山のけものたちは,人が猟に行くと犬を連れて行きますが,その犬に歯をむき出してかかられるのが一ばん恐いので,犬にこんな名をつけて恐がっています.

--------------------------------------------------------
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

獺(かわうそ)が自ら歌った謡「カッパ レウレウ カッパ」

カッパ レウレウ カッパ
ある日に,流れに沿うて遊びながら
泳いで下りサマユンクルの
水汲路のところに来ると,
サマユンクルの妹が神の様な美しい容子で
片手に手桶を持ち片手に
蒲の束を持って来ているので
川の縁に私は頭だけ出し,
「お父様をお持ちですか?
お母様をお持ちですか?」と云うと,
娘さんは驚いて眼をきょろきょろさせ
私を見つけると,怒の色を顔に
現して,
「まあ,にくらしい扁平頭,悪い扁平頭が
人をばかにして.犬たちよ,ココ……」
と言うと,大きな犬どもが
駈け出して来て,私を見ると牙を鳴ら
している.私はビックリして川の底へ
潜り込んで直ぐそのまま川底を通って
逃げ下った.
そうして,オキキリムイの水汲路の
川口へ頭だけだして
見ると,オキキリムイの妹が
神の様に美しい様子で片手に手桶を持ち
片手に蒲の束を持って
来たので私のいうことには,
「御父様をお持ちですか?
御母様をお持ちですか?」というと,
娘さんは驚いて眼をきょろきょろさせ
私を見ると,怒りの色を顔に
表して,
「まあ,にくらしい扁平頭,悪い扁平頭が
人をばかにして.犬たちよ,ココ……」
と言うと大きな犬どもが駈け出して来た.
それを見て私は先刻の事を思い出し
可笑しく思いながら川の底へ
潜りこんで逃げようとしたら,
まさか犬たちがそんな事をしようとは
思わなかったのに,牙を鳴らしながら
川の底まで私に飛び付き
陸へ私を引き摺り上げ,私の頭も私の体も
噛みつかれ噛みむしられて,しまいに
どうなったかわからなくなってしまった.
ふと気が付いて見ると,
大きな獺の耳と耳の間に私はすわって
いた.
サマユンクルもオキキリムイも
父もなく母もないのを私は知って
あんな悪戯をしたので罰を当てられ
オキキリムイの犬どもに殺され
つまらない死方,悪い死方をするのです.
これからの獺たちよ,決して悪戯をしなさるな.
  と,獺が物語った.

Book_sinyosyu

--------------------------------------------------------
「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

沼貝が自ら歌った謡「トヌペカ ランラン」

トヌペカ ランラン
強烈な日光に私の居る所も
乾いてしまって今にも私は死にそうです.
「誰か,水を飲ませて下すって
助けて下さればいい.水よ水よ」と私たちが泣き叫んで
いますと,ずーっと浜の方から一人の女が
籠を背負って来ています.
私たちは泣いていますと,私たちの傍を通り
私たちを見ると,
「おかしな沼貝,悪い沼貝,何を泣いて
うるさい事さわいでいるのだろう.」と言って
私たちを踏みつけ,足先にかけ飛ばし,貝殻と共につぶして
ずーっと山へ行ってしまいました.
「おお痛,苦しい,水よ水よ.」と泣き叫んで
いると,ずっと浜の方からまた一人の女が
籠を背負って来ています.私たちは
「誰か私たちに水を飲ませて助けて下さるといい,
おお痛,おお苦しい,水よ水よ.」と叫び泣きました
すると,娘さんは,神の様な美しい気高い様子で
私の側へ来て私たちを見ると,
「まあかわいそうに,大へん暑くて沼貝たちの
寝床も乾いてしまって水を欲しがって
いるのだね,どうしたのでしょう
何だか踏みつけられでもした様だが……」と言いつつ
私たちみんなを拾い集めて蕗の葉に
入れて,きれいな湖に入れてくれました.
清い冷水でスッカリ元気を恢復し
大へん丈夫になりました.そこで始めて
かの女たちの気性を探って
見ると,先に来て,私を踏みつぶした
にくらしい女,わるい女はサマユンクルの
妹で,私たちを憫み
助けて下さった若い娘さん淑(しと)やかな方
は,オキキリムイの妹なのでありました.
サマユンクルの妹は悪(にく)らしいので
その粟畑を枯らしてしまい,オキキリムイの
妹のその粟畑をばよく実らせました.
その年に,オキキリムイの妹は大そう多く収穫をしました.
私の故為(せい)でそうなった事を知って
沼貝の殻で粟の穂を摘みました.
それから,毎年,人間の女たちは
栗の穂を摘む時は沼貝の殻を使う様になったのです.
  と,一つの沼貝が物語りました.

--------------------------------------------------
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行
知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」岩波文庫、岩波書店
   1978(昭和53)年8月16日発行
--------------------------------------------------

2009年12月 4日 (金)

『アイヌ神謡集』を語るル・クレジオ

シンポジウム:ル・クレジオさん招き 少数民族の価値観の重要性で意見交換 /北海道

 08年のノーベル文学賞を受賞したフランスの作家、ル・クレジオさんを迎えてのシンポジウム「先住民族の語りと文学」が2日夜、札幌市北区の北海道大学学術交流会館であった。アイヌ民族の口承文芸や少数民族の価値観の重要性などについて意見を交わした。

 北大アイヌ・先住民研究センターが主催。「アイヌ神謡集」著者、知里幸恵さんの記念館設立に尽力する作家の津島佑子さん▽札幌市在住の作家の池澤夏樹さん▽アイヌ民族のアーティストグループ「アイヌ・アート・プロジェクト」の結城幸司代表も出席し、約400人が集まった。

 アイヌ神謡集の仏語版にも協力し、世界の少数民族に造詣が深いル・クレジオさんは「文学の真意は平和のイメージを与えることではないか。一方、語り手の芸術は、平和や静かな生活に資することであり、文学者の使命と重なる」と指摘し、「アイヌ民族など少数民族は、現代の産業社会で我々が陥っている問題の一つの解決方法を示唆してくれる」と話した。

 津島さんは「19歳で亡くなった知里さんが、もしあと10年長く生きていたら、今の文学や日本の民族性は違っていたのではないか。逆に言うと、それだけ文学には力があるということを示してくれている」と話した。

 シンポの幕開けにアイヌ語と日本語によるホロケウカムイ(オオカミ)の語りを披露した結城さんは「かわいそうだと思われる目線よりも、必要だと言われることがこんなに勇気をもらえる」と感想を語った。
【毎日新聞2009年12月4日 地方版】

『アイヌ神謡集』について
 アイヌの伝承文学の中で、物語性をもったものは大きく分けて「神謡」(カムイユカラ、オイナ)「英雄叙事詩」(ユーカラ、サコロペ、ハウキ)「散文説話」(ウエペケレ、トゥイタク)の三つに分けることができるそうです。
 このうち、「神謡」は、短く繰り返されるメロディに乗せて、個々の物語に固有のリフレインがひんぱんに挿入される点を特徴とします。語られるときの所要時間は数分から十数分程度で、動物や自然現象などの神が、神々の世界や人間世界で体験した自分の身の上を物語る、というかたちをとっています。
 編訳者の知里幸惠の死後、大正12(1923)年に東京郷土研究社から出版された『アイヌ神謡集』の中には、13編の「神謡」が収められています。アイヌである知里幸惠自らが、口伝で伝えられてきたアイヌ語を、出来るだけ発音に近いようにローマ字で書き表し、それらを、平易で洗練された日本語に口語訳しています。
 『アイヌ神謡集』は、アイヌ自身の手によって最初に出版された伝承文学集として、現在も大きな意義をもっていると言えるのではないでしょうか。
http://www.nextftp.com/y_misa/sinyo/chiri.html

2009年12月 3日 (木)

「文学と先住民族文化」ル・クレジオ

アイヌ神謡集 美しさに敬意 ノーベル文学賞のル・クレジオさん

 昨年ノーベル文学賞を受賞したフランスの作家ル・クレジオさん=米国在住=を迎えた市民講演会「先住民族の語りと文学」(北大アイヌ・先住民研究センター主催)が2日、北大で開かれた。「私の文学と先住民族文化」を演題に選んだル・クレジオさんは、300人の来場者に「アイヌ神謡集を読んで歌の美しさに驚愕(きょうがく)した」と伝えた。

0257_1  ル・クレジオさんは神謡集を著した知里幸恵を敬愛し、仏語訳にも尽力した。「神謡集は神話でありながら、歴史から受けて来た苦しみも入っており、日常生活にも目が配られている。文学の真理である平和のイメージを語り手が伝えようとしている」と評した。

 作家池澤夏樹さんとの対談も行われ、「先住民族は隅に押し込められ、奪われ、数を減らしている」との池澤さんの言葉に、「自然と調和・均衡を図り、与えられたものに感謝してきた伝統社会の生き方は、現代産業社会をより良くするヒントを与えてくれる」と応じた。

 この日はアイヌ民族の結城幸司さんが「ホロケウカムイ(オオカミ)の語り」を披露。神謡集の仏語訳を進めた作家津島佑子さんもその経緯を語った。
(北海道新聞12/03 )

知里幸惠(ちり ゆきえ)について
大正時代のアイヌ文化伝承者。
1903(明治36)年6月8日、北海道登別に生まれる。アイヌ酋長の家柄で、父は高吉、母はナミ。その後、母の姉である金成マツの養女となり旭川に移る。1918(大正7年)年に旭川を訪れた金田一京助を泊めた縁から、自ら書き始めた「アイヌ神謡集」の出版の話が進み、1922(大正11)年5月に上京。金田一家に寄寓しながら校正作業にあたるが、その年9月、心臓病で急死。享年19歳と3ヶ月。
1923(大正12)年 死後に『アイヌ神謡集』(東京郷土研究社)が出版される。
http://www.nextftp.com/y_misa/sinyo/chiri.html

2009年12月 1日 (火)

先住民族の語りと文学 -ル・クレジオさんを迎えて

■ノーベル賞作家が語るアイヌ文化
■北大で先住民族テーマに講演
 昨年のノーベル文学賞を受賞したフランスの作家ル・クレジオ氏を招いての対談と講演会「先住民族の語りと文学」が、2日午後6時から札幌市北区の北海道大学学術交流会館講堂で開かれる。
 ル・クレジオ氏は、知里幸恵の「アイヌ神謡集」のフランス語訳出版を出版社に働きかけるなどアイヌ文化への関心・理解が深く、「私の文学と先住民族文化」と題した講演や、作家の池澤夏樹さんとの対談がある。「アイヌ神謡集」の翻訳を監修した作家の津島佑子さんの話や、アイヌ・アート・プロジェクト代表の結城幸司さんによる「ホロケウカムイ(オオカミ)の語り」もある。通訳付き。入場無料。
【朝日新聞 2009年12月01日】

講演会 「先住民族の語りと文学 -ル・クレジオさんを迎えて-」
開催日程 2009年12月2日(水) 18:00~20:00
会場 北海道大学学術交流会館 講堂2F
主催 北海道大学アイヌ・先住民研究センター
共催 北海道大学文学研究科
お問い合わせ
 北海道大学アイヌ・先住民研究センター TEL: 011-706-2859
http://www.cais.hokudai.ac.jp/

さすがに北海道まではル・クレジオのファンといっても、
遠すぎて追いかけれないなぁ。

★講演会「先住民族の語りと文学」~ル・クレジオさんを迎えて~
@札幌 北海道大学アイヌ・先住民研究センターでは、2008年ノーベル文学賞受賞者でフランスの作家ル・クレジオさん他を招き、「先住民族の語りと文学」と題した市民向けの講演会を開く。「各国の先住民族文化に深い関心を抱き、知里幸恵編著「アイヌ神謡集」の仏語版にも協力したル・クレジオさんは「私の文学と先住民族文化」の演題で幸恵の世界にも触れる予定だ。1940年フランス生まれ。63年に長編小説「調書」でデビューし、ノーベル賞受賞時には「人間性の探求者」と評された。2006年の来道の際には登別の知里幸恵の墓を訪ねている。(中略)ル・クレジオさんの提案で神謡集の仏語訳を勧めた作家津島 佑子さんの話の後に、ル・クレジオさんが講演。最後に作家の池澤夏樹さんと対談する」
(北海道新聞11月28日朝刊の記事より)。

【プログラム】
 語り
 「ホロケウカムイ(狼)の語り」
  語り:結城 幸司 (アイヌアートプロジェクト代表)

 講演
 「知里幸恵『カムイユカラ』のフランス語訳とル・クレジオさん」
  講師:津島 佑子 (作家)

 講演
 「私の文学と先住民族文化」
  講演:ル・クレジオ (作家)

 講演と対談
 「ル・クレジオさんとの対話」
  講師:ル・クレジオ (作家【2008年ノーベル文学賞受賞】)
      池澤 夏樹  (作家)
 
  司会:小野 有五 (北大・地球環境科学研究院、アイヌ・先住民研究センター)
  通訳:佐藤 淳二 (北大・文学研究科)ほか

ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ(Jean-Marie Gustave Le Clezio、1940年4月13日 - )
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%82%AA

ル・クレジオ外部リンク
http://www.associationleclezio.com/
http://revue.ressources.org/article.php3?id_article=796
http://revue.ressources.org/article.php3?id_article=801
http://www.multi.fi/~fredw/
http://www.france5.fr/la-grande-librairie/index.php?page=article&numsite=1403&id_article=4598&id_rubrique=1406

« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »

2018年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
フォト

22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

オンライン状態

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。