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2009年12月 6日 (日)

海の神が自ら歌った謡「アトイカ トマトマキ クントテアシ フム フム!」

アトイカ トマトマキ クントテアシ フムフム
長い兄様,六人の兄様,長い姉様,六人の姉様
短い兄様,六人の兄様,短い姉様,六人の姉様が
私を育てて居たが,私は
宝物の積んである傍に高床をしつらえ,その高床の上に
すわって鞘(さや)刻み鞘彫り
それのみを
事として暮していた.
毎日,朝になると兄様たちは
矢筒を背負って姉様たちと一しょに出て行って
暮方になると疲れた顔色で
何も持たずに帰って来て姉様たちは
疲れているのに食事拵(こしら)えをし,私にお膳を出して
自分たちも食事をして食事のあとが片附くと,
それから兄様たちは矢を作るのに忙しく手を動かす.
矢筒が一ぱいになると,みんな疲れているものだから
寝ると高鼾(たかいびき)を響かせてねむってしまう.
その次の日になるとまだ暗い中に
みんな起きて姉様たちが食事拵えをして私に膳を出し
みんな食事が済むと,また矢筒を背負って
行ってしまう.また夕方になると
疲れた顔色で何も持たずに帰って来て
姉様たちは食事拵え,兄様たちは矢を作って,
何時(いつ)でも同じ事をしていた.
ある日にまた兄様たち姉様たちは
矢筒を背負って出て行ってしまった.
宝物の彫刻を私はしていたがやがて
高床の上に起き上り金の小弓に
金の小矢を持って外へ出て
見ると海はひろびろと凪(な)ぎて
海の東へ海の西へ鯨たちが
パチャパチャと遊んで居る.すると
海の東に長い姉様,六人の姉様が手をつらねて輪をつくると,
短い姉様,六人の姉様が,輪の中へ鯨を追い込む,
長い兄様,六人の兄様,短い兄様,六人の兄様が
輪の中へ鯨をねらい射つと,その鯨の
下を矢が通り上を矢が通る.
毎日毎日彼等はこんな事をして
いたのであった.見ると海の中央に
大きな鯨が親子の鯨が上へ下へ
パチャパチャと遊んで居るのが見えたので
遠い所から金の小弓に金の小矢を
番(つが)えてねらい射ったところ,一本の矢で
一度に親子の鯨を射貫いてしまった.
そこで一つの鯨のまんなかを斬って
その半分を姉様たちの輪の中へ
ほうりこんだ.それから鯨一ツ半の鯨を
尾の下にいれて人間の国に
むかって行きオタシュツ村に
着いて一ツ半の鯨を
村の浜へ押し上げてやった.
それから海の上にゆっくりと
游いで帰って
来たところが,誰かが
息を切らしてその側をはしるものがあるので
見ると,海のごめであった.
息をきらしながら云うことには,
「トミンカリクル カムイカリクル イソヤンケクル
勇マシイ神様,大神様,
あなたはなんの為に,卑しい人間共,悪い人間共に
大きな海幸をおやりになったのです.
卑しい人間共,悪い人間共は,斧もて
鎌をもて大きな海幸をブツブツ切ったり突っついたり
削り取っています,勇ましい神様
大神様さあ早く大海幸を
お取り返しなさいませ.あんなに沢山,海幸をおやりに
なっても卑しい人間たち悪い人間たちは
有難いとも思わずこんな事をします.」
と云うので私は笑って云う
ことには,
「私は人間たちに呉れてやったものだから
今はもう自分の物だから,人間たちが
自分の持物を鎌でつつこうが斧で
削ろうがどうでも
自分たちの自由に食べたらいいではないか
それがどうなのだ.」と云うと
海のごめは所在無げにしているけれども
私はそれを少しも構わず海の上を
ゆっくりとおよいで
もう日が暮れようとしている時に,私の海へ
着いた.見ると
十二人の兄様,十二人の
姉様は,彼の半分の鯨をはこび
きれなくてみんなで掛声高く
海の東に,グズグズしている.
私は実にあきれてしまった.
私はそれに構わずに家へ
帰り,高床の上にすわった.
そこで後ふりかえって人間の世界の方を
見ると,私が打ち上げた一ツ
半の鯨のまわりをとりまいてりっぱな男たちや
りっぱな女たちが盛装して
海幸をば喜び舞い海幸をば歓び躍り,後の砂丘
の上にはりっぱな敷物が敷かれて
その上にオタシュツ村の村長が
六枚の着物に帯を束(たば)ね,六枚の着物を
羽織って,りっぱな神の冠,先祖の冠を
頭に冠り,神授の剣を腰に佩(は)き
神の様に美しい様子で手を高くさし上げ
礼拝をしている.人間たちは泣いて
海幸をよろこんでいる.
何をごめが人間たちが
斧で鎌で私の押し上げた鯨を
突っついていると云ったが,
村長をはじめ
村民は,昔から
宝物の最も尊いものとしている神剣を取り出して
それで肉を斬って搬(はこ)んでいる.
それから,私の兄様たち姉様たちは帰って来る
様子もない.
二日三日たった時,の方に
何か見える様だ,それで
振りかえって見て見ると,東のの上に
かねの盃にあふれる程
酒がはいっていてその上に
御幣を取りつけた酒箸が載っていて,
行きつ戻りつ,使者としての口上を述べて云うには,
「私はオタシュツ村の人で
畏れ多い事ながらおみきを差し上げます.」と
オタシュツ村の村長が村民
一同を代表して私に礼をのべる
次第をくわしく話し,
「トミンカリクル カムイカリクル イソヤンケクル
大神様,勇ましい神様でなくて誰が,
この様に私たちの村に饑饉があって
もう,どうにも仕様がない程
食物に窮している時に哀れんで下されましょう.
私たちの村に生命を与えて下さいました事,
誠に有難う御座います,海幸をよろこび
少しの酒を作りまして,小さな幣(ぬさ)を
添え,大神様に謝礼
申し上げる次第であります.」という事を
幣つきの酒箸が行きつ戻りつ申し立てた.
それで私は起き上って,かねの盃を
取り,押しいただいて
上の座の六つの酒樽の蓋(ふた)を開き
美酒を少しずつ入れて
かねの盃をの上にのせた.
それが済むと,高床の上に腰を下し
見ると彼の盃は箸と共に
なくなっていた.それから,鞘を刻み
鞘を彫り,していてやがて
ふと面をあげて見ると,
家の中は美しい幣で一ぱいになっていて
家の中は白い雲がたなびき白いいなびかりが
ピカピカ光っている.私はああ美しいと思った.
それからまた,二日三日たつと,
その時やっと,家のそとで,兄様たちや
姉様たちが掛声高く彼の鯨を
引っ張って来たのがきこえだした.私はあきれて
しまった.家の中へはいる様子を
眺めると,兄様たちや姉様たちは
たいへん疲れて,顔色も萎(しお)れている.
みんなはいって来て,沢山の幣を見ると,
驚いてみんななん遍もなん遍も拝した.
そのうちに,東の座の六つの酒樽は
溢れるばかりになって,神の好物の
酒の香が家の中に漂うた.
それから私は,美しい幣で家の中を飾りつけ,
遠方の神,近所の神を招待し
盛んな酒宴を張った.姉様たちは
鯨を煮て,神たちに出すと,
神たちは,舌鼓を打ってよろこんだ.
宴酣(たけなわ)の頃私は起き上り
斯々(かくかく),人間世界に饑饉があって
あわれに思い,海幸を打ち上げた次第や
人間たちをよくしてやると,悪い神々が
それをねたみ,海のごめが私に中
傷した事や,オタシュツ村の
村長が斯々の言葉をとって私に礼をのべ
幣つきの酒箸が使者になって来た事など
詳しく物語ると,神たちは
一度に揃って打ちうなずきつつ,
私をほめたたえた.
それからまた,盛な宴をはり
神たちの,そこに
ここに舞う音,躍る音は
美しき響をなし,姉様たちは
提子(ちょうし)を持って席の間を酌して
まわるもあり,女神たち
と共に美しい声で歌うもある.
二日三日たって宴を閉じた.
神々に美しい幣を二つ三つずつ
上げると神々は腰の央(なか)を
ギックリ屈めてなん遍もなん遍も礼をして,
みんな自分の家に立ち帰った.
そのあと,何時でも同じく長い兄様,六人の兄様
長い姉様,六人の姉様,短い姉様,六人の姉様
短い兄様,六人の兄様と一しょにい,
人間たちが酒を造るとその度毎に
私に酒を送り私のところへ幣をよこす.
今はもう,人間たちも食物の不足も
なんの困る事も無く平穏に
暮しているので,私は安心をしています.

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知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

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