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2009年12月 8日 (火)

狐が自ら歌った謡「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」

ハイクンテレケ ハイコシテムトリ
国の岬,神の岬の上に
私は坐して居りました.
ある日に外へ出て見ますと
海は凪(な)ぎてひろびろとしていて,海の上に
オキキリムイとシュプンラムカとサマユンクルが
海猟に三人乗りで出かけています,それを見た私は
私の持ってる悪い心がむらむらと出て来ました.
この岬,国の岬,神の岬
の上をずーっと上へずーっと下へ
軽い足取りで腰やわらかにかけ出しました.
重い調子で木片をポキリポキリと折る様にパーウ,パウと叫び
この川の水源をにらみにらみ暴風の魔を
呼びました.すると,それにつれてこの川の
水源から烈しい風,つむじ風が
吹き出して海にはいると直ぐに
この海は,上の海が下になり
下の海が上になりました.オキキリムイたち
の漁舟は沖の人の海と,陸の人の海との
出会ったところ(海の中程)に,非常な急変に会って波の間を
クルリと廻りました.大きな浪が山の様に
舟の上へかぶさり寄ります.すると,
オキキリムイ,サマユンクル,シュプンラムカは
声をふるって,舟を漕ぎました.
この小さい舟は落葉の飛ぶ様に吹き飛ばされ
今にもくつがえりそうになるけれども
感心にも人間たちは力強くて
この小舟は風の中に
波の上をすべります.
それを見ると私の持っている悪い心がむらむらと出て来ました.
軽い足取りで腰やわらかにかけまわり,
重い調子で木片がポキリポキリと折れる様にパウ,パウと叫び
暴風の魔を声援するのみに精を出しました.
そうしてる中に,やっと,サマユンクルが
手の上から,手の下から血が流れて
疲れてたおれました.
そのさまを見て私はひそかに笑いを浮べました.
それからまた,精を出して
軽い足取りで腰やわらかにかけまわり
重い調子で木片をポキリポキリと折る様に叫び
暴風の魔を声援しました.
オキキリムイとシュプンラムカと二人で
励まし合いながら勇ましく舟を漕いで
居りましたが,と,ある時シュプンラムカは
手の上から手の下から血が流れて
疲れてたおれてしまいました,それを見て
ひそかに私は笑いました.
それからまた軽い足取りで腰やわらかに
飛びまわり重い調子でかたい木片を
ポキリポキリと折る様に叫び精を出しました.
けれども,オキキリムイは疲れた様子は少しも無い.
一枚の薄物を体にまとい,
舟を漕いでいます,そのうちに
手の下でその持っていたが折れてしまいました.
すると,疲れ死んだサマユンクルに
躍りかかりその持っているをもぎとってたった一人で
舟を漕ぎました.
私はそれを見ると,持前の悪い心がむらむらと出て来ました.
重い調子でかたい木片をポキリポキリと折る様に叫び
軽い足取りで腰やわらかにかけまわり
精を出して暴風の魔に声援しました.
そうしてるうちにサマユンクルの舵も
折れてしまいました.オキキリムイはシュプンラムカに
躍りかかりそのをとって
勇ましく舟を漕ぎました.
けれども彼のも波に折られてしまいました.
そこで,オキキリムイは舟の中に
立ちつくして,烈しい風のうちに
まさか人間の彼が私を見つけようとは
思わなかったに,国の岬,神の岬の
上の,私の眼の央を見つめました.
今までやさしかった顔に怒りの色を
あらわして,鞄をいじっていたが
中から出したものを見ると,蓬(よもぎ)の小弓と
蓬の小矢を取り出しました.
それを見てひそかに私は笑いました.
「人間なぞ何をしたって,恐い事があるものか,
あんな蓬の小矢は何に使うものだろう.」
と思ってこの岬
国の岬,神の岬の上を
ずーっと上へずーっと下へ軽い足取りで
腰やわらかにかけまわり,重い調子で
かたい木片をポキリポキリと折る様にパウ,パウと叫び
暴風の魔をほめたたえました.
その中にオキキリムイの射放した矢が飛んで来ましたが
ちょうど私の襟首(えりくび)のところへ突きささりました.
それっきりあとどうなったか解らなくなってしまいました.
ふと気がついて見ると
大そう好いお天気で,海の上は
広々として,オキキリムイの漁舟もなにもありません.
どうした事か私の頭のさきから
足のさきまで雁皮が燃え縮む様に痛みます.
まさか人間の射た小さな矢がこんなに私を苦しめ
ようとは思わなかったのに,それから手足をもがき苦しみ
この岬,国の岬,神の岬
の上を,ずーっと上へ,ずーっと下へ泣き叫びながら
もがき苦しみ,昼でも夜でも生きたり
死んだり,している中に,どうしたか
わからなくなりました.
ふと気がついて見ると,
大きな黒狐の耳と耳との間に私は居りました.
二日ほどたった時,オキキリムイが神様の様な様子で
やって来て,ニコニコ笑って言うことには,
「まあ見ばのよい事,国の岬,神の岬
の上を見守る黒狐の神様は,
善い心,神の心を持っていたから
死にざまの見ばのよい死方をしたのですね.」
言いながら私の頭を取って,
自分の家へ持って行き私の上顎の骨を
自分の便所のどだいとし,私の下顎を
その妻の便所の礎として,
私のからだはそのまま土と共に腐ってしまいました.
それから夜でも昼でも
悪い臭気に苦しんでいる中に私はつまらない死方,悪い
死方をしました.
ただの身分の軽い神でもなかったのですが
大変な悪い心を私は持っていた為なんにも
ならない,悪い死方を私はしたのですから
これからの狐たちよ,決して
悪い心を持ちなさるな.
          と狐の神様が物語りました.

(1) アマツポ(弩(いしゆみ))すなわち「仕掛け弓」を仕掛ける事.
(2) 刀剣.これは戦争の時に使う刀剣とは違うので,ふだん家の右座の宝物の積んである上に吊してあるのがそれです.戦争の時には使いませんが,uniwente などのときには使います.

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知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

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