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2009年12月 9日 (水)

アイヌ神謡集

知里幸惠編訳

            序

 その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう.
 冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って,天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り,夏の海には涼風泳ぐみどりの波,白い鴎の歌を友に木の葉の様な小舟を浮べてひねもす魚を漁り,花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて,永久に囀(さえ)ずる小鳥と共に歌い暮して蕗(ふき)とり蓬(よもぎ)摘み,紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて,宵まで鮭とる篝(かがり)も消え,谷間に友呼ぶ鹿の音を外に,円(まど)かな月に夢を結ぶ.嗚呼なんという楽しい生活でしょう.平和の境,それも今は昔,夢は破れて幾十年,この地は急速な変転をなし,山野は村に,村は町にと次第々々に開けてゆく.
 太古ながらの自然の姿も何時の間にか影薄れて,野辺に山辺に嬉々として暮していた多くの民の行方も亦いずこ.僅かに残る私たち同族は,進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり.しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて,不安に充ち不平に燃え,鈍りくらんで行手も見わかず,よその御慈悲にすがらねばならぬ,あさましい姿,おお亡びゆくもの……それは今の私たちの名,なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう.
 その昔,幸福な私たちの先祖は,自分のこの郷土が末にこうした惨めなありさまに変ろうなどとは,露ほども想像し得なかったのでありましょう.
 時は絶えず流れる,世は限りなく進展してゆく.激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも,いつかは,二人三人でも強いものが出て来たら,進みゆく世と歩をならべる日も,やがては来ましょう.それはほんとうに私たちの切なる望み,明暮(あけくれ)祈っている事で御座います.
 けれど……愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言語,言い古し,残し伝えた多くの美しい言葉,それらのものもみんな果敢なく,亡びゆく弱きものと共に消失せてしまうのでしょうか.おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います.
 アイヌに生れアイヌ語の中に生いたった私は,雨の宵,雪の夜,暇ある毎に打集って私たちの先祖が語り興じたいろいろな物語の中極く小さな話の一つ二つを拙ない筆に書連ねました.
 私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事が出来ますならば,私は,私たちの同族祖先と共にほんとうに無限の喜び,無上の幸福に存じます.

  大正十一年三月一日

知里幸惠

Book_sinyosyu

      AEKIRUSHI

          目次

 序(知里幸惠)
1.梟の神の自ら歌った謡「銀の滴(しずく)降る降るまわりに」
2.狐が自ら歌った謡「トワトワト」
3.狐が自ら歌った謡「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」
4.兎が自ら歌った謡「サンパヤ テレケ」
5.谷地の魔神が自ら歌った謡「ハリツ クンナ」
6.小狼の神が自ら歌った謡「ホテナオ」
7.梟の神が自ら歌った謡「コンクワ」
8.海の神が自ら歌った謡「アトイカ トマトマキ クントテアシ フム フム!」
9.蛙が自らを歌った謡「トーロロ ハンロク ハンロク!」http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-533f.html
10.小オキキリムイが自ら歌った謡「クツニサ クトンクトン」
11.小オキキリムイが自ら歌った謡「この砂赤い赤い」http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-0057.html
12.獺(かわうそ)が自ら歌った謡「カッパ レウレウ カッパ」http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b0ec.html
13.沼貝が自ら歌った謡「トヌペカ ランラン」http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-7de9.html

アイヌ神謡集
Kamuichikap kamui yaieyukar,
“Shirokanipe ranran pishkan”

(1) 昔は男の子が少し大きくなると,小さい弓矢を作って与えます.子供はそれで樹木や鳥などを的に射て遊び,知らずしらずの中に弓矢の術に上達します.
ak……は弓術,shinot は遊戯,ponai は小矢.

(2) shiktumorke……眼つき.
人の素性を知ろうと思う時は,その眼を見ると一ばんよくわかると申しまして,少しキョロキョロしたりすると叱られます.

(3) achikara……「汚い」という意味.
(4) 鳥やけものが人に射落されるのは,人の作った矢が欲しいので,その矢を取るのだと言います.
(5) kotankorkamui……国または村を持つ神.
山には,nupurikorkamui……山を持つ神(熊)と nupuripakorkamui……山の東を持つ神(狼)などがあって,ふくろうは熊,狼の次におかれます.
kotankorkamui は山の神,山の東の神,の様に荒々しいあわて者ではありません.それでふだんは沈(おち)着いて,眼をつぶってばかりいて,よっぽど大変な事のある時でなければ眼を開かないと申します.

(6) eharkiso……左の座.
(7) eshiso……右の座.
家の央に囲炉裏(いろり)があって,東側ののある方が上座,上座から見て右が eshiso 左が harkiso.上座に坐るのは男子に限ります.お客様などで,家の主人よりも身分の卑しい人は上座につく事を遠慮します.右の座には主人夫婦がならんですわる事にきまっています.右座の次が左の座で,西側(戸口の方)の座が一ばん下座になっています.

(8) hayokpe 冑.
鳥でもけものでも山にいる時は,人間の目には見えないが,各々に人間の様な家があって,みんな人間と同じ姿で暮していて,人間の村へ出て来る時は冑を着けて出て来るのだと云います.そして鳥やけものの屍体は冑で本体は目には見えないけれども,屍体の耳と耳の間にいるのだと云います.

(9) otuipe……尻の切れた奴.
犬の尻尾の切れた様に短いのはあまり尊びません.
極くつまらない人間の事を wenpe……悪い奴,otuipe……尻尾の切れた奴と悪口をします.

(10) chikashnukar.神が大へん気に入った人間のある時,ちっとも思いがけない所へ,その人間に何か大きな幸を恵与すると,その人は ikashnukar an と云ってよろこびます.
(11) apehuchi……火の老女.火の神様は,家の中で最も尊い神様でおばあさんにきまっています.山の神や海の神,その他種々な神々がこのふくろうの様にお客様になって,家へ来た時は,この apehuchi が主になって,お客のお相手をして話をします.ただ kamuihuchi(神老女)と云ってもいい事になっています.
(12) neusar 語り合う事.
種々な世間話を語り合うのも neusar.普通 kamuiyukar(神謡)や uwepeker(昔譚)の様なものを neusar と云います.

(13) ashke a uk.ashke は指,手.a uk は取る.なにか祝いがあるとき人を招待する事を云います.
(14) kakkokhau……カッコウ鳥の声.
カッコウ鳥の声は,美しくハッキリと耳に響きますから,ハキハキとしてみんなによくわかるように物を云う人の事をカッコウ鳥の様だと申します.

(15) chisekorkamui……家を持つ神.
火の神が主婦で,家の神が主人の様なものです.男性で chisekorekashi……家を持つおじいさんとも申します.

(16) nusakorkamui……御幣棚を持つ神,老女.
御幣棚の神も女性にきまっています.何か変事の場合人間にあらわれる事がありますが,その時は蛇の形をかりてあらわれると云います.それで御幣棚の近所に,または東の方のの近所に,蛇が出て来たりすると,「きっと御幣棚のおばあさんが用事があって外出したのだろう」と言って,決してその蛇を殺しません.殺すと罰が当りますと云います.

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知里幸惠編訳「アイヌ神謡集」郷土研究社
   1923(大正12)年8月10日発行

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http://www.aozora.gr.jp/cards/000000/files/44909_29558.html

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