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2010年1月31日 (日)

『燠火―マンディアルグ短編集』 生田 耕作 訳

アンドレ・ピエール・ド マンディアルグが《最も気に入っている会心作》と公言する「ダイヤモンド」「幼児性」の2篇をはじめ、その他の収録作もすべて見事なまでの珠玉品揃いで1961年度短篇小説賞を受けた。〈少女凌辱〉のテーマが本集を境に前面に押し出され、彼の文学の原点として定着する。

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澁澤龍彦訳『大理石』を高校のとき愛読して、文体に魅せられて『余白の街』についで読んだ短篇集。「燠火」「ロドギューヌ」「石の女」「曇った鏡」「裸婦と棺桶」「ダイヤモンド」「幼児性」収録。
「初期作品に顕著だった前衛文学的な難解さがほとんど影をひそめ、メリメ風な明澄性とともに物語的な要素が加わりだしたことも新しい特徴である」と生田耕作は解説している。
プロット展開には起承転結も説明もメッセージもない。今までに読んだこともないシュールリアリステックな幻想小説であった。
「ダイヤモンド」渋澤龍彦の「犬狼都市」の原典。うりふたつの傑作ととぼけた邦案。
「ロドギューヌ」牡羊と住む孤独な女が村人から残酷な仕打ちを受ける強烈な話。
「燠火」舞踏会に行った女が気を失い、気がつくと縛られて馬車に乗せられており、ナイフをもった男に殺されてしまう、夢の中の出来事のような話。
「石の女」教師が石を拾ってくると中から小さな女達が出てきて、燃えて死んでしまう。そして石を割った教師もやがて死ぬというイメージ描写だけの展開。
「ダイヤモンド」ダイヤモンドの中に入った全裸の女がライオンの顔をした男と交接する話。
物語の展開に具体的なシーンでなく抽象的な叙述が多用されている。小説でしか成立しない手法で、具体的な細部は省かれ叙述が現実を代替してしまう。
「明確な質問をすると、彼女は陰気なつつしみの中に閉じこもってしまうのだった」

どの短編にも目に見えるように表す現代の小説ではほとんどない書き方がされている。
非本質的なディテールにかかわりあうことなく、硬質にイメージへ焦点をあわせる。異物を排した純粋性の感覚文体は、三島由紀夫も絶賛した記憶がある。

Jmp_sabbat アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ(André Pieyre de Mandiargues)
http://hello.ap.teacup.com/applet/koinu/20100128/archive

変身のロマン

日本幻想小説集の佳作『暗黒のメルヘン』と対をなす、澁澤龍彦が渉猟し偏愛した世界の代表的変身譚アンソロジー。魚、虎、白鳥から、奇態な花や植物、花の精、牧神、妖女、蝙蝠や蟇蛙、はては無機物までへと、なぜ人はその身を変じなければならなかったのか?
神話的寓意から人間の深淵を見据えた、古今東西の「身体変容」をテーマとする幻想小説、評論、童話の古典的傑作十五編を収録。

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メタモルフォーシス考 澁澤龍彦
夢応の鯉魚 上田秋成
高野聖 泉鏡花
山月記 中島敦
魚服記 太宰治
デンドロカカリヤ 安部公房
牧神の春 中井英夫
牡丹と耐冬 蒲松齢著 増田渉訳
美少年ナルキッススとエコ オウィディウス著 田中 秀央訳 前田敬作訳
悪魔の恋 ジャック・カゾット 渡辺 一夫訳 平岡昇訳
オノレ・シュブラックの失踪 ギョーム・アポリネール著 川口篤訳
みどりの想い ジョン・コリアー 宇野利泰訳
断食芸人 フランツ・カフカ 山下肇訳
野の白鳥 アンデルセン 大畑末吉訳
変形譚 花田清輝

十代の頃に愛読していたアンソロジー『暗黒のメルヘン』のつづきを、学生街の古本屋さんで先週見つけた。すでに文庫本でも絶版になっていた懐かしい内容。
どこから読んでも物語の不思議さがギッチリと収納されている。
見事に切れ上がった極上の編集ぶりと、本当に自分がほしい書物を構成と分析して解説しているのも絶句する。宝の小箱のような煌めく変身譚世界である。

澁澤龍彦
1928年、東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。サド、ユイスマンス、マンディアルグら異色のフランス人作家の作品を翻訳するかたわら、シュルレアリスム、オカルティズム、エロティシズム、異端文学にいたるまで、本質を鋭く見据えた論考を次々に発表。一方で、『唐草物語』(泉鏡花賞)、『高丘親王航海記』(読売文学賞)、などの幻想小説を執筆するなど幅広く活躍した。1987年、逝去。享年59歳。

2010年1月30日 (土)

alphonse inoueの銅版画

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幻想感覚のエロチシズムと耽美なアルフォンス井上銅版画

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マンディアルグ作品の挿画しているアルフォンス井上画伯。 alphonseというと二世のようた゜けれど純粋な70歳過ぎの日本人。名付けたのは、幻想文学者の生田耕作さんという。コレクター好みの銅版画たちであります。

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2010年1月29日 (金)

Apple「iPad」は電子書籍だろうか

大型のタッチデバイス。形状の見た目は大きなiPhone(iPod touch)そのものだが、シャープなボディ構成はMacBook Proを彷彿とさせている。
 iPhoneやiPod touch同様に音楽・映像・ゲームなどのマルチメディアプレーヤーとして、また、web閲覧ツールとして楽しめる。大きな特長は電子書籍リーダーとしての機能を備えている。Appleが提供するアプリの名称は「iBooks」。iTunesの電子書籍版といった印象をあたえてiBookstoreを通じて電子書籍購入が可能だという企画された。

65281image640 だがこれが「電子書籍」という概念には疑問。アップルの新製品は携帯型のネット端末機だろうと感じる。読書をしていなかった人が、装置によって本を読むようになるとは思えない。紙の上の文字や図が液晶や画面のデーターへ移行した端末機。手軽に読むことが出来るが、読む人は読むし、読まない人は読めないネット端末機。パソコンで打ち込んでいる人やデジタルテキストを使え慣れている人にとっては、新鮮なネット体験をされるかというものではない携帯機能が浮かぶ。冷静に考えると、この製品でしか表せない要素がほとんどなく、電子消費家電のように見えてしまう企画製品。消費する人たちの理性とはいかに?

人の可能性を信じて

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2010年1月28日 (木)

7つの習慣(The Seven Habits--An Overview)

Inside-Out
一次的成功は優れた人格を持つことで、才能などに対する社会的評価と個性発揮とコミュニケーションのスキルである。二次的成功は影響を及ぼす戦略と前向きな姿勢などである。
人が物を見る時は、ある種のレンズのようなパラダイムが存在して、認識、理解、解釈、行動、態度を決めている。そのパラダイムを転換させることにより、自分のあり方を大きく変えることもできうる。
原則というものが人生に存在して効果を得る。人が成長するには時間がかかり、段階を飛ばさず順序立ったプロセスを踏まなくてはならない。
Inside-Out は自分の内面であるパラダイムと人格動機などを変えてから、外側の他人や環境などを変える。

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人生の扉を開く「7つの習慣」
7つの習慣の概要。私的成功は依存状態から自立することで、第1,第2,第3の習慣が含まれ自ら効果をつくりだすこと。公的成功は自立した人間が相互に依存することで、第4,第5,第6の習慣が含まれる。2人以上が協力して一人でつくりだすよりも、高い効果をつくりだすこと。再新再生は第7の習慣が含まれて、より高い効果をつくりだせるように自分を改善すること。
効果性の定義。効果をつくりだすためには『効果をつくりだすことと、効果をつくりだすための能力とのバランスをとる必要がある』という原則。その能力には主に物、金、人の3つがあり組織の応用もある。

私的成功により充実した気持ちに満たされ、公的成功により人間関係が改善され、再新再生により真の自立、相互依存の土台をつくる。

第一の習慣・主体性を発揮する (Habit 1 Be Proactive)
反応レベルでなく主体性レベルの行動。身の周りに対して、自分が動かされるのではなく周りの環境に作用させる。 良いものを持つことより、自分の環境立場が良くなること。

第二の習慣・目的を持って始める (Habit 2 Begin with the End in Mind)
生活状況を測る基準や枠組みをして、人生最後のイメージ、光景、パラダイムを持って今日を始める。
万物は人の頭の中で知的に作られて、それから物理的に作られる。 個人的な信条などを作る。

第三の習慣・重要事項を優先する (Habit 3 Put First Things First)
第2の習慣をを具現化させ、自由意志を発揮して瞬間瞬間に実行する。
価値観に調和した効果的な自己管理の習慣。
重要だが緊急でない活動。 重要でない活動に対して否定。
人に作業を委任する。

第四の習慣・Win-Winを考える (Habit 4 Think Win/Win)
自分も相手も、それぞれの当事者が欲しい結果を得る。
立場主張をする勇気と、相手の話を聞いて感情移入と思いやりのバランス。

第五の習慣・理解してから理解される (Habit 5 Seek First to Understand, Then to Be Understood)
他人に影響を与えるためには、まず自分が他人に影響されること。
感情移入して人の話を深く聞く。 より良く一対一のコミュニケーションを進める。

第六の習慣・相乗効果を発揮する (Habit 6 Synergize)
全体の合計が各部分の和よりも大きくさせること。
自分と他人との意見に相違が生じた場合に、
意見を通すのでなく折れるのでもなく、調和される第三案を導く。
他人との相違点を尊ぶ自分を見出す。

第七の習慣・刃を研ぐ (Habit 7 Sharpen the Saw)
肉体、精神、知性、社会・情緒を維持再新再生する習慣。
運動と価値観に対する決意、読書と公的成功など。

再びインサイド・アウト (Inside-Out Again)
今まで世代で得た良い物は残して悪い習慣は改めて、次世代へ引き継いでいく。
人は自らを完成させることは出来ず探究に終わりはない。

7つの習慣 公式サイト http://www.7hj.jp/

2010年1月27日 (水)

ピカソの絵に接触し破る NYの美術館で女性客

 ニューヨークのメトロポリタン美術館は24日、同館に展示してあるピカソの絵画「役者」(1904年~05年)に女性客が誤って接触し、一部が破損したと発表した。ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)などが報じた。

 発表によると、女性はピカソ作品が展示されている同館2階のコーナーで開かれた成人講座に出席中、バランスを失って絵に倒れかかり、右下部分を長さ約15センチにわたって破いた。女性の氏名は明らかにされていないが、けがはなかった。

 同館の専門家が修復作業を進めている。「役者」は縦196センチ、横115センチで、キャンバスに描かれた油絵。同館にはピカソ作品約250点が収蔵されている。
(共同通信 2010.1.25 16:00)

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すごい騒ぎになっていますが、怪我がなくてよかったです。修復されることを祈ります。

2010年1月26日 (火)

「出版不況」はどうにも止まらない

2009年の書籍・雑誌販売2兆円割れ 21年ぶり、ヒット作乏しく
 出版科学研究所(東京・新宿)が25日発表した2009年の書籍・雑誌の推定販売額は前の年比で4.1%減の1兆9356億円だった。2兆円を下回ったのは1988年以来、21年ぶり。書籍はヒット作が乏しく、雑誌は広告減少の打撃を受け部数の落ち込みが過去最大となった。

 書籍は4.4%減の8492億円。ミリオンセラーは村上春樹氏の「1Q84」(新潮社)と、出口宗和氏の「読めそうで読めない間違いやすい漢字」(二見書房)の2点にとどまり、7点あった08年を下回った。返品率は0.5ポイント上昇して40.6%に悪化した。

 雑誌は3.9%減の1兆864億円。販売部数は6.9%減(22億6974万部)と過去最大の落ち込み幅を記録した。売れ行き不振を値上げで補う動きが広がり、平均価格は3.3%上昇した。創刊が前の年よりも42点少ない135点だった一方、休刊は3点多い189点。4年連続で休刊誌が創刊誌を上回った。
(NIKKEI NET 1/25)
Globalcooling

  
 売り上げの6割近くを占めてきた雑誌は12年連続のマイナスで、過去最悪の落ち込み率となる。減少傾向が底を打つ気配はまったくない。平均価格は前年から3.3%上昇して、値上げが読者離れを加速しているという。 ここ数年は「雑誌不況」といわれてきたが、09年は雑誌の3.9%減よりも悪い4.4%減となった。100万部を超えたのは、村上春樹著「1Q84」(新潮社)の「BOOK1」「BOOK2」と、出口宗和著「読めそうで読めない間違いやすい漢字」(二見書房)の2タイトルだけだったという。
雑誌の価格上昇に対して、新刊の平均価格は下がった。デフレーションの深刻化による読者の低価格志向があるようだ。出版不況はどうにも止まらない。

 出版科学研究所によると「雇用環境が悪化し、可処分所得も減少したことが強く影響した。雑誌広告の激減により出版社の収益が悪化、創刊活動が停滞し、休刊誌が相次いだ。出版を取り巻く環境が一段と悪化した年だった」と分析している。

「日本は世界のひな形」で日本国土は世界の縮図

織田信長は宣教師から初めて世界地図を見せられた時、ユーラシア大陸を指差して、
「ここが日本か?」と尋ねたという逸話があります。信長は日本が世界の全部のように錯覚していたかような印象がありますが、日本地図と世界地図を比べてみると、大きさの差はあれ、確かになんだか似ているような気がしませんか?

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北海道=北米大陸
本州=ユーラシア大陸
中国地方=ヨーロッパ
瀬戸内海=地中海
四国=オーストトラリア大陸
九州=アフリカ大陸
房総半島=朝鮮半島
紀伊半島=アラビア半島
能登半島= スカンジナビア半島
佐渡島=ノバヤゼムリャ

インドは移動してユーラシア大陸と合わさり、地殻変動でが聖地エベレストが隆起。
インドに相当するのは伊豆半島。プレートの移動で本州に合わさった島。
地殻変動で隆起した富士山という聖地。

伊勢=イスラエル
ラエルとは「輝かしい」意味の接尾語。
輝かしい伊勢
伊勢神宮をたたえる意味?
伊勢神宮のそばには五十鈴川があります。
イスラエル川にあたるのかな?

イザナギ・イザナミによる国生みは、日本列島を生んだだけではなく、日本列島をモデルとして世界の大陸の島々を生んだという。日本列島を「大八州=内八州」といい、外国の島々は「外八州」という。

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外八州・内八州史観
 「日出る国の日の本(日本国)は、全く世界の雛型ぞ。神倭磐余の君(神武天皇)が大和なる、火々真の岡に登り坐、蜻蛉の臀甞せる国と、詔せ給ふも理や。我九州は亜弗利加に、北海道は北米に。台湾嶋は南米に、四国の嶋は豪州に、我本州は広くして、欧亜大陸其儘の、地形を止むるも千早振、神代の古き昔より、深き神誓いの在すなり…」
「日本は世界一、地の中枢である。熱帯に枕し寒帯に足を延し、あらゆる気候、あらゆる土質風土の凝聚地である。すなわち世界一切の小宿写である。否、世界万邦の中つ国として、万国統治の中府である。霊域であるこの霊域、日本国の中府に大御柱アオウエイの母音なす金龍海が神示に因りて、築づかれたのである。名づけて大八洲と称し、世界の縮写とす」
大正七年『いろは神歌』

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織田信長は近代的な思考の持ち主だったといわれている。地球儀や世界地図を見て何を感じ取ったのであろうか。

2010年1月25日 (月)

反芸術の旗手『菊畑茂久馬ドローイング』

反芸術の旗手としてデビュー以後、福岡市に腰を据え思索と制作を積み重ねてきた画家・菊畑茂久馬さん。ほぼ20年の沈黙を破り発表した《天動説》のシリーズ1983年から、最新作にいたる絵画のドローイングを、若干の油彩画を交えて展示される。

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長崎県美術館 095-833-2110
URL http://www.nagasaki-museum.jp/
開催地 長崎県美術館 常設展示室第1・2・4室
開催期間 2009年11月12日~2010年2月7日

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菊畑茂久馬 略歴
1935年長崎県生まれ。1957~62年前衛芸術集団「九州派」に参加。主要作品に「奴隷系図」、「ルーレット」、「天動説」、「月光」の各シリーズ。1997年に「西日本文化賞」、2004年に「円空賞」をそれぞれ受賞。『フジタよ眠れ』、『天皇の美術』、『反芸術続談』、『絵かきが語る近代美術』など著作多数。

菊畑茂久馬と〈物〉語るオブジェ - 福岡県立美術館
http://fpmahs1.fpart-unet.ocn.ne.jp/cont_j/topics/topics_det1_10.php?TOPICS_ID=120

反芸術綺談 菊畑 茂久馬
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-c0a0.html

「国宝 土偶展」

文化庁海外展 大英博物館帰国記念 

今の国会議員たちを見ていて、「土偶」たちのような様々な顔におもえる。
人型をした素焼きの「土偶」は、13,000年前につくられた「祈りの造形」であった。
伸びやかに両手を上げるもの、出産間近の女性の姿を表すもの、極端に強調された大きな顔面のものなど、多様な姿かたちをしている。わが国には様々な文化が、遠方の異国世界からも集まっていたことが体感できる。
会  期 2009年12月15日(火)~2010年2月21日(日) 
会  場 東京国立博物館 本館 特別5室

http://www.tnm.go.jp/jp/

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縄文人の精神性、造形力と美意識が表現された土偶たち。
ヨーロッパや西アジアの新石器時代に土偶は農耕と密接で、生産や豊穣を祈る地母神崇拝の像として発達した。日本の土偶は縄文時代の草創期に出現し、縄文時代の中期から晩期に最も発達して、個性豊かな土偶が数多く作られたという。
土偶たちの囁く声が聞こえてきそうで、どきどきする展示だと思う。呪物ですからね。

2010年1月24日 (日)

ティム・ワイナー『CIA秘録』文藝春秋

もっとも取材が難しい諜報の分野を30年近く取材してきた『ニューヨーク・タイムズ』の調査報道記者が「5万点以上の機密解除文書、CIAの元長官10人を含む300人以上のインタビュー」によって書いたCIA創設から今日までの驚くべき歴史書です。昨年度の全米図書賞を受賞。CIAは公式ホームページで異例の大反論を行うなど、その中身はCIA本体を激しく揺さぶる事実が描かれています。日本版の新たな2章では、CIAの自民党への秘密献金や経済諜報の実態などが描かれ、日本でも問題の書になること必至。

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CIA(米中央情報局)が謀略にかかわったのではないかという疑惑は、これまでにもいろいろ噂されてきたが、本書はそれを実名の情報源で明らかにした。本書は全米図書賞を受賞した。 

CIAは戦時中の諜報機関を改組して世界の情報を収集する組織として作られたものだが、次第にスパイ工作に重点を置くようになり、さらに外国の政権を転覆する工作を行なうようになった。その実態を知ることなしに、戦後の国際政治は理解できない。CIAの情報収集は失敗の連続で、キューバ危機に際してもソ連の出方を見誤り、ウォーターゲート事件やイラン・コントラ事件など多くのスキャンダルを起こした。最近ではイラクに大量破壊兵器があるという報告を出して、イラク戦争の泥沼の原因となった。 

他方、秘密工作ではベトナムのゴ・ジンジェム政権やチリのアジェンデ政権などを転覆したが、キューバのカストロ議長を暗殺する工作は失敗し、ケネディ大統領が逆に暗殺された。こうしたCIAの工作の中で、最大の成功を収めたのが日本である。CIAは岸信介を工作員として自民党に送り込み、岸はCIAの巨額の資金援助によって政治家を買収し、首相になった。岸の他にも、児玉誉士夫や正力松太郎もCIAの工作員だったことが、米政府の公開した文書で確認されている。 

日米安保条約の改定や沖縄返還にあたっても、CIAの資金が大きな役割を果たした。資金供与は1970年代まで続き、「構造汚職」の原因となった。CIA東京支局長だったフェルドマンは「占領体制のもとでは、われわれは日本を直接統治した。その後は、ちょっと違う方法で統治してきたのだ」と語っている。岸や児玉は極右の保守主義をとなえて「愛国者」と自称していたが、実際には米国の資金提供を受けて国家の最高機密を売る「売国者」だったのだ。だから不幸なことに、日本の戦後史を理解する上でもCIAの活動を知ることは不可欠である。

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岸信介元首相が米CIAに買収されていた事実
http://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/a03bb081d29e813416710e96790d62d8

CIAの資金提供のルートの一つとは、正確には「自民党」というより、「岸信介個人」へ直接だったといい、動いた金は百万ドル単位だった。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1412564709

CIAの武器は、巨額のカネだった。彼らが日本で雇ったエージェントのうち、もっとも大きな働きをしたのは、岸信介と児玉誉士夫だった。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/56ee249a328203389229cf44e67f7349

2010年1月23日 (土)

旧田中派潰しを続けるCIA日本支部

  『自民党の国策捜査ではない・西松前社長「小沢一郎側同様、二階俊博側も違法認識」・自民党で現役閣僚にも捜査となれば政府の陰謀ありえない・ただ、米国の陰謀の可能性あり・東京地検特捜部とCIA・ロッキード事件 』(正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現)リンクより転載します。
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東京地検特捜部の歴代トップは、全員CIAに留学し、CIAの対日工作員としての徹底的教育を受け、日本に帰国する。この教育を受けた者でなければ、東京地検特捜部、そして日本の警察機構の中で、上層部に出世する事は出来ない。

東京地検特捜部はCIAの命令で動く売国機関であり、いままで逮捕された政治家もすべてアメリカに都合の悪い政治家だけだった。

東京地検特捜部~CIA日本支部 
旧田中派(経世会)潰し

田中角栄  逮捕   ロッキード事件  (←東京地検特捜部)
竹下登   失脚   リクルート事件  (←東京地検特捜部)
金丸信 失脚逮捕   佐川急便献金・脱税(←東京地検特捜部&国税)
中村喜四郎 逮捕   ゼネコン汚職   (←東京地検特捜部)
(小渕恵三 急死)   (←ミステリー)
鈴木宗男  逮捕   斡旋収賄     (←東京地検特捜部)
橋本龍太郎 議員辞職 日歯連贈賄事件  (←東京地検特捜部)
小沢一郎       西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)
二階俊博       西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)

岸信介    安泰
福田赳夫   安泰
中曽根康弘  安泰
森 喜朗    安泰
小泉純一郎  安泰
尾身幸次   安泰

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=202109

旧田中派とCIA日本支部の闘争の構図もあからさまである。
天下は常に安泰の世界。不思議だが本当だと分かる。

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2010年1月22日 (金)

小沢一郎が攻撃される背景

主要なテレビ局はすべて新聞社の傘下にある。。
今の小沢攻撃のように、傘下連中にとっても死活問題となっている。
正月返上で小沢叩きに余念がなかったにもかかわらず、逮捕前は内閣支持率が50%を割り込むことはなかった。マスコミが国会前にできるのは、無理矢理に逮捕劇をセンセーショナルにすること。
経済界も自民党にしがみついて、生き返らせようとするだろう。
そうした意味も、今回の不当逮捕にはあるようだ。

「反小沢」を掲げる産経新聞が大阪版の22日朝刊1面トップで、民主党の小沢一郎幹事長を誤って「小沢容疑者」と表記していたことが分かり、国会内で大騒ぎになる一幕があった。
「しかし特捜部は、小沢氏が土地代金に個人資金を充てたと主張しながら、偽装工作の一つである不必要な融資の関係書類に署名していることを重視。小沢容疑者が虚偽記載を認識し、収支報告書の提出を了承した疑いが強いとみている」
産経新聞のWEB版でも、22日午前2時56分から3時間ほど小沢氏の容疑者呼称が続き、おわびのうえで訂正されていた。

ついに小沢一郎の政治と金の問題にメスが入った、という報道パターンには不自然さが否めない。強引な展開であるのはあからさまで、冷めてしまうほどだ。
小沢一郎が攻撃される背景には、田中角栄にさかのぼる確執が浮かんでくる。

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『暴かれた「闇の支配者」の正体』(ベンジャミン・フルフォード著)
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=157878

2010年1月21日 (木)

東京地検特捜部とCIA

小沢は自民党の番頭やっていたので、アメリカと自民党政権の裏の裏まで知り尽くしてますね。なのでアメリカも、そう簡単にはオザワンには手が出せない。自民党時代の旧悪を暴露されたら、アメリカの政界も日本の政界も、大波乱ですw コレがオザワンの「保険」になっているわけで、ポチは簡単に始末されちゃうが、悪人は始末されないように「保険」掛けますね。

【ワシントン時事】オバマ米政権の対日政策を担うキャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)は8日、時事通信との会見で、日米安全保障条約改定50周年を記念して、今月19日に日米両政府が声明を出す計画であることを明らかにした。
また、米政府が交渉するのは日本政府代表だが、民主党の小沢一郎幹事長の「極めて重要な役割を認識している」と述べ、小沢幹事長の訪米を要請した。
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 オバマ政権を牛耳る銀行屋系米国覇権主義者の方々です。ネオコンを含む共和党系戦争屋=CIAは金融危機勃発による戦争屋系金融機関(シティバンク)破綻でアングラ・マネーが廻せなくなりました。右翼・ヤクザ・在日宗教団体などの金融資産が致命的な運用損失を出して、今までのような極東の分断統治工作が遣り難くなったんです。恨むなら戦争屋系米国覇権主義者のボス、デビッド・ロックフェラーに言えば良い。自民党清和会のルーツ安倍元首相の祖父、岸信介は・・・ティム・ワイナー著作『CIA秘録』上・下(文藝春秋)にハッキリとCIA(米国中央情報局)の秘密エージェントと名指ししています。麻薬密輸をやっていた戦前の軍国日本と、秘密工作資金を捻出するため麻薬密売組織に関わるCIAは似たもの同士ですからねぇ。

 時代が変わり将軍様と米国、米朝関係も変化した。米国覇権主義者による北朝鮮の闇支配の主役が、戦争屋=CIAから、オバマ政権(ゴールドマンサックスなど国際金融資本主導の銀行屋系米国覇権主義者)および中国の親オバマの共産党政権へシフト。極東を牛耳るボスが変わったのです。オバマ政権はブッシュ・チェイニー時代のCIAの秘密プロジェクトの摘発を初め、日本ではヤクザや在日宗教団体と癒着してきた日本の芸能界の薬物汚染の暴露が始まる。CIAに支配されてきた今の清和会系自民党、日本政府の親米官僚達は逆境で大変なのです。重要な情報ほど報道しないマスコミは犬東京地検の扱いに困っているのでは?日本の親米派は政治家・官僚を問わず、CIA(米国中央情報局)にあまりに偏っていた反動が大きいですから・・・。
http://shadow-city.blogzine.jp/net/2010/01/cia_da96.html より引用Ciacoinb1

2010年1月20日 (水)

平気で嘘をつく人たち

Uso 「嘘をつくことで自分を正当化しようとしている。
嘘をつくことで精神的に安定させようとする。
ひとつの嘘で安定すると、さらに安定状態を保つため嘘をいう。
これが連鎖してしまうわけだ。

事実にない過去の話をする。
相手の置かれた立場や空気が読めないまま、
感情に走る虚言で攻め立てる。

「嘘つきは泥棒の始まり」だから嘘をついてはいけない。
人に迷惑をかけない少々の嘘ならいいという気持ちで嘘をついていると、やがて罪悪感がマヒして、本当の泥棒のように犯罪に手を染めてしまうことになる。
迷惑される立場を思うならば、平気で嘘をつくのは自戒してほしいものだ。
終いには誰からも相手にされなくなり、偽善の世界に住むしかなくなってしまうからね。

私は平気で嘘をつく人が嫌いだ。でも嘘から見えてくるものには、人間以外にはありえない不可思議なる世界がある。

2010年1月19日 (火)

20代は年間120万円以上貯める嫌消費世代

「クルマ買うなんてバカじゃないの?」衣食住などの様々な市場でも、欲しがらない20代若者達が増えている。「化粧水に1000円以上出すなんて信じられない」、「大型テレビは要らない。ワンセグで十分」
 彼らは他世代に比べて消費をしない。消費好きの世代には予想できない発言をする80年代前半生まれの「バブル後世代」である。バブル崩壊以後の要因として、将来が不安、収入の見通しがよくない、低収入層が増えている。節約すること待って安くなってから買うということが既定値で「節約疲れ」はない。将来の負担になるリスクは回避しようとする。思春期にバブル後の混乱と就職氷河期を世代体験として「自分の夢や理想を高望みして周りと衝突するより、空気を読んで皆に合わせた方がいい」と考える。
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「自己実現」をめざした40代以上の中高年の個人主義的な価値観とは対照的。「自由気ままに生きたい」団塊の世代とは対極。この世代が嫌消費をリードして下の世代である20代前半の「少子化世代」にも波及している。
イマドキの20代の8割は「毎月、預貯金をしている」ことが調査された。預貯理由は「いざという時のため」が65%で断トツ。明確な目的ではなく、未来への不安へ備えとしている人が多いという。

民主党は国民の政党で小沢君の党ではない

 民主党の渡部恒三元衆院副議長が「7奉行」と称する、岡田克也外相、仙谷由人国家戦略兼行政刷新担当相、野田佳彦財務副大臣、枝野幸男元政調会長、玄葉光一郎衆院財務金融委員長ら議員が16日夜、都内の日本料理店で懇談した。小沢一郎幹事長との距離が指摘されるメンバーで、小沢氏の続投表明をめぐって集まった。渡部氏は小沢氏続投について「全然関心ない」と語った。
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17日のフジテレビ番組では「民主党は国民の政党で小沢君の党ではない。小沢君のために国会審議や政治がおかしくなったらいけない」と渡部氏は述べて、予算案の審議など国会情勢も判断材料になる認識を示した。石川知裕衆院議員が起訴された場合の対応に関しては「小沢君と共同責任があるかどうか世論を見ないといけない」

政権交代という大役を果せたのは、支援せざるをえなかった国民たちの世論にあったことをも忘れてはならない。もっと当り前に党内で、こういった意見が交わされてほしいものである。この時期の捜査には、異様な問題も含まれていることも。

2010年1月18日 (月)

ひとは何も知ってはいない

Am6

帆船にのせて私を連れさってください
古くてやさしい帆かけ船に船首にでも
お望みあらば泡の中を
そして私を捨ててくれ遠くへ遠くへ
馬車の馬の間に
雪のニセ物のビロードの上に
犬ぞりの犬の荒い息遣いの中を
枯葉のしなびた群れの中を
私を連れさってくれ私を壊すことなく
接吻につつんで盛り上がったりへこんだりする胸の中で
手のひらのカーペットの上その微笑の中で運んでくれ
骨と関節からなる廊下の中を
私を連れさってくれあるいはむしろ埋めてくれ

アンリ・ミショーは社会的不適応や自己と社会との齟齬、現実社会での居心地を詩に表した。社会への不適応によって次第に孤独となり、船乗りという道を選択した。
1920年代ダダイスムにつづいて「シュールレアリスム」の流れをくんだ。ヘーゲルの哲学、フロイトの深層心理学、アポリネールの詩法、キリコの画風などの影響のもとに、意識下の世界や不合理・非現実の世界を探求し、既成の美学・道徳とは一線を隔した絵画とポエジーの実験を繰り広げる。

Kitazawa01 ----------------------------------------------------------------------------
アンリ・ミショーの著作
「循環する狂気の場合」(1922) 「かつての私」 (1927) 「エクアドル」「わが領土」(1929)
「プリュームという男」(1930)  「アジアにおける一野蛮人」(1933) 「夜動く」(1935)
「グランド・ガラバーニュの旅」「中心と不在の間で」(1936) 「プリューム~遠き内部」(1938)
「魔法の国にて」「熱帯樹」(1941) 「試練・悪魔祓い」(1945)
「ここ、ポドマ」「アパリシオン」「絵画とデッサン」(1946) 「われら今も二人」(1948) 
「襞の中の人生」(1949) 「パッサージュ」(1950) 「閂に向き合って」(1954)
「みじめな奇蹟」(1956) 「荒れ騒ぐ無限」(1957) 「砕け散るものの中の平和」(1959)
「深淵による認識」(1961) 「風と埃」(1962) 「精神の大いなる試練」(1966) 「夢の見方・目覚め方」(1969) 「角の杭」(1971) 「噴出するもの~湧出するもの」(1972) 「様々な瞬間」(1973) 「逃れゆくものに向き合って」「中国の表意文字」(1975) 「被災者」(1976) 「不服従への道」(1980)
「だまして」「発端」「熱狂せる庭園」「顔の叫び」(1983)
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 彼はほんの少し前から描いている。想像的な活動において位置を変えることは、それ自体最も奇妙な旅の一つである。奇妙なうっ血除去、話す、書くという自我の一部分を眠らせること(部分ではなくて、むしろ結合のシステム)。描き始める時は、操車場を変えるのだ。言葉/思考、言葉/イメージ、言葉/感情という言葉の建造物は姿を消し、めまいを伴いながらひどく簡単に見失われる。それは、もうそこには存在しない。発芽は停止する。夜。局部的な死。さらなる願望、話す欲求。最も興味を感じていた頭の部分がさめてしまう。それは驚くべき経験である。別の窓から世界を見出す時の、やはり奇妙な感動。まるで子どものように、歩くことを覚えねばならない。

ひとは何も知ってはいない。
『絵画』 (1939年) アンリ・ミショー

2010年1月17日 (日)

我々はどこから来て、どこへ行くのか?

納棺師の物語「おくりびと」の原案となった
「納棺夫日記」に次のような存在についての記載があった。

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ゴーギャンの絵に
「我々はどこから来たか? 我々とは何か? 我々はどこへ行くのか?」
という長い題の作品がある。タヒチでの大作である。

葬送の現場にあって私は、常にこの命題にとまどってしまう。
「我々とは何か?」は哲学者に任せておくとしても、
「我々は どこへ行くのか?」は、葬送の現場には大いに関わってくるのである。

例えば、浄土真宗の葬式などでも、<みほとけに いだかれて>とみんなで送り出していながら、
その後で弔辞を読み上げる人が、<霊よ、安らかなれ>と言ったり、
喪主は<父も草葉の陰で さぞ喜んでいるでしょう>と言ったりしている。

仏に抱かれて成仏したかと思えば、
宙に浮いていたり、草の下にいたりする。

会葬者も、遺体に合掌したり、遺影に手を合わせたり、
祭壇や霊柩車に合掌したり、火葬場の煙突の煙にまで合掌したりする。

ところが、肝心のご本尊にはあまり手を合わせていない。

僧侶の唱えるお経は、何を言っているのか分からないし、
死者がどこへ行ったか分からないから、
思いつくまま手当り次第手を合わせている。

その上、仏教の思想に、中有(中陰)というものがあって、
命あるものすべては六道(天人、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄)の中で、
生まれては死に、そして生まれ変わるといったことをくり返すとされている。

そして、生を終えてから次の生を受けるまでを中有といって、
その期間は四十九日とされていて、この四十九日を七日ごとに区切り、
それぞれの区切りの日に次の生まれるところが決まるとされている。

しかし、四十九日までに決まらなかった場合も、
死者の霊は宙に迷っていることになっている。
 
どこまで行っても「我々は どこへ行くのか?」分からない。

奇特な親族が、一周忌、三回忌、五十回忌と追善供養をしても、
果たして成仏したのかどうか分からない。

私が、この葬送儀礼という仕事に携わって困惑し驚いたことは、
一見深い意味をもつように見える厳粛な儀式も、
その実態は迷信や俗信がほとんどの支離滅裂なものであることを知ったことである。

迷信や俗信をよくぞここまで具体化し、
儀式として形式化できたものだと思うほどである。

わが国の仏教の葬送儀礼様式や作法のほとんどは、
死んでも死者の霊魂がさまようことを前提に構築されている。

死者の枕許の一本線香は、なぜ2本ではいけないのかと聞けば、
霊が迷うからという答えが返ってくる。

位牌はなぜ必要なのかと聞けば、
霊の宿りのためだという。

六文銭も頭陀袋も手甲脚絆も杖も草鞋も、
とぼとぼと中有をさまよう旅姿である。

葬式に導師が登場するのも、
さまよっている死者(霊魂)に引導を渡すためだという。
「成仏せよ、呵!」などと大きな声を張り上げても
成仏したのかしないのか分からない。
成仏していないから、追善供養をするのだろう。

魔物除けに短刀を遺体の胸に置くとか、
屏風を逆さに立てるとか、とにかくわけの分からないことをやっている。

今日の仏教葬儀式に見られる姿は、釈迦や親鸞の思いとは程遠いものであろう。
極端に言えば、アミニズムと死体崇拝という原始宗教と変わらない内容を、
表向きだけは現代的に行っていると言っても言い過ぎではない。

釈迦は、当時輪廻説を説いたバラモンが霊魂の実在を信じていたのに対して、
霊魂(自我)の実在を否定し、無我を縁起とした新しい仏教を説いたはずである。

(青木新門 「納棺夫日記」)

先週まで元気であった母が急に亡くなった。
自分の肉体を産んで心を育ててくださった女性。
女優のような容姿。まだ御自身の体を喪ったばかりである。
だから四十九日まで親族は、温かく見守ってあげたいと思う。故人の意思で密葬となった。ここは仏教や神道の価値観とは別にしても、人として御霊はおくりたいものだ。
「ありがとうございます」という言葉の力を再確認します。

2010年1月16日 (土)

出版社21社が電子書籍市場で生き残りかけ

講談社や小学館など国内の出版社21社が、「日本電子書籍出版社協会」(仮称)を発足させる。

著作権法では著述のデジタル化への権利は著者にある。
例えばアマゾンが著者に直接声をかけ、著作を電子化した場合、出版社には一円も費用が入らない。
協会発足したのはこうした動きを食い止めたいという表れだろう。政府への制度的な支援や、著者との交渉によりデジタル化の権利を確保しておきたい動きである。

協会に参加を予定している出版社
朝日新聞出版 NHK出版 学研ホールディングス 角川書店 河出書房新社
講談社 光文社 実業之日本社 集英社 主婦の友社
小学館 祥伝社 新潮社 ダイヤモンド社
筑摩書房 中央公論新社 徳間書店
日経BP社 PHP研究所 双葉社 文芸春秋
(50音順)

大手出版社21社、「日本電子書籍出版社協会」を立ち上げ。Amazonに対抗?
http://slashdot.jp/firehose.pl?id=183339&op=view

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書籍のデジタルテキスト化によって、いよいよ大きな変転への時期が到来した。アマゾンがから配信すけば作者へ権利がストレートへ渡される。そして紙媒体が電子テキストになることで、森林資源のゴミ問題が減少される可能性もある。読まなくなった娯楽文書が一気に消去できてしまう。これは清々しい感じもする。神田神保町や住んでいた早稲田古書街で、散歩中に数々の珍しい本や限定書籍にも出会ってきた。それらはスキャナーによりデジタルデジタルテキスト化して、SDカードやUSBチップのようなコンパクトメディアによって、保管することも持ち歩くことも知人に閲覧させることも可能だ。そういうことがエスカレートするのは面白い時代だと思う。そして自分の著作権利作品も、契約があいまいなものについて整理したい。携帯配信されるものから、化け物のような権利が発生となることもありうるからだ。うっししし。

2010年1月15日 (金)

脳に悪い習慣

1 「興味がない」と物事を避けることが多い

2 「嫌だ」「疲れた」とグチをいう

3 言われたことをコツコツやる

4 常に効率を考えている

5 やりたくないのに、我慢して勉強する

6 スポーツや絵などの趣味がない

7 めったに人をほめない

目から入った情報は「大脳皮質神経細胞」が認識して、「A10神経群」と呼ばれる部分に到達する。ここで生まれるのは「感情」。脳は情報に対して「好きだ」「嫌いだ」となって、「A10神経群」は情報に対して「この情報は好きだ」「この情報は嫌いだ」と感情のレッテルを貼る。嫌なマイナスのレッテルを脳に認識されると、「理解」「思考」「記憶」の過程で、考えたり覚えたりする機能がされない。好きな事や自分のためになると感じることに対して、頭がよく働きパフォーマンスを上げられる。

2010年1月13日 (水)

トートの書(エメラルド・タブレット)

ミュリエル・ドーリル博士は、一九二五年、真正のエメラルド・タブレットを発見したと自称し注解を加えた「エメラルド・タブレット」を本にした。先に出版されたものは最後のヘルメスが著したもので、ヘルメス文書の中でも、最も低級なものに属するものだそうであるが、それに比して、博士自身の発見した 「エメラルド・タブレット」こそは、アトラソティス文明の謎とビラッドの秘密を解く至高のものだということである。ドーリル博士の発見したタブレットの著者も、やはりビラミッドの祭司王トートであるが、このトートなる人物ほアトランティス大陸が沈没する直前、エジプトに船で逃れて上陸し、ピラミッドの建築法をエジプト人に教えた最初のヘルメスである。

 紀元前1300年に、トートの教えをうけた祭司が、エメラルド・タブレットを護持して南米に渡った。この祭司はかの地でアトランティス人の末裔であるマヤ民族に出合った。そしてマヤ文明とエジプト文明の祖先がアトランティス文明であることを確認した。彼が持参した「エメラルド・タブレット」は、スペインのコルチス大佐のマヤ帝国征服の時、行方不明になった。ドーリル博士がユカタン半島のジャングルで発見したタブレットがこれのようで.現物は宝石のエメラルドの薄い板ではなく、エメラルド色の腐食しないように加工された特殊金属の十二枚の板である。この十二枚の板は、あたかも一冊の本のように金の蝶番でとめられている。

 ドーリル博士の発見したトートの書(エメラルド・タブレット)によると、地球人は死後、星の世界に生まれ変わる。霊魂はこの世にある時、肉身として施した積善によって、金星から水星へ、そして太陽へと生まれ変わることができる。同じ惑星でも、地球からみて太陽より距離の遠い火星や木星は、地球人に生まれ変わる前の段階の劣等な霊魂の住んでいるところである。
 しかし、今日のように地球の人口が急激に増加すると、輪廻転生中の地球上の死者の霊魂だけでは、霊魂の不足が発生するので、火星や木星から新霊魂が輸入されるのであるが、霊魂の質が上等でないので、地球上の道徳的環境は悪化する一方である。
また、地底には悪魔の国があり、ここには蛇の頭で胴体は人間の蛇人間が住んでおり、これが地上に現れては人倫の破壊活動を行うのであるが、地上に這い上がって来る過程で、蛇の頭が隠れて、人間の頭に変容するので、見た目にほ通常の人間とは変わらない。彼らは、恐るべき生命力と魔力をもっており、多くは下層から出発して、凡ゆる非人間的手段を行使して、社会の上層部に這い上がっていく。そしてつには、樹木の頂上にとぐろを巻き、樹下の庶民の生き血を吸うようになる。

 ドーリル博士の注解によると.五万年前に沈没したアトランティスの文明は超高度に進歩しており、彼らは宇宙船もレーザー光線も保有していた。トートが単身でエジプトを征服し得たのも、レーザー銃のおかげであった。このSFのような話は博士を除いては誰も、エメラルド・タブレットに記されたアトランティス語を読むことができない。
               
 ドーリル博士の酷評する最後のヘルメスの遺した 「エメラルド・タブレット」も、原文が何語か判明せず、アラビア語から転訳されたラテソ語の銘文しか伝えられていなかったので、長い間、十三世紀の錬金術師トリテミウス・フォン・シュボンハイムのもっともらしい偽作ではないかと疑われていた。ところが、一入二八年、エジプトのテーべの墳墓から発掘された一連の古文書、ライデソ・パピルスの中に、エメラルド・タブレットのギリシア語の原文がまじっており、この発見でエメラルド・タブレットは、真正のもので、後世のトリテミウスの偽作ではないことが判明した。

2020
ミュリエル・ドーリルミュリエル・ドーリル(Muriel Doreal, 1902年 - 1963年11月23日)
アメリカ合衆国の神智学者。第一次世界大戦後、チベットのダライ・ラマのもとで7年ないし8年間学んだと称している。ブラヴァツキー夫人と同様に神智学、特に地球空洞説と地底都市シャンバラ、人類の隠れた指導者であるグレート・ホワイト・ブラザーフッドの存在を主張している。1925年、メキシコのユカタン半島のピラミッドで12枚のエメラルド・タブレットを発見したという。(写しと翻訳後タブレットはピラミッドにもどしたという。)
1925年、メキシコのユカタン半島のピラミッドで12枚のエメラルド・タブレットを発見したという(写しと翻訳後タブレットはピラミッドにもどしたという)。 前生ではチベットでイエス・キリストに会見したと主張していた。
1930年、コロラド州デンバーにブラザーフッド・オブ・ザ・ホワイト・テンプル・チャーチを創立。また後に通信教育大学ブラザーフッド・カレッジを開校した。
1939年、1948年に自ら発見翻訳したエメラルド・タブレットについての著作を出した。
1963年11月23日死去。死の原因には多くの憶測がなされていて、自殺説、意図的に物質体の放棄をした、などといわれているが今となってははっきりしたことは不明である。
(Wikipedia)

2010年1月12日 (火)

宇宙には様々な存在がある

ヒトのようなヒューマノイドタイプ。アヌンナキのような爬虫類人タイプ、馬や犬や豚のような顔をした宇宙人などと多様に渡っている。その姿形だけに限らず、さらに高次元の世界の存在になると霊体も持たず、意識のみの宇宙存在もあるという。

地球と人類を操るレプティリアンは肉体を持つ3次元の存在。憑依して彼らを操る4次元下層界の存在とそれをさらにコントロールするアヌンナキ一派。宇宙の放浪者でならず者であったアヌンナキの一派は既に改心し、宇宙平和の推進派に属するようになったともいわれる。

この多次元世界の宇宙観は
「神道」と「仏教」でも階層ということで語られていた。

4次元世界 =幽界 =下部極楽界
4次元下層部=冥界=地獄
5次元=   霊界  =上部極楽界
6次元=  浄明界  =菩薩界
7次元=  神界   =如来界

下層界レプティリアンは地獄に潜む存在の有翼の種族と、人類を良導するためにサポートを行っているレプティリアン存在があるともいわれる。
アテナイの初代王Cecrops Iは半人半蛇。ペルガモンの大祭壇にあるFrieze装飾壁に描かれている。巨人族など両脚の間に巨大な蛇がいるクリテロスという巨人。北風をつかさどるギリシャ神アネモイも、両脚の間に蛇がいる、翼をもった男として描かれた。古代ギリシャで崇拝対象であったグリコンは、顔が人である蛇の神。西洋の怪獣「ドラゴン」は魔力を持って人間とは対立する伝説が多い。
だが中国や日本では龍は古代より神獣といわれ川や雨など水を司る五穀豊穣の神とされ農耕生活には欠かせない信仰の対象となっている。中東ではドラゴンや蛇人間の類をはじめ、精霊ジンまで含めると、ヒト型爬虫類は古代から伝えられてきた。

Reptilewoman Reptilehuman

ストーンヘイジを建設した人々や南アメリカの過去頂点に達した忘れられた文化を打ち立てた人々に崇拝されていた爬虫類存在。神のふりをして超高度の技術を求めただけなのだろうか。そしてアジア、アフリカ、南アメリカで勃興して衰退したといわれるが、、、。

太古以来のレプティリアン
http://gold.ap.teacup.com/tatsmaki/48.html

2010年1月11日 (月)

闇の中の黒い馬

 掌にのる小さな模型ほどの黒馬がこちらへ向つて眼球を斜めに動かしながら眼前を過ぎゆくのを認めた私は、ちようど五寸ほど前方の空間に浮んだ黒鳥と真直ぐに眼と眼を見合わせたが、そのとき、灼熱する何かが烈しく私をうつたのは、恐らくこのような種類の生物に接する機会は生涯あるまいと思われるほど永劫に医やされざる絶望と深い悲哀の混合したなかの限りもない諦念に充たされた、限りもない穏和な眼の光がそこにあつたからである。私は思わず手を差しのばした。

 こちらへ振られたような黒鳥の尾が闇のなかで私の掌に触れられた。すると、その瞬間、それが起つたのである。宙にふわりと浮いた私の躯は、堅く握りしめた黒馬の尾の先端に一本の吹き流しのように横倒しになつたまま、高い暗黒の虚空へ向つてゆつくりと進みはじめたのであつた。宙釣りになつた私は、そのとき、一つの閃きすぎる想念をも堅く掴んだ。もしこの手を放さなければ、と、私は自身に呟いた、闇の果てまでゆけるのだ……。

 暗黒星雲が私の導きの星なのか、果てもない闇へのめりこみたがる本性をもつた私は、確かに、夢幻の操作にせよ、或る種の論理の操作にせよ、如何にかして、そこへ行かなければならない。私には青い悼惜に似た一つの固定観念が古くからある。私がヴィーナスの帯とひそかに名づけている或る名状しがたい幅をもつた宇宙の境界をもし越えて、そこ、へはいりこめれば、いわば宇宙の永劫の暗い部屋であるそこから、敢えていつてみればぁ過誤の宇宙史のすべての相貌がこの上もなく鮮明に透し眺められる筈なのである。

 私達はここでこうした情景を想起してみょう。真暗な地底に繚つているちつちやな値倭の魔物である地霊は、秘密の宝物をまもりながら、暗黒を覗きこもうとする地表の探索者達のすべての動作の仔細を、永劫におし黙つた奇怪な顔付で眺めあげているが、そこに眺められるものこそ、過誤の万華鏡なのである。僅か紙一重の差で横へそれ、また、まつたく見当違いな角度を生真面目に掘つている人人の姿が、白昼の地表に鮮やかに見てとれるのである。そして、不思議な観察者がひそんでいる暗い部屋と明るい外界のこの対比は、奇怪な魔物が隠れている暗黒の未来とこの現在、私の黒鳥が向かうべき風間の果て∀とこの此処、という対比にまで拡げることができるのであつて、私はそこでひたすら過誤の宇宙史を見たがつているのだ。

 ……私の黒うまはヴィーナスの帯についにさしかかつた。
 この暗黒の帯のはずれに、小さな無数の光をちりばめた宝冠のように輝いている一つの旋回する環があつて、それを遠望しただけで目覚めるばかりである。それは車輪のかたちをしているけれども、ゆつくり回転しているため、平らな円盤の内部の矢は、ちようど、夏の夜、低い地上をくるくると廻つて走る鼠花火のように一方へ傾きのめつている。或る物体を非常に強大な力で廻したら、必ずこれと同じように遠心力の働く方向へ小さな光の粒子となつてばらばらにほどけて飛び出すに違いない。そして、その力が或る一定度まで弱まると、外側の暗黒の空間へのびる火花の色づいた青い肇は腕のようにこちらへ延びて、そこでさつと頭を接げて何ものかになるのだ。その青い撃の腕がこちらへあまりに急速にのびてくるのは、私の黒鳥の速度によるのか、と私はまず考えたが……事態は殆んど同じであるけれども、それは黒馬の速度に由来するのではなく、灰色の壁のなかへはいつてきたときとはまさに逆に、その黒馬のかたちはいわば暗黒の果てもない空間に適わしく、果てもなく拡大しっつあつたのであつた。いくら急速に膨れあがつても、暗黒のなかではそれを確認することはできないのだけれども、ヴィーナスの帝のはずれに輝いている円盤の腕という鮮明な対比物があると、その
拡大しゆく過程は明瞭であつた。激しい火花の色づいた青い腕が急速にこちらへ近づいたばかりでなく、忽ち、無数の光をちりばめた宝冠のように輝いている車輪は小さな一つの淡い光となつて遠ざかつて行つてしまつたのである。

 名状しがたい暗黒の幅をもつたヴィーナスの帯をこのように通過できるとは、私には、思いがけぬことであつた。この巨大な暗黒の帯に果てがないと思われているのは、それがあまりに広大な空間なので暗黒のなかを行きつ戻りつしてしまうからなのだが、恐らく、永劫の観念はこの暗黒の帯のなかで生れたのではないかと思われるほどである。

 そしてヴィーナスの帯の入口にあつた小さな淡い光もまつたく見えなくなつてしまつた果てしもない暗黒のなかで、虚無と停止、を魂の底まで感じたとき、それがまさしく風間の果てなのだ。そこへ達するときのため用意しておいたひとつの問いかげが私にある。「暗黒---それは、光の批判者であるのか、それとも、存在の最後の過誤であるのか」暗黒のなかから無気味なほど反響もない反響、答えもない答えしか返つてこないけれども、そのとき、私は気づいた。宇宙と同じ大きさに拡がることのみによつてしか暗黒の果てに達し得ないのだから、私はいま宇宙と同じ大きさになつている筈である。そして、黙つたまま私をここへ携えてきた黒馬もまた同一理由で宇宙と同じ大きさに拡がつているのだろう。黒馬も私もヴィーナスの帯の入口にある無数の光をちりばめた宝冠の輝きをもつた円盤の傍らを早い速度で通りすぎてきたのではなく、それを自分の内部にどつぷりととりこみながら、果てしもなく拡がりつづけたのだ。そして、私がいま黒馬の暗黒のなかにいるのか、それとも、黒馬が私のなかの暗黒の何処かにいてその眼球を斜めに動かしながら、自身がまたそうである暗黒の奥から私の思索の仔細を眺めているのであろうか。私自身は、自らに自らが重なつて、光が自発するまで闇を凝視めつづけているつもりだ。その私に、いま、一つだげ確かなことがある。暗黒のなかに躇つている魔物のすぐ傍らで、この黒鳥は、絶望と悲哀の混合したなかの限りもない諦念に充たされた、限りもない穏和な限で前方を眺めているのだ。ヴィーナスの帯の彼方、闇の果て、へまで私をつれてゆけるのは、暗黒の深い意味を知つているこの黒馬のみであるに違いない。

埴谷雄高 『闇の中の黒い馬』より

「私」以前にも「存在以前の慈悲」を求めて生きた釈迦という、霊たちのなかでも究極に位置する者として捉えていた。
「あのひとのいう慈悲はまるで違つたもので……愛は、せいぜい生命のあふれた所へまでですが、慈悲は、何んと云つて好いか、森羅万象、全宇宙におよんでいるのでして。-空中にまで慈悲があります。あの山は何んと云いましたか、霊鷲山でしたか、山の石段が自然のままで 削りも加エもせずに置いてあると云う帝です。つまり、自然のままなのです。破壊をしないのですね。よく仏画にあることですが、貴方、御覧になりませんか。釈迦は果物の下で掌を例の通りなにか捧げる風につき出しています。落ちるまで
待つている訳なのでしょう」。

釈迦さえも超えるような霊を創造すること。ここから長編小説『死霊』がはじまった。そしてこの時すでに、その釈迦を超える存在のイメージをつかんでいたのである。それが『死霊』の自序においてきわめて印象的な登場をする「全否定者」釈迦の同時代のライバルであったジャイナ教の始祖、大雄(マハーヴィーエフ)である。存在以前に存在する大雄は、存在を未知へと転換させる者。つまり大雄こそが「虚体」であり、その「虚体」の生の在り方を三輪与志が、そして埴谷雄高さん自身の「私」が生き抜くことこそが『死霊』全体を貫徹する唯一つの物語だった。『闇の中の黒い馬』は作家にとっても、新たな次元へ介入される創作期間にあたる短編小説集として発表された。

2010年1月10日 (日)

二十二枚のタロットカードの体系

 二十二のヘブライ文字は三つのカテゴリーに分類され、カードの絵にはこのカテゴリーがそれぞれ表示されている。それはまず「三枚の親」、すなわち発端(1)、中心(13)、終末(普遍的0)であり、これらは中世の宇宙論における三つの物理的原基、火、水、およびこの両者の結果として生じる土に対応している。次に七枚のダブル・カードがあるが、この配置は不規則であり、またこれが古くからの七つの惑星と七種の主要金属を表わしていることは容易に想像できる。最後に十二枚のシングル・カードが残るが、これは先の七枚のように可動的なものではなく、一定の配列による固定した円をなしていて、十二宮よりなる獣帯を意味する。最初にあげた三枚はすべてに浸透し、かつ支配する。次の七枚ほ十二枚の円の内部で不断に位置を変えるが、その結果生じる多種多様な図形は、中世の宇宙論、および十七世紀の思弁的錬金術に継承されたこの中世的宇宙論の支流の根本概念を反映している。

 ところで3・7・12という数はどのようにして生まれたのであろうか。ここで幾何学に少々目を向けてみなければならない。なぜならそうすることによって、一切は数学的事実に基づいており、偶然が働く余地はまったく残されていないことが証明されるからである。
 三辺が整数関係にある直角三角形の三辺の比は3・4・5となる。
  3と4は直角を挟む二辺、5は斜辺であり、これらは、3はオシリス(陽の原理)、4はイシス(陰の原理)、5は前二者の息子ホールスとも表現されている。ホールスはその数のなかに両親を包含している。なぜなら、
5二乗=3二乗+4二乗
25=9+16
となるからである。

 三角形の各辺を逐次合計すると次の数字が生まれる。
3 (直角に接する最短辺)
7 (直角に接する二辺の合計)
12 (三辺の合計)

さらに3は三つの数字すべてに含まれており、
おそらくそれゆえにトリプル、または 「親たち」と呼ばれる。7は第二および第三の数字に含まれており、したがって二度登場する。「ダブル」という呼び名はこれに由来するものと思われる。最後の「愚者」、すなわち下から一番目のカードほ、1、すなわち発端を反映するであろう。

 したがって二十二枚のタロット・カードの体系は、全体として、一枚一枚のカードにあってもその幾何学的な関連に推参しょうとする者にのみより深部的な意味が開示される、ということを示唆する多様な幾何学的要素を示すのである。むろん、私たちにとってここで頼りになるのはもっぱら感情である。なにごとかが論証されることはおそらくありえない。ある種の点はかくかくであるかもしれない。だが、もしかするとそうではないかもしれない。確実なことは、個々のカードの数と、そこに描かれた図像が数を生きいきとしたあり方で人格化している事実なのである。

ルドルフ・ベルヌーリ 『数の魔術』より

Toto22

2010年1月 9日 (土)

『賢者の石』 コリン・ウィルソン

64101  錬金術師の絶え間のない探究の過程において「賢者の石」を見つけだす、あるいは創造するということは、否定しがたい一歩前進の道標として大変強く望まれ、その石を手に入れようと、彼らは塩や尿や精液を煮つあ、幕溜し、冷却した。なぜなら、それは全ての不完全な金属への万能薬であり、気化しやすいものを固定して、不純なものを精錬して、天然のもの上りもっと輝かしい色つやを金属に与えることができると考えられていたからである。究極目標である金の合成探求は、その方向付けられた理念と理知のエネルギーとなって、時代を越えて現代化学の豊かな成果を支える底流の一つとして、今も脈々と息づいている。
 その究極的目標は純金の物理的合成ではなく、他性の認職、世界の客観的豊かさの認知であり、それを助ける「賢者の石」はニュ-マン合金という架空の金属を媒介として発揮されるの潜在的能力である。
 主人公ハワード・レスターと無二の協力者リトルウェイにとって、卓越した目標とは、意識の志向化と拡大化の道をたどることであり、厳として存在する客体世界を自分との動的、有機的な関係に於て捉えようとすることである。反対に一日己の瑣末な興味に拘泥し、常に個人的で感情的な問題意識に振り回されるのほ愚劣なことであると見傲される。なぜなら結局のところ、この小さな自分よりも、限りなく変化に富み、限りなく深遠な世界の方が卓魅したものであるからだ。だから人間の意識が自己とは異なるものに向かって集中される時、それはより生き生きとしたものになる。

近代ドイツの哲学者フッサールの「意識の志向性」の認知は、このような文脈の中で読み換えられなけれはならない。その意味に於て人間の営為とは「上り拡大され
た意識」の追求であるべきであり、科学もまた他性の認識のための努力にほかならない。
主観も超え時空をも越えた鳥瞰的視座をたて得る人間は、支配的少数者あるいは創造的アウトサイダーであると見放し得る。そしてその鳥瞰的な物の見方によって認識される特異な外界の在り方を、今「価値体験」と名付けてみょう。

ハワードとリトルウェイは、この「価値体験」を反復的に享受するために、人間の
頭脳が持っている潜在的能力を充全に開花させようと企てる。彼らの見解によれば、生命は化学的原理に翻訳不可能なある物を持ち、死は外界へと蜘妹の巣のように伸びてゆく意識流のエネルギーが枯渇した時に訪れる。すなわち、人間は本来的には不死であるのだが、その潜在的能力に対して無知であり過ぎるために、そして外界への興味をそれほど示さなくなるために、死なねばならなくなる。つまり全ての死は、自殺である。
純金と並んで、古来あれほどにも求め続けられた不老長寿薬は、何も化学的に同定され得る外的な物質である必要はない。それは、外界との関連を絶えず志向する意識の在り方そのものの、深化されたエネルギーであるのだから。ゆえに集中力を高め、同時に多くのことに興味を持てる人間ほ、不死のための絶好の良薬を自家製造していることになるのである。

このような理論化に基づいて、さらに脳の潜在的能力を発掘するための物質的契機を与えるために、彼らは自らの脳の前頭前葉部という部分に特殊な金属片を挿
入し、そこに電流を流す。この手術によって彼らは物質の過去のヴィジョンを適時的
に見渡すことができるようになる。
 かくして彼らは、ストーンヘンジや神話的人物の型に造形された玄武岩の小像などを眺めながら、その物体にまつわる様々な人々、事件、情況を眼前にありありと再構成してみることができるのだ。

 ところが、この「意改拡大」が適時的な時間軸へ、それもどんどん過去の初源的な
世界へとそのベクトル場を拡げてゆくうちに、二人の意識は何物かによって防害され
ていることに気づくようになる。
 それは個を越えた何か集団的な無意識のようなものの、莫大なエネルギーであるらしい。
 それは原初に存在していた未分化の自然霊の塊のイド〔id〕のようなものであるらしい。この個体化する微少有機体(人間)に先在する在るものである彼らは、太古の事件の真相を、二人によって曝かれることを望まずに、自らの恐ろしい破壊力の非個体的な浸潤によって攻撃をしかけてくる。しかしそれは、まだいわば仮眠状潜にある程度のものであるのかもしれない。その本来の力は窺われとしての攻撃をはるかに上まわる想像を絶する領域に達したものであるのかもしれない。少しでも真相に近づこうと、二人は共同でその強大になった意識を集中し、過去の光景を具象的なイメージに凝結しようと努力する。

 そこで彼らが見た古代の謎、人類の歴史に先在する在るものどもの繁栄とその破局的な終末とは?
 意識の汚在的能力の拡大化により達成される彼らの「時間旅行」は太古の歴史のある驚くべき事実へとわれわれを尊いてくれることになるのである。

『賢者の石』中村保男訳・東京創元社

コリン・ウィルソン(Colin Wilson, 1931年6月26日 - )はイギリスの小説家、評論家。レスター生まれ。25歳で『アウトサイダー』を発表した。アウトサイダーとは社会的な孤立の中で自己形成を果たす人々。小説『暗黒のまつり』(1960)を執筆してその思想を別の形式で表現している。研究の範囲を殺人や神秘主義や超常現象にまで拡大して、『殺人百科』(1961)や『オカルト』(1971)などの著作を発表。バーナード・ショー、グルジェフ、カール・ユング、アレイスター・クロウリーなどの伝記も執筆。『性のアウトサイダー』(1988)では、三島由紀夫なども論じている。主要著作には、『殺人百科』(1961)、『賢者の石』(1969)、『オカルト』(1971)、『至高体験』(1972)、『小説のために』(1975)、『右脳の冒険』 (1983)などがある。
小説『賢者の石』でコリン・ウィルソンが取り上げていたヴォイニッチ手稿については、非常に詳しい日本語のHPThe Most Mysterious Manuscript in the Worldがある。http://www.voynich.com/

反骨の映画監督 マイケル・ムーア

1月9日(土)NHKBS1午後10:10~11:00 
反骨のドキュメンタリスト・マイケル・ムーア監督。最新作をひっさげ初来日を果たしたムーア監督の映画にかける想いと知られざる素顔に迫るインタビュー特集番組
「ドキュメンタリーは売れない」という常識を覆しヒット作を連発、アカデミー賞を始め数々の映画賞に輝いてきた映画監督、マイケル・ムーア。 1989年の映画デビュー以来、企業の利潤追求のための大量リストラ、産業としての銃社会、そして石油利権とイラク戦争など、一貫してアメリカに巣くう巨大な「闇」にカメラを向け続けてきたムーア監督が、20年の監督人生の集大成と位置づけるのが最新作、「キャピタリズム ~マネーは踊る~」だ。金融危機以降、世界を混乱に陥れた元凶は「資本主義」だと断じたこの作品は、全米で賛否両論を巻き起こしている。
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今回の来日はムーア監督の長年の悲願でもあった。沖縄戦に参加した父親から教えられた日本、自らが最も尊敬する映画監督、原一男を生み出した日本に、強い関心を持ち続けてきたムーア監督は、映画キャンペーン終了後、報道を完全にシャットアウトして、1週間、広島や京都などを訊ね歩いたという。
番組では、「クローズアップ現代」での未公開インタビュー映像に加え、プライベートでの日本での道行きについて特別に許可された独占インタビューと本人撮影のスナップにより「ムーアの見た日本」を再現、反骨のドキュメンタリスト・マイケル・ムーア監督の映画にかける想いとその素顔に迫る。

疾走プロダクション http://docudocu.jp/

Capitalism

2010年1月 8日 (金)

「こどもたちへ 宮崎駿・養老孟司の対話」

世界的なアニメ監督・宮崎駿と著書「バカの壁」などで知られる解剖学者の養老孟司が、現代日本の子供や若者について語り合う。
番組では「マンガばかり見ていてはダメ、現実に目を向けろ」「自分の目で夕焼けの美しさを知れ」など、宮崎と養老が子供たちへ向けて、辛口でありながら愛情に満ちたエールを送る。また、「崖の上のポニョ」をはじめとしたアニメの制作現場の映像も紹介する。

「東京と地方では土の色も梢の種類も全部違う。夕日も育った場所によって全部違う。アニメーターや美術の人はそういった生まれた場所の記憶がそのまま描くものに現れる。でも、漫画やアニメばっかり観ていると、そういった二次的なものが記憶の根幹になってしまうので、二次的なものしか描けなくなってしまう」
消費された映像には原石要素が少ない。
むしろ知らないほうが創造する力となっていくケースが多い。
二次的なものの捕らえ方しかできない素養を、宮崎監督は見事にいい切っていた。

「こどもたちへ 宮崎駿・養老孟司の対話」再放送
1月10日午前10時よりNHKハイビジョン

2010年1月 7日 (木)

脳内物質でわかる4つの性格タイプ

人間の脳内には4つの化学物質があり、その中でもっとも多い物質が人の性格を左右する。

冒険型 脳内に多く含む物質:ドーパミン
エネルギッシュで創造性に富み前向き。 目新しいリスクや楽しみを求める。 知的好奇心が強く、他人の意見にあまり左右されない。
相性の良いタイプ:冒険型   

建設型 脳内に多く含む物質:セロトニン
家庭や家族に深い愛着があるとても人気者。 落ち着きがあり思い悩まない傾向。 誠実でしっかりした性格で、大切なものを守ろうとする。
相性の良いタイプ:建設型
 
交渉型 脳内に多く含む物質:エストロゲン
全体像を考えて長期的な計画を立てたり、意見をまとめることに優れてる。 本質を見抜く力があります。柔軟性があり言語的感覚に優れて社交的。 想像力と思いやりがあって面倒見がよい。
相性の良いタイプ:指導型 

指導型 脳内に多く含む物質:テストステロン
大胆で独創的、率直で発想が豊かです。 既成の概念にとらわれません。 抽象的な思考や短期的な計画を立てるのが得意です。 主張が強く、競争心があります。 意志が強く有能です。
相性の良いタイプ:交渉型

2010年1月 6日 (水)

20の分類と参照表

Chart20

2010年1月 5日 (火)

人の指の数は20本

20 

マヤの数字体系は20進法、19まで来て次の20で一桁繰り上がる。
電卓においては「ONとOFFの2進法」による構造になっていていても、ディスプレイに表示する数字が10進法へ変換されてしまっている。現代そんなことで10進法的発想のままで、20進法を見てしまうため違和感を覚えてしまう。10から19までも一桁の数で表せるという事が直感的に理解しにくいのだ。
しかしタロットの図案と数列へ置き換えてみると、どうだろうか。

Tarot
アルカナ20までの数字の配列の過程には占いの意味以上があって、21の世界が成り立つという周期が描かれている。
1から9までは肉体と物質の表街道、10の輪をくぐって、11から19は精神と霊性の裏街道に見えている。試練の周期により一桁浄化された20から21においては、裏と表の意味が反転する。目に見えなかった魂こそが本質であったことを知る。物質と精神のありよう21によって体現して、霊的転生によって1への新しい旅立ちへ繋がっていく。
このように図案化された数を視覚化することによって、20進法は2進法と10進法を内包して、5進法を含む豊かなものである事がわかってくる。

5×4=20

デジタル2進法だけでは仮想的だし、アナログ10進法だけでもレトロな世界観から踏み出せない。その両面を備えている20進法的発想は、限りなく自然界と対応された天文学へも通じる。20日が1か月という18ヶ月のマヤの農耕暦にも20という単位が用いられている。太陽と天体の運行周期と、農耕において種まきと収穫は深い関わりを持っていた。
人の全ての指の数は20本で、排卵20日周期で、成人に達する年齢は20歳である。将棋の駒が20同士で、タバコが20本入りなのも、原稿用紙が20×20の400字詰めなのも20進法が生活にねずいていることになる。

20tribes

2010年1月 4日 (月)

『我が赴くは星の大海』(The Stars My Destination) アルアレッド・ベスター

瘴癘が惑星群を毒して、古い年は朽ちて行った。
戦争は加速度がついたように、これまでの物語じみた襲撃や宇宙空間の小戦闘という遠くの事件から身近な生産施設の大破壊へと発展した。全太陽系戦争が抜き差しならない状況に追い込まれつつあることが判然としてきたのである。
 物情騒然とした社会を背景に、白金を得たフォイルは、惑星セレスの大富蒙ジーフリー・フォーマイルと名を変えて姿をあらわす。彼は教養のある美人秘書ロビンの助けを借りて、社交界にはいりこみ、プレスタインに接近した。その一方で、彼はスラム街を転々としながら、ヴォーガ号の元乗敵兵を探し歩いた。
 だが彼がロを割らそうとした男たちは次次と死んでいく。ヴォーガの件を洩らそうとした人間ほ即座に死んでしまうような仕掛けが彼らの体内に埋めこまれていたのである。

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全員すべての口を封じてまで隠さねばならなかったヴォーガの秘密とはいったいなんなのか。そしてヴォーガの指揮者は?
 フォイルの行く先々に出現する、燃えさかる服を着て、顔におそろしい刺青をしたガリヴァー・フォイルの巨大な虚像。その謎めいた存在に導かれるように、彼は一歩一歩真相に近づいていく。それが新たな業苦をもたらすものだとは夢にも思わずに。
一方、フォイルを追う者たちも様々な手掛りから、彼と成金貴族フォーマイルとが同一人物であることに気がつく。プレスタインは娘のオリグィアが描いた虎の紋様をほどこした彼の似顔絵から、ダーゲンハムはフォールが無意識に使ったジョフリイ・フォーマイルという名前から、中央情報部はフォイルがオリグィアを愛していることを知ったロビンの裏切りから解かったのである。

 無力であるため生まれた時に殺されるべきだったのを生き伸びてしまった女、いったん人の手にわたった人生をうけとることになってすべての人間を憎悪し、すべての人間に報復しようとした女、それがオリグィアだった。フォイルの愛する女でもあった彼女は、ヴォーガの指揮者だったのである。しかもフォイルもまた助けられる価値のない人間だった。彼は外衛星同盟の囮としていったん乗せられた救命艇から、無意識のうちに、世界ではじめての宇宙ジョイントをして帰っていたのだった。
「バイア」が、人間の思惟によって爆発する、太陽系すら破壊しかねない強大なエネルギーを内蔵した宇宙の原初物質と同じ性質の合金であることを知った彼ほ、それを地球全土にばらまいた。すなわち、地球の運命を一部の権力者ではなく民衆の手にゆだねるのだ。そしてフォイルは、盲目的な激情に促されるまま、宇宙ジョイントをした。彼は宇宙創造のカオスを見た。オリオン座リゲルを、琴座ヴェガを、カノープス、アルテ.ハラン、アンタレスを……。
 そして今、彼は小惑星サルガタソのノーマッド号に戻った。彼の故郷の子宮の中に、また新しい誕生をむかえるために。

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「ここには並みの小説六冊分に匹敵するほどの優れたアイデアがある.それだけでは飽きたらすに、ベスターはもう六冊分の悪趣味と、矛盾と、不合理さと、科学的誤算をつけたした.ところがこれらすべての欠点にもかかわらず、やがてこの物語は目的地にたどりつき、形と意味を備えてくるのである。操り人形のような登場人物が、一種の演劇的な鮮烈さを備えてくる.そして神秘主義的な悔悟と変貌を描いた結末は、奇怪なほど感動的だ.廃物のぴんや鋳びた鉄屑を使って美しい塔を建てたガラグタから芸術品をつくりあげたのである」(デーモン・ナイト)

原題Tiger! Tiger!は、ウィリアム・ブレイクの詩集『無垢と経験のうた』に収められた詩「虎 」 (The Tyger) の冒頭
「虎よ! 虎よ! あかあかと燃える」 Tyger, Tyger, burning bright による

『虎よ、虎よ!』(Tiger! Tiger!)アルフレッド・ベスター

 精神を集中することで、瞬間的にある場所から他の場所に移動する方法があった。行くべき場所と自分のいる場所を完全かつ正確に視覚化する能力と、目的地に到着するために精神の潜在エネルギーをひきだすことのできるジョイントの効果である。
 それには限界がないわけではない。窮極的には空間が壁になった。いまだかつて一〇〇〇マイル以上ジョイントしたものはいない。どんなに出発点と目的地を詳細に記憶してみても、宇宙空間をジョイントして渡ろうとしたものはすべて失踪した。出発点で消えたまま、目的地にふたたび現われなかったのである。ジョイントは惑星の表面を越えることはできないのだった。
 それでも世界を変えて古い社会を破壊して、ジョイントの要求する新しい慣習や法規がぞくぞくと生まれた。無頼集団や疾病が、各地に出没してほ荒れ狂った。
 以前の産業が滅び去り、倒産、恐山慌、罷業、そして飢餓がおそいかかってきた。そのうえ、微妙な均衡のうえに成り立っていた貿易が途絶した結果、三つの内部惑星(金星、地球および月、火星)と七つの外部衛星(木星、土星、冥王星の衛星)との間で戦争が始まったのである。
 そんなふうにして迎えた25世紀はまさに黄金時代だった。今では三つの惑星、八つの衛星、11兆の人間が、有史以来もっとも活動的に生きてひしめいていた。生きとし生けるものが生を謳歌し、死ぬことの少ない時代、富と窃盗の、収奪と劫略の、文化と悪徳の華咲いた未来だった。

Tiger  

破壌され残骸となって火星と木星の中間を漂流している宇宙船「ノーマッド」の船室にひとりの男が生き残っていた。彼の名前はガリヴァー・フォイル、なんのとりえもない三等機関士である。
 狭く暗い柩のような空間で、気も狂うことなく彼は一人生きつづけた。幻覚に悩まされ、ひとり首をつぶやき、週に一度気密室を抜け出して、破壊された船室に酸素タンクを取りにいくことを繰り返して、ただ
生きていた。ついにその半年に及ぶ生存戦争の努力が報われる時がきた。彼の方角に突進してくる宇宙船がみえたのである。それもノーマアド号と同じくプレスタインの持ち船である「ヴォーガ」である。だがどうしたわけか、ヴォーガは明らかに彼の発した信号弾を眼にしながら、一瞬ノーマド号と平行しただけで、通りすぎて、そのまま姿を消してしまい、救出される見込みのない宏大な宇宙に彼を置き去りにしたのである。胸をやきつくす激怒が彼を襲った。フォイルは誓った。
「グォーガ。ここを出てやる。きさまを見つけ出してやる。滅ばしてやる。殺してやる。おれはきさまを徹底的に殺戮してやるぞ」
復讐の念にもえた彼は、脱出のため、凡人にほできないことをやった。ノーマッド号のまだ使える部品を寄せ集め、木星の方向へ、船を動かしたのである。船は25世紀最後の野蛮民族の凄む小惑星サルガッソに漂着する。彼らは二世紀前に遭難した調査隊の子孫で、祖先から伝えられた科学的方法を奇怪なかたちに発展させた独白の世界と文化を築き、みずからを科学人と称していた。フォイルは彼らに捕えられ、顔一面にまるで虎のような刺青を施され、妻を与えられる。だがヴォーガへの復讐の一念に燃えるフォイルは、数世紀前の宇宙船を乗っ取り、地球へ向かった。
 フォイルがグォーガの行方を探しているように、ノーマッド号の行方を知るフォイルを追っている一群の人間たちがいた。大財閥の支配者アレスタイン、内惑星連合軍の中央情報部、そして外衛星同盟のスパイである。なぜなら、ノーマッド号には二〇〇〇万グレジットの白金と、さらに戦争の帰趨を制することのできる重要物資「パイア」が積み込まれていたからである。

 プレスタインの参謀格ダーゲンハムがどのような手段を使ってみても、フォイルにノーマッド号の行方を喋らせることはできなかった。というより、ヴォーガへの怨念に凝り固まった彼にとって、他のことを考えることはできなかったのである。しびれをきらせてダーゲンハムほ白金の存在を教え、その一割で取引きをしようと申し出た。その瞬間から白金2000万はグォーガと戦うための軍資金としての意味を待ったのである。
 黙秘したままフォイルは地球上でもっともおそろしい洞窟病院タフルに送られる。そこはジョイントを防ぐため、常に暗黒にとざされた世界であり、患者たちは意味のない規則正しい生活を送らされていた。そこで彼はジズベラという女に会った。彼女は彼に教育を施し、グォーガではなくヴォーガの指揮者をこそ追求すべきことを理解させた。暴力以外の方法を知らなかったフォイルはまたひとつ新しいレベルに達したのだ。
によって仕剋まれたものだったのだ。しかしフォイルはジズベラと彼女の仲間を犠牲にしながら、ついに小惑星サルガッソのノーマッド号から宝を取り出し、単身逃げのびることに成功する。

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2010年1月 3日 (日)

「ベニーはおにいちゃん」

バルブロ・リンドグレーン/文   オーロフ・ランドストローム/絵
うらたあつこ/訳    ラトルズ 

J_benny 絵本のブックデザインをされた方より贈呈されて、冬休みになって読み始めました。

目が覚めるとあかちゃんがいて、お母さんに「おとうとよ」といわれ
「ぼくしってるよ」このセリフから微妙にいい絵本です。
弟のおしゃぶりが欲しい、でもお母さんにあなたはもう大きいのだからといわれてしまいます。
「ぼく おおきくなんかない」
おにいちゃんのペニーの自然な気持ちが良くでています。おとうとを外に置き去りにして、おしゃぶりを取り上げてスタコラと逃げ出します。
絵の表情もとても豊かに描かれています。作家と画家の心がひとつになって、すばらしい一冊をつくりあげています。

Benn

2010年1月 2日 (土)

架空の動物図案

Kilin

四神相応は、天の四方の方角を司る「四神」の存在に最もふさわしいと伝えられてきた地勢や地相。四地相応。四神の中央に「黄竜」か麒麟を加えたものが「五神」 という。

Manngasugi 架空の動物はいろいろと「燐寸ラベル」にもあって面白い。

図案がユニークで学生の頃に、数百種類もの「燐寸」を収集したことがあった。

いつの間にかサイドバーより消えていたので、改めて記載しておきます。

http://zerogahou.cocolog-nifty.com/photos/match/

燐寸図案

実用燐寸レッテルには様々な図案があります。ここにはコレクション300種類以上の中から、抜粋して100種類ほど公開する予定。主に明治、大正、昭和初期時代の燐寸レッテルの図案。

初夢

20100101

一富士 二鷹 三茄子

2010年1月 1日 (金)

山猫座は「帰蔵」を呼ぶ

2010tara1

0学会によれば、人の運命をゼロスターという6個の星から解読される。
「0星」は水王星・木王星・月王星・火王星・金王星・土王星があり、陰陽の星に分かれて12の支配星に分類されるという。
それは水星・氷王星・木星・海王星・月星・魚王星・火星・冥王星・金星・小王星・土星・天王星となる。

生まれた時間も重要で、12の星座へ分類される。
小熊座・牡牛座・山猫座・兎座・龍座・蛇座・小馬座・山羊座・ヘラクレス座・鷲座・大犬座・大熊座。

0学会 http://www.zerogaku.co.jp/

2010tara2

零へ向かう学会の運勢によると、
本年は山猫座にあたる「帰蔵易」時代の到来になるという。
八卦では帰蔵は「坤艮坎巽震離兌乾」にあたる。
これは大きな変化がはじまる年になるらしい。

2010tara3

「孤陰不生、孤陽不長」

陰しかないときも陽しかないときも、調和が取れないので変化ができない。前途の見えない状態になり、陰の状態になります。陰と陽が出会ったら変化と発展ができて、前向と向上の陽の状態になります。
  (1)陰+陰=陰
  (2)陽+陽=陰
  (3)陰+陽=陽
男女の図解にあてはめると、視覚的に分かりやすくるとおもう。

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
フォト

22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

オンライン状態

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。