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2010年2月18日 (木)

「風の松原」と純粋な狂気」 

日本の自然を代表する景観として親しまれてきたものに松原がある。
羽衣伝説に語り継がれる日本の美は各地に存在している。京都府宮津市「天橋立」、静岡県清水市「三保の松原」、福井県敦賀市「気比の松原」、佐賀県唐津市「虹の松原」、秋田県能代市「風の松原」は五大松原といわれる。

日本海に沿って1キロメートルの幅で、南北に14キロメートルにわたる「風の松原」の総面積は760ヘクタールに及び、黒松が約700万本も植えられている。今では人々の憩いの場であるとともに観光名所となっているが、もともとは飛砂から町を守り農業を興すために、たった一人の男が植林を始めたことに端を発している。

江戸時代の秋田藩は米や木材や金銀などに恵まれて農民の生活を潤していた。
しかし日本海側は季節風が砂を運んで、田畑を埋めてしまう被害が耐えなかった。佐竹家の家中であった栗田定之丞(くりたさだのじょう)は、「植林砂防を思いついたが、どのようにして森林をつくるか」と、砂留役という職名にしてもらった。その半生を砂防植林に注いだが、定之丞のすることに藩も農民も冷淡だった。
「砂を留めて林にすれば薪にもなるし、堆肥にも役立つ。なによりも命の種の田畑が砂にうずめられなくてすむ」
そこで定之丞はひとり私費を投じて、砂に強いグミやヤナギを自分で植えた。一冬が過ぎ現場に戻ってくると、植えた物はすべて砂に埋没しているか枯死していた。 砂は、飛び、走り、何もかも呑み込んでいく。飛砂の現象を把握するために、寒中にムシロをかぶって砂丘で寝ることもあった。海岸を巡視していた定之丞は、砂の中にわずかな緑の葉がを見つける。 それは彼が植えた一株のグミであった。その周囲には波に打ち上げられた枯木一本に、古ゾウリが1つ引っかかっていた。古ゾウリが飛砂を防ぎ根付くことが出来たと知る。 それからグミやネムの木を植え、次の段階で黒松の植林に成功を収め「衝立工の技術」が体系化された。

農民たちは定之丞の物狂いを当初いやがり、「火の病(やまい)つきて死ねよ」と罵ったという。
定之丞は「耳にも懸(か)」けなかったという。純粋な狂気というべきものが、麗しき「風の松原」と豊かな田畑を与えた。 村人たちもその熱意にうたれ全村をあげて協力して、植栽されたクロマツは300万株に及び成功をみるに至った。日本海に沿って14キロメートルも続く「風の松原」の基である。それは定之丞の没後の天保3年に完成した。

参考資料
司馬遼太郎「街道をゆく 29」朝日新聞社

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