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2010年3月21日 (日)

鏡地獄

     七

 朔日(ついたち)と十五日と、毎月、夫々の日の朝には、彼の家では「蔭膳」と称する特別の膳部がひとつ、仰々しく床の間に向けて供へられた。そして、それが下げられてから、彼ひとりがその膳を前にして、しよんぼりと朝の食事を執らせられるのがその頃の定めであつた。――彼が、写真でしか見知らなかつた外国に居る父の「蔭膳」なのである。その冷たくなつた定り切つた貧しい料理を食ふのが、ひとつは妙に薄気味悪くて、往々彼は、厭だと云つて、祖父母や母に憤られた。
「頂くんだ。」
 祖父は、斯う云つて彼を叱つた。――写真で見る父などを彼は、それ程慕ひはしなかつた。――嘘のやうな気がしてゐた。
 彼は、ふと、今自分が盃を上げ下げしてゐる膳に気づいて、そんな思ひ出に走つた。定紋のついた、脚の高い、黒塗りの、四角な小さな膳だつた。
「斯んなお膳が、未だあつたの?」
 隅々の塗りの剥げてゐるところを触りながら何気なく彼は、母に訊ねた。
「どうしたんだか、それは残つてゐたんだよ――もう使へないね。」
「えゝ――。これ、蔭膳のお膳ぢやないの?」
 蔭膳といふのは、遠方へ行つてゐる吾家の同人の健康を祈る印なのだ――と、いふ意味の説明を彼は、新しく母から聞いた。
 いつかお蝶の家で父と飲み合つてゐた時彼は、その蔭膳を食はされるのが随分迷惑だつたといふ話を父にしたことがあつた。
「馬鹿爺(ぢんぢ)いだなア!」
 父は、自分の父のことをそんな風に称んでセヽラ笑つた。
「どつちが馬鹿だか!」
 彼も、眼の前の自分の父のことをそんな風にセヽラ笑つた。――「ちやんとそれにはオミキが一本ついてゐたぜ。」
「貴様もやがて蔭膳でもあげられないやうに気をつけろよう……碌なもんぢやない。」
「何がさ?」
「あいつ等がさ……」
「あいつ等ツて誰れさ、おぢいさんのこと?」
「……フツ、つまらない。」
 ――母は、昔の語には興味を持つてゐた。彼は、今話を成るべく古い方へ持つて行くことに努めてゐた。前の晩彼は、危くなる心を鎮めて、百ヶ日の時のやうな不始末もなく済んだので、今、ホツとしてゐた。自分さへ心を鎮めてゐれば、今の吾家には何の風波もないわけか――さう思ふと彼は、こんな心を鎮める位ひのことは何でもない気がした。
 周子は、隣りの部屋で二郎や従妹達と子供のやうに話してゐた。――彼は、周子の心になつて、この母とこの悴が話してゐる光景を想像すると、他合もない気遅れを感じた。……(何しろ彼奴には、あんな事を知られてゐるんだからな、何んな気持で俺達を見てゐることやら?)さう思つても彼は、こゝで周子に何の憤懣も覚えなかつた。――母は、彼も周子も、母のそんな事は何も知らない気で、飽くまでも母らしい威厳を保つてゐるのだ。百ヶ日の頃には、父の突然の死を悲しむあまり彼が狂酒に耽つてゐたのだ、といふ風に母は思つてゐるのだ。
 彼は、周子を感ずると一層母と親しい口が利きたかつた。
 斯うやつて彼は、「蔭謄」を前にしてチビチビ飲んでゐると、いつの間にか自分の心は子供の頃と同じやぅに白々しくなり、写真でしか見知らない若い父が、嘘のやうに頭に浮ぶばかりであつた。二十年程の父との共同生活は、短い夢のやうに消えてしまつた。
「阿父さんが早く帰つて来れば好い、なんて思ふことがあるかね。」
 時々、そんなことを聞かされると彼は、子供の癖に酷くテレて、
「どうだか知らないや。」と、叫んで逃げ出すのが常だつた。
「そんなものなんだらうな、子供なんて。」
 祖父は、さう云つて彼を可愛がつた。
 祖父が死んでから間もなく父が帰つて来たのだが彼は、少しも父になつかず、本心からそんなつもりでもないんだが、
「あんな人は知らないよ。」などと云つて、到々父を怒らせたといふ話だつた。
 今、彼は、それと同じ言葉を放つても、そんなに不自然でもない気がした。
「阿父さんが帰つて来るまでは、これは続けるんだよ。厭だ、なんて勿体ないことを云ふものぢやない。」と、祖父から命ぜられて、何時帰るか解らない者の為に何時までもこれを食はされるのぢや堪らない――などと彼は思ひながら、情けない気がしたのである。だが、その度毎に、ぼんやりと「無何有の境」に居る父の姿が、止り止めもなく静かに空想された。情けなく明るい幻であつた。
 ……さう、想はせることが「お蔭膳」の有り難味なんだ、といふ祖父の説明を聞いても彼は、さつぱり有り難くなかつた。ボソボソと、大豆の混つた飯を噛みながら、一層不気味に海の遥か彼方の街を余儀なく想像させられることは、頼りなく物悲しかつたが、一脈の甘さに浸つて、己れを忘れる術になつたには違ひなかつた。
「ぼんやりしてゐないで、早く頂くんだ。」
 想ひ描けない空想に、己れの身を煙りに化へてまでも、何らかの形を拵へようとする彼の想ひは、徒らに渺として、瀲と連り、古き言葉に摸して云ふならば、恰も寂滅無為の地に迷ひ込む思ひに他ならなかつた。
 彼は、盃を下に置いて、仰山に坐り直して眼を瞑つたりした。――(今の心は、まさしく幼時のそれと一歩の相違もないらしい。あの頃だつて、別段父の現実の姿を待つ程の心はなかつたぢやないか……おや、おや、また今日は、例の蔭膳の日か、お祖父さんとお祖母さんの姿が見へないやうだが、何処へ行つたのかな、畑の見廻りにでも行つたのかな、まア、好いや煩くなくつて、そのうちに早く飯を済せてしまはうや、だが相変らずのお膳で飽き/\したね、喰つた振りでもして置かうかな……ヘンリーが帰るなんてことは考へたこともない、写真で見たところ仲々活溌らしい格構だな、この間の写真で見ると、五六人の級友達と肩を組んだりしてゐるぢやないか、女も混つてゐるな、あちらではあんなに大きくなつても、あんな女の友達が学校にあるんだつてね、何だか羨しいな……阿父さんツて一体何なんだらう、俺にもあんな阿父さんとやらがあるのかね、手紙と玩具を送つて呉れる時は嬉しいが、面とぶつかつたら何だか変だらうな、やつぱり手紙のやうに優しい声を出すのだらうか、そんなものが阿父さんと云ふのか、何だかほんとゝは思へないや、それに阿父さんの癖に学校の生徒だなんて、何だかみつともないな……)
「もう、これからは務めをしくじらないようにしておくれよ。」と、母が云つた。
「……」――(お蔭膳のオミキか!)
「阿父さんが居る時分とは違ふんだからね。」
「……さう。」――(えゝと、俺は何処に務めてゐる筈になつてゐたんだつけ? 新聞社? 雑誌社? △△会社の無収入の重役? 学校? 学校だつたつけな、ハヽヽ、親父のことは笑へないや、俺だつてもう英一の親父だつたね、ハヽヽ。)
「ハヽヽ、どうも貧棒で弱つちやつたな。未だ当分お金は貰へますかね。」
「少し位いのことなら出来るだらうが、無駄費ひぢや困るよ。」
「どうして、どうして無駄どころか。」と、彼は、厭に快活に調子づいた。「研究ですからなア。」
「そんならまア仕方がないけれどさア。」
「それアもう僕だつて――」――(阿母の奴、奇妙にやさしいな、ハヽヽ、気の毒だな、こんな悪い悴で、だが、自分は如何だ、仕方のないやさしさなんだらう、フツ。嘘つき、罰かも知れないよ、こんな悴が居るのも。……一寸、一本悸(おど)かしてやらうかな。)――「だけど勉強なら何も東京にばかり居る必要もない気がするんで、当分吾家に帰らうかなんて、思つてもゐるんだが?」
「また!」と、母は眼を視張つた。
(どうだ、驚いたらう、――大丈夫だよ、お金さへ呉れゝば帰りアしないよ、面白くもない、……志村の泥棒!)――。
「また、と云つたつて、阿父さんが亡いと思へば、さう阿母さんにばかり心配かけては僕としても済まない気がするんですもの、ちつたア……」
「直ぐにお前は、嶮しい眼つきをするのが癖になつたね、お酒を飲むと、東京などで、外で遊んだりするのは、お止めよ、危いぜ。」
「えゝ。」と、彼は、辛うじて胸を撫でおろした。
「間違ひを起さないようにね、いくら困つたつて好いから卑しいことはしないやうにしてお呉れ。貧ハ士ノ常ナリといふ諺を教へてやつたことがあるだらう。」
「…………」
 彼は、点頭いた。もう彼は、悪い呟きごとは云へなかつた。自分が、卑しいことばかりしてゐるやうな不甲斐なさにガンと胸を打たれた。先のことを思へば、一層暗い穴に入つて行く心細さだつた。――「僕……大丈夫です、士、さうだ、士です、士です。」
 彼は、悲しいやうな、嬉しいやうな塊りが喉につかへて来る息苦しさを感じた。悲しさは、己れの愚かに卑しい行動である。母の言葉が、それを奇妙に嬉しく包んで呉れたのである。――(御免なさい、御免なさい、私のほんとうの阿母さん、たつた一人の阿母さん、阿母さんが何をしたつて私は、関ひま……せん、とは、未だ云へない、感傷は許して貰はう、不貞くされは胸に畳まう、だが、この神経的な不快感は、ぢやどうすれば好いんだ……えゝツ、面倒臭い、酔つてしまへ、酔つてしまへ、神経的も、感傷的も、卑しさも、そして士もへつたくれもあつたものぢやない、どうせ俺アぬすツとだア、アツハツハ……)
「ハヽヽヽ、士ですからね、私は。何時、官を退いて野(や)に帰るかも知れませんよ、ハヽヽヽ、帰る、帰る、帰る……例へば、ですよ。」
「それア、勿論、それ位ひの……」
「ハヽヽヽ、何と僕は見あげた心をもつてゐるでせう、ハヽヽ、願クバ骸骨ヲ乞ヒ卒伍ニ帰セン、でしたかね。」
「口ぢや何とでも云へるよ。」
 母は、彼の調子に乗せられて、笑ひながら、明るく叱つた。斯んな調子は、母は好きなのである。斯んな言葉は、彼が幼時母から授かつたのである。母は、その幼時その父から多くの漢文を講義されたさうである。――母は、彼が斯ういふ態度をすると、タキノ家に対して淡い勝利を感ずるのであつた。実際の彼は、そのやうな母の血を少しも享けてはゐなかつた。
 母は、その兄達と共にタキノ家の者、就中彼の父を「腰抜け」と呼んだことがあるが、そして彼の父を怒らせたのであるが、父以上のそれである彼は、その時内心父に味方しながらも怒つた父を可笑しく思つた。母の兄は、七十幾歳だつたかのその母(彼の祖母)に向つて、蔭で彼のことを、
「やつぱり、飲んだくれのH・タキノの子だからお話にはならない。」とか「あんな堕落書生に出入りされては迷怒だ。」とか「阿母がしつかりしてゐるから、若しかしたら彼奴だけはタキノ風にはなるまいと思つてゐたんだが、あれぢやHよりも仕末が悪い。私立大学で落第するとは、あきれた野郎だ。」とか、「その叔父は、大礼服を着た写真を親類中に配布して、常々、親類中に俺の話相手になる程の人間が一人も居ないと云つて嘆いたさうだ。」そんなことを云つて、その祖母は、長く彼と一緒に暮したことがあるので、どつちかと云へば孫のひいきで、
「それでも貴様は口惜しいとは思はないのか!」と、少しも口惜しがらない彼を、焦れツたがつた。彼の父なら、多少は口惜しがつて「俺は、フロツク・コートだつて着たことはない。あんなものは坊主が着るもんだ。」位ひのことを云ふだけ彼より増だつた。彼は、嘗て屡々この祖母の金を盗んで、故郷の村で遊蕩を試みたことがあつた。彼の父も、若い頃その父が大変頑迷だつたので屡々業を煮やして、この彼の祖母から金を借りて、秘かに村の茶屋で遊蕩に耽つたといふ話である。
 隣室に周子が居るので、彼と母の間ではいつものやうに原田の噂は出なかつた。彼は、少しはやつてやり度く思つた位ひだつた。
「僕は、たしかに阿母さんの影響を多く享けてゐる気がしますよ、この頃時々ひとりで考へて見るんだが。」
 彼は、そんなよそよそしいことを臆面もなく呟いで母におもねつた。……そして、また野蛮な憤懣は、言語とうらはらに悉く心の呟きに代へた。――(ひとりで思ふね。あんまり俺はタキノ風であることをさ。……帰るといふ素振りをすると、それとなく顔色を変へるから、がつかりするよ。――若し、こゝんところに志村の畜生が来やアがつたら、何とか文句をつけて、ぶん殴つてやるから見てゐるが好い。もう敗けるもんか。)
「一度(ひとた)び、東京へ出ずれば、ですね――僕、さう、おめおめと帰つて来やしませんから安心して下さいよ。」
「お前は、仲々強くなつたから、私は安心してゐる。」
「さうとも/\。」――(フツフツフ、あべこべに煽てられてしまひさうだぞ。)
 それでも彼は、ばかに好い機嫌に酔つてしまつた。……「帰る時には――ですね、僕は、その、楯に乗つて帰りますよ。」
(だが、斯んな法螺を吹いて好いかしら、来月あたりは、もう高輪の家をほうり出されるかも知れないぞ、あゝ、怖しい/\、行きどころが無くなるなんて!)
「うん。」と、母は、点頭いた。彼は、益々調子づいて、
「楯に乗るといふことは、目出度い話なんですよ、その話を、阿母さんは知つてゐる、スパルタのさ。」
「好く知らない。」と、母は、一寸薄気味悪るさうに首を振つた。――彼は、簡単に、多少の出たら目を含めた古代スパルタの歴史を説明してから、
「即ち、生きて帰るな、花々しく戦場の露となれ、生きて帰れば、汝の母は泣くぞよ――といふわけなのさ――その、楯に乗りて云々といふ一言がですなア! ハヽヽ、どうです、偉いでせう、僕は――」などと、彼は、何の辻棲も合はぬ、夢にもないことをペラペラとまくしたてた。
「日本にだつて、そんな語はいくらもあるよ、そんなスパルタなんぞでなくつたつて。」
 母は、楠正行の母にでもなつた気で、他合もなく恍惚として――彼を、悲しませた。
 ともかく、この夜の彼等は、異様に朗らかな二人の母と子であつた。
(お蔭膳のオミキか!)と、また彼は、これが新しい口癖になつたかのやうに呟いだ。――たゞ、惨めなことには彼の心は、子供の頃のそれのやうに容易く「寂滅無為の地」に遊べなかつたのである。腕を挙げ、脚を蹴り、水を吹きして身を踊らせるのであつたが、たゞ見たところでは弱々しく邪魔にもなりさうもなく漂ふてゐる多くの水藻が、執拗に四肢にからまりついて、決して自由な運動が出来ないのである。岸から傍観してゐる人は、一体彼奴は、あんなところで何を愚図/\してゐるんだらう――と、訝かるに違ひあるまい――彼は、そんなに、山蔭の小さな水溜りで水浴びをしてゐる光景を想つたりした。
 ……(もう少し酔つて来ると危いぞ、どんな失敗をしないとも限らないぞ――。……折角のところで阿母と、飛んだ争ひをしてしまつては、何んにもならないからな……第一、東京へ帰つてからの暮しが出来なくなる……あつちには、あつちで、あの怖るべき周子の母が、裕福になつて帰るべき自分を、空腹を抱へて待つてゐるのだ。母だつて、自分が今まで斯うして、例の鬱屈とやらを――、ツマラナイ、馬鹿なことだが――卑怯に我慢してゐればこそ、此方に秘密を――へツ、かくさないでも好いのに、が、まアそれも好いさ――悟られまいとして、やさしくもする、気味の悪い手紙も寄す……凡て、自分が知らん顔をしてゐればこそである。これで若し自分が、いつか周子から浴せられたやうな雑言を、一寸でも洩したならば、もうお終ひだ。ぢや、どうとでも勝手にしたら好いだらう――と、斯う突ツ放されたら、俺には訴へどころがないんだ。親爺は、ゐないし――か! 周子の阿母にでも訴へるのか! そして俺は、どうする、みすみす阿母に棄てられて、どうなる、……阿母だつて、悲しいだらう、俺だつて、悲しからうさ、これでも。――阿母だけは、お前の世話にならないでも好いやうにして置く――と、常々アメリカ勘定の親父は、俺に云つて、アメリカ勘定嫌ひの俺の顔を顰めさせたが……成る程なア! 親父が死んだら、屹度俺が彼女に反抗心を起すだらうといふ懸念があつたんだな! 大丈夫だよ、ヘンリー阿父さん、あなたのお蔭で私は、金が無一物になつてしまつたんだから、うつかり阿母に反抗心なんて現はせやしないよ、ハヽヽ、うまくいつてゐやアがらア、ヘンリーさんの計画が、失敗に終らなかつたのは、これ位ひのものかね。だが、阿母の方だつて、もうそろそろ欠乏らしいぜ……でも、好いよ、――安心し給へ、ヘンリー……と、斯う彼に呼びかけたいものだな。あなたの何時かの言葉を一寸拝借して見る――「俺の真似をされては困るぜ、シン! 貴様には、阿母を責める資格はないんだよ。」
「そんなことは解つてゐるよ。」
「縦令、阿母にどんな落度があらうとも――だぜ。」
「変なことばかり云ふなア、阿父さんは。どうしたのよう。」
「お前が阿母に逆らへば、何と云つたつて俺ア阿母の味方だぜ、ハヽヽヽ。」
「ハヽヽヽ、羨しいや、お蝶が嫉妬(やきもち)をやきはしないの?」
「好い気なもんだなア、俺は、さア!」
「まつたくだね、――変な女! お蝶だよ、阿母さんぢやないよ。」
「馬鹿ア、そんなことはどうでも好いよ。自分は、どうでえ!」
「ハヽヽ、周子かね。」
「ハヽヽ、周子さんと、トン子さんかね。」
「ハヽヽ、困つたね。」
「英一は、いくつだ。」
「三つさ。」
「ぢや俺が、丁度貴様と別れて外国へ行つた年だな!」
「あゝ、僕も行きたい、僕も行きたい!」――(忘れやアしないよ、阿父さん、阿母は、屹度大切にしますよ、ハヽヽヽ――)
「阿母さん! 僕は、今までだつて別段贅沢をしたわけぢやないが、この先きだつて……、ホラ、よく岡村のおばアさんが云つたこと、あの……その、人間は――だね。」と、彼は、ゴクリと酒を飲んで「人間は、その――乞食と泥棒さへ……」と、云ひかけた時、胸が怪しく震へた。「……さへ、しなければ――さへ、しなければ、でしたかね? フヽヽヽ!」
「さうとも。」
「……さへ、しなければ、何の人に恥ずるところはない、ボロを纏はうとも、でしたな。」
「乞食と泥棒と、そして――」と、母は、一寸と気恥し気に笑つた。「親不孝と――」
「あゝ、さう、さうその三つでしたね。」
 それだけかな? などと思ひながら彼は、荒唐無稽の幼稚な例へ話を笑ふやうに、笑つたが、喉を落ちて行く酒の雫に、雨だれのやうに冷く胸を打たれた。……「味噌と醤油と米と、そして薪さへあれば――とも云つたね、岡村のおばアさんがさア?」
「戦争の時の話だらう。」と、一寸母は煩ささうに云つた。
「さうぢやないよ、普段でも、だよ。それだけあれば不自由はない――とかさ。」
「そんなことを知つてゐながらお前は、どうさ?」と、母は苦笑した。
「直ぐさう云つてしまつてはお終ひだよ。僕は、何もそんなおばアさんの言葉に感心して居るわけぢやあるまいし、寧ろ、軽――」と云ひかけて彼は、「蔑」を呑み込んだ。
「いゝよ。」と、母は益々煩ささうに享け流した。すると彼は、もつと、これに類する退窟な話を持ち出して母の欠伸を誘つてやりたくなつて、
「あの、マーク・アントニーといふローマの大将ですね、あの人は手に負へない贅沢な放蕩家だつたが、何かの行軍の時にですね、食糧が欠乏してバタバタと兵士が斃れた、ウン、その時、彼は、ですね、俺も腹が滅つたから、これを飲む! と叫んで、道傍の濁つた水を飲み、それも尽きた時には、馬の尿(いばり)を飲んで、そして無事に行軍を終へた。」
「まア、キタナラしい、そんな話は止めておくれよ。」と母は顔を顰めた。「お酒を飲みながら何のことさ――。武士は食はねど――の方がキレイで好い。」
 いつの間にか彼は、「正行の母」のやうに恍惚として、「アントニー」に想ひを馳せ、ひたすら痩躯矮小の身を嘆いた。
「ところで俺には、デビル・フィツシュさへ苦手か!」
「えゝ?」
「いや――その僕は、そんなに小さい時分には食べ物の好き嫌ひが多かつた?」
「生魚は、何にも喰べなかつたよ。だから今もつてそんなに痩せてゐるのさ。痩つぽちに限つて、口先きばかり大きなことを云ひ、心は針目度のやうだと云ふがね。」
 母方の者は、皆な肥つてゐた。
「ハツハツハ――。おい、皆な此方に来ないか。」と、彼は隣室の子供達を呼んだ。酔つて来るのが自分ながらはつきり解るので彼は、不安になり、子供達が居れば母に悪いことを云ふ筈がない、とこれで予防したつもりだつた。周子も二郎も入つて来た。
 それから彼は、どんな風に酔つ払つたか殆ど覚へてゐない。子供達に接して、一途に吻つとして、異様に朗らかになつた。翌日、一同の者の話とうろ覚えを総合して見ると、大体に気嫌の好い、愉快な、当り前の酔漢であつたらしい、殊に子供達から、絶大な賞讚を博されたことでも解る。――彼は、二つばかりうろ覚えのお伽噺をして聞かせた。その種が尽きると、星の話をした。これも少し熱心に追求されると直ぐに困つて、次にはお神楽の真似をした。軍歌や唱歌を吟じた。その辺までは母も、一処になつて気嫌が好かつたのであるが、だんだんに種が尽きると終ひに彼は「烏賊泳ぎ」や「章魚踊り」を演じて子供達を笑ひ過ごさせ、母の顔を曇らせた。「烏賊泳ぎ」は、さうでもなかつたが「章魚踊り」を母は、何か通俗な遊蕩的の余興と思つたらしかつた。その上彼は、
「そんなら今度は、狐に化されるところを演つて見よう。」などと云つて、膳の上を片づけ、それを両手でたてにさゝげ、
「狐に化されると、こんなものがほんとの鏡に見へるんだぜ、いゝかへ……」――「斯うやつて飲んでゐるこの酒が、実は馬の小便でさ。」
 彼は、片手で盃を干し「あゝ、うめえ、うめえ……コリヤ/\ツと。」――「俺が斯んなに女にもてたのは始めてだぞ。まさか夢ぢやアあるまいな。どれ/\、どんな顔をしてみるか一寸鏡を見てやらう。」
 そんなことを云ひながら彼は、気取つた顔をして凝ツと「鏡」を覗き込んだ。
「子供の前で、何です。」
 突然、母が叫んだ。
「いや、諸君。」と、彼は子供達に向つて云つた。「若し誰かゞ狐に化されたならば、だね。そいつの背中か頭を力一杯殴つてやると気がつくさうだよ、――斯(か)う。」と云つて彼は、ポカリと自分の頭を殴り、急に夢から醒めてキヨロ/\とあたりを見廻す動作を巧みに演じた。
「冗談にも程がある、第一縁儀が悪いよ、塗物に顔を写すと気狂ひになるツ!」
 母は、ぶつ/\云ひながら彼の手からお膳を取りあげてしまつたさうである。それから彼は、この失敗を取り返して更に子供達を悦ばせる為に、クロール泳ぎの型や呼吸の仕方を説明したり、兵隊の真似をしたりして、到々過激な運動の結果ゲロを吐いて椽側にのめつてしまひ――「ウー、苦しい、ウー、苦しい、死にさうだよう!」と、腸を絞つて息も絶へ/\に唸つた。
「ゲロを吐く位ひならお酒なんて飲むな、この腰抜け奴!」――「まア、何といふだらしのない格構だらう、あきれたお調子者だ。」
 母は、そんなことを云つたが、もう何と罵られようが何のうけ答へもなく、たゞスースーと云つてゐるばかりな浅猿しい悴の姿を、悲し気に視守るより他はなかつた。
 それから一同の者が、彼の手足をとつて軽々と寝床に担ぎ込んだのである。

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