« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月31日 (月)

『いのくまさん』

「猪熊弦一郎展『いのくまさん』」東京開催されています
会場:東京オペラシティアートギャラリー
会期:2010年4月10日(土)-7月4日(日)
http://www.operacity.jp/ag/

芸術は冒険であり、探検である。
発見は探検の中から生まれる。
冒険のない所には決して発見はない。
只、その物を描く事はどんなものでも
それは写生であり写真の模倣である。
新しいものを見つける為には大いなる
勇気を必要とするし、自分との戦いでもある。
常識はいつも進発を遮り妨げ、これとの勇敢なる
戦いの後にこそ、新しい発見が誕生する。
常識としての戦いである。
意識して捨てろ。 (猪熊弦一郎1990年)

20070308_87581

猪熊 弦一郎(いのくま げんいちろう、1902年12月14日-1993年5月17日)
昭和期の洋画家。新制作協会創立会員。
「絵を描くには勇気がいる」とよく口にし、新しいものへ挑戦し続けた彼の画業は多くの人の心を捉えている。 丸亀市にある猪熊弦一郎現代美術館には彼の作品が常設展示されている。 建築家丹下健三が設計した香川県庁舎の壁画は猪熊作である。

1902年12月14日 - 高松市に生まれ、丸亀市に転居。旧制丸亀中学校(現香川県立丸亀高等学校)卒業
1922年 - 東京美術学校(現東京芸術大学)洋画科に入学し、藤島武二に師事する。
1926年 - 「婦人像」で帝展初入選を果たす。その後、「座像」で特選に選ばれるなどし、帝展無鑑査となる。
1936年 - 帝展改組をきっかけに小磯良平、脇田和らと新制作派協会を設立する。
1938年 - フランスに移り、アンリ・マティスの指導を受ける。
1940年 - 第二次世界大戦が勃発し、最後の避難船となった白山丸で帰国する。終戦後、田園調布純粋美術研究室を発足し、後進の指導にあたる。
1951年 - 上野駅に壁画「自由」を完成。また、慶應義塾大学大学ホールの壁画「デモクラシー」と名古屋丸栄ホテルホール壁画「愛の誕生」で第2回毎日美術賞を受賞する。また、白地に赤で有名な三越の包装紙「華ひらく」のデザインも行ない、当時としては破格の報酬でも話題となった。
1955年 - 活動の拠点をニューヨークに移す。この時期から画風は一気に抽象の世界に移っていった。また、この時期は、マーク・ロスコ、イサム・ノグチ、ジョン・ケージ、ジャスパー・ジョーンズなどさまざまな著名人と交友関係を深めたことでも知られる。
1973年 - 脳血栓で倒れてニューヨークを離れ、1975年からは温暖なハワイで毎年冬をすごしながら創作活動を続けた。
1980年 - 勲三等瑞宝章を受章する。
1993年 - 「祝90祭猪熊弦一郎展」で第34回毎日美術賞を受賞する。同年5月17日急逝。享年90。

Photo
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
http://www.mimoca.org/

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館は、香川県丸亀市にゆかりの深い国際的な洋画家猪熊弦一郎画伯の全面的な協力により 全国でも珍しい駅前美術館として1991年に開館しました。憩いながらアートに触れる、そんな自由な雰囲気を創り出す小粋で気軽な空間は地域の文化を育てる魅力的芸術の場となっています。
http://www.youtube.com/watch?v=7xiXHpGBBwc

心戒十訓

1.人を大切にする人は人から大切にされる。
2.人間関係は相手の長所と付き合うものだ。
3.人は何をしてもらうかより何が人に出来るかが大切である。
4.仕事では頭を使い、人間関係では心を使え。
5.挨拶はされるものではなくするものである。
6.仕事は言われてするものではなく、探してするものである。
7.わかるだけが勉強ではない、出来る事が勉強だ。
8.美人より美心。
9.言葉で語るな、心で語れ。
10.良い人生は、良い準備から始まる。

2010年5月30日 (日)

エミール・ゾラ

Émile Zola, 1840年4月2日 - 1902年9月29日
フランスの小説家で、自然主義文学の定義者であり、代表的存在でもある。代表作に、全20作から成る≪ルーゴン・マッカール叢書(そうしょ)≫中の『ジェルミナール(芽月)』、『居酒屋』、『ナナ』がある。


マネ《エミール・ゾラの肖像》 1866年イタリア人技術者である父とフランス人である母との1人息子として、パリに生まれた。ゾラは少年時代を南フランスのエクス=アン=プロヴァンスで過ごした。

18歳でパリに戻り、バカロレア(大学入学資格試験)に挑戦するが失敗し、出版社アシェット書店で働きながら(配送部に入社。後に広報部に移動)作家を目指してロマン主義的な作品を作った。このころから、評論を手がけ始め、マネなどの印象派の画家を擁護する批評を発表した。

1867年に『テレーズ・ラカン』を発表し、小説家としての足場を固めた。ゾラは実証的な自然科学の手法をそのまま文学に導入する「自然主義」を唱え(「実験小説論」)、その実践としてルーゴン・マッカール叢書を執筆した。当初は全くと言っていいほど売れず、専門家にしかその名を知られなかったが、第7作『居酒屋』で社会現象を起こすほどの大成功を収め、以後フランス自然主義文学の黄金期を築き、後にはフランス文芸家会長にも就任した。

ゾラがメダンに造った別荘は多くの文学者が集まるサロンとなった。モーパッサンやユイスマンスもゾラの別荘に出入りするうちに才能を認められた作家である。少年時代からの友人である画家のポール・セザンヌとは一時同居もしていたが、諸説により絶交している。

晩年は空想的社会主義に傾き、社会・政治活動に精力的に参加した。ドレフュス事件では、右翼的軍部の陰謀によりスパイ容疑にかけられた、ユダヤ系の参謀本部付砲兵大尉ドレフュスを弁護し、1898年に『我弾劾す』("J'accuse")に始まる公開状をオーロール紙に寄稿した。このため罪に問われ、イギリスに亡命するが、翌年帰国。ドレフュスの再審が決定(1906年に無罪確定)。

1902年、パリの自宅で一酸化炭素中毒のために死亡した。反対派による暗殺説もある。遺骸はパンテオンに眠る。

著作
《ルーゴン・マッカール叢書》
『ルーゴン家の繁栄』から『パスカル博士』まで20巻からなる。第二帝政時代のルーゴン・マッカール家の運命を描こうとしたもの。2002年より論創社で小田光雄らの訳(2009年3月までに13冊)が刊行された。藤原書店「ゾラ・セレクション」全10巻(宮下志朗・小倉孝誠責任編集、※6冊が刊行作品、他4冊は下記参照)が刊行中である。

『ルーゴン家の誕生』"La Fortune des Rougon", 1870年
南仏の架空の町プラッサンを舞台に、ナポレオン派と共和派の争いを、少年シルヴェールの悲恋を絡めて描く。
(作成者註:ルーゴン・マッカール家第三世代までの顔見せ興行的な面がある必読の書)
『獲物の分け前』"La Curée", 1871年※
ルーゴン家の三男、アリスティド(サッカール)が、パリの再開発に伴う土地の投機に狂奔する。
『パリの胃袋』"Le Ventre de Paris", 1873年※
パリの市場を舞台に、ギニアから脱走してきた青年フロランは監督官として働き者との評判を取るが、やがて周囲に疑われるようになり、フロランの義妹リザ・クニュ(マッカールの娘)の密告で共和主義者として逮捕される。
『プラッサンの征服』"La Conquête de Plassans", 1874年
政治と宗教の暗躍する地方都市でもあるプラッサンに、謎めいた司祭フォージャ親子が神父のムーレ家に下宿。一家に不気味な暗黒が流れ込む所から物語は始まる。
『ムーレ神父のあやまち』"La Faute de l'Abbé Mouret", 1875年※
息抜きの一作。狂信的な神父セルジュ・ムーレはパラドゥーで野性的な少女アルビーヌと出会い、愛し合うようになるが、セルジュは信仰に悩み、やがてアルビーヌは死んでゆく。
『ウージェーヌ・ルーゴン閣下』"Son Excellence Eugène Rougon ", 1876年
政治家ウージェーヌの活動を通し、第二帝政の内幕とボナパルティスムの実態を露にした政治小説
『居酒屋』"L'Assommoir", 1876年
ゾラの最大の出世作。パリに出てきた洗濯女ジェルヴェーズ・マッカールが死にものぐるいで働き、自分の店を持つまでになるが、やがて酒におぼれ、破滅してゆく様を描き、当時のフランス社会に大反響をもたらした。
『愛の一ページ』"Une page d'amour", 1878年※
息抜きの一作。エレーヌ・ムーレは医師と恋に落ちるが、娘のジャンヌはそのために嫉妬に駆られて死んでゆく。パリの情景。
『ナナ』"Nana", 1879年
ジェルヴェーズの娘アンナ(ナナ)が舞台女優から高級娼婦になり、周囲のブルジョワ・貴族を次々に破滅させてゆく。
『ごった煮』"Pot-Bouille", 1882年
プラッサンから出てきたオクターヴ・ムーレが、その周囲のブルジョワ婦人と次々に情交を重ねてゆく。当時のブルジョワの風俗を戯画的に描く。
『ボヌール・デ・ダム百貨店』"Au Bonheur des Dames", 1883年※
前作の主人公オクターヴが経営する近代的百貨店ボヌール・デ・ダームが周囲の小規模な商店を破滅させながら発展してゆく。ドゥニーズ・ボーデュとの恋。
『生きる歓び』"La Joie de Vivre", 1884年
息抜きの一作。ポーリーヌ(リザの娘)が、海辺のまちで健やかに育ち、ひっそりと暮らしてゆく。当時フランスでも隆盛を誇ったショーペンハウアー哲学に対するゾラの文学的回答。
『ジェルミナール』"Germinal", 1885年
炭坑における労働者の悲惨な生活、その生活苦から労働者が立ち上がりストライキを起こすが、そのストライキが敗北に終わるまでを描いた大作。主人公はジェルヴェーズの息子エチエンヌ・ランティエ。
『制作』"L'Œuvre", 1886年
画家クロード・ランティエは、理想の女を描こうと苦闘するが、やがて敗れて自殺する。妻のクリスティーヌは心を病む。
『大地』"La Terre", 1887年
軍隊を退役してきた農民ジャン・マッカールはフーアンの姪フランソワーズと結婚するが、フランソワーズは姉リーズともみ合いになり死に、ジャンは軍隊に戻る。フーアン家の財産争い。
『夢』"Le Rêve ", 1888年
息抜きの一作。シドニーの娘アンジェリックが、貴族の息子フェリシアンと恋に落ちる。当初反対していたフェリシアンの父もやがてアンジェリックとの結婚を認めるが、彼女は結婚式の最中に息を引き取る。
『獣人』"La Bête Humaine", 1890年※
休暇中の機関士ジャック・ランティエは、列車内での殺人を目撃する。ジャックはやがて犯人ルーボーの妻セヴリーヌと情を通じるが、彼女を衝動的に殺害する。
『金(かね)』"L'Argent", 1891年※
土地投機に失敗したアリスティドは、「ユニヴァーサル銀行」を開業。バブル経済に乗って当初は破竹の勢いを示すが、やがて破綻する。
『壊滅』"La Débâcle", 1892年
無学な農民のジャンは軍隊でインテリ青年モーリスと親友になる。普仏戦争の敗北・第二帝政の崩壊、パリ・コミューンの混乱の中で、ジャンはモーリスを殺害してしまう。
『パスカル博士』"Le Docteur Pascal", 1893年
パスカル・ルーゴンは故郷のプラッサンで一族の記録をとどめ、新しい遺伝理論の構築をはかる。彼は姪クロチルドと愛し合うが、心臓病で急死する。記録はパスカルの母フェリシテが焼き払う。

《三都市叢書》
『ルルド』"Lourdes", 1894年
『ローマ』"Rome", 1896年
『パリ』"Paris", 1898年

《四福音書叢書》
『豊饒』"Fécondité", 1899年
『労働』"Le Travail", 1901年
『真理』"La Vérité", 1903年
『正義』"La Justice", 未完

その他の作品
『ニノンへのコント』""Contes à Ninon, 1864年
『クロードの告白』"La confession de Claude", 1865年
『死せる女の願い』"Le vœu d'une morte", 1866年
『マルセイユの秘密』"Les mystères de Marseille", 1867年
『テレーズ・ラカン』"Thérèse Raquin", 1867年
『1.初期名作集』(宮下志朗編訳)に「テレーズ」の他、短編で「引き立て役」、「広告の犠牲者」、「ある恋愛結婚」、「辻馬車」、「猫たちの天国」、「コクヴィル村の酒盛り」、「オリヴィエ・ベカーユの死」がある。
『マドレーヌ・フェラ』"Madeleine Férat", 1868年
『新ニノンへのコント』"Nouveaux contes à Ninon", 1874年
『スルディ夫人』"Madame Sourdis", 1880年
『ビュルル大尉』"Le Capitaine Burle", 1882年
『ナイス・ミクラン』"Naïs Micoulin", 1884年

小説作品以外
『ゾラ・セレクション8.文学論集 1865-1896』 
『9.芸術論集』(この巻のみ未刊) 印象派絵画を大いに擁護した。
『10.時代を読む 1870-1900』 ジャーナリズム論集 (藤原書店、2002年-) 

映像化された作品
居酒屋 L'Assommoir (1933)
獣人 LA BETE HUMAINE (1938)
女優ナナ Nana (1926)、(1955)映画化
テレーズ・ラカン Thou Shalt Not Therese Raquin (1928)
嘆きのテレーズ Therese Raquin (1952)
娼婦ナナ (1981) フランスのTVドラマ作品
ジェルミナルGerminal (1995)日本公開

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

2010年5月29日 (土)

ポール・セザンヌ

Paul Cézanne、1839年1月19日 - 1906年10月22日

フランスの画家。当初はモネやルノワール等と共に印象派のグループの一員として活動していたが、1880年代からグループを離れ、伝統的な絵画の約束事にとらわれない独自の絵画様式を探求した。セザンヌはモネら印象派の画家たちと同時代の人物だが、ポスト印象派の画家として紹介されることが多く、キュビスムをはじめとする20世紀の美術に多大な影響を与えたことから、しばしば「近代絵画の父」として言及される。後進への手紙の中で「自然を円筒、球、円錐として捉えなさい」と書き、この言葉がのちのキュビスムの画家たちに大きな影響を与えた。

http://www.youtube.com/watch?v=PRmqLsbN6Sw

概論
セザンヌはピサロら印象派の画家とも交流があり、1874年のいわゆる第1回印象派展にも出品しているが、やがて印象派のグループから離脱し、故郷の南仏・エクス=アン=プロヴァンスのアトリエで独自の探求を続けていた。印象派の絵画が、コロー、クールベらに連なる写実主義の系譜上にあるのに対し、セザンヌは自然の模倣や再現から離れ、平面上に色彩とボリュームからなる独自の秩序をもった絵画世界を構築しようとした。

セザンヌは風景、人物、静物のいずれの画題の作品も多数手がけている。初期の作品にはドラクロワの影響が強く、ロマン主義的な傾向もみられたが、後半生に繰り返し描いた故郷の山・サント=ヴィクトワール山の風景や、晩年に描いた水浴群像などには主題に伴う物語性は希薄で、平面上に色彩とボリュームとからなる秩序だった世界を構築すること自体が目的となっている。西洋の伝統的絵画においては、線遠近法という技法が用いられ、事物は固定された単一の視点から眺められ、遠くに位置する事物ほど、画面上では小さく描かれるのが常であった。これに対し、セザンヌの作品では、複数の異なった視点から眺められたモチーフが同一画面に描き込まれ、モチーフの形態は単純化あるいはデフォルメされている。右図の作品『台所のテーブル』を見ると、果物籠の上部の果物は斜め上から見下ろしているが、籠の側面は真横から描かれている。テーブル上のショウガ壺と砂糖壺・水指しは異なった視点から描かれている。テーブル面の角度やテーブルの手前の縁が描く線はテーブルクロスの右と左とでは異なっており、テーブル上、右端の梨は不釣合いに大きい[2]。こうした、西洋絵画の伝統的な約束事から離れた絵画理論は後の世代の画家たちに多大な影響を与えた。モーリス・ドニは1900年に『セザンヌ礼賛』という絵を描いており、エミール・ベルナールは、1904年にエクスのセザンヌのもとに1か月ほど滞在し、後に『回想のセザンヌ』という著書でセザンヌの言葉を紹介している。

セザンヌはサロンでの落選を繰り返し、その作品がようやく評価されるようになるのは晩年のことであった。本人の死後、その名声と影響力はますます高まり、没後の1907年、サロン・ドートンヌで開催されたセザンヌの回顧展(出品作品56点)は後の世代に多大な影響を及ぼした。この展覧会を訪れた画家としては、ピカソ、ブラック、レジェ、マティスらが挙げられる。また、詩人のリルケは、当時滞在していたパリでこの展覧会を鑑賞し、その感動を妻あての書簡に綴っている。

http://www.youtube.com/watch?v=VNZcJreV4oI
生涯
1860年代以前
1839年、ポール・セザンヌは裕福なブルジョワ家庭の息子として南フランスのエクス=アン=プロヴァンスに生まれた。父のルイ=オーギュストは、フェルト帽子の製造販売で財を成し、後には自らの銀行を設立した商売人であった。この父の仕送り(後には遺産を受け継ぐ)があったおかげで、セザンヌは経済的な心配をせずに画業に専念できたのだが、父との間には後年まで確執があった。

セザンヌは、のちに自然主義文学の代表的作家となったエミール・ゾラと、エクスの中学で出会った。パリ生まれのゾラはエクスではよそ者で、級友から除け者にされていた。ある時セザンヌがゾラに親しく話しかけたため、級友と喧嘩になる。その翌日、ゾラはセザンヌにリンゴを1籠贈り、これが縁で親友になったというエピソードがある。

1859年、セザンヌは父の意向でエクス大学の法学部にしぶしぶ入学したが、法律の勉強にはなじめず、地元のデッサン教室の夜間コースに通いはじめ、次第に大学の勉強を怠けるようになった。友人のゾラはすでにパリに戻っていたが、絵の道に進むかどうか迷うセザンヌに、ゾラは早くパリに出てきて絵の勉強をするようにと繰り返し勧めている。ゾラからセザンヌ宛ての手紙には「勇気を持て。まだ君は何もしていないのだ。僕らには理想がある。だから勇敢に歩いていこう」「僕が君の立場なら、アトリエと法廷の間を行ったり来たりすることはしない。弁護士になってもいいし、絵描きになってもいいが、絵具で汚れた法服を着た、骨無し人間にだけはなるな」とあった。結局セザンヌは大学を中退し、1861年4月にパリに出て、アカデミー・シュイスで絵の勉強をする。同年秋にはいったんエクスに戻って父の経営する銀行に入るが、翌1862年11月にはパリに戻り、アカデミー・シュイスでの勉強を再開する。ロマン主義のウジェーヌ・ドラクロワ、写実主義のギュスターヴ・クールベ、のちに印象派の父と呼ばれるエドゥアール・マネらから影響を受けていた、この時期(1860年代)の作品は、ロマン主義的な暗い色調のものが多い。

1865年頃に「カフェ・ゲルボワ」の常連たち(後の「印象派」グループ)と知り合い、とくに9歳年長のカミーユ・ピサロと親しくなった。1869年、後に妻となるオルタンス・フィケ(当時19歳)と知り合い後に同棲するが、厳格な父を恐れ1872年に長男ポールが誕生した後も彼女との関係を隠し続けた(発覚後、父は激怒したという)。

1870年代(印象主義の時代)
1872年にはポントワーズで、1873年にはオーヴェル=シュル=オワーズでピサロと共にイーゼルを並べて制作した。この時期にピサロから印象主義の技法を習得してセザンヌの作品は明るい色調のものが多くなった。

1874年の第1回印象派展に『首吊りの家』など3作品を出品し、その後1877年の第3回展にも出品した。しかし、1878年頃から時間とともに移ろう光ばかりを追いかけ、対象物の確固とした存在感が等閑にされがちな印象派の手法に不満を感じ始め、同時期から印象派の他のメンバーとの交流が少なくなり、制作場所もパリを離れ故郷のエクス=アン=プロヴァンスに戻した。

http://www.youtube.com/watch?v=D25zQsfNPYY

1880年代
1880年代には、主にエクス=アン=プロヴァンスの周辺で制作を続け、この時期から規則的な筆触を用いて対象物を再構築するという独特の制作手法が現れ始めた。

初めてサロン(官展)に入選したのは43歳(1882年)のときである(このとき出品したのは1866年に制作された『画家の父』である)。このとき、セザンヌは友人の審査委員に頼み込み、やっとの思いで入選を果たしたという(ゾラとの絶交はこの不正が原因という説もある)。

1886年、ゾラの小説『制作』が自分を中傷していると感じ、ゾラと絶交した。内縁の妻と正式に結婚したのはようやくこの年のことであった。その半年後、父親が亡くなったため遺産を相続し、サント・ヴィクトワール山などをモチーフに絵画制作を続けた。経済的な不安はなかったものの、絵はなかなか理解されなかった。

晩年
1895年、アンブロワーズ・ヴォラールの画廊で初個展を開き、一部の若い画家たちから注目され始めた。

1900年にパリで開かれた万国博覧会の企画展である「フランス美術100年展」に他の印象派の画家たちと共に出品し、これ以降セザンヌは様々な展覧会に積極的に作品を出品するようになった。1904年から1906年までは、まだ創設されて間もなかったサロン・ドートンヌにも3年連続で出品した。

「自然を円筒、球、円錐によって扱いなさい」(Traitez la nature par le cylindre, la sphère, le cône) というフレーズは、1904年4月15日付けのエミール・ベルナール宛ての書簡に出てくるものである。このフレーズは後のキュビスムに影響を与えたものだが、セザンヌの真の意図については諸説ある。

1906年10月15日に野外で制作中に大雨に打たれ肺炎にかかり、同年10月22日(または10月23日)に死去した。

彼の「絵画は、堅固で自律的な再構築物であるべきである」という考え方は、続く20世紀美術に決定的な影響を与えた。

Apples

エピソード
セザンヌの青春時代のある日近所の農家の家屋が火事になった。セザンヌはその家が燃える様子を見ていて、その炎に見とれてしまった。そこに消防士がやってきてその火事を消し止めようとするが、セザンヌは「初めにこの炎を消そうとするものはこれを一発見舞ってやる!」と懐からピストルを一丁取り出し消防士にその銃口を向けた。当然誰も身動きが出来ないまま家はとうとう全焼してしまった[要出典]。
セザンヌは異常なまでな潔癖症だった。例えば、ちょっとでも洋服が誰かに触れた、もしくはすれ違っただけで何度も何度もぬぐった。特に彼は女性を忌み嫌っていたため、女性の場合はこの癖はひどかった。
作品は時間をかけて何度も描き直され、最初の構図を留めないものも多い。絵が完成する前にリンゴなどが干からびてしまうことも多かったという。
セザンヌは人付き合いが極端に苦手な性格で心を許せる友人はカミーユ・ピサロなど数人に限られていた。さらに、オルタンスや息子のポールの存在が発覚したとき厳格な父とのパイプ役となったのは母親であったが、この母はオルタンスと折り合いが悪いという有様であった。父の死後、セザンヌは母と妹とも一つ屋根の下で暮らすことになるが、この女性3人はケンカばかりしていたため家庭では常に居心地の悪さを感じていた。そんな環境の中で、セザンヌは一人息子のポールに対してだけは終生変わらぬ愛情を注いだという。
1880年代以降、ピサロを除く印象派のメンバーたちとの直接の交流はほとんど無くなっていたが、クロード・モネに対しては、同じ画家として敬意を表していた。1894年にモネの招待でジヴェルニーを訪れた際は、他の招待客の冗談に対して大声で笑うなど陽気な態度を示していた。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

2010年5月28日 (金)

フンチャンとフンタン

中国語で、自分のカネも、人のカネも、区別できずに、いいように使って、全てを失くして、
迷惑をかけまくる人間を、混った帳簿と書いて、
  「混帳(フンチャン)」 = ろくでなしといいます。  

 この言葉は、単なる、帳簿上の「糞味噌一緒」の意味に留まらず、
 人間同士の貸し借りの状態が全く分からなくなった、恩知らずで無礼者に向けた 罵り言葉です。
 単なる、バカを意味する「混蛋(フンタン) ・・・混ざった卵」よりも、強く非難する言葉です。
 
 何か企てがあって、それが失敗した時に、実際に被害者が出ても、何ら負い目を感じず、
 詫びる姿勢すらも示さない 厚顔なものを「混帳」と呼びます。

中国金融界のとんでもないレベルの隠れた資金流用
http://midorinonet.com/purplejade/2010/05/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E3%81%A8%E3%82%93%E3%81%A7%E3%82%82%E3%81%AA%E3%81%84%E3%83%AC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%9A%A0%E3%82%8C%E3%81%9F%E8%B3%87%E9%87%91%E6%B5%81%E7%94%A8%E3%80%82%E3%80%8E/purplejade.htm

人の金を借りて破産して迷惑かけて知らん振りフンチャン
分別も判断も責任もとれないフンタンより恩知らずな生き方

「心が変われば、外界も変わる」
http://hello.ap.teacup.com/koinu/334.html

2010年5月26日 (水)

自然界の五要素の輪廻

東の青く広大な海から太陽が昇り、
木々が息吹き光合成を始めて
南下すると炎ごとく赤い灼熱の地で
大陸の中央に黄河流域の黄土高原がありその大地に人が住み
西に行くと白い雪が覆った山脈が重い金属などを秘め連なり
北上すると水も凍り寒く
黄泉の闇で次への糧となる

木(木行)
木の花や葉が幹の上を覆っている立木が元となっていて、樹木の成長・発育する様子を表す。「春」の象徴。

火(火行)
光り煇く炎が元となっていて、火のような灼熱の性質を表す。「夏」の象徴。

土(土行)
植物の芽が地中から発芽する様子が元となっていて、万物を育成・保護する性質を表す。「季節の変わり目」の象徴。

金(金行)
土中に光り煇く鉱物・金属が元となっていて、金属のように冷徹・堅固・確実な性質を表す。収獲の季節「秋」の象徴。

水(水行)
泉から涌き出て流れる水が元となっていて、これを命の泉と考え、胎内と霊性を兼ね備える性質を表す。「冬」の象徴。

四季の変化は五行の推移によって起こると考えられた。
方角・色や音や体や感覚など、あらゆる物に五行が配当されている。
そして世界地図を見ながら、上の歌を詠うと五感が開くだろふ。

2010年5月23日 (日)

空腹の技法

自分でないものを仰いで、我々は自分を見出だすんだ。
空に触れなければ、
大地に足をそえることもできない。

ポールオースター

    Real

2010年5月22日 (土)

見えるものと、見えないもの

見えるものと、見えないものは見える人と見えない人といい直してもいいかも知れない。だけど肉眼では見えないが、霊眼で見える能力のある人がいることも確かだ。すると見えるものより、見えないものの領域の方がうんと広いことになる。

また肉眼で見えない世界を想像や空想や妄想することでビジョン化させるのが創造的世界である。創造によって肉眼で見えない世界を表象する芸術家は見えるものと見えないものの両域にまたがって存在する。

芸術家の創造の霊感(インスピレーション)には見えない領域が深く関与している場合がある。

http://twitter.com/tadanoriyokoo

インスピレーションには見えない領域が、とても深く関与していると感じることがある。

見えないものを見える人と、それが見えない人がいることは確実に現実として経験した。

絵を観るという体験はそういったことの雛形にあたると思う。

絵を描くというのは神秘の扉が、霊感によって開いていく行為にもなるだろうか。

2010年5月21日 (金)

地球創造説 滝口修造

両極アル蝉ハアフロディテノ縮レ髪ノ上ニ音ヲ出ス ・
男モ動物モ凡テ海ノヨウニ静カニナル ・
アフロディテノ夏ノ変化ハ ・
細菌学的デアル ・
零レルヨウナ花 ・
汝ハ月下ノ青年ノヨウニ神経質トナル ・
陰謀者達ハ ・
電燈ヲカカゲ波間ヲ照ラシテユク ・
彼ラノ耳ノソバデ鶯ハ実ニ上手ニ鳴ク ・
ソレハ微風ヲ意味スルノカト思ウト ・
急雨デアッタ ・
実際ノ奇蹟ガアンナ紫陽花ニ起ルナラ ・
ソレハ真ニ衰弱シテ終ウダロウ ・
短刀ノ葡萄酒(ワイン)
地球ノ冷タサハ襟飾ニ附着スル ・
泥酔漢ハ崇高ナ鯛ノ色彩ヲシタ ・
太陽ニ向ッテ再ビ微笑スル ・
宇宙ハコノ時少シ動ク ・
彼ノ知ラナイ彼ノ背ノ鯛 ・
処女航海ノ発作 ・
アルファべェトヲ間違エテ ・
脳髄ノ青空デ思索スル ・
若イ鳩ガ飛ビ込ム ・
彼ノ頸環ノ玉ガナカデ滾レル ・
ソレラハ帆船ノヨウニスガスガシイ ・
波浪ト奔馬ノゴトク動カナイ ・
最後ノ審判ハ起ラナイ ・
zero カンナノ zero モアル ・
庭師ノ顔ヲ忘レタ鶏頭花 ・
凹面鏡ヲ掛ケネバ見エヌ花 ・
ソレガ彼ノ胸ノ花デアッタノカ? ・
制動機デ停ラヌ波浪ハ再ビ砕ケル ・
優秀ナ胸 ソレハ女ノ胸デアル ・
ソレハステキナ水曜日ニ ・
旧式ナショールニ包マレテ ・
五重ノ塔ノ上カラ少シ地上ニ近ヅイタ女ノ胸デアル ・
ソレハ正午十ニ時マデ檳榔樹ノヨウニ眠ッテ終ッタ ・
女王ノ胸デアル ・
モット精密ナ花ヲ見タイト叫ブナラ ・
手品師ノヨウニ断然トソレヲ近ヅケルノミ ・
ソシテ騰貴スル感嘆詞ヲ ・
コノ卓上ニ置ク ・
大魔術ハ空気ヲ要シナイ ・
ジャスミンガドウシテモ姿ヲ見セヌ時 ・
アノ少女ハ簡単ニ想像シテ終ッタ ・
金属ノジャスミンヲ ・
絶息セントスルアポロ神ノ呼吸ハ ・
恐怖ト快活トガ混合シタ ・
羊肉ノヨウナ薔薇ト同一デアル ・
ソレホド新鮮ナミルクト生命トヲ ・
コノ地球ガ持タナイ ・
聖者ノヨウニ絶息セントスルアポロノ眼球ハ ・
壊レタ虹ノ色ヲモッテスラ描クコトガ出来ル ・
彼ノ幼イ耳ヲ暖メニ来ル時ノアポロ神ハ ・
太陽ノヨウニ唖デアッタ ・
瞬間ニ無気力ノダイヤ ソレハ彼ノ胴体ノ全部 ・
ヨリ精確ナモノソレハ葡萄パン ・
ヨリ凄艶ナモノソレハ天国ノ園芸術ノ公開デアル ・
天国ハ胡桃ノ中ニ忍ブ ・
水夫ノ見タノハ着色広告紙ノミ ・
ソノタメニ彼ハ優美ナ秋ノヨウニ微笑ム ・
ソシテソレハ秋デアッタ ・
緑色ノ蝿ノヨウニ ・
人間ノ椅子ガ見エルナラ彼ハ病気ナノダ ・
哀愁ニ驚イタ男 ・
死ヲ拒絶シタ金魚 ・
コノ二ツハ雲ノヨウニ並ンデ歩ク ・
大理石ニ似テ大理石デナイモノ ・
海綿ニ似テ海綿ナモノ ・
柘榴ソノモノデアル柘榴 ・
ソレハ海老ノ時計ノヨウニ確カナ哀愁デアル ・
貝殻ノヨウニ巻イタ水平線ノ必要 ・
薔薇ト砕氷船ト麦酒(ビール)トガ漂ウ手術室ニ夕日ノヨウニ入ル
窓硝子ニ未ダ化サナイ以前ノ土龍ガ横ワッテイル ・
優シイ墓標ガ絹帽ノ美人ノソバデ騒々シイ哀愁ニ ・
無関心デ立ッティル ・
皆 ギャルソン・ドテルノ誤解デアッタ ・
髭ノ無イ手術者ノ衣服ノ背後ヲ見給エ ・
健全ナ巨大ナダーリヤ ・
ソロモンノ日曜カラ一歩モ外へ出ルコトハ ・
不可能デアル ・
朝顔ノ美学カラ朝ノ朝顔ガ逃走スルコトハ ・
不可能デアル ・
Oh yes indeed* ・
猪ドモノ月夜ニ ・
一ツノ憂鬱ナ手ヲ愛スル ・
一ツノ沈黙シタ火事ヲ愛スル ・
然シコノ葬列ノゴトク優雅ナ風景ヲ ・
認識スル室内装飾師 ・
胸ノ欠ケタ天使ノタメデハナイ ・
然シ唯一ツノ彼女ノ白状ノタメニ ・
銀行業ホドニ古イ昆虫ト少量ノ談話ハ ・
シキリニ海洋ヲ夢ミル ・
現代ノ貝殻ト難解ナ雲 ・
唯神学者ハ西班牙人ヲ呼ビトメル ・
ソノ純金製ノ腕輪ノタメニ…… ・
スべテ月夜ハ非常ニ錆ビ易イ ・
日本ノ花ノヨウニ ・
硬玉ノ自由 ・
斜面ニハ人間ガイナイ 瀑布ノヨウナ斜面ニハ…… ・
此処カラ遠クワレラニ無関係ナ予言者ガイタ ・
ソレハ雌蕊ノヨウニ孤独デアッタ ・
双殻類ノ青空 ソノ中ニ最モ正直ナ神様ガ住ム ・
一ツノモノノ中ニハ真珠ガアッタ ・
一ツノモノノ中ニハ牝羊ガアッタ ・
困却シタ乞食ノ清潔 ・
彼ハ砂ノ上デ限リナクコップノ夢ヲミル ・
琥珀ノヴィオロント彼ノ踝ト扈従ノ金魚ト…… ・
審問ハ蒸溜水ノヨウニ彼ノ肩ニ注ガレル ・
海ニ沈ンダ太陽ハ ・
羽毛ノヨウニ彼ノ懐中ニアル ・
彼ノ両ノ手ヲ形ヅクラントスル謀計ハ ・
紫葵ノ中ノ紫葵ヲ見ルヨリ明ラカデアル ・
故ニ永遠ノ幻影ハ美シイ
ソレハ最モ簡単ナ装置デアッタノダカラ ・
コノ時無数ノ異ッタ蝶々 ・
ソレガ乞食ノ目的デアル ・
家鴨ノ銅像 ・
真実ノミロノヴィーナスニ逡巡スル無熱ノ葦 ・
長時間ノ疼痛ヲ巧ミニ避ケル青鷺 ・
既ニ透視術ノ農夫トトモニ ・
先天的ナ博物館ニ来テイル ・
輪光ノ罅隙カラ見ル海ト海ト砂 ・
牢獄ノ迅速ナ馬 ・
ソレハ誰モ見ナイ六月ノ夜ヲ運ブ ・
地球創造説ハ一夜ニ完成サレタ ・
(ハリネズミ)ハ感謝スル
モルフェノヨウニ夏ノ手ガ延ビル ・
無意味ノ花束ノヨウニ ・
横柄ナ王宮ノ中ノ死亡ノヨウニ ・
ソレハ健康ニ害ガアル ・
美ワシキ自然 ソレハ汝ノ袖珍字典デアル ・
定量ノ菊ノ花ノヨウニソレノ力ヲ自覚スル ・
潜望鏡ハ十月ニ等シイ** ・
ソシテ鏡ノ中ノ極小ノ論理ト ・
石ニシタ少数ナ熱帯的追憶トヲ見給エ ・
赤縞瑠璃ノ彼ノ理智 ・
月明ノ誤算ト力学的忘却ト ・
月ニ火縄ヲカケル愛情アル静力学 ・
排泄サレタ紫色ノ静カナ薔薇ニ酔ウ女王 ・
ソレガ汝ノ瀟洒ナ希望カ? ・
陶製記念像カ? ・
天真爛漫ノ太守ノ亡霊 ・
凡テノモノガ削除サレタ亡霊 ・
妖精ノヨウナ薔薇 ・
魚類ノ薔薇 ・
態度アル薔薇 ・
滑稽ナ薔薇 ・
無感覚ナ薔薇 ・
焔ノ薔薇 ・

地球創造説 

雷鳴ノヨウナ化身 ・
アノ海上ノ抽象ハ何モ語ラナイ ・
子午線ノ花ノ乳齢ハ凡テノ気象学ノ上遙カニ ・
マドラカナ夢ヲミル ・
石器時代ハ巨花性デアッタ ・
誇大妄想ハ海青色ノ瘢痕ヲ残シテ海ニ飛ビコム ・
饒舌ハカクシテ終ル ・
新郎ハ海ノ匂イガスル ・
首府ノ作詩狂(メトロマヌ)
直グ水母ノヨウナ羅針盤ハ内海ノ瞑想ニ入ル ・
芸術揺藍地ノ静カサヲモッテ ・
アア魂ノ言葉ヲ忘レテ終ッタ ・
トソレハ叫ンデ ・
羊紅色ノ声楽器ニ駆ケ寄ル ・
難破シタ虎 ・
ピヨピヨト鳴ク音楽熱愛 ・
ソノ向ウハ渺茫タル海 ・
ソシテ四時雪ハ絶エナイ ・
オオ Mater Dolorosa ・
孵化シタ意志表示ハ ・
最高ノ悪意トカメレオン ・
次ニ動産ノ音楽ハ雲ノ下ニ行ワレル ・
落日ソレハ格言デアル ・
コバルトノ脳ソレハヒッソリシタ囈言デアル ・
福音ヲ携エル魔物ノ運命ハ妖艶ナルコトヨ ・
極端ニ流行性アル言葉ヲ用イ ・
天候ニ注意シナガラ語ル ・
ソレハ万物ノ白イ倫理デアル ・
観察ノミガ光リ輝ク音楽デアル ・
白粉ハ鳶色ヲシナイ ソレ ・
ソレニモ拘ラズ ・
七絃琴ハヨク光ヲトオス ・
アポロガ食事ヲシテイル ・
ソレヲ解剖シタラ何モ残ラナイ光景 ・
尊敬 ・
陸カラ其処へ達シタヨク響ク三色菫 ・
私ハ快活ノミヲ記載シテオイタ ・
タトエバ七面鳥トソレニ反シテ背ノ高イ少年 ・
亜鉛ハソレニ何ノ関係モナイ ・
ソレハ半人半神(サチール)ノイル風景ト同ジモノデアル
他ノページニハ何モ書カレテイナイ ・
銀ガ銀デアル快活 ・
ソレハソロモンノ知覚デアル ・
幽霊ノ出現ヲ信ジル闘牛士ノ林檎 ・
突然ソレニ暖メラレタ麗ワシイ魂 ・
人間ガ天使ノヨウニ見エタノハコノ時デアッタ ・
海ノ泡ニ生ジル暗王ハ虹ヲ許可スル ・
ソレハ満足デアル ・
ソレハアノ芙蓉ト同ジヨウニ考エテイタ ・
絶体絶命ナ四面体ノ蠱惑 ・
平衡ハヤガテ天啓ノヨウニ少女ノ唇ニ生ジル ・
海ト見間違エルソノ臙脂 ・
雨ニ無縁ナ少女ハ風ノヨウニ走ル ・
少女達ハ一斉ニ少女ヲ造ル ・
新シイ無毒ノ真理 ・
エスキモーノスペイン ・
不図見ルト未熟ノ葡萄デアル ・
ソレハ新月ノ奇術デアッタ ・
ソノ時ハ既ニ少女ハ居ナイ ・
Mammon ノ悪魔ハ新鮮ナ金貨ヲ用意シテイル ・
ソノ特徴アル職業ノタメニ…… ・
ソノ鋭利ナ季節ニ ・
再ビ野獣ニ復ルライオンノ奇癖ハ ・
霊感ニ悩ム ・
物語ハ月夜ニ笛ト共ニ蒸発シテ終ッタ ・
ソシテ酒ノヨウニ最モ古イ部分ガ残ル ・
栗ノ街 金魚ノ歩ク街 ・
肱ヲツイテ音モナク奔ル馬 ・
永遠ニ不透明ナ人間 ・
坐ッタ女ノ膝ノ青イ円形 ・
何処マデ追ッテモ青イ切レタ樹ノ葉 ・
人間ハ時々瞑想スル ・
コレハ乳児ノヨウナ円形劇場デアル ・
食用ニナラナイ希臘ノ頭部デアル ・
マリヤノ帆具デアル ・
営利的ナ濃青色ニ包マレタ御身ノ肌色 ・
ソレハ穹窿ノ中ノ天使ノ行動ヲ思ワス ・
アルコホルノ雪ハ ・
御身ノ頸飾リトナル ・
御身ノ物語ハ ・
流星ノ脈搏ノヨウニ ・
膜翅類ノ天国ノヨウニ短イ ・
御身ノ前半生トソノ剰余ノ楕円形 ・
ソレハ御身ノ発明デアル ・
空中貴金属ハ一ツノ新ツイ神ノ風俗ニ感染スル ・
ソレハ急激ナ ・
信仰厚キ否定的ナ芳香アル非常ニ藤紫ノ桔梗 ・
ソノ空虚ノ瞬間ニ ・
アラユル独特ナ優美ナ把手ガ動ク ・
安価ナ太陽 ・
悪性ナ旋律 ・
ソノ屈折ノ受難 ・
華麗ナ甲冑ニハ モウ原因ガナイ ・
王 ・
何タル時間デアル ・
ソレハ令嬢デアル ・
一言モナイ令嬢デアル ・
コノ空間ヲ脱走スルピン ・
ピンハ令嬢ニ似テイル ・
ソレハ全クノ一月デアル ・
真珠 ・
ソレハ美辞麗句デアル ・
機会ト夢ト夢夢デアル ・
掌中ノ一厘確カニ一厘デアル ・
ソレハ愛ラシイ愛デアッタ ・
分裂繁殖ソレハアセチリン燈ニ関スル芸術デアッタ ・
質問シナイスペクトラム ・
ソレハ王デアル ・
純金ノ無生物 ・
笑ッタ薔薇ノヨウニ未ダ眼ニ触レナイ遊戯 ・
Gargantua ノ靨ノ結氷デアル ・
不均衡ナ星 ソレハ金髪碧瞳ノ少女 ・
ソレハ水族館ニアル天ノ半分ノ星 ・
天使ノ星ハ喪ノ中ノヨウニ紅葉スル翼ト ・
露出シナイ紫ノ埃トノ星 ・
星星 ・

 *  Miss Gertrude Stein : Geography and Plays
 ** Tristan Tzara : 7 manifestes dada

「滝口修造の詩的実験1927-1937」より

2010年5月20日 (木)

絶対への接吻

 ぼくの黄金の爪の内部の瀧の飛沫に濡れた客間に襲来するひとりの純粋直観の女性。 彼女の指の上に光った金剛石が狩猟者に踏みこまれていたか否かをぼくは問わない。 彼女の水平であり同時に垂直である乳房は飽和した秤器のような衣服に包まれている。 蝋の国の天災を、彼女の仄かな髭が物語る。 彼女は時間を燃焼しつつある口紅の鏡玉の前後左右を動いている。 人称の秘密。 時の感覚。 おお時間の痕跡はぼくの正六面体の室内を雪のように激変せしめる。 すべり落された貂の毛皮のなかに発生する光の寝台。 彼女の気絶は永遠の卵形をなしている。 水陸混同の美しい遊戯は間もなく終焉に近づくだろう。 乾燥した星が朝食の皿で轟々と音を立てているだろう。 海の要素等がやがて本棚のなかへ忍びこんでしまうだろう。 やがて三直線からなる海が、ぼくの掌のなかで疾駆するだろう。 彼女の総体は、賽の目のように、あるときは白に、あるときは紫に変化する。 空の交接。 瞳のなかの蟹の声、戸棚のなかの虹。 彼女の腕の中間部は、存在しない。 彼女が、美神のように、浸蝕されるのはひとつの瞬間のみである。 彼女は熱風のなかの熱、鉄のなかの鉄。 しかし灰のなかの鳥類である彼女の歌。 彼女の首府にひとでが流れる。 彼女の彎曲部はレヴィアタンである。 彼女の胴は、相違の原野で、水銀の墓標が妊娠する焔の手紙、それは雲のあいだのように陰毛のあいだにある白昼ひとつの白昼の水準器である。 彼女の暴風。 彼女の伝説。 彼女の営養。 彼女の靴下。 彼女の確証。 彼女の卵巣。 彼女の視覚。 彼女の意味。 彼女の犬歯。 無数の実例の出現は空から落下する無垢の飾窓のなかで偶然の遊戯をして遊ぶ。 コーンドビーフの虹色の火花。 チーズの鏡の公有権。 婦人帽の死。 パンのなかの希臘神殿の群れ。 霊魂の喧騒が死ぬとき、すべての物質は飽和した鞄を携えて旅行するだろうか誰がそれに答えることができよう。 彼女の精液のなかの真紅の星は不可溶性である。 風が彼女の緑色の衣服(それは古い奇蹟のようにぼくの記憶をよびおこす)を捕えたように、空間は緑色の花であった。 彼女の判断は時間のような痕跡をぼくの唇の上に残してゆく。 なぜそれが恋であったのか? 青い襟の支那人が扉を叩いたとき、単純に無名の無知がぼくの指を引っぱった。 すべては氾濫していた。 すべては歌っていた。 無上の歓喜は未踏地の茶殻の上で夜光虫のように光っていた………

「滝口修造の詩的実験1927-1937」より

詩と実在  滝口修造

 今、物質として一般的に指示することのできる現象体とは、科学的な仮説のもとに認められるものを意味しないとすれば、ただ人間的創造の材料にほかならないものであろうか。 あるいはそこにカント式絶縁体をもって装備しなければならないのだろうか。 ぼくは詩の運動はそれ自体、物質と精神との反抗の現象であることに注意した。 しかし二元的な機能的要素の矛盾が新しい実在を予想することは、ヘーゲルの発明によって原理的な処理を得たにもかかわらず、その論理的な性質に関してはこの近代的ドラマの知るところではない。 なぜならば詩のドラマは先験的なキャタストローフをもたないからである。 この演劇の激烈さは比較の対象をもたない。 そこに個人の化学が生じるのである。 ここでぼくはポーの知性の化学という言葉を想いだす。 ぼくが想像するのは、不随意的な、または盲目的な本能の化合とか、反応の現象や H2Oなどではなく、意識があらゆる過去の詩における象徴的文学性から遊離した状態であり、同時に化学という近代科学が啓示するおそるべき実験劇なのである。 いわゆる言葉の錬金術がいかに中世的な趣味と人生観に満ちているかは今日明白な事実であるが、それが文学とくに詩的形式と呼ばれるものの多くの詩人に対する致命的な陥穽になっているにもかかわらず、詩に対する、また少くとも作詩に対するひとつの信仰が継続する限りにおいて(あるいは詩的形式を単に世襲財産として尊重している限りにおいて)、それは今日もなお多種多様な変形として存在するのである。 しかし言葉のもつ正確な制限はきわめて重要である。 この内部には言語作用に対する正確な処理、したがって表現形式の範囲が規定されるだろうからである。 特質ある物質狂。 ぼくは、通例、錬金術的思想がいかに先験的な思惟の範疇から関係を失いつつあったかを知らないが、言語の自己反応の力があまりにも封建的自我の犠牲になった瞬間、象徴の罪悪がおこなわれたことを知っている。 反応の観念的倒錯が象徴詩の佳什とされた時代を記憶せよ。 完全の象徴詩が正当な情緒をのこしたと考えることは誤謬である。 それは譬えばひとつの痒覚をのこしたにすぎない。 詩は信仰ではない。 論理ではない。 詩は行為である。 行為は行為を拒絶する。 夢の影が詩の影に似たのはこの瞬間であった。

2010年5月19日 (水)

地上の星 滝口修造

地上の星

 Ⅰ
鳥、千の鳥たちは
眼を閉じ眼をひらく
鳥たちは
樹木のあいだにくるしむ。

真紅の鳥と真紅の星は闘い
ぼくの皮膚を傷つける
ぼくの声は裂けるだろう
ぼくは発狂する
ぼくは熟睡する。

鳥の卵に孵った蝶のように
ぼくは土の上に虹を書く
脈搏が星から聴こえるように
ぼくは恋人の胸に頬を埋める。

 Ⅱ
耳のなかの空の
ぼくは星の俘虜のように
女の膝に
狂った星を埋めた。

忘れられた星
ぼくはそれを呼ぶことができない
或る晴れた日に
ぼくは女にそれをたずねるだろう
闇のなかから新しい星が
ぼくにそれを約束する。
美しい地球儀の子供のように
女は唇の鏡で
ぼくを ぼくの唇の星を捕える
ぼくたちはすべてを失う
樹がすべてを失うように
星がすべてを失うように
歌がすべてを失うように。

ぼくは左手で詩を書いた
ぼくは雷のように女の上に落ちた。

手の無数の雪が
二人の孤独を
手の無数の噴水が
二人の歓喜を
無限の野のなかで
頬の花束は
船出する。

 Ⅲ
鳥たちはぼくたちをくるしくした
星たちはぼくたちをくるしくした
光のコップたちは転がっていた
盲目の鳥たちは光の網をくぐる
無数の光る毛髪
それは牢獄に似た
白痴の手紙である。

白いフリジアの牢獄は
やがて発火するだろう
そして涙のように
消えるだろう。

 Ⅳ
鳥たちは世界を暖めた
ぼくの下の女は眼を閉じている
ぼくの下の女は眼を閉じている
鳥たちはぼくたちに緑の牧場をもってくる。

彼女の肥えた牡牛のような眼蓋は
こがね色に濡れている
レダのように 聖な白百合のように
彼女の股は空虚である
ぼくはそこに乞食が物を乞うのをさえ見た
あらゆる悪事が浮遊していた
ぼくは純白な円筒形を動かすことができる。
仏陀は死んだ。

 Ⅴ
闇のように青空は刻々に近づく
ぼくは彼女の真珠をひとつひとつ離してゆく
ぼくたちは飛行機のように興奮し
魚のように悲しむ
ぼくたちは地上のひとつの星のように
ひとつである
ぼくの精液は白い鳩のように羽搏く
ぼくは西蔵の寺のように古い詩を書く
そしてそれを八つ裂きにする
ぼくは詩を書く
ぼくは詩を書く
そしてそれを八つ裂きにする
それは赤いバラのように匂った
それはガソリンのように匂った。

氷のように曇った彼女の頬が見える
花のように曇った彼女の陰部が見える
そして鳥たちは永遠に
風のなかに住むだろう
狂った岩石のように。

盲目の鳥たちは光の網を潜る。

「滝口修造の詩的実験1927-1937」より

2010年5月18日 (火)

顔のない眼(Les Yeux sans visage)

Kao

1959年製作の映画。フランス・イタリア共同製作。
アリダ・ヴァリ、ピエール・ブラッスールほか出演。フランス語による白黒フィルム。上演時間88分。
事故で顔の皮膚を失った娘を救うため、若い女性を何人も誘拐して顔の皮膚を娘に移植していく医師と、それに対する娘の罪悪感や苦悩が描かれている。グロテスクな手術シーンとは対照的に、ラストシーンの物寂しく悲しい映像が印象的である。

『顔のない眼(LES YEUX SANS VISAGE)』
http://hello.ap.teacup.com/koinu/1022.html

監督 Georges Franju ジョルジュ・フランジュ
原作 Jean Redon ジャン・ルト゛ン
脚本 Jean Redon
Boileau Narcejac
Claude Sautet ジャン・ルト゛ン
ピエール・ボワロー
トーマス・ナルスジャック
クロード・ソーテ
撮影 Eugen Schuftan オイゲン・シェフタン
音楽 Maurice Jarre モーリス・ジャール
出演 Pierre Brasseur
Alida Valli
Edith Scob
Juliette Mayniel
Beatrice Altariba ピエール・ブラッスール
アリダ・ヴァリ
エディット・スコブ
ジュリエット・メニエル
ベアトリス・アルタリバ

こんな映画をシュールリアリストの滝口修造さんが観ていたことを知る。
瀧口 修造(1903年12月7日 - 1979年7月1日)
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/1903127---19797.html

2010年5月17日 (月)

妖精の距離/瀧口修造

          
   うつくしい歯は樹がくれに歌った
   形のいい耳は雲間にあった
   玉虫色の爪は水にまじった

   脱ぎすてた小石
   すべてが足跡のように
   そよ風さえ
   傾いた椅子の中に失われた

   麦畑の中の扉の発狂
   空気のラビリンス
   そこには一枚のカードもない
   そこには一つのコップもない
   欲望の楽器のように
   ひとすじの奇妙な線で貫かれていた

   それは辛うじて小鳥の表情に似ていた
   それは死の浮標のように
   春の風に棲まるだろう
   それは辛うじて小鳥の均衡に似ていた

   詩は形を持たぬ
   という頑なな認識があり、私を捉えてはなさない。
   書いているときの
   ペンや鉛筆が紙を擦っているが、
   これはこれで別の何かの仕事なのか?

   言葉は処えらばず
   遣って来て、掠めて去る。
   私はおんなの名を呼びたいと思うとき
   のように、その名を探している。

123654

瀧口修造(1903-1979)
 富山県生まれ。詩人、美術評論家。1931年慶応大学英文学科を卒業。1930年、日本で最初のシュール・ レアリスムの文献、アンドレ・ブルトンの『超現実主義と絵画』を翻訳。その後フランスの現代詩, 美術を研究し(特に超現実主義)日本に紹介したが、41年にその前衛思想が危険視され、治安維持法で 8か月間拘留された。その後も若い前衛的な詩人、画家、音楽家たち等と「実験工房」を結成するなどして、前衛的な現代芸術の発展に主要な役割を果たした。

妖精の距離』 詩・瀧口修造 画・阿部芳文[安部展也]
1937年10月15日 春鳥會  31×25・  16枚

 瀧口修造にとって初の詩画集であり、戦前唯一の日本シュルレアリスムの詩画集である『妖精の距離』は、西脇順三郎によって「シュルレアリストとしての純粋の代表的の傑作だと思う」(『瀧口修造の芸術』1974年)と評されている。
 この詩集は、阿部展也の手による12枚のデッサンから受けたインスピレーションをもとに、瀧口が詩を付けるというかたちで制作された。発行当時、瀧口34歳、阿部24歳。
 阿部は後に「この前後が画家らしい私の出発点ではなかったかと思う。」(自画像 『美術手帖』1951年12月)と回想しており、彼のシュルレアリスム画家としての出発点ともなる。
 瀧口と阿部は「アヴァンギャルド芸術家クラブ」(1936年)と「前衛写真研究会」(1938年)を共に結成した仲間であり、この『妖精の距離』が発刊されたのも、「アヴァンギャルド芸術家クラブ」結成の翌年のことであった。瀧口は1951年に開設された「タケミヤ画廊」から、企画展の作家選考一切を任されることになるが、これは阿部らの推薦によるものであった。ちなみに「タケミヤ画廊」で開催された第1回目の展覧会は「阿部展也展」である。

 「私の内部には、永ひあいだ、卵のやうに絶えず温められてゐた妙な思想があった。さう、それは全く思想といふより、ほかに言ひようのない、だが卵のようなものであった。ただ貝殻の中に小石が形づくられてしまつたやうに、いま一冊の詩画集『妖精の距離』が、阿部芳文君とのあひだに作られたことはたのしい。すべて夢想といふものは卵のように名状すべからざる形をしてゐたのである。かつては、花と鳥たちとが容易に結ばれたことを思ひ起こすまでもない。今は詩はその余白を、絵画はその余白を孤独ならさらに巨大なブランクに曝してゐる。
 『妖精の距離』の第三の余白は読者のやさしい手の中に委ねられてゐるばかりである。」
(『みづゑ』1937年11月)より

2010年5月16日 (日)

Antoni Tàpies

アントニ・タピエス(Antoni Tàpies、1923年12月23日  )
スペイン・バルセロナ生まれ。20世紀の現代美術の巨匠。
http://www.youtube.com/watch?v=Kpc5f7SQviE&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=iw2dhHrRBNg

1950年バルセロナで個展開催、以後パリに居を移す。
初期はパウル・クレーなどに影響を受けたシュルレアリスムの画家としてキャリアを始めた。その後すぐ抽象表現主義に進み、美術用画材ではないものを利用した「アルテ・ポーヴェラ(Arte Povera)」スタイルで創作活動を行う。1953年よりミックス・メディアでの創作を開始、粘土と大理石粉を絵具に混ぜ、廃紙、糸、絨毯などを使用している。
http://www.youtube.com/watch?v=MLThqRlaArg&feature=related
1970年代ポップ・アートの影響を受けて、家具の破片などのもっと大きな物体を絵画にくわえるようになってきた。タピエスのアイデアは世界中の芸術、特に絵画、彫刻、版画の分野などに大きな影響を及ぼした。
http://www.youtube.com/watch?v=ToDjNHyn47k

タピエス美術館公式サイト(バルセロナ、英語・スペイン語)
http://www.fundaciotapies.org/site/spip.php?rubrique65

2010年5月15日 (土)

瀧口修造 「アントニ タピエスと/に」

「夜あけが未知のもののようにやってくる。絶えずあたらしい運命の合図のように。裏切られても、性懲りもなく。
 ひとつの点、そんな、形を超えたものが、この手で掴めると思われる、なんともすがすがしい瞬間がある。
 幻覚などと軽々しく言うなかれ。むしろ目くらむほど遠い記憶の回生、いまはほとんど磨り減ってしまった体験がふと蘇るのではないか。
 たとえば、文字をかく、絵をかくという、いまはよそよそしく分離してしまい、しかつめらしいもの織りのとりこになっている人間の行為がある。
 この地上の国境のように、そらぞらしいものになってしまったもの。距離の感覚も、人を惑わす。
 沈黙すら量ることを知らぬ火星よ、きみもこの尺度のとりこにならぬよういのる。
地上では、埃やぼろ切れさえ、いまは生まれつきの純潔さを失う。
 アントニ タピエスよ、けさ、どこからともなく、ふと浮かんだこんな断層も、きみの仕事と一緒に、カタルーニャの土地から訪れてきたのだと思いたい。ありうることだ。
 きみは自分の手型、足型を、星の指紋、風邪の眼、壁の声に同化させるだろう。とても独特だ。
 その仕事、それは古来、宇宙のあらゆる元素と親しんで、話し合ってきた人たちと同じ道すがら生まれたもの。
 この土地、この住まい、この扉、この椅子、すべては元素をわかち合う。そして星がいま、あそこにまばたき、現存していると見えるように、きみの扉や壁、そして土埃がよく見える。とても独特だ。
 動詞という烙印、タピエス。」

瀧口 修造(1903年12月7日 - 1979年7月1日)アンドレ・ブルトンの「超現実主義と絵画」を翻訳。この本は、日本における本格的なシュルレアリスムの最初の文献である。これにより瀧口は日本におけるシュルレアリスムの権威として美術批評などで徐々に名を広めていく。1931年、慶應義塾大学英文学部卒業。翌年、PCL映画製作所(現在の東宝)に入社。日本で初のスクリプター(記録係)となり、数年間一労働者として働く。

1941年には、その前衛思想が危険視され、シュルレアリスム系の画家である福沢一郎とともに、治安維持法違反容疑で特高に逮捕され、警視庁杉並警察署に留置を受け、8ヶ月間にわたりシュルレアリスムと国際共産党の関係を糾問される(起訴猶予のまま釈放)。この逮捕により、戦前の日本のシュルレアリスムは終息に向かった。

戦後は主に評論家として活躍。実験工房を主催するとともに、美術評論を数多く著し、戦前に引き続き、旺盛な活動を行った。マルセル・デュシャンを始めとする海外の作家とも交流を持った。

1950年代以降、神田駿河台の「タケミヤ画廊」にて多くの企画展を開催。また、読売アンデパンダン展の企画運営にも関与し、当時の新進の芸術家に自由な表現の場を提供する。これらの活動などにより、1950年代から1960年代にかけて、当時の芸術家の卵たちに絶大な信頼を受けることとなる。
(Wikipedia)

Ts

関連文献
『コレクション瀧口修造』 全13巻・別巻1
監修/大岡信・武満徹・東野芳明・鶴岡善久・巖谷國士/みすず書房、[1]、1991年-1998年
復刻コレクション・日本シュールレアリスム 全14巻 本の友社 1999-2001年
1巻『シュールレアリスムの詩と批評』 和田博文編
5巻『滝口修造・ブルトンとの交通』 沢正宏編 ほか
現代の芸術と批評叢書17 ゆまに書房 1995年/厚生閣書店 昭和5(1930)年刊の復刻
『超現実主義と絵画』 アンドレ・ブルトン 滝口修造訳

瀧口修造文庫
http://archive.tamabi.ac.jp/bunko/takiguchi/intro1.htm
瀧口の所持していた一万点に及ぶ美術資料は、多摩美術大学にて瀧口修造文庫として保存されている。

2010年5月14日 (金)

兵庫県立美術館2010年度コレクション展「絵画の5つの部屋」

1章 近代と現代をつなぐもの(出品点数約10点)
現代絵画は伝統的な絵画や近代の絵画からも、かなり変わってきている。近代絵画と比較すると、構図や手法などで共通する。過去と現在が複雑につながっている。

Rm_p01
津高和一《作品》 (1961年・山村コレクション)   

2章 絵画の境界(出品点数約10点)
絵画の「図」とその背景である「地」との関係、絵画とその周りの壁との関係など、内と外を分かつ境界は、絵画を見る上で、しばしば重要な役割を果たすことがあります。絵画の中心部分だけでなく、このような境界や縁に目を向けて、絵画全体を捉えていただくコーナーです。
菅井汲《ハイウェイの朝》 (1965年)   

3章 かたちと空間(出品点数約10点)
画面の奥行き表現を抑制して、かたちを作ることに主眼を置いたタイプの作品がある一方で、逆に、空間のほうを複雑に構築するタイプの作品もあります。2つのタイプを見ながら、絵画の表現の大きな広がりを確認します。

Rm_p03 
横尾忠則《現実と非現実の間》 (1994年) 
津高和一《像》 (1971年・山村コレクション)

4章 足は幾百の表情を生む(出品点数約10点)
この部屋では、具体美術協会に属していた作家、白髪一雄(1924-2008)の作品を取り上げます。白髪は、足で描くスタイルをとっていました。ただ足で描くというユニークさを強調するだけでなく、もう少しその手法や構図など細かな点に注目します。すると、驚くほど豊かな表現が見えてくることでしょう。
白髪一雄《天空星急先鋒》 (1962年)   

5章 画面に見えるものと見えないもの
作品は、描かれているものがなによりも重要で、それ以外のものは必要ないという考え方があります。でも、その一方で、描かれてはいなくとも、暗示されているものや、見る側の想像によって補うことが求められている場合があります。ここでは、広い意味での絵画の内容について見ていきます。

04_04takamatsu
高松次郎《影》 (#394) (1974-75年・山村コレクション)   

オーギュスト・ロダンをはじめとする海外の巨匠による彫刻を展示します。また、当館設計家の安藤忠雄による震災復興プロジェクト等を紹介するコーナーも併設しています。
オーギュスト・ロダン《永遠の青春》 (1884年)


兵庫県立美術館「絵画5つの部屋」
http://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/j_1003/
2010年3月27日(土)-7月4日(日)
兵庫県 神戸市 中央区脇浜海岸通1丁目1-1

芸術は発見である。まだ知られていなかったものを見つけ出すこと。また解らなかった存在を見い出すことです。 http://twitter.com/tadanoriyokoo

2010年5月13日 (木)

若冲ベジタリアン晩年

P1000923 力の抜け方がすばらしい老人パワーP1000924

「伊藤若冲―アナザーワールド―」(Ito Jakuchu -Another World-)は、水墨画の流麗な世界を描いて、別次元への絵画が開かれている。美術館は老若男女を問わず賑わっている。次は千葉市美術館です。若冲を追いかけて三千里。

静岡県立美術館
http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/exhibition/kikaku/2010/01.php
平成22年4月10日(土)~5月16日(日) 休館日:月曜日

《動植綵絵》(宮内庁三の丸尚蔵館)のような華麗な着色の作品だけが若冲の世界ではありません。若冲は晩年にいたるまで多くの水墨の作品を残しました。もしかしたら水墨画のほうが若冲の個性であるかたちの面白さは際立つかもしれません。

若冲の水墨の作品を中心に、関連する着色の作品をも含めて構成します。加えて、河村若芝・鶴亭らの黄檗絵画の作品によってその水墨表現の前史を示し、若冲水墨画の世界に迫ります。前期(5月22日~6月6日)後期(6月8日~6月27日)合わせて165点を展示する。

首都圏での若冲の大規模な展覧会は昭和46年(1971)に開催された東京国立博物館での特別展観以来、約40年ぶりとなります。若冲のアナザーワールド、水墨画の世界をご堪能下さい。

千葉市美術館 http://www.ccma-net.jp/ 
平成22年5月22日(土)~6月27日(日) 休館日:6月7日(月)

若冲 デジタル思考

P1000925 升目を設定して部分と全体を管理しているP1000926 P1000927 ほとんどデジタルアートの世界を筆というアナログモードでやっている。P1000928

2010年5月12日 (水)

若冲の流麗なタッチ

P1000921 P1000917 P1000918

弾けている筆の流れは、勅使河原宏さんの竹のオブジェを連想した。描写する素材の習性をとことん探求された結果が、物の勢いを表すことへ繋がっている。

2010年5月11日 (火)

若冲 動物ワールド

P1000916 P1000922 P1000919

2010年5月10日 (月)

若冲 水墨モノクローム

P1000914 P1000915 P1000920

とり憑かれたように描写された極彩色の鶏画より、水墨モノクロームの世界が奔放で楽しげであるように感じられる。すばらしい若冲ワールドには違いない。

2010年5月 9日 (日)

伊藤若冲アナザーワールド

P1000904

「若冲ワンダーランド」は美術館始まって以来連日大勢の方で賑わいをみせていた。
そして「伊藤若冲―アナザーワールド―」(Ito Jakuchu -Another World-)は、
これまた水墨画の流麗な世界を描いて、別次元への絵画が開かれている。

静岡県立美術館
http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/exhibition/kikaku/2010/01.php
平成22年4月10日(土)~5月16日(日) 休館日:月曜日

P1000905 P1000906

2010年5月 8日 (土)

「サンデーフロントライン」5月9日(日)放送

「サンデーフロントライン」5月9日(日)放送

①ギリシャ危機~日本への影響は?
財政悪化が深刻化し、IMF・EUが緊急融資を行うことになったギリシャ。

しかし国内では、財政再建策に公務員給与や年金の削減が盛り込まれていることに対する講義のゼネストで死者も出るなど混乱は広がり、さらに国債急落による信用不安から、ユーロは続落。
その影響はユーロ圏のみならず世界同時株安へとつながっている。

番組ではギリシャの現状と、この財政危機にいたるまでの背景を取材。今後世界へ、そして日本へどのような影響があらわれるのか?

(ゲスト)
竹中 平蔵(慶応大学大学院教授)
武者 陵司(経済評論家)

ギリシャ危機とは
http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20100509ddm003020114000c.html
1から分かる"ギリシャ危機"
http://www.tv-tokyo.co.jp/nms/shincyouryu/post_748.html

②“日本を売り込め!”インフラ輸出戦略
今年のGW、ともにベトナム外遊に出かけた仙谷・前原両大臣。主な目的の一つが新幹線・原子力発電といった日本のインフラ先進技術を売り込み、輸出に結びつけるためだ。

過熱する内陸部~中国経済 急成長の実像~
上海万博が開幕した。世界経済がリーマンショックの後遺症に悩む中、なぜ中国経済は8%もの成長を続けることが出来るのか?
謎を解く鍵は、上海などの沿海部ではなく、内陸部にあった。

中国第4の都市・重慶。そこで我々が見たのは、中国版新幹線計画の建設現場。
総延長1万2千km、総額9千億元(約13兆円)巨大公共事業だ。
こうした公共事業は労働者の年収を10年前の倍に押し上げ、重慶市内は好景気に沸いていた。不動産価格は5倍に高騰。
不動産価格の高騰には「からくり」があった。
・・・海外、そして沿海部から流入した不動産投機マネーが値を吊り上げたのだ。さらにそれは中国政府にとって一石二鳥でもあった。

健全な財政力を裏付けにした莫大な公共投資で内陸部の経済発展を誘導、企業業績と賃金は向上し、上海・香港市場への投機マネーを呼び込む。
さらにそうした投機マネーが不動産価格の高騰を招いていたのだが、実は中国政府(地方政府含む)は税収の2割を、そうした不動産取引から得ている。

一方で急速な経済成長は、これまで沿岸地域vs内陸部で語られてきた格差の構図に、異変と大きな歪みをもたらしていた。
その一端が、デモや暴動の増加だ。

沿海部の急成長を象徴する大都市・広州で起きたあるデモ。
背景には郊外の農村部に建設されたゴミ焼却発電所があった。
そこから見えてきた新たな格差の構図とは。

Gomis

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(コメンテーター)
     姜 尚中    東京大学大学院教授
     福本 容子   毎日新聞論説委員

「サンデーフロントライン」
2010年4月4日からテレビ朝日系列で放送中の日曜朝の報道番組
http://www.tv-asahi.co.jp/s-frontline/

2010年5月 7日 (金)

リーマンショック以来の暴落

2010年05月05日 — 財政危機に陥っているギリシャで5日、大規模なゼネストとデモが行われ、首都アテネではデモ隊の一部が暴徒化し、3人が死亡しました。

<object width="480" height="385"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/27R8_IOx3yk&hl=ja_JP&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/27R8_IOx3yk&hl=ja_JP&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="385"></embed></object>

NY株、一時1万ドル割れ=円独歩高、5カ月ぶり87円台-米市場
【ニューヨーク時事】6日の米金融市場では、ギリシャの財政危機に対する動揺が一気に広がった。株価指標のダウ工業株30種平均は一時、前日終値比で1000ドル近く暴落し、取引時間中では約3カ月ぶりに1万ドルの大台を割り込んだ。一方、外国為替市場では、ユーロやドルなど主要通貨に対して円相場が独歩高となり、約5カ月ぶりの高値となる1ドル=87円95銭まで上昇した。
 ダウ急落は誤発注が原因との見方もあるが、取引途中で記録した998.50ドルの下げ幅は過去最大。その後買い戻されたものの、ダウは同347.80ドル安の1万0520.32ドルと約2カ月ぶりの安値で引けた。1日当たりの下げ幅としては2008年2月10日(381.99ドル)以来、約1年3カ月ぶりの大きさだった。

 一方、円相場は大幅に上昇した。午後5時(日本時間7日午前6時)現在、対ドルでは1ドル=90円53~63銭と前日同時刻比3円23銭の円高・ドル安。
 欧州の信用不安でユーロ売りは激しく、一時1ユーロ=110円49銭まで下落。01年12月以来、約8年5カ月ぶりの安値を付けた。【時事ドットコム】(2010/05/07-08:26)

Zeroyenback_1 

やがてはすべてが「零」という素晴らしい数へ、効果的にレスポンスされていきます。
「大日本零円札の沿革」 
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-51de.html

来るか?電子書籍ブーム

 米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は、インターネット検索大手グーグルが6月下旬にも、電子書籍のオンライン販売を開始すると報じた。ニューヨークで同日開かれた会合に出席したグーグル幹部の話として伝えた。

 ネット小売り大手アマゾン・コムや電子機器大手アップルなど、米情報技術(IT)大手の電子書籍市場参入が相次いでいるが、グーグルの販売開始で競争が激化、市場拡大に弾みがつくことにもなりそうだ。

 新サービスは「グーグル・エディションズ」と名付けられ、ネットで書籍を検索し、簡単に購入できる。デジタル書籍はアマゾンやソニー製品を含む電子書籍端末やパソコンにダウンロードできる。

 ダウンロードしなくても、パソコンや高機能携帯電話、アップルの新型マルチメディア端末「iPad(アイパッド)」などを使い、どこにいても読むことができる。(共同2010.5.5)

「電子書籍は、ユーザーからすればメリットばかり。問題があるとすれば、供給側」、「どれくらいかかるかは別として、次第に紙の本が減ってほとんど無くなっていくことは容易に想像できる」

http://news.cocolog-nifty.com/cs/article/detail/domestic-201004271609/1.htm

2010年5月 6日 (木)

『錬金術-タロットと愚者の旅』R・ベルヌーリ 種村 季弘

青土社の発行は1972年4月10日。美術史家ルドルフ・ベルヌーリ(1880 - 1948の錬金術とタロットに関する論文の翻訳に種村季弘のエッセイ『愚者の旅』がつけられている。
ベルヌーリの「タロット体系の象徴」は季刊誌『パイデイア』の「シンボル・錬金術」特集号に掲載されていた。「錬金術的思考に関する基本的文献としてこの論文は、ユングやG・R・ホッケなどによってしばしば引用されている」タロットの体系を主に数秘学的・幾何学的観点から検証したもの。
多くの図版により今までにない「タロット体系の象徴」が解釈されている。まさに画期的な図形による体系の分析で、古代よりの叡智にせまっている。

Toto22
「車輪」のイメージと連繋して薔薇十字団文書に登場する不思議な「輪」。「タロット」の名はR・O・T・Aの四文字を輪状にならべた図。そのアナグラム -TARO(T)「タロット=トートの書」説を基に「タロット=原初の綴じられざる書物」なのだ。
元来書物であるタロットは「同時に一冊の本であり、回転する輪であり、世界であるような不可思議な世界輪(ロータエ・ムンディ)。神が『止まれ(ペレアット)』と言い給うであろうときに、その全容をあらわすはずの巨大な白紙(タブラ・ラサ)。車輪よ、回れ!」
占いとは遥かに遠い幾何学と図形による、叡智の書物は五感へつながっていくものである。

「三十輻共一轂。當其無。有車之用」
車輪というものは三十本の輻が真ん中の轂に集まって出来ている。轂に車軸を通す穴があいて車輪としての用を為す。器を作るときには粘土をこねて作る。その器に何もない空間があってこそ器としての用を為す。戸や窓をくりぬいて家は出来ている。家の何もない空間が家としての用を為しているのだ。何かが「有る」という事で利益が得られるのは、「無い」という事が影でその効用を発揮している。

Paidea

2010年5月 5日 (水)

あえて、愚者になる

「だからといっていつも緊張していると自然な作品ができない。制作に集中する以上にリラックスが必要なので絵以外のことに興味を持ったり、公園に行ったりして、あえて、愚者になる。」横尾忠則
http://twitter.com/tadanoriyokoo

あえて愚者になるというのは、冴え渡っている人です。
ハードディスクへ情報を充満させていると、軽快な起動が行えないことがあるように。
時として零のカードは、大いなるヒントとピントを与えてくれるものです。

今日は無邪気になれる「子供の日」

太陽と大地からエネルギーを吸収する

「70年間飲食していない」と主張する男性、現る

インドに70年もの間、何も食わず何も飲まないで生きていると主張する男性が現れ、医学関係者に衝撃を与えている。82歳の男性は現在、アーマダバード市内の病院に招かれ、防衛研究開発機構の研究員によって男性の身体状況について研究が進められている。

プララド・ジャニさん(82歳)はアーマダバードの北120kmのアンバジで洞窟に住み、隠遁生活を送っているという。ジャニさんは70年間、飲まず食わずで今まで生きて来た。彼によると、8歳の時に女神様に祝福を受け、特殊な能力を授かったそうだ。彼は口の中から飲食せずに生きていける『万能薬』が出ていると語る。

研究開始から6日を過ぎたが、その間ジャニさんは何も口にしていない。しかし、飢えに苦しむこともなく、脱水症状も起こしていない。研究者らはこの特殊な能力が科学的に解明されれば、戦場の兵士や災害被害者が危機の時に、生き延びる方法を発見出来るかも知れないと期待している。また、関係者は「彼の主張が正しいのなら、医学は飛躍的に進歩するだろう」とも述べた。(ロケットニュース24)

光と土があれば、古代ヒマラヤ人は生きていけた
太陽と大地からエネルギーを吸収する器官は、
食べていくことで衰えたという
盲腸などがそのなごりだという

6万年前アフリカを出て東をめざした
モンゴロイドの祖先はヒマラヤをはさみ北と南に別れた
人種が変化しつつ大陸の果てで出会う
極東の果てで1万年も縄文時代が続いた

2010年5月 4日 (火)

野馬台詩〔やまたいし〕

野馬臺詩

邪馬臺(やまたい)の詩
邪馬台国の予言詩
大和(やまと)の未来記

Yematai_jiedutu

五音十二韻二十四句。中央の「東」から始まり左隣にある「空」へたどりつく。

東海姫氏國,
百世代天工。
右司爲輔翼,
衡主建元功。
初興治法事,
終成祭祖宗。
本枝周天壤,
君臣定始終。
谷填田孫走,
魚膾生羽翔。
葛後干戈動,
中微子孫昌。
白龍游失水,
窘急寄故城。
黄鷄代人食,
黑鼠喰牛腸。
丹水流盡後,
天命在三公。
百王流畢竭,
猿犬稱英雄。
星流飛野外,
鐘鼓喧國中。
靑丘與赤土,
茫茫遂爲空。

「古代中国の周王室の流れをくむ日本は百世にわたって代々栄える。
戦乱の世に入ると、皇室は絶えて、かつての大臣、内実は猿や犬のような輩が国を奪って相争う。
それから国中は焼土となり、虚しく滅びてしまうであろう。」

阿倍仲麻呂鬼伝説と野馬台詩
http://www001.upp.so-net.ne.jp/densetutanbo/akuroou/yamataisi.html
仏法の末法思想とともに、百代で王統が絶えるとする風潮が高まった。
『野馬台詩』五音十二韻二十四句。中央の「東」から始まり左隣にある「空」へたどりつく。

唐から『野馬台詩』を持ちかえった吉備真備(六九三~七七五)は、奈良朝の官僚として、一方では陰陽・暦道・天文に長じ、陰陽道の宗家・賀茂氏と土御門家に陰陽道を伝えた。
応仁の乱はまさに死体累々の「茫々として遂に空しく成る」世界となってしまった。
そこで新しいムーブメントが政治に必要となって、大化の改新に関わった可能性があると思われる。
越前から出て新王朝を建てた継体天皇から、昭和天皇は九九世となる。『野馬台詩』が予言した終末の世は、当時の皇太子自身のついに見ることのなかった平成の御代という説もある。
九九には霊性の記録がアカシックレコードされていたという。

韻式は「AAAABBCBAAAA」。換韻の様式ではない。
韻脚は上平一東(中終雄空公功工)と下平七陽「翔昌腸」と下平八庚「城」が混じっている。これが『詩經』時代のものならば交韻ともいえるが日本人による日本語式発音による混在と見るのが自然だ。

○●○●●,
●●●○○。(韻)
○●○●●,
○●●○○。(韻)
○○●●●,
○○●●○。(韻)
●○○○●,
○○●●○。(韻)
●○○○●,
○●○●○。(韻)
●●○○●,
○○●○○。(韻)
●○○●●,
●●●●○。(韻)
○○●○●,
●●×○○。(韻)
○●○●●,
○●●○○。(韻)
●○○●●,
○●○○○。(韻)
○○○●●,
○●●○○。(韻)
○○●●●,
○○●○○。(韻)

『野馬台詩』http://hello.ap.teacup.com/applet/koinu/20100501/archive

日本の予言書 -『野馬台詩』『聖徳太子未来紀』『竹内文献』-
http://www.mars.dti.ne.jp/~techno/column/text9.htm

2010年5月 3日 (月)

企画展 伊藤若冲アナザーワールド

  伊藤若冲(1716-1800)は、近年一般の美術愛好家にも広くその名を知られる存在となりましたが、その作品については代表作《動植綵絵》をはじめとする華麗な着色画を中心に語られることが多く、遺作の大半を占める水墨画については必ずしも正当な評価を得ていない。
晩年に至るまで生涯描き続けた水墨作品には若冲の独特の造形感覚が遺憾なく発揮されてもう一つの魅力をかたち作っている。
若冲の水墨の作品を中心に、関連する着色の作品も含めて構成。
黄檗僧・鶴亭(1722-85)らの作品によってその水墨表現の前史を示した若冲水墨画の世界。

静岡県立美術館
2010年 4月10日(土)~5月16日(日)
http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/exhibition/kikaku/2010/01.php
〒422-8002 静岡市駿河区谷田53-2
Tel.054-263-5755

「若冲における墨と色」5月8日(土)14:00~15:30

Jyaks

  動物たちの小宇宙・奇想の画家【伊藤 若冲】
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/haka-topic43.htm
Jyakutyu Ito 1716-1800.9.10 

伊藤若冲-花鳥画 羅漢図
http://www.youtube.com/watch?v=F44h-Ft3EHA

CM プライスコレクション若冲と江戸絵画
http://www.youtube.com/watch?v=vyd9zWBCEsA&feature=related

「リサイクルで買った掛軸は伊藤若冲だった!」
http://www.youtube.com/watch?v=b1y4Yb6BOoo&feature=related

2010年5月 2日 (日)

水瓶に入っている水は英知の象徴

精神性を象徴してる魚座の時代が始まる前後に、仏教、キリスト教、イスラム教が誕生した。
人類が宗教に代表される精神性を重要視するようになった時代であった。さらにその前の2160年間はといえば、それは牡羊座が支配する時代で、この星座が象徴する戦いの時代であった。

魚座から水瓶座の時代に近づくにつれて、フランス革命が起こり、アメリカの独立戦争、産業革命、明治維新、植民地解放闘争などが次々に起っている。水瓶座は、自由、平等、友愛、人道主義、合理主義、科学文明、コミュニケーション、イノベーションなどを象徴する星座である。民主主義は洗練され、ヒューマニズムが尊ばれ、宇宙開発や通信技術が飛躍的な発展を遂げている。あらゆる産業が技術革新と新機軸的転換を繰り返している。古いものが捨てられて権威主義や伝統文化や宗教色も薄れていく。

Ta17

水瓶座はアクシデントや突発的な状況の出現を支配するので、災害や未知の疫病や解放運動の勃発や世界同時不況などが起きている。
水瓶座の天王星がもたらしたのは[変革]である。以前では考えられなかったインターネットの利便によって生活様式に急激な変化を推進している。
さまざまなデータが、瞬時に大量に取捨でき、良いか悪いか正しく見分けられないと、情報の嵐に押し流されてしまう。この時代には人為的な法則や制限・限界を超えた意識をもつことが重要となる。
水瓶座の水瓶に入っている水は英知の象徴である。魚座の精神性が昇華したところに叡智が展開される。
人類を輝かしい未来へと導いてくれることに叡智が用意されていた。

2010年5月 1日 (土)

歳差運動の数字

 地球は自ら回転(自転)して、太陽の周りを回っている(公転)。だが、地球にはそれ以外の動きがある。その一つが歳差運動で、太陽と月の引力などの影響で起こる独特の回転現象だ。北極と南極を結ぶ線を地球の軸とすると、この軸の両端が旋回運動をしている。子どもが遊ぶコマが止まりかけるときに、軸の上部が旋回する動きとよく似ており、回転方向は自転方向とは逆だ。
この歳差運動のため、地上から見ると、星空が定期的に回転しているように見える。だが、その動きは長い間観察しないとわからない。なぜなら旋回を一回終えるのに二万五七七六年もかかるからだ。したがって軸の北極側や南極側を延長した先端は、二万五七七六年かけて円を描くので、北極星も時代によって変化している。

天文考古学者のジェーン・B・セラーズは以下のような数字を「歳差運動の数字」と呼んでいるが、これらの数字が多くの神話や太古の遺跡に使われている。多くの人々が、古代の人々が何かを伝えている意図的なメッセージではないかと考察をしている。
簡単に歳差運動の数字を列挙してみよう。

一二 黄道十二宮
三〇 黄道上のそれぞれの星座が占めている角度。
七二 太陽が歳差運動により、黄道にそって一度移動するのに必要な年数。
七二の倍数 一四四(x二)、二八八(x四)、五〇四(x七)、五七六(x八)、六四八(x九)
三六〇 黄道全体の角度=円周
二一六〇(七二x三〇) 太陽が黄道にそって三〇度移動するのに必要な年数。すなわち、黄道上の一二星座の一つが完全に通過するのにかかる年数。
二五九二〇(二一六〇x一二) 歳差運動の一周期のだいたいの年数。
三六 太陽が黄道にそって〇・五度移動するのに必要な年数。星座半分。
一〇八 七二+三六
五四〇 一〇八〇/二
四三二〇 太陽が黄道にそって六〇度移動するのに必要な年数。星座二つ。 http://www.kitombo.com/daichi/index.html

-----------------------------------------------------------------------------

Ta14
150億年前 ビッグバン
100億年前 銀河系の生成
50億年前 太陽系の生成
45億年前 地球の誕生
5.75億年前 古生代の始まり。シダ植物・三葉虫などの時代である。
3億年前 大陸移動開始。ゴンドワナ大陸が分裂を始める。
2.47億年前 中生代の始まり。恐竜・アンモナイトなどの時代である。
1億年前 インド大陸がユーラシア大陸に衝突し、エベレストの形成が始まる。
6500万年前 新生代(第3紀)の始まり。ほ乳類や軟体動物などが栄える。
170万年前 第4紀(更新世)の始まり。人類が誕生した以降である。日本書紀によれば天照大神の孫である迩迩芸命が地上に降りて来たのが179万年前ということになっている!
15万年前 人類が原人から旧人に移行する。
10万年前 メソポタミアで農耕が始まる。この頃から人類は旧人からクロマニヨン人などの新人に移行する。
1万年前 沖積世の始まり。クロマニヨン人などから現人類に移行する。中石器時代開始。但しメソポタミアは新石器。世界最古の土器(日本)。
BC4000 メソポタミアで青銅器文化が始まる。
BC2781 エジプトで太陽暦が始まる。
BC2500 この頃シュメールやハラッパが始まる。イギリスのストーンヘンジ。
BC2000 中国の黄帝はこの頃。
BC1700 バビロニアのハムラビ王。
BC1350 エジプトのツタンカーメン王。
BC1230 モーゼ、エジプトを脱出。
BC1000 ダビデ王・ソロモン王の時代。中国では封神演義の時代。
BC600 ペルシャでゾロアスター(ツァラトゥストラ)が活動。
BC500 インドで釈迦(ゴーダマ・シッタルダ)が活動。
BC4 イエス・キリスト生まれる。

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2018年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
フォト

22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

オンライン状態

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。