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2010年6月26日 (土)

「物質的恍惚」ル・クレジオ (岩波文庫)

「ぼくが望んだのは、生以前の虚無と以後の虚無を内包しているような書物を創り上げることでした」(ル・クレジオ)。既知と未知の、生成と破壊の、誕生前と死後の円環的合一において成就する裸形の詩(ポエジー)。日常性が剥離して、エクリチュールの始原にして終焉の姿が顕現する、ル・クレジオ文学の精髄。(解説=今福龍太)

◆分かちがたく結ばれた二羽の鳥が、同じ木に住まっている。一羽は甘い木の実を食べ、もう一羽は友を眺めつつ食べようとしない。
だが、この世界は過去のものではない。この現実は、ぼくが生まれていなかったとき通用していた現実なのだ。この沈黙は遠いものではない。この空虚は無縁のものではない。ぼくがそこでは不可能だった大地は、なおも続いている。それこそは、ぼくが手で触れているものであり、そして突如としてゼロから現出したこの物質(マチエール)はぼくの躰とぼくの精神とを形作っている材質(マチエール)なのだ。

◆ぼくが死んでしまうとき、知り合いだったあれら物体はぼくを憎むのをやめろだろう。命の火がぼくのうちで消えてしまうとき、与えられていたあの統一をぼくがついに四散させてしまうとき、渦動の中心はぼくとは別のものとなり、世界はみずからの存在の還るだう。・・・・もはや何ものも残らないことだろう。ぼくがあっただろうところのものの彼方に運ぶような傷跡一つ、思い出一つ残りはしないだろう。
そして・・・いつの日か(その日は必ず来るのだが)世界からは人間の姿が見えなくなるだろう。人間の文明や征服の数々は人間と共に滅びてしまっているだろう。人間の信仰、疑惑、発明などの数々は消え失せていて、もはや人間のものは何一つ残っていまい。他のたくさんの事物が生まれ、そして死んでゆくだろう。他の生命形体の数々が姿を現わし、他の考えの数々が流通することだろう。 そして、そのあと無定形の存在の共同体のうちにふたたび統合されてゆくのだ。それでも世界はつねに存在するだろう。それでもつねに何ものかがあることだろう。およそ考えうるかぎり遠い時間と空間との奥にも、なおも物質、消えることのない全的物質の現存があるだろう。

ル・クレジオ初期作品の研究ページ
http://koinu2005.seesaa.net/archives/200508.html

JMG.Le Clezio フランスのサイト
http://www.multi.fi/~fredw/

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