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2010年8月31日 (火)

「この世の終わりの景色」

俊 徳  ごらん、空から百千の火が降って来る。家という家が燃え上る。ビルの窓という窓が焔を吹き出す。僕にははっきり見えるんだ。空は火の粉でいっぱい。低い雲は毒々しい葡萄いろに染められて、その雲がまた真赤に映えている川に映るんだ。大きな鉄橋の影絵の鮮やかさ。大きな樹が火に包まれて、梢もすっかり火の粉にまぶされ、風に身をゆすぶっている悲壮なすがた。小さな樹も、小笹のしげみも、みんな火の紋章をつけていた。どんな片隅にも火の紋章と火の縁飾りが活発に動いていた。世界はばかに静かだった。静かだったけれど、お寺の鐘のうちらのように、一つの唸りが反響して、四方から谺を返した。へんな風の稔りのような声、みんなでいっせいにお経を読んでいるような声、あれは何だと思う? 何だと思う? 桜間さん、あれは言葉じゃない、歌でもない、あれが人間の阿鼻叫喚という奴なんだ。
 僕はあんななつかしい声をきいたことがない。あんな真率な声をきいたことがない。この世のおわりの時にしか、人間はあんな正直な声をきかせないのだ。

「この世の終わりの景色」は、俊徳にとって官能を呼び覚ます愛しい記憶でもある。だから、俊徳にとって形あるものとは、この紅蓮の炎でしかなく、阿鼻叫喚の声こそが人間の真率な声であり、俗悪の代表である両夫妻の言葉なぞまがい物でしかない。
「あなたもこの世の終わりの景色を見たでしょう?」ということへ級子は「いいえ」と否定する。俊徳は思いがけない拒絶にあう「君は僕から奪おうとしているんだね。この世の終わりの景色を」しかし級子はそれをも毅然と受けながす「そうですわ、それが私の役目なんです」それがなくては生きていけない盲目者から承知で「この世の終わりの景色」を奪い取る級子に、次第に敗北していくのだった。

俊 徳  死んでもいいんだね、僕が。
級 子 (微笑する)あなたはもう死んでいたんです。
俊 徳  君はいやな女だ。本当にいやな女だ。
級 子 それでも私はここにいますよ。私を行かせるには、……そう、教えてあげるわ。何かつまらない、この世のおわりや焔の海とは何の関係もない、ちっぽけな頼み事をして下さればいいんだわ。

「君は行きたいの?」「 いいえ、ずっとあなたのそはにいたいわ」「何かつまらない用事をたのめはいいんだね」「ええ。手を貸して(手を与え)こう?」

俊 徳 やわらかい手をしているんだね。もっと苦労している人かと思った。
級 子 そう、私は苦労を知らないわ。あなたと比べたら。
俊 徳 (誇らしき微笑) 頼めばいいんだね。召使に言うように。
級 子 お姉さんに言うように、と仰言い。

「ふふ、僕、腹が空いちゃ一つた」「そうね、もうそんな時間だわ」「何か喰べるものをくれないかな」「店屋物しかなくってよ、それでよければ」「何でもいいや。すぐ出来るものを」「いいわまかせてておおきなさい(ト俊徳の手をとって、もとの椅子へ坐らせる。室内すでに暗し)ここで大人しく待っているのよ」(さっき両夫婦の去ったのと別の戸口から去りかけて、戸口のスイッチを押す。室内ばっと明るく灯る)「待っていてね。すぐかえるわ」うん。(級子微笑を残して去りかける) ……ねえ……。

俊 徳  僕ってね、……どうしてだか、誰からも愛されるんだよ。

(級子微笑して去る。明るい部屋に、俊徳一人ぽつねんと残っている)
                       - 幕- 

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最後の台詞は作者である三島由紀夫が正常な精神を保ったまま、市ヶ谷駐屯基地で狂気といわれた行動をとって、自決する舞台でも語られた言葉であった。数年前に上演された『近代能楽集』では、作者最後の言葉として逢わせ重なるように意識的に演出された。すでに「能の物語を現代の物語とした」時点で、それらの確信的な演出が起動されていたといってもいいだろう。能という霊界と現世における舞台装置を、阪神大震災や同時テロ爆破や石油流出などの事故現場へ更新しても「能の物語を現代の物語」としても可能だと、ドラマとして普遍な主題を掘り下げ物語再構築の強化作業を「近代能」としてやりとげているのであった。読み解くたびに『近代能楽集』恐るべし。形を変えても髄を普遍として残した物語の極意まさに震撼の書。

「理想的な庭とは、終わらない庭、果てしのない庭であると共に、何か不断に遁走していく庭である事が必要であろう。私はここで又、仙洞御所の庭に思い当たる。なぜならその御庭は私の所有でないと同様に,今はどなたの住家でもないからである。もしわれわれが理想的な庭を持とうとすれば、それを終わらない庭、果てしのない庭、しかも不断に遁走する庭、蝶のように飛び去る庭にしようとするならば、われわれにできる最上の事、もっとも賢明な方法は、所有者がある日姿を消してしまうことではないだろうか。庭に飛び去る蝶の特徴を与えようとするならば、所有者がむしろ飛び去る蝶に化身すればよいではないか。生はつかのまであり、庭は永遠になる。そして又、庭はつかのまであり、生は永遠になる。」(三島由紀夫「仙洞御所」序文、昭和43年)

近代能として再現された三島由紀夫の「弱法師」

 晩夏の午後より日没にいたる
 無機質な家庭裁判所の一室
 上手に川島夫妻
 下手に高安夫妻
 中央に調停委員の桜間級子。四十歳をこえた美貌の和服の女

 重苦しい雰囲気の中、五歳の時に東京大空襲で失明し両親を失った、今は二十歳になった俊徳の親権争いであることが会話からわかってくる。川島夫妻が育ての親の権利を主張して、高安夫妻は生みの親の権利を主張している。話は平行線をたどるばかりなので、級子はらちがあかずに俊徳を連れてくる。

級 子 俊徳さん、どうしました~ お母さんが泣いていらっしゃいますよ。
俊 徳 泣いたからどうしたんです。そんなものは僕に見えやしません。

「でもあのお声はきこえるわね」「なつかしい声ですね」「俊徳! わかって来たんだな!」

俊 徳 何がわかって来たって仰言るんです。ただ僕は人間の泣き声がなつかしいと言ったまでですよ。あれを久しくきいたことがない。あれが人間らしい声とは言えますね。この世の終りが来るときには、人は言葉を失って、泣き叫ぶはかりなんだ。たしかに僕は一度きいたことがある。

高安夫人 だんだん思い出して釆たのね、俊徳。たしかにきいたことのある声でしょう。

俊 徳 そら又喋る。言葉で何もかも台なしにしてしまう。また人間の声が消えてしまった。……ひどく暑いな。まるで炉の中にいるようだ。僕のまわりに火が燃えさかっている。火が輪踊りをしている。そうでしょう、桜間さん。

級 子 (微笑して) いいえ、今は夏だからですよ。それにあなたは、そんなにきちんと紳士らしい服を召していらっしゃるから。
俊 徳 (わが身を撫でまわしながら) これが世間でいわゆるネクタイというやつ、ワイシャツというやつ、背広というやつですね。言われるままに着ている着物で、どんな恰好をしているのかよくわからない。これが世間でポケットというやつ。燐寸箱からこばれた燐寸だの、小銭だの、乗換切符だの、安全ピンだの、当らなかった宝籤だの、死んだ蝿だの、消しゴムのかけらだの……そういうものが袂糞と一緒になって、いつまでも滞っているやくざな袋ですね。それでこの全体が、背広という安全無類の制服、毎日毎日のくりかえしの生活に忠実だという証文なんですね。
高安夫人 すっかりひねくれて育ってしまった! あの物の言いようはどうでしょう。
俊 徳  しかしね、桜間さん、僕にはそんな見かけはどうでもいいんですよ。僕にわかるのほこの首をしめる感覚と、汗だらけのびったりした下着の感覚しかないんだから。僕には網の首蜘と、木綿の狭窄衣がはめられている。そうでしょう~ 僕は裸かの囚人ですね。

 傲慢で冷酷な美青年は、誰にも心を開かないままを親族たちを嘲るのだった。
 二組の両親は返す言葉をことごとく、裏返されて手の施しようにない息子だと知る。

俊 徳 (おそろしく激して立上り) 何をごちゃごちゃ言ってるんです! 黙りなさい! (一同撃たれたごとく沈黙。又坐り)・・・・・・いいですか。あなた方の目はただこういうものを見るためについている。あなた方の目はいわば義務なんです。僕が見ろと要求したものを見るように義務づけられているんです。そのときはじめてあなた方の目は、僕の目の代用をする気高い器官になるわけです。たとえば僕が青空のまん中に大きな金色(こんじき)の象が練り歩いているのを見ようとする。そうしたら即座にあなた方は、それを見なくてはならないんです。ビルの十二階の窓のひとつから大きな黄いろい薔薇が身を投げる。夜ふけの冷蔵庫の蓋をあけると、翼の生えた白い馬がその中にしゃがんでいる。楔形(せっけい)文字のタイプライター。香炉のなかの緑濃い無人島。・・・・・・そういう奇蹟を、どんな奇蹟でも、あなた方の目は立ちどころに見なくてはならない。見えないのなら潰れてしまうがいい。 …ところで、僕の体の中心から四方へ放射している光りが見えますね。

川 島 見えるとも。
高 安 ああ……ああ……見えるよ、私には。
俊 徳 (悲しげに顔をおおう) ああ、僕には形というものがない。こうして体を撫でまわしてみても、顔を撫でまわしてみても、どこもただの凸凹なんだもの。これが僕の形でなんかありはしない。地球のおもてのいたるところの凸凹の、そのつづきの凸凹にすぎないんだ。

高安夫人  俊徳!
俊 徳 でも僕には形はないけど、僕は光りなんだ。透明体の中の光りなんだ。
川 島 そうだとも、お前は光りだ。
俊 徳 (背広の胸をあけひろげて) よくごらん、この光りが僕の魂だよ。
高安夫人 お前の魂だって~
俊 徳 あなた方とちがって、僕の魂は、まっ裸でこの世を歩き廻っているんだよ。四方に放射している光りが見えるでしょう。この光りは人の体も灼くけれど、僕の心にもたえず火傷をつけるんです。ああ、こんな風に裸かで生きているのは実に骨が折れますよ。実に骨が折れる。僕はあなた方の一億倍も裸かなんだから。……ねえ、.桜間さん、僕はひょっとすると、もう星になってるのかもしれないんです。

川島夫妻  星ですとも、お前は。
高安夫妻  星ですとも、お前は。
 
俊 徳  そう。何十光年も先の遠い星。そうでなけれは、自分の光りの源がそんなに遠いところになけれは、どうして僕はおちおちここに住みついていることができるだろう。
       だってこの世はもう終っているんだもの。
高安夫人  何ですって~
俊 徳  この世はもう終っているんだから。わかりますか。あなたが幽霊でなけれは、この世界が幽霊なんだ。
     この世界が幽霊でなけれは、(ト高安夫人をキッと指さして) あなたが幽霊なんだ。
高安夫人  ああ!(ト倒れかかって高安に支えられる) あの子はとうとう気がちがった。
高 安  しっかりおし。お前まで気がふれたらおしまいだ。
川 島  だから狂人だと申上げたでしょう。でもこれでなかなか気のきいたことも言いますよ。われわれは親子というより、彼のいい友人になったのです。

 青年の叱咤に生みの親も育ての親も卑屈なほど従順になるしかなかった。我が子への愛や執着に踊らされる哀れな親というよりも、魅惑的な強者に心酔し服従する弱者の姿である。

高安夫人 ああやって子供をスポイルしてしまうんですわ。親は虫けらなんかじゃありません。
高 安  お前も俊徳を呼び戻したかったら、虫けらになる他はないんだよ。
高安夫人 (非常な決心を以て) 私もそれなら虫けらですよ。その代りお母さんと呼んで頂戴。
俊 徳 (無感動に) お母さん・・・・・・虫けら・・・・・・。
高安夫人 やっとお母さんと呼んでくれましたよ!
高 安 そのあとに 「虫けら」 がちゃんとついてた。
俊 徳 あなた方はみんな莫迦で間抜けだ!

 (一寸した躊躇の間)

川島夫妻・高安夫妻  私たちはみんな莫迦で間抜けです。

 ここで俊徳の異常性は両夫妻の異常性に転じて喜劇と化している。
 両夫妻を退出させ俊徳と膝をまじえて、級子はゆっくり話しあおうとする。美しい夕映えに感嘆の声を上げると俊徳は「この世のおわりの景色」だという。

【つづく】

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近代能楽

「弱法師」は観世元雅の作であるが、クリ、サシの全文とクセの冒頭は世阿弥作。世阿弥自筆本の臨模本では俊徳丸のツレが登場する。「妻の登場をはぶいた現行の形は、俊徳丸の達観した心境をより鮮明に示す」ともいわけたが、このような対話性を削ぎ落とした、シテ中心主義に向かう方向が問われている。

弱法師は芸能者の可能性もあるといわれる。通俊との梅の花にまつわる問答や四天王寺の縁起などが芸能による伝達とも伺える。寺院は社会厚生事業の場で、盲目の人など多くの社会的弱者が集っていた。彼らが喜捨に対するお返しとして、芸能を行ったともいわれる。

三島由紀夫は翻案して戯曲「弱法師」を書いた。
戦後日本を舞台とした現代劇へ置き換えて、能に描かれていたドラマを甦らせている。『近代能楽集』として「邯鄲」「綾の鼓」「卒塔婆小町」「葵上」「班女」「道成寺」「熊野」「弱法師」の八編からなる戯曲を、 昭和25年から昭和35年にかけて雑誌『新潮』『声』などのに発表した。 この現代戯曲は全て能の謡曲を原作とした翻案作品で、能の物語を世界に紹介したということで評価されていい果敢な実験であった。『近代能楽集』の解説では、ドナルド・キーン氏が能とギリシア古典劇の類似を指摘している。

Kinno

□「近代能」という言葉に始めて出会うと、一種の矛盾を感じるに違いない。能といえば、ひどくのろくて、わけの分らないもので、「近代的」の反対語のような存在だと一般に考えられているようだが、勿論、これは正しい見方だと思われない。現在の上演法はともかく、読み物として能を考えてみると、あらゆる演劇の中で一番出来た時代の束縛を受けないのは能ではないかと思うほどである。たしかに、能には仏教的な味が濃くて、非常に難解な文章が多いが、筋からみたり登場人物の悩みからみたりすると、無理なところが案外少なくて、浄瑠璃や歌舞伎と比べると、問題にならないほど近代的である。言いかえると、『忠臣蔵』は飽くまで徳川時代の産物で、「近代忠臣蔵」ということは不可能であろうが、『熊野』は室町時代に書かれたが当時の政治情勢や思想と全く関係がなく、時代を越えたテーマを扱っているので、三島氏は「近代」の『熊野』を書くことができたのだ。『忠臣蔵』を徳川時代の忠義思想から切り放したら、切腹の場面やお石などの婦人たちの馬鹿げた貞節ほどうしても信じられなくなるが、幽霊を信じないわれわれは『卒塔婆小町』を見てもひっかかるところがない。

 能とギリシア古典劇は共通点が多いとよく言われている。仮面劇であって、役者が歌ったったりすることはたしかに共通だし、地謡に符合する合唱隊などもそうだが、一番似通ってる点は、その永遠のテーマであろう。欧米では何百年前から「近代ギリシア劇」を上演しているし、三島氏も最近エウリビデスの『ヘラクレス』に拠って『朱雀家の滅亡』を発表した。能もギリシア古典劇も三島氏をインスパイアする力を持っている。

・・・・・・三島氏ほど想像力の豊富な作家がどうして中世の戯曲をわざわざ現代化しなけれはならなかったか、という疑問が起るかも知れない。然し、先代の戯曲を現代化することは昔からの習慣である。ギリシアの悲劇作家たちが皆同様の物語を取扱い、ローマ時代となると、セネカの悲劇にまたフェドラ、メデアなどのギリシア物があり、十七世紀のフランス戯曲にも、二十世紀のアメリカ戯曲にも、二千何百年前からあった伝説が出る。三島氏自身は、『芙蓉露大内実記』でエウリピアスの 『フェドラ』以来の物語を日本化してその伝統を続けた。『潮騒』で『ダフニスとクロエ』を日本人化した同じ過程だが、いずれの場合にしても、昔からあった物語を新しい形式で述べることほ古典主義者の立場であり、三島氏は明かに古典派である。ギリシアの戯曲や室町時代の能を現代化するのは、種がないからではなく、古典文学の名にふさわしく型に入って自分の手腕を発揮したいからだった。
□『近代能楽集』解説ドナルド・キーン

2010年8月30日 (月)

巨大な夕焼

芸術といふのは巨大な夕焼です。一時代のすべての佳いものの燔祭(はんさい)です。
さしも永いあひだつづいた白昼の理性も、夕焼のあの無意味な色彩の濫費によつて台無しにされ、 永久につづくと思はれた歴史も、突然自分の終末に気づかせられる。美がみんなの目の前に 立ちふさがつて、あらゆる人間的営為を徒爾(あだごと)にしてしまふのです。 あの夕焼の花やかさ、夕焼雲のきちがひじみた奔逸を見ては、『よりよい未来』などといふ たはごとも忽ち色褪せてしまひます。

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現在の一刹那だけが実有であり、一刹那の実有を保証する最終の根拠が阿頼耶識であるならば、 同時に、世界の一切を顕現させてゐる阿頼耶識は、時間の軸と空間の軸の交はる一点に 存在するのである

三島由紀夫「暁の寺」より

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2010年8月29日 (日)

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「この世で一番素晴らしいと思うことは何か?」

昔々古代の神の声に、王は答えた。

「何万人の魂が毎日、死の住処へ消えていくのに、

誰もがこの事実を信じてはいないことでしょう」

Strangefolk- Kula Shaker

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東海道広重美術館

東海道広重美術館は、由比本陣公園内にあり、浮世絵師・歌川広重の作品を中心に収集・展示する世界で最初の美術館です。美術館内は「由比の自然と歴史」「東海道の宿場町・由比」「広重と浮世絵の世界」の3つのテーマペースが設けられ、江戸庶民文化の世界へと誘ってくれます。広重の作品をメインに1200余点の版画が収集されていますが、世界に数点しか存在しないといわれている「木曽海道六十九次の内・中津川」のような貴重な作品も含まれています。

東海道広重美術館
http://plaza.across.or.jp/~kakusa/hiroshige.html

変わり種東海道Ⅰ「東海道五十三次漫画絵巻と合筆の東海道」
平成22年6月22日(火)~~8月29日(日)

キーワードは、「ちょっと変わったコラボレーション(合筆・共作)」。東海道をモチーフにした絵画を中心に、合筆の作品を紹介。

東海道は、長い歴史のなかで物流や東西文化交流の大動脈でした。また人々を魅了し、画家の創作意欲をかきたてる景勝地でもありました。名所絵で知られる歌川広重(1797~1858)は、多種多様な東海道を描きましたが、このたび展示する「双筆五十三次」は、3代歌川豊国(国貞、1786~1864)と共作した「東海道」シリーズです。

広重と同時代を生きた3代豊国は、初代歌川豊国の門下に入り、役者絵と美人画で名を馳せました。多作で当時から非常に人気のあった浮世絵師の1人です。「双筆五十三次」や「東都高名会席尽」は、広重の描いた風景画と、3代豊国が描いた役者絵が1枚にまとめられており、それぞれが得意とした絵を一度に楽しめるシリーズものの浮世絵でした。つまり、江戸時代後期の二大浮世絵師による、「ちょっと変わったコラボレーション」作品です。

東海道をモチーフにした、一風かわった絵画として、岡本一平(1886~1948、芸術家岡本太郎の父)ら東京漫画会のメンバー18名が描いた「東海道五十三次漫画絵巻」を特別に展示。大正時代の漫画界を牽引した漫画家たちが、流れるような筆さばきで描いた「ちょっと変わったコラボレーション」絵巻の世界。

Zmuvjgol

変わり種東海道Ⅱ「広重と十返舎一九」
特別出品:保永堂版「東海道五十三次」
平成22年8月31日(火)~9月26日(日)

『東海道中膝栗毛』で有名な十返舎一九(1765-1831)は、駿府の武士の子。一九の著作や俳画調の肉筆画などを展示し、その人と作品を広重の名品とともに紹介。

〒421-3103
静岡市清水区由比297-1
静岡市東海道広重美術館公式ホームページ
http://www.yuihiroshige.jp/

2010年8月28日 (土)

インドの維摩に関する話

昔々インドの大都市に、「維摩」という長者がいました。
仏教徒でしたが出家せず、大きな屋敷で妻子や使用人たちと暮らしていた。
溢れんばかりの才能と情熱と資産を持っていました。
彼はその全てを人助けに使うと固く心に決めていた。

貧しい人には施しを与え、悪人は教え諭し、全ての人に対して向合った導き方をする維摩の人望は天下に轟いていた。

「これまでは色んな人たちを導いて長く続けてきた。
ここで病気で寝込んだという噂を流してみよう。
そうすればきっと心配して、人々は私のところに集まってくるに違いない」

維摩が病気で寝込んだらしいという噂が広まると、あらゆる階層の人々が、数え切れないほど彼の家に集まってきた。
こうして人々を待ち構えていた維摩は、病気を説教を実施して成功をおさめることができた。

「こうして病気で寝ていることで、多くの人たちに仏の教えを説くことができた。
こんな私を仏様は見舞いに来てくれないものだろうか?」

維摩の住むヴァイシャリーの町に来ていた釈迦様は、町外れのマンゴー樹園で、500人の弟子と修行僧8000人、それから32000人の菩薩を相手に説教していた。
維摩の思考をテレパシーで察知した世尊は、一番弟子のシャーリプトラ(舎利佛)に伝えた。

「なあ、維摩詰(ヴィマラキールティ)が見舞いに来て欲しがっているぞ。
シャーリプトラよ、ちょっくら行ってきてくれないか?」

それを聞いてシャーリプトラは表情を曇らせる。

「釈迦様そうしたいのですが、どうもあの維摩が苦手なんです・・・
以前に私が林の中で瞑想にふけっている時に、因縁をつけられたことがありましてね。
座っている私のところにやってきていうのですよ。
《何をこんなところで引き籠っとるんか、修行はただ座り込んでおればよいというものではないぞ。社会生活をこなしながらも、心の安定を失わないようにするのだ》
・・・それで一言も反論できなかったんです。すみませんが維摩だけは勘弁してください」

一番弟子のシャーリプトラに断られた釈迦世尊は、二番弟子のモッガラーナ(目連)にいいました。

「ではモッガラーナ、お前が維摩の見舞いに行きなさい」

モッガラーナは血相を変えて言い訳を始めた。

「私ですか?! なんと申しますか、維摩とは色々ありまして・・・
 このヴァイシャーリーの街角で、金持達を集めて説法をしていた時に、奴がいきなりやってきて難題をいうのです。
《そんなやり方では全然ダメじゃ。「説法」というのは「法」を説こうとしているのだろうが、そもそも「法」とは何であるのか?
「法」は生き物ではない。生死とは離れている。
「法」は人格主体を持たない。過去未来と断絶している。
「法」は文字ではない。言語を超えたものだ。
「法」はかたちがなく、虚空のようなもの。
「法」は「空」であるが故に議論の対象ともならない。
「法」は美醜といった概念を離れ、増えることも減ることもない。
「法」は生じることも滅することもなく、帰っていくところもない。
「法」は一切の分別を超えたものなのだ。
そのような「法」をお前はいったいどうやって「説く」つもりなんじゃ?
「法」とは説いたり説かれたりするものではなく、示されたり得たりするものでもない。「法を説く」とは幻術士が作り出した幻人に対して説得を試みるようなものじゃ。
そこのところをよく理解して「説法」するのでなければダメじゃ!》
・・・私が集めた金持ちの聴衆は、すっかり維摩の弁舌に聞き惚れてしまったりして、もう私の立場は丸つぶれでした。申し訳ありません。誰か私でない他の人に頼んでください。」

そして難色を示す仏弟子たち 
マハーカッサパ スブーティ プールナ カッチャーナ アニルッダ ウパーリ ラーフラ アーナンダ とつづくのだった。

【超訳文庫】維摩経
東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。
http://bunchin.com/choyaku/

2010年8月27日 (金)

娑婆で暮らすことのメリット

娑婆世界特有の素晴らしい事柄ばかりは、極楽浄土にも存在しない。
まさに娑婆だけにしかない「10種類の素晴らしい事柄」P1000067

1. 「与える」ことで貧乏を克服する。
2. 「ルールを守る」ことで犯罪を克服する。
3. 「堪える」ことで怒りを克服する。
4. 「働く」ことでグータラを克服する。
5. 「落ち着く」ことで動揺を克服する。
6. 「智慧を発揮する」ことで迷いを克服する。
7. 「危険対策を講じる」ことで危機を克服する。
8. 「大きな立場から物事をみる」ことで狭い料簡を克服する。
9. 「真っ直ぐな心」で悪事を克服する。
10. 「人に優しくする」ことで人格の完成を目指す。

これらが存在することが娑婆で暮らすことのメリット!

至高の双神格

インドのヴェーダ神話に現れる至高の双神格ミトラ=ヴァルナについて

ローマ神話の双面神ヤヌスなどを引き合いに出し、ミトラ=ヴァルナから分離独立した神ミトラが仏教に取り入れられて弥勒となったという。
ペルシャでは善神マズダと悪神アングラ・マイニュの「仲保者」とみなされ、さらに一世紀末頃のローマではミトラスの名で「不敗の神、太陽神」として崇拝された。

 ペルシャとローマにあったミトラ崇拝の集団の東アジア遠征が、六世紀の新羅における弥勒崇拝の集団であり、飛騨の宿儺(すくな)は新羅系の勢力から弥勒=ミトラとして祭られたのではないかと推測されている。
日本書紀に出てくる「両面宿儺」はその名通りの容姿。異形にして身の丈一丈、躯は一つにして両面、四手四足、50人力の怪力は、超越した業と武勇の比喩とされている。神祭りの司祭者として、飛騨から美濃に及ぶ地域を統率し、農耕の指導者としても偉業を成したと伝えられる。「実は仏が姿を変えて理由あって現れたのだ」荒ぶる異形の山の神というのは、修験者が信仰する存在であった。

 弥勒=ミトラ信仰では東北という方位が重要視されており、位山のピラミッドといわれた巨石群はその信仰の担い手たちにより方位計測に用いられた。

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参考
「両面の鬼神―飛騨の宿儺伝承の謎」
飛騨の両面宿儺と紀伊の両面埴輪がきりひらく東アジア史への新視点。史料そしてミステリー。和歌山市の前方後円墳から「顔が二つある人物埴輪」が出土した。一方、岐阜県高山市の善久寺には異形の仏像「両面宿儺菩薩像」がまつられている。穏和な顔の背面に怒りの形相をあわせもつ、このふたつの造形は無関係ではない。

両面宿儺伝説をめぐる奇想
http://www.mars.dti.ne.jp/~techno/column/gamen.htm

2010年8月26日 (木)

山の神様たちへ

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洪水伝説

人の先祖といわれるマヌが、
ある朝、河で水を使っておりました。
すると一匹の魚が現れて、手の中にはいり囁きました。
                
「大洪水が起こって生物が全滅するでしょう。
その時あなたを救ってあげるから、私を飼ってください」

マヌは云われたとおりに池を作って、その魚を飼うことにしました。
しかし魚はだんだん大きくなったので海に放してあげます。
その時に魚は、大洪水の起こる年を告げて、
船を用意しておくようにといい残して去りました。

やがて魚の予告した年に大洪水が起こりました。
マヌが船に乗ると、巨大な魚が近づいてきたので綱を結びつけました。
北方のヒマラヤ山へ船を導くと、水が引くに従って下に降りるようにと、
魚の告げたとおりにして、マヌは命を救われました。

大洪水はすべての生物を飲みこみ、唯一人この地上にマヌが生き残りました。
祭祀でマヌは子孫を欲していたので、色々の供物を水中にそなえました。

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一年過ぎて水中から一人の娘が現れました。
ミトラとヴァルナの両神が彼女に向かって訊ねました。
「おまえはだれか」
「マヌの娘です」

「われらのものになれ」と両神に問われます。
「私は私を産んだもののものです」
 彼女は立ち去って、マヌのところに行きました。

「おまえはだれか」とマヌに問われる。
「私はあなたが水中に供えた供物から生まれた、あなたの娘です。
 私を祭祀の時に利用してください。
 そうすれはあなたは子孫や家畜に富むものになるでしょう」

 マヌは娘とともに苦行を続けて、やがて人の子を繁殖させることができました。

2010年8月25日 (水)

七曜日の支配する順

地球を中心にして、7つの天体の運行周期を長い順にならべる。
「土星 → 木星 → 火星 → 日(太陽) → 金星 → 水星 → 月」
星が1日24時間を1時間づつ支配すると7日間1巡りとなる。

1日目:土木火日金水月土木火日金水月土木火日金水月土木火
2日目:日金水月土木火日金水月土木火日金水月土木火日金水
3日目:月土木火日金水月土木火日金水月土木火日金水月土木
4日目:火日金水月土木火日金水月土木火日金水月土木火日金
5日目:水月土木火日金水月土木火日金水月土木火日金水月土
6日目:木火日金水月土木火日金水月土木火日金水月土木火日
7日目:金水月土木火日金水月土木火日金水月土木火日金水月

週の初めを司るのは遠い土星が第一日の第1時を支配すると考えた。
各惑星は第2時を木星、第3時を火星、
第一日の第24時は火星が支配
第二日の第1時は太陽の支配
よって第二日自体も太陽が支配する。

週の各日の第1時を支配する惑星は次の順となる。

「土:日:月:火:水:木:金」

週の各日の名称がされたシステムはエジプトに始まり、モーゼに率いられて脱出したユダヤ人たちが、酷使した憎しみから彼らが重視していた第一日をわざと週の最後に追いやり、日曜日から始めるシステムに改変したという。

「日:月:火:水:木:金:土」

さらに国民を七曜日に多く働かせようとした、
「月月火水木金金(げつげつかすいもくきんきん)」というのも歴史に浅い。これは土日返上で働くという意味を表す慣用表現であった。

「日日日日日金土」

サンデー毎日という休日ばかりな連日と、花の金曜日と週末をナイスペアしたもの。放蕩していた学生時代に、暇つぶしばかり過ごした堕落の日々が思い出される。

2010年8月24日 (火)

感覚的なものと霊的なものの調和

「日、月、火、水、木、金、土」というのが暦で残っているように人類を形成していた。

1、古インド文化期、
2、古ペルシャ文化期、
3、カルデア・バビロニア・アッシリア・エジプト文化期、
4、ギリシャ・ローマ文化期、
5、現在の文化期、
6、7番目の文化期。

1番目は見える世界を幻(マーヤ)として純粋に霊界をめざそうとしてブッダが現れた。
2番目は文化は霊的なものであったが、人に自由を与えたが同時に誤謬と悪の可能性をもたらした霊的な存在の影響も受ける。そこでツァラトゥストラ(ゾロアスター)は太陽霊(アフラ・マツダー)が人類進化の指導霊であることを教えた。
3番目は感覚と思考力によってこの地上を征服すること、つまり見える世界、地上を大切にして技術などを進歩させることに力点が置かれた。超感覚的能力は失われていく。しかしなおゾロアスターの弟子の生まれ変わりであるヘルメスが霊的な指導者として太陽存在オシリスについて教えた。

次の4番目の地にはこれまでのあらゆる文化期の子孫たちが流れ込んできて、感覚的なものの中に霊的なものを完全に表現しようとした。つまり見えるものと見えないもの、感覚的なものと霊的なものの完全な調和をはかろうとした。四方位の認識された世界へ。

アフラ・マズダー (Ahura Mazdā)
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/ahura-mazd-9489.html
ザラスシュトラの発想方法が与えた影響
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-f391.html

Dscn08161

「この世の全ては幻(マーヤ)」であった。

人間の脳は「物質」であること。 それを意識によってで脳が物質と理解する。 「意識による機能」の文化。 人間の脳を構成する千億個の神経細胞は軸索をのばして、突端から分泌する神経伝達物質で、他の神経細胞に情報を伝えると意識が理解する。

そして人の文化は物質的進化の一過程を理解して
「7番目の文化期」を認識するのだろう。

歳差運動の数字
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-be2d.html

2010年8月23日 (月)

「地球人」と「宇宙人」の見分け方

質問
「地球人」と「宇宙人」の見分け方を教えてください・・・
いつも道ですれ違う人が、どうも宇宙人っぽいんですが、いまいち確信が持てません。
いつも行くスーパーのレジ打ちのおばさんが、どうも宇宙人っぽいんですが、いまいち確信が持てません。
そこで、皆さんはどうやって地球人と宇宙人を見分けていますか?
投稿日時 - 2009-07-27 11:27:19

回答
宇宙人の友人に問い合わせてみたところ、そのレジのおばさんは地球人だそうです。
安心してください。
ちなみに、見分け方ですが、空に浮かんだ円盤を見て、
「あ、UFO(未確認飛行物体)だ。」というのが地球人。
「あ、宇宙船だ。」というのが宇宙人です。
投稿日時 - 2009-07-28 08:22:04

Ufo

お礼 >そのレジのおばさんは地球人だそうです
そうでしたか、よかった!
なるほど、宇宙人は確かにUFOとは言いませんね。
彼らには確認できてますからね。
回答を頂き、ありがとうございました。
投稿日時 - 2009-07-28 23:59:43

駐車場にとめてあるモノで、判断しています。
車だったら地球人。
UFOだったら宇宙人。
投稿日時 - 2009-07-28 00:00:29

お礼 なるほど、UFOですか!
でも、最近は見分けが付かないようにカモフラージュされてるかも・・・
とりあえず、車の形をしていても空を飛んだらUFOですね。
投稿日時 - 2009-07-28 23:58:08

Ufo1

hirarno36
「あなたは宇宙人ですか?」と聞いてください。
「何言ってるんですか?ばかばかしい!」と言うのが宇宙人。
「ワレワレハウチュウジンダ」と喉チョップしながら答えるのが地球人です。いや大阪人です。
投稿日時 - 2009-07-27 20:56:11

お礼 なるほど、否定するのが怪しいんですね。
大阪で聞いてみよう!!
“ほな、宇宙人って言ったら、なんぼくれる?”みたいなことになりそう・・・
投稿日時 - 2009-07-28 23:52:17

noname#91035
 まずは、大き過ぎて分かりにくいので、「外国人」と「日本人」の見分け方から。
 「外国人」の方々は、日本の美しさに感動します。
そして、日本人が金儲けのために、それらを破壊したりするのを見て、「日本人はおかしい」と思いながら帰ります。
 日本の美しさに感動するのが、外国人です。 「外国はいいなぁ」と思うのが日本人です。

話を、「宇宙人」と「地球人」に戻します。
 「宇宙人」の方々は、地球の美しさに感動します。
そして、地球人が金儲けのために、それらを破壊したりするのを見て、
「地球人はおかしい」と思いながら帰ります。 
 地球の美しさに感動するのが宇宙人です。 「宇宙はいいなぁ」と思うのが地球人です。
投稿日時 - 2009-07-27 20:29:57

>地球の美しさに感動するのが宇宙人
そうか、うちの近くのおじいさんやおばあさんは、皆宇宙人ですね。
>地球人が金儲けのために、それらを破壊したりするのを見て
いつの日かそのツケがやってきますね。
自ら人類を滅ぼすことになるかも・・・
そして宇宙人がやってきて、地球を再生することに。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2009-07-28 21:21:14

Ufo20haiti

masao44
>皆さんはどうやって地球人と宇宙人を見分けていますか?
→「肛門識別」ですね。ヒヨコと一緒です。
 「*」なら地球人、「×」なら宇宙人です。

いつも道ですれ違う人、レジのおばさんの肛門を直ちに確認して下さい!
投稿日時 - 2009-07-27 14:26:29

お礼 なるほど、ひよこの原理ですね!
でももし地球人だったらどうしよう・・・
というか、宇宙人にも肛門ってあったんですね。何が出てくるんだろう

Trick--o--
地球人の可聴域は非常に狭いので、高周波域で話しかけたらすぐにわかります。
おばちゃん型(仮称)は危険ですよ。地球人に気取られると襲い掛かりますから。
じいちゃん型(仮称)は比較的安全です。親地球派が多いので。
君子危うきに近寄らず、とも言います。くれぐれも気をつけてください。

投稿日時 - 2009-07-27 13:19:06
お礼 >地球人の可聴域は非常に狭いので
なるほど、普段のレジおばさんの“ありがとうございました”は、彼らからすれば裏声だったんですね。
もうちょっと見守ってみます。
投稿日時 - 2009-07-28 18:04:30

Ufo186

maria18
何か理由があって辺境の星地球に出稼ぎに来ている人かもしれません。
そっとしておいてあげましょう(*^_^*)
投稿日時 - 2009-07-27 12:53:32

f2kgu
地球人だって、宇宙人の仲間だよ(^-^)
地球に住んでいる前に宇宙に住んでいるのですから
ただ地球に住んでいるだけですから
将来火星に居住できるようになれば、火星人になりますよ(^-^)
投稿日時 - 2009-07-27 11:39:06

お礼 そうですね、相対性の問題ですね。
彼らからすれば我々は宇宙人ですね。
回答を頂き、ありがとうございました。
投稿日時 - 2009-07-28 18:01:02

gadovoa
あまり深く追求しない方がいいですよ。
もしそれがケムール星人であればあなたは狙われるので。
狙われたが最後あなたの存在は消されます。
たとえいなくなっても家族でさえ記憶を消されるので誰もあなたのことを気にしなくなります。
世の中には知らない方がいいこともあるんです。
投稿日時 - 2009-07-27 11:34:08

「地球人」と「宇宙人」の見分け方を教えてください
http://questionbox.jp.msn.com/qa5159074.html より

2010年8月22日 (日)

Wyclef Jean ハイチ大統領選への立候補認められず‎

ワイクリフ・ジョン、暗殺計画でハイチ大統領選出馬は取りやめ。
今年1月にハイチ大地震が起きてからというもの、その復興支援の義援金を集めるためにおおいに尽力し、人望を高めたミュージシャンのワイクリフ・ジョン(37)。先ごろ次期ハイチ大統領選への出馬を表明していたが、取りやめを決意した。

30人もの立候補者が並ぶハイチ次期大統領選。米国で大活躍のセレブゆえ、ジョンの知名度は中でもかなり高い。だが、現地で半年に渡り救済支援活動を行ってきた米国人俳優ショーン・ペンは、「ジョンのせいで行方が分からなくなっている義援金がある。

被災地の現場に顔を出したことすらない」と痛烈に批判した。

また彼がリーダーを務めたバンド、「フージーズ」の仲間まで “アイツはダメだ” と語り、“ハイチに連続5年以上暮らしてきた人物” という、立候補の条件を満たしていなかったことも問題であった。

そして今ジョンの陣営は、「票を奪おうとする相手による暗殺計画の話が、すでに数件挙がっています。よって彼はしばらくの雲隠れを決めました」として、出馬断念を発表した。2010年8月21日 20:00

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【音楽/政治】元フージーズのワイクリフ・ジョン、ハイチ大統領選への立候補認められず
【サンパウロ時事】ハイチからの報道では、同国選管当局は20日、1月の大地震後初となる 11月の大統領選の候補者について、立候補を届け出た34人のうち、19人の申請を受理すると 発表した。却下された15人の中には、ハイチ出身で米国で活躍する人気ヒップホップ歌手 ワイクリフ・ジョンさんも含まれている。

 ジョンさんは首都ポルトープランス郊外に生まれ、9歳で両親と米国へ移住した。ハイチ憲法では、 過去5年同国に住み続けていることなどが立候補の条件。選管が不受理とした理由は不明だが、 ジョンさんはこの規定を満たせなかったもようだ。

 ジョンさんは人気グループ「フージーズ」のメンバーとして知られ、財団を設立してハイチの 子供たちに奨学金を支給するなど、祖国の貧困改善への支援も続けている。AFP通信によれば、 ジョンさんは申請却下を受けて「最終決定を尊重し受け入れる」との声明を出したが、大地震後の 復興対応が後手に回った政府を変革できる候補者として若者らの期待も大きかっただけに、 失望した支持者らの不満が高まる恐れもある。

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● ワイクリフ・ジョン(Wyclef Jean、1972年10月17日 - )
ハイチ移民のNY育ち。アルバム名にもあるように牧師の息子として生まれた。その出自をうまく打ち出したポップなサウンドで知られる音楽プロデューサー兼アーティスト。ヒップホップグループ、フージーズのリーダーであったが、1997年解散。アルバムは総計で3100万枚以上のセールスを記録。

The Carnival (コロンビア, 1997)
The Ecleftic: 2 Sides II a Book (コロンビア, 2000)
Masquerade (コロンビア, 2002)
Greatest Hits (コロンビア, 2003)
The Preacher's Son (J, 2003)
Welcome to Haiti: Creole 101 (Koch, 2004)
Carnival Vol. II: Memoirs of an Immigrant (コロンビア, 2007)

ジェイクをさがして (ハヤカワ文庫SF)

Looking for Jake チャイナ ミエヴィル

ロンドンは、どこからともなく出現した謎の存在“イマーゴ”に幾度となく蹂躙され、無秩序状態に陥っていた。わずかに残った数千人の市民は、レジスタンスを組織し抵抗運動を続けていたが、容赦ない攻撃を繰り返すイマーゴの前になすすべもなかった……。グロテスクなイメージに彩られたローカス賞受賞の傑作「鏡」、世界の終焉を迎えつつあるロンドンを彷徨う男を描いた表題作ほか、英国SF界の旗手によるラディカル・ストーリイ全14篇を収録。 (「BOOK」データベースより)

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「ジェイクをさがして」Looking for Jake
ぼくはきみをさがして、この街を彷徨った。この喪われたロンドンを

「基礎」Foundaion
その男は建物に話しかけ、建物は男に囁きかえす――
「ボールルーム」The Ball Room エマ・バーチャム、マックス・シェイファーとの共作

「ロンドンにおける“ある出来事”の報告」Report of Certain Events in London
わたし、チャイナ・ミエヴィルのもとに届いた郵便物には、ある活動に関する書類が同封されていた
「使い魔」Familiar
その魔法使いが召喚した〈使い魔〉は、凶暴なまでの貪欲さですべてを吸収していった

「ある医学百科事典の一項目」Entry Taken from a Medical Encyclopedia
十八世紀後半からロンドンで断続的に発見された謎の症例――その実態の驚くべき報告

「細部に宿るもの」Details
ぼくは毎週、母が用意したものを持ってミセス・ミラーの家を訪れていた。あの朝までは

「仲介者」Go Between
「もうひとつの空」Different Skies
「飢餓の終わり」An End to Hunger
「あの季節がやってきた」‘tis the Season
何事にもライセンスが必要な世界で、僕と娘は合法的にクリスマスを愉しむチャンスを手に入れた
「ジャック」Jack
「鏡」The Tain
イマーゴによって廃墟と化したロンドンで、男は独り北へと歩く……ローカス賞受賞作

アメコミ作品「前線へ向かう道」On the Way to the Front 画:ライアム・シャープ

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ミエヴィル作品は M・ジョン・ハリスン、マイケル・デ・ララベッティ、マイケル・ムアコック、トマス・M・ディッシュ、チャールズ・ウイリアムズ、ティム・パワーズ、J・G・バラードなどの影響を受けている。自身の小説を「ニュー・クロブゾンは架空の都市であるが、イアン・シンクレアが描写するロンドンに対するように」読ませたいと語っている。「トールキンを馬鹿馬鹿しく保守的」と評してファンタジーからトールキンの影響を排除することを積極的に試みている。

作品リスト
《バス=ラグ》シリーズ
ペルディード・ストリート・ステーション (Perdido Street Station 2000)
2001年アーサー・C・クラーク賞、英国幻想文学大賞受賞
The Scar (2002) - 2003年ローカス賞、英国幻想文学大賞受賞
Iron Council (2004) - 2005年アーサー・C・クラーク賞、ローカス賞受賞
他長編/中編
キング・ラット (King Rat 1998)
鏡 (The Tain 2002) - 2003年ローカス賞受賞
Un Lun Dun (2007) - 2008年ローカス賞受賞
The City & the City (2009) - 2009年英国SF協会賞、2010年アーサー・C・クラーク賞受賞
Kraken (2010)
短編
Highway Sixty One Revisited (1986)
ジェイクをさがして (Looking for Jake 1999)
もうひとつの空 (Different Skies 1999)
飢餓の終わり (An End to Hunger 2000)
細部に宿るもの (Details 2002)
使い魔 (Familiar 2002)
Buscard's Murrain (2003)
ロンドンにおける“ある出来事”の報告 (Reports of Certain Events in London, 2004) - 2005年ローカス賞受賞
A Room of One's Own (2008)
Hellblazer (2008)

2010年8月21日 (土)

ペルディード・ストリート・ステーション (Perdido Street Station)チャイナ・ミエヴィル

ペルディード・ストリート・ステーション (Perdido Street Station)チャイナ・ミエヴィル
2001年アーサー・C・クラーク賞、英国幻想文学大賞受賞

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 都市ニュー・クロブゾンは蒸気機関と魔術学を文明基礎にする《バス=ラグ》という異世界にある。その中央に巨大な駅、ペルディード・ストリート・ステーションがあり放射状に鉄道線路が伸びている。駅のすぐ横には民兵の巨大塔がそびえ、市中にスカイレールを張り巡らせている。政治体制は少数独裁制で、市中の治安を担うのは民兵で、人類の他に多様な種族が住んで其々がコミュニティを形成させている。
 生物めいたタクシーが走りまわり、夜の街にはカマキリの鎌を持つ義賊が出没、市中広場には古代の超巨大生物の骨格が放置され、廃棄物処分場のジャンクがいつの間にか勝手に意識を持ち、芸術家たちは自分の唾液でモニュメントを作り、辺境の未開種族が実は移動式の大図書館を持つ……。

 科学者アイザックは遥か彼方の砂漠にいるはずの種族、鳥人ガルーダ族の訪問を受ける。彼は部族内で禁忌とされる罪を犯し、罰として翼を取られてしまったのだ。自分のための新たな翼を作ってくれと頼む。
この依頼を引き受けたアイザックは飛翔の研究を始めると、研究材料として謎の芋虫状の生物を入手した。試しにドラッグを与えると、一晩にして巨大化してしまった。
 この生物は「夢蛾スレイク・モス」という知的生物の夢を食い荒らし精神を崩壊させてしまう恐るべき存在だった。アイザックの研究所から逃げ出した夢蛾は、政府の管理下にあった数匹の仲間を解き放って市中に飛び去る。
そして市民たちが次々と餌食となり始める。このことが発端となりアイザックたちは政府と犯罪組織の黒い関係に気がついてしまう。モスを解き放ってしまったことから複数の勢力から負われる身となったアイザックは、夢蛾を追って、この卑しき大都市をさまようことになる。窮まったかに見えた時、都市の機械の集合知性が助力を申し出てきた。

 夢蛾の被害を抑えるために、ニュー・クロブゾン総督ラドガダーは地獄の大使を召還する。しかし彼ら悪魔たちも、夢蛾に恐れをなして協力を断って来た。困り果てたラドガダーらは、異次元に巣食う大蜘蛛ウィーヴァーを呼び出して、夢蛾退治を依頼する。ウィーヴァーは要請に応じたように見えたが、異次元の存在ゆえ完全な意志疎通が難しくその真意は掴みかねている。 種々雑多な要素によるカオスな雰囲気が、架空の大都市のリアリティを極限にまで高めている。ニュー・クロブゾンは汚く喧しく危険にみちた強烈な存在感をもって迫ってくる。

ミエヴィル作品は M・ジョン・ハリスン、マイケル・デ・ララベッティ、マイケル・ムアコック、トマス・M・ディッシュ、チャールズ・ウイリアムズ、ティム・パワーズ、J・G・バラードなどの影響を受けている。自身の小説を「ニュー・クロブゾンは架空の都市であるが、イアン・シンクレアが描写するロンドンに対するように」読ませたいと語っている。「トールキンを馬鹿馬鹿しく保守的」と評してファンタジーからトールキンの影響を排除することを積極的に試みている。

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チャイナ・ミエヴィル(China Tom Mieville、1972年9月6日 - )
イギリスのファンタジー作家。チャイナ・ミーヴィルとの表記も。自身の作品を(特にH・P・ラヴクラフトのような20世紀初期のパルプ・マガジンに掲載されるような)「怪奇小説」と説明することを好んでいる。またファンタジーを商業主義や陳腐なJ・R・R・トールキンのエピゴーネンから排除することを目的とする、ニュー・ウィアードと呼ばれるゆるやかな作家グループに属している。

また社会主義労働者党SWPの党員であり、社会主義者同盟 (en:Socialist Alliance) を支持し、マルクス主義や国際法に関する本を出版するなど、左翼としての政治活動を行も行っている。
現在ウォーリック大学においてクリエイティブ・ライティングの教鞭を執っている。

ミエヴィルはイギリスノリッチで生まれ、ロンドン北西部ウィルズデンで育った。両親はミエヴィルの誕生後しばらくして離婚しており、女兄弟一人と教師である母と共に暮らし、「父について知ることは全くなかった」と言う。2年間勉強したオーカム・スクールを卒業し、1990年18歳の時1年間エジプトに滞在し、英語の指導を行った。この場所でアラブの文化や中東の政治に対する興味を培う。

1994年ケンブリッジ大学で社会人類学の修士課程を修了。1995年ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにおいて国際関係論の博士号を取得、2001年国際法学の博士課程を修了。またフランク・ノックス記念奨学金を受け、ハーバード大学でも学ぶ[2]。博士論文のタイトルはBetween Equal Rights: A Marxist Theory of International Lawであり、2005年ブリル出版よりイギリスでHistorical Materialismのシリーズで刊行され、2006年ヘイマーケット・ブックスよりアメリカでも刊行された。
- Wikipedia

2010年8月20日 (金)

路上観測その五

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高原を登ってゆくと、森を壊していくものたちがすこしづつ増えていた

共に生きるというよりも、強制という佇まいですね

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かつては神聖だった所が、球転がしの遊戯場になってゆく

今、新しい破壊衝動が、森の彼方へ芽生える

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路上観測その四

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2010年8月19日 (木)

路上観測その三

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那須高原を散策しています

あまりの猛暑に、都心脱出です。

2010年8月18日 (水)

路上観測その二

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かつて作品上で破壊した町並みと建造物たち

路上観測その一

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2010年8月17日 (火)

昼を創造せよ

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というわけで路上観測へ出かけます

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「夜を想像せよ」ジャン・チボードー

 それゆえ夜を想像せよ、夜を想像せよ、想像せよそれがそうであるに違いないところを思い見よ、深さと爽やかさ、この角度から、想えそして、限を開き、つねにずっと前から開いた両眼をもって、最初は分け入りがたいこの闇のなかに、それがどんなものかを見よ、あなたが想い、見つめ、今や、存在するものを見よ、例えば影があらゆる場所を覆っているにもかかわらず、しかしそれはついに明るくなり立ち上り、結局説明しえない色だがすみれと強烈な育と白に彼処夜は色づき、あなたは、まわりを、壁の上をよぎるもっと薄色の霜のような縁取りに気つく、そしてそのときこんどは、じきに、なんという現実感であろう。

そして。落ちて行く途中に、そんなにすばやく、限を閉じて。狂った。テーブルの上で、テーブル掛けはなんどもなんどもぐるぐる巻きにされ、明るい光る木地の上に下着や敷布が拡げられている。外の、魔の上には、だんだん厚く、だんだん白くなる雪の層。すべてが混じり合い、すべての物音が封じこめられていくままに。そして私は寒く、狂った、それは述べおえられた、物語

Jean Thibaudeau
ジャン・チボードーは1935年フランス北西部のラ・ロッシュ=シュル=ヨンに生れれる。少年期をフランスとアフリカで過したが、二十五歳のとき発表した処女作「王の儀式」でフェネオン賞を受け、その後ソレルス、J・P・ファイユらと前衛的な文芸誌「テル・ケル」 の同人としてユニークな創作活動を続け、かたわら「フランシス・ポンジュ論」などの作家論やサンギネティーカプリツィオ・イタリアーノ」の翻訳にも手を染めている。
 「夜を想像せよ」は、前作「序曲」と同じく「テルケル」誌に発表され、1968年テルケル叢書の一冊として刊行されたもので、「序曲」につながる作品だが、前作が甘美でイノセントな生と愛をめぐって展開される《私》の意識を中心に、意識をよぎる死の予兆のような翳りが点在する生々しい実存感覚を言葉の感触によって〔現在〕化し〔言語〕化していくのが、この作品では、青春の不安を象徴する暗闇の世界を求心的に志向し、その内臓的な強迫感覚のなかで重苦しくのしかかってくる死の意識を原点として慕える《私》の意識の軌跡を描きあげている。

Une ceremonie royale, Paris, ed. de Minuit, 1960.
Ouverture, Paris, editions du Seuil, 1966.
Ponge, Paris, Gallimard, Collection La bibliotheque ideale, 1967
Imaginez la nuit, roman, Paris, ed. du Seuil, Collection Tel Quel, 1968
Mai 1968 en France, precede de Printemps rouge par Philippe Sollers, Paris, ed. du Seuil, Collection Tel Quel, 1970. Re-edition Phonurgia Nova, 1998.
Socialisme, avant-garde, litterature : interventions, Paris, ed. sociales, 1972.
Ouverture... Roman noir ou Voila les morts, a notre tour d'en sortir, Paris, ed. du Seuil, 1974.
L'Amour de la litterature, Paris, Flammarion, 1978.
L'Amerique, Paris, Flammarion, Collection Digraphe, 1979.
Journal des pirogues, Paris, L'Un dans l'autre, Collection Palimpsestes, 1984.
Memoires : album de familles, Seyssel, ed. Comp'Act, Collection Liber, 1987.
Souvenirs de guerre : poesies et journal, suivi de Dialogues de l'aube, Paris, Hatier, Collection Haute enfance 1991.
Comme un reve : roman et autre histoires, Paris, ed. Ecriture, 1994.
Mes annees "≪ Tel quel ≫ : memoire, Paris, Ed. Ecriture, 1994.
Lettres a Jean Thibaudeau, Francis Ponge. Presentation et notes du destinataire, Cognac, Le Temps qu'il fait, 1999.
Prehistoires, Monaco / Paris, ed. du Rocher, Collection Esprits libres, 2004.

2010年8月16日 (月)

排他的論理和を用いた数学ゲーム

前衛映画『去年マリエンバートで』でも使われていた数学ゲームのニム(nim)。

P1130042

2人がコインまたは石とか豆などチップスの山から其々交互に取り合う。
自分の順番のときコインの山をひとつ選んで1枚以上コインを取る。
すべての山のコインがなくなったとき、ゲームは終わりである。
最後のコインを取った者が勝ちである。

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ニム(nim)必勝法 

2つのコインの山A,Bでそれぞれの山のコインの数をa枚,b枚とする。

まずA,Bの山の数が異なるとき
先手は、AとBの山のコインの数が同じになるようにコインの数の多い方の山からコインを取る。
先手は、自分の順番のとき、後手の取るのをまねればよい。
後手が片方の山からc枚コインを取ったとしたら、
先手はもう一方の山から、同じ数c枚コインを取ればよい。

もしA,Bの山の数が同じならば、
先手の取るのをまねることで後手が勝つことになる。

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一般的な必勝法として、排他的論理和を用いたものが知られている。
Mathematical Games (Two Players) 古代中国からあり、16世紀初めの西欧で基本ルールが完成したという。
http://www.numericana.com/answer/games.htm

『去年マリエンバートで』(L'Annee derniere a Marienbad)

アラン・レネ監督が手掛ける幻想的で不可思議な寓話。
豪華城館でのパーティで男女が出会う。男は去年マリエンバートで会ったというが、女にその記憶はない。しかし、男に迫られるうちに女は過去と現在の境を見失い、その記憶も曖昧なものになっていく…。50年代に「文学とその方法」について論争を巻き起こした作家ロブ・グリエの手法を異才アラン・レネ監督が映画で試み、反響を呼んだ作品。

Marienbad

1961年公開のフランス・イタリア合作映画。アラン・ロブ=グリエによる脚本をアラン・レネが監督したモノクロ映画である。1961年、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞。日本公開は1964年5月。

脚本のロブ=グリエ自身の言によれば、黒澤明監督の『羅生門』に触発されて作られた作品である。
より正確に言うならば、芥川龍之介の『藪の中』を下敷きにした作品群の一つといえる。
ココ・シャネルが衣装をデザインしたことでも有名。

日本版予告編
http://www.youtube.com/watch?v=ohnFpTNGY0g
予告編
http://www.youtube.com/watch#!v=019kmMFpCcI&feature=related derniere a Marienbad (1961) 動画
http://www.youtube.com/watch#!v=ofAQvMueJn0&feature=related

L'annee

キャスト
A - デルフィーヌ・セイリグ
X - ジョルジュ・アルベルタッツィ
M - サッシャ・ピトエフ
淑女たち - フランソワーズ・ベルタン、ルーチェ・ガルシア=ヴィレ、エレナ・コルネル、フランソワーズ・スピラ、カリン・トゥーシュ=ミトラー
紳士たち - ピエール・バルボー、ヴィルヘルム・フォン・デーク、ジャン・ラニエ、ジェラール・ロラン、ダビデ・モンテムーリ、ジル・ケアン、ガブリエル・ヴェルナー
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物語・登場人

主人公の男Xは、女Aと再会する。Xは去年マリエンバートで会ったと語りかけるのだが、Aは記憶していない。しかし、AはXの話を聞く内に、おぼろげな記憶を取り戻していく。Aの夫であるMは、「去年マリエンバートで」実際に何が起こったのか知っているのだが・・・。

後年、脚本を担当したロブ=グリエがこの映画の仕掛けについて語っている。
それによると、黒澤明の『羅生門』がモチーフとなっており、最初に、

1.現在
2.Xの回想(Xにとっての主観的事実)
3.Aの回想(Aにとっての主観的事実)
4.過去(客観的事実→Mの視点)
の4本の脚本が作られ、それらをバラバラにつなぎ合わせて、最終的な脚本が完成したという。その際に、それぞれの場面が1~4のどの脚本に該当するのかがなるべくわからないように慎重につなぎ合わされ(時間軸の入れ替えも行われている)、最終的に完成した脚本はダイヤグラムシートを伴う、非常に複雑な物になった(海外の研究書にはダイヤグラムシートを伴う完成脚本が収録されている)。

さらに、このダイヤグラムシートは一部のスタッフにしか知らされず、そのため、出演者はしばしば自分が何を演じたらいいのかわからず、混乱状態に陥ったが、それも全て内容をより効果的にするための計算であった。
ただ服装やセットなどは明確に1~4の脚本で区別されていて、注意深く見れば、どの場面が1~4の脚本のどれに当たるのか判別できる仕掛けになっている。
結果として、ロブ=グリエ曰く「非常に緻密に計算された作品で、曖昧さのかけらもない」作品になった。

ロケ地
作品のロケ地はミュンヘンである。
シュライスハイム城(Schloss Schleissheim)のノイエス・シュロス(新しい城、Neues Schloss)
現バイエルン州立美術館。映画では、男の記憶内や、額入りの写真として登場するフレデリクスバートの庭園。庭園にたたずむ人々の異様に長い影は地面に描かれたものであった。
ニンフェンブルク城(Schloss Nymphenburg)[1]
主要な撮影が行われたロココの宮殿。映画に登場する幾何学模様のフランス庭園もここ。
アマーリエンブルク城(Amalienburg)
オープニングの独白シーンでここのシュピーゲルザール(鏡の間、Spiegelsaal)の鏡を利用した。また、男と女の最後の夜の演奏会のシーンもここだ。
実際のマリエンバートは、チェコ語でマリアーンスケー・ラーズニェ(Marianske Lazne)といい、プラハ西方約130km、カルロヴィ・ヴァリの南にある温泉療養地である。本作品とは題名以外は無関係である。

トリビア
この映画を題材としたジョーク。ロブ=グリエ自身のお気に入りで、よく披露していたという。
警官「怪しい男だな。この辺りで窃盗事件が多発してるんだが、お前がやったんじゃないのか?」
男「違いますよ」
警官「本当か? 昨日の夜も事件があったんだが、昨日の夜はなにをしてた?」
男「昨日の夜は、映画を見てました。『去年マリエンバートで』って映画です」
警官「嘘じゃないだろうな? 本当に見たというなら、どんな話だったか説明してみろ!」
この映画に度々登場するゲームについて
ゲームの名前はニムと言い、数多くのバリエーションがあるが、いずれも法則性があり、必勝法が存在する(必勝法を知る同士で対戦すると、基本、先手必勝)。映画の中では、XとMが繰り返し対戦するが、XはMに勝つことが出来ない。必勝法のことを知っていたある記者が、「このゲームは二人の関係性を示す暗喩ですか」とレネ監督に尋ねたところ、レネは「あのゲームはMのXに対する優位性を示すために取り入れた物だが、必勝法のことは知らなかった。しかし、面白い偶然だ」と答えたという。
(wikipedia)

2010年8月15日 (日)

迷路のなかで(1959)ロブ・グリエの小説

「私は今、ここに、ひとりでまったく安全な場所にいる」
しかし「私」はすぐ姿を消して、室内の壁に掛かった「ライヘソフェルスの敗戦」と題される絵を契機に、戸外の街燈の下で包みをかかえる兵士の彷徨の物語が始まる。

記憶を失って疲労した敗戦兵は、戦友の遺品を知人に渡すため、ある街路に行かねばならない。しかし雪に塗りこめられた一様な外観の家並ゆえに街の迷路に入ってしまう。
カフェで出会った少年が道案内してくれが、戸外、カフェ、少年の家、兵舎等、時間と空間の錯綜する複雑なものになってゆく。

途中、兵士は致命傷を負わされ、少年の家に運びこまれる。現場を目撃していた医者が手当するが、兵士は死ぬ。ところが、この医者が突然「私」と名のり、物語は急転し冒頭に戻る。室内の机上には、最初はなかったタバコの吸殻と散らばる紙がある。実のところ兵士の彷徨とは彼の最期をみとった医者たる「私」の書いた物語だったのだ。

迷路とは兵士のたどる行程ではなく、主体《私》の介入で現実と想像が混成したこの物語を読む者が彷徨うものにほかならない。《私」と名のる語り手が存在しても導き手とはなり得えないので、執筆過程を推理しながら読むことを要請されるのだ。

Istanbul

アラン・ロブ=グリエ(Alain Robbe-Grillet、1922年8月18日 - 2008年2月18日)
ブルターニュのブレストに生まれ、農業技師として熱帯地方に渡った後、創作活動に従事。従来の小説の約束事を撤廃し、執拗なまでに客観的な描写で独特な世界を構築するその小説は扇動的であり、たちまちヌーヴォーロマソの旗頭となった。映画監督としても活躍した。

■ ヌーヴォー・ロマン(「新しい小説」の意)http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/nouveau_roman_ea12.html
■ ビュトール/ロブ=グリエ/ソレルス http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_3ba7.html

Un régicide 1949年(出版されたのは1978年). 平岡篤頼訳『弑逆者』白水社, 1991年
Les Gommes 1953年. 中村真一郎訳『消しゴム』河出書房新社, 1959年
Le Voyeur 1955年. 望月芳郎訳『覗くひと』冬樹社, 1966年. 講談社文芸文庫, 1999年
La Jalousie 1957年. 白井浩司訳『嫉妬』新潮社, 1959年
Dans le labyrinthe 1959年. 平岡篤頼訳『迷路のなかで』講談社文芸文庫, 1998年

■映画作品 http://esotikafilm.com/people/alainrobbegrillet.htm

2010年8月14日 (土)

twitter.com/Proust_bot

「この最初のスワンは、ひまな時間に満ち、大きなマロニエの匂、フランボワーズのかごの匂、タラゴンの若芽の匂をただよわせていた。」
。「過去における甘いささやきや、ほほえみや、ときには美しい想像が、今なおはっきりと浮かび上がる」「それはあたかも、水を満たした陶器の鉢に小さな紙切れをひたして日本人が楽しむあそびで、それまで何かはっきりわからなかったその紙切れが水につけられたとたんに、のび、まるくなり、色づき、わかれ、しっかりした、まぎれもない、花となり、家となり、人となるように」

「堀出物をすることを好み、詩句を愛して、いやしい勘定を軽蔑し、栄誉や愛を夢見る人間を、彼女(オデット)は他の人間よりもすぐれている選ばれた人としていた。そういう趣味は、それを口にしさえすればいいので、実際にもっている必要はなかった」

「あなたは形のない水も同然、傾斜に置けばそれに沿って流れるだけだし、記憶力も思考力もない魚のようなもので、水族館のなかで生活しているかぎり、日に百度も水だと思ってはガラスに衝突しているんだ。」
「ワグナーなんかに気のないあの女には、魚にりんごも同然だ」

「スワンの恋」の大事な場面は、サン=トゥーヴェルト侯爵夫人邸の夜会であり、そこで、人々はゲルマント家の一族に出会い、そこでスワンはヴァントゥイユのソナタの小楽節をふたたびきく。その小楽節はオデットに愛されていた時期を彼に思いださせるのである。しかしながら嫉妬はそうした恋がもうよみがえらないという自覚のあとも長く生きのこる。スワンがその情熱から回復するのはある奇妙な夢を見たあとであり、彼はコンブレーに出発する。
『スワン』の第三部、「土地の名、-名」は、三つの短いセクションをふくむ。いくつかの土地の名についての夢想が旅行の計画にむすびつく。話者がシャン=ゼリゼであそび、そこでジルベルト・スワンと恋をするようになる。そして最後に終結部であり、そこではぐんと年をとった話者が、一九一三年にボワ・ド・ブーローニュに立ちもどり、そこに時の経過を確認するのである、「私がかつて知った現実はもはや存在してはいなかった。」

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人間は自分から脱出できない存在であり、自分の内部でしか他人を知ることのない存在だ(第六篇 逃げ去る女)
自分の宿命は、ただ幻影だけを追うというところにあり、自分の追いかけている人たちの現実性は、大部分が私の想像力で作られたものにすぎない(第四篇 ソドムとゴモラ2) 
春の太陽はもう大運河の波を、くすんだ青と高雅なエメラルドの色に染め、波はティツィアーノの絵の足許に寄せては崩れながら、その豊かな色彩をティツィアーノの絵と競っているかもしれない(第一篇 スワン家の方へ2) 
睡眠のなかで私たちに明らかにされるのは幼年への回帰であり、過ぎ去った歳月と失われた感情の再把握であり、魂の分離と転生であり、死者の喚起であり、狂気の幻想であり、最も原始的な自然界への後退である(第二篇 花咲く乙女たちのかげに2)
ブーローニュの森は、その複合的な性格によって人工の場所になると同時に、動物園でも神話の楽園でもあるという意味で、一つの〈園〉にもなっている(第一篇 スワン家の方へ2)
あるイメージの追憶とは、ある瞬間を惜しむ心にすぎない。そして家や、道や、通りは、逃れて消えてしまうのだ。ああ! ちょうど歳月のように(第一篇 スワン家の方へ2)
自分の宿命は、ただ幻影だけを追うというところにあり、自分の追いかけている人たちの現実性は、大部分が私の想像力で作られたものにすぎない(第四篇 ソドムとゴモラ2)
記憶は一種の薬局か化学実験室のように、何気なくのばした手が鎮静剤の上におかれたり、危険な毒薬の上におかれたりする(第五篇 囚われの女2)
芸術作品こそ〈失われた時〉を見出す唯一の手段である(第七篇 見出された時1)
窓の下では、イワツバメやアマツバメといった鳥たちが、まるで噴水のように、生きている花火のように、飽きもせず何度も優美に飛び立って行き、そんな風に高く上って行く火箭(ひや)と火箭の合間を、水平に長く続く幾筋かの白い不動の航跡で結びつけていた(第二篇 花咲く乙女たちのかげに2)
すべての隠しごとのなかで最も危険なものは、あやまちをおかした本人が心のなかで、あやまちを隠そうとすることだ(第四篇 ソドムとゴモラ1) 
自分の宿命は、ただ幻影だけを追うというところにあり、自分の追いかけている人たちの現実性は、大部分が私の想像力で作られたものにすぎない(第四篇 ソドムとゴモラ2)
自分自身について自分の描くイメージと他人の描くイメージとのあいだのこの落差(第三篇 ゲルマントの方1)
私は理解した、文学作品のすべての素材は、私の過ぎ去った生涯であるということを。私は理解した、それらの素材は、浮ついた快楽や、怠惰な生活や、愛情や、苦痛などを通して私のところにやってきたもの(第七篇 見出された時1)

『失われた時を求めて』 A la recherche du temps perdu
生涯をかけて執筆した長編小説はマルセル・プルースト(Marcel Proust)のtwitterであった。
はてしなく続きます。
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2010年8月13日 (金)

失われた時と「新しい小説」

『失われた時を求めて』 A la recherche du temps perdu

マルセル・プルースト(Marcel Proust)が生涯をかけて執筆した長編小説。
1908年頃から評論「サント=ブーヴに反論する」を書き出し、そこから構想が広がり小説になった。執筆にあたり外部の騒音を遮るコルク張りにした部屋に閉じこもった。1912年に出版社を探すが長過ぎるために断られ、1913年に第一部「スワソ家の方へ」を自費出版した。全三巻の予定がさらに長大化していった。
第二部「花咲く乙女たちのかげに」はゴンクール賞を受賞。
第四部まで完成したところでプルーストは死去(1922年)。
第五部以降も書きあげていた未定稿を弟らが整理して刊行を引継ぎついだ。
第七部を1927年に刊行して完結となった。

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作者の自伝的な作品という要素もあり、少年期の回想や社交界の描写などにプルーストの経験が小説となっている。「失われた時」をテーマにした小説を書く決意をする場面があり作品は円環を描いている。

嗅覚や味覚から過去の記憶が呼び覚まされる心理現象を「無意志的記憶」や「プルースト現象」という。この意識の流れの概念は後に文学上の一手法を表すことになる。「人間の精神の中に絶え間なく移ろっていく主観的な思考や感覚を、特に注釈を付けることなく記述していく文学上の手法」となって「意識の流れ」という言葉が用いられる。意識の流れ手法を用いた代表的な小説は、ジョイスの『ユリシーズ』『フィネガンズ・ウェイク』、ウルフの『灯台へ』、フォークナーの『響きと怒り』などがある。新しい小説といわれるヌーヴォー・ロマン(Nouveau roman)へと発展していった。その技法は「意識の流れの叙述」(ナタリー・サロート)や「二人称小説」(ミシェル・ビュトール)、「客観的な事物描写の徹底」(ロブ=グリエ)など様々だが、読者は与えられた「テクスト」を自分で組み合わせて、推理しながら物語や主題を構築して解明するという前衛的なものへと発展していった。ヌーヴォー・ロマンは党派性が薄いもので、個々の作家は各々の方法論のうちにさらに沈潜して行き商業主義とは相反するものとなりながら深い小説的な言語によってしか到達し得ない思想的な領域を開拓していく。

ヌーヴォー・ロマン(「新しい小説」の意)http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/nouveau_roman_ea12.html
ビュトール/ロブ=グリエ/ソレルス http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_3ba7.html

世界の存在理由と同じ存在理由をもって http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/index.html

『失われた時を求めて』で描かれた意識や時間の流れなどは、小説にとどまらず現代の演劇や音楽や映画へと多大な影響をあたえ続けている。これらをすべて分析していったら、『失われた時を求めて』全巻に及ぶほどテクスト枚挙になると思われる。

プルースト入門 http://beauxtemps.com/proust/index.html

『失われた時を求めて』原文http://proust.tv/

プルーストのこの長編大作は作者によって、推敲がなされてはいない。完結までの経緯をみると、厳密には全巻校正も未然な作品といえる。『失われた時を求めて』全巻を現代的な視点から、「新しい小説」として再構成してもいいのではないかとも考えられる。単なる読みやすい抄訳ではなく、トリュビュートに近い表現解釈もありうるのではないだろうか。

『失われた時を求めて フランスコミック版』

マルセル・プルースト作/ステファヌ・ウエ翻案・画 

翻訳者のことば:中条省平
『失われた時を求めて』は20世紀最高最大の小説である。
だが、長大かつ複雑なため、読了した人は少ない。
今回のコミック版を手がかりに、人類文化のこの宝の森に参入していただきたい。
文学の豊穣な風景が、眼前にパノラマのように開けるであろう。

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 第一部「スワソ家の方へ」

 ふと口にした紅茶に浸したマドレーヌ菓子の味から、幼少期に家族そろって夏の休暇を過ごしたコンブレーの町全体が自らのうちに蘇ってくる。
 そこには二つの散歩道があった。一つはスワソ家へ通じる。咲き匂うサンザシの花の向こうにスワンの一人娘ジルベルトを見かけ、私は異性への目ざめを感じた。もう一つの道はゲルマソト家へ通じる。スイレンを浮かべたゲィヴォソヌ川、その川上に住む高貴なゲルマソト公爵夫人。

 私は幼時から有名な作家になりたいと望んでいたが、同時に、自分の才能に対して疑惑を感じていた。そして雨あがりのふとした風景に陶酔しながら、その奥にある何かをはっきりつかみたいと苛立つ。馬車の動きにつれて位置を変える三つの鐘楼に感動し、かくされた真実の与える喜びをとらえようと、その印象の断片をノートに記してみたりする。スワソ家のほうとゲルマソト家のほう、思えばこの二つの散歩道はその後の私の生き方を暗示していた。

 第二部「花咲く乙女たちのかげに」

私はパリのスワソ家に出入りしてスワン夫妻や娘のジルベルトと親しむようになる。祖母と一緒にあこがれの避暑地パルペックの海岸に出かけ、そこでゲルマント家の人たち、とりわけ、貴公子ロべル・ド・サソ・ルー、その伯父で社交界の大立物シャルリュス男爵らと知り合う。
ある日、私は海岸で、はなやかな少女たちの一団に出会って強い印象を受けた。
画家エルスチールを通じて、そのうちの一人、アルベルチーヌと知り合い、心をそそられるが、彼女は私の接吻を拒み、出発してしまった。ハルペックの海岸で、私の前にさまざまな人間が現われ、また消え去り、夏の季節の幕は降りた。

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 第三部「ゲルマントのほう」 

 私の家はパリのゲルマント家の館の一部に引越した。ゲルマントの名から妖しい魅力は消えるが、ゲルマント公爵夫人の姿は私の心をときめかせる。私の祖母は老衰で死ぬ。私は訪れてきたアルベルチーヌと接吻を交わし、恋人同士になる。この前後から、シャルリエスの奇異な友情、奇異な行為が明らかにされていく。

 第四部「ソドムとゴモラ」 

 社交界の花形シャルリエスは男色者だった。仕立屋ジュピアソ、のちにはヴィオPソひきモレルに倒錯した愛を注いで苦しんでいる。いっぼう、私の恋人アルベルチーヌにも同性愛の傾向があることを知って私は苦しむ。嫉妬のあまり私は、アルベルチーヌと結婚する許しを与えてくれるよう、母に泣いて迫った。
       
 第五部「囚われの女」

 私はアルベルチーヌとともに閉じこもり、世間から離れた。彼女への所有欲は充たされるが、生き生きした喜びと安定はない。私がアルベルチーヌに感じるものは永久につづく欲望。その飽満と減退の間歌作用である。そして突然、アルベルチーヌは私の前から失踪する。

 第六部「逃げ去った女」

 私は失踪したアルベルチーヌが落馬して死んだという知らせを受けた。絶望が来る。愛と嫉妬が一度によみがえって私をとらえる。彼女から解放されるためにはすべてを忘れること、自分自身の死が必要だ。
そしてその死は、記憶というものがもつ一般的な性格にしたがって少しずつ自分
の内に育っていくのだ。時代は移った。ロベール・ド・サン・ルーはジルベルトと結婚した。

 第七部「見出された時」 

ロベールは不毛な情事に耽って妻ジルベルトを苦しめる。私は自分の文学的才能に思い悩み、療養生活にはいるべくパリを発つ。第一次世界大戦が始まっている。戦時下のパリ、没落していく社交界。そのなかで、シャルリースはいよいよ凄惨に性欲倒錯者の世界におぼれている。私の親友ロベール・ド・サン・ルーは、前線で戦死した。

 戦争は終わった。私の心は索漠としていたが、マチネの招待状を受けてダルマソト大公妃邸におもむいた。邸前で車を降りた私はふと中庭の不揃いな敷石につまずいた。その感覚がヴェニスの寺院の敷石の感覚に通じ、ヴェニスのすぺてがよみがえり、大きな歓喜が身内を浸たす。マドレーヌ菓子の味が幼いころのコソプレーをよみがえらせたように。

 皿に匙のふれる音、ナプキンの固い手ざわり、すべてが現在と過去にまたがるある超時間的な共通の世界に、存在のエッセソス、其の実在を啓示したのだ。ただこの奇跡だけが其の過去--失われた時--を見出させる力をもつ。そういう感覚や印象を、それと同じだけの思想をもつ形象に転置する。その方法こそ芸術作品の制作ではないか。私ほ天職の啓示を ぅけた。自分のテーマと手法を握った其の芸術家が私のなかで眼を開く。サロソには、変わり果てた知己の人たちがいる。

 老いて「時」の波間に浮かぷ亡霊のように。ジルベルトと故ロベールとの間に生まれたサン・ルー姥が私に紹介された。
 ゲルマントのほうとスワン家のほうと、その二つはついにこの少女のなかで結び合わされた。彼女は「時」の生んだ傑作だ。私は病気の発作による死の足音を聞きながら、忠実な女中フラソソワーズの傍らでいよいよ念願の書物に取りかかろうと思う……。

 記憶と時間の問題をめぐり、過去から未来への直線的な時間や計測できる物理的時間に対する円環的時間、それがまた現在に戻って今の時を見出して、円熟する時間の解釈のなかで失われた時を求めてた。現実は記憶の中に作られる」という提起は20世紀の哲学者たちにも大きな刺激をあたえた。

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第1巻 コンブレー(『スワン家のほうへ』第一部)
第2巻 花咲く乙女たちのかげに 第一部
第3巻 花咲く乙女たちのかげに 第ニ部
第4巻 スワンの恋(『スワン家のほうへ』第ニ部)
刊行中

世界文学史上不朽の名作『失われた時を求めて』
あまりにも有名なプルーストの大長編小説を、完全コミック化!
古典の冒涜か?名作の新解釈か?新しい読書体験への招待か?
フランス本国でも評価の分かれた問題作!

アメリカ、イタリア、スペイン、オランダ、クロアチア、韓国、台湾、中国、ブラジル、メキシコ、その他中南米、すべてのフランス語圏(スイス、ベルギー、カナダ、モロッコ、アルジェリア等)での翻訳・出版に次いで、待望の日本語版です。

2010年8月12日 (木)

心は刹那に変幻する

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心はみな心ではない

それは心に作り出すのだ

作り出された心は刹那に変幻する

過去の心の流れはとらえようがなく

現在の心の流れはとらえようがなく

未来の心の流れはとらえようがない

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コップいっぱい入った水に塩を加えたとき、
塩の形は消えるが、塩は無数の分子となって
拡散し水は塩からくなる。

2010年8月11日 (水)

『火の賜物―ヒトは料理で進化した』 リチャード・ランガム

われわれは、いかにして人間となったのか?
人類の起源をめぐる、壮大な文明史

人類が滅亡せずにすんだのも、小顔で八頭身になれたのも、
みんな料理のおかげだったのか!(荒俣宏氏 推薦)

「火」と「料理」こそがヒトの脳を大きくさせ、女性の役割を変えた!
今まで語られなかった人類進化の新しい世界 (久保田競氏 推薦)
(「BOOK」データベースより)

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ヒトの脳はなぜここまで大きく発達したのか。消化という作業を料理によって一部を「外部委託」できたことにあった。肉であれ野菜であれ卵であれ、生のものを消化するのは非常にエネルギーのかかる作業である。火を使うことで負担が大幅に削減され、栄養素の利用効率も格段に上がる。そしてヒトの消化器官はコンパクトとなり余ったエネルギーが大脳の発達へと繋がっていったという。
「人類進化に火が重要な役割を果たした」というのではなく「火の使用によってヒトになった」という 新たな人類進化論である。

男は狩猟で女は料理という役割分担が、幅広い原始的部族からも見られる。それは料理にかかるコストとリスクを考えれば、如何にしてヒトに時間的余裕を与えて広まったか解かる。
軟らかいものばかり食べていると太りやすい食生活を考え直すヒント、
「火を通さないもの」ばかり食べていると体にどう影響するかといった
現代社会で実践できうる「食」のことなども記されている。

山の老人とオマルハイヤーム

イラン北部山岳地帯にいた暗殺者教団のことは、マルコ・ポーロ『東方見聞録』にも書かれている。そこは「山の老人」が支配する国。山奥にコーランの中で説いた天国のそのままの庭園があったという。
葡萄酒や牛乳や蜂蜜が豊富にあり、清い水がいつも流れ思いのままに美女たちと快楽に耽ることができる。腕のすぐれた青年を選抜していれて、珍味佳肴と美酒でもてなし、好き放題の快楽生活を送らせてやった。本当に天国に来ているのだと思いこむ。

「もう一度お前たちをあの天国にやってやりたいと思うから、特にお前たちを選んでこの使命を託するのだ。さあ行け。ただ某々を殺しさえすればよいのだ。万一お前たちが失敗して死ぬようなことがあっても、そのまままっすぐ天国に行けることは疑いない」(『東方見聞録』)

青年たちは夢のような生活に戻りたくて暗殺の使命をはたした。「山の老人」は周辺の国の為政者を暗殺の恐怖でおびえさせ、貢物をよこさせるなどしたので国は栄えた。「山の老人」は、本当に天国のような庭園を造ったのではなく、若者にハッシッシ(麻薬)を飲ませて、天国にいるような幻覚を作りだしてやった史実から、暗殺者を「アサッシン」というようになった。

シーア派の一派暗殺教団を率いた「山の老人」ハッサン サッバーハ(-1124)とニザームとオマル ハイヤーム(1040-1123)の関係 。イル汗朝の宰相ラーシド ウッディーンの「集史」では3人は ニシャプールのメドレセでの学友だった。年代的にも思想的にも近いものがあるサッバーハは世代は違うが政敵ニザームを失脚させたという。

各地の有力者を震え上がらせ、暗殺というカードをちらつかせて政治的影響力を振るってきた暗殺教団も、遊牧民のモンゴル人には価値観も考え方が通用せず、「そんなに面倒で危険なやつらは元からたってしまえ」 とイランへ侵入してきたチンギス汗の孫に徹底的に叩かれ滅んでしまった。ハッシッシの幻覚も現実には還元されなかったのだ。  
暗殺教団の拠点は各地に複数あったらしいが、そのうち一つのアラムートと呼ばれた遺構はイランのエルブルズ山中にあり、テヘランから1箔2日くらいでいけるらしい。

「バグダードでも、バルクでも、命はつきる。
酒が甘かろうと、苦かろうと、盃は満ちる。
たのしむがいい、おれと君と立ち去ってからも、
月は無限に朔望(さくぼう)をかけめぐる!」

「戸惑うわれらをのせてめぐる宇宙は、
たとえてみれば幻の走馬燈だ。
日の燈火を中にしてめぐるは空の輪台、
われらはその上を走りすぎる影絵だ。」

「いつまで一生をうぬぼれておれよう、
有る無しの論議になどふけっておれよう?
酒をのめ、こう悲しみの多い人生は
眠るか酔うかしてすごしたがよかろう!」

RUBA'IYAT 'Umar Khaiyam
http://www.aozora.gr.jp/cards/000288/files/1760_23850.html
酒姫――酒の酌をする侍者。
それは普通は女でなくて紅顔の美少年で、よく同性愛の対象とされた。

薔薇と血と葡萄酒が渦巻く疾風世界

2010年8月10日 (火)

不老不死になる酒(Soama)

インドの最古の文献「リグ・ヴェーダ」は約紀元前1200頃に成立して、アーリア人の宗教、神話、生活を伝えている。
インドラの神に捧げられたという「ソーマ(Soama)」。武勇神であり英雄神で仏教では帝釈天と呼ばれている。インドラが蛇形の悪魔ヴィリトラを退治する時に神酒ソーマを飲んで英気を養ったという。ソーマという植物の茎から採った液と牛乳、バター、麦粉を混ぜて造ると記載されている。当時の特別な祭りでは宴も盛大で重要な供物として神格化されていた。

造り方の中に発酵が記されていないが、飲む者に陶然たる快感を与えたという。一種の興奮飲料かもしれないが、人々は供物の残りを飲んで長寿を願った。栄養と活力を与え、心身を強くし、戦う人々に勇気を授け、子孫を繁栄させて病気を癒し、寿命を延ばす効果があったという。詩人は霊感を得て、詩想を豊かにできる効用が強調されていた。

「酒は百薬の長」といい古来から、消毒力や肉体を興奮させて生命力を高めることに薬効として大変重視された。ギリシア・ローマ神話にはバッカス神、ディオニュソスという葡萄酒や芸能を司る神がいる。
バッカスは酒神で多くの人々を幻惑する、古くから死と再生の神としてディオニュソスは民間信仰されている存在でもあった。

イラン古代ではソーマと同義のハオマなどによって、神官たちがソーマ・ヨーガ(薬物冥想)を主要な冥想法として神を体験していた。預言者は全能の神に問答する記述がある。
『ザラスシュトラは、アフラ・マズダーに問うた。
「全知のアフラ・マズダーよ。御身は睡眠(無念無想の境地)を用いず、大麻を用い給わずして、アフラ・マズダーに御身はおわします。」』(ヴェーダ・アヴェスター)

大麻を用いたソーマ・ヨーガによって薬物冥想をしいてる描写である。紀元前700年頃のイランでは、この二種の冥想により至高至善の光明たるアフラ・マズダーに成ることが知られていたのである。

ゾロアスター教の聖典のアヴェスターには、延々とハオマ(ソーマ=精神活性飲料)を讃える詩句が連ねられている。
『ザラスシュトラはこう言った。
「ハオマに頂礼あれ。ハオマはよきもの、ハオマはりっぱに作られ、正しく作られたもの、よきもの、癒しの力を賦与され、美しいからだをもち、すぐれた働きを示し、勝ちを制し、色は金色、枝はしなやか、
(それを)飲むときは最勝のもの。そして魂にとっては第一の道案内です。

これを第一の賜物として、御身に、ハオマよ、私は乞い願う、ドゥーラオシャ(ハオマの別称)よ。
光輝き、一切の安楽をそなえた 最勝の境涯を、義者たちのために。」』

飲めば不老不死になると言われている御神酒。古代のバラモン教の僧たちも儀式のときに飲んで神と交信できたり、インスピレーションが湧く。アムリタと同一視される。ヴェーダの祭式の中で最も重要な供物で、神々でさえもその味に溺れてしまう程である。インドラの凄まじい力も、ソーマを飲むことによって得られるものだった。

そんなパワーのある御神酒なら一度は飲んでみたいものである。寿命を延ばし、霊感をもたらす霊薬によって、ハイパーインスピレーションによる長編詩など書いてしまうかもしれない。しかし神聖化されていたソーマ(Soama)の詳しい酒造方法は、秘密にされていたのか一切の資料が残されてはいないようだ。

ぺルシアの天地創造神話 

 天と地にある万物は6段階により365日かけて創造された。
空が40日、水が55日、地が70日、植物が25日、動物が75日、
人間が70日かけて創造され、各創造の後に五日ずつの休息がとられた。
空は石または輝く金属で創られ、空とともに天体、十二宮の星が創造され、
悪神の軍との戦いのために6148万の戦星が配された。
水の女神アナーヒターの泉から凍れ出て、水は大海ウォルカシャに注いだ。

 空と水に次いで派の水から地が創られ、地表は円形で平面と考えられた。
地表には植物のように山々が生え800年間隆起を続けて、巨大なエルプルズ山が天上に達した。
山頂東西にはそれぞれ180の窓があり、太陽は東の窓から昇り、西の窓に沈んだ。
世界は七つの地域に分けられた。
世界の中心に位置する中央地域は他の六地域を合わせた面積に匹敵し、
後に創造される人間はこの地域に住むことになる。

 善神が地球上に十六の国を創造すると、悪神はそれに対抗するものを創った。
悪神は河に蛇と冬を創りあげ、不信心の罪、死者を埋める罪、死者を焼く罪、
そして月経と酷暑によって、善神の国の繁栄を妨げようとした。
 神が第四段階で創造したのは植物で、大海の真中に一本の巨木が創られ数万の植物が生えた。
この木には巨鳥(Simurgh)が巣を作って「サエーナの木」と呼ばれ、万病治療の木であった。
その近くにもう一本の長寿を授ける巨木が生えて、巨魚が両巨木を守っていた。
 第五段階で創造されたのほ動物で、最初に創られたのは白く月のように輝く牡牛であった。
悪神の攻撃をうけて殺されたこの原始牛の精液は月に運ばれ、
その光で清められると、牡と牝の牛が生まれ、それに続いて282対のさまざまな動物が生まれた。
四足獣は地上、鳥は空中、魚は水中に住むように定められた。
最後を飾ったのが原始人間であり、その後に光の象徴としての純粋な「火」の創造が加えられた。

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「マツダの由来と意味」
社名「マツダ」は、西アジアでの人類文明発祥とともに誕生した神、アフラ・マズダー(Ahura Mazda)に由来する。この叡智・理性・調和の神アフラ・マズダーを、東西文明の源泉的シンボルかつ自動車文明の始原的シンボルとして捉え、また世界平和を希求し自動車産業の光明となることを願ってつけられた。
それはまた、創業者の松田重次郎の姓にもちなんでいる。

マツダのビジョンのページ右下に「マツダの由来と意味」という上記文章が掲載されています。http://www.mazda.co.jp/corporate/profile/vision/index.html

ザラスシュトラの発想方法が与えた影響

 ゾロアスター教の特質をなす二元対立の哲理は、ギリシア哲学の伝統的な思考とも、インドの哲学とも異質な独自な思想である。

 光と闇との対立抗争をもって世界が展開されて、存在のすべてが善と悪のカテゴリーに総括される。この世は善と悪の対立抗争する戦場となっているという。その二元論を形而上学的な体系をもって整備したのは、ササン朝のペルシャ神学においてであったとしても、開祖ザラスシュトラの発想法そのものが原型となった事はいなめないだろう。

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 パールシー神学界において一神教こそ最も優れたものとする西欧の進化論的見解から、ザラスシュトラの思想は二元論ではなく、唯一の最高神アフラマズダーへの信仰こそ重んじられたことがあった。インド的な環境においては避ける事の不可能な一元論傾向を浪厚にもつ神智学的解釈があった。このような近代主義をもってした結果、ササン朝のゾロアスター神学の二元論は、ザラスシュトラ自身の思想に反するものであるとする主張さえ盛んになったのである。西欧の学者の中にも、ササン朝の神学を魔術的な神秘主義として称して、ザラスシュトラ自身の思想とは別の起源を有するとすることがある。

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 ザラスシュトラ自身の思想を、アヴェスターにそって見てみると、後世の神学における二元論の形而上学の源泉となったものが明確に読み取れる。この思想の構造そのものを特色付けているのは、世界を構成する基本的なものが相互に対立する概念の存在である。
 光と闇を象徴するアフラとダエーワふたつの神による対立。このAhuraとdaevaはインドではアスラ(阿修羅)とデーヴァ(天)に相当し、本来は共に神的存在の呼称であった。しかし後世のインドでは専らデーヴァが神々の総称になって、アスラが悪魔的存在になったのに対して、イランではアフラが神的存在を意味してダエーワは悪魔の総称である。それらはインドとイラン両民族が形成された歴史的状況と密接に関係する。
 ザラスシュトラはアウラなる語をマズダーと共に、あるいは単独で最高神に対して用いる。そして陪神たちに対しても使用している。
 ダエーワはアカ・マナフ(悪思)の所生で、人をして悪事に陥らせ、人間の幸福、快適なる生を奪うとされる。悪魔の盟主として考えられているのがアンラ・マンユであった。
 次にザラスシュトラの強調したアシャ AShaとドゥルジDrujの対立がある。アシャはヴューダ語のリタrtaで「天則」ごとも訳すように本来は宇宙の理法を意味した。ザラスシュトラはアシャを専ら倫理的概念(正義)を指示する語となして、彼の教義の中核においた。これに対するドゥルジは「生を害する」意であるが、ザラスシュトラにあっては、特に「虚偽」の意味をもっている。このアシャとドゥルジの対立は、インドには見出すことができないもので、ザラスシュトラによってはじめて積極的に主張され古代イラン人の世界観に決定的な影響を与えたのであった。

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 現世と来世あるいは現界と他界といった、東洋仏教の宇宙観すら含まれる深遠なる二元論ともいえる。ここでは表舞台から姿を消したように思われるものも、名称や形を変えて敵対する経典にまで影響を与え続けることにも気づかされる。世界を思惟することの恩深さと、神学まで高められた叡智が何故あるのかということを考えさせられた。

2010年8月 9日 (月)

悠久の時を遡って

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 酒船石の東端に近い半月形の凹みに水を満たすと、約17度の傾斜にしたがって水は中軸線の細長い路溝と、両側へむかって約30度ずつの角度で開いている路溝を勢いよく流れてゆく。中軸線の路溝を伝わる水は、中央部の大きな小判形の凹みに入り、さらにそこから溢れ出てその先の中軸線の路溝をまっすぐに走って円形の凹みに入る。酒船石の西端の斜め南側には長橋円形の凹みがあって、こぼれた水はこれに入って溜る。洩れの無駄を防ぐためだとわかる。

 半月形の水は両側へ開いた路溝までは伝わるが、その先にある円形の凹みに水が一滴も流れこまないのである。路溝と円形凹みの間にはわずかな凸起があって、これが障害となって水をせきとめるのである。中軸線にある凹みには水が入るが、現在両側に残っている三つの円形凹みには水が流れこまないのである。
 これは何を意味するか。なぜ両側の五個(推定)の円形凹みを乾燥させておくのか。

 ヤズドの拝火神殿の一室では、神官が十種くらいの皿にそれぞれ違う薬種をならべ、それを調合していたのを見た。高野山の真言護摩の修法では密壇に八種の容器を配列し、それぞれに入れた薬種や香料を、僧が火炎に投じる。
 これらは完全に宗教的に儀式化し、形式化しているが、原形は犠牲動物を聖火に焼いたのと、薬酒造りであったにちがいない。前者が護摩の火に投げ入れる供物となり、後者は薬種調合の名残りであろう。

松本清張「ペルセポリスから飛鳥へ」より抜粋
Asukamap2 ササン朝ペルシャに栄えた拝火教の灯火は、イランの辺境ヤズドに今も残っている。
たまたま監督した映画やDVDシリーズの舞台なので、原作小説よりも詳しく調べなくてはならなかった。作家や教授の調査とは違って、ゆっくりとは時間が与えられていないなかでも、関心のないスタッフへ視覚的にも分かりやすくしなくてはならない立場にあった。そこで作品創作では毎回そうなのだが、舞台となったササン朝ペルシャに生きていたくらい、すっかり風土や習慣や価値観などに夢中になってしまっていた。高度な哲学や幾何学があったことにも驚き魅了されたものだった。

そして意味もなく何度も訪れている飛鳥とササン朝の符号を、感覚的な幾何学のようなことで石物たちへ観てしまうこととなった。ササン朝ペルシャに栄えたものの影響が明日香に点在しているのに想いを馳せるのだった。拝火教の司祭はマギといわれ、天文や暦や医法の知識があった。錬金術や眩術のようなことをして魔術をもっているようにみられた。ペルシアの医者はインド大麻を麻酔剤として使って手術したようだ。その薬種調合と錬金術の装置が酒船石には備わっているとも推測してみた。ペルシアのマギが医学と薬学を国外にも、持ちこんで中国に帰化したことは歴史に刻まれている。 ゾロアスター教は中国で「祆教」けんきょうとしてペルシアから伝わり、唐代には長安を中心に栄え日本の政治中心地だった飛鳥地方に伝わっていたのだった。飛鳥を歩きながら土地に残された謎へ耳を澄ませば、悠久の時を遡って語りかけてくれるかもしれない。

そのように思ったのは自分ひとりではなくて、松本清張が『火の回廊』という飛鳥からペルセポリスを取材した新聞小説を連載していたことを後で知った。飛鳥の謎の石造物をめぐって、拝火教へ繋がっていく論文を推理小説として執筆していた、当時の作者はちなみに近くの町に住んでいて、商店街で本人と何度かすれ違っている。

Gomadan 高野山の護摩壇

水に恵まれた飛鳥

 飛鳥は大和盆地の美しい要地である。
 東方に多武蜂のつらなり西方の金剛山あり南は高取山が支えている。三方位を低い山脈に囲まれた飛鳥が、北の大和川にむけてゆるやかに傾斜して、幾筋もの川谷が南へ昇っている。
 金剛山地沿いに流れるのが葛城川で、川沿いに京城氏が栄え上流には今の御所市がある。その東に曾我川があり幅のせまい小さな川になっている。飛鳥の中心を流れる飛鳥川は有名な甘樫丘を巻くようにして走っている。上流に流れこむ冬野川の川岸には石舞台がある。その東が寺川さらに東が初瀬川である。

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 これらの川の川谷にひらかれた飛鳥で、耳成山と畝傍山と香具山の大和三山へ飛鳥川をなかにして扇形と散っている。扇の要にあたるところが甘樫丘である。丘のすぐ東方には蘇我馬子が築いた法興寺跡であった飛鳥寺がある。このあたりから南にかけて、美神原がひろがっている。川谷でいちばん大きいのが、葛城川の西に伸びる葛城の地である。
 山に囲まれ充分に水に恵まれた飛鳥はの土地は、峠を越えれば吉野という桜の奇麗な聖地へ隣接している。

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2010年8月 8日 (日)

飛鳥を歩いて知る

Isibutai_077 石舞台

古代の人々は巨石を労なく移動させたのか、酒船石や亀石を山頂に運び上げている。
石舞台古墳の石たちは二上山系のもので、牽牛子塚、中尾山古墳などの石室は巨石をくり抜いたり組み合わせたりしたものだし、鬼の剋・鬼の雪隠などの石とともに他から運んできたものだ。
そして両親官に施設すべき石造物の工作場は、飛鳥のどこかに設置されて、亀石、猿石、二面石、道祖神石、須弥山像石などが彫刻されたのだろう。
 

Isibutai_103 二面石

飛鳥辺りがひらけるにつれて、邪魔なものは地の下に埋め、隅のほうに遺棄され、低い丘の上に運びあげられた。路傍に捨てられた二面石や猿石や亀石のようなものは、耕作地の邪魔物故いにされて転々と橘寺の境内とか、吉備姫王墓の前とか、畑の隅とかに置かれ四散させられて機能を失ったように想えてならない。

Isibutai_016_2 亀石

飛鳥の石造物は仏教とは関係がない。猿石は陰部を露出した石像で現在はその下半身が地中に埋められて分からなくて、吉備姫王墓の柵内に引っ込められている。人像石の面貌は日本人でも朝鮮人でも中国人でもない「異種族」の顔を思わせる。二面石像はここだけで他には一つもない。身体は密着しているのに、二つの顔が互いに反対側をむいている変わった像である。

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Saruisi_039 猿石

斉明天皇の呪術的な性格、両税官の奇怪な工事崩壊、飛鳥石造物の異国性の三つを繋ぐと「異宗教」的な体質が推定できる。飛鳥で栄えたものはササン朝ペルシャから運ばれ伝えられた物品が多く出土されてきた。そこには酒船石のように拝火教で使われたシステムも含まれて、今も二月堂や山頂へ火を灯す儀式として残されている。善と悪がひとつの舞台で果てしなく反対側に向きあうという、世界にまれに見るゾロアスター経典の教えが二面石に刻まれているような気がしてならない。

人は火で進化した

ドイツのネアンデル谷で最初に見つかった化石人類はヨーロッパから中近東にかけて生活していた。
前頭葉の発達はなく喉の構造からも、複雑な音声による複雑な言語体系はなかった。ネアンデルタール人は高度な道具を製作したり火の使用もでき死者を埋葬したりもしたという。ロゴスに支配された言語以上の伝達手段を、コミニュケーションツールにしてた可能性は推測されてもいいだろう。
やがてヒトとネアンデルタール人は交雑してネアンデルタール人の遺伝子は、アフリカ以外のフランス・中国・パプアニューギニアへ、現生人類にも1~5%残っているというデーターが発表された。

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「巨神族のプロメテウスとエピメテウスは兄弟だった、「プロメテウス」は「先に考える」という意味で「エピメテウス」は「後で考える」という意味があった。プロメテウスには未来を見通す能力があり、人に火を与えた後ゼウスの怒りを予想して遠くまで旅に出かけることにしたという」

この「 Promētheus」伝説のように明かりに導かれて、火を使う初期のヒトたちは中近東でネアンデルタール人と出会って交雑して各地に散らばっていったのだろうか。ヒトがどうやってヒトになったのかは「火の使用と料理の発明」にあるとすれば、火はまさに賜物で―ヒトは料理で進化したという歴史も存在しているわけである。

「人」は「火」で進化したと文字で刻むと、ヒとヒト進展が視覚で見えてくる。

火とは人の精神へ大いなる発展に関わっている現在進行形の「智の明かり」とすれば、現代に生きてる我々もまた「拝火している教え」のなかで無意識にいることでもある。明日か明日香、ふたたび飛鳥の石造物へわくわく散策ですね。♪

2010年8月 7日 (土)

食べる人類誌―火の発見からファーストフードの蔓延まで

フェリペ フェルナンデス=アルメスト 著
Felipe Fern´andez‐Armesto

ヒトをサルから離陸させた火の使用、カニバリズムと菜食主義の意外な共通点、海を越えた食材の交換が促したグローバル化――。食べ物こそが、われわれの歴史をつくってきたのだ! 世界的な歴史学者が「8つの食の革命」を切り口に人類史を読み直す。古代ローマの祝宴を彩った酒肴から現代の食卓にのぼる遺伝子組み換えトマトまで、古今東西の珍味と興味尽きない逸話がたっぷりのフルコースをご堪能あれ。解説/小泉武夫 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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 古代エジプトのレシピで唯一いまも残っているのは病人食のつくりかたで、医学論文に記されている。ギリシアとローマで医療としての栄養学を支配していたのは体液理論だった。〝冷″と〝温〟が過剰な場合は温かく乾燥した食べ物を与え、逆の場合も同様にした。食べ物には多様な特性があり、完全な健康のためにはそのバランスをとらなければならないという考えは、他の多くの文化の関心を引いた。

 イランでは、塩、水、紅茶、一部のキノコを除いて、それ以外のすべての食べ物が〝温〟または〝冷〟に分類される。牛肉は〝冷″で、そのほかキュウリ、デンプンの多い野菜、コメなどの穀物も、同じく〝冷″に分類される。しかし、羊肉と砂糖は〝温″ で、そのほか乾燥した野菜クリ、麻の実、ヒヨコマメ、メロン、キビ、アワなども〝温〟である。インドの伝統的な体系では、砂糖は〝冷″、コメは〝温″だとされる。マレー半島では、コメはどれにも属さない。
中国では、魔術的だとして道教を信じない集団でも、陰と陽のバランスをとるという道教の理想が料理に反映されていて、ほとんどの食べ物がいずれかに分類される。どの社会でもショウガ、コショウ、肉、血は〝温〟に、白菜、クレソン、その他の青野菜は〝冷″に分類された。変容の魔術の一種と考えたほうがわかりやすいだろう。つまり食べたものの性質を手に入れる方法なのだ。

「医術でないとしたら」調理とはいったい何だろう。こう疑問を呈したのは、古代の偽ヒポクラテスの書だ。確かに、課税や規制の関係で、政府がこの二つは違うのだとどんなに言い張ろうとも、食べ物はある意味で薬である。
 イギリスの現代美術家ダミアン・ハーストは〔薬局〕というおよそ食欲をそそらない名前のレストランを開き鋭い風刺作品に仕上げた。食べ物はドラッグストアの商品のように包装されて出てくる。同様の意味で、食べ物は毒でもある。世界中どこをみてもわかるように、過食や拒食は健康に悪く、命取りになることもある。ガレノスは中年を過ぎた人へ下水道でとれた魚や、固くて噛みにくい肉のような消化しにくい食べ物を食べないようにと指示した。特定の食べ物と特定の健康状態との対応を正確に表にまとめようとすれば、食べ物と薬の歴史の大半を書くことができるだろう。

燐寸の図案

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燐寸図案. 実用燐寸レッテルには様々な図案があります。 ここにはコレクション300種類以上の中から、抜粋して100種類ほど公開する予定。 主に明治、大正、昭和初期時代の燐寸レッテルの図案。

零画報:

燐寸図案のアルバムページへ
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/photos/match/

2010年8月 6日 (金)

踊るダメ人間

六で無くする人たち
心や気持ちを伝えようとしても、無意味に還されます
一生懸命になって付合うだけ無駄と想われる症候群

  1、時間を守らない人。
  2、避けて通る人。
  3、人のせいにする人。
  4、整理整頓をしない人。
  5、連絡の悪い人。
  6、出来ませんと言う人。
  7、行動しない人。
  8、考えない人。
  9、基本の出来ない人。
  10、粘り気のない人。


ダーメ、ダメ、ダメ、ダメ人間~♪
とここまで連呼されるといっそ­気持ちいいです。
一種の癒しの音楽。
筋肉少女帯 - 踊るダメ人間
http://www.youtube.com/watch?v=fkMBO1IZkBo

666でロクデナシ♪
憎みきれないロクデナシ♪

2010年8月 5日 (木)

醍醐味(だいごみ)

「最高の美味」を意味する仏教用語。牛乳製品を発酵の段階にしたがって五つ(乳(にゅう)、酪(らく)、生酥(しょうそ)、熟酥(じゅくそ)、醍醐)に分け、それら五つの味を五味(ごみ)といい、あとのものほど美味であるとする。五味は教義や経典の深浅の説明に用いられ、最高のもの(たとえば『涅槃経(ねはんぎょう)』)が醍醐味に例えられる。サンスクリット語でサルピル・マンダsarpir maaというが、乳酸飲料「カルピス」はこのsarpir(サルピスsarpis)をもじった商標である。すばらしい体験をすることを「醍醐味を味わう」という。  日本大百科全書(小学館)

醍醐味(だいごみ)とは最上級の味を意味する。元は涅槃経に説かれる仏教用語である。醍醐とは現在でいうチーズのようなものと考えられており、涅槃経の中に説かれる五味相生の譬(ごみそうしょうのたとえ)で仏教の数ある経典の中でも涅槃経が最後にして最高のものであるとしてたとえられた。
(出典:Wikipedia)

Daigosui

平安時代後期「醍醐寺縁起」によると、聖宝は貞観寺の東の山に五色の雲がかかっているのを見て笠取山に向かった。山道を行くと老翁が現れて湧き出る清水を飲んで「ああ醍醐味なるかな(これこそ醍醐味である)」という。聖宝が老翁と修行の活動拠点を探している話をすると、老翁はこの山の地主の神であることを明かして山に寺を建てて修行に励むのなら自分が守護神となると伝えた。
上醍醐には有名な「醍醐水」が今も湧き出ている。醍醐山頂には、如意輪堂と開山堂と白山大権現が並ぶ。山頂から笠取山に向かう途中に奥の院がある。

真言宗醍醐派
古義真言宗に属する真言系仏教宗派のひとつで総本山は醍醐寺
http://hello.ap.teacup.com/applet/koinu/20100805/archive

幻想の画家

オディロン・ルドン(Odilon Redon, 1840年4月20日 - 1916年7月6日)

色彩の魔術師 形を超える夢想 

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眼=気球(1878) ニューヨーク近代美術館
自画像(1880)オルセー美術館
蜘蛛(1887)岐阜県美術館
閉じた眼(1890)オルセー美術館
シタ(1893)シカゴ美術館
キュクロプス(1898-1900頃)クレラー=ミュラー美術館(オッテルロー)
丸い光の中の子供(1900頃)新潟市美術館
オフィーリア(1901-02頃)岐阜県美術館
仏陀(1905)オルセー美術館
オルフェウスの死(1905-10頃)岐阜県美術館
ペガサスに乗るミューズ(1907-10頃)群馬県立近代美術館
トルコ石色の花瓶の花(1911頃)個人蔵

2010年8月 4日 (水)

韋駄天(いだてん)

仏教の天部神。

梵語のskand (スカンダ) の音訳で私建陀(しけんだ)・塞建陀(すけんだ)等ともいう。
歓喜天とは兄弟でシバ神の子供で仏教に帰依してからは伽藍の守護神となった。
ヒンズュー教の神であるがバラモンの影響のないタミル地方の土着の神。
天部尊の中で随一の俊足で佛舎利を盗んだ捷疾鬼を追いかけて捕らえて「韋駄天走り」と伝わる。
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四天王の一尊で増長天傘下に属する三十二将の主席。    
中国では剣を地面に突き立てる像が多い。   日本の立像では鎧を纏い合掌した手に剣を捧げるか宝棒を横に持つ像が多い。
                                                         

中国の神話『封神演義』では、闡教の道士・韋護(いご)として登場する。

2010年8月 3日 (火)

ザラスシュトラかく語りき

知られているゾロアスターは正しくはザラスシュトラ Zarathushtra です。
Zarath は「黄色の」 ushtrs は「輝く」という意味です。
ツァラトゥストラ→ザラスシュトラ→ゾロアスターは
2001年宇宙の旅のテーマ音楽になっているのも興味深い、
Zarathushtraは何を語りかけてくれたのだろうか。
http://www.dailymotion.com/video/xcdfm9_zarathushtra_webcam

Iconゾロアスター教の起源はアーリア人によるものとされます。
中央アジアから紀元前千年、パンジャーブ地方に侵入したのがアーリア人系インド人とイラン高原へ移住したのがイラン人です。インド言語サンスクリット語(ヴェーダ語)と、古代イラン言語アヴェスタ語、古代ペルシャ語、古代イラン語が音韻、形態が似ています。そして神々の名称と神話の構造がそっくりなのです。

インドにはスカンダという神が存在するが、これはイスカンダルに由来した神名である。
アレクサンドロスがアラビア語に入り、語頭の「アル」が定冠詞扱いされて「イスカンダル」とか「スィカンダル」になった。
アレクサンドロス=イスカンダル=スカンダ(ヒンドゥーの神)=韋駄天

Firuzabad01 ゾロアスター教の祭官Magi は Magic(魔術)の語源で、キリストの誕生の際に訪れた東方の三博士はマギと記されています。ゾロアスター教の聖典「アヴェスタ」は隠秘学の原点と伝えられます。
その数秘書は21巻あったらしく、ルドルフ・ベルヌーリによるとタロットにおける「数の推移21」工程へに対応しているという学説もとなえられた。

『錬金術-タロットと愚者の旅』R・ベルヌーリ
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/-r-7a7c.html
翻訳は十代の頃から敬愛していた講師の種村季弘さん。夏休みに秩父湖のほうにあった先生の温泉付き別荘へさそわれて学友たちと遊びに行ったな。この本は発売日に買って、忘れていたことを想いだすようにボロボロになるまで読んだ。数秘していた過去世を遡ったわけである。

2010年8月 2日 (月)

MAZUDA(マツダ)電気はアフラマズダー (Ahura Mazda)の光からきている

Edison_mazda_display

Maxfield Parrish Edison Mazda Playing Cards Mint
http://artvintage.tripod.com/maxfieldparrish1.html

Parrish_mazda_1918_andthenightisfleB153a  ユダヤ教が一神教とすれば、ゾロアスター教は神が二人います。一つが光の神であるアフラマズダー。対立するのが闇の神アーリマンです。アフラマズダーとアーリマンは永遠に戦いつづけている。それぞれ天使の軍隊と悪魔の軍隊を率いて戦っている。この世に起きるあらゆる出来事はすべて、この二人の神の戦いのあらわれだという。限りなく永遠に戦いつづけて、何時の日か光の神アフラマズダーが勝つと伝えられた。
光の神の勝利したあとで救世主が現れる。救世主はそれまでこの世に生をうけて死んでいった人々をすべて甦らせる。復活した人々を善悪に振り分け、天国行きと地獄行きに選別する。ゾロアスター教の「最後の審判」となっている。

24719465後の時代に現れたキリスト教の救世主待望思想や最後の審判の観念は、古代からあるゾロアスター教の類型に思われる。旧約聖書「ヨブ記」などでは、神は悪魔と同じレベルで論争している。悪魔もゾロアスター教のアーリマンがユダヤ教に模倣されたか影響を与えたことが伺える。アケメネス朝の支配下でヘブライ人はユダヤ教を確立していった。
ゾロアスター教は、西方のヘブライ人だけでなく東方のインドにも影響を与えている。アフラマズダーはインドに入り光明仏ヴィローシャナになります。それから中国と朝鮮半島を通って日本にも伝わっている。飛鳥時代の奈良の大仏「毘盧遮那仏」さんは光明神アフラ=マズダだった。

 

太陽と戦慄の「あぶく銭」

Easy Money (Palmar=James-Fripp-Wetton)
http://www.youtube.com/watch?v=b9bmfsbvxGc

街を歩いてれば野郎どもは夢中さ
見事な熱い貴方の肢体とスニーカーに

指を震わせ賭け金をつり上げてくるぜ
胸どきどき勝てるかどうかの正念場だ
「あぶく銭」

その妖しい魔力に皆降参さ
グラスを投げてみせて
太股に真赤なサスペンダー

御宝を巻き上げて家中が金の山
犬も骨に有りつき神様気分で弐週間
「あぶく銭」

極楽みたいだ贅沢にドライブ
御蔭でツキマクリさ強い運の星
丸儲け「あぶく銭」

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King Crimson 1973 - 太陽と戦慄 Larks' Tongues In Aspic

1.太陽と戦慄パート1  Larks' Tongues in Aspic, Part One
2.土曜日の本  Book of Saturday
3.放浪者  Exiles
4.イージー・マネー  Easy Money
5.トーキング・ドラム  The Talking Drum
6.太陽と戦慄パート2  Larks' Tongues in Aspic, Part Two

Book of Saturday http://www.youtube.com/watch#!v=gjxtVKViv4k&feature=related

Easy Money ( Naniwa Virsion )
http://www.office-may.net/progre/em_naniwa.htm
ホンマどえらいスケや!
おのれがいとるさけ
商売繁盛やで
笹持って来んかい! 
ボロ儲けゃ ゼニだっせ~

マイペースな音楽の聴き方 
http://www.myspace.com/pentora

ペントーラ とは、MySpace 内でつながっています
私の友達にリンクしているMySpaceへクリックしてみてください
ほぼ無数のロック音源にリンクされていることが体験できますよ
夏休み中は一週間に七回以上の新譜の音楽情報など
MySpace更新する予定です

2010年8月 1日 (日)

R・D・ウィリング『地球を滅ぼす人類最後の宗教 マネー』

(超知ライブラリー 44) Money –The 12th and Final Religion-

中央銀行ネットワークや株式市場の姿を装っている宗教がある。
投資収益率や利率と呼ばれる「呪詛の火炎=情念」で人々を煽っているマネーの正体を歴史的に解明する。
「高利貸し」として聖書では禁止されている。タブーを平然と破りながら、あらゆる宗教・宗派を支配している金融システム。

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自然と調和しながら繁栄していく人類の事業の責務には、二つの基本的なルールがある。
水を汚さないこと、
高利貸しによって生命を束縛してはならない。
マネー宗教のパワーが、いかにして抵抗を続け、敵対勢力を叩き潰してきたのか、
本書は以下のような事例を挙げて説明している。

・リンカーンとケネディの暗殺
・世界貿易センタービルの破壊
・戦争を起こす原動力
・ズボンを下げたクリントン大統領に人々が熱狂した理由
・アメリカ建国の理念を破壊する企業活動

R.Duane Willing ホームページ「マネー ~12番目にして最後の宗教~」 
http://www.rduanewilling.com/

Money, Markets and the Biosphere
http://www.youtube.com/watch?v=hY7RtnYpWoA

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

オンライン状態

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。