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2010年8月31日 (火)

近代能楽

「弱法師」は観世元雅の作であるが、クリ、サシの全文とクセの冒頭は世阿弥作。世阿弥自筆本の臨模本では俊徳丸のツレが登場する。「妻の登場をはぶいた現行の形は、俊徳丸の達観した心境をより鮮明に示す」ともいわけたが、このような対話性を削ぎ落とした、シテ中心主義に向かう方向が問われている。

弱法師は芸能者の可能性もあるといわれる。通俊との梅の花にまつわる問答や四天王寺の縁起などが芸能による伝達とも伺える。寺院は社会厚生事業の場で、盲目の人など多くの社会的弱者が集っていた。彼らが喜捨に対するお返しとして、芸能を行ったともいわれる。

三島由紀夫は翻案して戯曲「弱法師」を書いた。
戦後日本を舞台とした現代劇へ置き換えて、能に描かれていたドラマを甦らせている。『近代能楽集』として「邯鄲」「綾の鼓」「卒塔婆小町」「葵上」「班女」「道成寺」「熊野」「弱法師」の八編からなる戯曲を、 昭和25年から昭和35年にかけて雑誌『新潮』『声』などのに発表した。 この現代戯曲は全て能の謡曲を原作とした翻案作品で、能の物語を世界に紹介したということで評価されていい果敢な実験であった。『近代能楽集』の解説では、ドナルド・キーン氏が能とギリシア古典劇の類似を指摘している。

Kinno

□「近代能」という言葉に始めて出会うと、一種の矛盾を感じるに違いない。能といえば、ひどくのろくて、わけの分らないもので、「近代的」の反対語のような存在だと一般に考えられているようだが、勿論、これは正しい見方だと思われない。現在の上演法はともかく、読み物として能を考えてみると、あらゆる演劇の中で一番出来た時代の束縛を受けないのは能ではないかと思うほどである。たしかに、能には仏教的な味が濃くて、非常に難解な文章が多いが、筋からみたり登場人物の悩みからみたりすると、無理なところが案外少なくて、浄瑠璃や歌舞伎と比べると、問題にならないほど近代的である。言いかえると、『忠臣蔵』は飽くまで徳川時代の産物で、「近代忠臣蔵」ということは不可能であろうが、『熊野』は室町時代に書かれたが当時の政治情勢や思想と全く関係がなく、時代を越えたテーマを扱っているので、三島氏は「近代」の『熊野』を書くことができたのだ。『忠臣蔵』を徳川時代の忠義思想から切り放したら、切腹の場面やお石などの婦人たちの馬鹿げた貞節ほどうしても信じられなくなるが、幽霊を信じないわれわれは『卒塔婆小町』を見てもひっかかるところがない。

 能とギリシア古典劇は共通点が多いとよく言われている。仮面劇であって、役者が歌ったったりすることはたしかに共通だし、地謡に符合する合唱隊などもそうだが、一番似通ってる点は、その永遠のテーマであろう。欧米では何百年前から「近代ギリシア劇」を上演しているし、三島氏も最近エウリビデスの『ヘラクレス』に拠って『朱雀家の滅亡』を発表した。能もギリシア古典劇も三島氏をインスパイアする力を持っている。

・・・・・・三島氏ほど想像力の豊富な作家がどうして中世の戯曲をわざわざ現代化しなけれはならなかったか、という疑問が起るかも知れない。然し、先代の戯曲を現代化することは昔からの習慣である。ギリシアの悲劇作家たちが皆同様の物語を取扱い、ローマ時代となると、セネカの悲劇にまたフェドラ、メデアなどのギリシア物があり、十七世紀のフランス戯曲にも、二十世紀のアメリカ戯曲にも、二千何百年前からあった伝説が出る。三島氏自身は、『芙蓉露大内実記』でエウリピアスの 『フェドラ』以来の物語を日本化してその伝統を続けた。『潮騒』で『ダフニスとクロエ』を日本人化した同じ過程だが、いずれの場合にしても、昔からあった物語を新しい形式で述べることほ古典主義者の立場であり、三島氏は明かに古典派である。ギリシアの戯曲や室町時代の能を現代化するのは、種がないからではなく、古典文学の名にふさわしく型に入って自分の手腕を発揮したいからだった。
□『近代能楽集』解説ドナルド・キーン

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