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2010年9月30日 (木)

SIGHT 45号 早くしようよ、政界再編

民主党・生方幸夫/自民党・加藤紘一/みんなの党・江田憲司田中秀征/内田樹×高橋源一郎

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●正しい日本外交に政界再編は必要か 藤原帰一

●総力特集 早くしようよ、政界再編
自民党が勝利・民主党は過半数割れ・みんなの党が躍進、という結果になった7月の参院選。小沢一郎が出馬し菅直人と一騎打ち、敗れるまでをメディアが過熱気味に追った、民主党代表選挙。現実も、それを追随する報道も、いつまで経っても政策そっちのけで政局一色のこの状況に対して、SIGHTは「早くしようよ、政界再編」という特集を組んでいる。民主党・生方幸夫――民主党・生方幸夫、自民党・加藤紘一、みんなの党・江田憲司という各党のキーパーソンに、党の現状と政界再編の可能性について直接インタヴュー。さらに田中秀征、藤原帰一ら論客が、単なる政局問題としてではなく、制度問題、外交問題として政界再編の展望を分析。
さらに内田樹×高橋源一郎対談では、政界再編を飛び越えて、2人がさらに過激に日本の将来を語る。キーワードは「たそがれ」……。

●北野武インタヴューは映画『アウトレイジ』について、
公開後の今だから語れる作品への自己評価と、
先日製作がアナウンスされた『アウトレイジ2』についても語る。

発売日:2010-09-30 .780円
ロッキング・オン
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SIGHT編集部 http://ro69.jp/product/magazine/9

最近この雑誌に特集されている記事が、面白いほど政治について明確な分析と取材がされている。前々号の特集が「ありがとう小沢一郎、僕たちは卒業します」で、そのとおりの展開になって、次は「何が出来るか?出来ないか?」であった。そしていよいよ政界再編の季節となった。

2010年9月29日 (水)

「学研の科学」が親子向けWeb講座で復活

3月に休刊した学研の「科学」ネット講座がスタート 
NTTナレッジ・スクウェアと学研ホールディングスは、学研の学習誌「科学」を基にしたネット講座を、9月28日から始める。Web講座と実験キットのセットで、価格は6レッスン1万5750円。小学生の親子向け。

 科学シリーズで好評だった実験を、ネット上で親子向けに解説。科学シリーズ編集長で、テレビ番組でも人気の湯本博文さんが映像で解説する。実験や講座に関する質問コーナーや、受講者による実験画像の投稿コーナーも設ける。

 「大気圧のふしぎ実験」「食べ物びっくり実験」など6レッスンをセットにしたAコースと、「空気でびっくり実験」「磁石のひみつ実験」など6レッスンをまとめたBコースの2種類。それぞれ1万5750円。推奨受講期間は各6カ月。

学研キッズネット http://kids.gakken.co.jp/

Gakken

地球外生命体は地球での核開発の状況に強い関心

UFOが核兵器に強い関心!? 元米軍大佐らが会見で異常体験語る
 宇宙からの未確認飛行物体(UFO)は、地球の核兵器に興味津々-。米軍の核兵器施設で勤務していた元空軍大佐ら7人が27日、ワシントンのナショナル・プレスクラブで記者会見し、「皿形の飛行物体」や「説明のつかない光」の飛来と同時に核兵器の管理システムに異常が起きたとの体験を語り、米政府はUFOに関する情報を公開すべきだと訴えた。

 会見では、1967年3月、モンタナ州の空軍基地にUFOが飛来、核弾頭を載せた大陸間弾道ミサイル(ICBM)のシステムが一時、発射不能の状態になったことなどが紹介された。

 司会を務めたUFO研究家ロバート・ヘイスティングズ氏は、UFOや地球外生命体は地球での核開発の状況に強い関心を持っていると指摘。「時々干渉しながら、核兵器で『火遊びをするな』との警告メッセージをわれわれに送っているのではないか」との見方を披露した。(共同2010.9.28)

【関連ニュース】
来年は宇宙人来訪?「90%の確率で“重大な出現”」中国のUFO研究第一人者
「西暦で末尾に1、2、7がつく年は多数のUFOが観測」
http://sankei.jp.msn.com/world/china/100807/chn1008071653006-n1.htm
チャーチル元首相がUFO遭遇情報を50年間隠蔽指示か「民衆の間にパニックを招き、宗教心の破壊にもつながりかねないので、機密扱いにすべきだ」
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100806/trd1008060949003-n1.htm
中国でUFO? 空港閉鎖 目撃相次ぎ、ミサイル説も
http://sankei.jp.msn.com/world/china/100708/chn1007081911007-n1.htm

2010年9月28日 (火)

自転車に乗ったロボット「タイプエコ」モデル

村田製作所は自転車に乗ったロボット「ムラタセイサク君」と、一輪車に乗ったロボット「ムラタセイコちゃん」の2010年モデルを公開した。セイサク君は新たに機器の省エネルギー化に役立つセンサーや通信モジュールなどを搭載して「タイプエコ」となった。

 セイサク君には近距離無線モジュールで自らの消費電力をモニタリング、赤外線センサーで人の有無を検知して節電、ワイヤレス充電などの機能を備えている。セイコちゃんには制御技術の高度化により、S字カーブの平均台も走行できるようになっている。 セイサク君は05年に、セイコちゃんは08年に開発。村田製作所の各種電子部品を使って造られて、今回のモデルは3代目となる。

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村田製作所 http://www.murata.co.jp/
近年、エンタテインメントやセキュリティ用など、色々なタイプのロボットが実用化され、身近な場面で活躍しています。ロボットには電子回路で電気を蓄えるコンデンサのほか、動作を制御するセンサ、情報をやり取りする通信モジュールなど、ムラタの技術が数多く搭載されています。
http://www.murata.co.jp/new/news_release/2010/0927/index.html

ロボット市場はこれから大きく成長する分野で、
エコ電子部品の高性能化と需要の拡大が予想されています。

2010年9月27日 (月)

ミシンとコウモリ傘との出会い

ディペイズマン(depaysement)
「エクリチュール・オートマティック(自動記述)」と並ぶシュルレアリスム芸術の方法論。

「本来の環境から別のところへ移すこと、置き換えること。本来あるべき場所にないものを出会わせて違和・驚きを生じさせること」
起源は「そしてなによりも、ミシンとコウモリ傘との、解剖台のうえでの偶然の出会いのように、彼は美しい!」ロートレアモンの『マルドロールの歌』(1869)に見出した。

ルネ・マグリットの作品には、昼の青空の下に夜の街が描かれた『光の帝国』、青空の下に広がる大海原の上に浮かぶ大きな石という構成の『石』がある。

名画への旅「光の帝国~ルネ・マグリット」
http://www.youtube.com/watch?v=KNz_38uvr5k

Maglld

2010年9月26日 (日)

ノーベル賞詩人が新政党 ナイジェリア大統領選控え

 【ナイロビ共同】ナイジェリアからの報道によると、1986年にアフリカ人で初めてノーベル文学賞を受賞した同国の詩人・劇作家、ウォーレ・ショインカ氏(76)が25日、新政党を立ち上げ、党首に選出された。

 ナイジェリアでは来年1月に大統領選が予定されているが、ショインカ氏は記者団に出馬しないと語った。

 最大都市ラゴスで開いた発足式で、ショインカ氏は「不満を抱く若者のための政党だ」と述べ、汚職撲滅や教育対策などに取り組むと強調した。政党名は「人民連合民主戦線」。

 ショインカ氏は民主化運動の活動家としても知られ、軍事政権時代には当局の弾圧を受けた。主な作品に戯曲「森の舞踏」などがある。

【2010/09/26共同通信】

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Wole Soyinka Promo
http://www.youtube.com/watch?v=oE9uux8xjzU

ウォーレ・ショインカ(Wole Soyinka, 1934年7月13日 - )
ナイジェリアの詩人、劇作家。アフリカ人としては初のノーベル文学賞受賞者(1986年)。

ショインカはナイジェリア南西部のアベオクタでヨルバ族の家族に生まれ初等教育を受ける。その後イバダンのガバメント・カレッジ(Government College, 公立学校)での中等教育の後、1952年から1954年まではイバダン大学で、1954年から1957年まではイギリスのリーズ大学で学び、英文学の学位を受けた。
アフリカ演劇を学ぶためにナイジェリアに帰るまで、ロイヤル・コート・シアターで戯曲朗読者として働いた。国に帰って後は、ラゴス、イバタン、およびイフェで教鞭を執った。1986年に、アフリカ人としては初のノーベル文学賞を受賞。『死と王の先導者』が代表作。

「水木しげるロード」 銅像

水木しげるロードを行く!
http://koinu.cside.com/NewFiles/mizuki.html

Nurikabe

1. 2. 3. 4 水木しげる先生執筆中
(机に向かう壮年期の水木と、それを見守る鬼太郎・目玉おやじ・ねずみ男)
5. 6. 7 河童の三平とタヌキ・カッパ

8. 9 鬼太郎ポスト
10 死神
11. 12 麒麟童子と猩猩
13 雷獣
14 ぬらりひょん
15 ガラッパ
16 垢嘗(あかなめ)
17 田の神
18 口裂け女
19 青女房
20 化け草履
21 豆腐小僧
22 大かむろ
23 山わろ
24 すねこすり
25 釣瓶落とし
26 鍛治媼(かじばばあ)
27 輪入道
28 水木しげる氏顕彰像
(石碑の碑文は「なまけ者になりなさい」)
29 河童
30 袖引小僧
31 猫娘
32 ぬりかべ
33 家鳴り
34 朱の盆
35 海女房
36 37 鬼太郎と目玉おやじ
38 川猿
39 山彦(呼子)
40 白溶裔(白うねり)
41 倉ぼっこ
42 足長手長
43 川獺の化け物
44 毛羽毛現
45 海坊主
46 木の葉天狗
47 雨降小僧
48 鬼太郎(等身大) 

49 鬼太郎の下駄
50 目玉おやじ(茶碗に立つ目玉おやじ)
51 すっぽんの幽霊
52 小豆洗い
53 お歯黒べったり
54 髪切り
55 一反木綿
56 石見の牛鬼
57 ねずみ男(等身大、握手を求める立ち姿)
58 うわん
59 油すまし
60 カシャボ
61 豆狸
62 天井嘗(天井なめ)
63 家獣(cf. 悪魔くん)
64. 65 魔法陣の悪魔くんとメフィスト
66 針女
67 土転び
68 座敷童子
69 丸毛
70 だるま
71 金霊
72 大元神(おおもとがみ)
73. 74 のんのんばあとオレ
75. 76 山高帽の水木先生
77. 78 鬼太郎(赤子)とお父さん
79 サラリーマン山田

Karanco

80 ひょうとく
81 コロポックル
82 蟹坊主
83 魔女の花子
異獣(94番)
鬼太郎の坐像
(48番)84 たんころりん
85 一つ目小僧
86 岩魚坊主
87 算盤小僧
88 閻魔大王
89 龍
90 べとべとさん
91 寒戸の婆
92 枕返し
93 いそがし
94 異獣 

95 ねずみ男(寝そべり)
96 子泣き爺
97 泥田坊
98 鉄鼠
99 ろくろ首
100. 101 小豆はかりと百目

102 砂かけ婆103 竹切狸
104 猫又
105 手の目
106 さがり107 方相氏

108 鬼太郎(幼児期、河童の泉で立ち小便)
109 カッパ(河童の泉)
110 タヌキ(河童の泉)
111 河童の三平(河童の泉。立ち姿)
112 悪魔くん(河童の泉。腰かけ)
113 小豆洗い(河童の泉)
114 栄螺鬼(さざえ鬼。河童の泉)
115 岸涯小僧(河童の泉)
116 ねずみ男(河童の泉で一泳ぎ)
117 見上入道
118 提灯小僧 119 川赤子
120 浪小僧
121. 122 ゲゲゲの鬼太郎の塔(鬼太郎と目玉おやじ)
123 網切り

提灯小僧(118番)124 山童
125 キジムナー
126 濡れ女
127 獏
128 畳叩き
129 高女
130 がしゃどくろ
131 ぬっぺっぽう
132 傘化け
133 百々爺
134 コケカキイキイ(短編漫画に登場する小神)

通りの名
ゲゲゲすじ
サラリーマンすじ
カランコロン通り
しげるさん通り
もくもくれん通り
おやじ通り
べとべとさん通り
なんじゃもんじゃ通り

Wikipedia

水木しげる記念館(公式ウェブサイト)
http://www.sakaiminato.net/mizuki/

2010年9月25日 (土)

『ゲゲゲの女房』ありがとう

『ゲゲゲの女房』ありがとう、最終回ですね。
NHK『連続テレビ小説』http://www9.nhk.or.jp/gegege/

Gegege

現実の出版編集とドラマは当然違いますね。自分も含めて関係者は違和感のある場面や台詞があったと思うが、ドキュメンタリーではないし、朝ドラなので水木さんのワールドが広がってよかったと感じる。望まれていた自然界からの応援とかあったと思うな。

『ゲゲゲの女房』ブームで作家としては、何でも出版できる状態になっている絶好の機会であろう。いよいよ念願の出雲ドラマを描いてほしいと切望するのだが叶わないとも感じる。だって個人的レベル創作の「悪魔くん」のようなものではない、壮烈すぎるな霊的史実でありますから。誰が受け継ぐことができるのか。

「ゲゲゲの女房」登場人物モデル
http://koinu2005.seesaa.net/article/157295984.html

水木しげるロードを行く!
http://koinu.cside.com/NewFiles/mizuki.html

水木しげるロード http://www.sakaiminato.net/site2/page/guide/point/miru/mizuki/mizuki/

2010年9月24日 (金)

『アフリカの仮面と美術 生命と創造の大地』

2010年10月9日(土)~11月28日(日) THE MASK AND ARTS IN AFRICA
西宮市大谷記念美術館 http://www9.ocn.ne.jp/~otanimus/

アフリカ美術に含まれる造形物には、仮面、立像、道具、装身具、テキスタイルがあり、生み出された背景による独自性を反映して変化に富んでいるのは仮面である。西アフリカ、現在のナイジェリアを中心とする地域の造形をはじめ、紀元前から栄えたノック文化、写実的な表現が特徴のイフェ王国、ベニン王国の造形などの紹介。アフリカ大陸のサハラ以南、西アフリカを中心とした地域(マリ、コートジボアール、ナイジェリア、コンゴ共和国など)のさまざまな民族が制作した仮面、彫刻、装身具など約120点が展示。これらは大変に貴重だが心したいのは呪物たちに対する想いであろうか。
□協力:アフリカンアートミュージアム
http://africanartmuseum.jp/index.html

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以前「赤道アフリカの仮面」という大規模な企画展があって、パンフレットだけでも仮面仮面仮面と物量にも呪物の形もクラクラするほどの内容であった。考えによっては移民者による買収や盗掘に近い、異国趣味という境界にもなりかねない展示と鑑賞は戦慄です。

「赤道アフリカの仮面 秘められた森の精霊たち」 大阪府吹田市千里万博公園 国立民族学博物館 1990年3月15日~5月31日
http://www.minpaku.ac.jp/30arch/exhibition/special/002.html

2010年9月23日 (木)

風をよみとる竹の装置

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しばらく風に吹かれていなかったので

試運転してみよう     

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竹と竹がはじけて カランコロンと

楽器の奏でる 音色が窓から流れ聞こえてくる

音霊による浄化装置であった

2010年9月22日 (水)

地上の見知らぬ少年

 子どもの美しさは神々しい。きっと子どもたちは実在する唯一の神々、人間の世界を創った神々なのだろう。その力は魔術的で超自然的で、大人が持っているものとは似ても似つかない。単純で全的な力が瞳にきらめき、身体に生き生きと脈打っている。比類のない品位のようにごく自然に身に備わる色だ。

 子どもは、何か偉大な真実を知っている。それはぼくたち大人にはもはや知ることのできないもの  る力が、瑞々しい皮膚やすべすべの顔、額のほのかな丸みに現れている。軽くしなやかな髪の毛に、優美に伸びる手足に、まだ軟骨が固まる前の柔らかい顔立ちに宿っている。黒く澄んだ瞳に、混じりけのない白目にきらめいている。子どもがこの世の外から授かったこの恵みは、完全無欠であるとともに未完のままだ。それは「恩寵」と呼ばれるものかもしれない。あるいはただ単に、子どもが生命と、リズムと、世界の法則と、自然界に存在する形と調和しているというだけのことなのかもしれない。

 子どもたちはこの世に舞い降りた神々なのだろう。その力は人間のものとはまったく違うのだから。それは命令することも、声高に叫ぶことも、裁くこともない力だ。子どもは苦もなくすべてを支配するけれど、威圧的なところはどこにもない。君臨はするけれど、帝国を打ち立てるようなことはない。でも、その美しさはどんな言葉よりも真正だ。すべてのものに働きかける美しさ、飾り立てたり鏡に映したりする必要のない美しさなのだ。

 幼な子のこの世ならぬ美しさをすべて知り尽くしていたかのように奇跡的に表現した民族がいる。古代オルメ如の民だ。この民はどこからその直観を得たのだろう? 地球上の他の民族はほとんどすべてが神々を、大人や時には老人のおぞましい姿、仮面をつけた姿、顔を歪めた姿、異界の戦士の姿、子どもを食り食う怪物の姿で思い描いてきた。英雄や聖人というのは、行動する人、口の立つ人、知恵のある人、結局のところ大人の世界の一員で、持っている力も従う捉も大人のものである人のことだった。強さを崇拝し、効率性を、理性を崇拝してきた。父なる神、懲らしめの神、軍勢を率い被造物を裁く神。巨大な神々は山頂に吃立したまま、荒野や戦場に冷酷に君臨して、その強大な力を誇示している。けれども古代オルメカの民はおそらくこの民だけはどんな生き物よりもか弱く非力な、赤子の姿をした神々を伝えてくれる。

ル・クレジオ『地上の見知らぬ少年』より

これは一種の言葉によるアートといっていいのかも知れない。この明晰さは言語ツールをこえて、はじめて覚醒させられる。アンリミショーの絵のようでもある。どのような国の言葉へ置き換えられても、その土地で起動してしまう恐ろしく原初へとつきすすむ、言葉を超える肌触りで境界へたたされる。呪術のような言語体験。

2010年9月21日 (火)

.ルドンの絵画にあう音楽

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アートロックという音楽分野がかつてあった。

その先端を奔っていたのが このアルバムだった。

ポップミュージックの最高峰であるのは今も変わらない。

想像を超えた感覚に 真白と真空 になる

これは音のルドンといっていい暴力の美しさかも知れない

しかし地上波では感じ取れないコードなのかも知れない

2010年9月20日 (月)

色彩の絵画

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何故か跳びつづける

ルドンの色使いには 

飛躍と彩度の開放が同時にやってくる

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水分補給

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種がなくて御菓子のような甘さのスイカです。

アメリカ産と商標されていたので、

開発された作物でしょう。

2010年9月19日 (日)

きっと子どもたちは実在する唯一の神々

 子どもは言葉や思考に頼ることなく、それができる。子どもの身体や顔は、すみずみまで生命で輝いている。その生命を傷つけることなどできないだろう。それは、開聞の日に現れた生命と同じものなのだ。

 未来などに大した意味はない。とはいうものの、幼な子の瞳は未来を思わせるもので輝き、大空の色、泉に湧く水の色、若草の色をしている。肌もまた同じ色に、今まで見たこともなく名前もないけれど、すぐにそれとわかる同じ色に輝いている。夜が明け、草葉や蜘昧の巣に朝露がきらめく時の光の色だ。人生のはじめの頃には確かにその啓示を受けたのに、年月を重ねるうちに遠ざかり、手の届かないものになってしまったかのようだ。子どもから向けられたまなざしに貫かれると、軽やかになる。

 どんなに鎧を着込んでいても逃れることはできない。言語や文化、歴史、習慣、社会生活を送る上での身なりや仮面、そしてさらには欲望だとか所有物、あるいは財産や職業の重荷、子どもの単純なまなざしはすべてを一挙に覆し、はるか彼方までまっすぐに貫く。そのまなざしの光には、風や海と同じ力強さが、生命そのものの力が備わっているかのようだ。

子どもは壁など知らない。大層なものを構築したり、砦をめぐらしたりはしない。あるがままの自分と、自分が眼にしたり耳にしたりするもの、それがすべてだ。ぼくたち大人は、重い岩石に胸を押しっぶされ、手足を砕かれ、顔をぐしやぐしやにされているというのに。子どもがやってくる。まなざしが太陽のように熱く輝く。するとぼくたちはすべての重荷から解き放たれる。

ル・クレジオ『地上の見知らぬ少年』より

2010年9月18日 (土)

肌の色

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アジア地方では肌の色で、キャラクターの善悪を判別しているらしい

白い肌は悪いイメージ

黄色い肌は普通のイメージ

赤い肌は良いいイメージなんだということが

「三国志」の映像演出を分析作業をしていたら

何となく感じて 気になって文献を調査してみると

そのように肌色の配列は象徴としていると記されていた

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白い肌を日光に晒して焼いてみると 

黄色になってゆくことをとおりこして

正義の肌色へ変色してゆくのだった

  

2010年9月17日 (金)

七変化の序

1 点の意識。物質。
 もっとも基本的なレベルである。このレベルで原子や分子の創造が起こる。このレベルで代表的な存在は鉱物や水である。人間の場合、これは基本的遺伝子情報に相当する。
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2 線の意識。生物学的存在。
集団や種としての意識の発達段階。このレベルの意識には自我(エゴ)がない。動植物のほとんどがこのレベルに存在している。ただし自我の有無だけが、このレベルの存在を決定するわけではない。

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3 立体的意識。自我。集団意識の喪失。
個別意識の形成。現在の意識を保ちつつ、過去や未来について思考することができる能力。これは、現在の人類が存在するレベルである。また、「分裂」という幻影が生じるレベルでもあり、これを超越するには「覚醒」が必要となる。人類は現在レベル移行しつつあり、世界でさまざまな変化が急速に起きている。「大いなるすべて」からの乖離がもっとも 顕著で、統合に関する多くの教訓が学ばれ、密度の濃い内的成長が達成される。イルカとクジラ類も人と共に移行しつつある。近年では霊長類の進化が一層顕著になって、これまで人間固有の能力だと考えられてきた、言語習得能力や情緒反応を示すようになっている。

4 完全な立体的意識。超意識。自我の保持と集団意識の両立。
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_8402.html
「人類七変化」 序章 はじまり

2010年9月16日 (木)

天文写真に写る直径240キロメートルの巨大な物体が地球に向かっている?

Giant Spaceships Heading Towards Earth ?
Before it's news 2010.09.15

巨大な宇宙船が地球に向かっている?

最近になって、SETI ( 地球外知的生命体探査 ) プロジェクトがアメリカ政府によってキャンセルされた理由はこのことによるものかもしれない。

どうやら、何か起きているようだ。
地球にものすごいスピードで巨大な物体が近づいていることが判明して、アメリカ政府は非常に動揺しているようなのだ。

私の持つ情報源によると、政府の黒いプロジェクトの人々は、地球外知的生命体探査のいくつかのアンテナを引き継ぎ、今は合衆国海軍のための専用の信号として処理しているという。

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これが何かということに関しては、地球を大変動が襲うすぐ前に、ノアの方舟のように何人かの人々を連れて行くものかもしれないという考え方もあるだろうし、あるいは、地球が侵略されるということを考える人もいるかもしれない。そんなことはないかもしれないし、そうかもしれない。

将来のことはまだ何もわからないのだ。

今のところ、その物体は冥王星の軌道の外側にある。物体は、最大部分の直径がおよそ 150マイル(240キロメートル)で、薄い部分は 30~50マイル(48から80キロメートル)あると見積もられる。

最近、ロシアの火星探測機がこの説明に合う写真を撮影している。
この探測機は理由はわからないが、破壊された。
その後、アメリカの火星探査機も破壊されている。

http://oka-jp.seesaa.net/article/162736216.html

そろそろ来てもいい頃や
そろそろ来ても驚く人も
そろそろ来ても驚かない人もいる頃やね
だからそろそろ来てもいい頃や

Life2010

「水」は生命の「木」へあたえて

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都内では雨がじゃんじゃんと降りしきる朝

猛暑の大地は枯渇していたようで

すいとる すいとる 

そして何かが生まれてくる気配が

木々のざわめきから囁かれている

200207070043

人の魂は海水のようなものなのだろうか

水分たっぷりなのに 植物を枯らしてしまうこともある

濾過することを忘れてはいけないのだろう

心を籠目にして 枯らす要素をサーチする

とおりゃんせ とおりゃんせ

「水」の気に接するのは 変容と流動にたいする寛容

「水」は生命の木」へあたえて

イメージがわくわくと大きな樹へ

2010年9月15日 (水)

千利休―無言の前衛

「つまり利休の時代の、芸術という言葉の確立していない未分化な汎芸術状態というものは、それを究めれば、先の気功師が示した見えないスイカ玉のようなものになるのである。その時代の茶人たちは互いに茶会を開いてもてなし、もてなされながら、その見えない玉を少しずつ大きくふくらましていったのである。それを右手から出し、茶碗に盛り、茶筅でふくらませて差し出す。相手もそれを右手から体に入れて左手から出し、それを両手に包んで鑑賞する。その両手にお茶室の各所に潜むち茶気とでもいったものが吸い寄せられて、また散らばっていく。そうやって互いの気を感じながら、「私のはもうこのくらいになりました」「そうですか私のはまだやっとこのくらいで」などという具合に、それぞれスイカぐらいの玉や、ミカンぐらいの玉を空中に描いて、そういう見えないものを見せ合っていたというのがお茶の世界にはあったと思うのである。」赤瀬川 原平 千利休―無言の前衛 (岩波新書)

Mugonno

「皇帝になろうとした秀吉に協力しなかったため利休は切腹させられた」という理由の結果として派生した現象だった。利休が追放されるときに息女に残した文には菅丞相になれて果報であるとかかれている。天満大自在天神という大怨霊となり神となった菅原道真のようになることを利休は望んだ。古溪宗陳に宛てた辞世の句「白日青天怒電走ル」にある怒電とは、利休が火雷神として蘇ることの予告ともいえる。利休切腹から24年後の大阪夏の陣で豊臣家は滅亡した。

御土居の謎を解く:http://www.youtube.com/watch?v=iBlUrRSyRVQ
幻の聚楽第拡張計画:http://www.youtube.com/watch?v=lT4RnoEbyCE&feature=related

黄巾の民衆たち

蒼天已死
黄天當立
歳在甲子
天下大吉

「黄巾の乱」首謀者である張角は『大賢良師』を自称して、黄老道を奉じて弟子を養成していた。自ら過ちを認める懺悔や護符や霊水や呪文でもって治療とした。病はたちどころに癒り、人民はこれを信じるようになって勢力が増大してゆくのだった。
彼らは『蒼天已死,黄天當立,歳在甲子,天下大吉』のスローガンを旗に記して反乱を起こした。

蒼天已死:漢の天下は、とっくに死んでいる。
黄天當立:黄巾の勢力は蹶起し交替すべき時がきている。「黄色」は五行相生(木火土金水)で、漢の火徳(赤)に次いで天理にかなった土徳の王朝を提示。
歳在甲子:「新しい歴史が始まる」年回りである。干支の組み合わせの1番目となる甲子は革新年にふさわしい。
天下大吉:世の中は、大いにめでたく吉とおさまる。

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「蒼天(後漢)已死 黄天(太平道)當立 」という五行の思想に基づくスローガンを掲げ、弟の張宝、張梁らと共に後漢に反旗を翻した。
張角らの一党は黄色をイメージカラーとして、黄色い布を頭に巻きつけて「黄巾賊」といわれた。

漢王室の支配に不満を持つ民たちの支持も得て中国全土に広がったが、張角が志半ばで病死した後は、後漢の将皇甫嵩や朱儁らの活躍により急速に乱が治まっていった。「黄巾」を名乗る蜂起は各地で続いて、北宮伯玉・韓遂・張燕・張修など黄巾以外の反乱軍も数多く蜂起して政府の手に負えなくなり後漢の権威は地に落ちてしまう。
やがて黄巾兵を傘下に組み入れた曹操(魏)に、孫権(呉)と劉備(蜀漢)が鼎立する「三国時代」が到来する。

王朝交代の革命の年である辛酉の年の4年後で、天意が革まり、徳を備えた人に天命が下される「革令」の年という。変乱の多い年(甲子革令)を防ぐ目的で、日本の平安時代以降この年には改元が行われた。1024年の甲子改元以降で、甲子改元が無かったのは永禄7年(1564年)だけである。桓武天皇は異母兄弟の天智系の王子を殺害して、即位した天武系の天皇であったことから王統交代を強く意識し革令の年784年に長岡京に遷都した。

南北朝期の1384年に州安和尚によって陸奥の国で発見された温泉は、甲子の年にちなんで甲子温泉(かしおんせん)と名づけられた。江戸時代になって元会津藩の浪人によって温泉宿が開かれた。松平定信もこの湯を好み別荘を築いた。
大正13年(1924年)兵庫県西宮市に作られた野球場は、年の干支から「甲子園大運動場」と命名され地名にもなっている。

甲子は陰陽五行では、十干の甲は陽の木、十二支の子は陽の水で、相生「水生木」の関係にあり、干支の組合せの1番目であることから、甲子の日は吉日とされている。
子を鼠と結び付かせ、鼠を大黒天の使者と看做して、甲子祭が行われる。甲子待(かっしまち)といい、子の刻まで起きて大豆・黒豆・二股大根を供え、大黒天を祀った。

五行相生と五行相剋
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-99fd.html
槊を横たえて詩を賦す
http://koinu2005.seesaa.net/article/162720851.html

2010年9月14日 (火)

「気」を描く林の木々たち

Sany0090

単純さは美しい。それは美に備わる力だ。獲得する力ではない。地上の美しさと同じで、ごく自然に人間に授けられているものだ。
光や海や樹木の美しさを前にした時には、知性も知識も必要ない。ただそこにいて限を開き、耳を澄まし、感じ取っていればいい。感覚で捉えられる世界にある美しさは、規範や言語の彼方にある。
世界とびったり調和していて、過去も未来も持たない。

2010年9月13日 (月)

貸本劇画『悪魔くん』東考社版

Akumakun1人公は一万年に一人という天才児で、「悪魔くん」と呼ばれている。
悪魔くんは全人類が幸せに生きられる世界を築こうとして、悪魔の力が必要と考えている。「悪魔」と呼ばれる存在は世界中の神話や民話に語られる様々な妖怪と怪物も含んでいる。
悪魔の召喚に成功していない悪魔くんは、魔術の研究と実験を繰り返していた。
魔術師ファウスト博士が現れ秘儀を授けて、悪魔を呼び出すことに成功する。
博士は悪魔くんに「ソロモンの笛」を与えた。悪魔を従わせる力をもつ笛でソロモン王が使ったという。
悪魔くんには「十二使徒」と呼ばれる部下がいる。悪魔を呼び出す時は、魔法陣を前に「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」と呪文を唱える。フランスで流布した魔法書に記された、悪魔を呼び出すために黒い雌鶏を引き裂いて唱える呪文(Eloim, Essaim, frugativi et appelavi.)に由来する。

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貸本各誌で数々の傑作を描きながらも「売れない漫画家」とのレッテルをはられた水木しげるの、凄まじいエネルギーのこもった筆致で描かれている貸本劇画『悪魔くん』。当時まっとうな評価をされなかった水木の才能に惚れ込んだ、東考社社長・桜井昌一との、強い結びつきによって誕生した作品。自分たちの不遇を振り払うべく描かれたが、現実は厳しく「悪魔くん」や水木しげるの才能が一般に認められるのには、まだ数年の時間を要した。
桜井昌一の功績については、正当な評価を受けてしかるべきであろう。この貸本劇画『悪魔くん』は、編集者と作家の「執念」「歓喜」「失望」「苦渋」等、様々な感情が込められた作品となっている。強烈な放射能のごとくエネルギーは、鬼気迫る貧困よりの一大想像絵巻となり圧巻である。

◆伝説の奇書・東考社版全3巻が 初刊行時の体裁で完全復刻!
1.「悪魔くん」A5単行本 3冊 
2.直筆「悪魔くん」複製色紙 
3.別冊付録「うじ虫」
「一番槍」(1960年)掲載の短編作、「蛙男」初登場! 
4.別冊小冊子「『悪魔くん』単行本資料集」
「悪魔くん」全単行本の書影・書誌データを完全収録!

【内容紹介】何千年に一度の天才児「悪魔くん」こと松下一郎少年が、人類が平等に幸せな生活ができる理想社会『千年王国』の樹立を目指して現代社会に戦いを挑む、著者の貸本時代を代表する傑作。「努力しても報われない」不遇さへの著者の憤怒が爆発した代表作で、格差が広がる現代社会の希望の書でもあります。全体に漂う巧まざるユーモアも飄逸。

忘れられていた本物の悪魔くんは、凄まじいエネルギーをこめて蘇生したのだった。文庫本でも同じ内容の貸本劇画『悪魔くん』が復活しています。

●東考社 桜井文庫シリーズ
http://www.geocities.jp/norin/gegege/books/gentei/sakuraibunko/sakuraibunko-top.htm

●「河童の三平事件」が無ければ、『悪魔くん』桜井文庫は、もっと早くに出されていたものと思われます。
http://www.geocities.jp/norin/gegege/books/akumakun/akumakun-top.htm

Akumakun3   

「むかし、貧乏するのは、世の中が悪いんじゃないか、ということになり、世の中を作りかえる話をかいてみようとしたが、途中でむつかしくなり、悪魔くんを殺してしまったわけだが、世の中はいろいろな要素があって、なかなか単純にはいかないことが、悪魔くんでわかった。」水木しげる

幸せのヒント

『幸福の値段を下げれば、みんな幸福じゃないですかね』 水木しげる

大きな幸せを期待しすぎなければ、
 幸せを感じられることはいろいろある
幸福になれないのは、高望みをしているから
 高望みをしなければ、幸福になれる
特別な幸せがなくても人は幸せに暮らせるようになれる

げげげの通信
http://www.mizukipro.com/

Neboke

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    幸せのヒント
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『あまり大きな期待はしないほうがいい。そうしたら思いがけないことですごく幸せを感じるかもしれない。それには感受性が大事です』 養老孟司

『幸福の最も大きな障害は、過大な幸福を期待する事である』 フォントネル
      
http://meigen.shiawasehp.net/h/b-fontenelle02.html

『期待値がゼロまで下がれば、自分にあるものすべてに間違いなく感謝の念が湧く』 スティーヴン・ホーキング

『人間の幸福というものは、時たま起こるすばらしい幸運よりも、日々起って来る些細な便宜から生まれるものである』 フランクリン
      
http://meigen.shiawasehp.net/h/b-franklin05.html

  ◇幸せについての幸せになる考え方
      
http://thinking.shiawasehp.net/71shiawasekangae.html
  ◇幸せについて
      
http://www.shiawasehp.net/koufuku/happy.html

  ◇「名言から学ぶ幸せのヒント」引用元
      
http://meigen.shiawasehp.net/bookmeigen.html

2010年9月12日 (日)

希望の正体

 聖仙はやおらあるかないかの目を開き、ぼそぼそとか細い声でいいました。
〝あなたの息子さんは、ある苦行僧に黄金の水差しと獣皮を求められた時、その苦行者を侮り申し出を拒否したのです。そして侮辱された腹いせに呪いをかけ息子さんを消してしまったのです。その後彼は苦行し、自分にこういい聞かせました。よしこれからは王であろうとどんなカーストの人間であろうと他人から施しを受けるのは止めよう。この期待というやつが人を振り回し、空しい希望にすがりつかせるのだ。希望などというものは今後一切持つまい。〟
 聖仙タヌはつづけていいました。

〝希望ほど頼りにならないものはありません。私も大勢の王に頼みごとをし、心に描いた希望と夢が無残に打ち砕かれるのを何度となく経験してきたのです。それでも希望を捨て切れずに今日まで生きてきましたが、やっとそれを捨てる決心がつきました。しかしいつも空ばかり見上げ希望を探し求めていたため、こんなに背丈ばかりが伸びてしまったのです〟
〝左様でございますか? でも体までそんなに細いのは何故なのです?〟
 王は再び尋ねた。聖仙は再び笑みを浮かべ、いった。

〝私は絶望を食べて生きているからです。希望は絶望を食べ、絶望は希望を食べ互いに生き永らえているのです。たとえば、自分の願い事に満足することを知らない者、頼み事をいつも拒む者、恩知らずで残酷、怠惰で他人を傷つけて喜ぶ者、子を産みたいと願う老婆、もっと金を貯めたいと願う金持の抱く希望は、私の体よりもっと細く頼りがありません。しかしそういう人たちは自分の中の希望がどんなに貧弱で弱々しいかが見えていないのです〟

 聖仙タヌの深い言葉の意味を悟った王は、
〝よく分りました。いつまでも空しい期待に執着することを今日から私もきっぱりと捨てましょう。そして何ものにも執着しない心を培うよう努めます〟
〝おお、よく気がつかれた。ではあなたのその聡明さを祝福し、息子さんを返して上げまし
ょう〟
 タヌはそういうと、偉大な念力と徳の力によって消された息子を連れ戻したのです。
                         
 そのとたんタヌの姿は消え、燦然と輝く姿となり、厳かに王たちにこういいました。
〝私は正義の神ダルマである。怒りと復讐の念を忘れ、希望と絶望の空しさを知る者にこそ真の平安と幸せが訪れるのだ〟」

【マハーバーラタ】希望の正体 より

希望とは一体何でしょうか?

 或る日、スミトラ王は狩りに出掛け、一頭の逞しい見事な角を持つ牡鹿を見つけた。矢を射ると鹿は矢が突き刺ったまま逃げ出し、若く壮健な王は逃してなるものかと馬を駆って後を追った。
 鹿は野山を駆け巡りどこまでも走り続け少しも疲れをみせない。まるで王と戯れているかのように距離を縮めたり離したりしながら一向逃げ去ろうとしない。王は一番鋭く長い矢を放って一気に倒そうと構えたが、鹿はあっという間に大きな森の中へ姿を消した。そして矢は空を切り地面に突き立った。

 それでもなお諦め切れぬ王は鹿の消えた森の奥深く分け入った。しかし王も馬もへとへとになり、一歩も動けなくなりその場に立往生してしまった。幸いなことに直ぐ近くに苦行者の庵を見つけ、水を所望しょうと庵を訪れた。
 庵から苦行者たちが現われ、王を丁重にもてなし、供もなくどうしてこんな所までやってきたのか、そして何者なのかと尋ねた。

〝自分はハイハヤ王スミトラである。大勢の家来と狩りにきたのだが、素晴らしい鹿を追っているうち、鹿を見失い疲れ果てたところに庵を見つけた。あれほど努力したのに獲物を取り逃ししくてならない。この人間の期待や希望というものは実に留るところがなく来しない空のように人間を駆り立てる。一体この希望というものは何なのだろうと思ってしまう。
今日あなた方に会えたのは何かの縁なのであろう。苦行の邪魔にならなければ希望の正体とは何かを何方か教えて下さらんだろうか?″

 王は謙虚に尋ねた。
 苦行者の長老リシャパは、その言葉に微笑を浮かべ語りかけた。
〝おお偉大な王よ、今の問いにうまく合っているかどうか分りませんが、私の経験談をお話ししましょう。
 かつて私は大聖仙、ナラ、ナラヤーナに会いに行ったことがあります。庵は美しい湖の辺りにあり、青蓮が咲き乱れ、蜜蜂の群が花々の間を飛び交い、烏たちが楽しそうに鳴っています。

 お二人の庵の近くに小屋を借り座っていると、獣皮とぼろをまとった恐ろしく背の高い信じられないほど細い体をした異形な人影が現われました。はじめはそれが人間だとは思えませんでした。何しろ背丈は人間の十倍はあり、体は人の小指ほどに細く、手足も頭も総てその体に相応しい形で声も動きも弱々しく、まるで風に戦ぐ柳の葉のようです。
私は驚き恐るおそる足下に平伏し、指さされるままにその人の前に座りました。その方はタヌという聖仙でした。
 聖仙が正義と実利について教えを垂れているところに、ある王が沢山の家臣、後宮のご婦人方を引き連れ現われました。王の息子が突然行方不明になり探し求めて何日も森を彷徨い歩いているうちに、この庵に出くわしたというのです。一人息子がいなくなり幾ら探しても見つからない。死にたいほど心痛している。どうすればいいのだろうと、王は、タヌ聖仙の異形に内心ひどく驚いた様子でしたが、溺れる者は藁をも掴む気持だったのでしょう、ここに来た理由を素直に語りました。

 聖仙はうな垂れ暫し瞑想していました。その姿に王はますます心細くなり、目に涙を浮かべて恐る恐る尋ねました。
〝これから何を支えにして生きてゆけばいいのでしょう。一人息子がいなくなり、二度と跡継ぎが生れなければ、私はもう若くはないのです、私の国はどうなるのでしょう。もはや夢も希望も失ってしまいました″
(つづく)

2010年9月11日 (土)

ル・クレジオ作家としての転換点-インディオ体験

中地義和のインタビューに対して、作家としての転換点をル・クレジオは-インディオ体験にあったこと語っている。

『詞書』以来、あなたはどの小説でも、いわばど自身の分身のような主人公を創造されました。現代社会の周縁性生きながら物質主義的で営利主儀的な文明を呪い、また幻覚的なヴィジョンに苛まれている人物たちです。
 けれどもこの反逆的で周縁的で孤独な態度は、一九七〇年代半ば以後、一挙忙消えます。短篇集『海を見たことがなかった少年』(原題『モンドとその他の物語』、七八年/豊崎光丁佐藤領時訳、集英社、八八年)、および『地上の見知らぬ少年』(同年/鈴木雅生訳、河出書房新社、二〇一〇年)とともに、まったく新しい世界が開けます。そこに登場する子供たちは相変わらず孤独な存在ではあっても、自分を取り巻く世界と幸福な形で溶け合っています。短篇集は、あなたのど本のうち、日本で最も読まれている一冊です。『地上の見知らぬ少年』は、どこからやって来たとも知れない見知らぬ少年と、彼の眼に映か世界をめぐる一連その背中の詩的散文の断章です。そこには少年期をめぐる、少年の感性をめぐる、晴れやかで借頼に満ちたまなざしがあります。
 その間、あなたはアメリカのインディオの世界を知りました。一九七〇年から七四年にかけて何度かインディオと生活を共にされました。彼らの悪魔祓いの芸術について、『ハイ』という美しい本を書かれました(七一年/邦訳『悪魔祓い』高山鉄男訳、新潮社、一九七五年/岩波文庫、二〇一〇年)。インディオ世界の体験はあなたの文学的変容に大きな役割を果たしましたね。

Hai

ル・クレジオ
 かつては中毒性の文学形式を - つまりヌーヴオー・ロマンやジェイムズ・ジョイスから受け継いだ文学的前衛のある種のやり方を用いる前衛派文学のことですが - 乱用し、まさに中毒してしまうほどだったのですが、人生のある時期に、気分を換えたい、それまでとは違う人間になりたいと、強く願うようになりました。それが起こつたときのことはよく覚えています。

 タイで一年近く過どしたころのことです。おそらくは、タイのように仏教が深く浸透した社会との接触によって、生き方がすっかり変わったのです。とても印象的なタイの光景が記憶に残っています。ほとんど写真のような光景でした。アユタヤ地方の沼地の光景です。
一頭の水牛がいて、その背中に幼い少年が乗っていました。英知の緩慢さの紋切り型、人が青年期に思い浮かべるアジア文化の紋切り型でした。
この光景に触発されて、仏教関係の本をたくさん読みました。とくに仏教に先立つ『ウパニシャッド』ほかのすべての文学、インドで生まれた偉大な宗教書を読みました。まさに気分を換えられる場所を探していました。

そのとき、日本のあるお寺のことを聞きました。りゆうたく寺というお寺です。「精神を転換するにほ、龍澤寺に行かなければならない。そこに行けば迎えてもらえ、瞑想のときを過ごして自分の精神を換えることができる」と言われました。それでタイ滞在を終えると日本に来ました。望月芳郎氏の知遇を得たのはその折です。結局りゆうたく寺には行かないで、日本を離れました。船に乗り、シベリア大陸をシベリア横断鉄道でモスクワまで行きました。そこで飛行機に乗り換え、フランスに戻りました。
                 
 ある事情でタイには戻れませんでした。龍澤寺を訪れる計画も実現しませんでした。代わりにメキシコに行きました。その地で、私の頭のなかでは龍澤寺に似かよったものに遭遇しました。そこは人々が、現世的財産や成功の追求とは何の関係もない精神的次元に生きている場所でした。その人々というのはアメリカ・インディアンです。必ずしも文字に記されませんが(彼らの多くは文字をもちません)、人間と自然の間の調和を生み出す思考をもって、共同生活のシステムに従って暮らしています。
 しばらくして、自分が暮らせる場所を見つけました。それほパナマにありました。エンペラという部族です。彼らは昔の日本家屋によく似た家に住んでいます。私はそこに惹かれたのかもしれません。黒い竹で作った床があ叫、家具がほとんどない、とても簡素な家でした。壁もありません。木の葉で作られた屋根ほとてもよくできていて、傘の形をしており、壁なしで過ごせる気候にあっては理想的な
屋根です。人々は、自分たちを取り巻く自然界へのとても大きな敬意と、この敬意を維持する責任を他部族と共有しているという鋭い意識をもって暮らしていました。とても不思議でした、この人々は世界に関する地理的知識をまったくもち合わせていませんでしたから。彼らの多くは、地球が丸いことすら知らなかったと思います。世界は平たくて、その周辺は大きな海で終わっていると考えていたに違いありません。しかし同時に、彼らは地上のすべての住民とつながっていると感じていました。パリや:ユーヨークの写真を見せても驚きません。「たしかに、大きな家に住んでいますね。しかしこの人たちむ私たちと同じです。たしかに、服を着ていますね。しかし彼らも私たちと同じです」と言うのでした。結局彼らは、じかに、とても効果的に、すべての人間を一体とみなす団結の精神を実現していたのです。
 これらパナマのインディオたちとともにしばらく過ごしました。彼らは私に多くのものをもたらしてくれました。それはまさにすべての人間とのつながりの尊重、彼らの生活に必要とされる、物事に急かない態度です。意思の疎通には、本を書くことは必要ではなく、高度な技術をもつ必要もありませんが、人間へのある種の信頼が必要です。彼らとしばらく起居をともにしたあと、私ほ立ち去らざるを
えなくなりました。自分がある意味で彼らの足手まといになっていることに気づいたからです。つまるところ、私はよそ者でした。肉体的無能ゆえに仕事全般に参加しませんでした。日中彼らがしていることをする定けの肉体的能力がなかったのです。子どもでさえ私よりも働いていました。私は完全な依存状態にありました。彼らにとって重荷になっていました。私はその地を去りました。
 そして不幸なことに、世界は悪い方向に向かいました。アメリカ大陸のこの地域が麻薬密売人たちの戦場と化したのです。今やあの世界は存在しないでしょう。方々に散在して暮らしていた人々は、集まって村落を形成しなければなりませんでした。よそ者から身を守ることを学ばなければなりませんでした。私の人生におけるあのじつに牧歌的な時期を、多くの人々は物笑いの種にします。私が善良な野蛮人を演じたと、あれは生き方の表明ないしポーズであったと考えるのです。私は真意を伝えることに苦労しました。たくさんのものを得たわけですが、人に伝える気はありません。
私が行なったのはただ、あの部族の芸術について書くことでした。それが、彼らの文化と社会の複雑さを説明する唯一の手段でしたから。

 私の書き方が変わったのはあれ以降だと思います。そうしようと決心したからではなく、インディオの考えや生き方の妥当性を確信したからです。ですから彼らに負うものが大きいのです。今でもときどき、ふと気づくと、あの土地に戻れることを夢見ています。あれは私が生きているかぎり存在する夢の国のようなものです。二度と戻れないのが残念です。世界が悪い方向に向かい、スぺイン人やイギ
リス人や海賊たちの武器がけっしてやれなかったことを、麻薬密売組織がやり遂げてしまいました。コロンビアの密売人たちがあの世界を破壊し去ったのです。何にしても、人生の美しいものは脆弱であることの証しです。
【すばる八月号】掲載

ル・クレジオ講演「フィクションという探求」
J.-M.G. Le Clezio (Prix Nobel de litterature 2008)ノーベル文学賞受賞作家 ル・クレジオによる講演会が開催された。2009年11月29日(日)15:00開演 東京大学文学部本郷キャンパスにて
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-89be.html

龍沢寺(りゅうたくじ)

静岡県三島市沢地326にある臨済宗妙心寺派の寺院。
山号は円通山。修行道場として僧堂がある。

平安時代初期に空海が東京都港区愛宕に創建したといわれ、
慶長年間になって臨済宗に改宗された近世以前の寺史は不詳。

龍沢寺の実質的な開山は白隠慧鶴。
宝暦10年(1760年)白隠の高弟東嶺円慈によって現在地に伽藍が創建。

明治時代、星定元志が再興するが荒れ寺となっていた。
大正4年山本玄峰が廃寺同然の龍沢寺に入り、修行道場として復興した。
著名人が多く参禅して、太平洋戦争末期の首相鈴木貫太郎へ『耐え難きを耐え忍び難きを忍び』という無条件降伏を進言したのは玄峰であった。

行事 11月23日 - 観楓祭

http://www.geocities.jp/pycbb333/index_016.htm
今白隠と呼ばれた山本玄峰老師

白隠禅師と軟酥(なんそ)の法
「駿河の国に過ぎたるものが2つあり、1に富士、2に白隠」
http://koinu2005.seesaa.net/article/159596212.html

2010年9月10日 (金)

正しいウォーキングフォーム

快適に歩く正しいウォーキングフォームのポイント。
コツをつかんで、気軽にウォーキングをしましょう。

チェックポイント
1)自然な姿勢をつくる(前から見て肩・骨盤の位置は?横から見て耳の下に肩がある?)
2)膝を伸ばして、かかとから着地
3)足の裏で地面をつかむように、かかとからつま先へ重心移動
4)つま先に重心を残してしっかり蹴る
5)足の運びは左右それぞれの直線上を踏む
6)目線はいつも10~15m先を見る
7)呼吸は自然に足の動きに合わせて「吸う吸う」「吐く吐く」
8)肘を軽く曲げ腕をコンパクトに元気よく振る

(社団法人日本ウォーキング協会:初心者のためのウォーキング教室より)

平らな道の2~3倍の負荷がかかる坂道ウォークなら、効果倍増です。
1)体重を後ろ足に残したまま、前に踏み出した足の裏全体で着地し、踏み出した足に体重を移動させる
2)踏み出した足の膝を伸ばして、カラダを持ち上げるように進む
3)歩幅は平地と比べ、やや狭め。ときどき足元を確認しながら目線は遠くを見るように

下り坂では、膝や足に負担がかかりやすいので、注意してトライしましょう。
1)後ろになっている足を曲げ体重を移動しながら、もう一方の足を伸ばし、足のかかと部分から傾斜に沿って足の裏全体で着地する
2)背筋を伸ばしてカラダは垂直を保つように心がける
3)傾斜角度とスピードに注意し、ときどき足元を確認しながら、なるべく前方を見て歩く

骨盤を立てて「歩く」ことが大切なことであるのを、深い体感で覚えてよかったと思う。 本年は精神面でも「正しく移動する」ことが出来るかが、重要なキーワードのひとつになると考えられる。

2010年9月 9日 (木)

イタリア産のオイルと塩

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この塩とオリーブ油があれば、ほとんど味付けはOKです。

2010年9月 8日 (水)

空をゆく光

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流線形に移動する跡は、アクロバティクな感じ

2010年9月 7日 (火)

三島由紀夫 『邯鄲』

能『邯鄲』は『邯鄲の枕』の故事を元に作られた能の演目。
三島由紀夫は『近代能楽集』の中に能『邯鄲』を現代風の戯曲に翻案した作品を書いている。邯鄲という里から来た枕で寝て起きると、何もかも馬鹿らしくなってしまうという。

里帰りの坊ちゃま(次郎)と使用人(菊)の久しぶりの再会。不思議な枕は菊の家系が代々宝物にしていたもの。まだ異性を知らぬ独身の次郎はその枕を頭にして眠りについた。
夢の中で次郎は美女と出会い生活をかさね家庭をつくる。夜は遊女たちと戯れて大金を払う、次郎は社長であったことを知らされた。しかし夢の中で生きていない次郎は、粗筋だけのうえにいるのだった。財産を放して政治家となっていくと、独裁者として民衆からとがめられる。彼の人生は架空の夢でしかありえなかった。このままでは『邯鄲』の教訓を果たせないと、邯鄲の里の精霊から忠告をうける。服毒して死んで目が覚めるという筋書きを拒む次郎に、夢の中の人々は虚妄の時を終わらせようとする。
「あんたは一度だって此の世で生きようとしたことがないんだ。つまり生きながら死んでいる身なんだ」それでも死にたくないという、次郎の口へ毒薬が呑まされて暗転。

目が覚めて次郎は、しばらく里を離れないで生きる想いにとらわれる。菊と辺りを見ると、庭の一面に咲く花に新しい朝を迎えるのだった。「井戸の周りにも花がいっぱいだ」「ふしぎだ、ふしぎだ、庭が活き返った。」【終幕】

邯鄲という枕に寝る人は人生がむなしくなり失踪するという話をききつけた主人公が、夢の中で世の中の富と名誉と美女を手に入れる体験をして、「現世のはかなさを知ることになる」教訓がもたらされる。しかし大人になることを常に拒否していたために、何も変わらず目が覚めてしまう。次郎を大人に変えていくものは、夢や過去の教訓ではなかった。主題を活かしながら、展開も台詞も自由自在に変え新しい物語を成立させている。

2010年9月 6日 (月)

猛暑つづき→大寒波と気象庁

気象庁は専門家らによる「異常気象分析検討会」を臨時開催して、
観測史上、最も暑かった今夏6~8月の気温について分析した。

太平洋高気圧とチベット高気圧が、同時に日本を覆ったことなどが原因と発表した。
二つの高気圧は今も衰えておらず、全国的な猛暑はしばらく続くという。
太平洋の赤道付近で海水温が上がる「エルニーニョ現象」が、昨夏から続いていた。日本など北半球の中緯度地域に冷夏をもたらす傾向がある。だが夏を待たずに今春、赤道域の海水温が下がる「ラニーニャ現象」へ移った。ラニーニャ現象は日本などに猛暑をもたらしやすい。エルニーニョ現象の後は、しばらく地球全体の気温が上がる。

ラニーニャ現象によって、9月いっぱいまで暑くて、
秋が限りなく短くて「大寒波」となるという気象庁の分析結果。
猛暑の次は「台風多発」しやすくなって 
今年の冬は「大極寒」となる予想です。

牛の上の豚の上にいる鶏

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人の食材 ショップ看板アート

2010年9月 5日 (日)

ゲゲゲ効果で鳥取旅館てんやわんや

NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」が大人気で、主人公の漫画家、水木しげる夫妻の故郷となる鳥取県では思わぬ好況に沸いている。TVドラマの効果もあり観光客が押し寄せ、旅館やホテルは大忙しとなった。うれしい悲鳴とあまりの忙しさで高齢の従業員がけがをして労災申請するケースも増えているという。
「うちは水木先生の故郷で、妖怪の銅像が並ぶ水木しげるロードがある境港市に隣接している。そこから流れてくるお客さまもいたようです。特に旅館が集中する皆生温泉では、ドラマの影響なのか、アベックや夫婦でいらっしゃる方が目立ちました」

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水木しげるロードを行く!
http://koinu.cside.com/NewFiles/mizuki.html

散歩MIZUKI-ROAD
http://koinu.cside.com/NewFiles/mizuki-1.html

妖怪広場に寄ってみましょう。駅から近くです。
http://koinu.cside.com/NewFiles/hiroba-1.html

まことくん(うそ発見器)

うそをついたり。ときめいたりする時には、手に汗をかきます。

このときの僅かな電気抵抗の変化をアナログメータで検出して「本当のことを言っているのか、嘘をいっているのか」を判断するうそ発見器です。
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*仕様電源電圧:9V(006P乾電池1本使用、別売り)消費電流:約2~4.2mA使用半導体:トランジスタ1個基盤サイズ:100mmx100mm
http://item.rakuten.co.jp/auc-partsland/tk-724/
価格: 1,701円  TK-724 メーカー: ELEKIT(イーケイジャパン)

2010年9月 4日 (土)

芥川龍之介の小説『黄梁夢』

黄粱夢
芥川龍之介

 盧生(ろせい)は死ぬのだと思った。目の前が暗くなって、子や孫のすすり泣く声が、だんだん遠い所へ消えてしまう。そうして、眼に見えない分銅が足の先へついてでもいるように、体が下へ下へと沈んで行く――と思うと、急にはっと何かに驚かされて、思わず眼を大きく開いた。
 すると枕もとには依然として、道士の呂翁が坐っている。主人の炊(かし)いでいた黍も、未だに熟さないらしい。盧生は青磁の枕から頭をあげると、眼をこすりながら大きな欠伸をした。邯鄲(かんたん)の秋の午後は、落葉した木々の梢を照らす日の光があってもうすら寒い。
「眼がさめましたね。」呂翁は、髭を噛みながら、笑を噛み殺すような顔をして云った。
「ええ」
「夢をみましたろう。」
「見ました。」
「どんな夢を見ました。」
「何でも大へん長い夢です。始めは清河の崔氏の女と一緒になりました。美しいつつましやかな女だったような気がします。そうして明る年、進士の試験に及第して、意味並みの尉になりました。それから、監察御史や起居舎人 知制誥を経て、とんとん拍子に中書門下平章事になりましたが、讒を受けてあぶなく殺される所をやっと助かって、驩州へ流される事になりました。そこにかれこれ五六年もいましたろう。やがて、冤を雪(すす)ぐ事が出来たおかげでまた召還され、中書令になり、燕国公に封ぜられましたが、その時はもういい年だったかと思います。子が五人に、孫が何十人とありましたから。」
「それから、どうしました。」
「死にました。確か八十を越していたように覚えていますが。」
 呂翁は、得意らしく髭を撫でた。
「では、寵辱の道も窮達の運も、一通りは味わって来た訳ですね。それは結構な事でした。生きると云う事は、あなたの見た夢といくらも変っているものではありません。これであなたの人生の執着も、熱がさめたでしょう。得喪の理も死生の情も知って見れば、つまらないものなのです。そうではありませんか。」
 盧生は、じれったそうに呂翁の語を聞いていたが、相手が念を押すと共に、青年らしい顔をあげて、眼をかがやかせながら、こう云った。
「夢だから、なお生きたいのです。あの夢のさめたように、この夢もさめる時が来るでしょう。その時が来るまでの間、私は真に生きたと云えるほど生きたいのです。あなたはそう思いませんか。」
 呂翁は顔をしかめたまま、然りとも否とも答えなかった。

(大正六年十月)

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紀元前の中国の戦国時代に遡れる邯鄲に、ある枕にしばし頭を任せて見た夢の出来事。
「邯鄲道省悟黄粱夢」との一篇。夢を通じて悟りの道を示された。悟りを必要としたのは、道士になる前の呂洞賓。夢の前半は栄華を辿って、舞台の表現も簡略される。後半では数々の苦難や恥辱を嘗め尽くされる。豊かな会話や鮮やかな人たち、酒、金、女性、家族というすべての縁を切らされた数々のエピソード。結果は不本意ながら世を捨てて、出家遁世する用意を夢の中で整えるのだった。時を超えても人はいい夢を手に入れようと願うものだ。しかし理想的な夢を手に入れたとしても、その夢を対処すべきか答えがあるはずがない。

 芥川龍之介の小説『黄梁夢』では同じ筋道を辿りながら、すこしの違いだけで『枕中記』とは異なった主題となっている。
 ひとつの違いは「廬生が呂翁に自分の夢と現実の違いについての不平を述べ、眠くなって呂翁に枕を借りて眠り、長い波乱に満ちた人生の夢を見る」という構造がないこと。もうひとつの違いは、呂翁が廬生に「現実ジツの儚さ」を教えて欲を止めさせるという筋書きだが、呂翁に対して「夢だから、なお生きたいのです。あの夢のさめたように、この夢もさめる時が来るでしょう。その時が来るまでの間、私は真に生きたと云えるほど生きたいのです。あなたはそう思いませんか。」といい返し、呂翁が若者へあきれる結末となる。一種のパロディ効果だといってもいいだろう。舞台背景が同じ二つの物語『黄梁夢』と『枕中記』を全く別の話にした。作品の構造をそのまま利用して、過去と現代の人の考え方の違いを巧みに語っているようだ。

芥川龍之介の小説「羅生門」「鼻」「芋粥」など初期の代表作にみられる儒教の説法臭い話よりも、後期の「邯鄲の夢」「一塊の土」「河童」などのほうが物語が現代的に練られているように思える。

http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person879.html

2010年9月 3日 (金)

能『邯鄲』かんたん

「邯鄲」は「邯鄲の夢」の故事が知られる中国に実在の地名。
「邯鄲の夢」は邯鄲の里で宿を借り、粟が炊き上がるまでのほんの短い間に見た夢で人生を悟ることができたという逸話。

「人間にありながら仏道も願わず、ただ茫然と」日々を暮らす盧生という若者がいた。
身の一大事を尋ねる為に、楚国、羊飛山へ向かう途中、邯鄲の宿にくる。
そこで邯鄲の枕に、微睡み伏してゆく。

舞台は夢の中へ。
勅使が迎えに来て楚王となり、栄華を極めること50年。
祝いの宴で臣下が、仙家の酒と杯を用意し帝王に捧げた。
女童が舞い、盧生は自らも舞いに興じる。
一畳台に四方に柱が立っている空間で舞う。
やがて夢が果てる時。
宴の席は一瞬で消えうせて、邯鄲の枕に盧生は枕に微睡でいる。

粟が焚けて、盧生を起こしに来た宿の女将がいた。
そこで何事も万事「夢の世」と悟り気づくのだ。
盧生は邯鄲の枕に謝して、蜀へと帰ってゆくのであった。

□能楽の始祖観阿弥は今川氏の氏神である当社に能を奉納し此の地で死去した。能舞台は観阿弥終焉の舞台としても知られ、境内には26世宗家観世清和氏による顕彰碑が建てられている。
能楽の始祖観阿弥
http://hello.ap.teacup.com/koinu/1127.html

□中上健次の熊野現代能「欣求」
不思議な力は語り言葉の復活で、熊野という土地の霊と中上健次は交接してゆく。
http://koinu2005.seesaa.net/article/160606785.html

□近代能として再現された三島由紀夫の「弱法師」
この現代戯曲は全て能の謡曲を原作とした翻案作品で、能の物語を世界に紹介したということで評価されていい果敢な実験であった。
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-cb97.html

「枕中記」

中国,唐代の小説名。沈既済(しんきせい)(8世紀後半ころ)の晩年の作。

邯鄲(かんたん)の盧生(ろせい)は科挙試験に及第できないことを嘆いていると,道士呂翁から枕を授けられ,夢の中で立身出世し,節度使や宰相となって帝を補佐し,長寿を保って死ぬ。覚めてから出世欲のはかなさを悟るという筋。

南朝宋の劉義慶斤の《幽明録》所収〈楊林〉の故事からヒントを得,時代背景を盛唐に改め,作者の人生観を託したもの。

芥川竜之介の《黄粱夢》の典拠。
中国の戯曲小説の題材となったほか,日本でも謡曲,黄表紙などに影響を与えた。成語の〈邯鄲の夢〉はこれに由来する。

(世界大百科事典)

Kantan  

かんたん 【邯鄲】
(1)中国、河北省南部の都市。綿花・落花生の集散地。古来、山東・山西を結ぶ交通の要衝に当たり交易が盛ん。戦国時代には趙(ちよう)の国都。ハンタン。

(2)能の一。四番目物。「邯鄲の夢」の故事を題材としたもの。
(3)能の「邯鄲」に取材した常磐津(ときわず)・長唄・一中(いつちゆう)・河東(かとう)・地歌・箏曲(そうきよく)の曲名。
(成句)邯鄲の歩み (成句)邯鄲の枕 (成句)邯鄲の夢

2010年9月 2日 (木)

城の石垣

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都市伝説や歴史が詰まっていそうな、記憶装置としての鉱物。

2010年9月 1日 (水)

安宅船

Ataka1

今月からの新しい仕事は歴史物です。自分のルーツである鉄と水と火をあつかう血統の、蹈鞴場に関わるものたち。

「安宅船(あたけぶね)」室町時代の後期から江戸時代初期にかけて日本で広く用いられた軍船の種別である。巨体で重厚な武装を施しているため速度は出ないが、戦闘時には数十人の漕ぎ手によって推進されることから小回りがきき、またその巨体には数十人から百数十人の戦闘員が乗り組むことができた。室町時代後期以降の日本の水軍の艦船には、安宅船のほか、小型で快速の関船と関船をさらに軽快にした小早があり、安宅船がその中核を成した。近代艦種でいえば、安宅船が戦艦に相当し、関船が巡洋艦、小早は駆逐艦に例えられる。
http://hello.ap.teacup.com/applet/koinu/20100819/archive

Ataka3

タタラは我が国で古くからおこなわれてきた製鉄技術をいうのですが、その中心は良質な砂鉄が豊富に採れた奥出雲地方でした。奥出雲というところは、とってもミステリアスなところで、まず思い浮かぶのは、ヤマタノオロチ伝説です。スサノオノミコトが恐ろしい大蛇を退治する話ですが、この大蛇はどうもタタラを暗示しているようです。

「大蛇の八つの頭の目は、ほおづきの如く、腹はいつも血でただれている」というのは、点在するたたら製鉄所の炎が赤い目で、血でただれている腹は融けた鉄をさしている。
「背には杉、檜、苔が生い茂り」は、大量の木炭を得る山。そして「八つの尾」は、砂鉄を洗う川で、現在の斐伊(ひい)川の上流支流を表現したものと思われます。
「大蛇の尾を裂くと、アメノムラクモの剣、つまり草薙の剣が出てきた」のは、タタラ製鉄でできた鉄から剣を作ったことを示唆しています。

採鉱冶金業者・炭焼業者の尊崇する神
http://hello.ap.teacup.com/applet/koinu/20100814/archive

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  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

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