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2010年9月 4日 (土)

芥川龍之介の小説『黄梁夢』

黄粱夢
芥川龍之介

 盧生(ろせい)は死ぬのだと思った。目の前が暗くなって、子や孫のすすり泣く声が、だんだん遠い所へ消えてしまう。そうして、眼に見えない分銅が足の先へついてでもいるように、体が下へ下へと沈んで行く――と思うと、急にはっと何かに驚かされて、思わず眼を大きく開いた。
 すると枕もとには依然として、道士の呂翁が坐っている。主人の炊(かし)いでいた黍も、未だに熟さないらしい。盧生は青磁の枕から頭をあげると、眼をこすりながら大きな欠伸をした。邯鄲(かんたん)の秋の午後は、落葉した木々の梢を照らす日の光があってもうすら寒い。
「眼がさめましたね。」呂翁は、髭を噛みながら、笑を噛み殺すような顔をして云った。
「ええ」
「夢をみましたろう。」
「見ました。」
「どんな夢を見ました。」
「何でも大へん長い夢です。始めは清河の崔氏の女と一緒になりました。美しいつつましやかな女だったような気がします。そうして明る年、進士の試験に及第して、意味並みの尉になりました。それから、監察御史や起居舎人 知制誥を経て、とんとん拍子に中書門下平章事になりましたが、讒を受けてあぶなく殺される所をやっと助かって、驩州へ流される事になりました。そこにかれこれ五六年もいましたろう。やがて、冤を雪(すす)ぐ事が出来たおかげでまた召還され、中書令になり、燕国公に封ぜられましたが、その時はもういい年だったかと思います。子が五人に、孫が何十人とありましたから。」
「それから、どうしました。」
「死にました。確か八十を越していたように覚えていますが。」
 呂翁は、得意らしく髭を撫でた。
「では、寵辱の道も窮達の運も、一通りは味わって来た訳ですね。それは結構な事でした。生きると云う事は、あなたの見た夢といくらも変っているものではありません。これであなたの人生の執着も、熱がさめたでしょう。得喪の理も死生の情も知って見れば、つまらないものなのです。そうではありませんか。」
 盧生は、じれったそうに呂翁の語を聞いていたが、相手が念を押すと共に、青年らしい顔をあげて、眼をかがやかせながら、こう云った。
「夢だから、なお生きたいのです。あの夢のさめたように、この夢もさめる時が来るでしょう。その時が来るまでの間、私は真に生きたと云えるほど生きたいのです。あなたはそう思いませんか。」
 呂翁は顔をしかめたまま、然りとも否とも答えなかった。

(大正六年十月)

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紀元前の中国の戦国時代に遡れる邯鄲に、ある枕にしばし頭を任せて見た夢の出来事。
「邯鄲道省悟黄粱夢」との一篇。夢を通じて悟りの道を示された。悟りを必要としたのは、道士になる前の呂洞賓。夢の前半は栄華を辿って、舞台の表現も簡略される。後半では数々の苦難や恥辱を嘗め尽くされる。豊かな会話や鮮やかな人たち、酒、金、女性、家族というすべての縁を切らされた数々のエピソード。結果は不本意ながら世を捨てて、出家遁世する用意を夢の中で整えるのだった。時を超えても人はいい夢を手に入れようと願うものだ。しかし理想的な夢を手に入れたとしても、その夢を対処すべきか答えがあるはずがない。

 芥川龍之介の小説『黄梁夢』では同じ筋道を辿りながら、すこしの違いだけで『枕中記』とは異なった主題となっている。
 ひとつの違いは「廬生が呂翁に自分の夢と現実の違いについての不平を述べ、眠くなって呂翁に枕を借りて眠り、長い波乱に満ちた人生の夢を見る」という構造がないこと。もうひとつの違いは、呂翁が廬生に「現実ジツの儚さ」を教えて欲を止めさせるという筋書きだが、呂翁に対して「夢だから、なお生きたいのです。あの夢のさめたように、この夢もさめる時が来るでしょう。その時が来るまでの間、私は真に生きたと云えるほど生きたいのです。あなたはそう思いませんか。」といい返し、呂翁が若者へあきれる結末となる。一種のパロディ効果だといってもいいだろう。舞台背景が同じ二つの物語『黄梁夢』と『枕中記』を全く別の話にした。作品の構造をそのまま利用して、過去と現代の人の考え方の違いを巧みに語っているようだ。

芥川龍之介の小説「羅生門」「鼻」「芋粥」など初期の代表作にみられる儒教の説法臭い話よりも、後期の「邯鄲の夢」「一塊の土」「河童」などのほうが物語が現代的に練られているように思える。

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