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2010年12月31日 (金)

九州少年 (ポプラ文庫)甲斐 よしひろ (著)

人生に大切なものは、すべてこの町、この時代にあった。貧しくとも、心豊かだった時代昭和、そして博多。ロック少年が駆け抜けた熱くて無垢な時代。少年の心を忘れない著者が描く、ありったけの感動物語。ミュージシャン甲斐よしひろの原点がここにある。

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働く母、蒸発する父、助け合う4人兄弟。
音楽への目覚め、友人たち。
ソフトにハードに少年は成長していく。
こうして甲斐よしひろが出来上がる。
九州少年は、一途で熱い。
萩尾望都

時代の色、その土地の空気、率直に語られる人生のカケラたち。
カケラにしか真実はないということを、たぶんこの人は知っているのだ。
ときどき胸にささります。
江國香織

「男の子」が「少年」になり、「男」となっても、『男の子』でありつづけた。
だから、あの歌が生まれた。
大沢在昌

夜逃げ、父の蒸発、友人の死、母の最期。
博多祇園山笠、西鉄ライオンズ、日本映画、リヴァプ-ル・サウンド・・・。
少年・甲斐よしひろを彩る出来事が、日本人が懸命に生きていた「昭和」という時代を浮き彫りにする。

KAI BAND 2010 大晦日LIVE 紅白の退屈な人はこちらのハードな世界へ
http://www.myspace.com/pentora/blog/541470892?actp=n%2b0prKAebczfG13CmB%2fL170xxzjSK8k%2f19igSi%2f1c3vFrKSdG4VwAe0JTCVeV1%2bS%2fcqm3uuPFCeLkkBc3lZ1CVQkYs%2bwJ2%2femDNXm2oMZRZclCoS9lztXH62YAthRtVOc%2fzBIASYqfvalpuI215Di3juUMw6JpDgavQuaguGTUEpZMRFtnCCq3hDyLBeqx%2fBAVvL28ryTZcA9c%2bY%2fX6C%2f4jFaFx%2faBztiv5OyFUHGGxVtJ5PIFqyZ56Ccwsj0prXLZOAbaqRQIBGgXS3H%2fzYeQ%3d%3d

映画『照和 My Little Town KAI BAND』
http://koinu2005.seesaa.net/article/177739955.html

角川書店、都に対抗し独自行事 アニメ規制へ反発

漫画・アニメを規制する東京都の青少年健全育成条例改正に反対して、2011年3月の東京国際アニメフェアへの参加中止を表明していた角川書店がアニメフェアと同時期に独自でアニメイベントを開催することにした。

「アニメ コンテンツ エキスポ」は石原慎太郎都知事が実行委員長務めるアニメフェアと同じ11年3月26から27日に千葉・幕張メッセで開催する。同社や、キングレコード、アニプレックスなどのアニメ関連企業計8社が準備委員会として名を連ねている。

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弟から聞いた太陽族を小説にした「太陽の季節」という石原慎太郎の代表作。過激な性描写を含む「太陽の季節」をアニメーションにしたらどうなるのだろうか。

立体写真

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大阪市内にある道路

2010年12月30日 (木)

「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」 時間SF傑作選

(SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー) [ハヤカワ文庫]

男はいつもと違う色の天井の下で目覚めた。ここはウィネトカか?それとも…。人生を飛び飛びに生きる男女の奇妙な愛を描いた、SF史上に残る恋愛時間SFの表題作。ヒューゴー賞/ネビュラ賞/星雲賞の三冠を獲得した、テッド・チャンのアラビアン・ナイトとハードSFを融合させた書籍初収録作、時間に囚われた究極の愛の形を描いたプリーストの名作ほか、永遠の叙情を残す傑作全13篇を収めた時間SFのショウケース。

【時間ロマンス編】
01.「商人と錬金術師の門(テッド・チャン)」(08年ヒューゴー賞・ネビュラ賞中編部門、09年星雲賞海外短編部門)極端に寡作だが練りに練った短編で、専門用語を全く使わないハードSFは人生の悲哀を切りとる。
02.「限りなき夏(クリストファー・プリースト)」時の中に凍結された恋人たちの話。
03.「彼らの生涯の最愛の時(イアン・ワトスン&ロベルト・クアリア)」年の差カップルの話。
04.「去りにし日々の光(ボブ・ショウ)」光通り抜けるのに何年もかかるガラス(スロー・ガラス)を扱った連作のひとつ。ガラスの厚さの単位が「光年」という。

【奇想編】
05.「時の鳥(ジョージ・アレック・エフィンジャー)」歴史観光旅行の話。
06.「世界の終わりを見にいったとき(ロバート・シルヴァーバーグ)」世界の終りの観光旅行の話。
07.「昨日は月曜日だった(シオドア・スタージョン)」消えた火曜日を探す男の話。
08.「旅人の憩い(デイヴィッド・I・マッスン)」場所によって時間の流れる速さが違う世界での戦時中の話。

【リプレイ編】
09.「いまひとたびの(H・ビーム・パイパー)」戦場で大怪我を負い、目が覚めると少年時代に戻っていた男の話。過去に戻るということを肯定的にとらえることができる爽快な作品。 

【時間ループ編】
10.「12:01PM(リチャード・A・ルボフ)」同じ1時間を繰り返す男の話。
11.「しばし天の祝福より遠ざかり・・・(ソムトウ・スチャリトクル)」人類全体がただ一日を繰り返す。しかも意識を持ったまま700万年繰りという過酷な設定。
12.「夕方、はやく(イアン・ワトスン)」数百年の人類文明の歩みが、毎日繰り返されるぐるぐる世界の話。

【飛び飛びに生きる編】
13.「ここがウィネトカなら、きみはジュディ(F・M・バズビイ)」飛び飛びに生きる恋人たちの話。

Timetime

時間SF傑作選この一冊で、全くジャンルもスケールも異なる世界となる長編映画のプロットを、新しい設定にして幾つか想い描くことができた。SFマガジンが若く元気であった頃には、アイディアの宝庫ような短編集がいくつもあった。想像力と時間をなくしているのかも知れない。秋からたらたらと読んでいたら年末までかかっている。娯楽小説ほど読破に時間がかかってしまうミイラとりのパラドックスだ。

いたこニーチェ

人生含み損を抱えたさえないサラリーマン吉田武昭の前にある日突然、ニーチェがいたこに乗り移って表れる。ニーチェ先生によれば「お前は悪しきキリスト教主義を広めたプラトンやカントの末裔。このままだと世界は滅茶苦茶になる。よってこの負のスパイラルを断ち切るためにやってきた」。最初はマユツバで話を聞いている主人公だが、話を聞くうちに、現代社会が抱える矛盾や歪みに気が付き始め…。ニーチェがざっくりわかると今の時代が見えてくる! 笑って学ぶプチ哲学小説。
内容(「BOOK」データベースより)

Itakon
主人公(吉田武昭)はいつももやもや、人生含み損を抱えるサラリーマン。そんな武昭の目の前に、ある日突然、大哲学者ニーチェが高校時代の同級生・三木の身体を借りて降臨する。「今の歪んだ世界を正すため、お前を殺す!」と息巻くニーチェ先生。よくよく聞けば武昭は、世界に未曾有の危機をもたらしている元凶、プラトン・カントといった哲人の末裔らしい。ニーチェ曰く、「この馬鹿どもが間違ったキリスト教の世界観を広めてしまった為に現代がメチャクチャになりかけている。よってお前の代で、この負の連鎖を断ち切るっ」かくして武昭は世界を救うために「改心」すべく、ニーチェ先生にありがたいプライベートレッスンを授かるわけで…。ニーチェがわかって面白い、新感覚哲学小説。

作家・哲学者。
出版社勤務を経て現職。

主著
『キリスト教は邪教です!』(講談社+α新書、ニーチェ著『アンチクリスト』の現代語訳)
『いたこニーチェ』(飛鳥新社)
『ゲーテに学ぶ賢者の知恵』(メトロポリタンプレス)
『はじめてのニーチェ』(飛鳥新社)
『ニーチェ愛の言葉--美女になる60の条件』
など。

ウェブサイト
『はさみとぎ』
http://www.geocities.jp/tekina777/

2010年12月29日 (水)

Sesam,oeffne dich!(ゴマよ、開け!)

「アリババと40人の盗賊」の話が伝えられたペルシャ中近東地域では、ごまは油を搾るための重要な作物として貴重な財源=宝物でした。ごまは成熟後乾燥させると、種子の詰まったさやが割れ、中の種がはじき出ます。
アラビア語では「イフタフ(開け、動詞の命令形)、ヤー(感じ呼びかけ)シムシム(胡麻)」といいます。「イフタフ ヤー・シムシム」の呪文は「ぎっしり詰った大切な宝よ、早く出てこい!」という願いが込められているのでしょう。

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◆「ごま」とは、胡麻ではなく「護摩」という説。
護摩とは梵語のhomaが語源で、日本では祈祷師が気合いを入れて、念ずるのを「護摩を切る」とか、護摩木を燃やして祈祷をするのを、「護摩を焚く」という。
千夜一夜物語を翻訳した人も、密教で古くから行われていた祭祀法の中から、護摩壇を設け、護摩木を焚いて息災・増益などを本尊に祈る形が洞窟の岩の扉を開ける呪文と二重写しになったのではないでしょうか。 梵語(古代インド語)のhomaとは、火祭(かさい)、火法(かほう)の意。
火中に供物を投じて供養すること。古代インドのバラモンの修行法で、煩悩(欲望)を焼き尽くすという意味があったようです。
後に密教に取り入れられ、仏教に混入して呪術的・神秘主義的要素を 取り入れ、インドの仏教を腐食、衰退させました。正月の飾りなどを火に投ずる行事が各地に有りますが、遠源は同じかも知れません。◆

護摩とは古代インド語のhomaが語源
http://koinu2005.seesaa.net/article/131285688.html

◆古代人が伝えたごまの効能
 古代エジプトで、ごま油をミイラの防腐剤として使っており抗酸化作用の働きがあることを当時の人はすでに知っていた。世界的な美女・クレオパトラは化粧品として使っていたともいわれている。中国や日本では「仙人の食物」とか、「不老長寿の妙薬・秘薬」といわれ万病を防ぎ、生命力を高める食品として貴ばれていた。また漢方薬にも組み入れられ「白髪を防ぎ、母乳の欠乏を補い、強壮補精、解毒などの作用があり、さらに寝汗を止め、便秘を防ぐ」などの薬効が認められてる。また「ごまの花はいぼとりの妙薬」ともいわれ、花をもんでその汁をつけるといぼがとれると伝えられている。現代では科学的にごまのすばらしい栄養成分が、世界的に注目されるようになり、国連のWHO(世界保健機関)、FAO(食糧農業機関)でも、人類の健康増進のためごまをもっと食生活に取り入れるよう勧告してる。http://www.asyura2.com/goma.htm

◆芝麻開門
いずれにしても「Open Sesame!」「開けごま!」と
大きな声を出して胡麻を食べると心開かれ、元気になって開運されるでせう。
あなたの新しい年にも幸あれ!!

Sesam,oeffne dich! 

種子と開かれた胡麻

私はこの惰眠を破り、彼らにこう教えた
何が善で何が悪かを知る者はいまだに誰ひとりいない
それを知るのは創造するもののみ!

ツァラトゥストラはこう言っている
「私は人々を不安にさせ、彼らの眠りを破り
彼らの眠気を覚まさせてきた
それは私が彼らにこう教えたからだ
創造するものでない限り
いまだに、誰ひとり
何が善で何が悪かを知りはしないのだと」

創造的な人にならない限り
何が善で何が悪かを知ることはない
なぜ知るためには、創造的な魂が必要とされるのか?
それは何であれ、あなたの創造性を伸ばすものが
善であり、神性であるからだ
何であれ、あなたの創造性を妨げるものが悪だからだ
それ以外に基準は何もない
何であれ、あなたの天性を実現に導くものが善だ
あなたを知恵遅れのちっぽけな存在に
押しとどめているものは、何であれ悪だ

ひとりの人間が、いかに小さな存在だろうと
その人の中には、巨人が眠っている
創造性が、その巨人を目覚めさせる
何かを創造することによって
――音楽、詩、踊り、何でもいい――
何かしらを創造することによって
あなたは宇宙の一部となる
そして宇宙は、常に創造的だ
創造性以外に、宇宙への架け橋はない

もしあなたが、ただ無為に暮らしているだけで
何も創造していないとしたら……
そして一生、何も創造せずに
生活している無数の人がいる
その人たちは、宇宙と調和していない
宇宙と調和していることこそ、善であり健康だ
存在と調和していないということは
悪であり、病んでいるということだ

まことに創造するもののみが独り
人類の目標を創造し、大地に意味を与え
その前途を決める
創造するもののみがものごとに
善悪という特性を創り与える

ものごとそれ自体は、善でも悪でもない
すべては、あなたにかかっている
あなたが、それをどう使うかにかかっている……
ツァラトゥストラは、それを明確にしようとしている

創造するもののみが独り人類の目標を創造する

自分自身の目標を創り出すことによって
初めて、人類の目標を創造していくことができる
あなたは、目標をめがけて飛んでいく矢であり得る
はるか彼方の星めがけて飛んでいく矢になれる
自分たちが矢のようになれると考えたことがない人たちは
あなたが飛んでいくのを見て
こんなことも可能なのだと思うようになる

創造するもののみが大地に意味を与える

あなたはこの地球に意味を与えてきただろうか?
以前より少しでも美しい地球にしてきただろうか?
生を少しでも優雅なものにしてきただろうか?
樹や山や河に、少しでも愛情を注いだだろうか?
地球の豊かさに――その魅力に、その尊厳に
何らかの点で貢献してきただろうか?
あなたは破壊的だろうか、それとも創造的だろうか?

『ツァラトゥストラはこう語った』(Also sprach Zarathustra)フリードリヒ・ニーチェ1885年
ツァラトゥストラは神が死んだことを知った。絶対者がいなくなった世界で超人を人々に教えようとして不成功に終わる。自分の思想を理解する人を探し求めて弟子を棄ててしまう。それから孤独な思索のうちに人々に対して自らの思想を語ることを控えることにした。山に帰ると高等な人々と会い、その貴重な交流の中で歓喜する。永劫回帰を体現したツァラトゥストラは再び山を降りることになるのだった。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1023.html

2010年12月28日 (火)

ニーチェ体験をめぐって

三島「戦争中、ヘルダーリンに夢中になっていて、ニーチェを読みはじめたのもその前後
   のころと思いますけどね、非常に好きでした。今度、手塚さんの新訳を拝見して、
   実に分かりやすくて初めて<ツァラトゥストラ>を読むような感じがするんです。
   前に読んだのは、なんだかお経みたいな・・・・。」
手塚「生田長江さんの訳でしょうか。」
三島「いいえ、登張竹風さんの<如是説法ツァラトゥストラーです。」
手塚「登張さんの訳は、最初は<ツァラトゥストラ>を<光炎菩薩大獅子孔経>として
   いました。それは二度目の訳でしょうね。われわれのときは、一時代前で
   生田長江訳です。」
三島「そうですか。初めに興奮して読んだのは<悲劇の誕生>ですね。
   <ツァラトゥストラ>の中で、むかし、<童貞>という題だったのが、こんどは
   <純潔>というふうにお訳しになっていらっしゃるけど、十代のころそれを一生懸命
   読んで、実にいろいろ思い当たって、ガックリきたものです。」
手塚「ヘルダーリンの名が出ましたが、わたしにとっても、いちばん好きな詩人と言って
   よく、そのヘルダーリンを発見して、愛読したのがニーチェですから、いろいろ縁
   がつながりますね。どちらも文明を底のところから考えて心配しているところが
   いつも教えられるところですが・・・。三島さんの世代のニーチェの読み方は
   どんなふうに言えましょうか。」
三島「わたくし、<ツァラトゥストラ>の影響をうけて短篇を書いたことがあるんですよ。
   <中世における一殺人常習者の哲学的日記の抜翠>という長い題ですが、それは
   非常にニーチィズムなんです。戦争中に書いたものですけどね。あのころは
   いちばん<ツァラトゥストラ>やニーチェ全般にかぶれていたころかもしれません。」
手塚「三島さんの周囲のかたも、だいぶ読んだんでしょうか。」
三島「ええ、大学なんかでもニーチェの話なんかよくして、かなり読まれているように思い
   ました。<悲劇の誕生>の、あのエネルギーの過剰からくるニヒリズムという言葉が
   非常に好きでしたね。ニヒリズムということばは一種の禁断の言葉でして、われわれの
   世代に共感を与えたと思います。それから超人という思想というよりも、なにか人を
   無理やりにエキサイトさせる力、ああいうものが戦争中のわれわれにとっては、麻薬
   みたいな感じもいくらかあったんです。ぼく個人の体験で申しますと、
   <ウンツァイトゲメース>というニーチェの言葉が非常に好きで、戦争中は<反時代的>と
   訳されていましたが、それがもう唯一のよりどころみたいなものでした。」
手塚「<季節はずれの>という訳もありましたね。」
三島「ええ。それに戦争中からずっと、戦争に便乗ずるインテリというツァイトゲノッセ
   (同時代者)、戦後は戦後派というツァイトゲノッセがきらいで、それでニーチェが
   その後も好きになったわけですね。」
手塚「わたしの中学時代は、大正のデモクラシー思潮をあらしのようにかぶった時で、
   個人の目ざめというようなことが手がかりとなって、ニーチェにもとりついたような
   気がしますが、そのニーチェは大の畜群罵倒者なのですから、おかしいようなこと
   でした。やはり反俗意識という点で支えてくれたんだと思いますね。でも、今の
   <反時代>は何になるか、これはつかみにくいですね。」 
三島「つかみにくいですね。ただ青少年はどんな時代でも自己弁護のために本を読むと思う
   んです。青少年に自分の弱さの自己弁護の材料を与えてくれるような本が歓迎されますね。
   戦争中、ぼくたちはこんな時代にたいして、とてもアンパッスンク(適応性)がないと感じて
   いたわけですね。それはある意味では劣等感です。それを、ニーチェが非常に朗らかに
   ウンツァイトゲメースと言ってくれたんです。自分はそれじゃ適応性がないだけじゃなくて、
   もっと積極的に反時代なんだと思えば安心する。それが、ニーチェの持っている、つまり
   青年に対する魅惑だと思うんですよ。」

ニーチェとワーグナー

手塚 「ニーチェにとって、ワーグナーというのはやはり運命的な事件でしたね。」
三島 「ええ。<ニーチェ・コントラ・ワーグナー>はおもしろいですね。とくにワーグナー
    は音楽の一小節において偉大であるとニーチェが言っているのは、正確な批評
    ですね。このあいだ、ベルリン・オペラが来たとき、ワーグナーを見て、
    なるほどなあと思いました。」
手塚 「ぼくもあれには、まったく感心した一人で・・・。ニーチェとワーグナーでは
    年齢もずいぶん違いますが、ワーグナーの若い人の誘い込みかたはうまい
    ですね。手紙をみても、じつに気持ちをつかんで離さない。じっさい現物に
    ふれたらまいるでしょうな。」
三島 「じっさいまいるでしょう。ぼくはワーグナーは好きなんです。ニーチェも言う
    ように典型的なデカタンとして好きなんです。ぼくは前にワーグナー論を
    書いたことがあるんですけど、ワーグナーを聴いていると、その一小節
    一小節が愛だとか死だとか野心とかで、そうゆうものがなんの関係もなしに
    並んでいる感じがするんです。そして、そんな関係のないおのおののテーマ
    を統括する原理は何かというと、やっぱり死神の鎌しかないんですよ。
    非常に不気味なもので、世界の音楽の中でも、ワーグナーの死の原理の
    ようなものはないですよ。」

手塚 「なるほどね。ドイツ文学がまた、死の主題がお得意ですね。死神にじゃれるときも
    あるような気がします。それから力というものを重く考える。力は勝つか負けるか
    で、やはり運命とか死に直結しますよね。ニーチェは運命とか永遠を考える
    チャンピオンですから、ワーグナーとそうゆう点でも結ぶ素質は非常に
    ありますね。」
三島 「ええ。ニーチェはビゼーの<カルメン>に感動していますね。ワーグナーと比べて
    <カルメン>がいいというのは、ある意味でめちゃな話ですが、<カルメン>がいい
    というニーチェの気持ちの底には、やはりラテン的なものへの憧れがあったと
    おもいます。ニーチェのラテン的教養、といっても十七世紀以降のフランスの
    教養のことですが、ニーチェはどのくらい興味をもっていたんでしょうか。」
手塚 「それは、だいたいニーチェには脱出癖があって、ドイツ的なものから抜け出そう
    という気持ちがたえずある。パリの大学に留学したいと思ったこともあります
    から。当然フランスに目を向けています。モンテーニュ、ラ・ロシュフコー、
    パスカルなどのモラリスト、スタンダール、メリメ、サンド・ブーウなどを
    読んでいますね。フランス的な快活さ、歯切れのよさ、心理探究などに
    惹かれたんじゃないでしょうか。」

詩的散文について

手塚 「三島さんはアフォリズムの大家だと思うんですが、やはりニーチェを読まれた影響
    もあるんですか。」
三島 「いいえ、いちばん影響を受けたのはラディゲです。ラディゲはああゆう断言的な
    スタイルを小説の中でよく使うんです。それから、やはりアフォリズム風なものは、
    ラ・ロシュフーコーなどのモラリストから影響をうけたんでしょうね。」
手塚 「そうすると、ニーチェとは、もうひとつもとでの縁というわけですね・・・。」
    日本人は散文でピタッとした表現をするのは、
    一般に不得意なんじゃないでしょうか。」
三島 「ええ。それは日本語の特質もありますし、今までエモーショナルなものだけが
    喜ばれてきたということもありますね。<ツァラトゥストラ>のように詩と哲学の
    融合した散文の例は非常に少ないんですね。ことに近代古典では。ニーチェ的
    なものの、日本的なイデアル・テュプス(理想型)は小林秀雄さんかもしれません。
    なにか概念によってものごとを組み立てたり、積み木細工をするということ、
    一般にアカデミックな通念を軽蔑することを教えたのは小林さんですね。
    やはり日本では先進国に追いつくために、明治以来啓蒙主義によって、アカデミズム
    がいちばん尊敬すべきものであるという考えが抜けなかったとおもうんです。
    ?外なんか、それをうまく使ってますね、あれだけの知識を。ニーチェの場合は、
    科学的合理主義全体に対するアンチテーゼですから、もっと大規模ですね。」

手塚 「そうですか。やはり近代日本も十九世紀ドイツと同じく歴史主義ですね。ニーチェの
    場合は十九世紀の主潮である歴史的知識の重みをはね返したわけですが、近代日本
    では、実用的な知識という形で、その重みをしたたかにしょい込んだ・・・・。」
三島 「非常にしょい込んでいます。しょい込んだ理由は、国家目的に合致するから喜んで
    しょい込んだと思うんです。そのかわり、ニーチェの違うところは、古典文献学に
    あたるものが日本にはなかったということですね、日本の近代的教養の中では。
    そこは非常に違うと思います。西洋の古典とはもちろん、日本の古典文献学に
    あたる中国の古典ともわかれてしまっている・・・。」
手塚 「しいて言えば、西洋近代語を通じての教養が、その役目をしたのですね。
    そして近代を古典と思った。」

三島 「ニーチェが<ツァラトゥストラ>のあとで、もしインド哲学に親しんだら、
    どういうことになったでしょうか。たとえば大乗仏教やなんかの唯識に興味をもったら
    おもしろかったでしょうね・・・・。」
手塚 「そうですね。晩年にインドの聖典を読んで、非常におもしろがっています。それが
    発展するまでにはいかなかったようですけど。永劫回帰の思想など東洋の思想に
    非常に近ずくようなところがあるんですね。」
三島 「エリアーデという学者が<永遠回帰の神話>というおもしろい本を書いていますね。
    それは、あらゆる文化の歴史の中に、回帰的な歴史観と、過去から未来へ直線的に
    歴史観との二種類があって、ただキリスト教だけが回帰しない歴史観を保持して
    いたから、直線的な時間概念を代表するようになっちゃったけど、じっさいは
    そうじゃないと言っています。日本人にはわりに普通のことですね。」

手塚 「素質的にわれわれは、終末観とか、最後の審判などの直線的な時間概念には、
    親しみにくい。人間の思想のツボというものは、たいして変わらないものですね。
    ただ回帰的な歴史観にしても、どのくらいの力で新たにそれを持ち出せるかと
    いうことが問題でね。ニーチェの永劫回帰の思想には、瞬間を永遠にしようという
    決意がありますね。東洋の考え方とほとんど同じところにいくんですけど、
    東洋ではああいうふうには言わないですね。そこがおもしろいですね。
    西と東のニュアンス・・・・。」
三島 「なんかそこまで言っちゃっちゃ、おしまいみたいな気がして。」
手塚 「まったく。言わないでおくということですね。」

三島 「ニーチェがキリスト教に反対しただけじゃなくて、プラトニズムまでひっくるめて否定
    しちゃったということは爽快ですね。やはり西洋というものは、そういうふうに
    ニーチェ的に要約されてよくわかるような気がします。ニーチェが日本人に好かれる
    理由の一つですね。」
手塚 「わたしの理解する限りでは、ハイデカーは、ニーチェがプラトン以来の哲学や
    キリスト教を全部ひっくりかえして否定したようにみえるけども、結局、西洋の
    形而上学性を徹底させたんだというんですね。つまり、神とかイデアとか、
    そうゆうものを倒したけども、またそれに変わる<力への意思>という究極的原理
    を出したのであって、それではまだ真の存在というものをせばめているという
    んです。そのハイデカーの存在というのが、われわれからみると、どうも観念的
    で・・・。ニーチェにしても、理想主義を否定するけれど、大変な理想主義者
    なんですね。そういう点で、神をなくしても、非常にイデア的な人、
    西洋文明の人だという感じがしますね。」
三島 「手塚さんは、ニーチェの問題は結局キリスト教内部の問題だとお書きになって
    いますが、やはり内部の問題ですね・・・。いまの十代の少年や二十代の青年
    に、ニーチェがどうゆうふうに読まれて、どういう影響を与えるかということ
    を考えるとおもしろいですね。アパートの2DKに住んで、マイ・カーを
    持って暮らそうという、いまの平均化された時代の青年たちが、ニーチェを
    どういうふうに読むか、非常におもしろい問題ですね。」

手塚 「若い人というのは、いつでもつかみにくいものですから、どこで触れ合う可能性があるか、
    平均的につかむのは容易ではありませんね。わたしの期待のようなものを言いますと、
    西洋の思考法そのものの膚合いに、この反逆者を通じて、いっそうよく触れ、頭脳的にも
    、西洋への深い批判者がふえればいいと思います。その結果として、日本人が自分の発言
    にもっと自信をもつことですね。」
三島 「ええ。<ツァラトゥストラ>の新訳を今度改めて拝見しますと、そのけばけばしさがとれて、
    その人生知がはっきり木目みたいに浮き上がってくるという感じがしますですね。
    そうして、これは曖昧模糊とした、観念的な説教じゃなくて、人間というものをじつに
    よく認識している天才の作品だなという感じがしました。」
手塚 「ほんとうに人間通といえますね。実証的な心理学者で、心理学を自慢するだけのことは
    ありますね。わたしは、自分のわからないことは文字にしたくないので、著者の気持ち
    のあやが多少通ったところはありましょう。しかし、わたしの気持をいうと、これまでは
    話を聞いたのであって、対話はこれからだというようなところです。」

    (昭和四十一年、一月十日 虎の門「福田家」にて)

2010年12月27日 (月)

昭和の描写

東京海上や、東京電力や、東京瓦斯や、関西電力の、「品格のある堅実な」 株の持ち主であることが、紳士の資格であった時代の、投機を軽蔑する主義から 自由でなかった」東京海上は今どうなんでしょうね。あと 「トランジスター・ラジオの小さな部品メーカーが、年商百億を記録して、 五十円の株が千四百円になったりすることは日常茶飯事であった。

「洋食の作法は下らないことのようだが」と本多は教えながら言った。
「きちんとした作法で自然にのびのびと洋食を喰べれば、それを見ただけで人は安心するのだ。
一寸ばかり育ちがいいという印象を与えるだけで、社会的信用は格段に増すし、日本で『育ちがいい』ということは、つまり西洋風な生活を体で知っているということだけのことなんだからね。
純然たる日本人というのは、下層階級か危険人物かどちらかなのだ。
これからの日本では、そのどちらも少なくなるだろう。
日本という純粋な毒は薄まって、世界中のどこの国の人の口にも合う嗜好品になったのだ」

「…僕は君のような美しい人のために殺されるなら、ちっとも後悔しないよ。
この世の中には、どこかにすごい金持の醜い強力な存在がいて、純粋な美しいものを滅ぼそうと、虎視眈々と狙っているんだ。
とうとう僕らが奴らの目にとまった、というわけなんだろう。
そういう奴相手に闘うには、並大抵な覚悟ではできない。奴らは世界中に網を張っているからだ。
はじめは奴らに無抵抗に服従するふりをして、何でも言いなりになってやるんだ。そうしてゆっくり時間をかけて、奴らの弱点を探るんだ。
ここぞと思ったところで反撃に出るためには、こちらも十分力を蓄え、敵の弱点もすっかり握った上でなくてはだめなんだよ。

三島由紀夫 「天人五衰」より

2010年12月26日 (日)

想念は形象となって現われる

冬至を一日間違っていた。思い込めばその日が冬至になって、自然界の様相も自分の想いに変化を従わせてしまう。想念の力は状況をも一変させてしまい、われわれは多分に誤解力で生きている。
自信なんてだいたい誤解力の産物だ。不安だって同じかも知れない。
だけど自信がないとは絶対に思わない方がいい。想念はプラスにもマイナスにも同じ力で働く。想念は一度別次元を通過して、再びこの物質界に形象となって現われるように思う。
http://twitter.com/tadanoriyokoo

お調子者の主人公ルキウスが、魔法の世界に首を突っ込み、自分もロバに変わってしまいます。元に戻るには薔薇を食べなければなりません。
「変容(または黄金のロバ)」Lucius Apuleius
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/lucius_apuleius_c059.html

薬草図鑑 草花編 草稿

黄耆(マンシュウオウギ)
人参(オタネニンジン)
竹節人参(チクセツニンジン)
ムカゴ人参(ムカゴニンジン)
沙参(ツリガネニンジン)
桔梗(キキョウ)
黄精(アマドコロ)
萎(アマドコロ)
知母(ハナスゲ)
天麻(オニノヤガラ)
白朮(ビャクジュツ)
蒼朮(オケラ)
セン白朮
遠志(ヒメハギ)
淫羊(ホザキイカリソウ)
仙芽(キンバイザサ)
玄参(ゴマノハグサ)
地楡(ワレモコウ)
丹参(タツナミソウ)
紫参(ハルトラノオ)
王孫(ツクバネソウ)
紫草(ムラサキ)
白頭翁(オキナグサ)
白及(シラン)
三七(サンシチ)
黄連(オウレン)
黄(コガネバナ)

柴胡(ミシマサイコ)
前胡(ノダケ)
防風(ボウフウ)
羞活
獨活(ウド)
升麻(サラシナショウマ)
苦参(クララ)
延胡索(エンゴサク)
貝母(バイモ)
山慈姑(カタクリ)
石蒜(ヒガンバナ)
水仙(スイセン)
白茅(チガヤ)
竜胆(リンドウ)
細辛(ウスバサイシン)
杜衡(カンアオイ)
及己(ヒトリシズカ)
鬼督郵(クマガイソウ)
徐長卿(スズサイコ)
百両金(カラタチバナ)
昧砂根(マンリョウ)
紫金牛(ヤブコウジ)
拳参(イブキトラノオ)
当帰(トウキ)
紅蜀葵(モミジアオイ)
川茸(センキュウ)
蛇牀(ハマゼリ)
藁本(カサモチ)
白(ヨロイグサ)
芍薬(シャクヤク)
土木香(オグルマ)
杜若(ヤブミョウガ)
山(ハナミョウガ)
高良(クマタケラン)
縮砂(シュクシャミツ)
破故紙(オランダビユ)
蓬莪(バンウコン)
黄(ハルウコン)
鬱金(ウコン)
曇華(ダンドク)
荷(ミョウガ)
三稜(ジュウモンジスゲ)

頭の中はエンドルフィンでぐるぐる音符

2010年12月25日 (土)

椿姫たち

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2010年12月24日 (金)

SIGHT 46号

サイト 2011年 02月号
●総力特集
日本の有罪率、99.9%の何故? 
僕らはみんな有罪になってしまうのか ~ドイツ84%、イギリス68%、中国98%~

秋山賢三(弁護士/元裁判官)
宗像紀夫(弁護士/元東京地検特捜部長)
若狭勝(弁護士/元東京地検公安部長)
小坂井久(弁護士/甲南大学法科大学院教授)
指宿信(成城大学法学部教授)

●第2特集
ブック・オブ・ザ・イヤー2010
高橋源一郎×斎藤美奈子/北上次郎×大森望/小田嶋隆

●連載対談 内田樹×高橋源一郎
●外交問題インタヴュー 藤原帰一
発売日:2010-12-24 .780円

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●総力特集 日本の有罪率、99.9%の何故?
日本の有罪率が「99.9%」だということをご存知ですか? 次々に発覚する冤罪事件や、大阪地検特捜部によるフロッピーディスクの改ざん事件など、日本の司法制度の問題点が次々に明るみになる昨今、SIGHTは、日本の有罪率99.9%というデータに注目しました。これは、諸外国と比較しても類を見ないほどの高い数字で、ひとたび起訴されれば、ほぼ間違いなく有罪という判決が下されてしまうという、この国の司法制度の実情を表しています。今号のSIGHTでは、この異常な数字の背景にある日本の司法の問題点に、元裁判官、元検事、そして法曹の最前線を知る学者の方々のロング・インタヴューを通して迫ります。意外と知られていない司法制度の仕組みや驚きの内実、そして「取調べの可視化」の実効性まで、徹底的に追究した強力特集です!

●第2特集 ブック・オブ・ザ・イヤー2010
今年もやります! 年末恒例「ブック・オブ・ザ・イヤー2010」。高橋源一郎×斎藤美奈子による文芸・評論編、北上次郎×大森望によるエンターテインメント編、そして小田嶋隆連載「ベストセラーを読む 万巻一読」の2010年総集編の3本立て。ベストセラー作品はもちろん、歴史小説から海外SFアンソロジーまで縦横無尽のセレクトでお届けします!

●ついに書籍化される内田樹×高橋源一郎の連載対談では、何かとキナくさい日本とアジアの隣国間問題について、当代随一の論客ふたりがビシッと提言。国際政治学者・藤原帰一インタヴューでは、戦略なき日本外交について、周辺国それぞれの事情もフォローしながら徹底的に分析。

●さらに、2010年の世相と自身の活動を振り返る北野武インタヴューほか、斎藤美奈子、酒井啓子、泉麻人、ピーター・バラカンetcの強力連載もお楽しみに!

「日本の有罪率が99・9%なのを知っていますか? 
因みにドイツは84%、イギリスは68%、そして中国は98%。
本当に日本の司法制度は変だ。
サイト最新号、全240ページ中、170ページ分僕がインタビューしています。8本のインタビューです。ブリッジに続いて異常な執念で雑誌を作っています。」
 http://ro69.jp/blog/shibuya/45245 より

東京都渋谷区桜丘町20-1渋谷インフォスタワー19F
ロッキング・オン http://rock-net.jp/

この特集は捕まる恐れのある人もない人も是非読んでほしい。
編集理念が明確である「SIGHT」は雑誌の編集者などにとどまらず、
プロデュサーを目差す若い諸君にも是非ともお勧めしたい。

「リベラルに世界を読む」季刊総合誌SIGHT(サイト)
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/sight-9896.html

2010年12月23日 (木)

●薬草樹木の図案草稿

李(スモモ)
杏(アンズ)
巴旦杏(ハタンキョウ)
梅(ウメ)
桃(モモ)
栗(クリ)
天師粟(トチ)
棗(ナツメ)
酸棗(サネブトナツメ)
梨(ナシ)
海紅(ミカイドウ)
木瓜(ボケ)
子(クサボケ)
槙(カリン)
榲(マルメロ)
山(オオサンザシ)
菴羅果(マンゴー?)
林檎(リンゴ)
柿(カキ)
君遷子(マメガキ)
安石榴(ザクロ)
柑(コウジ)
橙(ダイダイ)、柚(ユズ)
金橘(キンカン)
枇杷(ビワ)
楊梅(ヤマモモ)
銀杏(イチョウ)
胡桃(クルミ)
榛(ハシバミ)
子(アラカシ)
櫟(クヌギ)
槲(カシワ)
榧(カヤ)
無花果(イチジク)
天仙果(イヌビワ)
斎果(エゴノキ)
枳(ケンポナシ)
山椒(サンショウ)
崖椒(イヌザンショウ)
山胡椒(ヤマコウバシ)
呉茱萸(ゴシュユ)
食茱萸(カラスザンショウ)
塩麩子(ヌルデ)
茗(チャノキ)
柏(コノテガシワ)

杉(スギ)
桂(ニッケイ)
菌桂(セイロンニッケイ)
天竺桂(ヤブニッケイ)
木蘭(モクレン)
辛夷(コブシ)
楠(ユズリハ)
樟(クスノキ)
烏薬(ウヤク)
楓樹(フウ)
木蘖(キハダ)
小蘖(メギ)
杜仲(トチュウ)
椿(チャンチン)
樗(ニワウルシ)
漆(ウルシ)
梓(キササゲ)
楸(アカメガシワ)
桐(キリ)
梧桐(アオギリ)
罌子桐(アブラギリ)
楝(センダン)
槐(エンジュ)
秦皮(トネリコ)
合歓(ネムノキ)
皀莢(サイカチ)
肥皀莢(ヒソウキョウ)
無患子(ムクロジ)
菩提樹(ボダイジュ)
波羅樹(タラヨウ)
欅(ケヤキ)
柳(シダレヤナギ)
柳(ギョリュウ)
水楊(カワヤナギ)
白楊
(ザイフリボク)
松楊(チシャノキ)
楡(ニレ)
榔楡(アキニレ)
蕪夷
樺木(シラカバ)
椶櫚(シュロ)

夢想するだけでも心が癒やされる。 図鑑図案の編集は楽しい世界。ネコにマタタビ、イヌに散歩ふたたびです。

2010年12月22日 (水)

薬園では万能の樹と呼ばれた枇杷

枇杷の持つ薬効については三千年も昔、釈迦の時代から知られており、インドの古い教典によればビワの樹は「大薬王樹」、ビワの葉は「無憂扇」と呼ばれていた。

  仏典『大涅槃経』の中では、「薬効のある植物はいろいろあるが、中でも大薬王樹(ビワの樹)は特に優れ、枝・葉・根・茎のすべてに薬効成分が含まれており、水や蜜、牛や山羊などの乳に混ぜて飲んでもよし、炙って身体にあててもよし、手で触れただけでも、生けるものすべての病気を治す」と説かれている。

中国では明の薬草書『本草綱目』に「胃を和し、気を下し、熱を清し、暑毒を解かし、脚気を療ず」とビワの葉の優れた効能が記された。

主成分はブドウ糖、ショ糖、果糖、マルトース、デキストリン、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、サポニン、タンニン、アミグダリンなど。
アミグダリンは、ベンズアルデヒド、糖、シアン化水素からなる青酸配糖体。エムルシン等の酵素によって上記の物質に加水分解される。
アミグダリン(ビタミンB17)はガン細胞の周囲にあるベータグルコシダーゼという酵素に触れると、シアン化合物を出しガン細胞を殺す。一方で正常細胞に近づき周囲にあるロルターゼという酵素に触れると安息香酸に変化して免疫力の強い細胞をつくる。

ビタミンB17療法創案の契機となったのは、世界有数の長寿国「フンザ王国」の人々が常食としていた杏仁(杏の種)。B17は杏の種の中に高度に含有されて、ほかにもプルーン、プラム、サクランボ等の種、水ゼリ、アルファルファ、竹の子、アーモンドや、あわ・きび・ひえといった穀物などに豊富に含まれている。

杏の種同様に古来よりビワの葉によってもたらされてきた恩恵の多くは、アミグダリン(ビタミンB17)のはたらきによるものであった。

薬効成分を使用して利益を上げていたものたちが、一般家庭でビワを植えられてしまうと価値が薄れるので、枇杷は縁起でもない樹木であるという話を流布したという。それほどに薬園では万能の樹と呼ばれていた。
 

2010年12月21日 (火)

「タイムマシン(本物)」インターネットオークション

西暦 2000年6月9日、金曜日。インターネットオークションにとんでもないものが出品された。全世界の少年の憧れ、科学者の夢と言い切っても良いであろう「タイムマシン(本物)」である。日本のどこかで人知れず、たったひとりでタイムマシンを造りあげ今回オークションに出品した人物、それが shikumi0氏 である。

このニュースを知らされた瞬間から、私は限られた資料の中から shikumi0氏 とタイムマシンについての考察をはじめていた。タイムマシンの時間移動原理はどうなっているのか?この情報は国家機密レベルではないのか?そもそも いったい彼は何者なのか?一年遅れて来た恐怖の大魔王か?これらの疑問を解くために 資料との格闘がはじまった。
01.shikumi0氏 の自己紹介
02.商品説明をする shikumi0氏
03.検証:Q & A (Q & A から垣間見る shikumi0氏 の人物像)
04.たとえば shikumi0氏 はこんな人
05.タイムマシン(本物) を落札した男が現れた!
http://maekin.cool.ne.jp/tm/index.html

☆タイムマシン(本物)
6月9日 19時47分タイムマシンを開発しました。実用に耐えるものです。100V家庭用電源で作動します。開発に5年、開発費用に2000万円近くかかりました。扱いはいたってシンプルですが、使い方を誤ると怖い思いをするかもしれません。現実は「ドラいもん」のようにはいきません。慎重な方の入札をお待ちしております。詳しくは取説をごらんください。
http://maekin.cool.ne.jp/tm/auction/tm.html
☆オークション Q & A
http://maekin.cool.ne.jp/tm/auction/tm_qa.html

☆そもそもは shikumi0氏 について考えるはずだった掲示板
http://8133.teacup.com/moshimomachine/bbs

2010年12月20日 (月)

ある対話

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ぼくは自分を讃える
ぼくが何かになれば 君もその何かになる
ぼくのものである原子はすべて 君のもので在るのだから

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2010年12月19日 (日)

皆既月食は21日夕、好天なら全国で

2007年8月以来、3年ぶりに国内で皆既月食を観察できる。
国立天文台によると、天気さえよければ、全国で見ることができるが、皆既月食の始まりは午後4時40分頃と早く、同5時54分頃には終わってしまう。その後、徐々に満月に戻る。
皆既月食は、月、地球、太陽が一直線に並んだ時に、月が地球の影の中にすっぽりと入って暗くなる状態。
東京では同日午後4時23分頃、東北東の空に下8割が暗く欠けた状態の月が姿を現し、すぐに皆既月食になる。

 月の出が遅い西日本では、皆既月食になった後で上ってくる。今年は1月と6月に部分月食があり、国内で次回、1年に3度月食を観察できるのは2094年だ。
皆既月食は、暗く欠けると言っても、太陽光の一部が地球の大気で屈折して届くため、赤銅色に見えることが多い。同天文台では、観察キャンペーンを呼びかけている。

詳細は次のアドレスで。http://naojcamp.nao.ac.jp/phenomena/20101221/

(2010年12月18日  読売新聞)

2010年12月18日 (土)

柿の葉寿司

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使用前         使用後

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2010年12月17日 (金)

施薬院(せやくいん)

奈良時代に設置された令外官である庶民救済施設・薬園。「施」の字はなぜか読まれないことが多く、中世以降は主に「やくいん」と呼ばれた。
天平2年(730年)、光明皇后の発願により、悲田院とともに創設され、病人や孤児の保護・治療・施薬を行った。諸国から献上させた薬草を無料で貧民に施した。東大寺正倉院所蔵の人参や桂心などの薬草も供されている。また、光明皇后自ら病人の看護を行ったとの伝説も残る。

ただし、施しを目当てに物乞いが暗躍したこともあり、また本当に苦しんでいる者が物乞い扱いされ、無下にされたこともあったとされる。

光明皇后崩御の後は知院事2名が置かれ、平安京へ遷都後も、施薬院は五条室町近くに移されて続行し、山城国乙訓郡に施薬院用の薬園が設けられた(『日本後紀』弘仁2年2月5日(811年3月3日)条)。天長2年(825年)には、別当、院使、判官、主典、医師の各1名を置く職制が定められ、延喜式でも継続された。『類聚三代格』所収の寛平8年閏正月17日(896年3月5日)付太政官符によれば、施薬院と東西悲田が病人と孤児を収容し、前者は預と雑使が治療にあたり、後者は預・雑使に加えて乳母・養母が養っていたこと、院司が預以下を指揮監督していたことが記されている。その一方で平安時代に入ると藤原氏が設立者である光明皇后の実家であることを理由として施薬院の運営に介入を行うようになる。藤原冬嗣が施薬院に食封1,000戸を寄進したものの、その使い道を藤原氏の困窮者の救済に限定させたことが『続日本後紀』承和3年5月甲子(26日)(836年6月13日)条に記されている。こうした経緯から別当のうち1人は藤氏長者の推薦によって藤原氏から補任される慣例が平安時代を通じて行われた(残り1名は大外記から補任されていた)。院使は実務にも関与したことから医学知識のある者が任命され、官司請負制が確立される11世紀頃から丹波氏が世襲するようになる[1]。

しかし、中世に入ると施薬院は衰微し、次第に形骸化していった。院司は長く丹波氏の世襲であったが、鎌倉時代からは和気氏もこれに加わり、両家の間で争いが起きる。しかし、実務自体はほとんど無くなっており、形式的な職位に過ぎなかった。戦国時代に、丹波氏の後裔である全宗が、豊臣秀吉に側近として仕え、正親町天皇より勅命で施薬院使に任ぜられ、形骸化していた施薬院を復興する。同時に「施薬院」を姓とするようになった。以後江戸時代は、この施薬院氏が院使を世襲した。

参考文献
『国史大辞典』(吉川弘文館)「施薬院」「施薬院使」(執筆:水野柳太郎)
『日本史大事典4』(平凡社、1993年、ISBN 4582131042)「施薬院」(執筆:宗田一)
脚注 [編集]
1.^ 佐藤健治「平安時代の藤原氏諸機関と官司制」(初出:『文化』第60巻3・4号(東北大学文学会、1997年)/加筆改題「藤原氏諸機関の成立と展開」 所収:佐藤『中世権門の成立と家政』(吉川弘文館、2000年) ISBN 978-4-642-02789-2 第一部第二章)

(Wikipedia)

2010年12月16日 (木)

タルホロードを行く

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1949(昭和24)年に建てられ、元は倉庫として使われていた高砂ビル。現在では、古着店や美容室、スタジオなどの店が入る。1Fでは不定期だが、ギャラリーなどの展示も催されている。 兵庫県神戸市中央区江戸町100. 映画「アウトレイジ」でロケに使われた。
2009年8月26日&27日、10月5日&6日の四日間、高砂ビル内の事務所を撮影用・ヤクザの組事務所に見立て、セット組みし、北野たけし監督20周年記念として「ワーナー・ブラザース映画」と組み劇場配信バイオレンス映画”アウト・レイジ”をロケーションされた。主な俳優は 北野たけし、三浦友和、北村総一郎、國村隼、椎名桔平、杉本哲太、加勢亮、石橋蓮司、小日向文世、塚本高史、中野秀雄さんらの男性演技派俳優の勢揃い。

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2010年12月15日 (水)

綺想礼讃 松山 俊太郎 (著)

ついに出た、伝説の碩学の幻想文学論集! 
はじめてその名を目にしたのは、何時のことだったか?そう、あれはもう40年近くも前、加藤郁乎の『球體感覚』全句を評釈した『球體感覚御開帳』だ。その数年後、野坂昭如の『新宿海溝』と種村季弘の『食物漫遊記』に博学の怪人、空手の達人として登場する。そして澁澤龍彦全集の編集人の一人でもある。なんだかすごい人らしい。晩年の稲垣足穂との、京都で行われた対談を「ユリイカ」かなんかで読んだ記憶もある。その伝説の碩学松山俊太郎の、谷崎をはじめとする「幻想文学」についての論文集である。
一読驚倒。その博学、その精緻。なにしろあの南方熊楠の「知識のなさ」を嘆くのだから。
ご本人は、谷崎論以外は刺身のツマと謙遜しているらしいが、とんでもない。そのツマがその辺の「かいなでの」文芸批評家たちのメインディッシュより、はるかに手の込んだ御馳走になっているのだ。澁澤龍彦の回想は、なんだかこころ浮き立つオードゥブルだし、「レシチンの滋味」白鳥の豆腐料理は、食通をうならせる珍味である。しめて41皿。皇帝の晩餐を堪能した思いである。

http://mekaru.com/matsuyama/list.html
松山俊太郎 1930年8月27日生
1946年2月2日 手製の手榴弾分解中の爆発事故で左手首、右拇指を失う。その為の留年以来、浪人の癖がつく。
1951年東京大学教養学部文二9D入学。同級生、阿部良雄、石堂淑朗、種村季弘、吉田喜重など。
1953年印度哲学梵文学科に進学。この科を選んだ最大理由はバカがいなくて最低の成績で進学できると思ったためである。
1960年大学院修士課程修了大学院には 梵文専攻なきため余儀なく入ったのである。大学入学以後の8~9年は酒と空手と古本漁り以外は何もしなかった。
学士論文「バルトリハリ作、シュリンガーラ・シャタカ(恋愛百頌)について」
修士論文「古代インドの回帰的終末観」いずれも予定の数分の一で時間切れ未完。
1950年頃より「時間」に、1960年頃より「蓮」に興味を持ち、資料を蒐集中なるも業績なし。

2010年12月14日 (火)

『タルホスコープ』(全4巻)

☆発行年月:1974年5月~11月
☆出版社:現代思潮社 ☆判型:A5・カバー
1 ヰタ・マキニカリス/2 桃色のハンカチ/3 彼等―THEY―/4 彌勒
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☆解説:萩原幸子
☆構成:川仁宏
☆タルホスコープ題字:浜津守 
『稲垣足穂大全』のコンパクト版作品集。

2010年12月13日 (月)

生田の森

Hamatsu211

2010年12月12日 (日)

反芸術からネオダダへ

反芸術(はんげいじゅつ、Anti-art)は芸術作品に対する定義で、伝統的な展覧会の文脈の中で展示されながら、真剣な芸術をあざ笑うかのような内容を持つ作品、また芸術というものの本質を問い直し変質させてしまうような作品のこと。さらに既存の芸術という枠組みを逸脱するような芸術思想や芸術運動のこと。

ダダイスムによるオブジェや自動筆記による文学、ナンセンス詩など、挑発的な芸術形態が「反芸術」と呼ばれたが、芸術の枠がある限り、反芸術はいつでもどこでも出現する可能性がある。また20世紀美術の歴史は、反芸術が芸術の範囲を押し広げた結果ともいえる。

[ダダイスム]
反芸術は、第一次世界大戦中からはじまったダダイスムにその端を発する。反芸術的な作品の、初期にしてもっとも有名な例は、ダダイストのマルセル・デュシャンが1917年にニューヨークの無審査公募展・「アンデパンダン展」にリチャード・マット名義で出展した『泉』である。この作品はただの既製品の男性用小便器を寝かせたもので当時の観念から見ればどう見ても芸術品とも作品とも呼べるものではなく、無審査展のため仕方なく受け付けられたものの会場に展示されることなく紛失するが、この処置に抗議したデュシャンはアンデパンダン展委員を辞任し、新聞にリチャード・マット氏の作品を弁護しその意義を訴える文章を発表し大論争を起こした。この事件の例のように、ダダイスムの活動は美術や文学など既存の芸術をはみ出すもので、結果、芸術の概念を非常に大きく広げることとなった。

[メール・アート]
郵便物を使った芸術の表現であるメール・アートも反芸術の一種とみなしうる。公式な美術の発表の場(展覧会など)から離れた場で発表され、しかも政府の郵便制度を利用したさまざまな実験は、芸術と社会との摩擦を巻き起こした。

[日本における反芸術]
日本において「反芸術」という単語は、安保闘争などで社会が揺れていた1960年前後の現代美術界の熱気を抜きには語れない。1954年から関西で活動していた具体美術協会は、その型破りなパフォーマンスなど、既存の芸術を超えて表現する反芸術の色彩が強かった。反芸術が爆発的に広がるのは戦後まもなくから1963年まで東京都美術館で行われていた無審査公募展「読売アンデパンダン展」で、1950年代末以降、廃物などを利用した作品が数多く出展されるようになり、1960年に評論家・東野芳明がこの展覧会に出展していた工藤哲巳の作品を評して「反芸術」の語を使用し日本の若手美術家に反芸術ブームを起こした。

同じく1960年、読売アンデパンダン展に出展していた荒川修作・吉村益信・篠原有司男・風倉匠作・赤瀬川原平ら若い作家たちがネオ・ダダイズム・オルガナイザーズという組織を結成、その短い活動時期にアナーキーな作品や構想を数多く残した。メンバーの一人、赤瀬川原平は1963年に高松次郎・中西夏之と「ハイレッド・センター」を結成し反芸術的なパフォーマンスを開催している。また秋山祐徳太子の東京都知事選挙出馬に至るパフォーマンスなど、反芸術は1950年代から1960年代にかけてマスコミにも多くの話題を提供した。

ネオダダ(Neo-Dada)は、作品制作の方法論や意図が初期のダダイスムと類似点を持つ、1950年代後半から1960年代のアメリカ合衆国の美術家や美術運動を表すのに使われた用語である。

もとは、1958年のアートニューズ誌において、当時廃物や大衆的なイメージを使用した絵画で抽象表現主義に替わり注目を浴びつつあったロバート・ラウシェンバーグやジャスパー・ジョーンズといった画家、ハプニングなどのパフォーマンスアート活動を行っていたアラン・カプロー、クレス・オルデンバーグ、ジム・ダインなどの作家たちを一括りに特集し、美術評論家ハロルド・ローゼンバーグがこれらにネオダダと名づけたことがはじまりである。以後、評論家バーバラ・ローズによって「ネオダダ」と言う用語は1960年代に広まり、おおむね1950年代~1960年代にこれらの作家によって行われた活動を指して使われる。

[特徴]
ネオダダの作品の例としては、既製品の使用(レディメイド)や大衆的な図像の流用(アッサンブラージュ、コラージュ)、そしてその不条理性などがある。また伝統的な芸術や美学の概念を否定する反芸術的なところもある。これらの手法や反芸術性が、新たなダダイスムとみなされた要因である。確かにロバート・ラウシェンバーグの、既製品を組み合わせて(コンバインして)その上から絵具を塗りつけたコンバイン・ペインティングなどはレディメイドやアサンブラージュなどと形式上共通点がある。

しかし、ネオダダは、概念や言葉の実験としてのレディメイドなどを制作した第一次世界大戦後のダダイスムとは時代背景が異なり、より工業化や大量生産・大量消費が進み廃物があふれていた時代のアメリカを舞台としているため、新品よりは廃物を好んで用いたり新品を廃物同様にするなどより即物性や即興性が強い。これらの作品はジャンク・アート(ゴミ芸術、廃物芸術)などとも呼ばれていた。反芸術でありながら、環境を埋め尽くしていた廃品を新たな自然と見て、そこに美を見出そうとしたネオダダを「工業化社会の自然主義」と呼ぶ向きもある。

ネオダダに属する作家たちのうち、ロバート・ラウシェンバーグらは1930年代から1950年代にかけて存在したノースカロライナ州の小さな芸術学校、「ブラック・マウンテン・カレッジ」で学んでいた。ここでは美術家のみならず音楽家、詩人、思想家らが教えており、なかでも教鞭をとっていた音楽家ジョン・ケージの、音響を即物的に考えることや偶然性を利用するといった活動から強い思想的な影響を受けている。

[ジャンク・アート、反芸術の世界同時多発]
この時代には、同じく廃物を寄せ集めた芸術作品や、従来の美術の範疇をはみでたハプニング、パフォーマンス、「反芸術」的な潮流が、工業化した欧州や日本など各国に現れた。

フランスではこの頃、収集した生ゴミを透明ケースに入れたり、同じ種類の機械や道具の残骸を無数に収集して組み合わせたアルマン、くず鉄を寄せ集めて溶接した「アマルガム彫刻」や自動車をプレス機に入れて直方体に圧縮する「圧縮彫刻」を行ったセザール、日用品などを梱包していたクリストら、工業社会の「自然」をあるがままに受け容れそこに意味を見出そうとする作家たちが活躍していた。1960年、こうした傾向の作家たちを集めて評論家ピエール・レスタニによる展覧会が行われ、これに、さまざまなパフォーマンスを行っていたイブ・クラインや、ジャン・ティンゲリー、ニキ・ド・サンファルらが集まり、「ヌーヴォー・レアリスム」というグループを組んだ。グループは数年で解体したが、その思想や活動はネオダダと通じ合うものがある。
ドイツでは美術家や音楽家、詩人などをメンバーとするパフォーマンスアートのグループが現れ、1961年にフルクサスの名が使われた。流転・変転し、二度と同じ事を繰り返さないと言う彼らのパフォーマンスは各国の芸術家を巻き込み、1960年代前半にかけてドイツやアメリカなどで非常に活発に活動した。
日本でも反芸術の動きが1960年前後に活性化していた。
1954年から関西に具体美術協会が現れ、1950年代後半にかけてアクション・ペインティングや野外におけるインスタレーションなど矢継ぎ早に活動を行った。ここにはネオダダ的な身近な素材の利用やハプニング、反芸術の要素が多く含まれていた。
また、1950年代後半ごろから、東京都美術館で行われていた無審査公募展「読売アンデパンダン展」に廃物などを利用した作品が数多く出展されるようになり、1960年に評論家・東野芳明がこの展覧会に出展していた工藤哲巳の作品を評して「反芸術」の語を使用し日本の若手美術家に反芸術ブームを起こした。

1960年、荒川修作・吉村益信・篠原有司男・風倉省作(風倉匠)]・赤瀬川原平ら、読売アンデパンダン展に出展していた若い作家たちがネオ・ダダイズム・オルガナイザーズという組織を結成。その後「ネオダダ」と名称を簡略化し、3度の展覧会を実施したが、荒川修作の除名問題や吉村益信の結婚による活動場所の問題を経るなどわずか1年たらずで解体する。しかし、その間に社会風俗現象として週刊誌などマスコミを大いににぎあわせ、一部美術評論家に注目されるアナーキーな作品や構想を数多く残し、スキャンダリズムを旨とするわが国の前衛美術のひとつの傾向を示す典型となった。
その後メンバーの大半が渡米したが、赤瀬川原平は1963年に高松次郎・中西夏之と「ハイレッド・センター」を結成し反芸術的なパフォーマンスを開催し、篠原有司男らは新たなアメリカの動向であったポップ・アートにいち早い反応を見せた。

[ネオダダの影響]
ネオダダや反芸術の運動は、現在に至るまで多くのパフォーマンスアートや芸術表現に影響を与えている。また、アメリカではすぐ後に来るポップアートに手法的・理論的な影響を与えた。

[作家] ロバート・ラウシェンバーグ  ジャスパー・ジョーンズ

2010年12月11日 (土)

路上のアート

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2010年12月10日 (金)

フンチャンとフンタン

中国語で、自分のカネも、人のカネも、区別できずに、いいように使って、全てを失くして、
迷惑をかけまくる人間を、混った帳簿と書いて、
 「混帳(フンチャン)」 = ろくでなしといいます。  

 この言葉は、単なる、帳簿上の「糞味噌一緒」の意味に留まらず、
 人間同士の貸し借りの状態が全く分からなくなった、恩知らずで無礼者に向けた 罵り言葉です。
 単なる、バカを意味する「混蛋(フンタン) ・・・混ざった卵」よりも、強く非難する言葉です。
 
 何か企てがあって、それが失敗した時に、実際に被害者が出ても、何ら負い目を感じず、
 詫びる姿勢すらも示さない 厚顔なものを「混帳」と呼びます。

中国金融界のとんでもないレベルの隠れた資金流用
http://midorinonet.com/purplejade/2010/05/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E3%81%A8%E3%82%93%E3%81%A7%E3%82%82%E3%81%AA%E3%81%84%E3%83%AC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%9A%A0%E3%82%8C%E3%81%9F%E8%B3%87%E9%87%91%E6%B5%81%E7%94%A8%E3%80%82%E3%80%8E/purplejade.htm

「心が変われば、外界も変わる」
http://hello.ap.teacup.com/koinu/334.html

「吾(われ)唯(ただ)足(た)る〔こと〕を知る」
http://koinu2005.seesaa.net/article/170359321.html

2010年12月 9日 (木)

ミルトン『失楽園』(Paradise Lost)

 ヤハウェに次ぐ神寵の重い天使であったルシファー。ところがヤハウェは一人の神の子を設け、神々を集め後継者と定めて、神の子を諸神の首位に置くことを述べた。大歓呼の声に天上は満たされた。一つの隅に不穏な空気が生じた。ルシファーは父なる神に次ぐ勢力を持っていたが、このことによって神の子に押しのけられたと考え、屈辱を忍ぶことができず、反逆心を起したのである。
 従う天使たちを集めると、神の軍勢を相手に戦いを挑み、一勝一敗のせり合いののち、神官に打たれて敗北して焦熱地獄に落される。

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 九日九夜に地獄の焦熱の浪に坤吟したのち、醒めたルシファーは、不屈の意志、報復への執着、不滅の呪い、不敵な魔力は少しも衰えることなく、復心のベルゼブル相談した。
「およそ善といわれるものは、一つとしてわが職ではない。
 常に悪をなすことこそ唯一の快楽。
 不倶戴天の父なる神に反抗しよう……
 再挙の件を会議しようではないか」
ベルゼブルを従えて立ったルシファーは、槍に身を支え、秋の木の葉のように瀕死の唸りを発している配下にむかって、烈しい煽動演説を始め、たちまち敗残のサタン軍の一騎当千の将軍たちを振い立たせてしまう。
「近く父なる神は新世界を造り、神の子に等しい寵愛をうける生物【人間】をそこに住まわせる計画をしている。策を練り、この新世界で復啓をとげよう」
建築の天使マモンは一大殿堂(衆魔殿)を建設した。玉座についたルシファーは衆魔の共同謀議に入る。マモン、モロク、ベルゼブルが演説して最後にサタンが単騎遠征の任を買って出て会議は終る。

 ルシファーは出発し地獄の門にくる。【罪】と【死】がこの門を守っている。【罪】は昔天上で通じたことのある女神の堕ちた姿で【死】はその間に産まれた子である。ルシファーは秘密の鍵で地欲の門を開かせたため、二度と閉ざすことが出来ず、地獄は人間をこれ以後招致することになる。【混沌】と【夜】の助けで近道をして天の門に近づいた。明星のように新世界の球が垂っているのが見える。

 ヤハウェはその計りごとを見抜いて予言する。
「自分の悪心から堕落し、人間は外からの誘惑によって堕落するであろう。
 人間には慈悲を与えるが、堕天使には与えない」

 楽園ではアダムとイヴが罪を知らぬ美しい日々を送っていた。イヴに近づき神がかねて禁じていた知恵の木の実を食べるようルシファーは誘惑する。イヴは誘惑に負けて木の実を食べるが、不安にかられて男アダムを誘って木の実を食べさせる。すると、にわかに天地が激しく鳴動して【罪】と【視】が楽園にのりこむ。二人は裸を恥じ、自分たちの情欲に非常な不安を覚える。

 意気揚々と地獄へ引きあげようとするルシファーへ、たちまち神の審判がくだり大蛇に変えられてしまう。神は天使ミカエルをつかわし、アダムとイヴは楽園から追放される。天使は二人を山上へつれてゆき、これから人間界におこるもろもろの出来事をパノラマ夙に見せてやった。二人ははじめて神の恩寵のすべてを知り、感激しつつ手をとりあって楽園から遠ざかってゆく。

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■■■ミルトンParadise Lostの政治的背景■■■ 
新しい政治の到来を夢みたミルトンは、言論の自由を擁護した「アレオパジテイカ」を記した。共和政府が樹立されると、ミルトソは外務省のラテソ語秘書官となり、劇務のために失明するほど寝食を忘れて奮闘した。クロソウェルの死後共和政府は崩れ王制が復活して、失意と絶望の時が訪れた。
処刑はまぬかれたが、社会の日蔭者になり財産を失い、娘たちから冷遇されつつ失明の日々をすごさなければならなかった。「失楽園」はこうした彼の政治的、文学的生涯の総決算として構想された。

■■天使と堕天使のキーワードを読む■■
蛇 アバター 爬虫類
知恵の木 アップル 生命の木

■失樂園物語:新潮社版
http://web.archive.org/web/20040818105023/www.sm.rim.or.jp/~osawa/AGG/paradiselost/paradiselost-story.html
■繪本失樂園物語:冨山房版
http://web.archive.org/web/20040818104044/www.sm.rim.or.jp/~osawa/AGG/paradiselost/plost-story.html

2010年12月 8日 (水)

『2001年宇宙の旅』もっとも知的な考察

キューブリック:「この映画に関するマーガッレット・スタックハウスさんの考察は、むろんわたしの読んだあらゆる批評や記事、受けとった何百という手紙も含め、もっとも知的な考察だ。すごい、第一級の知性だ」 

Ⅰ.モノリス――限りない知識と知性の源泉
 A 形は完璧なものを表している。色―― 黒―― が象徴するのは、
  1 邪悪と死、人間の知識の誤用によってもたらされる。
  2 理解し難いもの――感覚に限界のある人間は、色彩や光の不在(完全な黒)を理解できない。

 B 最初の出現
  1 映画はたぶん、生命が霊感や神の恩寵を受けられる段階に達したことを暗示している。 [サルが期待し、何かを待つというのも興味深い]
  2.この霊感が与えられたとき、サルは人間になるのだろう。 [問題:他の生命にない何か(魂?)をもつ人間は、まったく別個の存在だろうか、それともたんに知性の量(質ではない)が違うだけなのか。進化は漸進的で連続的か、それとも段階的か。量の違いが、事実上の質の違いになるのか]
  3 霊感が与えられるのは――
   a 人間(サル)にそれが必要になったとき、それとも、
   b それを求めたとき、それとも、
   c 恩寵を与える力の気まぐれ、それとも
   d これら三つの場合の組合わせ。
  4 恩寵を与える目的は、人間に命をつなぐ力を創出させるためだろう。 [この「輪廻」で、かれが創出したのは死のみである。注目――死(骨)から死が生まれる]
  5 消失(武器製作後)――理由:
   a 知識を悪用した罰としてとり去られる、あるいは、
   b もはや求めていない――サル(人間)はいまや自らを支配者と考え、最初の衝撃のあとは自己の勢力の維持に努める。モノリスはたぶんつねに存在するが、見ようとしない者やモノリスが見せたくない者には見えないのだろうか、あるいは
   c あらゆるものを死に至らしめる考えを起こさせないため、それを与えた力が取り去る。

 C 第2の出現(月面)
  1 出現の理由
   a 人間はふたたび無意識のうちにそれを求める、あるいは、
   b 人間に自己の卑小性を再認識させる必要がある、あるいは
   c 人類を意味のある存在にさせるため、新たな機会を与える。
  2 月で、人間はサルと同じしぐさでモノリスに触れる――これは人間の本性が本質的にまったく変わらないことを示す。触れたあと、彼らは厚かましくも写真を撮ろうとする――いまだに思いあがり、恩寵に対する理解が足りない。
  3 月面から木星(つぎに人間が目指すところ)に向け、強力な磁場が発射される。これは人間がいまだに過ちを犯し、探査がつぎの段階に達しても、なおモノリスが必要なことを示す。モノリスはつねに人間の視野を超えたところにある――人間はいまだに死ぬのである。
  4 月の人間たちが、高度の先進文明がモノリスを作ったと信じるのは皮肉である。彼らにとって究極のもの――死のレベルを超えて存在できるものを、人間はまったく理解できない。

 D モリスと無限の彼方

1 ハルを作ったあと、人間は再びその無知と思いあがりから、超人的知性を入手する機会を見捨てたことを示す。システムは停滞し、人間のエネルギーもそれ以上進歩できなかったのだろう。

  2 いま、かれには新たな機会が巡ってきた――モノリスは無限の彼方と完全な知識、そして宇宙の始まりを見せるが、かれには理解できない。これらすべてを見せた理由は――

   a 人間にとって真に新しい機会である可能性、あるいは、

    b かれの死がすでに定められていた可能性 [おそらく人はみな死に際してしか完全な知識を得られない] 、あるいは、

    c たぶん完全な知識(モノリスが表現)はつねに存在するが、人間の理解はつねに不完全なこと。

メイキング・オブ・キューブリック:「2001年宇宙の旅」
ジェローム・アジェル編/山川コタチ訳
http://homepage1.nifty.com/kotachi/ より抜粋

ミス・スタックハウスはノース・プレンフィールド高校の3年生で、「2001年」の感想を書いたのは17歳のとき。彼女は「いちばん興味があるのは数学と科学です。わたしの知る抜きんでた人たちは基本的に自信をもち、だからこそその人生は充実し、魅力的になれるのです。そんな人生がわたしの目標です」。プリンストン大学の1974年度クラスに在籍している。
「2001年」の感想文は、ノース・プレンフィールド高校の科学課程担当デイビッド・アルパートがキューブリックに送付した。

『2001年宇宙の旅』の進化考察: 零画報
映画「2001年」の元となるアーサー・C・クラークの「前哨」という短編小説では人類が月で発見する物体はピラミッドの形をしていた。しかし、映画では モノリス(黒石板)となっている。これはなぜか?
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/2001_2a13.html

アポロ月面着捏造にキューブリックも関与
http://koinu2005.seesaa.net/article/171912704.html

『宇宙の知的生命(Intelligence in the Universe)』
400万年ものあいだそれは木星の周囲を回り、けっしてこないであろう運命の瞬間を待ち続けた。いま、その長い待機は終わった。べつの世界で知的生命が生まれ、その惑星のゆりかごを脱しつつある。
太古の実験は、そのクライマックスを迎えようとしていた。

2010年12月 7日 (火)

流行語大賞は“ゲゲゲの~”

「2010ユーキャン新語・流行語大賞」は“ゲゲゲの~”が年間大賞に選ばれた。

ドラマ「ゲゲゲの女房」作者で水木しげるさんの妻・武良布枝さん
「(『ゲゲゲの女房』は)あるがままをダラダラ書き連ねたそれだけのものなんですよ。こんな華やかなところが似合わない人間ですけども、本当にありがとうございます」

早稲田大学野球部の斎藤佑樹さんが東京六大学リーグ優勝直後の会見で発した言葉が選考委員特別賞に選ばれた。

「2010ユーキャン新語・流行語大賞」トップテン

◆ゲゲゲの 

◆いい質問ですねぇ 

◆イクメン 

◆AKB48 

◆女子会 

◆脱小沢 

◆食べるラー油 

◆ととのいました 

◆~なう 

◆無縁社会 

特別賞
◆何か持っていると言われ続けてきました。今日何を持っているのか確信しました・・・それは仲間です。
http://singo.jiyu.co.jp/

2010年12月 6日 (月)

美の壺「ドールハウス」

ミニチュアの家や家具などを総称、本物そっくりのミニチュア。戸棚に並んだ食器。オーブンの煙突は使いこまれてさびが浮いて、少し前まで人がいた気配。精巧に作られた小さな世界。
コレクターの新美康明さん「子供のおもちゃとも言えますが、大人の美術工芸品とも言えます。それだけいろんな方がいろんなスタンスで楽しめる余地、多彩さ多様さがあるのではないかと思います。」

ミニチュアが飾られたドールハウス、「モッツ雑貨店」。今からおよそ80年前の作品。作者はアメリカ主婦、アレグラ・モッツ。彼女は、3人の子供を育てる傍ら、およそ10年という歳月をかけて、このドールハウスを作り上げた。

たくさんの箱や袋は、彼女と子供たちの手作りです。大きさは数センチ。雑誌の広告を切り取り、はりつけたり細かな文字を書き込んだ。多くのミニチュアは、家族が長い歳月をかけ作ったり集めたりしたもの。この空間には、アレグラと家族のたくさんの思い出がつまっているのです。  アレグラが暮らした家を再現したドールハウス。12分の1サイズで、ぐるりと四方から眺めることができる。

新美 「ただミニチュアを作るんじゃなくて、自分たちの家庭での愛情とかそういったものが雰囲気の中に出てきて、今にも一家の生活がここから感じられそうな、そんな雰囲気を醸し出しているというのが一番の魅力だと思います」

美の壺「ドールハウス」NHK 鑑賞マニュアル より
http://pboxxweb.ning.com/profiles/blog/list?user=2692frkejdzip

Nighthome

テーマ:ドールズハウスの世界
放送日時:2010年12月3日(金)22:00〜
(再放送:教育/月曜(日曜深夜)0:15〜、BS2/火曜15:25〜、BShi/土曜7:00〜、総合/土曜5:15〜)
出演:牧神画廊代表/新美康明

新美康明 プロフィール
株式会社ピエロタ 代表取締役
牧神画廊、ピッコリーノ保育園、ピッコリーノ学園、NPO法人ピッコリーノ学童クラブ、ドールズハウス・ジャパン、イヌイットアート・ジャパン 各代表、理事
有限会社ピーターパン取締役
関連団体 役職
◆ 日本感性教育学会(平山郁夫会長)理事
◆ 日本旅行作家協会 会員
◆ 日本使い捨て考現学会 会長
http://www.pierota.co.jp/company/profile.shtml

使い捨て考現学 赤瀬川 原平,新美 康明
日本人は世界一間抜けな美術品コレクター (光文社) 新美康明
ドールズハウスへの招待―魅惑のクラフト (知恵の森文庫) 新美 康明
画廊へようこそ (イースト文庫) [文庫]新美 康明
英国 魔女と妖精をめぐる旅 (知恵の森文庫) 新美 康明 井村 君江

2010年12月 5日 (日)

危険がいっぱい

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危機管理は個人の責任でもあります。

気をつけよう、甘い囁きと罠。

2010年12月 4日 (土)

アメリカで「野菜栽培禁止令」発令!

アメリカで食品安全近代化法が可決された。
市民が自分で野菜を栽培することを禁止、生鮮野菜直売所も禁止、種苗を持つことも重大犯罪、政府が認めた種苗だけで公認機関だけから購入となる。土地に根ざした「農業」が、大資本の傘下に収まる事を強要され、自由に農作物を作ったり売ったり出来なくなるという法案です。

上院510法案「食品安全近代化法」 (Food Safety Modernization Act)は、「米国の歴史で最も危険な法案」と言われている。
この法律により、人々が食べ物を栽培し、売買し、輸送する権利に対し、米国政府は新たな権限を得ることになる。ビッグブラザーに、あなたの家庭菜園のトマトを取り締まる権力を与えることになるのだ。直売所でキュウリを売る人を逮捕・投獄する権限が認められることになる。連邦政府の独裁的な規則を遵守せずに有機製品を輸送すると犯罪になる。
「これは、人々が自由な選択によって農産物や食べ物を耕作、売買、消費することに対し、最も攻撃的な権限になるだろう。憲法に反するだけでなく、自然法にも反している。もっと言えば、神の意思に反している」とカナダ・ヘルスの告発者Dr. Shiv Chopraと述べている。

http://ameblo.jp/balance-club-yokosan/entry-10721791035.html

家庭菜園で栽培して、地元の直売所で販売しただけで密輸業者として逮捕する権限が米国政府に与えられる。世界貿易機関(WTO)と国際食品規格(Codex Alimentarius)に自国の食糧供給に関する主権を売り渡すことになる。種の貯蔵も犯罪になり代々受け継がれた種を貯蔵して家庭菜園をしていると一般犯罪者になってしまう。モンサントなどの企業に種子を独占させる意図があるようだ。

◆モンサントの世界戦略 遺伝子組換 バイオテクノロジー
http://video.google.com/videoplay?docid=2219229390528597169&hl=ja#
原題:The World According to Monsant(France 2008)

紅葉と風と枯葉

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2010年12月 3日 (金)

漢字2字タイトル刊行のわけ

刊行されている漢字2字タイトルのヒット作 漢字2字だけの簡潔な題名の小説が、書店店頭で存在感を増している。数百万部のベストセラーで映画もヒットした小説『悪人』や『告白』江戸川乱歩賞の今年の受賞作『再会』(講談社)は応募時の「再会のタイムカプセル」から漢字2字に変えたらしい。

小学館の小説誌「ストーリー・ボックス」は、漢字2字タイトルを表紙にしている。医療小説が巻頭を飾った創刊号は「誤飲」で、サスペンス小説を載せた第7号は「異境」。孤独というテーマに切り込んだ10月発売号では「無縁社会」を意識した「無縁」を掲げている。

これは急流の時刻を象徴しているように想える。
タロットにも二文字のカードが多いのは、認識の速度と関わっている。
0の愚者から21の世界への話が、姿と形をかえて物語がくりかえされるタロット図版。

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人の心は高くめざすものである。けれども物理的な肉体に閉ざされて、そのめざすものに気づかない(愚者)。星々の使者が物質的世界に対して表面的な現実より深い存在を証明する(奇術師)。そして世界は(女教皇、女帝、皇帝、教皇によって表される)支配的な力で日常的に形をひろげていく。世界への開放が初めての選択と望みができるようになる(恋人と戦車)。さらに高くめざすもの求めて一つの成熟に達したときに、精神の故郷にを回帰させる旅にたつ(隠者)。その慎重な心の内(運命の輪)は、肉体の衝動(力)の克服していく。高きもののために低きものを犠牲として、故意に日常的価値の逆転を求める(吊るされた男)。低く役目を終えたものの昇華(死神)は、焚きつける欲望(悪魔)をも打ちたおすことができた。きびしい試練をこえると生きる活力が整えられて与えられる(節制)。やがて時をへて構築された、高くそびえたつ地上の牢獄(塔)は崩壊を招いて、天の星々(星、太陽、月)の永き歳月をくぐり、そして神秘的なる再生(審判)を経験されて、ついに世界の超個人的な存在(世界)と一体化することができうるゴールラインが待つ。今までの見方を変え、自我を壊さなければ、新たな次元に到達することはできない。そして輪の入口と出口は零によってつながれている。

■■ タロット図版のページ ■■
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/photos/peintora22/index.html

◆ペンギンタロット21+0の物語 全カード図解 
http://koinu.cside.com/NewFiles/21+0.html

2010年12月 2日 (木)

改定常用漢字表=「俺」「鬱」など196字増

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社会の漢字使用の目安となる改定常用漢字表が告示された。
1981年の制定以来29年ぶりの見直しである。
「俺」「鬱(うつ)」など196字が追加されて、
「匁(もんめ)」など5字が削除されて
2136字となったという。

2010年12月 1日 (水)

「死海文書」デジタル化、全編公開

死海文書は1900年代半ば、死海近辺にある古代遺跡周辺の洞窟から発見された2000年級の歴史を持つ一連の書物群。エルサレムのソロモン神殿がローマ軍によって崩壊する直前に持ち出された写本の一部とされ、旧約聖書のオリジナルの姿を伝える貴重な資料として考古学における前世紀最大の発見の1つともいわれる。
今回公開されるのは、この文書におけるヘブライ語版、アラム語版、ギリシャ語版のオリジナル3種類と、英語翻訳版の4種類。最終的にはこれら原語版はすべてGoogle翻訳を介して世界各国の言語で閲覧できるようになるほか、検索機能の利用が可能になる。 http://journal.mycom.co.jp/news/2010/10/21/053/

聖書の原本に限りなく近い「死海文書」は、歴史的と宗教的価値の高さから、全文をオンラインで見ることができるようになるということは、非常に大きな意味を持つ。詳細は以下から。
http://www.jpost.com/Israel/Article.aspx?id=192064

★「死海文書」の真実★
http://10e.org/oldlog/penguintalklog/sikai.htm
死海文書は約900種類の文書を記した羊皮紙やパピルスや銅板など3万片から成る。
モーゼ五書/創世記外典・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記
預言者/ヨシュア記・士師記・サムエル記(上下)・列王記(上下)・イザヤ書・エレミヤ書・エゼキエル書・12小預言者
諸書/詩篇・ヨブ記・箴言・雅歌・ルツ記・哀歌・伝道の書・エステル書(これだけナイ)・ダニエル書・エズラ書・ネヘミヤ書・歴代誌(上下)
外典、偽典/シラク書・ヨベル書・エノク書・詩篇(ダビデ、ヨシュア)

劣化への懸念から死海文書の展示や撮影を厳しく制限してきた。
デジタル撮影による画像が公開されれば、現物を外部にさらす必要もなくなる。

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
フォト

22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

オンライン状態

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。