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2010年12月15日 (水)

綺想礼讃 松山 俊太郎 (著)

ついに出た、伝説の碩学の幻想文学論集! 
はじめてその名を目にしたのは、何時のことだったか?そう、あれはもう40年近くも前、加藤郁乎の『球體感覚』全句を評釈した『球體感覚御開帳』だ。その数年後、野坂昭如の『新宿海溝』と種村季弘の『食物漫遊記』に博学の怪人、空手の達人として登場する。そして澁澤龍彦全集の編集人の一人でもある。なんだかすごい人らしい。晩年の稲垣足穂との、京都で行われた対談を「ユリイカ」かなんかで読んだ記憶もある。その伝説の碩学松山俊太郎の、谷崎をはじめとする「幻想文学」についての論文集である。
一読驚倒。その博学、その精緻。なにしろあの南方熊楠の「知識のなさ」を嘆くのだから。
ご本人は、谷崎論以外は刺身のツマと謙遜しているらしいが、とんでもない。そのツマがその辺の「かいなでの」文芸批評家たちのメインディッシュより、はるかに手の込んだ御馳走になっているのだ。澁澤龍彦の回想は、なんだかこころ浮き立つオードゥブルだし、「レシチンの滋味」白鳥の豆腐料理は、食通をうならせる珍味である。しめて41皿。皇帝の晩餐を堪能した思いである。

http://mekaru.com/matsuyama/list.html
松山俊太郎 1930年8月27日生
1946年2月2日 手製の手榴弾分解中の爆発事故で左手首、右拇指を失う。その為の留年以来、浪人の癖がつく。
1951年東京大学教養学部文二9D入学。同級生、阿部良雄、石堂淑朗、種村季弘、吉田喜重など。
1953年印度哲学梵文学科に進学。この科を選んだ最大理由はバカがいなくて最低の成績で進学できると思ったためである。
1960年大学院修士課程修了大学院には 梵文専攻なきため余儀なく入ったのである。大学入学以後の8~9年は酒と空手と古本漁り以外は何もしなかった。
学士論文「バルトリハリ作、シュリンガーラ・シャタカ(恋愛百頌)について」
修士論文「古代インドの回帰的終末観」いずれも予定の数分の一で時間切れ未完。
1950年頃より「時間」に、1960年頃より「蓮」に興味を持ち、資料を蒐集中なるも業績なし。

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