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2011年1月10日 (月)

抱影 (100周年書き下ろし) 北方 謙三 (著)

情念が迸る。男と女の純愛ハードボイルド!
横浜のバーのオーナーで画家の私には時折会うだけの女性がいる。響子。彼女が死の病に冒されたことを知った私は、最期の作品を彼女の躰に刻みつけようと考えた。
赤レンガ倉庫。関内のバー。運河に映るハーモニカハウス。外国人娼婦たち。港町の裏表を見つめてきた硲冬樹は、人妻、響子から死期が近いことを聞かされる。硲は、彼女の裸身に、だれも目にすることはない作品を刻みつけることを決意する。
(「BOOK」データベースより)

Houei

北方謙三の「抱影」は絵画にたいする描写が簡潔で、余計なものが排除されている。ハードボイルドにしなくても、充分に迫力のある現代小説であると思う。 デッサンに向き合う画家の心の中や肉体的な葛藤を見事な活字表現に引きなおしたその筆力にうならされる。 葉巻や酒に関する種々の描写、こだわりも細部にわたって冴えている。上質な描写に満ちた現代小説として、繊細な筆致と深いメッセージを湛えている。

□□□□□□□「抱影」より□□□□□□□□□□□

 私はまた、素描をはじめていた。/昂ぶらない。自分を失わない。冷静に、素描の変化を見つめ、それを分析する。そうやって自分の心の中と対峙する。(中略)かたちから脱けるのに跳ぶのは、一瞬である。その瞬間だけ、私は、多分、異常な心の状態になっているのだろう。それから私は、キャンバスに筆を走らせる自分を、俯瞰している。その状態で、数時間で絵はできあがるのだ。/いまは、まだ素描が、割れた花瓶であることは、誰が見てもわかるだろう。(中略)

 花瓶が、かなり大きく変りはじめたのは、素描を始めて二週間ほど経ったころだ。(中略)素描の木炭を遣う私は、日常の私ではなくなり、それを見つめているもうひとりの自分がいる、というかたちだった。/物のかたちから、心のかたちへ跳ぶ瞬間に、私は自覚できる自分ではなくなっている。それも私なのだ、といまは思っていられる。/跳ぶことを、恐れてはいない。いかに昇華しようと、物はいつまでも物なのだ。かたちは間違いなくある。かたちのないもののかたち。そこへ跳ぶのは、非日常でもなく、創造の極限でもなく、多分、狂気に似たなにかなのだ。(中略)

 描きあがった絵を、私はすぐに裏返しにした。/花瓶が、花瓶ではなくなった。物象と呼ぶものではなくなった瞬間を、私はまったく憶えていない。気づいた時は、白い20号のキャンバスに、木炭を走らせていた。

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