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2011年1月 4日 (火)

歌留多の話

カルタの起源には中国、インド、ペルシャ、アラビアの諸説があり、はっきりしたことはわからないが、現存するカルタでは最古といわれている14世紀に現在のエジプトで作られたカルタ(トルコのトプピカ宮殿蔵)のマークもやは刀剣~根棒である。スペード~クラブのマークはそれを基に15世紀ころフランスで考案されたもので、デザインがしゃれている上に一目で種類がわかり、しかも印刷に手間がかからないことなどから、やがて世界で広く用いられるようになったという。

刀剣=スペードは貴族ないし騎士、聖杯=ハートは僧侶、貨幣=ダイヤは商人、棍棒=クラブは農民を表しているとの説があり、カルタ=トランプの札の強弱はこの順位になっている。つまりは中世の身分階級を示しているわけで、クローバをクラブと呼んでいるのは根棒の名残である。

エジプトのカルタや今日のトランプは4種類×13杖(うち、絵札4×3、数札4×1~10)、計52杖(ただしジョーカーを除く)だが、天正カルタ=ポルトガルのCartaは絵札4×3(女性従者、乗馬騎士、椅子に腰掛けた王様)、数札4×1~9の計48杖で、エース(A)にドラゴン(竜)が描かれているのが大きな特徴である。
大航海時代、ポルトガル船がひんばんに来航したり、ポルトガルが支配した国々には現在もAの札に竜が入ったカルタがあり、それらは「ドラゴンカード」と呼ばれている。 もう一つ天正カルタで目につくのは、聖杯のマークが巾着であること。製作者が聖杯の意味が理解できなかったからだとか、もともとポルトガルに口を紐で結んだ酒杯があったからだといわれている。

Tenshokaruta
く賭博に使われ再三禁止>

 天正カルタは元禄年間(1688~1703)ころに姿を消す。それ以前の慶安元年(1648)以来、幕府や諸藩は盛んになる一方のカルタ賭博に手を焼き、再三にわたって「禁止令」を出していたが、いっこうに効果がないため製造販売を禁じたのである。それに幕府の領国政策で"南蛮風"は好ましくないとされた面もあった。

 代わって登場するのが「うんすんカルタ」である。天正カルタの4種類のマークに巴紋を加え、さらに数を15まで増やして5種×15枚、計75枚としたもので、絵札(10~15)の中に鎧兜の武者や七福神の恵比寿・大黒・福禄寿などが含まれており、天正カルタと違って一目で和製とわかる。

 玩具類を集めた図録集『うなゐの友』(明治44年刊)に、このカルタが色刷りで紹介されている。その説明文に「三池貞次これを作り、徳川幕府に献上せしものなり」とあり、裏面に葵の紋と三池貞次の名が印されている。しかし出典が記されていないので、いつだれが献上したのか、また三池員次と三池住員次との関係などは、残念ながらわからない。

 うんすんカルタはいわば幕府公認のカルタで、遊戯性の強いものであったが"悪貨は良貨を駆逐する"で、そのうちに天正カルタ同様、賭博の道具にする"無法者"が続出し、寛政の改革(1787~1793)で全面禁止されて、約100年で消滅する。が、熊本県人吉市に現在も「うんすんカルタ」を使った遊びが残っている。人吉では昔から賭け事に用いなかったので、今日まで続いているのだという。

 「うんすん」という奇妙な名称は、ポルトガル語でウンはエースの1、スンは最高を意味し、遊戯中、切り札のエースと最強の絵札を出すとき「ウン」とか「スン」と声を掛けたからで、「うんともすんとも言わない」という言葉は、うんすんカルタがすたれて巻からその掛け声が聞かれなくなったのが語源との説がある。ついでに記せば「ピンからキリまで」という言葉も、カルタ遊びで1をピン(タ)、最後の数の絵札をキリ(ル)と呼ぶことから生まれた。このようにカルタ用語が一般語化したのは、カルタ遊びが庶民生活と密着していたことを物語っている。

Unsunkaruta

<わが国独特のカルタ>

 三池カルタ記念館に多数展示されている海外のカルタ(カード)の中にメンコのような円形のものがある。カルタ発祥国の一つに挙げられているインドのカルタで、ラマ神・ブッタ神・魚の神・亀の神など、インドの神々が漆で手描きされている。所変われば品変わるで、アメりカ・インデイアンのカルタは羊皮製だ。マークも刀剣(スペード)を楯や木の葉、聖杯(ハート)を薔薇の花、貨幣(ダイヤ)を鈴、根棒(クラブ)を木の葉のどんぐりにしたものがあり、万国共通でないことがわかる。

   なお、トランプという語は本来"うん・すん"同様、英語(Trump)で"切り札"を意味する。明治時代、あるカルタ屋が輸入した「Playing card」を「トランプ」と名付けて売り出し、それが評判を呼んだことから、わが国だけで称されるようになった語である。

 また、もっぱら占いに使われているカルタに「タロット」がある。22枚の"大アルカナ"と呼ばれる絵札と56枚の"小アルカナ"の計78枚セットで、大アルカナには神秘的な寓意画が描かれており、小アルカナにはカルタと同じく刀剣~棍棒の4種のマークが付いている。それぞれ1枚1枚に意味があり、それによって人生や恋愛などの吉凶を占うわけだ。

 タロットの起源もカルタ同様諸説ふんぷんで、中にはカルタの先祖説もあるが、いずれの説も裏付けはなく、神秘のベールに包まれている。現在わかっているところでは、14世紀末にヨーロッパに現れ、北イタリアなどでゲームに使用、それが15世紀までにフランスに渡って現在の形式に修正され、「マルセーユ・タロット」と呼ばれて各地に広まった。しかし、今日ゲームに用いられることはなく、占いの部分だけが継承されているのは、ご承知のとおりである。

大塚薬報 第516号 (発行所 株式会社 大塚製薬工場)より転載

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大牟田市立三池カルタ・歴史資料館
http://三池カルタ・歴史.com/

江戸カルタ研究室にようこそ
http://www.geocities.jp/sudare103443/index.html

Penguintaort1

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    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

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