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2011年3月31日 (木)

考現学入門 (ちくま文庫) 今 和次郎(著),藤森 照信 (編集)

震災後の東京の町を歩き、バラックのスケッチから始まった〈考現学〉。その創始者・今和次郎は、これを機に柳田民俗学と袂をわかち、新しく都市風俗の観察の学問をはじめた。ここから〈生活学〉〈風俗学〉そして〈路上観察学〉が次々と生まれていった。
本書には、「考現学とは何か」をわかりやすく綴ったもの、面白く、資料性も高い調査報告を中心に収録した。

Kon_kougen

ブリキ屋の仕事
路傍採集
焼トタンの家
東京銀座街風俗記録
本所深川貧民窟付近風俗採集
郊外風俗雑景
下宿住み学生持物調べ
新家庭の品物調査
井の頭公園春のピクニック
井の頭公園自殺場所分布図
郊外住居工芸
宿屋の室内・食事一切調べ二つ
カケ茶碗多数
洋服の破れる個所
露店大道商人の人寄せ人だかり
女の頭
学生ハイカラ調べ
住居内の交通図
机面の研究
レビュー試験場はさまざまである
物品交換所調べ
考現学とは何か
考現学総論
「考現学」が破門のもと

「考現学」という発想は後にも大きな影響を与えており、赤瀬川原平、藤森照信らの「路上観察学会」の先駆者ともいえる。映画「帝都物語」の大震災(カタストロフィ)篇にも登場している(作家いとうせいこうが演じた)。

建築の実作では、雪の里情報館(旧農林省積雪地方農村経済調査所 昭和8年築 山形県新庄市)1938年の秋田県立青年修練農場、旧渡辺甚吉邸(旧スリランカ大使館邸)がある。その他はバラック装飾社時代の神田東条書店、カフェ・キリンなどが知られる。

言葉のほかに、文章でも津軽弁が出没した。美校時代は、おじの医学者・今裕(のち北海道大学総長)の家に寄宿。アルバイトで人体解剖図の制作をしている。 早稲田大学のスケッチ課題添削に、「KONCHECK」の判子を押している。

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今和次郎―その考現学 [文庫] 川添 登   
異色・異能の建築学者にして風俗研究家、今和次郎。東京美術学校図案科を卒業した後、柳田国男らとともに農村・民家の調査を行い、関東大震災後は「バラック装飾社」の活動や「考現学」の提唱で知られるようになる。人々の活動のさまざまな側面をただひたすら観察し、数量化し、記録する、その研究領域は服飾・風俗・生活・家政にまで及んだが、既存の「学問」とはあまりにも手法が異なるため、体系や方法論を欠いているとして、非難を浴びることもあった。一体、今和次郎とは何者か。「考現学」とはどんな「学」なのか。自らが拓いた「考現学」に込めた、暖かく深い眼差し、鋭敏な触覚が、今との交流の深かった川添登の筆で鮮やかに甦る。決定版評伝。

2011年3月30日 (水)

平面と立体ふたつの解釈

物を見る人の能力はいろいろある

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このパズルでも立体視ができる

2011年3月29日 (火)

立体視イラスト

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これも視覚訓練の図版

2011年3月28日 (月)

等高線の仮面 3D

この絵はステレオ撮影された1対の立体仮面です。
「平行法」で見ると、天狗のような仮面として3D鑑賞が出来ます。

3dmen

最初は、立体視するのが難しくて失敗するかもしれませんが、ぜひ体験してみてください。訓練して慣れてくると、簡単に立体視できるようになります。また、瞬間的にとらえる練習をすることで、鍛える効果だけではなく、瞬時に焦点を合わす動体視力の向上に繋がります。遠近感や立体感を感じとる能力を養える効果があります。

http://www.eye-eye.net/

膨大な悲しみの涙

 人間が犬の人生をコントロールできる、いざというときにはあの世へ送る技術をもっている、いわゆる生殺与奪の権をもっているために、人間には悩みが生れる。むかしはそんなものなかった。一つの生命を生かすも殺すも、それは神のみの知ることで、死ぬときは仕方なく自然に死んでいたのだ。

 人間だって昔は人生五十年、犬なら七歳とか十歳くらいか、犬はそのくらいで怪我したり、飢えて病気したり、老衰の入口辺りで仕方なく野垂れ死んで、それが自然だったのである。この世で生きるには強くなければいけないわけで、弱ければ死ぬのが自然であった。でも近年の人間の技術で、弱くても生きられるようになり、自然が崩れはじめた。いわゆるヒユーマニズム、というよ叫センチメンタルな感情が膨張するのに比例して、人間の悩みもふくらんでくる。

 生命一つをコントロールするのに、その任にある人間は腰を痛めて、転じて悩まなければならない。
 しかしそうすると、犬だけでなく猫も鳥も、象もライオンも、無数の生命をコントロールしている神の悩みたるや、いかばかりのものか。膨大な悲しみの涙が大洪水となり、心臓が震えて大地震となっているのか。

赤瀬川原平「運命と運動」より

2011年3月27日 (日)

食品コーナーは閑散

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都内はすっかりアート空間が増殖しております。

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「芸術とは目に見えるものを再現することではない」
「芸術の本質は、見えるものを そのまま再現するのではなく、見えるようにすることである」

2011年3月26日 (土)

大気の澱が至るところに

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雨と雪のあと都内では、黄色いものが降りそそいでいました。

ベランダにも階段にもべっとりと跡がのこってこびりついてます。

花粉だと報道されましたが原発事故のあった翌日の空からですから。

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 ①東京都新宿区  0.05 μSv
 ②埼玉県さいたま市  0.06 μSv
 ③茨城県水戸市  0.2 μSv
 ③福島県福島市  12.7 μSv

新らしい農業のシステムへ昨年から挑んでいる知人たちが心配。

野菜は厳しい状況になるだろうし、元気になれない問題が山積みだ。

2011年3月25日 (金)

無限に中ぐらいのもの

真実に近づくために、ぼくには直観および言語という貧しい道具しか持ち合せがない。
でもある程度はこれらの道具で十分なのだ。確実性におけるそれらの貧しさは、偶然性における豊かさである。個人として語るべきではない。ぼくの中にいる他者たち、ガラクタ=他者、物体=他者たちを語るがままにすべきなのだ。道具が合理的でないにしても、それらが与えてくれる感動のおかげで、意識の未知の領域を歓びと苦痛をともにジグザグに進む。人は知を持つと同時に強くあることはできない。
                                 
そこに眼差と言葉の孤絶、甘美なる埋没、滅亡の豊饒さを選びとる。矛盾するという危険、そして示すべきいかなる模範すら持たないという危険にある。そこにこそ何かが強烈に生きて、蠢き膨張していると感じる。今ではもはや選択の自由はない。後もどりするには遅すぎる。事物の数々が、ある日、それらのあるがままにあなたの限に示されたとき、それらの凍りつきつつも繁殖してやまない眺めを、ついに見せてくれたとき忘れ去ることはできない。

小さく壮大な、汚ない渡しない、高尚な痔にかかった、この世界、ぞっとするようで爆弾的な、そして節度があってデリケートな、この世界、人間の節度と非節度貰わせてできており、記号の数々に還元され、それら記号を砕き、たやすく限定でき、たやすく重いにできる、この世界、大地、生命、細い枝のある木々、鳥たち、木の葉、慧のたまり、潮の満干、膜をすえたがま蛙、白い花びら、蚊だの蝿、この世界、野獣たちの大軍、べっとりした血、黒く、ひりひりし、光っており、パンの皮のように乾いていってがつがつした種族どもを肥やし、この世界、光の運動と原子のかすかな移動、太陽の爆撃と空間の穴、陪黒、すべてが、文字通りすべてがそこにあり、すべてがぼくを打ち捏ね、ぼくを辱しめうつむけに地面に投げ倒す、この世界、冷たい深淵の空間、飢えた漏斗の空間、時間の諸細部、生化学的諸周期、病気、誕生と死の数々、この世界、天地創造の数々、それら創造の情け容赦もない勢力圏、そこにはけっして何ものも平和をもたらすことはなく、けっして何ものもみずからの上にとどまることはあるまい、そこには微笑はなく、かざされた武器もない、神的そのもの、かつ悪魔的そのもののこの円さ、そこには忌わしいあの問いに対する答えがやってくることはけっしであるまいー 

「で、そのあとは? もっと遠くには? もっとあとでは?」

(ル・クレジオ『物質的恍惚』より)

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★ この本によって、彼の『存在と無』を書いたと言ってもよいだろう。しかしこの奇妙な存在論が目指しているのは、無(人間)の構造に関する解明であるよりもはるかに、人間生命をも包含して永遠に、無時間的に存在する物質という明証事、あらゆる注釈を無用かつ不可能とするていの明証事であって、それについて言えることといっては、「存在」は存在し、「無」さえもなおかつ存在する、ということ、ただもうそれだけなのだ。
(『物質的恍惚』翻訳者 豊崎光一)

『愛する大地(テラ・アマーダ)』J.M.G.ル・クレジオ (1968)
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/jmg_1968_7827.html

WEB初期の消滅した記録 http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_077f.html

2011年3月24日 (木)

続タルホ語録

抽象とは「存在のユニークな可能性であって、この精神をな失ったら一切はガラグタの集積になってしまう。夕刊五年五月四日)

草花は感覚だが、立木になると情緒的になり、一つの思想を表すようになる。
森は思想群であろう。(朝日新聞二二年三月四日)

最も簡単な形態は、四角と円である。
四角は三角形の寄り集まりであり、円とは無限的多角形のことである。

人間の性欲と名付けられ七不思議な衝動は、ただ数を増やすだけの目的でなく、完全な人間像を求めて働く。(「ユリイカ」四九年一1月号)

すべての芸術、ことに文学なんかは、子どもの心の、幼心の完成じゃないでしょうか。(「国文学」四五年八月号)

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この世なんていうのは一秒間ですよ。一生というのは。(「第三文明」四九年八月号)

私は若い人々に向って云いたい。
死ぬるにしても、生きるにしても、二五歳までに決定したことを「自分に向って何を叫ぶか」より)
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タルホスコープ題字レタリング 浜津守

タルホ語録

私において考えられないものの連結は、人間と天体である。(朝日新館夕刊四四年四月八日)

恋愛にそなわる悲劇性は、「全世界でたった一人のあなた」なる精神主義が、万人一様の姦淫につながっているという事実に存する(哀控への同情」より)

哲学といぅのはカントみたいなんがええ。カント以上に偉い人はライブニッツ。(「三田文学」四八年七月号)

終局、直接的な宗教体験というのは、神秘的癒観でないとあかんと思いますなあ一経験枠を超えて、大日如来そのものの声を聴くということです。「密教的なもの」より)

あれをどうしようかと思う時に、「時間」の意識が生まれる。只おどろいた・り、きれいだなと思って見ている時は、「時間」はそこに無い。(「作家」四三年六月号)

もてはやされることは、自由を失うことだ。(毎日新聞四四年七月一日)

世の中の三バカといったら歌人と俳人と詩人ですが、四番めに書道家というバカヤロウがはいった。(「潮」四八年一一月号)

A感覚という緊張感、つまりウンコしたいよぅな感じ、ふるえ、あれが学芸のもとだと思うんですゎ (同)

抽象的なことがわかる人は、みなどこか同性愛的です。(同)

日本の美なんていうのは、魔の細い道とかそんなものじゃなくて、天守閣の上で水干、立鳥帽子をつけて太刀をはいた美少年のお小姓が舞いをまっている、そういうものだと思いますね。(「週刊文春」四七牛五月八日号)
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2011年3月23日 (水)

リアリズムの旗手はこの5人

-現代美術への違和感がブームを生んだ

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諏訪敦、シュウゴアーツの田口和奈、アラタニウラノの小西真奈、小山登美男ギャラリーの名知聡子、そしてミズマの池田学という、現在のリアルな美術のサーキットで闘っているリアリズムの旗手はこの5人

ホキ美術館 http://www.hoki-museum.jp/
〒267-0067 千葉県千葉市緑区あすみが丘東3-15
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AERA 3/21号 に作品図版とともに掲載されてます。

画像諏訪敦 田口和奈 小西真奈 名知聡子 池田学
http://ameblo.jp/pieropieropiero/entry-10837228397.html#main
http://ameblo.jp/pieropieropiero/entry-10837234469.html#main

2011年3月22日 (火)

待たれた太陽の恐ろしい相貌

三島由紀夫賛辞 マヤの神話「ポポル・ヴフ」

マヤ民族には幼児の尻に蒙古斑があるそうで、これがわれわれに不思議な民族的親近感を与えるが、その文明は独自の20進法の算術の驚くべき発達や、古代ギリシアの都市国家を思わせる整備された政治組織などをのぞいては、わが民族の好尚とはまるで違った熱帯的怪奇と煩雑に満ちている。

とくにトルテカの影響をうけてからは、有名な人間供犠がさかんになるとともに、建築様式にも荒々しい誇大な趣が加わり、この「ポポル・ヴフ」を読んでも、すべては目くるめく太陽のもとの荒御霊の跳梁であって、出てくる人物がみんなスサノオノミコトのヴァリエーションのように思われるのである。

第三部から、この国の歴史が始まり、「供犠師の国ヤキ・・メキシコのトルテカ族を指す・・の人たちがキチェーをはじめ、その他の部族と一緒になり、共にもどかしく太陽の出を待つ」ことになる。

第三部は「ポポル・ヴフ」の頂点であって、ここでは太陽の出現がサスペンスを形づくり、被造物はすべて集まって暁の到来を願うのである。

「夜が明けるのを待とう。」

「太陽が出るのだけでも、見ることができればよいのに。」

かくてついに太陽は上がり、「人間のように立ち上がって登った」けれど、「太陽の熱はとても耐えられないほど熱」かった。

そしてそれによって、神とあがめられていたピューマも、ジャガーも、蛇も、怪鬼も、ことごとく石に化してしまうのである。

このあたりの記述を読む私の目には、ありありと灼熱の密林の中にそそり立っていたマヤのピラミッドや、その浮き彫りのおびただしいジャガーや蛇の姿が浮かんで来、事実、マヤの文化そのものが、こんな激烈な太陽の光のために石化して、今に残されたのではないかという気がするほどだ。

待ちに待たれた暁のこのような恐ろしい相貌には、マヤの宗教の独自の悲哀の本質が露呈しているように思われる。
   
1961年8月6日 「朝日ジャーナル」より転載

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マヤ神話―ポポル・ヴフ (中公文庫BIBLIO)
A. レシーノス , 林屋 永吉 (翻訳)

マヤ神話―チラム・バラムの予言
ジャン・マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ, 望月 芳郎 (翻訳)

太陽と月は幾星霜にわたって、大地へ多大な影響を与えてきたことは数多くの世界の神話に刻まれている。現在フルムーンの影響が大地に現れはじめているようであります。これから数日間において日本列島の西側のひとたちは、大地の振幅にまつわることへ気をつけられて過ごしてください。

東日本大震災をもたらしたマグニチュード(M)9・0の巨大地震を受けて、各国に警報を発した米太平洋津波警報センター(ハワイ)のチャールズ・マクリーリー所長が、M8・0以上の強い地震が誘発される可能性もあるとして警戒を呼びかけた。インド洋に大津波をもたらした2004年12月のインドネシア・スマトラ島沖地震(M9・1)では、3カ月後にも近くで巨大地震(M8・6)が発生したと所長は指摘。ひとつの地震が他の場所の地盤にストレスを与え、間を置いて発生する地震もあると説明した。
「津波についての教育や警報システムがなければもっと多くの人命が失われていただろう」

2011年3月21日 (月)

ミシェル・レリス『幻のアフリカ』

奇跡の民族誌/告白文学。「僕は《女ザール》の詳細を科学的に知るよりは、《女ザール》を身体で知りたいのだ……」。

1929年にシュルレアリスム・グループから脱退したレリスは、バタイユの『ドキュマン』に協力。そして31-33年のフランスによる「ダカール・ジブチ、アフリカ横断調査団」に書記兼文書係として参加します。34年に刊行された本書は、その公式記録。
本書は「多面性を持った、分類しにくい、不思議な書物である。
それは旅日記であり、アフリカについての民族誌であると同時に、省察録、裸な告白、夢の記録でもあった[…]単なる文学でも、単なる民族誌でもない」(本書1005頁)。
「人々は僕たちがこれらの聖具の一つを持ち去ることを許す。
しかし、僕たちがそれに手をかけると[…]彼らはみな顔をそむける
[…]洞窟の右手、小さな聖祠の中に、美しい木像が一つ[…]
今晩、シェネフェルと僕とがそれを奪いにゆくことになる」(238頁)

ミシェル・レリスは『成熟の年齢』において、フロイト的なアレゴリーとシュルレアリスム流のモンタージュを用いながら、20世紀に生きる人間の自伝とは何かを示した。さらに四部作『ゲームの規則』において自画像の提示を発明して、実存主義への道を切り拓いた。そして学術報告書の域をはみ出した『幻のアフリカ』という不思議な著作。

「一方には外部の出来事の流れ、また一方には自分の内面で繰り広げられるもの。「日記」に意味があるとすれば、それはただこのような不条理な賭、つまり、必ずや分断されたものとしてあらわざるをえない要素を融合し絶対的統一をえようとする錬金術的な試みのうちにある」と1936年10月30日にレリスは記している。

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ミシェル・レリス Michel Leiris
1901年、パリ生まれ。作家・民族学者。1920年代にシュルレアリスム運動に加わり、その後ダカール=ジブチ調査旅行(1931-33)を経て民族誌研究の道に進み、人類博物館に勤務。自伝的作品として『成熟の年齢』および『ゲームの規則』全4巻があリ、民族誌の分野ではとくに憑依現象に関する著作を残す。1990年歿。
邦訳として『黒人アフリカの美術』(新潮社、1968)、『ミシェル・レリスの作品』(全4巻、思潮社、1970-72)、『夜なき夜 昼なき昼』(現代思潮社、1970)、『闘牛鑑』(現代思潮社、1971)、『幻のアフリカ』(河出書房新社、1995)、『オランピアの頸のリボン』(人文書院、1999)、『ピカソ・ジャコメッティ・ベイコン』(人文書院、1999)など。

★どんなときに相手の力を弱め成長をうながす邪魔になるか?

あなたの助けが、自立ではなく、「ひとをあてにする気持ち」を助長するときだ。
相手が自立するのではなくあなたに依存しようとするのを、同情のつもりで許したときだ。

それは同情ではなく強迫観念だ。
その種の手助けとは、ほんとうは権力欲なのだ。

そのちがいは非常に微妙で、自分でも権力欲だと気づかないことがある。
相手を助けようとベストをつくしているのだと本気で思う……
だが、ほんとうは自尊心を満たしているだけではないかと、つねに自分を振り返りなさい。
相手に対する責任を引き受ければ引き受けるほど、あなたは相手に対して権力をもつことになる。
もちろん、あなたは良い気分になるだろう。
だが、そんな援助は、弱者をまどわす媚薬だ。

(二―ル・ドナルド・ウォルシュ『神との対話』より)

相手に対して共感を得て、何かしてあげたいと思ったとき、「相手を真に助けるための最善の方法とは何だろうか?」と深く考えてみたい。食べ物であったり、生活に必要な物資であったり、お金であったりする場合もある。世界的におこなわれている支援、特に災害時の支援は、こういった物質的な支援がほとんどで、これには限界がある。最大の援助は相手が自分の足で立てるようにすること。ここから遠ざかる支援は悲しみの連鎖を生み出してしまう。

2011年3月20日 (日)

生は変化し続ける

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ツァラトゥストラにとって唯一不変のもの
それは、変化そのものだ
変化そのものを除けば、あらゆるものが変化し続ける
そして意識の人は、どんな変化にも応えることができる
不変の価値に従うのでなく
油断なく醒めていることによって、意識によって
自発的な判断によって
どんな変化にも応えることができる

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生とは、流れゆく河だ
生とは、新しい領域に流れ入り、新たな分野を開拓し
新たな可能性を拓ヒラくものであり
そうした動きに敏感であることだ

過去に合わせながら、現在を生きることはできない
これはツァラトゥストラの基本的な教えのひとつだ
人間は未来を意識し
現在に見合った生き方をしなければならない

そして、覚えておかなければならないことがある
私にとって真実であることが
万人にとって真実であるわけではない
そして、今日の私にとって真実であることが
必ずしも明日の私にとって真実であるとは限らない
私たちの価値観のほうを
生に合わせなければならないのであって
その逆ではない

『ツァラトゥストラはこう語った』(Also sprach Zarathustra)フリードリヒ・ニーチェ1885より

2011年3月19日 (土)

光のエネルギーを讃える

儀式の際に火を焚くことを特徴としているペルシアの「拝火教」は、日本でもお盆の迎え火や送り火風習や、密教の「護摩焚き」などにも数多く影響が残されている。「火送り」の風習は長い間、インドから伝わったものといわれ、近年ではゾロアスター教徒だった「ソグド人」の風習から伝わったという。
お盆は言葉自体が「盂蘭盆会(うらぼんえ)」といい、古代インド語の「ウランバナ」から来ていると考えられたが、元々ペルシア語の「ウルヴァン(=霊魂)」を意味する。飛鳥地方に伝わる火の儀式は「拝火教」そのものに近く、火によって、真理の光の力を讃えるこ文化を色濃く示している。

Omizutori

電気と自動車メーカー「マツダ」は、創業者松田に由来している。表記MAZDAはゾロアスター教の絶対神アフラ・マツダのこと。日本で今評判の哲学者フリードリヒ・ニーチェが書いた『ツァラトゥストラはこう語った』(Also sprach Zarathustra)のツァラトゥストラである。

Mazda

ザラスシュトラの発想方法が与えた影響
ゾロアスター教の特質をなす二元対立の哲理は、ギリシア哲学の伝統的な思考とも、インドの哲学とも異質な独自な思想である。
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-f391.html

日本は世界の雛形

【命題】
日本に生まれて、日本で生きている理由は、
自分自身の内側から、光の力を発信してゆくため。

【宿命】
天上界の存在たちは、
「その人の肉体を救うよりも、魂意識を救うほうを最優先される。」

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【関連記事】
「日本は世界のひな形」で日本国土は世界の縮図
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-d47d.html

日本から鏡とされて最初に世界が日本を壊していく、
http://koinu2005.seesaa.net/article/139297946.html

【テキスト】心体はすなわち是れ天体なり。
一念之喜、景星慶雲。一念之怒、震雷暴雨。
一念之慈、和風甘露。一念之嚴、烈日秋霜。
何者少得。只要随起随滅、廓然無碍、便與太虚同體。
――洪自誠【菜根譚】――

これらが限りなく宗教とは遠い視点から展開されることを望みたい。

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何故なら世界は原寸大の現世地帯である

2011年3月18日 (金)

この冬の日のために

或る荒れはてた季節
果てしない心の地平を
さまよい歩いて
さんざしの生垣をめぐらす村へ
迷いこんだ

乞食が犬を煮る焚火から
紫の雲がたなびいている
夏の終りに薔薇の歌を歌った
男が心の破滅を歎いている
実をとるひよどりは語らない

この村でラムプをつけて勉強するのだ。
「ミルトンのように勉強するんだ」と
大学総長らしい天使がささやく。
だが梨のような花が藪に咲く頃まで
猟人や釣人と将棋をさしてしまった。

すべてを失った今宵こそ
ささげたい
生垣をめぐり蝶と戯れる人にため
迷って来る魚狗と人間のため
はてしない女のため
この冬の日のために
高楼のような柄の長いコップに
さんざしの実と涙を入れて。

「冬の日」西脇順三郎

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2011年3月17日 (木)

メルトダウンよりの距離

「今回の事故をきっかけに、国を問わず原発と原子力の安全性に関する議論が表面化してくる。熱のこもった議論が世界中で今後何カ月も続くはずで、各国に影響を及ぼすだろう」ブルッキングス研究所のネイサン・ハルトマン研究員

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《大道に棄てられた塵芥の山積みの中からかぐわしく麗しい蓮華が生ずるように。塵芥にも似た盲た凡夫のあいだに、正しくめざめた人の弟子たちは知恵もて輝く。花を摘むのに夢中になっている人を、死がさらっていくように、――眠っている村を、洪水が押し流していくように――花を摘むのに夢中になっている人が、未だ望みを果たさないうちに、死神がかれを征服する。花を摘むのに夢中になっている人が、まだ財産が集まらないうちに、死神がかれを征服する。この身は泡沫のようなものであると知り、陽炎のようなはかない本性のものであると、さとったならば、この世で悪魔の花の矢を断ち切って、死王に見られないところへ行くであろう。》
「ブッダの教え」より

古いシステムの解体と魂のリニュアルが試されている距離の試練。

2011年3月16日 (水)

心體便是天體

心体はすなわち是れ天体なり。
一念の喜びは、きらめく幸せの星 ゆかいな幸せの雲
一念の怒りは、とどろく鋭い雷 激しく冷たい雨
一念の慈しみは、安らぎの微風 恵みの甘い露
一念の厳しさは、夏の厳しい太陽 秋の無情な霜

心はうつり変わる動いて同じ場所にはない
こうしてみると人間の心は宇宙の現象とつながっており
やはり宇宙はわれわれの母ということか

――洪自誠【菜根譚】――

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【関連記事】

静岡の震度6強は誘発か 富士山噴火の懸念も… 暴れる巨大エネルギー
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110316/dst11031615000056-n2.htm

「日本は世界のひな形」で日本国土は世界の縮図
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-d47d.html

『チェルノブイリは女たちを変えた』社会思想社

マリーナ・ガムバロフ、マリア・ミース、他(著)/グルッペGAU (訳)/

「女たちは青空市場の生鮮野菜など見向きもせず、牛乳をセルフサービスの棚の上で腐るにまかせ、冷凍食品や缶詰に殺到した。なぜなら、主婦たちは家族に毒をもらずに済むには、いったいなにを料理したらいいのか考えなければならなかったからだ。こどもたちはすばらしい天気のときも砂場や芝生に出してもらえず、妊婦は真剣に中絶を考え、母親は授乳しながら、この母乳はわが子に有害ではないだろうかかと自問しなけなればならなかった。」

「ポーランドではヨウ素剤を求めて、ニュールンベルクでは粉ミルクを求めて、ワイマールでは缶詰を求めて行列をするというかたちであれ、彼女たちの抗議には不安と無力感と、同時にまた、たいしたことはないという公式見解に対する強い不信感が如実に現れていた。」

人間は数知れぬ物をもつことができる。
しかし、物に人間を支配させてはならない。

「あれ以来私は、私たちに学問的助言をあたえ、私たちを政治的に支配し、私たちの幸福に責任があるのはむろん自分たちだと言明していた連中が、なおも同じことをし続け、考えを改めようともせず、職を辞そうともしないのをあちこちで見聞きするにつけ、こうした怒りを感じている。この際、道はその二つしかないのに。だが彼らはそのどちらもしようとせず、私たちに対しぬけぬけと、私たちの生命も、それに対し彼らがかかってでた責任とやらも、自分たちにとってはまったくどうでもよいことだと言い放つのである。」

Cb

もう家に閉じこもってはいられない(こどもを進歩のいけにえにはさせない
母親としてもっと早く声をあげるべきだった
チェルノブイリが子育てを奪った
大臣、釈明を求めます)
欠陥文明の父へ(生命か技術崇拝か
科学から迷信へ)
不安から希望へのシナリオ(ポスト・チェルノブイリ
不安を直視することこそ、希望のはじまり)
地球と女たちからの発想(自然を女たちの敵にしたのはだれか
地球に非常口はない
男文明から降りる
3年後のプロローグ)

Cenobuiri

ノーベル賞受賞者のハネス・アルヴェンの言葉
[原子力エネルギーを正当化するにたる必要性など、どこにもない。どの原子力発電所にもプルトニウムが発生する。軍事利用と平和利用とを区別することなど、とうてい不可能だ。この危険物質の大量生産はほんの少数の人びとに力と富をもたらす。しかし、全人類にとって、まさに死の危険を意味する]

2011年3月15日 (火)

言語的な理解より今必要なもの

「心と心との交流、すなわち心霊術に基づいている」(三島由紀夫)

Yokoo1966
状況劇場「腰巻お仙」ポスター 1966

 ぼくの作品を「霊的」であると決めつけた最初の評者は、三島由紀夫だった。ぽくの作品を、そのまま唐さんの演劇に当てはめるのはたいへん失礼かもしれないが、唐さんの暗さと温かさはやはり霊的であると思う。この霊的なものは、彼の攻撃性と無防備さによって強調されており、お互いに共鳴し合ったのも、このような気質というか体質に由来していたように思えた。
     
 唐十郎の状況劇場のぽくの一連のポスターに比べると、寺山修司の天井桟敷で制作したぽくのポスターにはなぜか、霊的な力が欠けている。
 唐十郎からは、形のない得体の知れないデモーニッシュなものが伝わってくる。土方巽の場合もそうだった。だけど、寺山修司の場合は、もっと論理的で言語的でわかりやすかった。唐さんや土方さんは、理解するというより、感応するといった感じだった。そんな感応が、霊的な力を引き寄せて状況劇場の一連のポスターができたと思う。

横尾忠則『腰巻お仙の戸山ハイツ』より

Hataage 美術家の文章は正確な論理と資料にもとずくものではないので、感動することへの切り口だけをいただくことの比重が多かった。ここでTwitter感覚で横尾忠則の過去の文章を遡ってみると面白いことに気づいた。デジタル化してあらわになるのは寸分かわらない表現の優先順位。原色世界の岡本太郎について「作品は面白くないけど、思想と人間は非常に面白い」と距離を設定しながらも、縄文的なものと現代を広く観回して優先順位と評価の適正をスッキリと言い表している。

「肉体と魂が離反してしまった現代芸術に、僕はもう期待しない。肉体と魂を結ぶ霊性が感じられないからだ。20世紀は知性が霊性を排除してしまった。岡本太郎には肉体と魂を結びつける縄文的なパワーとエネルギーがあった」

ほとんど即効性のあるTwitterに今記載された文面みたいではないか。横尾さんは戦場カメラマンの視点と等しく現実とアートを見ている。「直球力」とでも呼びたいストレートパワーだ。芸術は爆発でもあったが、直感による更新と普遍性がより絶大でもある。何度も輪廻転生して蘇る作品展開を、ただ一度の生涯でしてきた現役芸術家の説得力は、老若男女たち千人分の霊力を齎しているようだ。

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地震も人間も自然でイコール

美術家はどんな状況も戦場にしてきた。創造者というより破壊者だ。美術家は非常時においても創造、いや破壊から出発するのだ。

ピカソはゲルニカの爆撃の怒りを「ゲルニカ」に描いた。だけど制作の最中ピカソの背後で2人の女がピカソをめぐって大ゲンカ。ピカソはその女の怒りを「ゲルニカ」に同化させた。画家とはなんと全的に生きようとする人種だろう。

地震に対する怒りと悲しみは、そのまま自分に向けていることに気づいた。地震も人間も自然でイコールだからだろうか。 頭脳的体験は肉体的体験に比べると比較にならない。だからぼくは「私とは」と考える時、常に「私は肉体」だと言い聞かせている。一昨日の地震以来、自分の中の何かが破壊され、新しい何かが胎動していると感じる。自分の中の「自然」かも知れない。

横尾忠則 http://twitter.com/tadanoriyokoo
 

日常の中に休みなく戦場を見出しつづけている者には、これら全て直球の言葉である。スパーンと心へソリッドに入力。横尾さんはtwitter向きの数少ない表現者だと思った。
http://www.tadanoriyokoo.com/

2011年3月14日 (月)

本当に強い国だけがこうした対応ができる

「怒鳴り合いもけんかもない」「本当に強い国だけがこうした対応ができる」。ベトナムのメディアは、東日本大震災での日本人の冷静な対応ぶりを、在日ベトナム人らが驚き称賛する声を伝えた。

 「防災訓練を受けていても怖いはずなのに、誰もパニックに陥る人はいない。自分の仕事に集中し、連絡を取り合っていた」。日本で働くある女性はインターネット新聞に「われわれが学ぶべき多くのことが分かった」と語った。

 ある留学生は、長い列をつくってバスや公衆電話を我慢強く待つ光景などを挙げ「皆が冷静に秩序だって行動していた」と称賛。別の留学生は、教師が子どもたちを誘導する姿など、行政当局者から民間人までの素早い対応ぶりに驚いたという。

 さらに「こうした強さゆえに、日本人は世界で最も厳しい条件の国土で生き抜き、米国に並ぶ経済レベルを達成できたのだ」とたたえる声も伝えられた。(共同通信3.13)

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2011震災前後の都内春三月
https://picasaweb.google.com/hamatsumamoru/pnLwRC?feat
東北地方太平洋沖地震のあった都内の写真アルバム
普通にみえるなかに、少し壊れてしまった都民の心象風景がある

東京電力の計画停電の詳細発表

それぞれの時間帯のうち3時間程度の停電となる。

【東京都(23区)】
 台東、品川、目黒、大田、世田谷、杉並、豊島、北、荒川、板橋、練馬、足立、葛飾
(区内全域が停電するとは限らない。停電する時間は、同一区内でも地域によって違う場合もある。東電広報部では「実施自治体や時間は流動的」としている)
 随時更新http://www.tepco.co.jp/images/tokyo.pdf

【東京都(23区を除く)】
 第1グループ 武蔵野市、三鷹市、西東京市、東久留米市、小平市、東村山市、清瀬市
 第2グループ 東村山市、清瀬市、東大和市、国分寺市、府中市、小金井市、八王子市、国立市、小平市、西東京市、武蔵野市、三鷹市、調布市、立川市、昭島市、武蔵村山市、町田市、狛江市、多摩市、日野市、稲城市
 第3グループ 八王子市、日野市、東村山市、清瀬市
 第4グループ 立川市、昭島市、国立市、日野市
 第5グループ 町田市

 第1グループ 6:20~10:00 16:50~20:30 / 第2グループ 9:20~13:00 18:20~22:00
 第3グループ 12:20~16:00 / 第4グループ 13:50~17:30/ 第5グループ 15:20~19:00
各グループともそれぞれの時間帯のうち3時間程度の停電となる。

◇東京電力
http://www.tepco.co.jp/index-j.html

電気と電子工学を専門に学んできた者としては、
電力との正しい距離感の持ち方を推薦いたします。
節電は基本。無駄な消費電力は日常から遠ざける。
そして新しいライフスタイルは電気に頼らない日を作ること。
何故なら大量の電力使用は過剰消費の推進により
巨体なディーモンと不安感を増設しつづけてしまった。
電気ばかりに依存する偏った生活からの離脱であります。
大切なエネルギー源は本当に必要な時だけに放ちたい。

2011年3月13日 (日)

地球が1回の自転に要する時間が、1000万分の16秒だけ短くなった

 東日本大震災を引き起こしたマグニチュード(M)8・8の巨大地震によって、地球の自転速度がわずかに増した可能性があるとする解析結果を11日、米航空宇宙局(NASA)の地球物理学者リチャード・グロス博士がまとめた。AP通信が報じた。

 試算では、地震によってプレートが動き、地球内部の質量分布が変わったことで自転速度が増し、1日の長さが100万分の1・6秒短くなった。
昨年2月に起きたチリ大地震(M8・8)の際にも地軸の傾きが変わり、1日の長さは100万分の1・26秒短くなったと発表。2004年のスマトラ沖地震(M9・0)では、100万分の6・8秒短くなったと分析している。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110312-OYT1T00235.htm

2011年3月12日 (土)

震災の部屋

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激震と震動のあいだも、絶えることなく

ぷるーん ぷるーんと小波のように揺れ続く

しばらく日本列島は豆腐かプリーンの上にいるようなもの

太陽フレアの磁気は3月9日がピークでありました

18日にも大波が来ますので

また数日後は御用心ください

2011年3月11日 (金)

磁界に沿って 中西夏之考

 絵画という二次元を装った存在はいっかなこの世から立ち去る気配を見せない。人によって、それが運命を読む掌になるにせよ、敷居を跨ぐための回転扉の一面であるにせよ、この執拗な面の持続そのものは何なのか。タブラ・ラサの観念も一時中断の口実にすぎないかのようだ。-1ふと頭をもたげるこんな問いも、近頃なんと不毛な繰り喜一口に聴こえることだろう。

 しかしいま中西夏之の仕事を想い浮かべると、こうした私の悪循環めいた考えに、ひとつの切りくちがひらかれるのを感じる。
 そのタブローはいわゆる反絵画といった態度でなく、むしろタブローとしての静明なたたずまいをさえ示しているが、その構造や動勢、また色彩などの結合が緊張した連続性のなかで息づいているのを感じる。

 タブローもまず物質としての物であり、用いられる色彩も物質にほかならないという明白すぎる事実に遼元してみるだけで、そこに意外な視野がひらけるはずではなかろうか。絵画で固有色(クルール・ロカル)と呼び慣らされてきた固定概念、
そして既成の絵具にあたえられた分類や序列といったものとの理由のない癒着を根底から再検討することが要請されてから久しい。だが問題はいまも新しい。中西夏之のスケッチに「錫の粉末、亜鉛の粉末、鏡の裏塗り(光明丹)、木炭…」などと書きとめてあるのを見たが、それが発想の覚え書きにすぎないとしても、彼のもとめる色彩が具体的な物の材質とその能動性に深く根ざしていることを示している。

 彼には鉄粉と磁界の作用を組み入れた作品がすでに見られたが、そこでは磁力が鉄粉にえがくパターン以上に、異種のものへの牽引力と同種のものへの反撥力という、自発性の物理に特殊な関心がもたれているに違いない。しかも彼にとって、たとえば重力や物の落下といった現象も例外ではない。こうした画家の関心はいわば科学的イメージではなく、むしろ体験とか直観に結びつく力学的なヴィジョンであって、それが人間にとての影像と思想を導いて、ある決定的な要因となるものを内包しているからにほかならない。彼の作品にしばしば見られる異常な緊迫感はそこから生れている。

 しかし中西夏之の世界でむしろ驚くべきことは、ほとんど偶発事として見過されるような些細な現象や日常ふと出会った物象も、その動き、身振り、または形や質がひとつの全体像をつくり出す一種の触媒となるところにあるだろう。それらが驚くほど綿密精確な形象の展開を経て到達する意外な形療、それは予想もされぬ位相空間の出来事か、または一種の反世界の存在か、Iまとんど秘法の世界に属するような展開と変貌がそこに示される。これは主として彼のスケッチ・ブックをめくったときの所見である。

 私の掌に思わぬ重力が走って流れる。それは一定量の水銀を封じ込められていた手型の木箱を取り上げたときの出来事である。最初に動作と触覚が、ついで視覚が発見する物体。
 中西夏之の世界から、絵画と物体とのあいだにある一貫性を見遁してはならない。私はそこに物体と物質、そして影像、この両者が互いに牽引し合い、ついには普遍的な原理に触れるのを見たいと思う。    【瀧口修造】

Concon

塞がれた耳/amingnetation.No1
中西夏之 NakanishiNatsuyuki.1967.本人蔵
「絵画といったとき、それは独立してあるんじゃなくて、何かと対になったものだから、それは一つの片割れ、もう一方の片割れは描き手」

http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-96af.html

2011年3月10日 (木)

籠の中の鳥

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民俗学者・柳田國男は「かこめ」は遊戯の動作である「屈め」が転じたもので「かこめかもめ」の連想から「籠の中の鳥」以下の歌詞が誘発されて生まれたという。

『かこめ歌の暗号 わらべ遊びに隠された古代史の闇』を著した関裕二は、「かこみこめ」は神聖な神や巫女が乗る籠の目「籠の中の鳥」は豊受大神に代表される鳥巫女、「鶴と亀とすべった」は鳥巫女が敗れたことを意味するとという。

2011年3月 9日 (水)

鳥瞰ですべった

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「籠目の原理」は「輪」に加わったものと接触を通して、問題を抱え悩み、それぞれのメンバーが入れ替わり立ち代り「鬼」になっては、ローテーションを繰り返しながら修正する試練。そこで徐々に魂が成長すれば問題のある「複体」は修正されていく。それは宇宙の意思であり過去世に深い縁のあった相手と再び、チェス盤のように今世で出逢わせている。

 ”鶴と亀は「鏡」を挟んで異なった時間の矢が相互にすべる。
問題解決のために悩み苦しむ時は「葛藤」を起こす。それは鶴と亀の(見るものと、見られるもの)が盛んに交叉し、行き来する時の「振動」と捉えることができる。

新たな己を産み出すためには、「試練」となる。それを乗り越えるためには「葛藤」を通して、「内在する神」をふるいおこす「振動」が必要であり、これを産みの苦しみである「陣痛」と喩えた。「妊娠」という字の(娠)も、(女辺)に(振える=辰)と書く。

{かごめ、カゴメ、籠の目の形}はなるほど、振動に強い構造をしているわけだ。

2011年3月 8日 (火)

「地上の星」

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滝口修造の詩的実験1927~1937 より


   鳥、千の鳥たちは

   眼を閉じ眼をひらく

   鳥たちは

   樹木のあいだにくるしむ。

   眞紅の鳥と眞紅の星は闘い

   ぼくの皮膚を傷つける

   ぼくの声は裂けるだろう

   ぼくは発狂する

   ぼくは熟睡する。

   
   鳥の卵に孵った蝶のように

   ぼくは土の上に虹を書く

   脈搏が星から聴こえるように

   ぼくは恋人の胸に頬を埋める。

瀧口修造 地球創造説
http://koinu2005.seesaa.net/article/7558767.html
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-adb2.html

2011年3月 7日 (月)

iPad2の薄さと価格は脅威

新型「iPad2」が初公開 新たに本体の裏面と表面にもカメラが搭載されたほか、ボディーはこれまでよりも3割ほど軽量化された。
Ipad2

世界同時発表され、日本では今月25日から販売。値段は5万円程度。多機能端末市場には去年後半から大手メーカーが相次いで参入して急速に拡大して競争が激しくなりそう。
アップルはiPadで先行しているうえ、価格が他社機と同等か安い。
サムスン電子は「iPad2の薄さと価格は脅威」として戦略を見直す考えを示した。

http://www.youtube.com/embed/M8pUVuwoOE8

2011年3月 6日 (日)

「ライラとマジュヌーン」(LAILA VA MAJNUN)

 昔アラブのある地方に立派な首長がいた。首長は晩年になりやっと跡継ぎの男子を授かり、喜んだ夫妻は息子にあらゆる徳が備わるようにとカイスという名を付ける。
 月日は流れ、少年カイスはこの地方の名門の子弟豪族が集まる学校に入るが、そこでは男子に混じって何人かの女子も同じ机で学んでいた。ある日、月のように(中東では美しい人への形容に月が使われる)美しい少女が学友に加わる。彼女こそライラで、カイスは恋におち、心の全てをライラに捧げる。彼女もまた彼の心を汲み、恋が芽生える。

 カイスは次第に常軌を逸するようになり、眠りにつかず獣のように野や町をさまよい、ライラの家の周りをうろつく。彼には「マジュヌーン」と嘲りの声が浴びせられ、ライラも家人の監視下に置かれ2人は会う術もない。カイスはついに狂気のマジュヌーンとなったのだ。

Layla 「ライラとマジュヌーン」http://themuse.exblog.jp/14248604/
この恋物語の原型は8世紀に実在した人物をモデルにしたもので、アラブ各地に様々な形で流布しているようです。
その中で最も有名なのはNizami Ganjave による1181年作品。アゼルバイジャンではお札にもなっている「12世紀のペルシアの詩人」。当時の公用語はペルシア語。(インド・ヨーロッパ語族。現在のアゼルバイジャンはアルタイ語族)

マジュヌーンは狂ってもなお「レイラ」の言葉にのみ反応し、恋する想いを詩に託し続けます。

あなたのために全てを失った者が
地に斃れふし
朝風の中にあなたの息吹を求め
土埃に向かって、あなたの悲しみを語っている
あなたの家から、彼にそよ風を送っておやり
あなたを思い出すよすがとして
彼に土埃を送っておやり

遅くに得た一粒種の悲恋を不憫に思ったアーミール族の族長でもある父は、一族郎党を引き連れ、やはりベドウィン(砂漠の遊牧民)の族長であったレイラの父に息子との結婚を申し入れに行きます。
しかし、レイラの父はマジュヌーンとなったカイスとの結婚を頑なに拒否。
父はわが子に諦めるように諭しますが、マジュヌーンの想いは燃え盛る一方で、遂に一人故郷を捨て荒野を邑を彷徨います。
「レイラ、レイラ」と絶叫しながら。
また、二人が人伝に交わした詩は街角から家々と伝えられ、人々が口ずさむまでになります。

この様を「悲恋の極み」と見た近隣のナウファル王はマジュヌーンに恋の手助けを約束し、二度にわたりレイラの部族を武力で攻め立てます。肝心のマジュヌーンは戦ではレイラ軍を応援する有様でしたが。
敗れたレイラの父は哀願しつつも、舌鋒鋭くナウファル王の要求を退け、遂にナウファル王は兵を引きます。
一方でアサド族のイブンサラームがレイラに求婚し、その贈り物攻勢と仲人の説得に、レイラの父も結婚を認めます。
レイラは黙って、それに従うしかありませんでした。しかし、彼女は花婿が寝所に入ってくることを拒絶します。イブンサラームは彼女を眺めるだけで満足する他ありませんでした。

マジュヌーンはいつしか山の頂に野獣にとり囲まれて暮らし、草のみを食し、食欲の本能からも解脱した存在となります。。
「おお、運命よ、煌く宴を整えたまえ。孤独な男がレイラと美酒を酌むために」
やがて父も母も哀れな我が子を気にかけながら、永遠の別れを告げます。そしてレイラの夫、イブンサラームも。しかし、夫の喪に服したレイラは疱瘡に罹り、病に侵され、マジュヌーンへの変わらぬ想いを母に告げて、短い生涯を終えます。マジュヌーンはレイラの墓に行き、土に顔を伏せ、千もの口づけをします。野獣達が遠巻きにして彼を守ります。

「頭は地に伏せられた。両の腕はその下に恋人の眠る墓石を抱くように投げ出され、
 かすかにもれる言葉を最後に、マジュヌーンは息絶えた。『愛しい人』」

二人の悲恋が有名になり「レイラ・マジュヌーン」と書かれた紙片が出回り、それを手にしたマジュヌーンは「レイラ」の名に爪を立てて引き裂き、「まことの恋を知った者に二つの名は要らぬ。恋の本質は人の目に映らぬもの、私が恋の形相であっても良いが、レイラは本質であり、本質には名は不要」と古のアラブの二人は、あの世での合一を求め死んで行く。

東洋文庫「ライラとマジュヌーン」(LAILA VA MAJNUN)岡田美恵子:訳   

「王書」ゾロアスター関連などのペルシャ文献になじんでいる私にとっては、岡田さんの訳は格調もあり心が入ってしまうほどに読みやすいものだった。

■いとしのレイラ Derek and the Dominos http://koinu2005.seesaa.net/article/189005626.html
クラプトンが親友ジョージ・ハリスンの妻パティ・ボイドに恋をしてしまい、私的感情から歌詞の内容も悩み苦しんでいる気持ちが前面に押し出された。下記の歌もNizamiと共作となっている。

■I Am Yours (Clapton/Nizami) http://koinu2005.seesaa.net/article/189151496.html

2011年3月 5日 (土)

がるる ガルーダ

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 かつてアントナン・アルトーがバリ島の舞謄劇を見て(彼はそこに演劇のすべてを見たのだが)ファントムにも似た啓示をうけたことを、なんとも悲愴な感動で想いださずにはいられない。けれど彼が垣間見たのは、不可能の演劇だったのではないか。

 まったくの「言語以前の状態」と、あらゆる動きや音や言葉を選びとることのできる状態とのあいだにある、あんなに風のように自由で透明で、しかも絶対不可浸透の壁! (すくなくともアルトーにとっては!)あれはすでに神に捧げられてしまった舞踏であったのに。

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 舞踏史というものは自分自身の深淵をもっていて、一度ならず地獄に落ちるものであるかも知れない。からだごと堕ちるのだ。
 化粧した男は、たしかに自分自身の奈落から駆けあがってくる‥‥‥
 それはついに勃起した何ものかである。

 無限の時間とひとつだけの空間愛の始まりと死の孤独の終り。四次元にいるのは悪魔である。

   瀧口修造『舞踏』より

2011年3月 4日 (金)

鶴岡八幡宮

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現在再生中の御神木なんですけれど

歴史的な背景を想うと考え深い処

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2011年3月 3日 (木)

京都御所

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早朝は散歩する人も少なくて、静かな公園となっています。

アイディアを煉るには適した散歩コースである。

2011年3月 2日 (水)

夜の新宿

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30年以上も見慣れた夜景。阪神から初めて東京へ来た人達と歩く。

光のあふれる洪水。異常な人混み。第一次欲求系の産業活動。

普通ではない街並みでありました。

2011年3月 1日 (火)

『私本太平記』

吉川英治晩年の歴史小説。1958年(昭和33年)1月から『毎日新聞』に連載された。『新・平家物語』に続く大作の長編小説である。初版単行本は毎日新聞社から刊行された。現行は吉川英治歴史時代文庫(全8巻の講談社文庫版)。

1991年(平成3年)放送のNHK大河ドラマ『太平記』の原作となった。2006年~08年にリイド社の月刊漫画誌『コミック乱 TWINS』で、岡村賢二作画『私本 太平記』が連載され、コミックス全4巻が出版された。また同社で、さいとうたかを作画の『太平記 蜂起之章.怒濤之章』2巻もある(現在は絶版)。

室町時代に成立し、鎌倉幕府滅亡から南北朝時代を描く軍記物語で、近世以降の文学にも影響を与えた『太平記』が題材である。

明治体制では天皇に背いた大悪人とされた足利尊氏(高氏)、南朝の大忠臣として美化されていた楠木正成など、イデオロギー的に語られ、戦後は一種のタブーであった日本の南北朝時代を、尊氏を主役に新たな解釈を加えて描く。楠木正成も温厚な苦悩の人として描かれ、戦前の忠臣のイメージを大きく変えている。また、ヒロインに藤夜叉を登場させ、乱世に生きた女性の悲劇を背負わせている。

1957年(昭和32年)に久保文雄により観阿弥関係資料として紹介された「観世系図」によれば、猿楽能で知られる観阿弥は伊賀の服部一族の出自で、楠木氏と服部一族は姻戚関係にあり、観阿弥と楠木正成は血縁にあたる可能性が指摘されているが、吉川英治は久保を通じてこの説を知り、作中ではこれに基づいて創作が行われている。

尊氏の若き日から鎌倉幕府の倒壊、建武の新政から南北朝の分立を経て湊川の戦いがクライマックスとなる。尊氏・直義兄弟の確執などを描く終章はやや急ぎ足の展開となるが、これは最晩年の病床で執筆したためであり、完結した翌年、吉川は死去している。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

吉川 英治(よしかわ えいじ、1892年(明治25年)8月11日 - 1962年(昭和37年)9月7日)は、日本の小説家。本名、英次(ひでつぐ)。神奈川県生まれ。
様々な職についたのち作家活動に入り、『鳴門秘帖』などで人気作家となる。1935年(昭和10年)より連載が始まった『宮本武蔵』は広範囲な読者を獲得し、大衆小説の代表的な作品となった。戦後は『新・平家物語』、『私本太平記』などの大作を執筆。幅広い読者層を獲得し、「国民文学作家」といわれる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%B7%9D%E8%8B%B1%E6%B2%BB

というわけで吉川英治さんの傑作が、来年より青空文庫に公開されることになりました。

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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22カードの意味

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    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

オンライン状態

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。