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2011年6月30日 (木)

SIGHT 48号

発売日:2011-06-30 .780円

●総力特集 自民・東電・メディアが作った原発日本
「原発日本」はなぜ、止まらなかったのか――。東日本大震災の発生から3ヶ月以上が経った今も、まったく収束が見えない福島第一原子力発電所事故問題。SIGHTは、この原発事故の原因は、戦後日本で長らく続いてきた、自民党を中心とした政党政治、また政界や経済界で大きな力を持ってきた電力会社、そして大手メディアといった組織に根付く強固な構造の歪にあると考えました。今特集ではこの構造を明らかにすべく、当問題に関するエキスパートの方々に、これまで日本において、いかに原発見直しを求める声が排除されてきたかというテーマでお話をうかがいました。ご登場いただいのは、30年にわたって原子力発電の安全性に疑問を投げかけてきた保坂展人世田谷区長、国際政治学者の藤原帰一氏、ジャーナリストで自由報道協会代表の上杉隆氏、自然エネルギー研究の第一人者である環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也氏。また今回は、連載対談が毎号大人気の内田樹・高橋源一郎両氏にも、この問題をテーマにして語っていただきました。原発推進政策を支えてきた各界のいびつな構造に迫るこの特集、ぜひご覧ください!

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●特集 この有事、「給料を返納する」と言う政治家を信じるな
3・11の東日本大震災後、危機と向き合えるリーダーが不在という状況が続き、国政では、内閣不信任案の提出に端を発した菅直人首相の退任時期をめぐる攻防が大きなトピックとなる中、気を吐いているのが、橋下徹大阪府知事や河村たかし名古屋市長、石原慎太郎東京都知事といった地方の首長たち。「国歌起立条例」などの極端な政策を実行したり、「減税」や市会議員の給与削減というメッセージを掲げたり、また、「震災は天罰だ」という発言で物議を醸したりしている彼らが、なぜここまで高い支持を得るのか。橋下徹大阪府知事から「敵」とみなされ日々闘っている当事者である平松邦夫大阪市長と、市長の特別顧問を務める内田樹氏による対談のほか、歴代の首相とともに日本政治を支えてきた田中秀征氏と、約10年民主党のブレーンも務めた政治学者の山口二郎氏、それぞれへのインタヴュー、そして有権者の支持構造分析のスペシャリストである松谷満氏の寄稿により、有権者による橋下・河村・石原といった政治家への高い支持が象徴する、日本政治の問題について迫ります。

【季刊『SIGHT』48号~総力特集:自民・東電・メディアが作った原発日本】
http://ro69.jp/product/magazine/9

※「渋谷陽一の社長はつらいよ」ブログ
http://ro69.jp/blog/shibuya/53798

2011年6月29日 (水)

錬金術師 ボルヘス

長時間の思索と貪婪な徹宵に
疲れ果てた若者は、夜の
ひき明けに、不眠の爐とランピキに
なおも静かに思いを凝らす。

彼は知っている、黄金は、あのプロメテウスは、
運命と同じように、偶然の中に潜んでいることを。
彼は知っている、それは路傍のあくたと、弓と、
腕と、欠の中に潜んでいることを。

天体と泥土の下に隠れている
秘密の存在のおぼろな婆の中に、
       
ミレトスのターレスが見たものだが、万物は
水であるという、あの別の夢は息づいている。

異見があって言うだろう、それぞれの事象は
永遠の神の遍在する顔に他ならないと。
               
幾何学者のスピノザがアヴエルノより難解な
書物でそう説いていると。

茫々たる蒼窮の東の涯てに、
星は青く輝いている。
錬金術師は、遊星と金属を結びつける
秘密の法則について思いを巡らす。

錬金術師が死神の命脈を絶つあの黄金に
触れたと信じ、胸を躍らせたその瞬間に、
錬金術の心得のある神は彼を塵に、
名もない人間に、無に、忘却に変成する。

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錬金術(Alchemy)
最も狭義には、化学的手段を用いて卑金属から金を精錬しようとする試み。
金属に限らず様々な物質や、人間の肉体や魂をも対象として、より完全な存在に錬成する試みである。錬金術の試行の過程で、硫酸・硝酸・塩酸など、現在の化学薬品の発見が多くなされて実験道具が発明された。その成果は現在の化学 (Chemistry) にも引き継がれている。歴史学者フランシス・イェイツは16世紀の錬金術が17世紀の自然科学を生み出したと指摘した。

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2011年6月28日 (火)

子どもを放射能汚染から守りぬく方法

武田邦彦(著) 主婦と生活社 (2011/6/24)

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放射能は怖いけれど、何をすべきかわからない。政府は「健康に問題はない」と繰り返すばかりでとても信用できない。いったいどれだけ被ばくすると危険なの? 結局うちの子は大丈夫なの?
福島第一原発の事故後、お母さん、お父さんの立場に立った政府やマスコミへの提言で熱い支持を受ける武田邦彦氏が、放射能汚染で不安を抱えるママとパパのために、正しい放射線対策を伝授。危険な放射性物質の避け方、放射性物質を取り除く掃除法、食品の選び方など、子どもの被ばくを少しでも減らすための"日常生活でできる具体的な方法"をやさしく解説します。尾木直樹氏(尾木ママ)との緊急対談にもぜひ注目を。「被ばく量がわかる計算式」収録。

著者について
1943年東京生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒。工学博士。卒業後、旭化成工業入社。同社ウラン濃縮研究所長、芝浦工業大学教授、名古屋大学大学院教授を経て2007年より中部大学教授。内閣府原子力安全委員会専門委員などを務めた。世界で初めて化学法のウラン濃縮に成功し、日本原子力学会から最高の賞(平和利用特賞)を受賞、放射線関係では第一種放射線取扱主任者など広い分野の原子力実績をもつ。2000年に『「リサイクル」してはいけない』(青春出版社)を出版、ペットボトルのリサイクルがかえって環境を悪くすることを指摘し、大きな話題になる。その後出版された『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』(洋泉社)、『偽善エコロジー』(幻冬舎)が立て続けにベストセラーになる。原発問題では、早くから日本の原発の耐震性が低いことを指摘し、原発は地震で倒れると主張。東日本大震災後のブログでは、被ばくから子どもを守るための政府、マスコミ、自治体などへの提言が、多くの共感を呼んでいる。

武田邦彦 http://takedanet.com/

「放射能汚染に負けない食品の選び方、調理法、解毒法」

放射能防護研究所ベルラード/辰巳雅子さん訳のIRSNのデータによれば、今後しばらくは食品の放射能汚染が続きそうです。現時点での放射能被曝の経路は、食品によるものが主になっています。

ベルラード研究所『自分と子どもを放射能から守るには』
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/747fb9ddd77ef80ac7e86d1f829a7c0a 

健康的な食生活を送ることで、放射性物質が体内に吸収されるのを防ぐことができます。汚染されていない野菜類(トマトなどの赤い野菜がお勧め)や放射性物質ストロンチウムの吸収を防ぐためのカルシウムなど、バランスよく食べましょう。
なおベルラード研究所は食品の種類に関係なく、1キロ当たり37ベクレル以上の放射線量を含む食品は子どもに与えないことを勧めています。

1.汚染されにくい野菜、果物、穀物、乳製品を選ぶ
食品にも、放射性物質を取り込みやすいものと取り込みにくいものがあります。
放射性物質を取り込みにくい食品は、下記の通り(取り込みにくいものから順に記載)。
<野菜>
キャベツ、キュウリ、ズッキーニ、トマト、玉ねぎ、パプリカ、ニンニク、ジャガイモ、食用テーブルビート、ニンジン、大根、グリーンピース、大豆、長豆(英語のBean)、スイバ(ホウレン草に似たベラルーシの野菜!)
<果物>
放射能を「取り込みにくい」果物
リンゴ、ナシ、アンズ、いちご、サクランボ、ラズベリー、白スグリ。あまり食用にはしませんが、ナナカマドの実も。
放射能を「取り込みやすい」果実
赤スグリ、黒スグリ、グースベリー、ブルーベリー、クランベリー、クロマメノキ、コケモモ

<穀物、その他>
麦の実、秋蒔きのライ麦の実、麦の茎、ジャガイモ、燕麦の実、秋蒔きのライ麦の茎、大豆の茎や葉、飼料用ビート、とうもろこしの茎や葉、燕麦の茎、丸い形の豆類の茎や葉、アブラナの茎や葉、クローバー、種実のつく多年草、ルピナス、天然の干草用牧草地や牧場に生えている草類。

<乳製品>
水分に放射性物質が凝縮する傾向があるため、牛乳は汚染されやすくなります(同じ理由で、水分の多いキノコ類が汚染されやすくなっています)。牛乳より乳脂肪分が高い乳製品(生クリーム、バター、チーズなど)は水分が少ない分、放射線量が比較的少なめ。ただし、ヨーグルトの上澄み液は放射線量が高く危険。

「ベラルーシの部屋」参照ページ
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/8293655302efdbc574fd32087588abca 

2.放射線量を減らすための調理法
~洗う、皮をむく、塩水につける、熱を通す、煮汁を捨てる~
簡単な調理法の工夫で放射線量を減らすことができます。

<野菜>      
蒸したり煮る場合、皮を必ずむいておきます。それだけでセシウム137が20-50%減ります。

<きのこ>   
ゴメリ州スベトラゴルスク区にあるチルコビチ村のベニタケ科きのこは1キロあたり280ベクレルの放射能が検出されています。これを水をかえながら20時間3%食塩水につけておいたところ、1キロあたり28ベクレルにまで減らすことができました。

<肉>
中ぐらいの大きさに切り分けます。塩水に酢を加えたものに10-12時間つけておきます。肉をゆでる場合は最初のゆでた水は8-10分沸騰させた後、捨ててください。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/db6978ec66e45decd4c0dc87dfd335de 

3.体から放射性物質を排出するための食品、ペクチン
子どもは定期的に放射性物質を体外に排出する必要があります。そのためには普段からペクチン成分の多い食事を心がけつつ、年に1-2回は「ビタペクト」のような高ペクチン剤を摂取します。
「ビタペクト」はベルラード研究所が開発、生産している放射性物質排出のための高ペクチン剤です。ペクチンを多く含むリンゴの絞りカスにビタミンを加えて粉末にしたものです。日本では残念ながら入手できませんが、代わりにペクチンを多く含む食品(りんご、オレンジのマーマレードや卵白など)を取るようにしましょう。
「ビタペクト2」とは?http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html 

4.カルシウムで放射性物質「ストロンチウム」に負けない体を作る
先週IRSNによる公報(5)でもストロンチウムが検出されたことをお伝えしましたが、この物質は体内に一度入るとまず排出できません。カルシウムが不足しているとスカスカになった骨の間にストロンチウムが蓄積するので、カルシウムを取りましょう!とのこと。
牛乳が汚染されていても、汚染されにくい固形の乳製品(ヨーグルトの固形部分、バターなど)を取りましょう。それでも汚染が気になる方は、サプリを少しずつ。

<参考>
放射能防護研究所 ベルラード
http://www.belrad-institute.org/UK/doku.php?id=presentation 
チロ基金
http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/index.html

★解毒法は魔女の使う魔法のようなことであり、調理法もまた掘り下げるていくとと錬金術とは深くつながっていくようだ。錬金術師と魔女たちのような存在が、必要な時のはざまに差し掛かっているような気もしている。科学では自然界におこりえる要素を超克はできないという当然の帰結を明晰に突き付けられている。現在進行形である。科学よりも化学。

2011年6月27日 (月)

魔法の信じがたい魅惑

 魔法の出発点は魅惑に存する。魔法という語は大多数のものの判断力において混然と、秘密の営為という考えを目覚めさせる。自然の暗い力を目覚めさせたり、死の世界の幻視まで駆使したりできるような。そしてそれは部分的には本当なのだ。

 人間の知性において星雲のように多くの幻想を目覚めさせ、また、幾人かに特に与えられているように思えるこのすばらしい能力の想起を、せめてことばの助けを借りて再現しようという考えを人間に吹き込むのは、単に欲望だけではない。いずれにせよその欲望はわれわれに、世界文学中の宝石であるところの、『千一夜物語』、ペローの『おとぎ話集』、ホフマンの『短編集』そしてとりわけポーの『金のつぼ』『短編集』を与えたのだ。
                                     
 それは、創造物のあいだの関係をあらわにすること、時間とへだたり、そして諸元素の対立をもてあそぶことというだけの例の行為にはとどまらない。むしろそれは半ば歴史的といえる実行の積み重ねであり、これこれの不思議な人物の極めて明確な特技のさまざまであり、魔術師、魔法使い、回教僧、バラモン行者と呼ばれる一連の幽霊じみた人間たち、あの雑多な衣裳部屋であり、あの神秘な獣脂であり、そしてこれらすべての始まりとして、魔法使いの夜宴なのだ。

 さて人間たちの大多数は、このことについての彼らの意見に決着をつけるというやっかいな仕事を引き受けたとしても、その内幾人が、この全体について真に一般的な、真に人間的な観念を明らかにし、または、ことに成功するであろうか?

 この魔術的幻影について彼らが抱いている観念を明晰に定義する大多数にとっては人類の魔術上の典型はすべて、ヒステリーの料理女たちの楽しみである「大アルベールの秘密」に含まれている。そしてはかの連中は考えて見るだけの手間はかけ、「魔術師というものがいたとしたらいったい何をやらかすのかしら?」と自問して見るが結局、魔術師を、まっとうな化学者、更には下頗な手品師と混同してしまうのだ。

 いったいかつてこの世の日常において、「千一夜」の聖地で畠のはしに生えて来るような魔術師というものが、存在したことばあるかどうかをわれわれは知らないのだ。
 今日では、幾人かの子供を除いて、もはやだれも魔術師がいるとは信じない。しかしながらひとつのことが目覚ましい。つまり、これらすべての不思議な説話が死者たちの幻覚にまれにしか触れず、またはあまりに弱々しい触れかたなのでわれわれにはなんら役に立たないという点だ。

 だがわれわれが神の支配と世界の精神的形態との秘密に出会いうるのは、メーテルリンクがその物悲しく残酷な「大いなる秘密」で考究していることにかかわらず、死の探究においてなのである。全くの話、肉体的表面の大いなる没却によって純化され、全く精神的な偉大さに復帰し、この全く原初的な偉大さに戻る知性の持主たちが、事物の起源とその運命の深い秘密に参入できないなどとはありえないことである。

 さて死の中を散歩するその方法を、われわれはすでにもう催眠状態という事実において手に入れているのだ。それはわれわれの内部においてガラスの顔をした下意識を解放し、もうひとつの世界の辺境において自由にはねまわらせてくれるのだ。死が、われわれの魂を彼岸の精神的知覚に敏感にさせながら、眠りの不吉な猿まねから始まるというようなことは確実でないし、また連続的な一連の麻痺状態によって、死が魂を身休から引き離すというのも確かではない。そして想像するのだが、死の中には、限りながらこれは本当に夢なのだろうかと苦悩に満ちて自問している人の不安があるのではなかろうか。気を狂わせような問題だ!

 人間が死の幻覚のめくらめく連発を自由にできないのだったら、基本要素の秩序を転倒させられるなぞどうでもよくなるのは明白である。エジプト人は魂を「生命」の辺境に留めおくことばと能力を心得ていた。人間に対する魔法の信じがたい魅惑は、この不思議な能力に由来する。次に、魅惑は自然のなまの力を捕捉するのに役立ちえたのだ。けれど「魔法」の偉大な徳は、死の征服のうちに存する。

アントナン・アルトー「心霊漫歩」Antonin Artaud

2011年6月26日 (日)

複合的な感覚の経験を強いる

 ぼくたちは、目の前にあるジャガイモを、真・善・美などの、複数の異なるフレームのもとに知覚し、捉えることができる。というよりも、複数的なフレームで物や商品を捉えてることを強いられていく。「ジャガイモは食材」だという認識は正しいが、その形や色の美しさに眼を奪われる場合もあれば、それが何かの社会正義のシンボルにみえる場合もある。

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 主体に複合的な感覚の経験を強いるこの力を、カントは「物自体」と呼んだ。
人間の感覚や動作や欲望のパターンは、その分裂性において、未知の対象や複数の欲望の回路へと接続可能なものとして、つねに開放されている。

 たとえばフランスの哲学者ジャック・ランシエ-ルはいう。
 ひとりの木工職人が、手では床板を張って過酷な労働を行いながら、その眼は窓の外にある美しい見晴らしを眺めるとき、労働者としての彼の身休に「ミクロな変容」が生じ、彼は労働者でありながらそのま芸術家になっていくと。

杉田俊介「ロスジェネ芸術論」より

2011年6月25日 (土)

渋谷PARCO劇場で舞台「幽霊たち」が公演中

 現代アメリカを代表する作家のひとりであるポール・オースター。
 前衛的でありながら、同時に軽妙、洒脱、洗練された文学といわれるオースターの作品には、常に「自己とは何か」というアイデンティティや生きる意味を探すことが重要なテーマとなっています。そのポール・オースターの初期作品のひとつである「幽霊たち」をモチーフに、小説を演劇化。

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私立探偵のブルーは、ホワイトという名の依頼主から、ブラックという名の男を監視するよう頼まれる。しかし、ブラックは何の変化も起きない日々を淡々と過ごすだけ。ブルーはやがて不安にかられるようになる……。

キャストには佐々木蔵之介、奥田瑛二、市川実日子といった面々を迎え、オースターが生み出した、ミステリアスでスタイリッシュな世界観に挑む。

白井晃の演出で「個人と世界のかかわりを常に問いただしている」
台本はなく、稽古の中で演出と出演者が話し合いながら細部を作り上げた。
「毎日発見があって楽しい。表現を一緒に作る喜び。蔵之介君は大変だったと思うけど、こういう面倒くさい作り手と一緒にやることに意味がある」と白井。「テキストはあるけど、蔵之介君の体を通して発せられる言葉にしてほしい」と要望する。
佐々木は「初めての経験。この小説を肉体として立ち上げるには何が必要なのか、どんな言葉が必要なのかを考えながら作った」と語る。「白井さんは作品にもスタッフにも真摯に向き合うので信用できる」

公演日程 2011年6月14日(火)~7月3日(日)
原作 ポール・オースター
翻訳 柴田元幸
構成・演出 白井晃
出演 佐々木蔵之介 市川実日子
有川マコト 細見大輔 斉藤悠 原金太郎 奥田瑛二

7月5日=長野県須坂市▽8日=広島市▽14日=福岡市▽16~18日=大阪・森ノ宮ピロティホールでも公演予定

『冷たい方程式』( The Cold Equations)トム・ゴドウィン

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Tom Godwinによって1954年に「アスタウンディング・サイエンスフィクション」に発表された短編SF小説である。SF小説史上もっとも注目に値する作品のひとつと見なされている。

あらすじ
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物語は、致死性の疫病が発生した惑星・ウォードンで待つ6人のために、血清を届ける小型宇宙船の中で起こる。

この宇宙船には、燃料も酸素も、最小限の量しか積まれていない。発進後、宇宙船のパイロットは船内に隠れていた密航者を発見する。規則に従うならば、密航者はエアロックから真空の船外へ放り出されなければならない。しかし密航者は、疫病で生命の危険にさらされている兄に会う為に密航した、まだ18歳の少女であった。彼女は罰金を払う程度の罰で済むと思っていたのだ。

パイロットは、燃料はぎりぎりしか積まれておらず、彼女がいるままでは安全に惑星に着陸出来ないばかりではなく、血清を待つウォードンの6人の命までも死に至らしめることになることを説明する。パイロットは彼女を宇宙船の外へ放棄するのを遅らせるために最善を尽くした。その間に彼女は、両親とウォードンにいる兄へ手紙を書き、兄と無線で会話を交わす。無線が途切れた後、彼女は船外へ放棄されるために、自らエアロックの中へ入った。

影響
発表後半世紀を経てもなお『冷たい方程式』はSFの古典的な名作として認知されている。SF作家であり批評家のジェームス・ガンは「ハードコアSFのための試金石的小説である」と評した。

1970年には、SF作家協会により1929年から1964年までに発表された最も重要なSF小説15編に選ばれた。2003年に発行されたゴドウィンの名作集が発行された際に付けられた題名は『冷たい方程式とその他』であった。日本においてもハヤカワ文庫に短編集の表題作として収録されている。

ただし本作への賛意は必ずしも普遍的なものではなかった。多くの人が、この悲劇的な結末が必然であるように見えるための状況が人工的に作られ過ぎていると批評した。例えば、

発見された密航者は船外へ放棄する規則であるとされているが、なぜ飛行前の点検で密航者を見つけられなかったのか?
少女の代わりに他の重量物を放棄することはできなかったのか?
などである。

また評論家ガリイ・ウェストファールはこの前提が「エラーに対して十分なマージンのないシステム」によるもので、物理学としては良いが工学としては酷い話だと述べている。

また、本作へのオマージュないしパロディとして、同じような極限的状況から別の解決法を導き出す作品も多数書かれており、「方程式もの」と呼ばれている。
(Wikipedia)

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「どうして彼女でなく、何かいうにいわれぬ動機のある男が来なかったのか?、未開の新天地で生きのびようとする逃亡者、金の羊毛を一人占めにしようと新しい植民地への輸送機関を捜していた日和見主義者、使命感にとりつかれた狂人・・・・、心のひずんだ男、卑劣で利己的な男、凶暴で危険な男」
 「彼女はエアロックに入り、こちらを向いた。喉元の震えが、狂ったように心臓の動悸を隠そうとする努力を裏切っていた。
 『用意できたわ』
 彼はレバーを上げた。ドアがするすると閉じて、二人のあいだをさえぎり、人生の最後の瞬間にある彼女を圧倒的な暗闇の中に閉じ込めた。それが小さな音をたてて元の位置にしっかりとおさまると、彼は赤いレバーを押し下げた。エアロックから空気がとびだすさい、船はかすかにゆらいだ。」
http://www.geocities.jp/toshio2003jp/essay04/houteisiki.html

2011年6月24日 (金)

ブラウンについて ロバート・ブロック

The Best of Fredric Brown

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 まず彼の名の誤記の減ることを祈る。
 二ダース以上の本と300以上の短篇の作者としての輝かしい名声をふまえた彼の名を、不注意な批評家や解説家はいまだに Frederic あるいは Frederick とつづる。
書かれた文の内容は当然のことながらほめたのが多いが、ブラウンはつづりのまちがいについ
て不快がっていた。きちんとしたことの好きな性格で、自分の名に誇りを抱いているのだ。

 もっとも、親しい友人たちほフレッドと呼びかけた。
 私が彼とはじめて会ったのはシカゴの北のミルウォーキーでだった。彼が四十歳ちょっとの時。彼はい1907年にシンシナティに生まれ、インディアナ州ハノーバー大学を卒業したあと、さまざまな職業を体験した。事務の手伝い、時にはカーニパルの飾り作り。

 知り合ったころの彼は、ミルウォーキー・ジャーナルの校正係をしていて、27番街のささ
やかな家に、最初の妻のヘレンと利口そうな二人の息子とで暮していた。その住居にはほかに、ミン・クーという名のシャム猫、フルートに似たリコーダーという木製の楽器、チェスのセット、それにタイプライターがあった。猫と遊び、リコーダーを吹き、チェスをやる。しかし、タイプライターは趣味や娯楽のためではなかった。彼は短篇を書いていたのだ。生活のための金の必要に迫られ、帰宅してからそれに専念したのだ。

 フレッドは作品をパルプ・マガジンに売っていた。無名の新人でも、面白けれは買ってくれる。探偵小説、怪奇物、ファンタジー、SFなんでも手がけた。ブラウン・マニアたちは現在、彼の名が巻頭に印刷された雑誌を高い値で買い求めたりしているが、当時ほブラウンといえは、パルプ・マガジンの編集者にとって一語2セイントあつかいの、何百という投稿者のひとりにすぎなかったのだ。

彼は小柄だがス了トな体格で、眼鏡のせいで少しとっつきにくい感じだがデリケートな顔つ
きで、うすく口ひげをはやしていた。悠然とした印象を与える。声はソフトで、身だしなみも申しぶんなかった。しかし、彼についてよく知らない人が、彼とポーカーや飲みくらべをしょうとすると、えらい日にあうのだ。
 会話のウィットで彼にまさる者はいない。言葉ほ天から彼に与えられた武器で、語呂あわせなど抜群だった。言いまわしについて、まさに特異体質者だったのだ。
「人はシャンプーを本物のプーより好むか」(shamは偽物)と言ったりするのは一例。
 ひまがあると、ひねりのきいた短篇用の題を考えていた。私は彼が、友人のふともらした言葉を題名にしたいと、10ドルで買うのを見たことがある。それは=Ⅰlove you cruelly(愛しているよ、無慈悲にも)。

 この大金をふんだくったのは、フレッドも入会していたミルウォーキーの新聞関係者の集りのなかの 「作家連盟」の仲間だった。フレッドはポーカーとなるとむやみと強かったが、飲み友だちとしてこの上なく魅力的で気前のいいやつでもあったのだ。
 それでいて、小説づくりの話となると真剣そのものになり、執筆ぶりもまたまじめだった。ニユーヨーク市に代理人をおき、出版界の動きや、稿料や契約などにも神経を使っていた。
 その向上心と才能ははっきりと感じとれた。たえず知的好奇心を持ちつづけ、乱読しながらも小説の読み手として一級だった。音楽、演劇、科学史にも関心を持っていた。潔癖なほど文法を大切にし、言葉あそびはその上でのもので、ただの遊びではなかった。語源や同音異義語など、たえず彼の頭のなかで飛びまわっていた。作品中の会話ばかりでなく、地の文にもそれをちりばめる才能を持っていた。

 当時、私を含めた書き手たちは、パルプ・マガジンしか発表舞台ほなかった。つまりこれな
ら大衆が喜ぶだろうと編集者が判断しそうなタイプの作品に仕上げなければならない。そんななかでフレッドは時たま実験的なことをやり、ついに長篇を書き上げた。

 『シカゴ・ブルース』は1947年に出版され、アメリカ推理作家協会賞を受賞し、エドガー・アラン・ポーの像をもちった。つぎのミステリー『三人のこびと』も好評で、推理作家としての名を確実なものとした。翌48年、新分野への挑戦である『発狂した宇宙』(What Mad Universe) が 「スタートリソグ・ストーリーズ」誌にのった。その翌年、ハードカバーで単行本となり、SF作家としても注目された。

一方、身辺にもいろいろと変化があった。妻と協議離婚をし、それから一年後に別な女性と再
婚した。彼は本の評判に気をよくして推理小説の執筆のピッチを速めたが、校正の仕事はやめなかった。生活の苦労を味わっていたので、定収入の価値を知っていたのだ。作家専業について、不安を捨てきれなかった。

 この時期、私たちはよく会っていた。彼から小説の着想を聞かされ、意見を言ったこともあったし、個人的な相談に乗ったこともあった。ある日、顔を輝かせながら私のところに釆た。ニューヨークのある大きなパルプ・マガジソの編集者から電話があり、年俸7500ドルで編集室伝わないかという申し出があったというのだ。

現在では大金とはいえない。しかし、タイムマシンで四分の一世紀だけ過去へ戻れは、かなり
のものだ。いまの20000ドル以上である。これはフレッドが新聞社から得ている収入より、また、欲しいと思っている年収より、はるかに大きかった。それだけの収入が保障され、そのかたわら小説を書けるとなれは、彼にとってはこの上ない状態といえた。
 フレッドは私やそのほかの友人と相談し、妻のべスの意見も聞き、新聞社をやめてニューヨークへ行った。しかし電話での話とはちがいがあった。編集長が申し出た給料は年に7500ドルドルでなく、週に75ドルだったのだ。つまり、年に4000ドルたらず。
 途方に暮れかけたが、明るさが彼に訪れはじめた。出版界の事情が変化したのだ。
 彼がその分野で金と名声を得ようと覚悟していた通俗パ~プ・マガジンの全盛期は終りつつあった。かわってペーパーバック(軽装版)を出す出版社が続出し、それまでハードカバーだった推理小説やSFの版権も奪い合った。外国からも高い値で申し込みが来た。テレビ時代のはじめで、いい原作への需要も高かった。それにプレイボーイ誌をさきがけとする新しい男性専門誌が相ついで創刊され、短篇への稿料に金を惜しまないようになった。

 フレドリック・プラウンはこういった幸運に手伝われて、栄光の人となった。金銭的に恵まれ、通俗への制約を気にしなくてすむようになり、創作の上でも飛躍を示した。
一連のすぐれた推理小説が彼のタイプライターから生れていった。この時の住居はニューメキ
シコ州のタオスだった。フレッドは事を買い、運転を習った。旅行を楽しむためでもあるが、呼吸器系が弱かったので、ひまをみて砂漠地帯に出かける必要もあったのだ。
 作家専業となり、多くの注文をこなすのほ、フレッドほどの才能の主でも、容易なことではなかった。ひねったストーリーと意外な結末で、推理小説とSFの二つの分野でもてはやされたが、アイデアはおいそれと浮かんでくるものでほない。壁にぶつかったような気分におちいると、彼は二、三日の旅行に出かけた。

 車を運転してではなく、長距離バスに乗ってである。行先はどこでもいい。そういった単調な時間のなかに、かえって面白い設定を思いつかせるもののあることを彼は知っていた。つまり、彼の名作のいくつかは、グレイハウンド社のバスが運んできたものといえるわけだ。
 といって、彼の作品のほとんどが、奇抜さだけにたよっているのではない。作家として熟練しており、豊富な体験をふまえ、ものの見方がしっかりしていた。0・ヘンリーは適当なところで執筆をやめ、のんびりと晩年をすごしたが、フレッドはつねに新境地の開拓を心がけていた。
 SFの新境地というと、50年代には科学理論の最先端をいじりまわすか、社会現象の拡大と
いったところが流行だった。だから、反重力や反物質を扱った作品がもてはやされ、広告会社や保険会社に支配される未来社会の構想が、これこそスペキュレーティプ(思索的)な目標と思われたりした。
 フレッドはそうした流れにきっぱりと背をむけていた。彼はシニカルな個性の主で、書き上げた作品が『天の光はすべて星』(別題: 星に憑かれた男) (The Lights in the Sky Are Stars, 1953)。
 この作品は、彼の最上の、最もユニークなもののひとつである。
 最近の若手作家たちは、これこそ現実的と妙な描き方をする。怒れる若き反体制派や、ドラッグ愛好者や、モノセックスなどを登場させ、いかなる哲学的な主題も、愛の一字で割り切れそうに書く。どういうつもりなのか、わからないでもないが。
 しかし、連中は自分で思っているほど、勇ましくはないのだ。十年も前の若者たちの現象を、文字に変えているにすぎない。ただの過去の複製であって、自分自身のイマジネーションで築いた未来ではないのだ。
 『天の光はすべて星』は、そういうたぐいとはちがう。ゆがんだ性も扱われず、人物たちは生きた会話をかわしている。それでいてユニークなのだ。
 この本はアイゼソハウア一大統額の最盛期(1953年)に出版された。当時はSF作家も政界の指導者と大差なく、宇宙開発の開始を理想化し、そのパイオニアとなる若者たちを偶像祝したりしていたが、フレッドは浮わついた夢物語に仕上げず、なまの現実を求めた。
 当時、SFの主人公のほとんどが青年だった。何人かは中年の男も例外的に登場したが、三十五歳ぐらいのべテランとしてである。ところがフレッドの作品の主人公は五十歳をとうに越えていて、当時の若いSF読者は大いにとまどわされただろうが、なんと性的な欲求が強かった。その上、その小説のテーマは宇宙進出のバラ色の未来でほなく、政治家たちのおもわくや、軍部と産業の密着で自滅の道をたどってゆく点にあった。痛烈な皮肉である。そして、いやにリアルな印象を与える。

 それなのに、なぜかこの本は多くの人に好感を持たれた。賞を受けたりベストセラーの上位に入ったわけでもないが、現在でもフレッドのある面を示すものとして注目されている。
たしかに、フレッドは新しいものを試みるのが好きだった。そのころ、ちがった作品も手がけていた。すでに有数の人気作家であり、SF界での新しい驚異となりながら、普通の小説を書こうとしたのだ。奇抜な発想、個性的な人物、ずば抜けたユーモアなど使わず、正攻法で小説を書こうとした。まだ一行も書いてないのに、彼ほもう出来あがったもののように、その内容を私に話したものだ。
 The Offce がその本である。彼の二十代の体験をなかは自伝的に扱ったもので、あまりにまともで、日常的すぎ、面白さに欠けた。作品中のフレッドは、平凡な人物で、殺人どころか暴力もなく、ストーリーにも変化がとぼしく、ウィットもない。どこにでもある現実のオフィス。フレドリック・ブラウン的な娯楽性を期待した読者は、ものたりなさを感じた。

 彼はその冒険は二度とやらなかった。フィクショソを手広く展開した。そのバラエティの豊富さといったらない。高級男性誌からの注文も多かった。世の風潮の変化で、お色気をSFにとり入れても、読者の抵抗はなくなっていた。彼のウィットの範囲はひろがり、ショートショートという新しい形式を確立した。

 1960年には、ワーナ一社が新形式のレコードを出した。「自己観察」という題で、ドンラルクのBGM効果で、ジョニー・ガンが朗読し、彼のいくつかの短篇が吹きこまれている。そのうちの「歩哨」「イメージ」「血」「土人の魔術」「意図」は、彼の奇妙な掌篇のなかでも、とくにすばらしい。
 60年代の初期に、フレッドとべスは西海岸に移住し、サン・フエルナンド渓谷に住居を持った。私はすでに西海岸に住んでおり、また親しい交際がはじまった。一時期、フレッドは映画とTVの世界に関係した。40年代のことだが、あるプロデューサーが、パット・オブライエソ主演の『爆発』という映画の結末のため、彼のストーリーを買いとったこともあった。50年代にも、彼の推理小説『通り魔』が映画化された。そのほか、多くの作品がラジオの電波に乗り、テレビのミステリー・シリーズに使われた。そのシナリオを書くことをやったりした。
 しかし、ご存知のようにハリウッドの方針は営業第一。残念ながら、彼の努力ほ評価されなかった。プ三アユーサーたちのいうプロとは、どんな注文の料理をもすぐ作るお抱えライターのこと。フレドリック・ブラウンは信念のある本物のプロだったのだ。

 そこで.ふたたび作家専業に戻る。ハリウッドは損をしたかもしれないが、読者にとってはそれのほうがよかったのだ。彼でなければ書けないものを、つぎつぎと書いた。かりに彼が短篇「人形芝居」だけしか書かなかったとしても、SF界への貢献度は大変なものだ。しかも、その程度のがたくさんある。そのいくつかほ、この本のページをめくれは現われてくる。はじめて読まれるかたは、よく書いてくれたと感謝したくなるだろう。

 小説そのもののなかに、彼の本質がある。私の知る限り、彼は一度もSFフアン大会に出席しなかった。お祭りの賞もほとんどもらったことがない。作品外でのPRはしなかったから、きわめて多いフアンも、新人も、彼に関しては名前しか知らなかった。しかし読者たちはみなブラウンのすぐれた作品群にきわだっている特徴、皮肉なユーモアや、時にはアンプローズ・ピアスを連想させるアイロニ-を賞賛するようになる。それだけでなく、彼ほただの風刺や痛烈な皮肉にも、遊びの要素の味つけを加え、奥行の深いものにした。その上、会話のやりとりのむりのなさ、人物の個性の異色さ、結末のみごとさとなると、面白さとともに感動も伝わってくる。
 彼についてのあらましは、以上である。フレッドの呼吸器系の持病はしだいに進み、60年代のなかばにはタクソンに転地しなければならなくなり、1972年3月11日にこの世を去った。
 私たちの仲間、彼と親しくつき合えた幸運な着たちほ、彼の死を悼み、惜しんだ。しかし、彼の作品を読む幸運な読者は、今日においても書いてくれたことに感謝しつづけるだろう。
 本書は彼の全作品ではない。これをきっかけとし、ほかの作品も読んでいただきたい。彼は全作品に、努力、経験、ウィット、人生観、知識、発想、真実、フィクション、喜び、失望など、自己のすべてをつぎ込んだ。その作家としての人生そのものが『フレドリック・ブラウン傑作集』なのである。

1 闘技場 (Arena)
2 イメージ (Imagine)
3 事件はなかった (It Didn't Happen)
4 忠臣 (Recessional)
5 アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク (Eine Kleine Nachtmusik (with Carl Onspaugh))
6 人形芝居 (Puppet Show)
7 黄色の悪夢 (Nightmare in Yellow)
8 最初の接触 (Earthmen Bearing Gifts)
9 ジェイシー (Jaycee)
10 狂った星座 (Pi in the Sky)
11 回答 (Answer)
12 ギーゼンスタック一族 (The Geezenstacks)
13 鏡の間 (Hall of Mirrors)
14 ノック (Knock)
15 反抗 (Rebound)
16 星ねずみ (Star Mouse)
17 雪女 (Abominable)
18 不死鳥への手紙 (Letter to a Phoenix)
19 任務完了 (Not Yet the Eind)
20 エタオインさわぎ (Etaoin Shrdlu)
21 おそるべき坊や (Armageddon)
22 実験 (Experiment)
23 タイムマシンのはかない幸福 (The Short Happy Lives of Eustace Weaver)
24 和解 (Reconciliation)
25 シリウス・ゼロ (Nothing Sirius)
26 意図 (Pattern)
27 ユーディの原理 (The Yehudi Principle)
28 さあ、気ちがいになりなさい (Come and Go Mad)
29 終 (The End)

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お待たせしました。フレドリック・ブラウンの、フレドリック・ブラウンによる、フレドリック・ブラウンのためのフレドリック・ブラウン・オン・ステージであります。何はともあれ表紙ウラなどにくだくだしく紹介の労をとるバヤイでもありませんので、まずはメロメロにして過激なるオマージュを舌がもつれるまでしつこくやっておきたいわけです。では…百花繚乱面白全部純情可憐舐猫千匹百発百中異常接近抱腹絶倒深慮遠謀真実一路地上最強七転八倒容姿端麗八面六臂満員札止連勝複式順風満帆満身創痍秘写本物見本進呈大胆不敵勇猛果敢繊細巧緻反則攻撃優柔不断極秘情報横田順彌醇風美俗獣肉惨夢豪華絢爛純血教育換骨奪胎星新一(ま、これは書肆からのヨイショでありますが、一息ついてと)家内安全一家心中春風駘蕩極限状況金銭感覚針小棒大気宇壮大反帝反スタ酒池肉林の華麗なる華麗なるカレエなるアイデアの色事師フレドリック・ブラウンの傑作集!!

復刊されることを望む「フレドリック・ブラウン傑作集」星新一:訳である。

2011年6月23日 (木)

古い神話を壊すために

太平洋の放射能濃度、昭和30年代の3分の1 原子力機構が1年後予測

 日本原子力研究開発機構は24日、東京電力福島第1原発事故から約1年後の太平洋の放射能濃度は、最高でも世界各国が核実験を繰り返した昭和30年代の約3分の1にとどまるとの予測を発表した。平均的な日本人が太平洋産の海産物を1年間摂取した場合の内部被曝(ひばく)線量は、30年代とほぼ同水準になるという。

 汚染水の海洋流出と爆発による大気放出で、計8・45ペタベクレル(1ペタは10の15乗)の放射性物質セシウム137が4月1日に福島沖で拡散したと仮定。太平洋を約200キロ四方の格子状に区切り、水平・上下両方向の拡散をシミュレーションした。

 太平洋の海水中のセシウム濃度は1年後、最も高い海域で1リットル当たり0・023ベクレルとなることが分かった。事故前(同0・0017ベクレル)の約14倍だが、30年代のピークだった32年の同0・080ベクレルの約3分の1に相当する。以後、濃度はさらに薄まっていく。

 この結果から、平均的な日本人が平成24年4月から1年間、最も放射能濃度の高かった海域の海産物を摂取した場合の内部被曝線量を年間約1・8マイクロシーベルトと算出。昭和30年代の同約1・7マイクロシーベルトとほぼ同水準となった。一般人の内部被曝限度である同1ミリシーベルトの約500分の1で、人体への影響は問題ないレベルという。

 セシウムを含む水塊は、黒潮や北太平洋海流で拡散しながら東に移動し、放出から3年後にハワイ、5年後に北米西海岸に到達すると予測した。

【産経ニュース2011.6.24】

もしもバブル経済産業期に、この記事がテレビに映されたら。
まるで信じられないサイエンスフィクションとして受けとめられたであろう。
多次元宇宙へ跳んだキース・ウィンストンの見たセシウムの世界。
私たちは今現在において、共通したセシウムの悪夢を何処かで観ているのかも知れない。古い神話を壊すために、私たちの霊魂があるように。

2011年6月22日 (水)

終点:大宇宙 (創元推理文庫)ヴァン・ヴォークト)

 『時間と空間のかなた』のあとがきでも触れたとおり、『終点‥大宇宙!』(Destination: Universe!)は数冊あるヴオークト短編集の中でも白眉と称すべき逸品揃いで、作者自身非常に
愛着を感じていることは、珍しく「あとがき」を付して刊行していることからおわかりいただけよう。この「あとがき」自体、ヴオークトが自分のSF論(かなりひねった形ではあるが)を開陳に及んでいる点、資料としても貴重なものと思われる。

この中で特に珍重し三読四読したのが『音』と『捜索』と『怪物』で、私はヴオークト独特
の濃厚な雰囲気を知るには、この三つと『時間と空間のかなた』にある『避難所』を読めば手っとり早いと、いつも人に勧めている。すぐ続いて掘り出して来たのが『武器製造業者』エース版でこれ差『一人対永遠』という別題がついていた。 (訳者あとがき)

はるかなりケンタウルス Far Centaurus 1944
怪物 The Monster 1948
休眠中 Dormant 1949
魔法の村 Enchanted Village 1950
一護のペンキ罐 A Can of Paint 1944
防衛 Defence 1948
支配者たち The Rulers 1944
親愛なるペンフレンド "Dear Pen Pal" 1949
音 The Sound 1949
捜索 The Search 1942

訳者 沼沢 洽治(1932年12月6日 - 2007年11月16日)

終点:大宇宙!(A・E・ヴァン・ヴォークト,1952)
これぞSFの中のSF。ジャンルSFの王道を行く“黄金のSF”である。
神の玩具、それがヴァン・ヴォークトの宇宙だ。そしてこの玩具は“ごつい”。確かに“夢想”には違いないが、“夢想”という言葉の響きが連想させる柔弱さは、微塵もない。この力強く強靭な幻想こそ、理想のSFの、ひとつの姿なのだ。
http://www.kurata-wataru.com/inner/iner008.html#index より

捜索あらすじ http://www.kurata-wataru.com/inner/iner008j.html

創元推理文庫
http://homepage2.nifty.com/sampodo/books/oldsf1.html

時間と空間のかなた (創元推理文庫)ヴァン・ヴォークト

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  本書はヴオークトが1952年にハードカバーで刊行した『時間と空間のかなた (Away and Beyond)』を、1959年版のペーパーバックをテキストとして訳出したものである。
 ヴオークトの短編集には、もう一冊、同じく1952年刊の『終点:大宇宙 (Destination: Universe!』があり、『時間と空間のかなた』同様、主として1940年代に各種の雑誌に書いた短編を収録している。

 共に筆者が油の乗り切った時期の作品を網羅しているため、大いに読みごたえがある。翻訳に際し、どちらを選ぶか、甲乙つけがたく、弱ったほどであるが、とりあえず『時間と空間のかなた』を選んだ理由は、訳者が巻末の「避難所」に、以前から一方ならぬ愛着を覚えていたという、はなはだ勝手なものにすぎない。

『時間と空間のかなた』は、短編作家としてのヴオークトを知るには、好個のコレクションで、ショート・ショートと呼んでも良い「偉大な裁判官」から、中編といったほうがふさわしい「避難所」にいたるまで、その長さ、内容のヴァラエティが、読む者を飽かせない。長編作家としてのヴオークトはすでにうんぬんする必要がないが、本書などで見る短編作家としての彼の力傾は、やはり第一級のものである。「避難所」などは、吸血鬼のような伝統的なゴシック的主題に、ヴオークトが名人芸を発揮する「超人」を巧みにからませたもので、これをふくらませれば、優に数百枚の長編になりうるだろうが、あえてこの長さにとどめたところは、想像力に自信満々の最盛期の筆者の作品である所以だろうか。

 ちなみに、ヴオークトは、本書中の「偉大なエンジン」を、一九六四年刊行のThe Beastの一部に用い、「第二の解決法」を1959年刊行のTheWarAgainstRullの一章に利用しているが、この二つの長編は、いずれも、その材料になった短編の出来には及ばぬようである。やはり「原液」と「水まし」の相違かもしれない。
 本書を通じ、ヴォーグト独特の華麗にして膿密なストーリー・テリングを、読者に十二分にお味わいいただければと願っている。 (訳者あとがき)

偉大なエンジン The Great Engine 1943
偉大な裁判官 The Great Judge 1948
永遠の秘密 Secret Unattainable 1942
平和樹 The Harmonizer 1944
第二の解決法 The Second Solution 1942
フィルム・ライブラリー Film Library 1946
避難所 Asylum 1942 

2011年6月21日 (火)

捜索 The Search 1942 ヴァン・ヴォークト

 「考えてごらん」見知らぬ心がささやきかける。「知能指数千二百にもなる精神の一部として、きみは重要な存在になれるのだよ。きみは今まで、ある役を演じてきた。今度は平常に帰るのだ。無限の力を秘めた平常に。そう考えてはどうかな? 今までのきみは、自分の役にとことん打ち込んだ俳優だった。今や芝居の幕は下りたのだ。きみは楽屋に一人ぼっち、ドーランを落としている最中だ。劇の興奮は引き汐のようにどんどん冷めてゆく---」
 「糞くらえだ!」ウィリアム・リーは大声でどなる。「おれはウィリアム・リー、知能指数112。だが、今のままの自分で充分満足だ。おれがあたりまえに生まれた人間だろうと、きさまの脳味噌のおこぼれを拾って作られた人間だろうと、知ったことか。きさま、おれを催眠暗示にかけようとしてるな? お見とおしだぞ。だがかかるものか。おれはここにいる。おれはこのおれ自身だ。ずっとこのままでいるつもりさ。きさま、そんなにきいたような口をきくなら、行って何かほかの身体でも見つけるがいい」
 声は消え、沈黙があたりを押し包む。空虚さと完全な静寂は、以前にも増して、いっそう鋭い恐怖感となり、リーの心を刺しとおす。
 内部の闘いに懸命のあまり、リーf外の動きに気づかずにいたが、ふと、自分が船の舷窓から外を見ていることを知り、ぎくりとした。外は一面の夜。生きた宇宙の夜が広がっている。
 恐怖の苦悶と共に、何を、こんなインチキが、と考える。徐々に人を侵す催眠術の力を引き立てるためのペテンだ。インチキだ! 身を引こうともがいた。だが、できない。恐ろしい。身体が動こうとしないのだ。たちまち一計を案じ、また口をきこうとした。このいやらしい沈黙の壁をぶち破ってやれ。が、声は出ない。
 声どころか、筋肉一筋、指一本動かない。ぴりっと震える神経さえない。
 一人ぼっちだった。脳の片隅に隔離されたままの自分。
 失われた自分。
 そう、失われたのだよ、と、不思議な、歯ぎしりのような声がする。安っぽい、汚らわしい存在、生まれた暗から結末が見えすいているような人生、自分の手から自分を救ってやらなけれはならぬ文明、もう数え切れぬほど何度も自己崩壊しかけている文明-そんなものにかまけて、おまえは失われたのだ。おまえのような石頭にも分るはずだが~ おまえは、永遠に何もかもなくしてしまったのだ。
 リーは険しく思う--奴め、同じことを繰り返して、おれを攻め落とす戦法か。おれの敗北の証拠を並べ立て、さらに次の敗北へ追い込む足がかりにする。単純な人間にかける単純な催眠術の手、もっともお古い手じゃないか。そんなものに引っかかってたまるか。
 が、例の心は容赦なく畳みかけてくる。おまえはすでに、自分が役を演じたにすぎぬことを認めている。たった今、私たちの一体性をも認め、役を演じることを断念しようとしているのだ。その証拠におまえは、身体の支配権を放棄してしまったではないか・・・私たちの--身体の支配権を---

--私たちの身体、私たちの身体、私たちの身体--
 その言葉が、巨人の声のように脳の中をこだましたかと思うと、たちまち例の心がはなつ思考波の中に熔け込んでしまう。
--最後にも一つだけ、することがある。その日で見ることだ--
 驚いたことに、いつのまにか、リーほ鏡に見入っていた。鏡がどこから出現したのか、全然記憶がない。たった今まで、暗い舷窓があった場所に--鏡が。そして、ある姿が写っている。リーのかすんだ目には、最初は定かに見えなかった。

 ゆっくりと意識的に-極度に意識的な行為であることが、リーにもはっきり感じられる-その姿は鮮明度を増した。彼に見せるための操作なのだ。リーは見た--が、見なかった。
 彼の頭が見ることを拒否したのである。生き埋めにされ、つかのま、おのが恐るべき運命を悟った身体のように、リーの頭脳は、狂おしい絶望感に駆られてのたうちまわる。鏡に写っ
た、燃え立つ焔のような姿から逃れようと、狂乱の努力を続ける。その努力はあまりにも辛く、恐怖はあまりにも大きかった。ついに、リーの心は、声にならぬたわ言をわめき散らし、意識は輪のように目まぐるしく回転し始めた。回転速度ほどんどん高まり---

 輪は幾千の破片となって砕け散った。破片の一つ一つがずきずきと痛む。銀河の夜より暗い、暗黒が訪れた。そしてついに---
 合一感が!

現在絶版の『時間と空間のかなた』 (創元推理文庫)収録より

創元推理文庫
http://homepage2.nifty.com/sampodo/books/oldsf1.html

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2011年6月20日 (月)

斑鳩のY字路にある三角屋敷

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建物自体がY字化して、三角形の建造となっている物件。

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この道を進んでゆくと法隆寺があります。斑鳩は結界の里。パワースポットでありました。

鐘が鳴るなる法隆寺♪

看板トマソン 斑鳩の里にて

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此れはトマソン化の渦中にある物件でせうか?

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看板の機能を放棄されて、ほとんど現代芸術と成り果てています。

2011年6月19日 (日)

異界を旅する能 ワキという存在 (ちくま文庫) 安田 登

●能の物語は、生きている「ワキ」と、幽霊や精霊である「シテ」の出会いから始まる。旅を続けるワキが迷い込んだ異界でシテから物語が語られる。
本書では、漂泊することで異界と出会いリセットする能世界、そして日本文化を、能作品の数々を具体的に紹介しながら解き明かす。巻末に、本書に登場する46の能作品のあらすじを収録。

Ikai

●三島由紀夫の『豊饒の海』四部作すべてに登場する本多は、平凡な生活を送るが、しかしそんな本多にも深淵に直面せざるを得ないような悲劇は訪れる。
『豊餞の海』四巻を通じてシテたる美しき若者たちはさまざまに変化するが、その輪廻転生のさまをずっと見続けている男がいる。それが本多だ。
 これは能で言えばワキの役割だ。シテのさまざまな思いをワキ座に座って、じつと見続ける、そんなワキの役割と本多が重なる。しかし、本多がワキである理由はそれだけではない。           
『天人五衰』(『豊饒の海』四)の中で、本多は三保の松原の、天人遊行の夢を見る。
その夢は『天人五衰』の題名にもなる重要なエピソードだが、それは能『羽衣』にも連なることは明らかだ。多くの天人が遊行する中で「どこにも人の姿はなく、もし見ている本多がただ一人の人間だとすれば」とまず書かれる。遊行する天人たちは輪廻のシテたちであろう。そしてそれを見続けるただひとりの人間が本多だ。
                                       
 さらに次の文は「見ている本多がただ一人の人間だとすれば、漁師自竜とは自分のことではないかと思われた」と続く。漁師自竜は能『羽衣』 のワキ伯龍だ。
 さまざまに移り行く変化の種々相を、定点として観察し、その転生が実現されるのを見守り続ける本多は、まさに輪廻の天空を遊行する天人たちを見ているワキ、白竜だ。
 しかし、本多はワキにしではつまらなさすぎるし、順風満帆すぎる。第一巻『春の雪』の主人公である松枝清顕の学習院での親友として登場する本多は、裁判官、そして退官後は弁護士としてことさら取り立てた業績を残したわけではないが、偶然手にした大金をベースにした、穏やかな人生を送っている。
 そんな本多に、三島は最終巻でワキたらしめる試練を与える。
 最終巻は、本多の「旅」から始まる。それまで物語を見つめる定点として定住を続ける本多は、旅をすることによって、まずは外面においてやっとワキらしくなる。
(本書より)

多彩な作品を109点 岡山で横尾忠則展

 独創的なデザインで注目を集め、グラフィック・デザイナーや画家などとして幅広く活躍している美術家、横尾忠則さんの作品109点を集めた個展「絵人(かいじん)百九面相横尾忠則展」が7月10日まで、岡山市北区の岡山県立美術館で開かれている。

 横尾さん自らが選んだこれまでの代表作のほか、コラージュやセラミックなどの技法を用いた作品、未発表作や最新作も展示される予定で、横尾さんの多彩な作品を楽しめる。

Kaijin

岡山県立美術館 http://www.pref.okayama.jp/seikatsu/kenbi/
琳派・若冲と雅の世界【7月15日-8月21日】

所蔵品検索システム開設
岡山県立美術館は、来館できない人にも広く同館の美術品に触れてもらおうと、ホームページに所蔵品の検索システムを開設した。検索できるのは、同館が所蔵する美術品1600点。作品名や作者名などのキーワードを入力すると、作品の画像と解説が表示される。絵画や版画などのジャンルごとにも検索できる。http://210.236.99.45/webmuseum/

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2011年6月18日 (土)

「遺作と思って全力尽くす」美術家 横尾忠則さん(74)

 三島由紀夫や高倉健ら時代を象徴する人物、寺山修司や唐十郎の劇団のポスターを手がけ、戦後の熱気に刺激的な彩りを与えた。

 「モダニズムの時代に、土着的な作品をあえてぶつけた。批判もあったが、理屈じゃなく楽しかった」

 他人の評価より充足感を求めてきた。受章の一報にも「伝統芸能などの人がもらうと思った。想定や期待をしておらず、感動よりも驚いた」と本音を語る。

 デザインの原点は幼児期にある。呉服商の実家では着物の反物についたラベルや、メンコ、絵本などに描かれた「大衆的で前近代的な図像」に囲まれて育った。それらをひたすら模写し、「知らず知らずに技術を習得した」。

Osen

 ニューヨーク近代美術館の世界のポスター展で1960年代の代表作に「腰巻お仙」が選ばれるなど活躍したが、81年に突然の「画家宣言」。きっかけはピカソ展を鑑賞したことだ。ポスター制作にはクライアントの条件があったが、ピカソの絵から自由を感じた。「『このままではダメだ』と目覚め、迷いなく絵に転向した」

 街中のY字路を描く連作に取り組むなど作風が広がり、美術館では人前で公開制作を行う。「客の『書き続けて』という視線にさらされて集中度とスピードが上がり、絵のスタイルに変化が出る」。

 伝達式のある27日に75歳の誕生日を迎えるが、探求心は旺盛だ。「一つ一つの作品を遺作と考え、全力を尽くす」

春の叙勲の受章者
http://www.47news.jp/news/2011/06/post_20110618050302.html

横尾忠則さんが、横尾忠則さんを解説するって?
http://www.1101.com/yokoo/2002-08-10.html

2011年6月17日 (金)

Y字路のある風景

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2011年6月15日 (水)

タイムトンネル

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過去と未来をつなぐパイプとしての「現在」 があった

2011年6月12日 (日)

玉ねぎの効能・効用

日本で古くから民間療法として 「風邪のひき始めに、玉葱をたっぷり使った味噌汁やスープを飲むと解熱効果がある」という。ネギと同じユリ科に属し、日本では明治時代に入ってから本格的に栽培されるようになりました。

玉ねぎには血液凝固を遅らせる働きがあります。高血圧の予防に有効です。玉葱の皮だけを煎じた液を飲むと非常に効果的ですが、摂りすぎると血圧が下がりすぎることもあるので要注意。
茶色の皮の部分には様々な効用を持つケルセチンというポリフェノールが豊富に含まれています。ケルセチンは黄色い色素で、たまねぎの苦味成分です。たまねぎの皮にはこのケルセチンが白い部分の約30倍も含まれています。ケルシチンには、脂肪の吸収を抑制し、体内の脂肪を排出し、コレステロールを減らす効用があり、ダイエットに有効です。

ビタミンCの5倍以上あるといわれる抗酸化作用や、体に有害な物質を取り除くデトックス効果、花粉症やぜん息、湿疹、じんましん等のアレルギー疾患を改善する効用もあります。

ケルセチンを摂ることにより、毛細血管が丈夫になり、動脈硬化や高血圧の予防、抗がん作用、糖尿病の改善、肩こりや風邪がよくなるなどの効用が期待できます。

たまねぎの皮には他に、硫化アリル、ビタミンA・B1・B2・C、カルシウム、カリウム、鉄、リン等のミネラルが含まれています。

2011年6月11日 (土)

くまくまくま

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2011年6月 9日 (木)

ぼくはくま

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2011年6月 8日 (水)

ぼくもくま

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2011年6月 7日 (火)

ジャンプ練習中に…イルカ、プール外に落下し死亡

 名古屋港水族館(名古屋市港区)で、飼育していた雌のカマイルカ「サラ」がジャンプの練習中、誤ってプールを飛び出して落下、死ぬ事故が起きた。後方宙返りをしたところ、プールサイドのコンクリート通路に落ちて胸部を強打して即死した。娘「アイ」の誕生日の悲劇で、サラは親子ショーに向けて張り切って練習していたという。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/06/06/kiji/K20110606000967520.html

同水族館は「訓練が足りなかったかもしれない。突然の事故で悲しみでいっぱいだが、再発防止に取り組みたい」と話していた。(6月5日 読売新聞)

「ジャンプした際、プールサイドに飛び出し、約6~8メートルの高さからコンクリートの通路に落ち」たのは、コントロールを失ったのが理由。とすれば訓練したイルカの能力を考慮すれば“磁場の乱れ”に反応している。磁気、磁場、黒点変化へ感応する能力のある生き物の観測を怠ってはいけないだろう。

2011年6月 6日 (月)

新しい空の生物

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http://photouser.sankei.jp.msn.com/Top/PickUpDetail/1133

青空をすいすいと泳いでますね。

2011年6月 5日 (日)

樹情庭伝

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「 生存の追求という生への意志はまさに命の枯れざる源泉であり併せて 当てどもない憧憬である・・・・もはやいかなる幸福も望み得なくなったとき バラの香りのひと吹きが神通力を発揮する」(丸山健二)

作家・丸山健二さん 「怒れ、ニッポン」
 ⇒ http://twitter.com/#!/maruyamakenji

2011年6月 4日 (土)

丸山健二『草情花伝』 駿河台出版社

 「精神の働きを乱してしまうほどの忌まわしい人生と遭遇した際(中略)/間違ってもその原因を作った自分を責めたりせず/人生をただ一度のものと大げさに解釈することをやめ/敢(あ)えて腑(ふ)抜けのごとく呆然(ぼうぜん)としているうちに/その最大の難関はいつしか遠のき/さもなければ取るに足りないことに変わっている/花々はそうしている」

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丸山 健二
1943年、長野県飯山市に生まれる。1966年、『夏の流れ』で文学界新人賞を受賞。同年、芥川賞を受賞し作家生活に入る。1968年以来、長野県大町市に居住、文壇とは一線を画した独自のスタンスで、極めて高度な最先端の場を保ちながら創作活動を続けている。

丸山健二のブログ http://ameblo.jp/maruyamakanji/page-2.html#main

〔フクシマ・ツイッター〕作家・丸山健二さん 「怒れ、ニッポン」
 ⇒ http://twitter.com/#!/maruyamakenji

放射能を少なくする下ごしらえ

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2011年6月 3日 (金)

おとし穴(勅使河原宏監督1962年作品)

原作・脚本が安部公房、音楽監督に武満徹、音楽に一柳慧と高橋悠治。主演は井川比佐志、田中邦衛、佐々木すみ江、佐藤慶など。物語は炭鉱を舞台にしたサスペンスで、田中邦衛が扮する白いスーツの謎の男が次々と殺人事件を犯してゆく。安部公房=勅使河原宏の映画としては定番の不条理劇だが、この作品がおもしろいのは、生身の身体と死体、そして霊魂をそれぞれ同じ役者が演じ分けることによって、不可解な物語に独特のユーモアを添えているからだ。
そのせいか、安部公房=勅使河原宏にしては珍しく笑いながら楽しめる映画になっている。ボタ山の鋭い稜線上で群れる野犬の影は、日本映画にはなかったほどの描写で息を呑むほど美しい。そんな映像美を克明に描いた勅使河原作品の真骨頂である。

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おとし穴(tshn (9/9))映画全編
http://www.youtube.com/watch?v=GVEIlV9UUVk
http://www.youtube.com/watch?v=DJpmg0UoxXU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=B9S_w2X9twE
http://www.youtube.com/watch?v=GMNNqzr0uSo
http://www.youtube.com/watch?v=aUXgAROmhwM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=sJNGuWFizXg&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=kb-xPEgaY5E&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Bbcsfm5-oDQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=3Td9QHpB4lU&feature=related

原作の安部公房と勅使河原宏さんは学生時代に、「夜の会」という花田清輝や岡本太郎や埴谷雄高といった前衛芸術集団へ所属されていた。この映画にはシュールリアリズムの幻想的な手法が繁栄されて素晴らしい効果を与えている。

2011年6月 2日 (木)

山本作兵衛氏の炭鉱画、記憶遺産に登録

ニュース交差点:記憶遺産に「筑豊の炭鉱図」
 福岡県・筑豊の炭鉱労働の様子を描いた画家の山本作兵衛)の作品が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「メモリー・オブ・ザ・ワールド」・世界記憶遺産)に登録されることが決まりました。日本ユネスコ国内委員会事務局が25日明らかにしました。日本の資料がMOWに登録されるのは初めてです。山本作兵衛は、福岡県笠松村の飯塚市)に生まれ、14歳から筑豊の炭鉱で働きました。64歳から炭鉱労働の日常を墨や水彩で描き、1000点以上の作品を残しました。今回登録が決まった作品は、1914~84年ごろの作品589点と、日記やメモ類108点です。

【毎日小学生新聞 2011年5月27日】

山本作兵衛 やまもと-さくべえ
1892-1984明治-昭和時代の炭鉱労働者,画家。
明治25年5月17日生まれ。少年時代から60年近く筑豊(ちくほう)炭鉱ではたらく。閉山後,明治から昭和にいたる炭鉱の様子をえがき,「ヤマの絵師」として知られた。昭和59年12月19日死去。92歳。福岡県出身。画文集に「炭鉱に生きる」「ヤマの暮らし」など。

山本作兵衛氏の炭鉱画、記憶遺産に登録
http://www.youtube.com/watch?v=VmTe95PUhTE

文化資源としての<炭鉱>展
http://blog.livedoor.jp/schizou/archives/2009-11.html#20091116

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山本作兵衛さんは明治二十五年筑豊に生まれた。十二歳で炭坑のツルハシ鍛冶に弟子入りし、十四歳で入坑、以来六十二歳まで筑豊の小ヤマで炭坑夫として生きた。その後も七十歳を過ぎるまで、閉山あいつぐ廃坑の夜警員として働いた。
昭和三十二年、作兵衛さん六十四歳の時、突然天の啓示を受けたかのように、筑豊炭坑の記録画を憑かれたように描きはじめる。以来描いた絵は実に一千枚にのぼる。文字通り作兵衛さんが生きた明治、大正、昭和三代にわたる筑豊炭田百年の壮大なドラマが克明に描かれている。日本の近代化を裏で支えた暗闇の地底の世界がはじめて、一人の老人の絵によって、その全貌を現したのである。
この画業は名も無き一坑夫によってなされた偉大な民衆絵画の記念碑である。
「反芸術綺談」菊畑茂久馬

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菊畑茂久馬「山本作兵衛~筑豊に吹き狂う夢」
「九州派」の美術家菊畑茂久馬さんが美学校の講師を委嘱されたとき、「ぼくが講師をやるなら、山本作兵衛描くところの筑豊炭坑画を教課本にして生徒たちに模写させ、大壁画をつくる。それ以外は絶対駄目だ!」として実現したプロジェクト。美学校の実習とは一日九時間の集中授業により練磨される内容。ここから厳しいプロの世界へ入っている卒業生たちは自分を含めて多い。筑豊炭坑画を他の教場からきている学生たちも集めて、その世界を教えてくれた菊畑さんの功績は大きくて、世界遺産として登録されることを招いた。

特集上映<映像の中の炭鉱> 予告編
http://www.youtube.com/watch?v=fclqi8xKsrM

「文化資源としての<炭鉱(ヤマ)>展 Part-3 特集上映<映像の中の炭鉱>」の予告編です。ポレポレ東中野 HPhttp://www.mmjp.or.jp/pole2/

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2011年6月 1日 (水)

放射能から子どもを守る

ベジタリアン向けライフスタイル雑誌「ベジィ・ステディ・ゴー!」の増刊として緊急出版『放射能から子どもを守る』を5月31日発売する。
編集長は「小さな子どもを持つ一人の母親として、出版メディアに携わる編集者として、放射能から子どもを守るあらゆる情報を伝えたい!という使命感に突き動かされ、2週間で本書をまとめ上げました」と語っている。

Kodomoo

■目次
04 UA「この世は楽園であると歌いたいし、今でもそう信じたい」
08 放射能から子どもを守る 
17 放射能について正しく知るために
18 深めよう基礎知識 放射能や放射線を理解するために
20 えっ? こんなに違うの?世界と日本の放射能準値
21 ママのための用語解説
22 スリーマイルとチェルノブイリに学ぶ!
24 日本の常識は世界の非常識!? 放射能情報の○と×
26 みんなで守ろう! 子どもたちが犠牲になるまえに
28 リスクある時代を生きるために 知っておいてほしいこと

31 放射能対策のポイント
生活編~ 食事編~食品の選び方を知る。習慣編~雨の日、手洗い、砂場遊びはNG!疎開編~全国の疎開先

42 放射能対策Q&A アイテム ママの不安を解消します!
竹炭の上手な活用法は? 換気はどうやってすればいいの? マスクってやっぱりした方がいいの? ゼオライトが効果的って聞くけどなに? EM菌って最近よく聞くけどなに? 代替療法で対策をできるの?  家のお掃除をすることでも対策できるの?

52 放射能食事編 日本の伝統食deデトックス&免疫力アップ  
54 植物由来の栄養素で放射性物質をブロック!
55 玄米のおいしい炊き方をマスターしよう
64 放射能に負けない! 海藻のヘルシーレシピ
68 大地に根をはる根菜レシピ
78 はじめてのぬか漬け

コラム
18 オオニシ恭子「子どもを放射能被害から守る食べかた」
30 田中優「エネルギーについて知っておいてほしいこと」
40 船瀬俊介「後悔しても時遅し、恐るべし放射能」
51 飯山一郎「植物性乳酸菌と光合成細菌で放射能を浄化!」

●5月31日発売『放射能から子どもを守る」定価580円。
http://veggy.blog.shinobi.jp/

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
フォト

22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

オンライン状態

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。