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2011年6月21日 (火)

捜索 The Search 1942 ヴァン・ヴォークト

 「考えてごらん」見知らぬ心がささやきかける。「知能指数千二百にもなる精神の一部として、きみは重要な存在になれるのだよ。きみは今まで、ある役を演じてきた。今度は平常に帰るのだ。無限の力を秘めた平常に。そう考えてはどうかな? 今までのきみは、自分の役にとことん打ち込んだ俳優だった。今や芝居の幕は下りたのだ。きみは楽屋に一人ぼっち、ドーランを落としている最中だ。劇の興奮は引き汐のようにどんどん冷めてゆく---」
 「糞くらえだ!」ウィリアム・リーは大声でどなる。「おれはウィリアム・リー、知能指数112。だが、今のままの自分で充分満足だ。おれがあたりまえに生まれた人間だろうと、きさまの脳味噌のおこぼれを拾って作られた人間だろうと、知ったことか。きさま、おれを催眠暗示にかけようとしてるな? お見とおしだぞ。だがかかるものか。おれはここにいる。おれはこのおれ自身だ。ずっとこのままでいるつもりさ。きさま、そんなにきいたような口をきくなら、行って何かほかの身体でも見つけるがいい」
 声は消え、沈黙があたりを押し包む。空虚さと完全な静寂は、以前にも増して、いっそう鋭い恐怖感となり、リーの心を刺しとおす。
 内部の闘いに懸命のあまり、リーf外の動きに気づかずにいたが、ふと、自分が船の舷窓から外を見ていることを知り、ぎくりとした。外は一面の夜。生きた宇宙の夜が広がっている。
 恐怖の苦悶と共に、何を、こんなインチキが、と考える。徐々に人を侵す催眠術の力を引き立てるためのペテンだ。インチキだ! 身を引こうともがいた。だが、できない。恐ろしい。身体が動こうとしないのだ。たちまち一計を案じ、また口をきこうとした。このいやらしい沈黙の壁をぶち破ってやれ。が、声は出ない。
 声どころか、筋肉一筋、指一本動かない。ぴりっと震える神経さえない。
 一人ぼっちだった。脳の片隅に隔離されたままの自分。
 失われた自分。
 そう、失われたのだよ、と、不思議な、歯ぎしりのような声がする。安っぽい、汚らわしい存在、生まれた暗から結末が見えすいているような人生、自分の手から自分を救ってやらなけれはならぬ文明、もう数え切れぬほど何度も自己崩壊しかけている文明-そんなものにかまけて、おまえは失われたのだ。おまえのような石頭にも分るはずだが~ おまえは、永遠に何もかもなくしてしまったのだ。
 リーは険しく思う--奴め、同じことを繰り返して、おれを攻め落とす戦法か。おれの敗北の証拠を並べ立て、さらに次の敗北へ追い込む足がかりにする。単純な人間にかける単純な催眠術の手、もっともお古い手じゃないか。そんなものに引っかかってたまるか。
 が、例の心は容赦なく畳みかけてくる。おまえはすでに、自分が役を演じたにすぎぬことを認めている。たった今、私たちの一体性をも認め、役を演じることを断念しようとしているのだ。その証拠におまえは、身体の支配権を放棄してしまったではないか・・・私たちの--身体の支配権を---

--私たちの身体、私たちの身体、私たちの身体--
 その言葉が、巨人の声のように脳の中をこだましたかと思うと、たちまち例の心がはなつ思考波の中に熔け込んでしまう。
--最後にも一つだけ、することがある。その日で見ることだ--
 驚いたことに、いつのまにか、リーほ鏡に見入っていた。鏡がどこから出現したのか、全然記憶がない。たった今まで、暗い舷窓があった場所に--鏡が。そして、ある姿が写っている。リーのかすんだ目には、最初は定かに見えなかった。

 ゆっくりと意識的に-極度に意識的な行為であることが、リーにもはっきり感じられる-その姿は鮮明度を増した。彼に見せるための操作なのだ。リーは見た--が、見なかった。
 彼の頭が見ることを拒否したのである。生き埋めにされ、つかのま、おのが恐るべき運命を悟った身体のように、リーの頭脳は、狂おしい絶望感に駆られてのたうちまわる。鏡に写っ
た、燃え立つ焔のような姿から逃れようと、狂乱の努力を続ける。その努力はあまりにも辛く、恐怖はあまりにも大きかった。ついに、リーの心は、声にならぬたわ言をわめき散らし、意識は輪のように目まぐるしく回転し始めた。回転速度ほどんどん高まり---

 輪は幾千の破片となって砕け散った。破片の一つ一つがずきずきと痛む。銀河の夜より暗い、暗黒が訪れた。そしてついに---
 合一感が!

現在絶版の『時間と空間のかなた』 (創元推理文庫)収録より

創元推理文庫
http://homepage2.nifty.com/sampodo/books/oldsf1.html

Away_and_beyond_1952

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